2019/08/06 - 2019/08/06
6位(同エリア873件中)
noelさん
この旅行記のスケジュール
2019/08/06
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オレンジの中庭
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シュロの門
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円柱の森
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ミフラーブ
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ビシャビシオサ礼拝堂
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聖テレサ礼拝堂
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聖ビセンテ教会遺跡の展示エリア
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マヨール礼拝堂
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この旅行記スケジュールを元に
マドリッドからプエルト・ラピセを通って、コルドバへ向かいました。
コルドバは、Ciudad Patrimonio de la Humanidad(世界遺産指定都市)です。その中でも古きカリフ王国時代の象徴ともいえるメスキータ。
メスキータはスペイン語でモスクのことを意味しますが、形容詞をつけずに単にMezquita(頭は大文字)と言えば、コルドバの、この元モスクの事を言います。
でもこちらはもう760年も前にキリスト教のカテドラルになったのに、カテドラルと言うよりメスキータという愛称で呼ばれているのは、ちょっと興味深いです。
【旅程】
8月2日(金)
羽田14時05分発→フランクフルト18時45分着
ルフトハンザ航空LH717便(11時間40分)
↓
フランクフルト21時00分発→バルセロナ23時00分着
ルフトハンザ航空LH1138便(2時間)
8月3日(土)
バルセロナ市内観光
カサ・バトリョ→カサ・ミラ→サンパウ病院→サグラダ・ファミリア→カタルーニャ広場→カテドラル
↓
タラゴナ
ラス・ファレラス水道橋
↓
バレンシア
8月4日(日)
バレンシア観光
ラ・ロンハ
↓
ラ ・マンチャ地方
クエンカ市内観光
↓
ラ・マンチャ地方
カンポ・デ・クリプターナ
↓
マドリッド
8月5日(月)
マドリッド市内観光
プラド美術館
↓
トレド観光
カテドラル→サント・トメ教会
マドリッド
8月6日(火)
コルドバ観光
花の小径→メスキータ●
↓
グラナダ
アルハンブラ宮殿
8月7日(水)
グラナダ市内観光
カテドラル
↓
ミハス
↓
セビージャ
フラメンコショー鑑賞
8月8日(木)
セビージャ市内観光
スペイン広場→カテドラル→ムリーリョ公園→アルカサル→カテドラル→ヒラルダの塔→黄金の塔
↓
エヴォラ歴史地区観光
ディアナ神殿→ロイオス教会→カテドラル→サン・フランシスコ教会
↓
リスボン
8月9日(金)
ロカ岬
↓
ジェロニモス修道院→ベレンの塔→発見のモニュメント
↓
シントラ観光
シントラ王宮
↓
リスボン
8月10日(土)
リスボン発7時15分→フランクフルト11時15分着
ルフトハンザ航空LH1173便(3時間)
↓
フランクフルト18時10分発→
8月11日(日)
羽田12時15分着
ルフトハンザ航空LH716便(11時間05分)
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 徒歩
-
コルドバの街並みです。
メスキータの鐘楼はコルドバの街では様々な場所から見えます。
前日にトレドに行きましたが、トレドもかつてはスペインの都でしたが、このコルドバもその後、都になりました。 -
かつてメスキータの天井部分に使われていた材木です。
こんな風に展示されていて面白いです。 -
上の写真とだいぶ色が違いますが、違うカメラで撮ったせいかと思います。
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オレンジの木々と鐘楼です。
このアルミナールの塔(鐘楼)は昔はミナレットでした。
この鐘楼は高さが54mあります。
イスラム教徒はお祈りする前に、中庭にあるアルマンソールの井戸(今は噴水になっています)で、身を清めてからお祈りをしました。 -
鐘楼をズームしました。ラファエロの像です。
ラファエロはコルドバの守護聖人です。
Abd ar-Rahman III(アブド・アッラフマーン3世)の命で建てられたミナレットでしたが、後にHernan Ruiz III(エルナン・ルイス三世)が鐘楼を加えました。 -
メスキータのチケットは10ユーロです。
ちなみにメスキータという名前ですが、元々はモスクの事を意味します。
Puerta de las Palmas(シュロの門)から入場しました。 -
San Ambrosio(聖アンブロジオ礼拝堂)です。
聖母被昇天、聖アンブロジオ、東方三博士の礼拝が描かれています。
入場してすぐ右のあたりにあったと思います。
そして改めて、現在ではカテドラルであることが思い起こされました。
いきなり目に入ってちょっと吃驚。
この円柱の森あたりは1番古い部分で、偶像に出くわすとは思ってませんでした。
アブド・アッラフマーン1世による最初のモスクの身廊です。
最初に建築されたモスクでは、ダマスカスやエルサレムのモスクからヒントを得たバシリカ式の建築様式になっています。
古代ローマ、西ゴート時代のものが再利用されて、様々な物が混在しています。 -
メスキータと言えば、まずは誰もがこの赤と白の半円形のアーチを思い浮かべるのではないかと思います。
色は別にして、このアーチどこかで見覚えがあるはず・・・。
ローマ時代の水道橋や凱旋門をモデルにしたそうです。
特にメリダにある水道橋がモデルのようです。
確かに似ています。 -
このアーチは二重アーチのシステムが取り入れられているようです。
785年に建築が始まりました。
後ウマイヤ朝の時代です。
ところで最初のモスクが建設されたのは、786-788年です。
キブラ壁に対して垂直なアーケードを持つ11の身廊が建設されました。
Abd al-Rahman I(アブド・アッラフマーン1世)が建設したのがこのあたりです。 -
ちょっと見えにくいのですが、この天井部を御覧いただくと、先ほどの材木と同じものが屋根の部分を形成しています。
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約850本の石柱が林立しています。
これはムーア人に遠く離れたアフリカのナツメヤシを思い起こさせたのでは、との説もあるようですが、確かに故郷のナツメヤシに見えそうです。
Prayer Hall(礼拝の間)でもあります。
昔の姿はわかりませんが、おそらく他のモクスがそうであるように、あたりには絨毯が敷き詰められて、日に5回お祈りをしていたのでしょうか・・・。
勿論今はそんな絨毯もありません。
ミフラーブへと続く身廊です。 -
数学的に計算された幾何学模様が美しいです。
八角の星型と四角形、三角形が醸し出す美しさが融合しています。 -
このメスキータは造られた年代によって、全然違った顔をしています。
イスラム時代の物とキリスト時代の物が混在しています。
おそらくこのあたりからAbd al-Rahman Ⅱ(アブド・アッラフマーン2世)が833-848年に行った増築部分かと思います。 -
先ほどの礼拝の間と比べると、窓から光が入ってくるので、かなり印象が変わりました。
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この中は何であるかは不明ですが、大理石状の壁の締め切られた戸口の上部には、小さな顔状の物が、まるでここを守っているかのようにあります。
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柱も違う事がわかります。
そしてその奥のアーチ部分の装飾も美しいディテールで描かれています。 -
Villaviciosa(ビジャビシオサ礼拝堂)です。
そして奥の方は多弁形で二重になっています。 -
この柱はアラバスターでできています。
そんなわけでライトをあてると、光を通します。
ただ、後に大理石で修復した場所は、光を通しません。 -
西ゴート時代の教会の身廊
つまりは、イスラム前の土台があるということです。
Villaviciosa(ビジャビシオサ礼拝堂)方向からの写真です。
天井が格子になっています。丸いステンドグラスも印象的です。 -
下から天井部分を見上げた写真です。
下の白っぽいのが窓で、その上の木のようなものが天井部です。
格子状になっています。
造られた時代によって、メスキータはかなり違うので、パッチワークのようです。
(ちょっと言いすぎ・・・。) -
ミフラーブ側の部分です。
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こちらはMihrab(ミフラーブ)です。
muro Kibli(キブリ壁)・・・少し窪んでいます。
本来はメッカのKabah(カアバ)神殿の方向を示しているはずなのですが、他のモスクとは違い、メッカではなく、南方向を向いているのだそうです。 -
伝統的なビザンティンのモザイク装飾です。
Al-Hakam II(アル・ハカム2世(ハカム2世))がビザンティン皇帝ニケフォロス2世フォカスに資材や技術者の協力を依頼して、贈られたもののようです。
草花の装飾やコーランの一部が刻まれているようです。
このあたりはアル・ハカム2世(ハカム2世)が962-966年に増築した部分です。 -
このミフラーブ(聖龕)は、八角形のドーム状の天蓋になっています。
このドームもビザンティンから呼ばれた技術者によって作られました。
しかもその際には、320キンタル(1キンタルは100kg)というモザイクガラスが、複数の大型船で運び込まれたと言われています。
マクスラかと思います。
天井部分も幾何学模様の彫刻が描かれています。 -
このランプに灯りがともった光景も見たかったです。
最初はボケっとしていて、振り香炉かと思ったのですが、よく見ると違いました^^; -
円柱の森です。
まさに森のように柱が林立してます。 -
聖母マリアかと思います。
光り輝いているのはイエス・キリストでしょう。
(王室礼拝堂)だったような気がします。 -
たしか円柱の森にあった絵だったかと思います。
髪を手で鷲掴みにしています。
手前にある黒っぽい物体も何なのか・・・・。 -
Capilla de Santa Teresa(聖テレサ礼拝堂)に入ります。
手前は薄暗いのですが、中に入ると天蓋部分も含めて全体的に真白で綺麗です。
キリスト教エリアに入ってきたという感じがします。
宝物堂やクリプタ(地下納骨堂)もあります。 -
床はツートンのチェック柄。
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フェルナンド3世によるコルドバの征服。
Acisclo Antonio Palomino, (聖アシスクロ、アントニオ、パロミノ)の作品です。 -
この豪華な物は、金と銀で作られた豪華なゴシック様式の聖体顕示台です。
礼拝堂の中央にあります。
聖体降福式(聖体賛美式)の際にはこれを持って司祭、修道士、信徒が行列になって街を練り歩きますが、かなり重そうです。 -
聖母マリアでしょうか。
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Inmaculada Concepcion(無原罪のお宿り)です。
この背景からわかるように、この礼拝堂は全体的に白く美しいです。 -
聖テレサですが、右肩の上に鳩がのっているようです。
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様々な十字架が陳列されています。
これは象牙のキリストだそうです。下に骸骨があります。
その下は聖ウルスラの聖体容器です。 -
この柱にはサインがあります。
これはこの柱の製造者のサインです。 -
Expansion of Almanzor(アル・マンソールの拡張部)
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通路脇には展示物もあります。
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これは列柱を作った職人さんたちの印が刻まれています。
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列柱の支払いの証拠となるのだそうです。
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手前の柱と奥に見える柱が違うのがわかるかと思います。
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Museo de Sant Vicente(聖ビセンテ教会遺跡の展示エリア)
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これも同エリアの展示物です。
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祈祷書や福音書のようです。
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ちょっと拡大しました。
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中央祭壇のクロッシング(交差部)
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ドーム状の天蓋です。
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交差部の左が確か内陣方向だったかと思います。
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聖歌隊席にあるパイプオルガンです。
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Altar Mayor(マヨール(中央)礼拝堂)
主祭壇です。 -
天井部はかなり繊細であり、豪華です。
ゴシックからルネサンスにかけてのスタイルになっているようです。
そして「聖母被昇天」の祭壇画が正面の上部にあります。 -
これは祭壇反対側の聖歌隊の席の付近の右の端かと思います。
夫が撮ったものです。
時々このように夫が撮った写真がありますが、自分で撮っていないため記憶が欠落しているものも多々あります。 -
ちょうど交差部になっています。
主祭壇の反対方向です。 -
大きな窓から光が差し込んできて逆光になってしまいました。
全然見えませんが、レリーフが描かれています。
最上部には聖ラファエルが、そしてその下はキリストの聖天が、両脇には聖テレサとマグダラのマリアが描かれています。 -
これはマホガニーの材木で造られたようです。
キリストや聖母マリアの生涯や、コルドバの殉教者たちが描かれています。 -
扉があって施錠されている中は、小さな礼拝堂です。
この付近にはいくつかの礼拝堂があります。 -
床に描かれていたと思います。
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Gotico(ゴシック)の聖杯
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Renacimiento(ルネッサンス)
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Rococo(ロココ)様式
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ジオラマです。メスキータの全体像がわかります。
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真上から見たジオラマ。
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円柱の森も見納めです。
ところでコルドバは古くイスパノ・ローマ時代から学問に対して特別な地でもありました。
あのローマ皇帝ネロの個人教授をしていた哲学者のセネカはここコルドバで生まれました。アミールには代々にわたって勉学を重んじるところがあり、東方社会から数多くの書物を輸入しました。そして西のカリフのもとでマドラサ(神学校)が、このメスキータ内に開かれました。そしてコルドバの街には17の研究機関、70近くにもなる図書館も設けられて、その蔵書は約40万冊もありました。
当のご本家のバグダットなどからも多く研究者、芸術家が移り住むようになりました。このようにして哲学、法学、宗教、医学、薬学、天文学、地理学、建築学、数学、文学、芸術において最高水準の研究などがこの地で手がけられました。
そして西洋のキリスト教世界で欠かせないアリストテレス、プラトン、プトレマイオス等の作品が永く消失している事があったのですが、このコルドバのアミール達が収集したアラビア語版の物を翻訳することで、この理論、精神を自国文化に取り入れていきました。この翻訳については、後に賢王であるアルフォンソ10世の庇護を得てトレドの翻訳学派に引き継がれ発展しました。そして更にフランスのシャルトルやソルボンヌの古文書研究に繋がっていきました。 -
オレンジの中庭に出ました。
こちらからだと、糸杉が鐘楼よりも高く見えました。 -
水道のような物がありました。
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かつてのミナレットですが、当時は祈りの時間を知らせるアザーンが、ここから街中に響いていたことでしょう。
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メスキータから外に出ました。
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グアダルキビル川が、綺麗とは言えませんが悠然と流れています。
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最後にこのユネスコの世界遺産のマークを見て、次のグラナダへ移動します。
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