2016/10/15 - 2016/10/15
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桶狭間の戦いの旧跡の一つ、戦いの前日、今川義元が軍議を開いたとされる沓掛城址の紹介です。愛知県指定の史跡です。
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『沓掛城址』の西側に隣接する『慈光寺』の敷地の東南角の石垣光景です。かつては、『慈光寺』の敷地も沓掛城の縄張りに入っていたと考えた方が自然な地形でした。後ほど紹介しますが、『慈光寺』の石碑には、『沓掛城址』の表示がありました。
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『沓掛城址公園』南端近くから眺めた北側の光景です。現在の舗装道路の先に大手門跡があり、更にその先に『本丸址』があります。
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イチオシ
大手門址と想定されている場所の少し南から眺めた北側方面の光景です。写真の中央付近が、大手門址と想定されている場所です。
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最初に紹介した沓掛城の縄張り図には、空堀と表示してあった場所の一部のようです。南側から本丸に向かう通路の脇の堀址です。
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大手門址と想定されている場所の西側の光景です。『本丸址』を囲む堀址のようです。前方の石垣沿いにも堀跡があります。
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『本丸址』の南端から眺めた北側方面の光景です。『本丸址』の周りにはソメイヨシノが植樹されていましたから、春には地元の花見名所になっているようです。
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イチオシ
かつての大手門辺りに設置されていた沓掛城址の案内標識と石碑の光景です。前方が北側になり、低い土留めの杭の先が『本丸址』と想定されています。
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『沓掛城址』のタイトルがあった、豊明市教育委員会名の説明立札です。14世紀と想定されている戦国時代から、廃城になった1600年の関ヶ原の戦いまでの沓掛城の歴史が略述されていました。
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『沓掛城址』の文字が刻まれた石碑の光景です。沓掛の地は、北方の長久手・岩崎方面からの街道と、鎌倉往還とが交差する場所にあります。古(いにしえ)の往来の要所といってよい立地です。沓掛城は東西288メートル、南北234メートルとする説もあり、当時としては比較的規模の大きな城だったようです。長方形として単純計算しますと、6万7千平方メートルとなりますから、現在の公園の6倍以上の広さです。
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『本丸址』から眺めた西北方面の光景です。堀址を挟んで、隣接する『慈光寺』の石垣と石塀が続きます。『慈光寺』の方が城跡のように勘違いしそうです。
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『本丸址』から眺めた西南方面の光景です。堀址を挟んで、隣接する『慈光寺』の石垣と石塀が続きます。かつての縄張り内の堀になるようですから、ほかの部分に比べますと少し浅いようです。
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『本丸址』の低くなった部分から眺めた西方向の光景だったようです。『本丸址』周辺に造られた現在の通路の位置と比べますと、かなりのレベル差がありました。本丸を防御する土塁趾かも知れません。
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『本丸址』の光景です。桶狭間の戦いに関するイベントでは、火縄銃の披露などが行われる広場のようです。
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同じく、『本丸址』の光景です。東側方面の光景だったようです。来年の花見の時期までには、下草も刈り取られそうです。
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イチオシ
『本丸址』の中央に残されている『井戸址』の光景です。お城にとっては、殊に戦の時には命の水です。
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『井戸址』の部分を除いて、草野原になっていた『本丸址』の光景です。『井戸址』の一部が右下に見えています。
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『井戸跡』がある本丸址から同じ本丸エリアですが、一段高くなった通路に登る石段の光景です。2メートルほどの段差がありそうです。土塁に後から設けられた石段のようでした。
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『本丸址』の北端部分の光景です。東側方面の光景になります。『沓掛城』は石垣を使っていない古いお城ですが、現在残された土塁などの遺構の保存状態は素晴らしいものがあります。
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沓掛城址の『本丸跡』の光景です。これで『沓掛城址公園』の紹介はおしまいです。城址の各部の名前で最後まで分からなかったのが、『諏訪曲輪』の呼び名の起源でした。全くの直感ですが、『沓掛城址公園』の西に、『沓掛諏訪神社』があることがヒントになりそうでした。この神社の由緒に、『応永32年(1425年)12月26日沓掛城主藤原義行公は城内戌亥の方位(空山)に鎮守の神として信州は諏訪大社より御分霊を仰ぎ勧請奉祀する』との記述があるようです。『諏訪曲輪』が、その戌亥の方位の(空山)に当たるような気がします。
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同じく、最後にもう一度紹介する、沓掛城址の『本丸跡』の光景です。『戌亥』の方角は北北東ですから、現在比定されている『本丸址』の中心部から見れば、『諏訪曲輪』は、『戌亥』の方角とみてもおかしくない位置です。諏訪大社から分祀した神社があったことから、『諏訪曲輪』と呼ばれるようになったのではないでしょうか。初代城主を『近藤宗光』または、『藤原義行』とするのも、この辺りの事情が絡んでいるようです。
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内堀址らしい堀に架かった橋の光景です。この橋を渡りますと、『桜井屋敷址』の駐車場になります。『沓掛諏訪神社』は、『二村山の東の麓、古くは鎌倉街道は両村の宿駅「本郷群、宿群」として栄えた沓掛の地に鎮座せし古社』と紹介されています。諏訪沓掛神社の由緒に記された、応永32年(1425年)12月26が神社の創建となるようです。宝永2年(1705年)には現在の森元に移転遷座された時、産土神と合祀され、『沓掛諏訪神社』となったことも社伝に記されているようです。
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ネットで検索した歴代城主の紹介です。『1325年近藤宗光が初代城主となる。その後、重高-長安-景吉-義行-景重-景政-伊景と続き、9代景春の時、鳴海城主山口左馬助義継に攻められ、今川方の城となる』と紹介されていました。5代目の義行公は、年代的には、藤原義行城主と同一人物かも知れません。
秋本番のこの時期、『沓掛城』の周りで咲いていた草花などの紹介です。この『ヒャクニチソウは(百日草)』は、沓掛城址公園の南端で咲いていました。 -
同じく、沓掛城址公園の南端で咲いていた『ヒャクニチソウは(百日草)』の光景です。『ウラシマソウ(浦島草)』の別名を持つ、キク科の植物です。
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ピンクの花を咲かせた『ニチニチソウ(日日草)』です。この日、各所で花を見かけました。キョウチクトウ科ニチニチソウ属の一年草です。
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同じく、白い花を咲かせた『ニチニチソウ(日日草)』です。中心部の赤色がチャーミング・ポイントです。初夏から晩秋まで次々に花が咲きます。
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アベリアの白く小さな花の光景です。芳香を持ちます。アベリアは、スイカズラ科ツクバネウツギ属の植物の総称です。低く仕立てる街路樹にもよく使われます。
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アベリアの近くで撮影したクモ(蜘蛛)です。コガネグモによく似た、『ジョロウグモ(女郎蜘蛛)』のようです。
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沓掛城址公園の南端近くでで咲いていた『ケイトウ(鶏頭)』の花です。ノゲイトウ系の『ホルン』と呼ばれる品種のようです。
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沓掛城址公園の南端で咲いていた赤い花ですが、初めて目にした花かも知れません。ネット検索してみましたが、まだ名前は分かりません。
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同じく、沓掛城址公園の南端で咲いていた、名前が分からない赤い花です。赤いお結びのような形をした花でした。
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