2020/03/04 - 2020/03/05
147位(同エリア475件中)
さっとん姉さん
- さっとん姉さんTOP
- 旅行記165冊
- クチコミ245件
- Q&A回答0件
- 218,708アクセス
- フォロワー84人
2019年の3月からミャンマーのあちらこちらを旅して来た。
せっかくなので、2018年10月から日本人に認められた最長30日間のビザなし滞在を目一杯活用しようと考えた。
日本出国日に遭遇した想定外のネコブル※のために、最初に計画していた二十八泊を一泊短縮したものの、それでも二十七泊二十八日間に及ぶ自己最長のミャンマーの旅を始めた。
さてさて、今回はどういうことになりますやら。
※トラブルの軽度のものをネコブルと言う。出典:若竹七海他「マレー半島すちゃらか紀行」(新潮社)
☆☆☆今回の長旅の終盤に、お気に入りの町ロイコーを訪れることにした。これで三回目の滞在である。
今回も、前の二回と同じく事前に行ったのはヤンゴン・ロイコー間の航空券の予約とホテルの予約だけである。相変わらず出たとこ勝負の私である。
三度目の滞在であるし、マンネリ化して面白くないかなという私の事前の予想は、見事に裏切られた。想定外の出来事やサプライズがいろいろあって、とても楽しい旅になった。
本来はバガン編を先にアップすべきであるが、楽しかったロイコー編をいち早くお届けしようと思う 。☆☆☆
【旅のスケジュール】
バンコク
↓
ヤンゴン
↓
チャイティーヨー
↓
ヤンゴン
↓
モウラミャイン
↓
ヤンゴン
↓
ミッチーナー
↓
マンダレー
↓
バガン(ニャウンウー)
↓
ヤンゴン
↓
ロイコー ~この旅行記~
↓
ヤンゴン
↓
バンコク
(2020.03.20追記)
-
【03月04日(水)、ロイコーに到着。】
ヤンゴン国際空港の近くにあるAkore Myanmar Life Hotelにて、午前04時15分のアラームで起床した。シャワーを浴びた後、早い出発に備えて早目にパッキングを始めた。 -
06時00分から一番古い建物の地下のレストランで朝食。ここで朝食を取るのはこれで三回目である。
お粥は味が付いていない。春雨入りのスープがピリ辛で、とても美味しかった。お代わりをした。
07時25分にチェックアウト。ホテルの車(普通乗用車)で国内線ターミナルへ無料で送ってもらう。
07時30分に到着。エアカンボーザのカウンターで確認すると、メールでの事前連絡通り、私のフライトは出発時刻が1時間遅くなっていた。
10時00分発なので、08時00分からチェックイン開始である。
以前マレーシアからタイへ戻る便で誤った情報のメールが同じ予約サイトから送られてきたことがあるので、フライトが遅くなる場合、私は信用しないことにしている。
ちなみに、五日後に私がロイコーからヤンゴンへ戻る便も、1時間遅れの連絡がすでに来ている。
10時00分にチェックイン。
ロイコーでのツアー代の支払いに備え、100ドル分を両替しておく。昨日より僅かだがレートが下がっていた。ショック。
外には座れるところが少ないので、少し早いがセキュリティチェックを通って搭乗ゲートの前で待つことにする。 -
今回は三回目の滞在ということで、前二回の滞在中親切にしてくれたナワディ・ホテルのスタッフさんたちに何か菓子でも買って行こうと思う。
いつも飲み物を買っているコンビニエンス・ストアの一角にパリジャンというベーカリーが入っている。
ケーキ類が美味しそうである。持ち運んでも形が崩れないようなものを買っていこう。
小さいケーキの詰め合わせを三箱(計18個入り)購入した。売り場のおねいさんがとても嬉しそうにしていたのが印象的である。 -
搭乗開始が30分遅れた。10時00分から搭乗開始。 搭乗率は15%前後か。私の周りの席はガラガラである。
沖留めの機体まで乗るバス1台もガラガラだった。それに全乗客が乗り込んだ。機体はATR72-600。
10時23分に離陸した。いつも通りスナックとドリンクのサービスがある。 -
11時14分、ロイコー空港に着陸した。
イミグレーションを通過し、スーツケースを受け取る。
声をかけてきたタクシーのドライバーに、こちらから3,000K(前二回に支払った料金)で行ってくれと申し出て、今日から五泊するナワディ・ホテルへ向かう。 -
11時30分にチェックイン。
おかみさん(ホテルの主人の奥様)が温かく迎えてくれた。ご主人は不在のようであった。ヤンゴンの空港で買ったお土産をおかみさんに渡した。
宿泊代を米ドルで支払い、お釣りをミャンマーチャットで受け取る。
前々回と同じ2階の角部屋、201号室である。
スタッフがすぐにウエルカムドリンクを持ってきてくれた。
お盆とコップを返しに行くついでに、おかみさんからハンガーを3個借りた。
滞在中はランドリーサービスは無料という嬉しいことを知らされた。
外出する時に早速フロントへ洗濯物を持って行った。前二回の滞在時はいなかった若い男性スタッフが一人フロントに座っていた。 -
12時30分に外出した。
時計塔があるロータリーを左に曲がり、昨年10月の滞在中はまだ建設中であったホテル観光省のオフィスへ行く。
すでに完成して業務を開始していた。この後に聞いたところによると、今年の2月にオープンしたとのことである。(※ そのことを事前にまったく知らなかった私は、あまりのタイミングの良さに驚いた。)
ちょうどナワディ・ホテルのおかみさんがこのオフィスに寄って帰るところであった。 -
オフィスの位置(上の黄色い星)。ナワディ・ホテルからゆっくり歩いて10分くらいである。
-
☆☆☆ホテル観光省のオフィスで貰った観光地図(左上)とパンフレット。どれもまだ新しい。旅行会社のパンフレット(右下)もあった。☆☆☆
玄関を入ったカウンターの横に無料の地図やパンフレットがたくさん置いてある。 -
観光地図が一番役に立った。カヤー州の15箇所の観光スポットが地図上に示され、解説と写真が添えられている。
今まで存在すら知らなかった観光スポットも載っている。
この後、私はこれを見ながら今回のロイコー滞在中の観光プランを練りに練った。 -
☆☆☆ 掲示されていたパネル写真のうち、私が最も興味を引かれた2枚のうちの一つ。ジンボー族の伝統衣装を着た女性たち。 ちなみに、このジンボー族の村は観光地図には載っていない。☆☆☆
玄関付近から奥のオフィス(声をかけて中に入らせて貰った)にかけての壁には、カヤー州内の主な観光スポットの写真風のイラスト(もしくは写真)が掲示されている。
奥にいた職員さんに声を掛け、それらを一つ一つ見ながら、あれやこれや質問をした。
私の質問に、二名の若い女性スタッフが英語で丁寧に答えてくれた。 -
☆☆☆興味を引かれたもう一つのスポット、クワイニェン洞窟Koinngan Cave。ここも、観光地図には載っていなかった。☆☆☆
さらに、日本語を話せるスタッフが一人いるということで、わざわざその男性職員を呼んでくれた。彼は日本に2回行ったことがあるそうである。
このオフィスのおかげで、過去二回の滞在で得られたのとは比べ物にならないくらいのロイコーの観光に関する情報を私は得ることが出来た。 -
すでに正午をかなり過ぎていた。
近くのカフェ&ベーカリーでランチを取ることにした。
この店は前回のロイコー滞在中にはなかったような記憶があるので、最近オープンした店なのかもしれない。 -
あっさりした塩味の米粉そば(鶏肉と魚のツミレ入り)はまあまあ美味しい。14時15分までここにいた。
ホテル観光省のオフィスでもらった観光地図を広げ、これから行く旅行会社で申し込む予定の明日のツアーの行き先について思考をフル回転させる。 -
この後、前回は前を通っただけのKayan Beauty Travels & Toursという旅行会社へ行った。
ホテル観光省のオフィスで得られた情報をもとに、明日の個人ツアーについてご主人に相談した。
ここのご主人は物柔らかで、ゆっくりとした英語で丁寧にいろいろ説明をしてくれた。 -
☆☆☆明日のツアーの行き先をガイドさんが手書きの地図で示してくれた。☆☆☆
昼食の時に私が考えていたのは、午前中にパンペット村(CBTプログラムを利用するのは今回が二回目)へ行き、午後にジンボー族の村とクワイニェン洞窟を訪れるという無難な組み合わせ(方面が同じ)である。これを私から提案した。
料金は90ドル、ドライバーと英語を話すガイドがつくことに。
ちょうど明日の男性のガイドさん、Mr.サイモンが来ていたので紹介された。
パンペット以外の2箇所の外国人の訪問許可(パミッション)は今日中に取れるとのことである。
明日の朝08時00分にホテルに迎えに来てもらい、16時30分前後に終了という予定である。 -
ナワディ・ホテルに戻る途中、ホテルに一番近い橋(昨年二度の滞在中はずっと工事中だった)が完成していたので驚いた。かなり綺麗になっていた。
ロイコーという一地方都市にあるにも関わらず、片側2車線ずつの贅沢な造りである。 -
ちなみに、こちらが昨年10月下旬の工事中の様子である。
-
せっかく近くまで来たので、もう一つの旅行会社、前回の滞在中にニ回ツアーを依頼してお世話になったAmazing Kayah Travel and Toursにも寄った。
女将さんもご主人もちょうど揃っていた。ホテル観光省のオフィスへ寄って来たことを告げ、明日以降私が行きたいスポットについて少し話をした。
前回二日間ガイドをしてくれた若い女性Ms.ウェイは今もガイドの仕事をしていて、彼女に私の滞在中のガイドを依頼することができるそうである。
ホテル観光省の資料で知ったもう一つのカヤー族のドータマージ村Daw Ta Ma Gyiへ行くことを提案された。
この村は最近まで外国人の立ち入りができなかったようである。安全面などの理由が大きいようだが、先月から行けるようになったとのこと。
こちらからは、リス族のアイサーン村への2回目の訪問をしたいということなどを伝えた。
明日の夕方もう一度相談に行くと伝えて、オフィスを後にした。 -
☆☆☆ 夕食へ行く途中、昨年10月に立ち寄った小さな湖のほとりを通った。☆☆☆
前に何度も飲み物などを買っているコンビニに寄ってビールを買って15時過ぎに帰ってきた。短い時間の外出だったが私は結構疲れていた。
18時少し前に再び外出する。フロントには、過去二回の滞在中に私が最も多く会話をし、ミャンマーについての私の他愛もない質問にも真面目に答えてくれた若い女性スタッフ(以下、この旅行記の中ではMs.Aと記す)が座っていた。笑顔だった。以前と髪型が変わっていた。 -
おしゃれなフードコートの前を通った。この店も以前はなかったような気がする。
-
前回の滞在中に一度入ったAmazing Barという店に着いた(上の写真の建物の三階)。
-
ミャンマービールの大瓶とカヤーソーセージを注文した。
料理は二品目にビーフハンバーガーを注文した。二本目に頼もうとしたクラフトビールは1種類しか置いていなかった(前回は3種類すべて賞味した)。
しかも、賞味期限が切れているのか、ちっとも美味しくなかった。 -
☆☆☆Amazing Barでは私の入店後、生演奏が始まった。☆☆☆
20時にホテルに戻った。
フロントにいたMs.Aと少しだけ話をした。彼女か髪型を変えたことなどを話題にした。
部屋で昼間買った缶ビールを飲み、少し夜更かしをした。
【03月04日(水)、了。】 -
【03月05日(木)、ロイコー2日目。最初のツアーも収穫大。】
午前05時30分のアラームで起床した。
07時00分からルーフトップ(三階)の食堂で朝食。
スタッフに聞いてみると、今日はシャンヌードルはないとのこと。明日は用意できるそうである。 -
☆☆☆ツアーの車中で撮影。08時台は学生さんの通学時間帯。☆☆☆
08時05分前に下りて行くと、すでにホテルの中で今日のガイドさん、Mr.サイモンが待っていてくれた。
ドライバーさんとも挨拶を交わし、07時57分に出発した。
ロイコーの南にある大きな街デモソに近づいたが、昨日Mr.サイモンに頼んでおいたダムNgwe Daung Damに寄らず素通りしたのでちょっと驚いた。
今までのミャンマーや他の東南アジア諸国での経験から、こちらから強く要望しなければ帰りも寄ってくれないことをこの時の私は確信した。
パンペット村へ向かう道の途中から、車は突然左へ曲がった。
昨日旅行会社で打ち合わせたスポットを訪問する順番と違うので、直ぐにMr.サイモンに確認した。
最初にクワイニェン洞窟Koinngan Caveへ行くと言う。
ツアーの内容や訪問の順番が当日になって突然変えられるのは、タイのメーホンソーンなどで経験済みであるのでさほど驚かないが、ミャンマーでもこんなことがあるのか。
パンペット村へ向かう幹線道路から少し外れただけで、道がでこぼこになる。
途中、工事中の箇所が幾つもあり、迂回をしたりしてさらに時間がかかった。今日のドライバーさんは安全運転で、決して無理をしない。 -
☆☆☆駐車場から橋を渡って洞窟へ向かう。☆☆☆
09時27分、ようやくクワイニェン洞窟に到着した。 -
☆☆☆洞窟の入口が見えて来た。☆☆☆
ここは、ミャンマーでは珍しい、仏教寺院ではない洞窟である。そのため、土足のまま入れる。
この辺りはクリスチャンの多い場所であり、この洞窟はクリスチャンの祈りの場所として機能しているようである。 -
洞窟の中から流れ出している小さな川(歩いては渡れない)の両側が歩けるようになっていた。
-
洞窟内に安置されてる聖母マリアの像。
-
洞窟の右岸から外を眺める。
-
かつては両岸を結ぶ橋がかかっていたようだが、今は土台だけが残っている。
-
ホテル観光省のオフィスに掲示されていたパネルはこのあたり(左岸の奥)から撮影したものであろうか。
船で洞窟の奥へ行けるようなことをガイドさんが最初言っていたので聞いてみたが、雨季でも乾季でも奥へは行けないようなことを言っていた。
洞窟そのものは大したことがなかった。入口から10~15メートルくらいのところまでしか進めない。
後から来たドライバーさんが、自分のスマホで写真や動画を撮りまくっていた。
ガイドさんと私はもう引き上げようとしているのに、ドライバーさんはなかなか戻ってこない。
彼は少し日本語を話していた。車を停めた場所近くの売店でも、二人は好き勝手に振る舞ったので、出発が更に遅れた。
二人してわざとダラダラして時間を引き延ばしているようにも受け取れる。
明日以降のツアーをこの会社のこの二人に頼むのはとても気が重い、と私はこの時思った。 -
☆☆☆左から、ガイドさん、ドライバーさん、部族長の男性。☆☆☆
次に、ジンボー族Yinbaw Peopleの村へ向かった。
※ ジンボーというのは民族名であり、村の固有の名があるはずだが、迂闊にも私はこの時、村の名前を確認するのを忘れてしまった。
10時40分に車を僧院の駐車場に停めた後、約20分間にわたり、村のチーフ(最初に来た人)と部族のチーフ(貫禄がある、最後まで付き合ってくれた)という二人の男性とドライバーさんとガイドさんとで、何やら相談をしていた。
昨日旅行会社でこの村を訪問することを申し込んだとき、ご主人から民族衣装を着ている人には出会えない可能性が高いがそれでも行きますか?と聞かれていた。
私は、村での生活の様子などが知りたいので、構わないと答えていた。
しかし、この後の事態は全く逆の方向へ進展していった。軽いサプライズではあるが、私はとても複雑な心境になった。 -
ジンボー族の村の位置(上の青い丸)。デモソからさほど遠くない。
-
この村の家。比較的裕福な生活をしているように思われた。
※ 私がロイコー滞在中に訪れた山岳民族もしくは少数民族の村の中では、今回の滞在5日目に訪れたリス族のアイサーン村が一番生活に余裕がないように見えた。子どもたちが着ている服を見ると、顕著な格差があると思った。 -
ようやく三人の話がまとまり、一軒の家(上の写真)に案内された。
-
その家の中では、この家の娘さん(後で年齢を聞いたら19歳とのこと)が民族衣装に着替え始めていた。
日本の着物の着付けと同じで、若い娘さんにおいそれと着られる代物ではないようである。 -
待っている間に瓶に入ったお酒を振る舞われた。
この時このお酒の名前を聞いたはずであるが、失念してしまった。カヤン族の米ビール、カウイェーと味が似ているが、こちらは小さな丸い穀物を原料にしている。 -
軒下でこのお酒の原料を干していた。
-
娘さんの着付けが完了した後は撮影大会が始まった。
何のことはない、この後で私にチップを負担させて、ガイドとドライバーも写真を撮りまくっている。
いい加減にしろよな。←私の心の中の呟き。 -
部族の長の歳若い息子も民族衣装をフルに着込んでやって来た。男女の衣装が揃っての撮影が始まった。※
※ 私もついついたくさん写真を撮ってしまったが、この後書いてあることと照らし合わせてご理解いただけると思うが、これら2枚だけをこの旅行記に載せることにした。写真を撮らせてもらった彼と彼女、村の人たちには感謝している。
最後にこの家を辞するとき、二人に対して私から1万チャット(約740円)ずつのチップを渡すようガイドさんから言われた時は、ちょっとびっくりした。
ミャンマーの標準的な物価からして、これはチップと呼べないのではないだろうか。
ジンボー族の貴重な民族衣装を撮影させてもらえたのはとてもありがたいと思う。
しかし、それ以外のこの村の暮らしぶりとか、その他もろもろのことにはガイドさんもドライバーさんも注意を払わず、私からも要望しなかったのでそれ以上の見学はできなかった。とても残念である。
この時撮影した写真を、この後Ms.ウェイ(前回と今回で計4日間のガイドをしてもらった若い女性)に見せると、彼女は「六十歳以上の高齢の女性の民族衣装は撮影できましたか?」と私に質問した。
さすがに痛いところを突いてくる。
皆さんは、もうお分かりだろうか?
この時の若い二人の民族衣装は、完全に「ヤラセ」であると思う。
ミャンマーを旅行して、ヤンゴンに限らず小さな地方都市においても、さまざまな民族の伝統衣装の既製品(大量生産)が販売されているのを私は何度も目撃している。
ミッチーナーから訪れたミッソンという人気のある観光地では、ジンポー族などの人気のある民族衣装を貸衣装として記念撮影用に貸し出していたくらいである。(詳しくは私のミッチーナー旅行記を参照されたい。)
昨日旅行会社でツアーを申し込む時、「運良くジンボー族の民族衣装を撮影させてもらう機会があったら、チップを渡してください」と言われていたが、まさかこんなことを意味していたとは。
何とも後味の悪い思いをしたものである。
前回の滞在中、ロイコー市街から車で片道3時間かかる山の中にあるカヨー族(「耳長族」)の村への訪問をMs.ウェイが私に勧める時、「ここはリアルな村の一つです」と言っていた。
「リアル」の正反対は、「ヤラセ」である。 -
村を出発する前にジンボー族のトーテムポールが立っている場所へ連れて行ってもらった。ここが唯一リアルなスポットであった。
以前訪れたカヤー族の村(ターニーラーレ村)のものとよく似ている。 -
ジンボー族の村を12時07分に出発した。私の気持ちは沈んでいた。
幹線道路に戻り、パンペット村とは逆方向に少しだけ進んだところにある小さなレストランに連れて行かれた。Mount View Restaurantという店のようだ。
無難なチャーハンを注文した。感じのいい店で、デザートに小さなみかんを出してくれたり、ココナッツシュガーを出してくれたりと、気が利く。
チャーハンそのものは可もなく不可もなくの味である。ちょっと油でベタベタしていたかな。 -
13時27分にレストランを出発した。
最後はカヤン族のパンペットPan Pet※でのCBTプログラムである。
※ガイドのMr.サイモンに確認すると、パンペットには次の五つの村がある。
幹線道路に近い方から、ランクー、トーキー、クアッテックー、サローンガナッ、パンプソン。
そのうち、三つの村がCBTプログラムに参加している。
正直に言うと、今日はツアーの一番最後に回されてしまったこともあり、私はパンペットの訪問にあまり期待していなかった。
サローンガナッの道路沿いにある商店※に立ち寄って、ドライバーさんたちは若い女性ガイド(Ms.ケンラッ)を依頼した。
※ 昨年10月の訪問時、この店の奥の部屋でMs.ウェイと私はCBTプログラムのコンテンツの一環として昼食の提供を受け、食事をしている。 -
最初に、一番奥にあるパンプソン(ピンプソン)村へ連れて行かれた。新年の飾りの準備をしているところを見学した。
長い棒の先に鳥の形をしたシンボルを設置する準備中である。もうじきカヤンの新年が来るようだ。1年毎に雄と雌とが交代するとのこと。 -
この男性は鳥の首の部分を作製中である。
-
☆☆☆奥がムティアさんの家。☆☆☆
この後、三軒の家を訪問した。
一軒目は、昨年の10月にガイドのMs.ウェイに導かれて訪れた家と同じであった。
残りの二軒は今回が初めての訪問である。
三軒の家でのカヤンの女性たちとのやりとりを通じて、いろいろ新しい発見もあった。ガイドさんからは面白い情報を仕入れることができて、私なりに満足できた。
グダグダであった午前中と比べ、午後は嬉しいサプライズがいくつかあったのである。 -
一軒目、ムティアさん、79歳。
お子さんは10人いて、うち6人はすでに亡くなっている。お孫さんは20人以上いるとのこと。
この時、ムティアさんの後ろの階段のところに友人やら親戚やらよくわからないが、女性や子どもが何人か来ていた。
いろいろ話をする中で、私は昨年の12月にインレー湖で出会った二人のカヤンの女性と、つい数日前に滞在したバガン(ニャウンウー)で出会った一人のカヤンの女性の写真を見てもらうことにした。
すると、インレー湖の女性※のうちの一人は、その場にいた中年女性の旦那さんのお母さん(お姑さん)だと言う。
※私の昨年12月のニャウンシュエ(インレー湖)旅行記に二人の写真を掲載している。
彼女たち3人はいずれもパンペットから来ていると言っていたので、驚くには当たらないが、写真を見てもらう甲斐があったというものである。 -
訪れた三軒の家では、いずれもカウイェー(ライスワイン、米ビール)を振る舞ってくれた。
-
二軒目、ムーポッさん、77歳。
綿をほぐし綿に撚りをかけて糸にしてゆく工程を実演して見せてくれた。
お子さんはやはり10人いるとのこと。うち4人はすでに亡くなっている。
娘さんのうち二人が首に飾りをつけている。二人は今タイにいて、うち一人はチェンラーイにいるということである。 -
☆☆☆昨年9月末のチェンラーイ滞在中にタイ側のメーサイからミャンマー側のタチレイ(タチレク)へ日帰り往復をした際に、タチレイで出会ったカヤンの女性たち。☆☆☆
その時私の頭の中で閃くものがあった。
ガイドさんを交えてタイのどこでカヤンの女性たちが働いているかを確認した。
実は、ガイドのMr.サイモンはタイのチェンマイで5年間ガイドの仕事をしていたとのことで、タイをよく知っているようだ。
彼によると、タイではパタヤー、チェンマイ、チェンラーイ、メーホンソーン※、メーサイの五箇所でカヤンの女性は働いている。※※
※メーホンソーンの場合、難民として暮らしている人々の集落が観光客を受け入れて、土産物を販売している。
※※チェンマイとチェンラーイにあるそれぞれの「観光村」で働くカヤンの女性たちに私は出会っている。写真も撮影させてもらった。
また、ミャンマー国内では私が出会ったバガンとインレー湖以外ではタチレイにもカヤンの女性がいるとのことで、私の頭の中にさらに閃くものがあった。
昨年9月末にタイのメーサイを経由して日帰りでミャンマー側のタチレイを訪れた際、「民俗文化餐庁The Ethnical Culture Restaurant」という施設で少なくない数のカヤンの女性たちに出会っている。※
※この時の詳細は、私の旅行記「再びのチェンラーイ、悲しき熱帯の村【3日目】~タイ北部をゆるりと巡る旅/後編~」(2019/09/30の旅行記)を参照されたい。
彼女たちの写真をムーポッさんに見てもらうと、若い女性たちのことは知らないが、左端に写っている年配の女性は、名前は知らないが顔を覚えているという。
写真の女性は、当然このパンペットの出身ということである。
パタヤとメーサイで働くカヤンの女性にはまだ出会っていないが、インレー湖で二人のカヤンの女性がパンペット出身だと聞いて以来、私が考えていた仮説はどうやら正しいようである。
すなわち、ミャンマー国内においても、タイにおいても、ミャンマーのカヤー州以外の土地で暮らしているカヤンの人たちは、すべてこのパンペット出身なのである。
カヤンの言葉で「ありがとう」は「タレバナ」というそうだ。
二軒目以降ではこの言葉でお礼を言った。 -
ムーポッさんの家。
帰るとき遠くから手を振ってくれた。
三軒目の家へ向かう途中、パンペットの由来についてMr.サイモンは次のようなことを教えてくれた。
シャン語で松の木のことをパピャーという。
パピャーが転訛してパンペットになったのだという。 -
三軒目、ムッローさん。ここはクアッテックー村である。
お子さんは15人いたが10人はすでに他界したとのこと。
孫が43人、ひ孫が24人いらっしゃる。クリスチャンで洗礼名は「マリア」。
パンプソン村の出身である。この村にはもとは7家族しかカトリックがいなかった。
その後25~26家族に増えたとのこと。 -
ムッローさんの家の奥も見せていただいた。
-
お孫さんの結婚式に出席した時の写真が飾ってある。
-
ムッローさんの家。
私たちを見送ってくれた。 -
最初に娘さんにガイドを依頼したサローンガナッ村の商店に寄った後、出発した。
その場に居合わせた人々が、大人も子ども私たちに手を振ってくれた。 -
デモソの街の少し先で今朝寄らなかったダムNgwe Daung Damに寄ってもらった。
ここへ来るのはこれで二回目である。今回も象が二頭いた。一頭は16歳、もう一頭は11歳とのこと。
ガイドさんに聞いてみたら、やはりこのニ頭はミャンマー生まれではなく、タイから連れて来られたとのことである。 -
まだ日差しが強かったが、湖の景色はとても気持ちが良かった。
ロイコー市街へ戻る途中、私たちの車の目と鼻の先で向かい側から来た1台のバイクがスリップして転倒した。
あと数十センチずれていたら私たちの車にぶつかっていたかもしれない。 -
ロイコー市街の少し手前で車は突然右へ曲がった。
大きなパヤーNay Sat La Sat Pagodaの手前の斜面に桜の苗木200本が植えられているとのこと。
今年の1月に100人ぐらいの日本人が来て植樹をしたそうである。日本とミャンマーの友好の証に桜の木を日本が贈呈したようだ。 -
☆☆☆苗木を保護するネットがかけられていた。 ここを紹介してくれたドライバーさんは、数十年後には桜の木がここに並んでるといいね、と言っていた 。☆☆☆
後で調べたら、Twitterにそれらしい記事が載っている。日本とミャンマーの友好議員連盟の会長のツイートであった。 -
17時20分にホテルに戻る。
部屋に入ると昨日出したランドリーが仕上がって置いてあった。少しして今日の分の洗濯物を出しに行った。
そのついでにホテルのご主人に会って挨拶をした。昨日はとうとう会えなかったからである。
18時30分に外出した。今夜はバルーチャン川沿いにあるAung Tha Pyay Mandalay Beerという店へ。
鶏の唐揚げ。骨付き肉。まあまあ美味しい。ドラフトビールを三杯飲む。
二品目はフライド・マッシュルーム。 椎茸などのキノコではなく、本当のマッシュルームが出て来たので驚いた。 -
帰りがけに、その店の斜め前にある商店で買い物をする。
会計の時、店の主人に「昨日うちの店先で写真を撮っていただろう」と言われる。確かにこの店の前で死んだように寝ている犬の写真を撮っていた(上の写真)。
「韓国人か?」と聞かれた。「日本人です」と答えた。「私は寝ている犬の写真を撮るのが大好きです」と言っておいた。
20時20分頃ホテルに戻った。
フロントにMs.Aがいた。
彼女の名前のことを質問した。前回の訪問時に私は彼女の名前をフルネームで教えてもらっていた。
ミャンマー人は、短い呼称(カタカナで表記すると三文字程度)を皆持っているので彼女に聞いてみたところ、例えば剛力彩芽さんの「剛力」のような、言葉の響きがかなりごつい感じがする呼称である。
ちょっと彼女のイメージにはそぐわないな、と思った。
ちなみに、お母さんからはもっと可愛らしい愛称で呼ばれているそうだ。理由を聞いたが、よく分らないそうだ。
【03月05日(木)、了。】
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
自己最長二十七泊、ミャンマーの旅
-
前の旅行記
モンユワへもバガンから日帰りで行っちゃった。~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/03/02~
モンユワ
-
次の旅行記
ロイコーに魅せられて。【2】~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/03/06~
その他の都市
-
日本を出国できない?いきなりのネコブル。~ミャンマー二十七泊の前にちょっこしタイ北部へ~
2020/02/03~
バンコク
-
ミャンマー入国。空港でのゆる~い検疫。初日から騙された。~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/02/12~
ヤンゴン
-
チャイティーヨー(ゴールデンロック)を再訪。~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/02/13~
チャイティヨ
-
Grabタクシーでヤンゴンの南へ。行きはよいよい帰りは…。~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/02/14~
ヤンゴン
-
モン州の州都モウラミャインへ。【1】~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/02/15~
その他の都市
-
モン州の州都モウラミャインへ。【2】~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/02/17~
その他の都市
-
ホテルミッチーナーへようこそ。【1】~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/02/20~
その他の都市
-
ホテル蜜支那(ミッチーナー)へようこそ。【2】~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/02/22~
その他の都市
-
旅の中盤はマンダレー。三度目でも見どころがたくさん。~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/02/25~
マンダレー
-
バガンは二度目が楽しい。~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/02/28~
バガン
-
バガンからメイッティーラへ日帰り観光。~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/02/29~
その他の都市
-
モンユワへもバガンから日帰りで行っちゃった。~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/03/02~
モンユワ
-
ロイコーに魅せられて。【1】~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/03/04~
その他の都市
-
ロイコーに魅せられて。【2】~自己最長二十七泊、ミャンマーの旅~
2020/03/06~
その他の都市
-
タイ東北部で十六年ぶりに痛風の発作。薬を持っていない。さあ、どうする?
2020/03/10~
タイ
-
痛風治療薬の激烈な副作用。コサムイのビーチはガラガラ。ロックダウン寸前のバンコクで迎えた旅の終焉。
2020/03/17~
タイ
-
ミャンマーは大丈夫か?新聞記事から今後の感染拡大を憂慮する。~自身のミャンマー・タイの国境越えも振り返る。~
2020/03/31~
ミャンマー
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
その他の都市(ミャンマー) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
その他の都市(ミャンマー) の人気ホテル
ミャンマーで使うWi-Fiはレンタルしましたか?
フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ミャンマー最安
766円/日~
- 空港で受取・返却可能
- お得なポイントがたまる
旅行記グループ 自己最長二十七泊、ミャンマーの旅
0
64