2019/08/07 - 2019/08/08
3位(同エリア1024件中)
noelさん
この旅行記のスケジュール
2019/08/07
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サンタ・クルス広場→ローマ城壁跡→アグア通り
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私にとってセビリアと言えば、まずは「セビリアの理髪師」でしょうか。
ところで昔は「セビリア」と呼んでいましたが、最近では「セビーヤ」だったり「セビージャ」だったり「セビリャ」「セビーリャ」だったり・・・?
一応スペイン観光局の日本語の表記には「セビーヤ」とあるのですが、あまり一般的ではありません。そんなわけで今回は4トラベルさんの表記に合わせて「セビリア」にします。
ところでセビリアはアンダルシア州の州都です。そしてアンダルシアの中で最も面積が広いのがセビリアです。
またグアダルキビル川が流れています。
そのため「橋の町」「港町」と呼ばれています。
イベリア半島の中でも肥沃な土地が広がる地域でしたから、川伝いにこの地に多くの民族が足を踏み入れました。
ローマ帝国がイベリア半島に侵入してきた時に、既にトゥルデタノ人(タルテソ人の子孫)が暮らしていました。
そして急速なローマ化が進み、その後は」西ゴート族がイベリア半島に入植してきました。
その後711年にはイスラム教徒のアル・アンダルス時代がやってきます。
その中でもセビリアは「Isbiliya(イスビリヤ)」と名付けられアル・アンダルスの首都になりました。
そしてレコンキスタが始まりキリスト、イスラム、ユダヤ教の異なる文化や宗教が混在しました。
そして1248年にはキリスト教徒の手に戻りました。
そんな中カスティーリャ王国にとってヨーロッパ諸国との貿易の要衝の地となりました。コロンブスのアメリカ大陸到達の際にも重要な役目を果たしました・・・・・・。
その後紆余曲折あって現在に至ります。
【旅程】
8月2日(金)
羽田14時05分発→フランクフルト18時45分着
ルフトハンザ航空LH717便(11時間40分)
↓
フランクフルト21時00分発→バルセロナ23時00分着
ルフトハンザ航空LH1138便(2時間)
8月3日(土)
バルセロナ市内観光
カサ・バトリョ→カサ・ミラ→サンパウ病院→サグラダ・ファミリア→カタルーニャ広場→カテドラル
↓
タラゴナ
ラス・ファレラス水道橋
↓
バレンシア
8月4日(日)
バレンシア観光
ラ・ロンハ
↓
ラ ・マンチャ地方
クエンカ市内観光
↓
ラ・マンチャ地方
カンポ・デ・クリプターナ
↓
マドリッド
8月5日(月)
マドリッド市内観光
プラド美術館
↓
トレド観光
カテドラル→サント・トメ教会
マドリッド
8月6日(火)
コルドバ観光
花の小径→メスキータ
↓
グラナダ
アルハンブラ宮殿
8月7日(水)
グラナダ市内観光
カテドラル
↓
ミハス
↓
セビリア●
フラメンコショー鑑賞
8月8日(木)
セビリア市内観光●
スペイン広場→カテドラル→ムリーリョ公園→アルカサル→カテドラル→ヒラルダの塔→黄金の塔
↓
エヴォラ歴史地区観光
ディアナ神殿→ロイオス教会→カテドラル→サン・フランシスコ教会
↓
リスボン
8月9日(金)
ロカ岬
↓
ジェロニモス修道院→ベレンの塔→発見のモニュメント
↓
シントラ観光
シントラ王宮
↓
リスボン
8月10日(土)
リスボン発7時15分→フランクフルト11時15分着
ルフトハンザ航空LH1173便(3時間)
↓
フランクフルト18時10分発→
8月11日(日)
羽田12時15分着
ルフトハンザ航空LH716便(11時間05分)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
-
この日はグラナダからミハスに立ち寄り、セビリアに到着しました。
まずはホテルにチェックインします。 -
Abades Benacazon Hotel and Spa
アバデス ベナカゾン ホテル アンド スパです。
前日泊まったAbades Nevada Palaceと同系列のホテルです。アルハンブラ宮殿??? by noelさんHotel Abades Benacazon ホテル
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なんだか見覚えのあるものが・・・・。
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アルハンブラ宮殿のライオンの中庭と同じような噴水がありました。
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ロビーです。
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ロビーの片隅にミフラーブがありました。
メッカの方を向いてるのでしょうか?
それともただの飾りでしょうか。 -
客室です。
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こちらもお部屋です。
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洗面所です。
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ベランダからの眺めです。
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糸杉に囲まれた素敵な街並みです。
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外から見るとこんな感じで普通です。
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今夜はフラメンコ・ショーを観に行きますが、その前に夕食をいただいてから。
トム・クルーズも来ました。 by noelさんリストランテ サン マルコ イタリアン
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San Marco(サン・マルコ)
こちらはレストランです。
こちらのお店には以前トム・クルーズとキャメロン・ディアスも来ていたようです。映画「Kinght & Day」の撮影でセビリアに滞在していた時かと思われます。かなり前ではありますが・・・。 -
ガスパッチョ
実はお昼にもミハスでガスパッチョをいただいたので、本日2回目です。
好きなのでいいのですが・・・。
スペインの夏には本当に合ったスープだと思います。 -
グリルチキンとポテト
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アイス
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El Palacio Andaluz
これからフラメンコを観ます。
アンダルシアはフラメンコ発祥の地です。
もともとは、Gitano(ヒターノ)が移動して来てできたもののようですが、ただ単にヒターノだけではなく、モーロ人などの影響もあったようです。アルハンブラ宮殿の旅行記にも書きましたが、モスリコ(改宗イスラム教徒)追放令が出た後も、その一部はヒターノのコミュニティに潜伏して留まっていました。そしてキリスト教徒による迫害は両者の文化を融合させたフラメンコを生みました。18世紀末にはフラメンコの原型ができたようです。
迫害や差別から生まれたフラメンコは物凄いパッションを感じます。
*ヒターノとはインドの北西部からヨーロッパに移動してきたジプシーです。この呼び名はスペインでの呼び名です。ですから一般的には「ロマ」と言った方がわかりやすいかもしれません。 -
こちらが舞台です。この建物は結構古いように見えました。
フラメンコショーの鑑賞に、ドリンク1杯がついてきます。 -
天井はこんな感じです。
ビデオ撮影は禁止でしたが、写真の撮影はOKでした。 -
フラメンコは本当に激しく情熱的なステップです。
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こちらの皆さんは美男美女です。見とれてしまいました。
ダンスは16名で構成されていて、その内bailaor(バライオール(男性の踊り手)9名とbailaora(バライオーラ(女性の踊り手7名)。
そして3人の歌手と3人のギタリストで演じています。
特にEmilio Ramirez El Duendeさん(男性)とMaria Damaroさん(女性)の踊りは圧巻でした。 -
一夜明けて翌日の朝食です。
今回のツアーはそれほど歩くこともないので、たいしてお腹が空きません。
朝食は控えめにしておきます。
(そう言いながら朝からチュロなんて、笑っちゃいますね。1個だけなのでチュロです。) -
ヨーグルトと紅茶にしました。
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まずはガイドさんと待ち合わせしている、スペイン広場付近に向かいます。
ところで「スペイン広場」はあちこちにたくさんあります。
マドリッドやバルセロナ、しかもローマにも・・。
そういえば「マルクト広場」もあちこちにありますね。
ドイツやオランダやベルギーなどにも・・・。回廊はスターウォーズ・エピソード2にも登場しました。 by noelさんスペイン広場 広場・公園
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Plaza de Espana(スペイン広場)
このスペイン広場は1929年に行われた万博会場として造られました。
元々はParque de Maria Luisa(マリア・ルイーサ公園)だったのですが、これをスペイン広場とアメリカ広場として建設されました。
建築家のアニバル・ゴンザレスが設計しました。 -
大きな半円形の柱廊式の建物で、全体的に綺麗にカーブしています。
この塔は80mあります。この塔の他に、反対側にも塔があります。
半円形の大きな建物は直径200mあります。
このスペイン広場は博覧会の中心でした。 -
アスレホが美しい建物です。
セビリア出身の建築家アニバル・ゴンサレスが設計しました。 -
ブルーの美しいアスレホ(セラミック・タイル)です。
スペインではアスレホと言いますが、ポルトガルではアズレージョと言います。 -
この人は赤いシートを敷いて、フラメンコ用のカスタネットを売っていました。
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スペインの地図が描かれています。
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Canarias(カナリア諸島)
これは1492年、コロンブスがカナリア諸島に立ち寄った場面かと思います。 -
壁に沿ったアスレホのアルコーブ(ベンチ?)は全部で50個もあります。
これはスペインの50の県を表しています。
そしてスペイン各地のエピソードなどが描かれています。 -
この地図を見ると、スペインは本当にアフリカ大陸に近い事がわかります。
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この棚状の物は、パビリオンのチラシなどを入れておくポストのような物だったと思います。万博の名残りです。
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Cadis(カディス)
1812年の憲法の公布の様子です。
ちなみにカディスは大航海時代に、コロンブスが第2、4回の航海に出た地でもあります。
カディスの旗にはヘラクレスが描かれています。 -
Burgos(ブルゴス)
ブルゴスはカスティーリャ・レオン州です。
スペインの英雄のエル・シッドはこの近くで生まれて、ブルゴスで教育を受けました。
サンチアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路の主なルートにブルゴスが入っています。 -
Barcelona(バルセロナ)
よく見ると左の上にアラゴンの皇太子フェルナンド、右にはカスティリャの王女イザベルの文字が見えます。
そして二人の結婚によってスペイン王国が誕生しました。
またTanto Monta(タント・モンタ)という文字も見えます。
二人が平等の立場で統治をすることを表しているのでしょうか・・・。
コロンブスが、バルセロナの王の広場にやってきて、カトリックの2人の王に謁見して、航海の成功を報告しているところでしょうか・・・。 -
Alava(アラバ)
アラバはバスク州の県です。
上にはアラバ県の県旗が描かれています。
Justicaという文字も見えます。 -
Sevilla(セビリア)
この絵をみただけでは、あまりセビリアっぽくないように思うのですが。
闘牛にも見えませんし。長閑な光景です。 -
広場と建物の間には、運河が造られていてヴェネツィア風の橋があります。
橋は全部で4つです。スペインの王国カスティーリア、アラゴン、レオン、ナバラの王国を意味しています。 -
広場の内側からの写真です。
謂れのある建物に見えますが、実はそうでもないようです。
この反対方向には噴水があります。
そしてさらに進むとAv. de Rodriguez Caso通りに出て、その先にはRio Guadalquivir(グアダルキビル川)が流れています。
そしてPuente de los Pemedios橋が架かっていますので、対岸にも渡る事ができます。 -
Cordoba(コルドバ)
1236年6月29日、カスティーリャ王国のフェルナンド3世に征服されました。
王の前にひれ伏している様子が描かれているようです。 -
Granada(グラナダ)
グラナダ開城を描いたフランシスコ・プラディーリャ・オルティス作の油絵をアスレホで表したもののようです。
左がボアブディル王(ムハンマド11世)です。手にはアルハンブラ宮殿の鍵を持っていて降伏の意を表しています。
右がイザベルとフェルナンドです。 -
天井部分もかなり凝った造りになっています。
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朝の8時すぎなので、人もほとんどいません。
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イチオシ
先ほどと反対方向の塔も見えます。
このように両翼に塔を配した構造になっています。 -
ヴィセンテ・トラベルの噴水
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よく見ると橋にもアスレホが施されています。
うっとりします。 -
絵描きの人がいました。朝早くからご出勤です。
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ここでは「アラビアのロレンス」や「スターウォーズ」の撮影も行われました。
スターウォーズ エピソード2では、この回廊が登場しました。 -
この広場の建物の説明のようなものがありました。
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さて、スペイン広場を後にして反対の方に向かいます。
このすぐ側にはセビリア大学があります。この大学は昔タバコ工場でした。
そしてこのタバコ工場はビゼーの歌劇「カルメン」にも登場しました。 -
Plaza de Murillo(ムリーリョ公園)
Calle de Nicolas Antonio(ニコラス・アントニオ通り)から左に見てます。通りすがりに見ることができます。 by noelさんコロンブスのモニュメント (ムリーリョ公園) モニュメント・記念碑
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ちょっと先に、ライオンがいます。
コロンブスのモニュメントです。
下には「1492」と刻まれています。
これはコロンブスが新大陸を発見した年です。
そして地面とライオンの中間のあたりに船があります。
船は「サンタ・マリア号」です。アメリカ大陸に舳先を向けています。
「Fernando」の文字も見えます。反対側は見ませんでしたが、「Isabel」と記されてるようです。
「1492」の反対側には Cristobal Colon(クリストバル・コロン)つまりChristopher Columbus(クリストファー・コロンブス)と記されています。
ちなみに1492年は歴史的にも重要な年で、ナスル朝グラナダ王国が陥落した年、レコンキスタが完了した年でもあります。 -
Plaza de Santa Cruz(サンタ・クルス広場)
左手にコロンブスのモニュメントを見て、そのまままっすぐ進んだ所です。
この辺りはサンタ・クルス地区で、ユダヤ人地区になっています。 -
ちょっと中を覗いてみます。
パティオのような造りです。 -
古代ローマ時代の城壁と聞きました・・・。
イスラム時代の10-12世紀の城壁と書いているようなのですが・・・。 -
実はこの城壁の中に水道管が通っています。
キリスト教時代に、カルモラの村から、アルカサルと都市に水を供給した水道管(土管)です。壁の内部に埋め込まれています。
今も穴が2つ残っています。 -
「アルハンブラ物語」の作者のワシントン・アーヴィング(米)です。
彼はセビリアからグラナダに向かいました。
そのセビリアでの住まいがここでした。
アーヴィングは色彩豊かな鉢植えや柱廊式のパティオに想像力をかきたてられたそうです。 -
Calle de Agua(アグア通り)
ブーゲンビリアのアーチをくぐり抜けて行きます。 -
Hospital de los Venerables Sacerdotes (ロス・ベネラブルス・サセルドーテス病院)
こちらは聖職者病院とでも言えば良いのでしょうか。高齢で貧しい聖職者用の病院付き住宅のようです。
ベラスケス、ムリーリョ、バルデス・レアルなどスペインを代表する画家たちの作品が展示されているようです。
有料で入場することもできます。
ムリーリョの有名な無原罪の御宿りは、この病院のために描かれました。
ちなみにこの近くにムリーリョの生家があります。現在はMuseo Casa de Murillo(ムリーリョ美術館)となっています。昔はムリーリョの「無原罪の御宿り」がありました。 by noelさんロス ベネラブレス病院 建造物
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The Immaculate Conbeotion of Los Venerables
(ロス・ベネラブルスの無原罪の御宿り)
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(1617ー1682年)
この作品は1678年頃に描かれた物です。
274cm×190m
現在はプラド美術館に所蔵されています。
つまり撮影できませんでした。
プラド美術館の公式サイトからキャプチャーさせていただきました。
ロス・ベネラブルス・サセルドーテス病院のために描かれました。
無原罪の御宿りは数多く描かれています。プラド美術館だけでも3つありますが、最も完成度の高い作品と言われています。
残念ながら1813年に進軍して来たナポレオン軍によって強奪されてしまいました。
ただ1941年にはマドリッドのプラド美術館に所蔵される事になりました。
元はこの病院の物だったんですが・・・。
画像はプラド美術館より -
Plaza de los Venerables (ロス・ベネラブルス広場)です。
病院から名前をとった広場になっています。
土産物屋さんなどのお店もあります。 -
ロス・ベネラブルス病院の重厚な門です。
このタイプの門はよく見かけました。 -
Hospital de los Venerables(ロス・べネラブルス病院)の案内もあります。
文化遺産のようです。 -
木陰のテラス席は気持ち良さそう。
-
こんな細い路地もあります。
先が見えないのでワクワクします。
でも1人できてたら、迷ってしまいそうな小径です。 -
闘牛のポスターが掲示されていました。
2019年勝利のグラン・ファイナルの宣伝用です。
セビリアにはマエストランサ闘牛場があります。(残念ながら行きませんでしたが)
この闘牛場の起源は1248年に聖人王フェルナンド3世がこの地を征服し、王に同行した騎士たちは、武術や馬術の訓練と戦闘の準備などを目的として、またSaint Hermenegildo(聖ヘルメネギルド)に捧げる騎士道の同胞団として設立されました。
*Saint Hermenegildo(聖ヘルメネギルド)は、西ゴートの王族でした。カトリックの殉教者として改宗者の守護聖人になっています。 -
この右白い建物は土産物屋さんでした。
よっぽど気に入ったとみえて、夫はフラメンコの絵を買っていました。 -
この界隈の案内が掲示されています。
可愛らしい案内です。 -
ちょっとした階段が目に留まりました。
こんなところにもアスレホがあしらわれています。 -
暑いセビリアでは、涼感漂う噴泉は重要な存在です。
ホッとします。 -
キリストの磔刑を描いたアスレホです。
-
Santa Cruz(サンタ・クルス教会)
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アルカサルです。
アルカサル デ セビリア 城・宮殿
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入場口は右横の方です。
この先はPlaza del Triunfo(トリウンフォ広場) -
アーチから中を覗いてみました。
Patio de Banderas(バンデラスの中庭) -
Cathedral Giralda
こちらは大聖堂です。右には有名なヒラルダの塔が見えます。
世界的にも有名なヒラルダの塔は高さは97mあります。
ヒラルダというのは風見の旗のことを意味していました。
もともとはミナレットとして12世紀末にイスラム教徒によって建設されました。
でも実はその前にローマ人が築いた土台を利用して建てられました。
尖塔の上に鐘楼を被せられたのは1568年になってからです。
プラテレスコ様式のものです。
鐘楼のブロンズの女人像(高さ4m、1288kgあります)はコンスタンティン大帝の旗を持っています。ローマ人の衣装を纏い片手に盾、もう一方に椰子の葉を持っているというものもあるのですが・・・。
下からしか見てないので、よくわかりませんでした。(-_-;)
ところで塔の内部は階段ではなく、緩やかなスロープになっているようです。これは馬に乗って上る場合を想定して造られました。
高さ70mからはセビリアが見渡せます。セビリア大聖堂 (カテドラル) とヒラルダの塔 寺院・教会
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大聖堂については見どころがたくさんあるようです。
残念ながら中には入りませんでした。
聖霊の降臨を表すステンドグラス、王室礼拝堂(アルフォンソ5世のお墓があります)、黄金色の木製祭壇(聖書の場面が描かれた)、それからコロンブスのお墓もあります。(レオン、カスティーリャ、ナバーラ、アラゴンの4人の国王が柩をかついでいます。)
1892年の米西戦争で植民地のキューバを失った時に、棺が持ち帰られました。
ただしコロンブスのお墓については、ドミニカ共和国のサント・ドミンゴが、本物は自分たちの方だと意義を申し立てているようでもあります。
本当はどっちなのでしょうね。
ちなみにこの大聖堂は世界第3位の大きさです。
1 バチカンのサン・ピエトロ大聖堂
2 ロンドンのセント・ポール大聖堂
3セビリアの大聖堂です。 -
マリア像です。ですがなんと正面からの写真が撮れてませんでした。(-_-;)
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像の下の聖人のあたりを作業員の方が修復しているようです。
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Archivo de Indias(インディアス古文書館)
これは大聖堂、アルカサルとともに世界遺産に指定されています。インディアス古文書館 建造物
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元々はロンハ(商品取引所)でした。
カルロス3世の時代に修復されて公文書館になりました。
建物はフェリペ2世の命で建設されました。
こちらにあるのは、16-17世紀のスペインのアメリカ大陸の発見者や征服者など手書きの文書などがあります。コロンブスの日記やアメリカの植民地の地図なども保存されています。
大航海時代のアメリカ大陸の文献についは世界一を誇っています。 -
研究者はこちらで資料閲覧許可を、申請することができます。
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ライオンの門の前で入場待ちの人たちです。
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凄く混んでいます。夏休みですからしかたありません。
そして残念ながら中には入りませんでした。 -
Puerta del Leon(ライオンの門)
こちらは馬蹄形のムーア式の城門です。
アスレホで描かれたライオンの紋章が残っています。 -
Real Alcazar de Sevilla
スペイン王室の宮殿で、14世紀カスティーリャ王ペドロ1世の命により建設が始められました。
元々はイスラム時代の宮殿の跡地でしたが、ここにムデハル様式で建設された物です。
アルハンブラ宮殿を意識した構造になっているのだそうです。
ペドロ1世の宮殿の中で一番広い空間は、Patio de las Doncellas(乙女の中庭)で、これがアラヤネスの中庭に似ています。
(ペドロ1世は1350年に即位し、イスラム様式に心酔していたため、アルハンブラ宮殿を模して造ったからです。)
他に大使の間などもちょっと似てるようです。
今回のツアーでは入場しませんでしたが、おそらくアルハンブラに似ていたからなのでしょう。
後に増築されたため、ゴシックやルネサンスなどの様式も混在しています。 -
ペドロ1世ですが、16歳で即位しました。
そして財政に秀でたユダヤ人を起用しました。そしてその一方では教会や地主貴族の特権を奪ってしまいました。反発した貴族たちは、この王のことを「残酷王」と呼びました。
ただし商人や職人たちは「公正王」と呼びました。 -
こんな所に線路があります。
トラムが走っています。 -
Gerencia Provincial Agencia Tributaria de Andaliza(政府機関(税務署))
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グアダルキビル川の方向に向かっているところです。
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Church of la Caridad(カトリック教会)
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Torre del Oro(黄金の塔)
13世紀に建設されました。以前は塔の表面に黄金のタイルが張られていて、太陽の光で反射して黄金色に輝いていたために、この名前がつきました。
今は海洋博物館ですが、元々は城壁の延長に建てられた守備塔でした。
14世紀の残酷王ペドロ1世には監獄として使われたこともありました。財宝蔵として使われたこともありました。
フェルナンド3世が攻めてきた際には、この塔から対岸まで鉄の鎖が張られました。
そしてこの鉄の鎖が破られ、セビリアは陥落しました。黄金の塔 モニュメント・記念碑
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コロンブスの新大陸発見後、メキシコやペルーの銀が流れ込んできました。
銀塊は当時はヨーロッパを中心に交易の決済の手段でした。
大量の銀が流入し、セビリアは金塊市場となり、まさに黄金時代でした。
そして金塊や銀塊を貯蔵しておいた場所は、ここではなくカーサ・デ・ラ・モデーナ(王室貨幣鋳造所)でした。 -
案内です。
←に向かえばCadis(カディス)
→に向かえばMacarena(マカレナ)方面です。 -
イチオシ
黄金の塔の側には馬車もありました。
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劇場のようです。
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Hospital del la Caridad(救済病院)
今も病院として機能しています。また付属の教会があります。
この教会には本物ではありませんがムリーリョの絵があります。
「麻疹の治癒」や「ハンガリーの聖イサベル」などです。
病院付属の教会ですので救済、慈悲に関しての絵画が主です。 -
Teatro de la Maestranza(マエストランサ劇場)
ところでこの先まっすぐ進むと、マエストランサ闘牛場に着きます。 -
このGuadalquivir(グアダルキビル川)はコルドバにも流れていました。
そしてカディス湾に注いでいます。
アラビア語でWadi al-Kabir(大きい川)という意味です。
この川は今は緩やかに静かに流れていますが、大規模な洪水を何度も起こしています。
そしてこの湾はスペインとポルトガルの2か国にまたがっています。
最後には大西洋になります。
さて、この後は私たちの旅もポルトガルへと向かいます。
セビリアでは、ちょっと散策した程度で入場しての観光はなかったのが、ちょっと残念でした。
では気持ちを入れ替えて、ポルトガルへいざ出陣!
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この旅行記へのコメント (4)
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- churros さん 2020/08/15 17:00:55
- 初めましてnoelさん
- !Hola!noelさん、旅行記を拝見させて頂きました。
良く調べられていて勉強になりました。
普段何気なく通り過ぎていた処が「そ~おぅだったんだ」と改めて見入りました
タブラオは最近2カ所に決めていて、エル・パラシオ・アンダルスに入っていません
中国系団体が多くいませんでした(迷惑な連中が)?。
2016年に学術調査が在り、正式にスペインにある柩がコロンだと認定されました、ドミニカ共和国はそれでもサント・ドミンゴに在るのが本物と言っていますが、ロマンがありますねぇ~。
暫らくスペインには行けてませんので、懐かしく拝見させて頂きました。
churros
- noelさん からの返信 2020/08/15 20:26:29
- ありがとうございます。
- churrosさん、こんばんは
コメントをいただき、ありがとうございます。
私は今回が初めてのスペインで、しかもツアーだったので、思ったよりは、しっかり見ていなかったのかもしれません。
churrosさんの方が、私よりずっとお詳しいと思います。
あちこち旅をすると、中国系の方々は必ずいます。
この時にもいたと思いますが、欧米系の方々も多かったように思います。
エル・パラシオ・アンダルスでは、前方の席を陣取ってましたので、後ろの様子が全然見えていませんでした。
ひょっとしたら、結構いたのかもしれません。(-_-;)
ところで、学術調査の結果、スペインの棺が本物だと認定されていたんですね。そこまでは知りませんでした。
ありがとうございます。
そして、ちょっとほっとしました。
今年はどこも行けず、こんな夏休みは初めてです。
この機会に、未完成の昨年の旅行記を仕上げているところです。
どうぞ今後ともよろしくお願いします。
暑さも厳しい折、どうぞご自愛ください。
noel
-
- sanaboさん 2020/03/31 13:34:24
- セビリア
- noelさん、こんにちは~
セビリア編も懐かしく拝見しました^^
確かにセビリアの表記(呼び名)って色々ありますね。そもそも地名は言語による呼び名の違いもあるし、日本語での正確な表記が難しいケースもありますよね。
お泊りになったホテルのお庭(パーキング?)にあったあの噴水、思わずクスッとしてしまいました。お客様を喜ばすためのサービス精神のようなものを感じました。ロビーの雰囲気やミフラーブなどイスラム情緒に溢れていて素敵でしたね。
トム・クルーズとキャメロン・ディアスも訪れたというレストランでのお食事のあとはフラメンコ鑑賞、と印象に残る楽しい一夜を過ごされたことと思います。いいな、私もフラメンコを観に行きたかったです。
翌日いらしたスペイン広場は弧を描く建物とアスレホが本当に美しくて素晴らしかったですね。noelさんが表紙に選ばれたお写真、とても素敵です! 運河の水面に映る風景、そして橋の欄干がレース模様のようですね~☆彡
迷路のようなサンタクルス街にワシントン・アーヴィングが住んでいた時期があったとは全然知りませんでした。サンタクルス街は私も歩きましたが、どこを歩いたのか、歩くべき所、見るべき所を歩けたのかどうかもよくわかりません(笑)
大聖堂はnoelさんとしては中に入ってご覧になりたかったのでは?と思いました。
そしていよいよポルトガルへ向かわれるのですね。ポルトガル編も楽しみです♪
sanabo
- noelさん からの返信 2020/03/31 21:54:10
- RE: セビリア
- sanaboさん、こんばんは!
ミハスに引き続き、ありがとうございます。
> セビリア編も懐かしく拝見しました^^
良かったです。
私自身はsanaboさんのセビリアの旅行記を羨ましく拝見していました。
> 確かにセビリアの表記(呼び名)って色々ありますね。そもそも地名は言語による呼び名の違いもあるし、日本語での正確な表記が難しいケースもありますよね。
はい、そのとおりです。
日本語にすると難しいですね!ちょっと悩みました。
> お泊りになったホテルのお庭(パーキング?)にあったあの噴水、思わずクスッとしてしまいました。お客様を喜ばすためのサービス精神のようなものを感じました。ロビーの雰囲気やミフラーブなどイスラム情緒に溢れていて素敵でしたね。
ちょっと笑っちゃいますね。
もしかしたらライオンの噴水は、どこか他にもあんな風にあるのかもしれませんね。
きっと観光客は喜びそうです。
> トム・クルーズとキャメロン・ディアスも訪れたというレストランでのお食事のあとはフラメンコ鑑賞、と印象に残る楽しい一夜を過ごされたことと思います。いいな、私もフラメンコを観に行きたかったです。
フラメンコは初めて見たのですが、本当に他の音楽とまた違って、熱く情熱的で迫力がありました。アイルランドのリバーダンスもそうですが、ステップだけでも主張できるものだなぁ〜と思いました。
ちなみに夫の方が私以上に気に入ったようで、帰りの機内でも映像を何度も見てました。(笑)
> 翌日いらしたスペイン広場は弧を描く建物とアスレホが本当に美しくて素晴らしかったですね。noelさんが表紙に選ばれたお写真、とても素敵です! 運河の水面に映る風景、そして橋の欄干がレース模様のようですね?☆彡
ありがとうございます。何しろ一スペイン広場でブラブラする時間が結構ありました。
そんなわけで色々なアスレホを撮ることができました。
ただ本当は大聖堂をゆっくり見学したかったです。
> 迷路のようなサンタクルス街にワシントン・アーヴィングが住んでいた時期があったとは全然知りませんでした。サンタクルス街は私も歩きましたが、どこを歩いたのか、歩くべき所、見るべき所を歩けたのかどうかもよくわかりません(笑)
確かに迷路のように入り組んでいましたので、私もツアーでなかったら、迷子になってしまいそうでした。
アーヴィングの家は、たまたま私がアルハンブラ物語を読んでいて、気にしていることを添乗員さんに話していたら、教えてくださいました。
一人で行ったら、気づかずに素通りしたかもしれません。
> 大聖堂はnoelさんとしては中に入ってご覧になりたかったのでは?と思いました。
本当に入れなかったのが残念です。sanaboさんの旅行記も拝見していたので思いだけは募っていました。
ありがとうございました。
noel
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