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2月25日(木)晴れ。冬の寒さがぶり返しましたが、昼過ぎまで晴天との予報。思い切って散歩に出かけました。<br /><br />早渕川は、横浜市青葉区美しが丘西に源を発し、都筑区、港北区を流れて港北区綱島上町付近で鶴見川に合流する延長13.7kmの自然河川です。取り立てて特徴のない川ですが、Wikipediaによると「約30万年前、多摩丘陵の成立とともに雨の浸食と湧水によってできたと考えられている。(中略) 昔から付近の住民達にとっては貴重な生活水、農業水として重宝されていた。それ故に水争いも多く、渇水のため水が十分行き届かなかった荏田村の住人が堤防を築き石川村を水攻めしたと言う言い伝えが残っている。 この時に保木や牛込、船頭という地名もできたとされている」そうです。これら馴染み深い地名の歴史を辿るよすがとして、この川を遡ってみようと思い立ちました。<br />

サブスクで行く横浜散歩 #12早渕川(橋梁カタログ)

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2021/02/25 - 2021/02/25

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旅行記グループ サブスクで行く横浜散歩

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beanbag

beanbagさん

2月25日(木)晴れ。冬の寒さがぶり返しましたが、昼過ぎまで晴天との予報。思い切って散歩に出かけました。

早渕川は、横浜市青葉区美しが丘西に源を発し、都筑区、港北区を流れて港北区綱島上町付近で鶴見川に合流する延長13.7kmの自然河川です。取り立てて特徴のない川ですが、Wikipediaによると「約30万年前、多摩丘陵の成立とともに雨の浸食と湧水によってできたと考えられている。(中略) 昔から付近の住民達にとっては貴重な生活水、農業水として重宝されていた。それ故に水争いも多く、渇水のため水が十分行き届かなかった荏田村の住人が堤防を築き石川村を水攻めしたと言う言い伝えが残っている。 この時に保木や牛込、船頭という地名もできたとされている」そうです。これら馴染み深い地名の歴史を辿るよすがとして、この川を遡ってみようと思い立ちました。

旅行の満足度
3.5
観光
3.5
グルメ
3.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
高速・路線バス 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • 出発点はいつものあざみ野駅。今日もまた敬老パスを利用して交通費ゼロの旅です。

    出発点はいつものあざみ野駅。今日もまた敬老パスを利用して交通費ゼロの旅です。

    あざみ野駅

  • 新羽駅で下車。

    新羽駅で下車。

    新羽駅

  • 駅前から東急バス 綱74系統 綱島行。

    駅前から東急バス 綱74系統 綱島行。

  • グリーンサラウンドシティという洒落た名前のバス停で下車。

    グリーンサラウンドシティという洒落た名前のバス停で下車。

  • ところによりバスの対向が難しい狭い道です。

    ところによりバスの対向が難しい狭い道です。

  • 鶴見川<br />朝日の逆光が眩しい。

    鶴見川
    朝日の逆光が眩しい。

  • カヤの茂みでよく見えませんが、右側から早渕川が合流しています。ここから源流まで遡ります。時刻は8:17。

    カヤの茂みでよく見えませんが、右側から早渕川が合流しています。ここから源流まで遡ります。時刻は8:17。

  • 三歩野橋(さんぶのはし)<br />最初の橋です。向こうに見えるマンションがグリーンサラウンドシティ。

    三歩野橋(さんぶのはし)
    最初の橋です。向こうに見えるマンションがグリーンサラウンドシティ。

  • 日照を考え、とりあえず左岸を遡ります。両岸は歩行者と自転車専用道路です。

    日照を考え、とりあえず左岸を遡ります。両岸は歩行者と自転車専用道路です。

  • 綱島第2ポンプ場

    綱島第2ポンプ場

  • 新川橋

    新川橋

  • クロガモが飛来しています。

    クロガモが飛来しています。

  • 吉田橋<br />補修補強工事中。

    吉田橋
    補修補強工事中。

  • 峰大橋(みねのおおはし)<br /><br />高低差が少ない早渕川は、かつては細かく蛇行していた上に、上流から下流まで川幅が狭いままだったことから、洪水が多発して、鶴見川と同様に暴れ川といわれていました。しかし、明治14年(1881年)に陸軍が測量した迅速測図を見ると、早渕川は峰大橋の辺りから鶴見川合流点まで、明治期も現在も同じ場所を流れていることが分かります。この辺りの早渕川は江戸時代にすでに直線化して改修されていました。<br /><br />記録に残る最初の改修は、享保17年(1732年)のことです。幕府の御普請により、堀浚(ほりさらい)(浚渫)、瀬違い(せちがい)(流路変更)、川幅の切り拡げなどの工事が行われています。

    峰大橋(みねのおおはし)

    高低差が少ない早渕川は、かつては細かく蛇行していた上に、上流から下流まで川幅が狭いままだったことから、洪水が多発して、鶴見川と同様に暴れ川といわれていました。しかし、明治14年(1881年)に陸軍が測量した迅速測図を見ると、早渕川は峰大橋の辺りから鶴見川合流点まで、明治期も現在も同じ場所を流れていることが分かります。この辺りの早渕川は江戸時代にすでに直線化して改修されていました。

    記録に残る最初の改修は、享保17年(1732年)のことです。幕府の御普請により、堀浚(ほりさらい)(浚渫)、瀬違い(せちがい)(流路変更)、川幅の切り拡げなどの工事が行われています。

  • スッキリと澄み渡った空。両岸は住宅地が広がっています。

    スッキリと澄み渡った空。両岸は住宅地が広がっています。

  • 高田橋水位観測所

    高田橋水位観測所

  • 高田橋(たかたはし)<br />横浜のこの辺りは、「田」を「だ」と濁らず「た」と呼ぶところが目立ちます。長津田は「ながつだ」でなく「ながつた」が正しい。

    高田橋(たかたはし)
    横浜のこの辺りは、「田」を「だ」と濁らず「た」と呼ぶところが目立ちます。長津田は「ながつだ」でなく「ながつた」が正しい。

  • 吉田橋から高田橋間の両岸で堆積土砂撤去作業が行われています。

    吉田橋から高田橋間の両岸で堆積土砂撤去作業が行われています。

  • 高田橋の上流はこのように土砂が堆積しています。<br />途中までしかない謎の階段。早渕川が氾濫を繰り返したので、堤防が上乗せされたのでしょう。

    高田橋の上流はこのように土砂が堆積しています。
    途中までしかない謎の階段。早渕川が氾濫を繰り返したので、堤防が上乗せされたのでしょう。

  • 工事中のこの橋は高吉橋と呼ぶそうです。

    工事中のこの橋は高吉橋と呼ぶそうです。

  • 都市計画道路「宮内新横浜線」の一部として新たに架橋された橋で2020年3月に完成、歩行者に限って通行が可能となりました。全面開通は今年4月以降?

    都市計画道路「宮内新横浜線」の一部として新たに架橋された橋で2020年3月に完成、歩行者に限って通行が可能となりました。全面開通は今年4月以降?

  • 工事のため迂回を余儀なくされます。

    工事のため迂回を余儀なくされます。

  • 中里橋<br />ここも補修中。

    中里橋
    ここも補修中。

  • これはCCTVカメラを利用した水位観測システムでしょう。

    これはCCTVカメラを利用した水位観測システムでしょう。

  • 稲坂橋(いなさかはし)<br />パイプランガー橋というとても珍しい橋梁形式ですが歩行者専用です。ここも大規模補修中。

    稲坂橋(いなさかはし)
    パイプランガー橋というとても珍しい橋梁形式ですが歩行者専用です。ここも大規模補修中。

  • ここは知る人ぞ知る「高田の密かな史跡」です。<br /><br />横浜市道路局が編纂した「はしのはなし~第六稿 魅力ある親柱特集(中編)」によると、「親柱には竣工当時の港北区の形をした石材がつけられています。 現在は、当時の港北区の一部が都筑区に再編されたことから、港北区は石材とは異なる形をしており、区の歴史的変遷を感じることができます。」とあります。これがそう。

    ここは知る人ぞ知る「高田の密かな史跡」です。

    横浜市道路局が編纂した「はしのはなし~第六稿 魅力ある親柱特集(中編)」によると、「親柱には竣工当時の港北区の形をした石材がつけられています。 現在は、当時の港北区の一部が都筑区に再編されたことから、港北区は石材とは異なる形をしており、区の歴史的変遷を感じることができます。」とあります。これがそう。

  • カモの一種でしょうか?

    カモの一種でしょうか?

  • 御霊橋(ごりょうはし)<br />昭和12~14年(1937~39年)の耕地整理で、この辺りの早渕川の改修が行われました。新たに御霊橋が架けられ、峰大橋までの流路が現在と同じ場所になり、両側の耕地が短冊型にそろえられました。<br /><br />ここから上流は都筑区です。

    御霊橋(ごりょうはし)
    昭和12~14年(1937~39年)の耕地整理で、この辺りの早渕川の改修が行われました。新たに御霊橋が架けられ、峰大橋までの流路が現在と同じ場所になり、両側の耕地が短冊型にそろえられました。

    ここから上流は都筑区です。

  • 早渕川の港北区域部分には、ここまで見てきたように上流側から御霊橋、稲坂橋、中里橋、高田橋、峰大橋、吉田橋、新川橋、三歩野橋と8 つの橋が架かっています(新たに架けられた高吉橋を除く)が、これらはいずれも昭和48~57年(1973~82年)に架けられたものです。<br /><br />9時を過ぎて陽が高くなってきたので、順光になる右岸に渡ります。

    早渕川の港北区域部分には、ここまで見てきたように上流側から御霊橋、稲坂橋、中里橋、高田橋、峰大橋、吉田橋、新川橋、三歩野橋と8 つの橋が架かっています(新たに架けられた高吉橋を除く)が、これらはいずれも昭和48~57年(1973~82年)に架けられたものです。

    9時を過ぎて陽が高くなってきたので、順光になる右岸に渡ります。

  • 農地と小工場が広がります。<br /><br />都筑区内の早渕川改修は、港北ニュータウン開発にそなえた昭和44~58年(1969~83年)の拡幅と護岸工事です。この時、御霊橋より上流の流路も直線になりました。こうして早渕川は都市河川として整備され、ほぼ現在の姿になりました。

    農地と小工場が広がります。

    都筑区内の早渕川改修は、港北ニュータウン開発にそなえた昭和44~58年(1969~83年)の拡幅と護岸工事です。この時、御霊橋より上流の流路も直線になりました。こうして早渕川は都市河川として整備され、ほぼ現在の姿になりました。

  • 第三京浜道路 東山田高架橋

    第三京浜道路 東山田高架橋

  • さすがに大きく、力強い。

    さすがに大きく、力強い。

  • 新川橋<br />今は車両の通行はできません。大熊東山田線ができて車の流れが変わったからです。

    新川橋
    今は車両の通行はできません。大熊東山田線ができて車の流れが変わったからです。

  • 北新川橋<br />こちらがその大熊東山田線の橋です。

    北新川橋
    こちらがその大熊東山田線の橋です。

  • 東山田第426号線暗渠水門

    東山田第426号線暗渠水門

  • 待下橋(まつしたはし)<br />1車線の狭い橋です。

    待下橋(まつしたはし)
    1車線の狭い橋です。

  • 大棚第13号線暗渠水門

    大棚第13号線暗渠水門

  • 待橋(まつはし)<br />橋の袂に早渕せきれい公園があり、ここから南西方向へ加賀原バス停まで約8.7kmの遊歩道「せきれいのみち」と「ゆうばえのみち」が続きます。「せきれいのみち」はサブスク散歩#10で歩きました。

    待橋(まつはし)
    橋の袂に早渕せきれい公園があり、ここから南西方向へ加賀原バス停まで約8.7kmの遊歩道「せきれいのみち」と「ゆうばえのみち」が続きます。「せきれいのみち」はサブスク散歩#10で歩きました。

  • 早渕川右岸8号樋門

    早渕川右岸8号樋門

  • コサギでしょうか?

    コサギでしょうか?

  • 矢橋

    矢橋

  • 早渕川右岸10号樋門

    早渕川右岸10号樋門

  • 何やら測量中。

    何やら測量中。

  • 公共下水道雨水放流樋門

    公共下水道雨水放流樋門

  • 早渕川右岸11号樋門

    早渕川右岸11号樋門

  • 早渕川右岸12号樋門

    早渕川右岸12号樋門

  • 勝田人道橋

    勝田人道橋

  • 補修工事のため通行止めです。

    補修工事のため通行止めです。

  • 新勝田橋

    新勝田橋

  • 中原街道(丸子中山茅ヶ崎線)全通時に整備されました。

    中原街道(丸子中山茅ヶ崎線)全通時に整備されました。

  • 勝田橋

    勝田橋

  • こちらは旧中原街道ですが、神奈川県道13号横浜生田線も走るので交通量はなかなか。私もよく利用しました。

    こちらは旧中原街道ですが、神奈川県道13号横浜生田線も走るので交通量はなかなか。私もよく利用しました。

  • ここにも公共下水道雨水放流樋門があります。

    ここにも公共下水道雨水放流樋門があります。

  • 対岸の水門。

    対岸の水門。

  • 向こうの丘は大塚・歳勝土遺跡公園です。<br />早渕川沿いには縄文時代から人が住んでいました。

    向こうの丘は大塚・歳勝土遺跡公園です。
    早渕川沿いには縄文時代から人が住んでいました。

  • コサギが飛んでいます。

    コサギが飛んでいます。

  • 大崎橋<br />青いアーチは水道管のようです。

    大崎橋
    青いアーチは水道管のようです。

  • また暗渠水門。早渕川の治水がいかに重要視されていたか分かります。

    また暗渠水門。早渕川の治水がいかに重要視されていたか分かります。

  • 茅ヶ崎橋

    茅ヶ崎橋

  • 中耕地橋

    中耕地橋

  • 都筑大橋<br />歴博通りが走っています。

    都筑大橋
    歴博通りが走っています。

  • 高架下のトンネル。

    高架下のトンネル。

  • 早淵川親水広場<br />と呼ぶにはちょっとショボい。対岸は大型商業施設。保育園児たちが遊んでいます。<br />なお、早渕川は河川法では早淵川と表記されています。

    早淵川親水広場
    と呼ぶにはちょっとショボい。対岸は大型商業施設。保育園児たちが遊んでいます。
    なお、早渕川は河川法では早淵川と表記されています。

  • 上部右は横浜市営地下鉄グリーンラインの橋梁、その隣がブルーラインの橋梁。<br /><br />下は境田橋。

    上部右は横浜市営地下鉄グリーンラインの橋梁、その隣がブルーラインの橋梁。

    下は境田橋。

  • 堰の元地蔵尊(子育地蔵)<br />地下鉄橋梁の下にあります。この辺りに早渕川から取水する堰があったらしい。<br />地蔵堂右手に庚申塔もあります。

    堰の元地蔵尊(子育地蔵)
    地下鉄橋梁の下にあります。この辺りに早渕川から取水する堰があったらしい。
    地蔵堂右手に庚申塔もあります。

  • 境田橋を走る区役所通り。

    境田橋を走る区役所通り。

  • ニュータウンを過ぎると長閑な風景。コサギが潜んでいます。

    ニュータウンを過ぎると長閑な風景。コサギが潜んでいます。

  • こちらも暗渠水門。

    こちらも暗渠水門。

  • 「しらさぎのみち」と呼ぶらしい。

    「しらさぎのみち」と呼ぶらしい。

  • 中川八幡山公園が見えます。

    中川八幡山公園が見えます。

  • 川を挟んで反対側には都筑中央公園が見えます。<br />中川八幡山公園、都筑中央公園、茅ヶ崎城址公園、大塚・歳勝土遺跡公園、吾妻山公園の5つを「つづき五山」と呼ぶそうです。

    川を挟んで反対側には都筑中央公園が見えます。
    中川八幡山公園、都筑中央公園、茅ヶ崎城址公園、大塚・歳勝土遺跡公園、吾妻山公園の5つを「つづき五山」と呼ぶそうです。

  • 矢先橋

    矢先橋

  • 早渕川遡上も約半分が過ぎました。

    早渕川遡上も約半分が過ぎました。

  • 振り返ると歴史博物館の緑の三角屋根。自然河川らしい風景です。

    振り返ると歴史博物館の緑の三角屋根。自然河川らしい風景です。

  • 中川八幡山公園に登ってみました。

    中川八幡山公園に登ってみました。

  • カンヒザクラの向こうにセンター北駅周辺のビル群が見えます。

    カンヒザクラの向こうにセンター北駅周辺のビル群が見えます。

  • 民家から大きく張り出した桜の木。

    民家から大きく張り出した桜の木。

  • 矢崎橋<br />先ほどと同じ「やさきはし」ですが字が違います。

    矢崎橋
    先ほどと同じ「やさきはし」ですが字が違います。

  • コサギがいます。「しらさぎのみち」はダテではありません。

    コサギがいます。「しらさぎのみち」はダテではありません。

  • 公共下水道雨水放流樋門

    公共下水道雨水放流樋門

  • ここにもコサギ。

    ここにもコサギ。

  • 矢羽根不動尊にちょっと寄り道。凄く急な階段。

    矢羽根不動尊にちょっと寄り道。凄く急な階段。

  • お堂はこんなんで拍子抜け。

    お堂はこんなんで拍子抜け。

  • 梅は見頃。

    梅は見頃。

  • 中崎橋

    中崎橋

  • 周辺は農地です。

    周辺は農地です。

  • 初めて魚影を見つけました。淵にコイが集まっています。

    初めて魚影を見つけました。淵にコイが集まっています。

  • マガモ属の雑種のようです。

    マガモ属の雑種のようです。

  • 中荏橋

    中荏橋

  • その手前に暗渠水門。<br />早渕川の支流はこの上流の布川を除き、全て暗渠化されています。

    その手前に暗渠水門。
    早渕川の支流はこの上流の布川を除き、全て暗渠化されています。

  • 中荏橋より上流は青葉区です。荏田のマンションが見えてきました。

    イチオシ

    中荏橋より上流は青葉区です。荏田のマンションが見えてきました。

  • 荏田真福寺へも寄り道。

    荏田真福寺へも寄り道。

    真福寺 寺・神社

  • 創建年代不詳ですが、重要文化財(国指定) 木造釈迦如来立像、県指定重要文化財 木造千手観音立像(本尊)、横浜市指定有形民俗文化財 荏田真福寺奉納絵馬および奉納額一括などを所蔵する古刹です。

    創建年代不詳ですが、重要文化財(国指定) 木造釈迦如来立像、県指定重要文化財 木造千手観音立像(本尊)、横浜市指定有形民俗文化財 荏田真福寺奉納絵馬および奉納額一括などを所蔵する古刹です。

  • 樹齢400年ほどと推定されるカヤは、横浜市名木古木に指定されています。

    樹齢400年ほどと推定されるカヤは、横浜市名木古木に指定されています。

  • トヨタディーラーでトイレを借りて(ありがとうございました)、散歩再開。<br /><br />早渕川の支流 布川です。

    トヨタディーラーでトイレを借りて(ありがとうございました)、散歩再開。

    早渕川の支流 布川です。

  • 布川合流地点<br />カヤの陰でよく見えませんが、左側から流れ込んでいます。

    布川合流地点
    カヤの陰でよく見えませんが、左側から流れ込んでいます。

  • 鍛冶橋観測所<br />早渕川に2ヶ所ある水位観測所の一つ、新しく設置されたようです。

    鍛冶橋観測所
    早渕川に2ヶ所ある水位観測所の一つ、新しく設置されたようです。

  • 水位標

    水位標

  • 荏田宿常夜燈<br />荏田は長津田とともに江戸初期から矢倉沢往還(大山街道)の宿駅に指定されており、その繁栄を物語る常夜燈が残されています。宿は西に向かい下宿、中宿、上宿に分かれ、往還筋に35軒の宿と店が文久3年(1863年)頃ありましたが、明治27年(1894年)の大火で当時の面影は失われました。

    荏田宿常夜燈
    荏田は長津田とともに江戸初期から矢倉沢往還(大山街道)の宿駅に指定されており、その繁栄を物語る常夜燈が残されています。宿は西に向かい下宿、中宿、上宿に分かれ、往還筋に35軒の宿と店が文久3年(1863年)頃ありましたが、明治27年(1894年)の大火で当時の面影は失われました。

  • 鍛冶橋

    鍛冶橋

  • 林沿いに旧大山街道。

    林沿いに旧大山街道。

  • 早渕川・老馬谷ガーデン<br />老馬谷(ろうばやと)とはこの辺りの旧地名。市民、東京都市大学と都筑区役所が協力して花壇と散歩道を整備しているそうです。この辺りは右岸(画面左)が青葉区、左岸(同・右)が都筑区です。

    早渕川・老馬谷ガーデン
    老馬谷(ろうばやと)とはこの辺りの旧地名。市民、東京都市大学と都筑区役所が協力して花壇と散歩道を整備しているそうです。この辺りは右岸(画面左)が青葉区、左岸(同・右)が都筑区です。

  • 旧大山街道です。

    旧大山街道です。

  • 霊泉の滝<br />日照りが続いた天明大飢饉のおり(1782~1788年)、滝の水で近隣の多くの人達が助かったと伝えられています。

    霊泉の滝
    日照りが続いた天明大飢饉のおり(1782~1788年)、滝の水で近隣の多くの人達が助かったと伝えられています。

  • 宿裏橋(しゅくうらはし)

    宿裏橋(しゅくうらはし)

  • 関根橋<br />橋というより暗渠に近い。長さは短いですが、幅がとてつもなく広い。<br /><br />この辺りに「築地の土堤」があったようです。<br />早渕川上流の石川村と下流の荏田村は、水の配分をめぐり大変仲が悪く、争いごとが絶えませんでした。荏田は「築地の土堤」と称する大きな堤を築き、これによって石川の保木、平川、船頭、牛込といった地域は水没したと伝えられています。

    関根橋
    橋というより暗渠に近い。長さは短いですが、幅がとてつもなく広い。

    この辺りに「築地の土堤」があったようです。
    早渕川上流の石川村と下流の荏田村は、水の配分をめぐり大変仲が悪く、争いごとが絶えませんでした。荏田は「築地の土堤」と称する大きな堤を築き、これによって石川の保木、平川、船頭、牛込といった地域は水没したと伝えられています。

  • 関根橋の上を国道246号線(厚木街道)が走っています。道の上のトラス橋は横浜市営地下鉄ブルーラインの橋梁です。

    関根橋の上を国道246号線(厚木街道)が走っています。道の上のトラス橋は横浜市営地下鉄ブルーラインの橋梁です。

  • 関耕地橋

    関耕地橋

  • 新石川付近の支流合流地点。その先は暗渠になっていて、新石川桜並木通り、さらに国学院大学たまプラーザキャンパスの万葉の小径に繋がっています。<br />迅速測図を見ると、この辺りの早渕川は北に蛇行していて、合流地点はもう少し北にあったことがわかります。

    新石川付近の支流合流地点。その先は暗渠になっていて、新石川桜並木通り、さらに国学院大学たまプラーザキャンパスの万葉の小径に繋がっています。
    迅速測図を見ると、この辺りの早渕川は北に蛇行していて、合流地点はもう少し北にあったことがわかります。

  • 上を走るのは東名高速道路です。

    上を走るのは東名高速道路です。

  • マガモかしら?

    マガモかしら?

  • コサギもいます。この辺りは水鳥がたくさん生息しています。

    コサギもいます。この辺りは水鳥がたくさん生息しています。

  • 東名高速道路元石川高架橋

    東名高速道路元石川高架橋

  • さすがに巨大。

    さすがに巨大。

  • 新石川橋

    新石川橋

  • 向根橋(むかいねはし)<br />この辺りが昔の石川村の中心、中村です。

    向根橋(むかいねはし)
    この辺りが昔の石川村の中心、中村です。

  • 渕上橋

    渕上橋

  • 近くの驚(おどろき)神社にちょっと寄り道。<br /><br />創立年代不詳ですが奈良時代との伝承があり、石川牧の鎮守と言われています。昔、この地域は牧場があり、名馬がよく出た場所から、「馬を敬う」の二字を合成して「驚」となったという説があります。

    近くの驚(おどろき)神社にちょっと寄り道。

    創立年代不詳ですが奈良時代との伝承があり、石川牧の鎮守と言われています。昔、この地域は牧場があり、名馬がよく出た場所から、「馬を敬う」の二字を合成して「驚」となったという説があります。

  • 秋祭りには早渕川上流の谷戸(保木、平川、荏子田、船頭、牛込)の社から神輿と山車がこの驚神社に集まり、その時に奉納されるのが牛込獅子舞です。横浜市の無形民俗文化財に指定されています。

    秋祭りには早渕川上流の谷戸(保木、平川、荏子田、船頭、牛込)の社から神輿と山車がこの驚神社に集まり、その時に奉納されるのが牛込獅子舞です。横浜市の無形民俗文化財に指定されています。

  • あざみ野駅周辺の街並みが見えてきます。

    あざみ野駅周辺の街並みが見えてきます。

  • 中村橋

    中村橋

  • 中村大橋<br />新横浜元石川線の橋です。

    中村大橋
    新横浜元石川線の橋です。

  • 河川管理境界の標識です。<br />中村大橋より上流は横浜市の管轄。

    河川管理境界の標識です。
    中村大橋より上流は横浜市の管轄。

  • 東急田園都市線が走ります。

    東急田園都市線が走ります。

  • 高架線路の向こうに見えるのは、

    高架線路の向こうに見えるのは、

  • 和田橋<br />あざみ野駅正面(西口)を走る道です。この辺りの川沿いは歩くことができません。

    和田橋
    あざみ野駅正面(西口)を走る道です。この辺りの川沿いは歩くことができません。

  • この暗渠を潜ると県道13号 日吉元石川線の上下線の間に挟まれた流れが見えます。<br /><br />この辺りの早渕川は、以前は左岸の山の麓を蛇行して流れていましたが、1966(昭和41年)年に東急電鉄が中心となって区画整理が行われ(いわゆる多摩田園都市開発)、その折に流路を変え、両側に道路(県道13号日吉元石川線)を通す形にしました。

    この暗渠を潜ると県道13号 日吉元石川線の上下線の間に挟まれた流れが見えます。

    この辺りの早渕川は、以前は左岸の山の麓を蛇行して流れていましたが、1966(昭和41年)年に東急電鉄が中心となって区画整理が行われ(いわゆる多摩田園都市開発)、その折に流路を変え、両側に道路(県道13号日吉元石川線)を通す形にしました。

  • 松本橋<br />川幅はグッと狭くなります。松本橋から上流の平崎橋の間の両岸一帯が牛込地区です。

    松本橋
    川幅はグッと狭くなります。松本橋から上流の平崎橋の間の両岸一帯が牛込地区です。

  • 宮の橋<br />川沿いに歩道はないので車道の端から橋を撮影。自動車が横を掠めて危険なので良い子はマネをしないでください。

    宮の橋
    川沿いに歩道はないので車道の端から橋を撮影。自動車が横を掠めて危険なので良い子はマネをしないでください。

  • 右岸の神明社。ここで奉納される牛込の獅子舞は神奈川県の無形文化財に指定されています。

    右岸の神明社。ここで奉納される牛込の獅子舞は神奈川県の無形文化財に指定されています。

  • 新橋(しんはし)

    新橋(しんはし)

  • 時刻は12時半。朝から4時間歩き通しなので、この辺で昼食休憩とします。<br /><br />「きたなシュラン」と噂のお店(とんねるずは来ていません)。怖いもの見たさでこの機会に入ってみました。

    時刻は12時半。朝から4時間歩き通しなので、この辺で昼食休憩とします。

    「きたなシュラン」と噂のお店(とんねるずは来ていません)。怖いもの見たさでこの機会に入ってみました。

    中国麺家 菜広 グルメ・レストラン

    ワークマンに愛される街中華 by beanbagさん
  • 什景湯麺(五目そば)900円。ボリュームたっぷり、普通に美味しい。<br /><br />たっぷり50分ほど休憩して散歩再開。

    什景湯麺(五目そば)900円。ボリュームたっぷり、普通に美味しい。

    たっぷり50分ほど休憩して散歩再開。

  • 牛込橋<br /><br />古い記録によるとこの次に「中の橋」がありましたが、現在は撤去されています。

    牛込橋

    古い記録によるとこの次に「中の橋」がありましたが、現在は撤去されています。

  • 平崎橋<br />新石川第55号線と交差します。<br /><br />今は合流地点が橋の下の暗渠になっていて見つけにくいですが、西方向に水路があります。この流域一帯が船頭地区です。船頭の地名は、石川村と荏田村の水争いのときに、石川一帯が水浸しになり、舟を造り漕いだことが由来と言われています。

    平崎橋
    新石川第55号線と交差します。

    今は合流地点が橋の下の暗渠になっていて見つけにくいですが、西方向に水路があります。この流域一帯が船頭地区です。船頭の地名は、石川村と荏田村の水争いのときに、石川一帯が水浸しになり、舟を造り漕いだことが由来と言われています。

  • NTT美しが丘ビルはこの辺りのランドマーク。

    NTT美しが丘ビルはこの辺りのランドマーク。

  • 民家の敷地内に庚申塔が見えます。

    民家の敷地内に庚申塔が見えます。

  • 吾妻橋

    吾妻橋

  • 平原橋<br /><br />平原橋の上流に「初音橋」があったようですが、これも撤去されています。

    平原橋

    平原橋の上流に「初音橋」があったようですが、これも撤去されています。

  • この暗渠を潜ると川は元石川日吉線から外れます。

    この暗渠を潜ると川は元石川日吉線から外れます。

  • 川幅はさらに狭くなってきます。

    川幅はさらに狭くなってきます。

  • 平川の大燈籠<br />幕末に江戸薩摩渋谷屋敷に奉公した娘さんが、渋谷屋敷の引き払いに際して、貰い受けたと言われています。

    平川の大燈籠
    幕末に江戸薩摩渋谷屋敷に奉公した娘さんが、渋谷屋敷の引き払いに際して、貰い受けたと言われています。

    平川の大燈籠 名所・史跡

  • 名もない橋

    名もない橋

  • さらに上流に遡ります。

    さらに上流に遡ります。

  • こんなところも。

    こんなところも。

  • 保木橋<br />超有名なパン屋 ベッカライ徳多朗の駐車場から撮らせていただきました。<br /><br />保木(ほうぎ、現在は「ほぎ」)は、荏田村との水争いでこの地域が水没したとき、木に帆を揚げた船を出したので帆木から保木となったそうです。

    保木橋
    超有名なパン屋 ベッカライ徳多朗の駐車場から撮らせていただきました。

    保木(ほうぎ、現在は「ほぎ」)は、荏田村との水争いでこの地域が水没したとき、木に帆を揚げた船を出したので帆木から保木となったそうです。

  • また名もない橋。

    また名もない橋。

  • 個人が勝手に(?)鉄板を渡して駐車場・駐輪場にしています。

    個人が勝手に(?)鉄板を渡して駐車場・駐輪場にしています。

  • もはや川というより用水路。

    もはや川というより用水路。

  • 隣は農園です。

    隣は農園です。

  • この先は暗渠になります。

    この先は暗渠になります。

  • 右は車道。それより幅の広い歩道の下は暗渠です。

    右は車道。それより幅の広い歩道の下は暗渠です。

  • その暗渠に流れ込む支流が見えます。

    その暗渠に流れ込む支流が見えます。

  • この下も暗渠。

    この下も暗渠。

  • 道路の下を流れているはず。

    道路の下を流れているはず。

  • 行き着いたのは保木公園の美しが丘西第1遊水池。ここが水面の見える限界です。

    行き着いたのは保木公園の美しが丘西第1遊水池。ここが水面の見える限界です。

  • 調整池に隣接する広いグラウンド。これも調整池の一部と考えると、その規模は区内でも抜群に大きい。荏田・石川の水争いの教訓が生きているのでしょうか。

    調整池に隣接する広いグラウンド。これも調整池の一部と考えると、その規模は区内でも抜群に大きい。荏田・石川の水争いの教訓が生きているのでしょうか。

  • 源流探しはまだまだ続きます。

    源流探しはまだまだ続きます。

  • 辿り着いたのは美しが丘西滝の沢公園。<br />計画的に造成された街なので川の流れはありませんが、いかにも源流らしい響きです。

    辿り着いたのは美しが丘西滝の沢公園。
    計画的に造成された街なので川の流れはありませんが、いかにも源流らしい響きです。

  • その近くのこの芝生広場は、

    その近くのこの芝生広場は、

  • 神奈川県内広域水道企業団西長沢浄水場が管理する保木調整池です。<br />いかにも水源っぽい。

    神奈川県内広域水道企業団西長沢浄水場が管理する保木調整池です。
    いかにも水源っぽい。

  • その隣は、

    その隣は、

  • 横浜市立美しが丘西小学校です。

    横浜市立美しが丘西小学校です。

  • さらに水源を探って住宅地を巡ると、

    さらに水源を探って住宅地を巡ると、

  • 美しが丘西早渕台公園です。

    美しが丘西早渕台公園です。

  • こんな標識があって、早渕川の源流だったことは間違いありません。

    こんな標識があって、早渕川の源流だったことは間違いありません。

  • これで早渕川を遡る旅は終わりです。

    これで早渕川を遡る旅は終わりです。

  • 早渕台公園バス停

    早渕台公園バス停

  • バス停のある場所は、某有名人のご自宅。

    バス停のある場所は、某有名人のご自宅。

  • 昔は渓流が流れていたことでしょう。<br />川の歴史と人の営みを辿る旅になりました。

    昔は渓流が流れていたことでしょう。
    川の歴史と人の営みを辿る旅になりました。

  • 貸切状態の東急バスで自宅に戻ります。

    貸切状態の東急バスで自宅に戻ります。

  • 早渕川は延長13.7km、寄り道や源流探しを含めてもせいぜい17~18kmでしょう。とすると、歩幅は50cmちょっと。歳を重ねたものです。<br />疲れました。

    早渕川は延長13.7km、寄り道や源流探しを含めてもせいぜい17~18kmでしょう。とすると、歩幅は50cmちょっと。歳を重ねたものです。
    疲れました。

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