2015/10/07 - 2015/10/07
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旅人のくまさんさん
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熱田神宮に由来する名前の、『宮の渡し』の紹介です桑名の宿までの距離から、『七里の渡し』とも呼ばれました。歌川広重の浮世絵などにも描かれました。
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地下鉄伝馬町駅で下車し、歩いて『宮の渡し』に向かいました。『七里の渡し』とも呼ばれています。その途中の、『旧東海道』の街道光景です。伝馬町駅は、熱田神宮の最寄り駅です。
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同じく、『旧東海道』の街道光景です。『七里の渡し』は東海道における唯一の海上路です。慶長6年(1601年)の東海道制定の際に定められました。『七里の渡し』の名称は、桑名宿までの移動距離が7里であったことに由来します。
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歩いて、『宮の渡し』向かう途中の光景です。南北に走る国道19号線は、横断歩道橋を渡りました。
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国道19号線を跨ぐ横断歩道橋の上からの光景です。北側方面になります。右奥に見えているのが熱田神宮の杜です。
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同じく、国道19号線を跨ぐ横断歩道橋の上からの光景です。『宮の渡し』がある、南側方面の光景になります。
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『あつた蓬莱軒』の本店です。名古屋名物の『ひつまぶし』で有名な鰻料理のお店です。かつては、熱田神宮の境内にお店がありました。現在の『あつた蓬莱軒・神宮店』は、神宮に南接する場所にあります。
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白壁に『蓬莱陳屋』の文字が記されていました。40台の駐車スペースを持つ老舗のお店です。熱田区の神戸町(ごうどちょう)に位置します。
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『あつた蓬莱軒』は、旧東海道の宿場町、宮宿の陣屋跡地に明治6年(1873年)に創業しました。『蓬莱』の名は、昔熱田の地が蓬莱あるいは蓬莱島と呼ばれていた事に因みます。
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『ひつまぶし』は、『あつた蓬莱軒』の登録商標です。昭和62年(1987年)11月20日登録・第1996631号です。最近は利用していませんが、以前には、何度か『ひつまぶし』を戴きました。
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40台が駐車できる駐車場の一部のようです。『ひつまぶし』の起源は、出前の帰りに空の丼を割ってしまうことがヒントだったようです。2代目店主の甚三郎が、女中頭お梅の知恵を借りて、割れない木の器と数人分の鰻飯を入れたお櫃で出前するスタイルに切り替えたことによります。鰻を細かく刻んで、御飯と混ぜるように改善し、均等な鰻ご飯が好評を博しました。
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『宮の渡し』が近くなってきたようです。前方に堀川が見えてきました。川べりには、ヨットを扱うお店もありました。白いヨットに、椰子の並木が良く似合っていました。
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『宮宿(みやしゅく・みやじゅく)』の時代を彷彿させる古民家の光景です。『宮の宿』あるいは『熱田宿』とも呼ばれ、東海道五十三次の41番目の宿場でした。江戸幕府や尾張藩の公文書では、『熱田宿』と記されていました。
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『熱田荘』のタイトルがあった、古民家の前にあった立札のズームアップ光景です。『宮の宿』を偲ばせる建物として、名古屋市の有形文化財に指定されていることが紹介されていました。江戸時代ではなく、明治29年(1896年)建造の料亭だった建物です。
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『宮の渡し』への入口光景です。鳥居風の風流な木の門と、白塀や瓦屋根の建物などが再建されていました。
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『宮の渡し』への入口光景付近からの光景です。ここにも『熱田荘』によく似た古民家がありました。
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同じ場所から、眺めた左手方面の光景です。先ほど紹介した、『熱田荘』の建物も見えていました。
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現在は『宮の渡し公園』として整備された『宮の渡し跡』の光景です。当時の宮宿は、東海道でも最大の宿場でした。天保14年(1843年)には本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠屋は248軒を擁し、家数2924軒、人口10,342人を数えたとされます。
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同じく、『宮の渡し跡』の光景です。『宮宿』は、古くからの熱田神宮の門前町であり、港町でした。尾張藩により名古屋城下、岐阜と並び町奉行の管轄地とされました。
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『宮の渡し』の跡地に再建された、『時の鐘』です。延宝4年(1676年)尾張藩主光友の命により、蔵福寺に『時の鐘』が設置されました。正確な時刻を知らせるこの鐘は、熱田の住民や東海道を旅する人々にとって重要な役割を果たしていました。
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同じく、『時の鐘』の光景です。昭和20年(1945年)の戦災で鐘楼は焼失しましたが、昭和58年(1983年)、市民の声に応えて『宮の渡し公園』内に復元されました。鐘自体は損傷を受けずに、今も熱田神宮の南にある蔵福寺に残っています。
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『松尾芭蕉と七里の渡し』のタイトルがあった説明看板です。松尾芭蕉(1644〜1694年)は、旅の初期に、熱田に度々訪れています。五・五・七等の歌などを開拓し、生涯に作風が十七度変化した、『蕉風発祥の地』と呼ばれのことになったいきさつなどが紹介されていました。
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芭蕉のほかに、シーボルトのことも紹介した立札がありました。こちらは、名古屋市教育委員会名の『宮の宿とシーボルト』のタイトルでした。ドイツ人医師・シーボルト(1796〜1866年)が、文政9年(1826年)2月、オランダ施設に随行して江戸に向かう途中と、その帰路に宮の渡しで名古屋の本草学者の水谷豊文、その弟子の伊藤圭介らに教えたことなどが紹介されていました。伊藤圭介は、後に東大教授などを務め、日本の理学博士第1号となりました。
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石垣の上に建てられた、『熱田湊常夜灯』です。桑名へ渡る七里の渡しの航海の安全を見守る役目として置かれた常夜灯です。火災に遭い、寛政3年(1791年)に再建され、その後荒廃していたものが昭和30年(1955年)に地元の有志により、ほぼ旧位置に再建されたものです。
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名古屋市教育委員会名で立てられた、『熱田湊常夜灯』のタイトルの立看板です。尾張藩の家老で、犬山城主だった成瀬家の関わりなどが紹介されていました。
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逆光になってしまいましたが、『熱田湊常夜灯』と『宮の渡し』の光景です。江戸時代の熱田は全国有数の歓楽街でした。神戸町(ごうどちょう)には高級料亭が建ち並び、船出を待つ貴人や名古屋城下豪商の遊興の場となっていたようです。
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同じく、『熱田湊常夜灯』の横から眺めた、『宮の渡し』と堀川の光景です。桑名までの航海は、約4時間だったとされますが、天候の悪化などにより海難事故がしばしば発生した、東海道の難所の一つだったようです。
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『熱田湊常夜灯』の石垣の中間辺りに嵌めこまれていた石碑です。読み難い文字でしたが、末尾に寛政3年(1791年)に再建された時の日付が刻まれていました。
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堀川の岸辺に生える葦の光景です。江戸時代、海上を避ける迂回路としては、脇往還の佐屋街道がありました。
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同じく、堀川の岸辺に生える葦の光景です。現代の桟橋の光景がありました。江戸時代中期以降は、四日市宿へ直接渡る航路の『十里の渡し』もよく利用されたようです。
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同じく、堀川の岸辺に生える葦と、現代の桟橋の光景です。東海道の難所であったためでしょうか、神戸(ごうど)の浜から桑名の浜までの渡しは、『間遠渡』とも呼ばれたようです。現在は、観光船で巡る『平成七里の渡し』が企画・開催されているようです。
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旅行記グループ 2015年、尾張の寺社巡り(その1)
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