2016/05/24 - 2016/05/24
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旅人のくまさんさん
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尾張四観音の一つ、龍泉寺観音と城址の紹介です。名古屋城からは、北部方面に当たる位置します。眼下に庄内川、濃尾平野を見下ろす守山の景勝地であり、かつての要衝の地です。(ウィキペディア、龍泉寺観音関連サイト)
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イチオシ
ゆとりーとラインの砂田橋駅です。地下鉄名城線の砂田橋駅に隣接していました。これから向かう、龍泉寺方面の光景です。正式名は、名古屋ガイドウェイバス、愛称がゆとりーとラインです。
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同じく、ゆとりーとラインの砂田橋駅です。始発の大曽根駅方面の光景です。名古屋ガイドウェイバス(株)が運営するこの路線は、名古屋市、名古屋鉄道、ジェイアール東海バスなどが出資する第三セクター会社です。
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ゆとりーとラインの時刻表です。朝夕の通勤時間帯は1時間に10本以上、それ以外の日中の時間帯でも6本ほどが運行されています。
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ゆとりーとラインの品田橋駅から乗車し、七つ目の駅の龍泉寺口で下車しました。龍泉寺観音・城址に向かう登り口は目の前です。
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龍泉寺観音・城址に向かう坂道の途中にあった、地蔵尊の光景です。地肌だの土手を背景に、お揃いの赤い前掛け姿でした。
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龍泉寺に向かう参道の左手方面の光景です。『南無大師遍照金剛』の幟に飾られた小さな社がありました。弘法大師を祀る社です。
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龍泉寺の参道の左手の光景です。『御嶽神社参道』の比較的新しい席票がありました。祖pの左側の小さな石標には、『不動明王』の文字がありました。帰りに立ち寄ることにしました。
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龍泉寺の参道から左手に分岐した、『御嶽神社参道』の光景ですほとんど地道といってよい、簡易舗装の狭い参道でした。
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龍泉寺風致地区の説明看板です。眼下に庄内川、濃尾平野を見下ろすことが出来る守山の景勝地です。
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参道の右手方面に見えていた、道路を横断する赤い橋の光景です。この橋も後ほど渡ることにしました。
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参道の左手方面の建物光景です。格式が高そうな建物の門構えの光景です。龍泉寺観音寺に所縁の建物かもしれません。
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龍泉寺観音の境内入口付近の光景です。左手に境内末社のような社がありました。立札に記された文字は、『龍泉弁財天』でした。弁財天は、仏教の守護神である天部の一つです。ヒンドゥー教の女神が仏教に取り入れられたとされます。
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低い石垣と竹垣で囲われた、『龍泉弁財天』の全景です。本来の漢字表記は、『弁才天』ですが、日本では後に財宝神としての性格が付与され、『才』が『財』の音に通じることから『弁財天』と表記する場合も多い様です。弁天様の愛称も多く使われます。
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赤い幟で囲われた、『龍泉弁財天』の小さな境内光景です。赤い幟には、『南無弁財天』の文字が染め抜かれていました。
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『龍泉弁財天』の小さな社の光景です。社の前には、日本の石灯篭が並んでいました。弁財天は、音楽神、福徳神、学芸神、戦勝神など幅広い性格を持ちます。日本での弁才天信仰は、奈良時代(710〜794年)に始まったとされます。
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イチオシ
龍泉寺観音の仁王門と、その左奥の多宝塔の光景です。仁王門は、国の重要文化財の建造物です。天正12年(1584年)に起きた、羽柴秀吉陣営と織田信雄・徳川家康陣営の間で行われた小牧・長久手の戦いでは、羽柴秀吉が陣を張りましたが、退却する時に火を放たれ、建物が焼失しました。また、明治39年(1906年)2月に放火され、多宝塔、仁王門、鐘楼を除く全てが焼失しました。
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龍泉寺観音の境内に置かれた地蔵尊の光景です。明治39年(1906年)の放火では、その焼跡から、慶長大判切2枚、慶長小判98枚の入った小判容器が発掘され、これが基金となって本堂が再建されたというエピソードがあります。
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龍泉寺の東側の出入口門です。高麗門風の造りでした。高麗門は、文禄・慶長の役が行われた1592年から1598年の間に造られ始めた城門です。江戸時代以降には、城郭に限らず神社仏閣や町の出入り口を仕切る木戸門などとして多く築造されました。
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『龍泉寺縁起』のタイトルがあった案内看板です。正式名が『松洞山大行院龍泉寺』、天台宗山門派比叡山延暦寺松』の前書きで始まる縁起でした。延暦年間(782〜806年)、伝教大師最澄が創建したといわれていますが、弘法大師空海も熱田神宮参篭中のおり、熱田の八剣のうち三剣をこの龍泉寺に埋納しています。このため、伝教・弘法大師の開基のお寺とも称されます。
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百度石と、その背後に見える神馬と赤い幟の光景です。お百度参りは、願いを叶えてもらおうとする仏さまや神さまに、100回お参りして祈願することです。平安時代の末頃から始まったと言われています。
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本堂に向かって左手の狛犬です。吽形の雌獅子です。獅子、ライオンはネコ科ヒョウ属に分類される肉食動物です。普段見かける猫さんと同じような行儀の良い座り方をしています。
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本堂に向かって右手の狛犬です。阿形の雄獅子です。ネコ科ヒョウ属の肉食動物で最大のものがトラ、その次がライオンとされます。
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国の重要文化財に指定されている、龍泉寺の仁王門の光景です。三間一戸楼門、入母屋造、こけら葺の建物です。平成15年(2003年)に屋根の全面葺き替えが行われました。天井裏から発見された板札に、慶長12年(1607年)の日付がありましたが、高針村(名古屋市名東区)から移したと伝えられていますから、室町時代のものを慶長期に移建した可能性もあります。
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山号の『松洞山』の扁額です。金文字で揮毫された新しい額です。龍泉寺観音寺の正式な呼び方は、『松洞山大行院龍泉寺』です。
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国指定の重要文化財の仁王門の中に置かれた、木造の仁王像です。仁王門に向かって右手の像です。口を開いた阿形の像です。
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同じく吽形像の上半身のズームアップ光景です。国の重要文化財の仁王門は、桃山時代の慶長12年(1607年)の再建です。阿吽の仁王像も同時代のもののようですが、名古屋市の文化財リストには掲載されていませんでした。
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仁王門に向かって左手の像です。吽形の像のズームアップ光景です。建造物の仁王門は国指定の重要文化財ですが、龍泉寺の国指定の重要文化財の彫刻は、木造地蔵菩薩立像の1体だけです。
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阿吽の像の内、口を閉じた姿の吽形の像です。仁王門に向かって左手の像です。左右の仁王像ともに、国の重要文化財です。慶長12年(1607年)の創建です。
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イチオシ
全開龍泉寺観音を見学したのは2009年の11月のことでした。今回見学して一番変化があったのは、真新しい色の多宝塔や本堂でした。補修工事で真新しいベンガラ色になった多宝塔の光景です。
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前回見学した時には、気が付かなかったのか見落としたようです。あるいはその後の展示かも知れません。本堂の鬼瓦の展示です。本堂も今回補修工事が行われていました。
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