2016/11/18 - 2016/11/30
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平針古城の所縁の地の紹介です。平針古城は第一と第二の古城があるとされ、第一古城はさらに二箇所の伝承地があります。詳しい情報や遺跡は残されていませんが、第一古城の城主の墓は残されています。(ウィキペディア、あいちのお城めぐり)
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平針第一古城の比定地の一つとされる、神田(じんでん)公園です。平針西住宅の南側にある公園です。平針第一古城に関する標識類は一切ありませんから、地元では城址とは、ほとんど知られていないようです。
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平針第一古城の規模は東西約60メートル、南北約57メートルといわれ、天白川が天然の掘となり、南に走る飯田街道(平針街道)を押さる交通の要所とされました。その要件をこの公園は広さ以外は、ほぼ満たしているようですが、遺跡は全く残されていません。
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平針第一古城の規模と場所を満たすと思われる『陳田公園』の光景です。東側から西側を眺めた光景です。平針第一古城の規模とされる、東西約60メートル、南北約57メートルの広さは3420平方メートル、換算しますと約0.34ヘクタールです。
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同じ場所から眺めた、西北方面の光景です。公園の北側には、平針西住宅が隣接しています。更にその北側が天白川です。
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昭和58年(1983年)に開園した、神田公園の南端部分の光景です。広さが0.28ヘクタールとされる街区公園です。平針北小学校区域に五つある街区公園の一つです。平針第一古城の規模とされる0.34ヘクタールには足りませんが、北側の平針西住宅を視野に入れれれば、十分な広さがあります。
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イチオシ
『神田公園』の南側から眺めた北側方面の光景です。見えているのは平針西住宅です。その裏側が天白川です。
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『神田公園』の東南角付近から眺めた北東側方面の光景です。左手に平針西住宅が見えています。
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江戸時代後期から明治時代初頭に著わされた『尾張名所図会・前編五巻』の『平針古城』の項です。『平針村人家の北の方 庄以(ママ)といふ(言う)処にあり 小野田勘六居住せしよし(由)いひ(言い)伝えたり』とあります。『庄以(ママ)』の草書の文字が読み取れませんでしたが、この辺りを指していることは間違いないようです。この後には小野田勘六とその一族に関する記述もありました。
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『神田公園』の西北角から眺めた東南方面の光景です。『尾張名所図会・前編五巻』には、『平針古城』の前に『平針駅』、後ろに『針名神社』の項もあります。この記述から見ても、この3つが付近にあったことが推測できます。『平針駅』とは、昔の駿河海道の宿駅で、馬継(の駅)と記してありました。
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『神田公園』の西北角付近から眺めた、西方向の光景です。右手が平針西住宅、その先が平針北小学校です。まだ元資料が確認できていませんが、永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いの時、佐々成政も平針第一古城に入城した記録があるようです。信長が戦勝祈願をしたとされる秋葉山もこの近くにあり、桶狭間方面への順路となります。
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お案寺場所から眺めた、東北方面の光景です。天白川の南になるこの辺りには、小高い場所は見当たりませんでした。もしあれば、平針第一古城の比定に役立ちそうですが、残念でした。
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西に50~100メートルほど歩いて、平針北小学校が見える位置までやって来ました。白い校舎は、この場所から西北方面になります。その南側が校庭です。
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平針北小学校の東南角から眺めた北側の公開です。平針北小学校の敷地は、天白川の南に隣接しています。この小学校敷地を平針第一古城と仮定すれば、広さも条件を満たします。
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平針北小学校の東南角付近から眺めた東方面の光景です。中央付近に見えている紅葉の樹が『神田公園』です。平針第一古城があったと思われる第1の候補地は、神田公園、平針西住宅から平針北小学校にかけての区域と考えれば、確率が高くなりそうです。
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平針第一古城の比定地、『神田公園』から、次の比定地の『郷之島公園』へ歩いて移動する途中の光景です。歩道の花壇で咲いていた、『ムラサキカタバミ(紫片喰、紫酢漿草)』の花です。南アメリカ原産ですが、江戸時代末期に観賞用として導入されて以降、日本に広く帰化しています。環境省により要注意外来生物に指定されています。
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前方に、『郷之島公園』が見えてきました。夏には地元の盆踊りなどが開かれている公園です。右がヒマラヤシーダー、左がメタセコイアの大木です。
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平針第一古城の比定地のもう一つとなっている、『郷之島公園』です。先ほどの『神田公園』とは、直線距離で200メートルほどの位置です。その分、天白川からは離れた場所です。実はこの公園、私の住んでいる場所から至近距離にあります。
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『郷之島公園』の東側の出入口から眺めた西方面の光景です。『郷之島公園』は、昭和51年(1986年)に開園された、広さ0.3ヘクタールの街区公園です。
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『郷之島公園』の東側の出入口付近から眺めた、公園の南端付近の光景です。ナンキンハゼの木が紅葉の時期を迎えていました。
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『郷之島公園』の南東角付近から眺めた西方向の光景です。後方に見えているのは、名古屋環状2号線の高架道路です。
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『郷之島公園』の南東角付近から眺めた西北方向の光景です。公園脇の右手方面に見えている白っぽい建物は、平針北コミュニティーセンターです。
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『郷之島公園』の南西付近の光景です。防災備品を収めたらしい倉庫が置かれていました。紅葉の樹や、黄葉が始まった樹が並んでいました。
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『郷之島公園』の西側の出入口付近から眺めた公園南端の光景です。黄葉の気が並んでいました。『ナンキンハゼ(半金櫨)』の樹です。トウダイグサ科ナンキンハゼ属の落葉高木です。
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イチオシ
『郷之島公園』の西側の出入口付近から眺めた東側方面の光景です。右手にナンキンハゼの紅葉の樹が見えています。咲き終わった後の白い実は小鳥の格好の餌ですから、ヒヨドリや、ムクドリが集まってきます。
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公園の西側の出入り口付近から眺めた、東北方面の光景です。左手前には、ベンチも置かれていました。
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公園の西北角付近にあった、少し小高い場所です。低い石段で3段、50センチほどの段差でした。規模からいって、平針第一古城の遺跡とは関係ないようでした。
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公園の北側の出入口の手前から眺めた北側方面の光景です。正面に見える建物は、先にも少し紹介した平針北コミュニティーセンターです。
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北側の出入り口付近の木陰から眺めた、『郷之島公園』の光景です。地名の由来を調べてみましたが、参考になる情報は見つかりませんでした。『郷』は集落、『島』をかつての天白川の中州当たりと考えますと、今とは全く違った光景が目に浮かびます。伊勢湾の周りの『島』の名が付く地名は、かつては湾に浮かぶ島でした。例えば、長島、津島、飛島、枇杷島などです。驚くことに一宮も島でした。その根拠は、猿投神社で見つかった養老元年(717年)の古地図です。今からざっと1300年前の古地図です。
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旧地名や広さなどから、平針第一古城があった場所と想定されたようですが、正直なところ、古城に関する屋敷などがあったとすれば別ですが、城址といったイメージは湧かない場所です。しかし、江戸時代には熱田の渡しが東海道の道筋であり、それより更に前の地形を想像しますと、現在の常識だけでは判断できないものがあります。その古地図を紹介しておきます。
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イチオシ
猿投神社に残されていた、『尾張国養老元年之図』です。この図の信憑性は、近年起きた伊勢湾台風の大災害などの浸水区域との比較などで、部分的に検証されています。検証できない、もっと昔の地形もあるようです。『尾張名所図絵』の巻頭にある絵図です。『尾張名所図絵』が著わされた江戸時代末期では、現在に近い地形になっていたはずですから、この絵図を巻頭に置いた著者の見識に頭が下がります。岡田啓(おかだ・けい)、野口道直(のぐち・みちなお)/撰、小田切春江(おだぎり・しゅんこう)/画です。現在は、ネットでディジタル図を見ることができます。
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2016秋、名古屋の古城巡り(その2)
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