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平針(第一)古城の城主とされる小野田勘六の墓が残る秋葉山の麓の墓地の紹介です。針名神社と、秋葉山との境付近にあります。名古屋市農業センターの隣にありますから、こちらに車をとめて見学してきました。(ウィキペディア、あいちのお城めぐり)

2016秋、平針古城の伝承地(2/8):平針(第一)古城城主・小野田勘六の墓、針名神社

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2016/11/18 - 2016/11/30

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旅人のくまさん

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平針(第一)古城の城主とされる小野田勘六の墓が残る秋葉山の麓の墓地の紹介です。針名神社と、秋葉山との境付近にあります。名古屋市農業センターの隣にありますから、こちらに車をとめて見学してきました。(ウィキペディア、あいちのお城めぐり)

  • 平針(第一)古城の城主だったと伝わる、小野田勘六のお墓の紹介です。平針(第一)古城から少し東南にある、針名神社と秋葉神社との敷地境付近にある墓地です。名古屋市農業センターの無料駐車場に車をとめて、歩いてお墓まで往復しました。ここは、既に名古屋市農業センターの敷地内です。樹々の紅葉が始まっていました。

    平針(第一)古城の城主だったと伝わる、小野田勘六のお墓の紹介です。平針(第一)古城から少し東南にある、針名神社と秋葉神社との敷地境付近にある墓地です。名古屋市農業センターの無料駐車場に車をとめて、歩いてお墓まで往復しました。ここは、既に名古屋市農業センターの敷地内です。樹々の紅葉が始まっていました。

  • 名古屋市農業センターの入口付近の光景です。駐車場は、入口の外にありました。丘の中腹の売店も営業していました。

    名古屋市農業センターの入口付近の光景です。駐車場は、入口の外にありました。丘の中腹の売店も営業していました。

  • 名古屋市農業センターは、700本とされる枝垂れ梅が有名ですが、その枝垂れ梅の梅園の横の秋景色です。枝垂れ梅の見頃になると、緋毛氈の茶席が設けられる場所付近の光景です。

    名古屋市農業センターは、700本とされる枝垂れ梅が有名ですが、その枝垂れ梅の梅園の横の秋景色です。枝垂れ梅の見頃になると、緋毛氈の茶席が設けられる場所付近の光景です。

  • 名古屋市農業センターの中を通ってやってきた、針名神社の入口です。神社の南西方面にある鳥居です。式内社で、旧社格は村社です。平針古城に所縁の神社ですが、何度か紹介しましたので、今回は簡単な紹介です。

    名古屋市農業センターの中を通ってやってきた、針名神社の入口です。神社の南西方面にある鳥居です。式内社で、旧社格は村社です。平針古城に所縁の神社ですが、何度か紹介しましたので、今回は簡単な紹介です。

  • 鳥居を潜った後、長い石段を北側に向かって降り、針名神社の入口門までやって来ました。拝殿が正面に見えていました。『延喜式神名帳』に『従三位針名天神』として収録されることから、創建は10世紀初頭以前であると推察されている古社です。尾治(張)氏の末裔尾治(張)の針名根連の命を祀ります。

    鳥居を潜った後、長い石段を北側に向かって降り、針名神社の入口門までやって来ました。拝殿が正面に見えていました。『延喜式神名帳』に『従三位針名天神』として収録されることから、創建は10世紀初頭以前であると推察されている古社です。尾治(張)氏の末裔尾治(張)の針名根連の命を祀ります。

  • 針名神社の中を通り、秋葉山との境界付近にやって来ました。針名神社と秋葉山にある慈眼寺と秋葉神社、それと、この後紹介する秀伝寺が、平針第一古城の所縁の寺社と言えそうです。

    針名神社の中を通り、秋葉山との境界付近にやって来ました。針名神社と秋葉山にある慈眼寺と秋葉神社、それと、この後紹介する秀伝寺が、平針第一古城の所縁の寺社と言えそうです。

  • 『秋葉三尺坊大権現』の赤い幟が立った、秋葉山の参道光景です。後ほど立ち寄りました。まずは、平針(第一)古城の城主だった小野田勘六のお墓探しです。

    『秋葉三尺坊大権現』の赤い幟が立った、秋葉山の参道光景です。後ほど立ち寄りました。まずは、平針(第一)古城の城主だった小野田勘六のお墓探しです。

  • 日清、日露と太平洋戦争での地元の戦死者を祀ったお墓の紹介です。その例拝所の様な建物光景です。特別の祭礼の時だけ開かれるようです。

    日清、日露と太平洋戦争での地元の戦死者を祀ったお墓の紹介です。その例拝所の様な建物光景です。特別の祭礼の時だけ開かれるようです。

  • 同じく、日清、日露と太平洋戦争での地元の戦死者を祀ったお墓の光景です。慰霊碑はお墓の西北側にありました。その一番新しい、太平洋戦争慰霊碑が建物の左に見えています。

    同じく、日清、日露と太平洋戦争での地元の戦死者を祀ったお墓の光景です。慰霊碑はお墓の西北側にありました。その一番新しい、太平洋戦争慰霊碑が建物の左に見えています。

  • 右手に『龍眼寺』、左手に『秋葉山休蹟斎』の石碑があった参道の入口光景です。右手の『龍眼寺』の上の三文字が塗り潰されていますが、『秋葉山』の文字だったようです。神仏習合を廃止した、明治初期の名残でしょうか。

    右手に『龍眼寺』、左手に『秋葉山休蹟斎』の石碑があった参道の入口光景です。右手の『龍眼寺』の上の三文字が塗り潰されていますが、『秋葉山』の文字だったようです。神仏習合を廃止した、明治初期の名残でしょうか。

  • 平針(第一)古城の城主だった小野田勘六のお墓があるのは、先程の戦争慰霊碑があったエリアの北側です。その入り口から眺めた、秋葉山の参道入口の光景です。

    平針(第一)古城の城主だった小野田勘六のお墓があるのは、先程の戦争慰霊碑があったエリアの北側です。その入り口から眺めた、秋葉山の参道入口の光景です。

  • 西からの墓地への入口です。墓地側から振り返っての撮影です。小野田勘助のお墓を探すなら、この入口からが便利です。秋葉山の参道の入口の少し先を右に折れた、緩い下り坂です。距離も数十メートルです。

    西からの墓地への入口です。墓地側から振り返っての撮影です。小野田勘助のお墓を探すなら、この入口からが便利です。秋葉山の参道の入口の少し先を右に折れた、緩い下り坂です。距離も数十メートルです。

  • 先程の緩い下り坂の終点の石段を下り、左に曲がった場所の土手の上にある観音像です。その周りにお墓整理をされた墓標らしいものが林立していました。

    イチオシ

    先程の緩い下り坂の終点の石段を下り、左に曲がった場所の土手の上にある観音像です。その周りにお墓整理をされた墓標らしいものが林立していました。

  • 上から三文字だけは『小野田』とはっきり読めました。その下に続く文字は読めませんでした。読み解かれた方のネット情報には、側面化裏面に平針城主の文字もあると紹介されていました。

    イチオシ

    上から三文字だけは『小野田』とはっきり読めました。その下に続く文字は読めませんでした。読み解かれた方のネット情報には、側面化裏面に平針城主の文字もあると紹介されていました。

  • 右手前が小野田勘六のお墓です。平針(第一)古城の城主だった小野田勘六は、越後の上杉家の家臣でしたが、上杉家を離れ浪人となり、この地で城を持つ身にまでなったと伝わります。

    右手前が小野田勘六のお墓です。平針(第一)古城の城主だった小野田勘六は、越後の上杉家の家臣でしたが、上杉家を離れ浪人となり、この地で城を持つ身にまでなったと伝わります。

  • 小野田勘六のお墓の周りの真新しいお墓の光景です。ざっと一回りしてみましたが、この地方で力を持った豪族や、その子孫の一族の墓がほとんどのようでした。横地氏は、植田城主にも名が残ります。

    小野田勘六のお墓の周りの真新しいお墓の光景です。ざっと一回りしてみましたが、この地方で力を持った豪族や、その子孫の一族の墓がほとんどのようでした。横地氏は、植田城主にも名が残ります。

  • この後は、文字も読み取れないような古い墓標の紹介です。左が地蔵尊、あとの二つは古い墓標です。右端の墓碑には、寒月、童子、禅などの文字が部分的に読み取れました。

    この後は、文字も読み取れないような古い墓標の紹介です。左が地蔵尊、あとの二つは古い墓標です。右端の墓碑には、寒月、童子、禅などの文字が部分的に読み取れました。

  • 同じく、同じ区画に三基並んだ墓標の光景です。真ん中が地蔵尊、左の墓碑は拓本を採れば文字が読めそうでした。

    同じく、同じ区画に三基並んだ墓標の光景です。真ん中が地蔵尊、左の墓碑は拓本を採れば文字が読めそうでした。

  • 余り苔生していない比較的新しい墓碑の光景です。石質も花崗岩のようでした。真ん中付近の先が尖った墓碑には、『故・正七位勲六等・連梅太郎命墓』の文字がありました。

    余り苔生していない比較的新しい墓碑の光景です。石質も花崗岩のようでした。真ん中付近の先が尖った墓碑には、『故・正七位勲六等・連梅太郎命墓』の文字がありました。

  • 苔生して、ほとんど文字が読めなかった三基の墓碑の光景です。一番右の墓標の末尾に、『士』の文字がありましたから、戒名が刻まれているようでした。

    苔生して、ほとんど文字が読めなかった三基の墓碑の光景です。一番右の墓標の末尾に、『士』の文字がありましたから、戒名が刻まれているようでした。

  • 花がお供えされていましたから、無縁墓地ではないようです。墓標の文字は、その花の陰になってしまいました。草が生えないよう、丁寧に玉石が敷いてあったお墓です。

    花がお供えされていましたから、無縁墓地ではないようです。墓標の文字は、その花の陰になってしまいました。草が生えないよう、丁寧に玉石が敷いてあったお墓です。

  • 二基並んだ、厚みのある墓標の光景です。夫々に四名の戒名が刻んでありました。左の方の戒名の最後の方だけ祖愉快しますと、信士、童女、子、童子でした。

    二基並んだ、厚みのある墓標の光景です。夫々に四名の戒名が刻んでありました。左の方の戒名の最後の方だけ祖愉快しますと、信士、童女、子、童子でした。

  • 墓地のもう一つの入口近くの屋根の下に祀られていた地蔵尊です。こちらの出入口が主要な出入口のようでした。

    墓地のもう一つの入口近くの屋根の下に祀られていた地蔵尊です。こちらの出入口が主要な出入口のようでした。

  • 帰りに、秋葉山に立ち寄りました。大同4年(809年)、京都御所炎上の時、遠州の三尺坊尊が火災を鎮めるため京へ上り、その帰路当地に立ち寄り、『鎮防火燭』の直筆を残されました。これによって創建された秋葉山です。参道には、藤棚としだれ梅、ぼたん桜の並木があります。また、毎年12月16日に火渡り神事が行われます。

    帰りに、秋葉山に立ち寄りました。大同4年(809年)、京都御所炎上の時、遠州の三尺坊尊が火災を鎮めるため京へ上り、その帰路当地に立ち寄り、『鎮防火燭』の直筆を残されました。これによって創建された秋葉山です。参道には、藤棚としだれ梅、ぼたん桜の並木があります。また、毎年12月16日に火渡り神事が行われます。

  • 秋葉山には、織田信長が永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いの時に戦勝祈願をしたとの伝承が残ります。戦勝を祈願して勝利を得たので、三尺坊の尊像を奉納したようです。桶狭間の戦いの時戦勝祈願では、熱田神宮と、信長塀のことが有名ですが、熱田神宮に近い日置神社にも戦勝祈願し、お礼に松樹千本を境内に寄進したと伝わります。

    秋葉山には、織田信長が永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いの時に戦勝祈願をしたとの伝承が残ります。戦勝を祈願して勝利を得たので、三尺坊の尊像を奉納したようです。桶狭間の戦いの時戦勝祈願では、熱田神宮と、信長塀のことが有名ですが、熱田神宮に近い日置神社にも戦勝祈願し、お礼に松樹千本を境内に寄進したと伝わります。

  • かつて、大相撲の名古屋場所の時の寄宿舎に使われたのでしょうか、今は使われなくなった土俵がありました。物置にされていました。

    かつて、大相撲の名古屋場所の時の寄宿舎に使われたのでしょうか、今は使われなくなった土俵がありました。物置にされていました。

  • 平針城主だった、小野田勘六のお墓の写真が撮影できたところで、車をとめた名古屋市農業センターの駐車場に戻りました、その途中の紅葉光景です。楓とは別種の樹でした。ハナノキ当たりでしょうか。

    平針城主だった、小野田勘六のお墓の写真が撮影できたところで、車をとめた名古屋市農業センターの駐車場に戻りました、その途中の紅葉光景です。楓とは別種の樹でした。ハナノキ当たりでしょうか。

  • 毎年、枝垂れ桜の時期には、2、3度見学にきている名古屋市農業センターです。枝垂れ梅は、既に冬支度を終えていました。

    毎年、枝垂れ桜の時期には、2、3度見学にきている名古屋市農業センターです。枝垂れ梅は、既に冬支度を終えていました。

  • 同じく、名古屋市農業センターの樹木の光景です。薄っすらと紅葉が始まっていたのは、メタセコイア当たりでしょうか、先に紅葉した樹もありました。

    同じく、名古屋市農業センターの樹木の光景です。薄っすらと紅葉が始まっていたのは、メタセコイア当たりでしょうか、先に紅葉した樹もありました。

  • 穴事務、場所を替えて駐車場側から撮影した名古屋市農業センターの樹木の光景です。黄葉と黄葉の時期は、これからが本番でした。

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    穴事務、場所を替えて駐車場側から撮影した名古屋市農業センターの樹木の光景です。黄葉と黄葉の時期は、これからが本番でした。

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