2016/11/18 - 2016/11/30
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旅人のくまさんさん
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平針(第二)古城が比定される場所、城下公園・原中学校とその中間地域の紹介です。平針姫街道とも呼ばれる、街道の一部も紹介しました。かつて、家康が自ら調べたと伝わる、岡崎と名古屋城を結ぶ最短の街道の一部です。(ウィキペディア、あいちのお城めぐり)
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原中学校の北面の光景です。この場所から、北側にある『城下公園』までが、『平針(第二)古城』の伝承地とされる区域です。『平針(第一)古城』よりも古い時代にあったとされる古城ですが、詳しいことは分かっていません。
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同じく、原中学校の北面の光景です。平成2年(1990年)4月、名古屋市立平針中学校から分離独立した、名古屋市立中学校です。
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原中学校の横に遭ったバス停の紹介です。旧地名が使われた、『平針新屋敷』の名前のバス停です。『新屋敷』が、城址に結び付くとの解釈や、『新屋敷』を城主の名前とする説があります。
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イチオシ
原中学校の北東角から、南側方面にかけての光景です。『平針第一古城』を『平針城A跡』、『平針第二古城』を『平針城B跡』と呼んだり、纏めて『平針城』や『平針古城』と呼ぶ人達もいます。何しろ遺跡がなく、古文書だけが頼りの古城址探しですから、種々の説が出てきます。
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同じく、原中学校の東面と、南側方面の光景です。南方向に向かって緩い上り坂になっていました。この通りに面した東側(左側)には、東海学園大学と、東海学園高校があります。
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原中学校の北側を確認した後、もう一度『城下公園』まで戻りました。往きに通った道とは違う道を通って、戻りにも『平針(第二)古城』の伝承地を確認しました。
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名古屋の中心部の送電線はすべて地中化されていますが、周辺部には架空の送電線と鉄塔の姿があります。この新築の建物は、その線下に建っていたようです。
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同じく、架空の送電線路と鉄塔の光景です。線下に低い建物はあっても、ビルの姿は見えません。この辺りが市街化される前に建設された送電線のようです。鉄塔の基礎の周りは、立入り禁止のフェンスがありました。
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『城下公園』と原中学校の間にある3本の東西の通りを、ジグザグに歩きながら『城下公園』に向かいました。その途中の街路光景です。南北の直線距離では、200メール程の区間です。
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『城下公園』と原中学校の間にある3本の東西の通りを、ジグザグに歩きながら『城下公園』に向かった、その途中の街路光景が続きます。予想はしていましたが、道路区画整理が済んだ区域ですから、遺跡らしいものは全く見当たりませんでした。その確認のための踏査です。
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ジグザグに歩いた、『城下公園』と原中学校の間にある3本の東西の通りの光景です。『原』の地名が表わす通りの平たんな街路でした。高度成長期の前までは、田圃と畑だった場所かもしれません。
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南北の直線距離が200メートルほどの区間でしたから、ジグザグに歩いても、あまり時間がかからずに目的地の近くにやって来ました。東方向になる、中央付近に見えるのが『城下公園』です。
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『城下公園』に戻って来ました。その西南角付近の光景です。時計回りに公園を半周して、東方向に向かうことにしました。東方向には、姫街道とも呼ばれる、平針街道の旧道があります。
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閑話休題、息抜きに『城下公園』の紅葉と、黄葉の紹介です。ついでに皇帝ダリアも紹介します。11月も今日が最後の日となりましたので、公孫樹の樹の黄葉が見頃でした。
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こちらの樹は、黄葉に少しばかり褐葉が混じったような色付き具合でした。大きな葉を持ったプラタナスの樹です。プラタナスは、スズカケノキ科スズカケノキ属に属する植物の総称とされます。
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この木は褐葉というより、紅葉に近い色付きをしていました。二本並んだケヤキ(欅)の樹です。ニレ科ケヤキ属の落葉高木で、個体によって紅葉や、黄葉にもなるようです。
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『コウテイダリア(皇帝ダリア)』の花の咲き始めです。木立ダリアとも呼ばれます。メキシコ原産のダリア界の王様です。まだピンクの花か目にしたことがありませんが、赤、白、ピンクなど花の色があるようです。
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『城下公園』の東北角付近から眺めた南方向の光景です。やはり、周りと比べて地盤が高いのが気になる公園です。
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『城下公園』の東北角付近から眺めた西方向の光景です。土地く買う整理が寸が地域ですから、昔の面影は、全くと言ってよいほど残されていません。
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『平針(第二)古城』の東北付近の光景です。これで、『平針(第二)古城』の伝承地と言われる場所の紹介はおしまいです。伝承地の場所は、家康が名古屋城と岡崎を結ぶ最短コースの街道として整備した平針街道(姫街道)の以前の街道を抑える要所にあったことが偲ばれました。鎌倉街道とも違うルートのようです。
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昔の街道の呼び名は、現在の国道や県道と違って、始点と終点を決めていなかったようです。目的地を指す呼び名が一般的だったようです。例えば名古屋からは伊那街道、拳母街道、岡崎街道等と呼ばれたようです。名古屋に向かう場合は、宮(熱田)街道などの呼び名です。また、複数のルートもあり、古道の部分的な確認はできても、現在の地図上では結ぶことが出来ないルートもあるようです。
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『平針(第二)古城』の伝承地の『城下公園』から東に歩いて、広い通りにでました。通称、環状2号線、『名古屋第二環状自動車道』です。高架部分が自動車専用道、その下部が一般道路です。
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この後、平針街道の旧道部分を少し紹介しておきます。家康の命により、清州から名古屋にお城と町が引っ越した『清州越し』の頃、岡崎と名古屋城を結ぶ近道の街道として、家康自らが踏査したとの記録が残ります。当時の一番の目的は、名古屋城と同様、西への備えでした。軍事目的を隠すためか、『姫街道』とも呼ばれました。それ以前から存在したと考えられる、『平針(第二)古城』との関わりは不明ですが、平針街道が整備される前にも足助や挙母に通じる旧道があったようです。
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現在の名古屋市内の歴史的な旧道には、鎌倉街道をはじめ、東海道もあります。お参り名所の熱田神宮や尾張四観音への道、星崎で作られた塩を飯田に運ぶ『塩の道』、地方の町とを繋ぐ街道や、街道と街道をバイパスする道など数多くの古道が知られています。
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イチオシ
振り返って眺めた、平針街道の西側方面の光景です。左側の道を歩いて来ましたが、右手に見えているのが平針街道の旧道です。更に県道56号線ができましたので、左の道が平針街道の旧道、右側が『旧旧道』と呼ばれることもあるようです。
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平針街道沿いの古民家の光景が続きます。平針街道(岡崎街道)を拓くに当たって、家康自らが、1612年春に踏査した記録が残っています。江戸幕府と豊臣家(羽柴家)との間で行われた大阪城を巡る戦いは、この後の慶長19年(1614年)の大坂冬の陣と、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣があります。この平針街道が名古屋城へ多くの兵士と物資を運びました。
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『平針(第一)古城』の伝承地の一つ、『郷之島公園』の名前に残る、『郷之島』は、平針街道の建設に大きな関わりを持ちました。家康が堤(豊田市)を通り、境川を渡り、平針の平子山まで来ました。ここには足助や挙母へ行く道が近くを通っていたようです。そこで家康は当時その少し北にあった平針村の長を呼び、村全体をその位置に移動させ、伝馬役を命じました。村があった場所が『郷之島』と伝わります。
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平針街道から分岐した小路の光景です。以前ですと、リヤカーが通るのが精いっぱい、今は人と自転車の通り道のようです。この様な小路を、このエリアでは各所で目にすることができます。
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イチオシ
平針街道の古民家光景です。このお宅よりも、もっと蔦が這った古民家もありました。平針街道の旧道は、30日にもう一度歩いた時の写真で紹介します。
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左手(北側)に名古屋記念病院が見える場所までやって来ました。記念病院の前は新道の平針街道、県道56号線が通っています。現在は『飯田街道』とも呼ばれますが、この名前が現れたのは、明治期以降とされます。現在は、飯田街道も、メインは国道153号線に代わり、名古屋から飯田までの車での近道には中央高速道路も開通しました。
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2016秋、名古屋の古城巡り(その2)
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