2016/04/30 - 2022/05/04
115位(同エリア1477件中)
+mo2さん
大塚国際美術館へ行って来ました。ここは大塚製薬グループの創業75周年事業として1998年(平成10年)に開設された日本最大級の美術館で、そこに世界25ヶ国、190余の美術館が所蔵する現代絵画まで至宝の西洋名画1,000余点を展示と超弩級の美術館です。
ただし名画は本物ではなく大塚オーミ陶業株式会社の特殊技術によってオリジナル作品と同じ大きさに複製したものです。
ルネサンス期の絵画、ピーテル・ブリューゲル(父)やダ・ヴィンチ他の作品です。それにしても国内で「最後の晩餐」や「モナリザ」を見れるとは素晴らしい。
【追加】
2022年5月、妹と甥っ子(ともちゃん・小1)を連れて再訪しました。新たに写真40枚追加・20枚入れ替えしたので、タイトル以外、ほぼ新しい旅行記となってしまいました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
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B2Fルネサンスは受胎告知の絵画からスタートします。
ピエロ・デッラ・フランチェスカ 「受胎告知」 サン・フランチェスコ聖堂、アレッツォ(イタリア)
ピエロ・デラ・フランチェスカは、イタリアルネサンス期の画家。ボッティチェッリなどより一世代前の、イタリア初期ルネサンスを代表する画家です。 -
ジョヴァンニ・ベッリーニ「受胎告知」 アカデミア美術館、ヴェネツィア(イタリア)1500年頃
ヴェネツィアのサンタ・マリア・デイ・ミラーコリ教会のオルガンの外扉の装飾として描かれたもの。主題は『新約聖書』「ルカによる福音書」1章で言及されている受胎告知であり、ベッリーニは向かって左側の扉に大天使ガブリエルを、右側の扉に聖母マリアを描いており、受胎告知の場面は扉を閉じたときに完全な姿となります。またオルガンの内扉には『聖ペテロ』と現存しない『聖パウロ』が、パラペットの上にはキアロスクーロで描かれた数枚の歴史画がありました。現在はヴェネツィアのアカデミア美術館に所蔵されています。 -
カルロ・クリヴェッリ「受胎告知」ナショナル・ギャラリー、ロンドン 1486年
ヴェネツィア派において特異な存在であった画家カルロ・クリヴェッリの代表作。当時最新の絵画理論であった遠近法を大胆に起用しています。 -
フラ・アンジェリコ「受胎告知」サン・マルコ美術館、フィレンツェ 1437-46年頃
フラ・アンジェリコは初期ルネサンス期のイタリア人画家。同題材でいくつかの作品が残されていますがこれはサン・マルコ美術館にあるものです。 -
フラ・アンジェリコ「受胎告知」プラド美術館、マドリード(スペイン)1420年
絵の下には、5枚の小さな絵があって、この5枚で、マリアの生涯を描いています -
サンドロ・ボッティチェッリ「受胎告知」 ウフィツィ美術館、フィレンツェ(イタリア)1849年
サンドロ・ボッティチェリが1489年に制作したテンペラによる板絵。銀行家である後援者のベネデット・ディ・セル・フランチェスコ・グアルディが、現在サンタ・マリア・マッダレーナ・ディ・パッツィとして知られているフィレンツェのチェステッロ修道院の教会を飾るためにボッティチェッリに委嘱したものです。 -
ロヒール・ファン・デル・ウェイデン「受胎告知」ルーヴル美術館、パリ 1435年頃
ロヒール・ファン・デル・ウェイデンは、初期フランドル派の画家。 -
アントネッロ・ダ・メッシーナ「受胎告知のマリア」シチリア州立美術館、パレルモ 1476年
肖像画のように見えるこの作品は、聖母マリアが受胎告知の大天使ガブリエルによって読書を中断されたところを表しています。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチ「受胎告知」ウフィツィ美術館、フィレンツェ 1475年 - 1485年
ダ・ヴィンチの完成している絵画としては、最初期の作品と見なされている。『ルカによる福音書』1.26 - 39 に記されている、大天使ガブリエルがキリスト受胎を告げるために聖母マリアのもとを訪れた場面です。日本には、2007年「レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像」(東京国立博物館)で来ています。 -
「受胎告知」大天使ガブリエルの部分
ガブリエルが手にしている百合の花は、マリアの処女性とフィレンツェの象徴。 -
「受胎告知」聖母マリアの部分
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アンドレーア・デル・サルト「受胎告知」ピッティ美術館、フィレンツェ 1512年頃
もともとはサン・ガッロ聖堂祭壇画として制作されたものです。 -
フェデリーゴ・バロッチ「受胎告知」 ヴァティカン美術館(ヴァティカン)
マニエリスム様式からバロック様式への転換期において最も重要な画家のひとりフェデリコ・バロッチの傑作『受胎告知』。 -
ティントレット「受胎告知」スクオーラ・グランデ・ディ・サン・ロッコ、ヴェネツィア 1583-87年
ティントレットの晩年を代表する作品で、ヴェネツィアのサン・ロッコ大同信会館のために制作された8点の連作《聖母の生涯》の1つ。 -
ティントレット「受胎告知」(一部)
聖母マリアは突然の御使いの出現に驚愕しています。聖霊は聖母の頭上にあり、おそらく戸口のまぐさの上の開口部から侵入したであろう聖霊を追いかけるように、その後方に多数の小さな天使たちが渦を巻くように連なって飛んでいます。 -
ロレンツォ・ロット「受胎告知」 レカナーティ市立絵画館、レカナーティ(イタリア)1527年頃
異質な構図と不安定的要素が際立つ、ロレンツォ・ロットの代表的な宗教画作品のひとつ -
シモーネ・マルティーニ「受胎告知と二聖人」ウフィツィ美術館、フィレンツェ(イタリア)1516-18年
もとはシエナ大聖堂内サンタンサーノ礼拝堂のために描かれた祭壇画。 -
ピーテル・ブリューゲル(父)「子供の遊戯」ウィーン美術史美術館、ウィーン 1560年
ブリューゲルの展示室。現存する(油絵)作品が40数点のピーテル・ブリューゲル(父)。その作品が1点でも来日すればニュースとなりますが、大塚国際美術館では、ウィーン美術史美術館所蔵の作品を中心に6点展示されていました。
この作品の描かれている子供は、幼児から若者まで幅があり、80種類の遊戯が細かく描き込まれています。 -
ピーテル・ブリューゲル(父)「バベルの塔」ウィーン美術史美術館、ウィーン 1563年
バベルの塔は旧約聖書に出る伝説の塔。天まで届く壮大な塔を作ろうとした人間に神が怒り災厄が降り注ぐという物語。塔の周りには働く人々が描かれており、その人と塔の対比で非常に大きく見え、見るものに圧倒的な迫力を与えます。 -
「バベルの塔」(部分拡大)
ブリューゲルの油絵のうち12点が、ウィーンの美術史美術館に収蔵されており、2019年に見に行きましたが、またゆっくりと訪れたいですね。 -
「バベルの塔」(部分拡大)
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ピーテル・ブリューゲル(父)「ネーデルラントのことわざ」 ベルリン国立美術館、ベルリン(ドイツ)1559年
初期の3大作品の1つ。この作品には、100以上ものネーデルラントのことわざが絵画として描かれています。 -
ピーテル・ブリューゲル(父)「雪中の狩人」ウィーン美術史美術館、ウィーン 1565年
雪の山間集落や岩山を背景に、猟銃を背負った狩人が猟犬を引き連れて歩く情景を描いた作品。左下に近景の狩人を配置し、中心にスケートに興じる村民、右上に遠景の山岳を配し、遠近法を巧みに用いています。 -
ピーテル・ブリューゲル(父)「死の勝利」プラド美術館、マドリード、スペイン 1562年頃
14世紀中頃にヨーロッパ全土を席巻したペストの大流行は、人々の死生観に大きな影響を与えた。有効な治療法もなく、現世のいかなる地位・武力・富も意味を成さず、あらゆる階級の人々が為す術もなく死んでいく社会情勢の中で、「メメント・モリ」の警句が言い習わされるようになりました。本作の主題は「死」への抵抗で、荒野の中で「死」を集める骸の兵たちに人間が抵抗する場面。全ての人々は「死」から逃れることが出来ず殺されていく。物語的な描写であるが実に人間の本質を突いた題材です。なお、本作は、B2Fではなく、本館1Fのテーマ別展示の「生と死」に展示されています。 -
ピーテル・ブリューゲル(父)「農民の婚宴」 ウィーン美術史美術館、ウィーン(オーストリア)1568年
ブリューゲルが最晩年に描いた代表作であるとともに、フランドル絵画の特徴の1つである、農民を描いた風俗画の先駆けとされる作品。
本作は本館2Fのテーマ別展示の「食卓の情景」に展示されています。 -
この通路の両面には、巨大な絵画が並んでいます。
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ヴィットーレ・カルパッチョ「聖女ウルスラの船出」アカデミア美術館、ヴェネツィア 1490年
作品とは全然関係ないですが、イタリア料理のカルパッチョは彼の名前に由来します。 -
ジェンティーレ・ベッリーニ「サン・マルコ広場の聖十字架遺物の行列」 アカデミア美術館、ヴェネツィア(イタリア)
『サン・マルコ広場での聖十字架の行列』は、ルネッサンス期の画家、 ジェンティーレ・ベッリーニによって1496年頃に描かれた絵画。現在、ヴェネツィアのアカデミア美術館に所蔵されています。 -
「サン・マルコ広場の聖十字架遺物の行列」(部分)
作品の主題は、聖十字架の破片の起こした奇跡です。キリストが磔刑に処せられた際の十字架、いわゆる「聖十字架」の破片は、1369年にキプロス王国・エルサレム王国の首相フィリップ・ド・メジエールから同信会に寄贈されるや否や、すぐにヴェネツィア市民の崇拝の対象となりました。 -
アンブロージョ・ロレンツェッティ「善政の寓意」パラッツォ・プッブリコ、シエナ(イタリア)1338-39年
イタリアの画家アンブロージョ・ロレンツェッティが14世紀に描いた壁画。
イタリア中部の都市シエナの市庁舎にある「平和の間」と呼ばれる部屋の壁に描かれています。 -
パオロ・ウッチェッロ「サン・ロマーノの戦い」 ルーヴル美術館、パリ(フランス)1455年頃
432年にフィレンツェ共和国軍とシエナ共和国軍の間のサン・ロマーノの戦いで起こった出来事を描いた、ルネサンス期のフィレンツェの画家、パオロ・ウッチェロによる3連作の絵画。初期のイタリアのルネサンス絵画における遠近法の発展を明らかにするものとして重要であり、大がかりな世俗的依頼としては珍しいものです。絵画は、各々3メートル以上の長さの板上に卵テンペラで描かれています。現在、3点はロンドンのナショナル・ギャラリー、フィレンツェのウフィツィ美術館、パリのルーヴル美術館の3つの美術館に別々に所蔵されています。 -
ここ大塚国際美術館には、1部屋に修復前後のレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」があり、同時に見ることができます。
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レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」(修復前)サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院、ミラノ 1498年
「最後の晩餐」は、ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁画として描かれたもので、ほとんどの作品が未完とも言われるレオナルドの絵画の中で、数少ない完成した作品の一つですが、最も損傷が激しい絵画としても知られています。1977年から1999年5月28日にかけて大規模な修復作業が行われました。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」(修復前・部分拡大)
キリスト教の新約聖書のうちマタイによる福音書第26章やヨハネによる福音書第13章等に記されているイエス・キリストと12使徒による最後の晩餐を題材としたもので、「12使徒の中の一人が私を裏切る」とキリストが予言した時の情景が描かれていますが、レオナルドは遠近法、明暗法、解剖学の科学を駆使し、それまでとはまったく違った新しい芸術を生み出しました。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」(修復後)
1999年、実物の「最後の晩餐」は20年に渡る修復を終えましたが、長年の劣化や戦争などにより、必ずしも状態が良くなく、完全に欠落した部分も存在しています。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」(修復後・部分拡大)
この時代までの最後の晩餐の絵画は、聖人には光背が描かれていました。また、12人の弟子(十二使徒)の中で裏切り者とされたユダは光背がなく、あるいは横長のテーブルに一人だけ手前側に座るなどの構図で明らかに区別されて描かれていましたが、レオナルドは12人の弟子を等しくテーブルの奥側に配置し、光背も描きませんでした。代わりに、キリストの背後に明るい外部の景色と(建築上は不要な)リュネットを描き、ユダの手には銀貨を入れた袋を持たせ、顔に陰をいれることで区別が図られています。 -
またこの部屋には、同じ構図の2枚の「岩窟の聖母」が並んで展示されています。
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レオナルド・ダ・ヴィンチ「岩窟の聖母」ルーヴル美術館、パリ(フランス) 1483年 - 86年
「岩窟の聖母」は同じタイトルの作品が2点存在していますが、一部の重要な点を除いて構図は同じです。 一般的に評価の高い最初のバージョンの方は、パリのルーブル美術館に所蔵されています。 -
アンブロージョ・ディ・プレディスとレオナルド・ダ・ヴィンチ
「岩窟の聖母」ナショナル・ギャラリー、ロンドン 1495年 - 1508年
「岩窟の聖母」は、1483年にミラノのサン・フランチェスコ・グランデ教会の礼拝堂の多翼祭壇画の中央部を飾るため、ミラノの無原罪懐胎同信会によってレオナルドとデ・プレディス兄弟に注文されました。しかし、何らかの理由でレオナルドがプライベートでこの絵を売却して、のちにロンドン版を描きなおして教会に納品したと考えられています。ロンドン・ナショナル・ギャラリー版はかつてこの礼拝堂にあったものです。 -
ヴェロッキオとレオナルド・ダ・ヴィンチ「キリストの洗礼」ウフィツィ美術館、フィレンツェ 1472年 - 1475年
14歳の時にレオナルドはフィレンツェでもっとも優れた工房のひとつを主宰していた芸術家ヴェロッキオに弟子入りしており、その合作。レオナルドが受け持った箇所は、キリストのローブを捧げ持つ幼い天使であるといわれています。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチ「東方三博士の礼拝」 ウフィツィ美術館、フィレンツェ(イタリア)1481年
フィレンツェのスコペートにあるサン・ドナト・ア・スコペト修道院のアウグスティニア修道士から依頼を受けたものですが、翌年にミラノに旅立つことになったため未完成の状態で終わった作品。前景には聖母マリアと幼子と跪いて礼拝したマギが三角の構図で描かれています。彼らの背後には半円的な形で同行している人々が描かれ、その中には若いレオナルドの自画像と思われる人物(右端の羊飼いの若者)も含まれています。後継に広がるのは殺戮の情景。自身の存在を脅かす救世主の誕生を恐れたユダヤ王ヘロデが、幼児を探し出しては殺していった、という場面を描いています。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」 ナショナル・ギャラリー、ロンドン(イギリス)
色つきの紙に黒チョークで描かれた『聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ』には、陰影表現に『モナ・リザ』に見られるスフマート技法が用いられている。この『聖アンナと聖母子と幼児聖ヨハネ』を直接の習作として描かれた絵画作品は存在しないともいわれていますが、ルーヴル美術館が所蔵する『聖アンナと聖母子』は構成がよく似ています。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチ「聖アンナと聖母子」ルーヴル美術館、パリ 1510年頃
聖母マリアと幼児キリスト、そしてマリアの母聖アンナが油彩で描かれています。レオナルドの両親が正式な結婚をしなかったため、婚外子となったレオナルドは授乳期後に実母と離されています。このためか、レオナルドが描く女性像には、ルネサス美術としては例外的に官能性よりも母性が目立ちます。ここでは幼児イエスを抱き抱えようとする母マリアをマリアの母アンナがあたたかく見守っています。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチ「モナ・リザ」ルーヴル美術館、パリ 1503年 - 1505年/1507年
さすが「モナリザ」の前には行列ができていましたが、本場のルーヴル美術館に比べれば全く問題なし。こんなに近づくこともできます。 -
「ラ・ジョコンダ(モナリザ)」(部分拡大)
世界で最も有名で価値のある絵画作品。日本には1974年に貸し出されて151万人を動員し、以来、単館企画展の入場者数世界記録となっています。
モデルは、多くの批評家たちによりフィレンツェの商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻であるリザ・デル・ジョコンドの肖像とみなされていますが(「モナ・リザ」とは「マダム・リザ」という意味)、レオナルドは生涯、この作品を手元において手を入れ続けておりますので、特定の誰かではなく、自らの理想を形にした普遍的な女性像ともいえます。大塚国際美術館 美術館・博物館
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レオナルド・ダ・ヴィンチ「洗礼者聖ヨハネ」ルーヴル美術館、パリ 1514年頃
ヨハネのモデルは弟子のサライだといわれています。 -
レオナルド・ダ・ヴィンチ「白貂を抱く貴婦人」クラクフ国立美術館(ポーランド)1489-1490年頃
私的には「モナ・リザ」よりも見たかった作品。
レオナルドのミラノ宮廷時代の君主であるルドヴィコ・スフォルツァ(イル・モーロ)の愛人だったチェチリア・ガッレラーニを描いたもの。のちにマントヴァの女君主イザベッラ・デステが、本作を借りたいとチェチリアに依頼した手紙とと礼状が残っています。
チェチリアが抱いている白貂のギリシア語「ガレー」がガッレラーニと語呂合せになっているそうです。 -
ソドマ派「レダと白鳥(レオナルド・ダ・ヴィンチの原作の模写)」 ボルゲーゼ美術館、ローマ
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ハンス・メムリンク「聖母子と寄進者」 メムリンク美術館、ブリュージュ(ベルギー)
15世紀後半の初期ネーデルランド絵画期にブリュッヘ(現ブリュッセル)地方で活躍した画家。初期ネーデルランド絵画伝統である細密な線描を用いた写実性の高い描写に、温和な甘美性や独特の華奢な人物構造を携える表現でブリュッヘを代表する画家となりました。 -
ルーカス・クラナッハ「回春の泉」 ベルリン国立美術館(ドイツ)1546年
クラナッハはドイツ・ルネサンスを代表する画家。
左に若返りを願う老婆たち。中央の泉に入るとなんと若返っています!! -
「回春の泉」(部分拡大)
なんとも楽しそうな絵・・・ -
ロヒール・ファン・デル・ウェイデン「聖母子を描く聖ルカ」 ボストン美術館、ボストン(アメリカ)1435-40年
初期フランドル派の画家ロヒール・ファン・デル・ウェイデンが描いた絵画。芸術家の守護聖人ルカが幼児キリストを抱く聖母マリアを描いている場面が描かれており、ブリュッセルの芸術家ギルド聖ルカ組合のために1435年から1440年にかけて制作した作品。 -
(左上)ペトルス・クリストゥス「若い婦人の肖像」 ベルリン国立美術館(ドイツ)
(左下)ヒエロニムス・ボス「手品師 」サン=ジェルマン=アン=レイ市立美術館、サン=ジェルマン=アン=レイ(フランス)
(中上)ロヒール・ファン・デル・ウェイデン「婦人の肖像」 ナショナル・ギャラリー、ワシントン(アメリカ)1460年頃
(右上)ルーカス・ファン・レイデン 「カード遊びをする人たち」 ウィルトン・ハウス、ペンブローク伯爵コレクション、ソールズベリー(イギリス)
(右下)クェンティン・マセイス「両替商とその妻」 ルーヴル美術館(フランス) -
ハウスブーフの画家 「二人の肖像」 ゴータ城美術館、ゴータ(ドイツ)
一組の愛し合う男女が描かれた作品は、女性はうつむきかげんで青年の肩から垂れる房をいじり、彼ももう一つの房に触れています。
この房は夫婦となる男女を結ぶ、いわゆる「赤い糸」と解釈されています。 -
(左上)シュテルツィング祭壇画の画家 「若い恋人たち」 クリーヴランド美術館、クリーヴランド(アメリカ)
(左下)ルーカス・クラナッハ「エジプト逃避途上の休息」 ベルリン国立美術館(ドイツ)
(右)アルブレヒト・アルトドルファー「アレクサンドロス大王の戦い」 アルテ・ピナコテーク、ミュンヘン(ドイツ)1529年 -
(上)ジャン・フーケ「聖母子」 アントウェルペン王立美術館、アントウェルペン(ベルギー)
(下)フランソワ・クルーエ「浴槽のディアーヌ・ド・ポワティエ」 ナショナル・ギャラリー、ワシントン(アメリカ) -
アルブレヒト・デューラー「アダムとエヴァ」 プラド美術館、マドリード(スペイン)
アダムの左手とイヴの右手が二枚の板を連繋させており、2枚で一つの作品ということを物語っています。アルプス北部においては最初期の等身大の裸体画である。知恵の樹の実はまだ食されておらず、アダムとイヴは罪を知らないような表情をしています。一方、黒一色の背景が人物の体を明瞭に浮かび上がらせると共に、エデンの園の生活の永続性が崩れ時間が動き出しつつあることを予感させており、全人類の始祖としてのアダムとイヴの歴史と物語を感じさせる作りとなっています。 -
ヒエロニムス・ボス「快楽の園」 プラド美術館、マドリード(スペイン)
地味な絵だなと思い、すぐに目の前のヘントの祭壇画に目がいきました・・・ -
フーベルトおよびヤン・ファン・エイク「ヘントの祭壇画 」シント・バーフ大聖堂、ヘント(ベルギー)1432年
聖バーフ大聖堂が所蔵する『ヘントの祭壇画』は、フーベルト・ファン・エイクとヤン・ファン・エイクのファン・エイク兄弟により制作された、北方ヨーロッパ絵画の最高傑作のひとつであり、人類の至宝と見なされています。当代隋何時の画家として世に知られたヤン・ファン・エイクとより優れた画家と言い伝えのあるフーベルト・ファン・エイクが残した唯一の作品です。兄フーベルトが構想を練り下絵を指図し、弟ヤンが20年の歳月を経て完成させました。 -
素晴らしい「ヘントの祭壇画 」に感動し振り返ると・・・絵が変わっている!!
ヒエロニムス・ボス「快楽の園」 プラド美術館、マドリード(スペイン)1503年-04年 -
ヒエロニムス・ボス「快楽の園」 (部分拡大)
幻想的で怪異な作風が特徴のルネサンス期の画家、ヒエロニムス・ボスの代表作「快楽の園」は聖書に基づく寓話をモチーフにした三連祭壇画ですが、シュールなキャラクターなどもおり、見ていて飽きません。 -
しばらく見ていると扉が閉まっていきます。電動(?)で扉が開閉するシステムになっていたのですね。
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マティアス・グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画 」(第1面)ウンターリンデン美術館、コルマール(フランス)
イーゼンハイムの祭壇画は、ドイツの画家マティアス・グリューネヴァルトによる作品。彼の作品の中では最大の大きさで、最高傑作とみなされている。イーゼンハイムにある聖アントニウス会修道院付属の施療院のために描かれました。
祭壇は扉の表裏に絵が描かれ、扉の奥には聖アントニウスの木像が安置されている。扉を閉じた状態の時は、中央と左右のパネル、それにプレデッラの4つの画面が見えます。中央パネルは凄惨な描写で知られるキリスト磔刑像です。聖アントニウス会修道院付属施療院では、平日にはこの画面が公開されていたので、これを「平日面」または「第1面」といいます。 -
マティアス・グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画 」(第2面)
観音開きの扉になっている中央パネルを左右に開くと「キリスト降誕」を中心にした別の絵画が現れます。この場面は修道院で日曜日にのみ公開されたもので、「日曜面」または「第2面」といいます。 -
マティアス・グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画 」(第3面)
聖アントニウスの祭日のみに公開された第3面 -
マティアス・グリューネヴァルト「イーゼンハイムの祭壇画 」(裏面)
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アントネッロ・ダ・メッシーナ「キリストの磔刑」 ナショナル・ギャラリー、ロンドン(イギリス)
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大塚国際美術館⑥ B2F ルネサンス1(ピーテル・ブリューゲル、ダ・ヴィンチ他)
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大塚国際美術館⑩ B2F バロック(ゴヤ他)
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大塚国際美術館⑮ B1F 近代(ルソー、モロー他)
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大塚国際美術館⑤ B3F ルネサンス(フェルメール、エル・グレコ)
2016/04/30~
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大塚国際美術館④ B3F 中世
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鳴門
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大塚国際美術館⑰ 1~2F 現代(ピカソ、ブラック、ウォーホル他)
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大塚国際美術館⑨ B2F バロック(ホセ・デ・リベーラ、バルトロメ・エステバン・ムリーリョ他)
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大塚国際美術館⑯ B1F 近代(クリムト、ムンク他)
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