2019/08/09 - 2019/08/09
3位(同エリア466件中)
noelさん
この旅行記のスケジュール
2019/08/09
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白鳥の間
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かささぎの間
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ドン・セバスチャンの間
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ユリウス・カエサルの間
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ガレー船の間
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紋章の間
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アフォンソ6世の間
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中国の間
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王室礼拝堂
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アラブの間
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客室
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厨房
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マヌエルの間
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ムデハル様式の歩廊
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王の浴室
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この旅行記スケジュールを元に
シントラへはリスボンを観光後、今回の旅行の最後の観光として向かいました。
そんなわけで、旅行記の順番は、リスボンと前後しています。
リスボン旅行記は、最後にしたいと思います。
さて、シントラはリスボンに隣接しています。
この日の朝早くに行ったロカ岬とは割と近く、シントラ駅からロカ岬のカスカイス行のバスもあります。
イングランドの詩人であるGeorge Gordon Byron(ジョージ・ゴードン・バイロン)は、ここシントラを「チャイルド・ハロルドの巡礼」の中で「エデンの園」とまで称賛しました。
浪漫派の詩人である第6代バイロン卿がこのように呼ぶ美しい景観を持つシントラは、まさにその文化的景観によって1995年に世界遺産に登録されました。
シントラ宮殿、ベーナ宮殿、レガイラ宮殿などの美しい宮殿群、そしてムーアの城跡などです。
今回は時間の関係もあり、シントラ宮殿の観光のみとなりました。
*
ちなみに自由奔放なバイロンは、1809年から1811年までポルトガル、スペイン、ギリシャなどを旅しました。この時代はナポレオン戦争の影響で、地中海地方を回ったようです。
この旅は所謂グランドツアーだったようです。
彼はケンブリッジ大学に入学したものの大学を中途退学し、そして旅に出ました。
実は問題児で大学で犬を飼いました。でも、これは規則違反でした。そこで彼は犬ではなく、飼いならされた熊を飼ったというのです。確かに規則に熊とは書かれていなかったようですが・・・。余談でした。
【旅程】
8月2日(金)
羽田14時05分発→フランクフルト18時45分着
ルフトハンザ航空LH717便(11時間40分)
↓
フランクフルト21時00分発→バルセロナ23時00分着
ルフトハンザ航空LH1138便(2時間)
8月3日(土)
バルセロナ市内観光
カサ・バトリョ→カサ・ミラ→サンパウ病院→サグラダ・ファミリア→カタルーニャ広場→カテドラル
↓
タラゴナ
ラス・ファレラス水道橋
↓
バレンシア
8月4日(日)
バレンシア観光
ラ・ロンハ
↓
ラ ・マンチャ地方
クエンカ市内観光
↓
ラ・マンチャ地方
カンポ・デ・クリプターナ
↓
マドリッド
8月5日(月)
マドリッド市内観光
プラド美術館
↓
トレド観光
カテドラル→サント・トメ教会
マドリッド
8月6日(火)
コルドバ観光
花の小径→メスキータ
↓
グラナダ
アルハンブラ宮殿
8月7日(水)
グラナダ市内観光
カテドラル
↓
ミハス
↓
セビリア
フラメンコショー鑑賞
8月8日(木)
セビリア市内観光
スペイン広場→カテドラル→ムリーリョ公園→アルカサル→カテドラル→ヒラルダの塔→黄金の塔
↓
エヴォラ歴史地区観光
ディアナ神殿→ロイオス教会→カテドラル→サン・フランシスコ教会
↓
リスボン
8月9日(金)
ロカ岬
↓
ジェロニモス修道院→ベレンの塔→発見のモニュメント
↓
シントラ観光●
シントラ王宮●
↓
リスボン
8月10日(土)
リスボン発7時15分→フランクフルト11時15分着
ルフトハンザ航空LH1173便(3時間)
↓
フランクフルト18時10分発→
8月11日(日)
羽田12時15分着
ルフトハンザ航空LH716便(11時間05分)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス
-
シントラに到着しました。
カラフルな建物が目に付きます。
ここシントラは2020年夏の映画「ポルトガル、夏の終わり」の舞台になりました。
私の拙い旅行記よりは、映画を観ればこの街の素晴らしさがわかると思います。
美しい街並み、迷路のような路地、深い森、美しい海・・・・・できることなら、避暑に訪れたい・・・そんな街です。 -
Palacio Nacional de Sintra(シントラ国立宮殿)のファサードです。
元々はイベリア半島を支配していたイスラム教徒が建てたお城でした。
2つある城の内1つはこの丘の上にあるCastelo dos Mouros(ムーア人の城)でしたが、今は廃墟となってしまっています。
そしてその下のこのお城ですが、ムーア人支配者の住居でした。
その後12世紀にシントラを征服したAfonso I(アルフォンソ1世)=Afonso Henriques(アルフォンソ・エンリケス)が居城としました。
ただし、この時代のものは残されていません。
14世紀の初め頃にDinis I (ディニス1世)によって造られた王室礼拝堂が最古のものです。
そして後、1415頃からJoao I(ジョアン1世)によって増改築が行われました。ほとんどの建物はジョアン1世の建築計画によって建てられました。 -
噴水があり涼感をよびます。
この王宮は夏の離宮として使われていました。 -
中に入り、アーチからシントラの街を眺めた風景です。
-
こちらの階段を登って入ります。
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これで見ると内部の様子がある程度わかります。
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入口にあった王宮のジオラマです。
これを見ると統一感があるように見えますが、実際には増築を繰り返されて現在の姿があります。 -
1枚の絵画がありました。解説もあったようですが、ピンボケで読めません。
左側には女性たちが、右側には馬にまたがった王のような人物が描かれているようです。 -
Sala dos Cisnes(白鳥の間)
まず最初にあるのがこの部屋です。
この部屋は晩餐会や舞踏会に使われました。
1584年8月には、ここで天正遣欧少年使節が、アルベルト・アウストリア枢機卿(ポルトガルを統治していました。)に謁見しています。
ただ少年使節団が訪問した頃には残念ながら天井の白鳥はありませんでした。
この白鳥があることで、かなりゴージャスなイメージがあるように思います。
何しろ部屋の名前にもつけられてますので。
それにしても今回の旅は、彼等と重複している場所が結構あります。 -
天井には白鳥が描かれています。
27の白鳥ですが、それぞれにポーズが違います。
中には王冠を首に架けている白鳥もいます。
実は娘のために描かせたらしいのです。 -
ここに描かれた白鳥は27羽いますが、この数はジョアン4世の娘カタリーナが嫁いだ時の年齢です。
現在であれば、適齢期にも思えますが、当時にしては遅い婚礼でした。
当時は10代でお輿入れしていた時代です。
白鳥は美しさの代名詞でもありますが、実はパートナーを変える事なく生涯添い遂げる鳥でもあるようです。
父ジョアン4世にとって、この部屋は格別な思いがあったかもしれません。
ちなみに1662年のことでした。 -
こちらは壁面です。
シンプルですが、上部には城が描かれているようです。 -
3羽の白鳥の置物があります。
-
こちらには白鳥だけでなく、牛のような置物もありました。
実はこれは食器だそうです。
そしてこの食器の中には、この食材が入っていたようです。
ちなみに中国から贈られた物のようです。 -
この肖像画はジョアン4世の娘のカタリーナかと思います。
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白鳥の間から鵲(かささぎ)の間へ移動の際に見えた庭の様子です。
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この王宮の中でも目立っているのが、ボーリングのピンのような、円錐形の煙突です。
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Sala de pega(かささぎの間)
天井には今度は白鳥に変わって、かささぎが一面に描かれています。
この部屋は王の執務室だったようです。 -
よく見るとかささぎの口元に文字が書かれています。
POR BEM(善意から)と言う意味だそうです。
実はジョアン1世は侍女と浮気をしてキスをしているのを、王妃に見られてしまいました。
王妃はこの事をとやかく言わなかったようですが、たちまち噂は広まってしまいました。
特に侍女たちの間で噂になってしまいました。
そこで「おしゃべり」な侍女たちを暗示させるような136羽のかささぎを天井に描かせました。
そしてかささぎの足元の赤い(色は褪せてますが・・)バラは、王妃の故郷英国ご実家のランカスター家の紋章でした。
なんとも気まずく、ちょっと想像すると笑っちゃいます。
本気ではありませよ。善意からですよ・・・と言うことのようですが。
一見すると、本当に鳥好きな王なのかと思ってしまいますが・・・。
しかもPOR BEMはポルトガルでのかささぎの鳴き声かしら、とも思いましたが、よく考えると違いますよね。笑笑
かささぎの鳴き声がわからなかったため、You-tubeで確認しましたが、綺麗な鳴き声ではありませんでした。むしろ噂話をしてる声のようにも聞こえました!!!
なるほど、やはり「かささぎ」なのですね。
※ 余談ですが、カササギは他人の陰口や悪口を言うお喋り好きな女性の象徴でもあったようです。
フランドルの画家のブリューゲルが「絞首台の上のカササギ」を描いてます。
中世以来、カササギは悪魔や魔女に奉仕する鳥とされてるようです。
これはネーデルラントの事なので、この部屋のカササギは、そこまで悪い意味では描かれてないと思います。 -
王宮の外観を思わせる形に型どったアズレージョが壁面にあります。
アーム・チェアは18世紀のポルトガル製です。
胡桃と金箔を塗装した皮製です。
絨毯は16-7世紀のペルシアのヘラート(現在のアフガニスタン)製です。
素材は綿とウール
フォール・フロント・キャビネットは17世紀のインドのゴア製です。
チーク、シッソ、象牙です。
キャビネットは16-7世紀のスペイン製です。
胡桃、骨、ベルベット、鉄製です。 -
暖炉が中央にあります。
16世紀のイタリア製で、Carrara(カッラーラ)の大理石です。
カッラーラはトスカーナ州で、大理石の産地です。
Almeirim(アルメイリム)王宮から消えたもののようです。
ちょっといわくありですね。
ただ、この暖炉は実際には使われませんでした。
この王宮は夏の王宮です。
暖炉は必要なかったようです。 -
ビュッフェ・テーブルは、17世紀のポルトガル製でローズウッド(紫檀)と金メッキを施しています。
写真にはありませんが、長時計ケースは、19世紀のロンドン製です。
木、鉄、ガラス、布
Maple & Co.Ltd
ウエストミンスターかウィッテントンのチャイムのメロディです。 -
20世紀初頭の白鳥の間の一部を表したものです。
-
D. Sebastiao I(ドン・セバスチャン1世王)の寝室
1554年1月20日 生ー 1578年8月4日死
在位期間:1557年 ー1578年
O Desejado(待望王)と呼ばれました。 -
天球儀があります。
これは世界初の天球儀のようです。 -
天蓋付きのベッドですが、割と質素です。
黒檀でできています。
19世紀のイタリア製です。 -
チェスト
17世紀のポルトガル製
黒檀、真鍮 -
キャビネット
19世紀のイタリア製
ローズウッド、硬い石、金属と顔料 -
高浮彫のモティーフのアズレージョは葡萄の葉のようです。
葡萄はワインになります。つまりキリストの血を象徴しています。
そしてパンはキリストの体を表しています。
イエスは自分の死が人類に贖罪と救済をもたらす犠牲であることを語りました。
「多くの人のために流される契約の血」です。
最後の晩餐でも食されました。
弟子たちは、パンとワインをいただく度にイエスの死の意味を心に刻みました。 -
左右の絵両方の中央に描かれているのは、カルロス王子のようです。
彼はシラーの悲劇「ドン・カルロス」で有名です。
物語は16世紀のスペインで、父王フェリペ3世、その王妃(3番目)のエリザベッタ、そして王子であるドン・カルロ(ドン・カルロス)、王子の友のロドリーゴ侯爵、女官のエボリ公女(王子のことを好いている)の教会、宗教裁判、政治・・、愛と葛藤・・・の物語です。 -
Sala Julio Cesar(ユリウス・カエサル(ジュリオ・セザル)の間です。
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タペストリーです。
こちらはフランドル製です。ゴブラン織りのようですが。 -
この調度品もカエサルの間にありました。
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パティオに出ました。
-
Sala das Gales(ガレー船の間)
天井はまるで船底のようです。 -
ガレー船の間ですので、船が描かれています。
-
写りが悪いのですが、実はこの帆船ですが帆が三角形になっています。
そして逆風であっても進行できるようになった事を表しています。
この科学技術はイスラムが編み出したものです。
スペインといいポルトガルといい、イスラム支配の苦難の時代があったからこそ、世界制覇を果たすことができたのだと思います。
今では当然のことですが、この頃は凄いことでした。 -
花瓶です。
16世紀のポルトガル製です。 -
ワイン用容器
18世紀前半のポルトガル製 -
数々のプレートが展示されていました。
ガラスに反射してよく見えないのですが・・・。すみません。 -
チェストもさることながら、アズレージョの腰壁が素敵です。
-
お皿だけでなく、カップなども陳列されています。
あまりにも酷い写りでよくわかりません。(-_-;) -
Don Carlos de Austria(ドン・カルロス・デ・アウストリア)
(カルロス王子1545-1568)の肖像画
彼はスペイン王フェリペ2世とポルトガル王女マリア・マヌエラの息子です。 -
ゴルゴダの丘(カルバリアの丘)に向かうキリストの絵です。
16世紀半ばのものです。
*gulgotha(ゴルゴダ)はアラム語、calvaria(カルバリア)はラテン語です。 -
ジョアン2世の息子アルフォンソ王子の死(1491年)
17世紀半頃の油彩 ポルトガル -
インド製の象牙を使った家具です。
引き出しがたくさんあり、鍵をかけることができます。
個人的にほしいです! -
聖家族と幼い洗礼者ヨハネの絵
キャンバス油彩 -
椅子
17世紀後期のポルトガル製
ウォルナット、塗装した革 -
キャビネット
17世紀スペイン製
木製の亀の甲羅、象牙、錬鉄とベルベット -
Sala dos Brasoes(紋章の間)
この部屋に入った瞬間、ブルーの美しいアズレージョが目に飛び込んできました。
これまでの部屋にもアズレージョはありましたが、いずれもイスラム様式の模様でした。
ただこの部屋のアズレージョは違います。
狩猟の光景が描かれています。
部屋は16世紀のものですが、アズレージョは18世紀のものです。 -
Cupula de la sala dos Brasoes(紋章の間のクーポラ)
王家の紋章を中心に、その周囲には8人の王族の紋章があります。
さらにその周囲には72人の家臣の紋章が描かれています。 -
この中央が王の紋章です。
特別に神々しく金色に輝いています。 -
16.5m四方のクーポラ型(ドーム型)になっています。
そしてかなり細かく描かれています。 -
イチオシ
この美しい部屋で、マヌエル1世は朗報を聞いたそうです。
それはヴァスコ・ダ・ガマがインドから無事に帰国したという知らせでした。
本当にほっとしたことでしょう。 -
NHADAX EQMES・RVADAS……と文字が見えますが、途切れているため、よくわかりません。
-
このアズレージョの絵は、鹿を捕まえた様子を表しているようです。
-
狩りの場面が描かれています。
左では犬と伴に小熊を捕らえているようすが、
右には王妃と思われる人も同行させている様子が描かれています。 -
遠近感によって様々な様子が描かれています。
左の木陰では子どもと母親のような人が、中央では円を描いて踊りを踊っている様子が(日本のかごめかごめに似ています)、右側には楽師たちが演奏している様子が、そして画面奥の方では(遠近感を上手に使って)狩りをしている人たちが、描かれています。 -
鹿である獲物を追って、宮殿に戻ってきた様子が描かれているようです。
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獲物をしとめた様子が描かれているようです。
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大きなテーブルが部屋の中央に配されています。
-
Afonso Ⅵ(アフォンソ6世の間)
アフォンソ6世は身体的に、また精神的にも障害を持っていたため、実の弟であるペドロ2世に実権を奪われてしまいました。
そして、ここに幽閉されました。
そしてこの宮殿から出ることもなく、1683年には亡くなってしまいました。
なんとも気の毒な運命でした。 -
Afonso Ⅵ(アフォンソ6世)の肖像画
Afonso Ⅵ(アフォンソ6世)は、Joao IV(ジョアン4世)とLuisa de Guzman(ルイサ・デ・グスマン)の息子です。
幼い時に小児麻痺になってしまい、左半身が麻痺してしまいました。
そればかりか、精神的にも不安定な状態となってしまい、父王を継いで王位についても、母が摂政として執務を行っていました。
・・・その後、Maria Francisca de Saboia(マリア・フランシスカ・デ・サボイア)と結婚するものの、不能を理由に婚姻は無効とまでなってしまいました。
そしてマリアはアフォンソ6世の弟と結婚しました。弟のPedro II(ペドロ2世)は兄から統治権を奪い、摂政皇太子として権力をとり、その後兄を島に追いやり本土へ戻った後、この部屋に幽閉しました。 -
タペストリーも心なしか地味です。
-
この部屋は他の部屋と比べると薄暗く、召使の部屋のように思える部屋です。
ここに幽閉されていたとは・・・かなり辛かったことでしょう。 -
Quarto chines(中国の間)
-
仏塔(パゴタ)のようです。
246(高さ)x 194(幅)x 122(奥行き)cm
18世紀後期から19世紀初期の頃、清朝、嘉慶時代
象牙と骨でできています。
これは、1557年に中国人によってポルトガル統治が与えられた領土であるマカオを通じて、ポルトガルと東洋の良好な関係を表しています。
また、マカオは中国、日本、ヨーロッパなどの貿易の基盤となりました。
マカオは、1999年に中華人民共和国に返還したことは、ポルトガル帝国の終わりを告げる象徴的なものでした。
(香港がイギリスに返還されたのと同様で、一国二制度が導入されました。)
これは、おそらくマカオ元老院から、D. Maria I(女王マリア1世)に捧げられたもののようです。 -
屏風
漆塗りのようです。 -
Capela Palatina(パラティーノ礼拝堂)
Capela real(王室礼拝堂)
宮殿の現存する最も古い部分はこの王立礼拝堂です。
14世紀初頭のディニス1世の治世中におそらく建設されました。 -
壁はよく見ると、鳩の形になっています。これは聖霊が降り注いでいる様子を描いています。
天井は木製で幾何学模様のムーア式の格子に描かれています。
床もタイル張りになっています。
ところで、この王宮の中には鳥をモティーフにした部屋が多いです。
白鳥、かささぎ、鳩・・・。これらには何か意味があるのでしょうか。 -
Sala dos Arabes(アラブの間)
この部屋には噴水がありました。
イスラム様式ではよくみかける噴水です。
ここシントラは豊富な湧き水が出る水脈に恵まれています。
湧き水は絶えることなく流れました。 -
実はマヌエル1世は、王妃2名に先立たれてしまいました。
特に最初の王妃は、出産の際に命を落としてしまいました。
残されたマヌエル1世は悲嘆にくれました。
そして、この噴水を造るように命じました。
噴水の水は尽きることがありません。
永遠の命のように・・・・。 -
この部屋のアズレージョは、15世紀のスペインのセビリアの物だそうです。
ポルトガルの中では最古のアズレージョです。 -
Guest Room(客室)
燭台が2つ置かれています。 -
寝台のようですが、随分簡素な感じがします。
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カメオのような額に入ったレリーフがありました。
「Sagrada Familia (聖家族)」のようです。 -
下にはテーブルがありました。
綺麗なアズレージョですが、百合の花が描かれています。聖母マリアを表しています。天使や聖杯も描かれているようです。 -
入口には紋章があります。
Maria Pia de Saboia(王妃のマリア=ピア・デ・サヴォイア)の紋章です。
Luis I(ルイス1世)の王妃です。
右側に描かれている白十字は、彼女の実家のサヴォイア家の紋章です。
そして左に描かれているのは、王家の紋章です。(紋章の間にもありました) -
煙突を下から見た様子です。
突端の煙が抜ける部分もそうですが、窓が3つあるようです。
高さは33mもあります。
当時は肉を焼いたりしていたでしょうから、かなり汚れがあったのかと思います。 -
Cocina(厨房)です。
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様々な鍋が陳列されていました。
大きな竈で王宮内の人々の胃袋を満たしたのでしょうか・・・。 -
清潔感のある白い壁が印象的です。
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大鍋がたくさん陳列されています。
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水道です。
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焼き物用です。オーブンのようなものだったのでしょう。
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入口です。
マヌエル様式のロープの凝った造りになっています。 -
Sala Manuelina(マヌエルの間)
16世紀にマヌエル1世によって建てられました。
1930年代に復元されました。 -
最初に入った白鳥の間に少し似たような調度品もありますが、置物はシノワズリのようです。
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アズレージョが美しいです。
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この部屋を含む3つの部屋は最後の王室である
D. Maria Pia(女王マリア・ピア(1847-1911年))によって使用されました。
1910年10月5日、女王はイタリアに亡命しました。 -
シャンデリア、肖像画があります。
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イチオシ
ここシントラは城館や貴族の別荘などがあります。
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王宮よりもさらに山の上に目をやると、古い城壁のようなものが見えます。
この城壁は、Castelo dos Mouros(ムーア人の城)と言われた城跡です。 -
下の広場を見下ろしてます。
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Castelo dos Mouros(ムーアの城跡)
7-8世紀ムーア人によって築かれました。
その後、Afonso Henriques(アフォンソ・エンリケス)王によって落城されました。後に修復されたものの、今は廃れてしまっています。
「シントラ」の名前の由来は、308年にギリシャ人、ガロ・ケルト族よって建てられた寺院に由来しています。そしてルナ(月)に捧げられています。
ケルト人は「Cynthia(シンシア)」と呼び、アラブ人がこの地域を支配したとき、それが「Chintra(シントラ)」または「Zintira(ジンティラ)」となりました。
5つの塔があります。4つは長方形で、1つは円形です。
Torre Real(王の塔)と呼ばれる最も高い所にある塔には、16世紀のポルトガル作家、Bernardim Ribeiro(ベルナルディム・リベイロ)が住んでいたと言われています。
Iglesia de San Pedro de Penaferrim(聖ペドロ・デ・ペナフェリム教会)
アフォンソ・エンリケスの時代に建てられました
また、この隣にはイスラム時代の大きな貯水槽のようなものがあります。
おそらく、穀物や豆類を保管するためのSilos(倉庫)かと思います。
これは先史時代から文書で記録されていて、アラブ人によってアル・アンダルスに広く導入されました。 -
ここシントラは緑豊かで、リスボンからも近く貴族たちが、こぞって別荘を建てたのもわかります。
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ジオラマがある元の場所へ戻って来ました。
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ムデハル様式の歩廊
木で隠れてますが、この先のアーチが王の浴室です。 -
いかにもマヌエル様式といった感じのオブジェです。
16世紀に作られました。
ねじれたロープのモティーフです。
また上部には王妃がこどもを抱いていいるような像があります。 -
Gruta dos Banhos(王の浴室)
部屋全体がブルーに統一されていてます。 -
天井は、まるでウエッジウッドの、ジャスパーのようなペールブルー。
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この「カサ・デ・フレスコ」は典型的なサマーハウスの特徴で、マヌエル時代までさかのぼります。
その後、18世紀後半にロココ調の装飾が施されました。 -
壁には、噴水、庭園、高貴な空間を描いたアズレージョがあります。
また、天井にはジョヴァンニ・グロッシ、神話のテーマに沿った四季が描かれています。 -
チケット販売機です。
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部屋は130以上もあります。
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Praca da Republica(レプーブリカ広場)に戻ってきました。
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Castelo dos Mouros(ムーア人の城壁)が見えます。
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噴水のトップには、どうも地球のような物があります。
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お散歩中のワンちゃんがいました。
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シントラの街をちょっとだけぶらぶら。
色々な野菜や果物や昆虫などがモティーフになった食器です。
セットでほしいと思いました。
ただ・・・荷物の事を思うと諦めました。 -
階段を登った先にはお土産屋さんや、レストランなどがあるようです。
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看板のメニューもアズレージョに覆われています。
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何も考えずにブラブラするのも楽しいです。
建物の上の方には城壁は見えます。 -
色彩が豊かで楽しい街並みです。
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Ginja(ジンジャ)です。
サクランボのリキュールです。
200mlのもので、1瓶だと7.5ユーロですが、2瓶だと12.5ユーロです。 -
石鹸が並んでいるように見えますが、缶詰です。
とても缶詰には見えません。カラフルで可愛らしいです。 -
シントラ・ブティック・ホテルですが、優しいパステルカラーです。
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窓かから手を振っている人がいます。
誰かと思ったら・・・・。
習近平やオバマ元大統領や、ネルソン・マンデラ氏まで。 -
News Museum(ニュース博物館)だそうです。
入口のショッキング・ピンクが気になって見てみました。
入場はしませんでしたが、ラウンジには67.2㎡の大型タブレットがあるようです。
そして過去100年の出来事について、ビデオプレゼンテーションがあるようです。 -
それにしても、シントラの街も観光客でいっぱいです。
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こちらが待ち合わせ場所です。
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News Museumの目の前です。
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Camara Municipal de Sintra(シントラ市庁舎)
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バスからの眺めです。
駅のホームが見えました。電車が来ています。
今回はツアーで時間的なこともあり、見ることができませんでしたが、ベーナ宮殿も見たかったです。
ルードヴィヒ2世ののいとこのフェルナンド2世が建築を命じたお城。
ノイシュヴァンシュタイン城とは、全然違ったカラフルなお城です。
また、レガイラ宮殿も。迷宮のような階段も見たかったです。
今回のスペインからポルトガルの10日間の旅も、このシントラの観光でお終いです。
都合上、順番は逆で、リスボンの旅行記が最後になりますが・・・。
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2019/08/09~
シントラ
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この旅行記へのコメント (2)
-
- sanaboさん 2020/07/23 21:14:36
- シントラもとても懐かしいです!
- noelさん、こんばんは~
シントラ編も懐かしく拝見しました^^
まず初めにバイロンに関してですけど、ヨーロッパを訪れると
バイロンが詩を詠んだ地があちらこちらにありますが
ポルトガルも訪れていたのですね。
松尾芭蕉の奥の細道ならぬ地中海地方巡りをしていたわけですね。
それにしても熊を飼った、にはビックリ!(笑)
王宮の入口にあったジオラマ、イメージを掴みやすくて
わかりやすいですね。(私の訪問時にはなかったような…)
もっと小さなミニチュア版が売られてたら、買ってきたかも。
noelさんがボーリングのピンのような、と表現されてらした
煙突は印象的で可愛らしいですよね。
「白鳥の間」や「かささぎの間」はとてもよく覚えています。
それぞれのお部屋に纏わるお話があって面白かったですね。
バターリャ修道院でジョアン1世と王妃が仲良く眠りについている
石棺を見たとき、なんだかホッとしたのを思い出しました。
お部屋の調度品はどれもペルシャやインド、イタリア、スペイン、
フランドルなどから取り寄せた最高級品ばかりで流石に王宮だと
思いましたが、それぞれのお写真を撮られて解説をしてらした
noelさんにも感心しながら、ひとつひとつ興味深く拝見しました。
noelさんはインド製の象牙を使った引き出し付きの家具が
気に入られたそうですね。
私は葡萄柄のアズレージョをお風呂場か洗面所の壁に使いたいわ~
(あくまでも妄想ですけど…。笑)
「紋章の間」のアズレージョも本当に見事でしたね。
お台所の煙突も絶対真下から写真撮りたくなりますよね(^_-)
ところで、noelさんの旅行記を拝見して私は「王の浴室」の存在を
知らなくて行ってなかったことを知り大ショックでした!!
入口が別のところだったのですね!?
壁面のアズレージョといい、天井のレリーフといい、
こんなに素晴らしいものを見逃していたなんて…(涙)
最初のお写真を拝見した瞬間、天井がウェッジウッドみたいと
思ったのですが、そしたらnoelさんも次のお写真でそのように
コメントされてたので「そうよね、やっぱり!」と頷きました。
「ニュース博物館」の窓には習近平はいるのに、安倍総理の姿はなく
やっぱり国際的にも存在感ゼロなんだ~と思いました^^;
最後の観光地シントラ編も大いに楽しませていただきました。
ただnoelさんとしてはぺーナ宮もいらっしゃりたかっただろうなと
思いました。(私はレガレイラ宮殿が心残りになっています)
旅行記としての大トリはリスボン編なのですね。
こちらも楽しみにお待ちしていますね♪
sanabo
- noelさん からの返信 2020/07/23 22:37:49
- ありがとうございます。
- sanaboさん、こんばんは!
ご覧いただき、ありがとうございます。
シントラは、sanaboさんの旅行記を拝見して、とても気になっていました。
残念ながらベーナ宮殿はお預けでしたが・・・。
カラフルで奇抜な宮殿、行ってみたかったです。それが心残りです。
> まず初めにバイロンに関してですけど、ヨーロッパを訪れると
> バイロンが詩を詠んだ地があちらこちらにありますが
> ポルトガルも訪れていたのですね。
> 松尾芭蕉の奥の細道ならぬ地中海地方巡りをしていたわけですね。
そのようですね。
でも各地を巡りたい気持ちはよ〜くわかります。
そして様々な詩を詠んでくれたので、ありがたいかもしれません。
確かに西の松尾芭蕉ですね。
> それにしても熊を飼った、にはビックリ!(笑)
この発想には私も吃驚でした。
昔だったので許されたのかもしれませんが、現在だったらどうなったことやら。
> 王宮の入口にあったジオラマ、イメージを掴みやすくて
> わかりやすいですね。(私の訪問時にはなかったような…)
> もっと小さなミニチュア版が売られてたら、買ってきたかも。
それは残念でした。
ミニチュアほしいですね。お土産をブラブラ探したのですが、なかったような・・・。
> noelさんがボーリングのピンのような、と表現されてらした
> 煙突は印象的で可愛らしいですよね。
sanaboさんの旅行記でも拝見してたので、ちょっと楽しみにしてました。
やっぱりそのとおりでした。(笑)
> 「白鳥の間」や「かささぎの間」はとてもよく覚えています。
> それぞれのお部屋に纏わるお話があって面白かったですね。
> バターリャ修道院でジョアン1世と王妃が仲良く眠りについている
> 石棺を見たとき、なんだかホッとしたのを思い出しました。
やはり心配になりますよね。
その後、夫婦の間に亀裂が入ったりしなかったのか・・・とか。
私も安心しました。
> お部屋の調度品はどれもペルシャやインド、イタリア、スペイン、
> フランドルなどから取り寄せた最高級品ばかりで流石に王宮だと
> 思いましたが、それぞれのお写真を撮られて解説をしてらした
> noelさんにも感心しながら、ひとつひとつ興味深く拝見しました。
ありがとうございます。
なんだか田舎者の視点で見ていたのかもしれません。
> noelさんはインド製の象牙を使った引き出し付きの家具が
> 気に入られたそうですね。
はい。気になりました。我が家にあったら嬉しいです。
> 私は葡萄柄のアズレージョをお風呂場か洗面所の壁に使いたいわ?
> (あくまでも妄想ですけど…。笑)
それは素晴らしい〜!!!
なんて贅沢な素敵な妄想!
sanabo家が博物館になりますね。
> 「紋章の間」のアズレージョも本当に見事でしたね。
> お台所の煙突も絶対真下から写真撮りたくなりますよね(^_-)
やはり、そうですよね。
確かモン・サン=ミッシェルでも似たようなアングルから写真を撮ってらっしゃいましたよね。
そういう私も実際に行ってみると、気になって撮ってました。(汗)
> ところで、noelさんの旅行記を拝見して私は「王の浴室」の存在を
> 知らなくて行ってなかったことを知り大ショックでした!!
> 入口が別のところだったのですね!?
これはツアーだったことに感謝しなければ。
おそらく個人で行っていたら、私も見過ごしてしまったことでしょう。
> 壁面のアズレージョといい、天井のレリーフといい、
> こんなに素晴らしいものを見逃していたなんて…(涙)
お気の毒です。
もう少し立派な写真を撮って来れれば良かったのですが・・・。
> 最初のお写真を拝見した瞬間、天井がウェッジウッドみたいと
> 思ったのですが、そしたらnoelさんも次のお写真でそのように
> コメントされてたので「そうよね、やっぱり!」と頷きました。
そうですよね。
壁も美しいのですが、上を見上げたら、「あらっ!」と思いました。
> 「ニュース博物館」の窓には習近平はいるのに、安倍総理の姿はなく
> やっぱり国際的にも存在感ゼロなんだ?と思いました^^;
確かに残念です。
よ〜く見たら、案外と端っこの方に小さくあったのかもしれませんが、確かなかったと思います。
子どもの頃から世界地図を日本を中心にして見ていましたが、他国に行くと、井の中の蛙だったことに気付くことがよくあります
特にポルトガルでは、日本は極東に思えました。
安倍総理もいませんでしたし。(汗)
sanaboさんは、レガイラ宮殿が心残りなんですね。
確かに迷宮の入口のような所、見たかったです。
> 旅行記としての大トリはリスボン編なのですね。
> こちらも楽しみにお待ちしていますね♪
ありがとうございます。
時系列順に書いていたはずですが、まとまりが悪くなりそうだったので、リスボンが最後に
なりました。オオトリなどというご立派なものでもありませんが。
sanaboさんの旅行記も楽しみにしてますね。
noel
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