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龍山寺の見学の後、中正記念堂に向かいました。台湾の初代総統の蒋介石(中正)を祀る巨大な廟です。1980年に竣工した中国の伝統的な宮殿陵墓式の建物です。

2014秋、台湾旅行記10(12/20):11月20日(4):台北、龍山寺、前殿、銅雕龍柱、噴水、中正記念堂へ

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2014/11/18 - 2014/11/21

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

龍山寺の見学の後、中正記念堂に向かいました。台湾の初代総統の蒋介石(中正)を祀る巨大な廟です。1980年に竣工した中国の伝統的な宮殿陵墓式の建物です。

  • 正式には●●龍山寺(もうこう・りゅうざんじ:マンカー・ロンシャンスー)と呼ばれる台北の古刹の紹介の続きです。枠は石材ですが、中の龍のレリーフは石材か、瓦のような材質の焼物か判断が付きませんでした。前足で拝むような絵柄です。

    正式には●●龍山寺(もうこう・りゅうざんじ:マンカー・ロンシャンスー)と呼ばれる台北の古刹の紹介の続きです。枠は石材ですが、中の龍のレリーフは石材か、瓦のような材質の焼物か判断が付きませんでした。前足で拝むような絵柄です。

  • 龍山寺の名物の1つ、精緻な彫刻を施した本殿の石柱のアップ光景です。花鳥図です。損傷防止のため、下部は頑丈な鉄柵で囲まれています。

    龍山寺の名物の1つ、精緻な彫刻を施した本殿の石柱のアップ光景です。花鳥図です。損傷防止のため、下部は頑丈な鉄柵で囲まれています。

  • 同じく、精緻な兆候が施された石柱のアップ光景です。こちらも本殿の柱です。ダイナミックな姿の龍の構図です。

    イチオシ

    同じく、精緻な兆候が施された石柱のアップ光景です。こちらも本殿の柱です。ダイナミックな姿の龍の構図です。

  • 正面から見上げた本殿の光景です。熱心にお参りする人が絶えませんでした。中央には、線香を立てる、巨大な金色の香炉が置かれています。

    正面から見上げた本殿の光景です。熱心にお参りする人が絶えませんでした。中央には、線香を立てる、巨大な金色の香炉が置かれています。

  • 既に紹介をした建物ですが、本殿に向かって西側に当たる左手にある鼓楼の建物上部の光景です。

    既に紹介をした建物ですが、本殿に向かって西側に当たる左手にある鼓楼の建物上部の光景です。

  • こちら四合院建築の東側に位置する、鐘楼の光景です。午前中の撮影ですから、逆光になってしまいました。

    こちら四合院建築の東側に位置する、鐘楼の光景です。午前中の撮影ですから、逆光になってしまいました。

  • 四合院建築の西南辺りにあった屋根飾りの光景です。半ばシルエットになってしまいました。

    四合院建築の西南辺りにあった屋根飾りの光景です。半ばシルエットになってしまいました。

  • 左斜め前から眺めた本殿の光景です。御本尊の観世音菩薩像は、中国福建省泉州の龍山寺から1738年に贈られたものです。

    左斜め前から眺めた本殿の光景です。御本尊の観世音菩薩像は、中国福建省泉州の龍山寺から1738年に贈られたものです。

  • 外側から眺めた、前殿の正面光景です前殿は、『三川殿』の呼び方もあるようです。続いて細部の見どころも紹介します。ざっと、現地ガイドさんのお話を聞いた後、自由時間にしてもらっての見学です。見学場所と撮影がだぶった場所もあります。

    外側から眺めた、前殿の正面光景です前殿は、『三川殿』の呼び方もあるようです。続いて細部の見どころも紹介します。ざっと、現地ガイドさんのお話を聞いた後、自由時間にしてもらっての見学です。見学場所と撮影がだぶった場所もあります。

  • 建物の外側から前殿を眺めて、その左側方面の建物光景です。出口にあたる虎門は左端にあります。

    建物の外側から前殿を眺めて、その左側方面の建物光景です。出口にあたる虎門は左端にあります。

  • 前殿には、台湾唯一とされる一対の『銅雕龍柱』があります。その左手の銅製の柱です。約100年前の制作です。赤い提灯も前殿の目印です。

    前殿には、台湾唯一とされる一対の『銅雕龍柱』があります。その左手の銅製の柱です。約100年前の制作です。赤い提灯も前殿の目印です。

  • 一対の『銅雕龍柱』の右手の柱と、赤い提灯のアップ光景です。頭が下向きの銅製の龍の像です。龍は寺院に馴染の深い伝説上の動物ですが、龍山寺では殊に大切な聖獣のようです。龍の起源は中国ですが、さらに辿ればインドの蛇神・ナーガに遡るようです。

    一対の『銅雕龍柱』の右手の柱と、赤い提灯のアップ光景です。頭が下向きの銅製の龍の像です。龍は寺院に馴染の深い伝説上の動物ですが、龍山寺では殊に大切な聖獣のようです。龍の起源は中国ですが、さらに辿ればインドの蛇神・ナーガに遡るようです。

  • 賑やかな屋根飾りの紹介です。白い顔の6人がいます。風化が激しく、頭だけを取り換えたように見えます。ほとんど原形をとどめていませんが、2頭の馬らしい姿もあります。彩色された陶器の破片が所々に残っていました。

    賑やかな屋根飾りの紹介です。白い顔の6人がいます。風化が激しく、頭だけを取り換えたように見えます。ほとんど原形をとどめていませんが、2頭の馬らしい姿もあります。彩色された陶器の破片が所々に残っていました。

  • こちらも賑やかな屋根飾りです。多少保存状態はいいようです。騎馬戦の場面です。この像から類推しますと、先ほどの像は頭を取り換えたのではなく、兜や被り物が取れた、オリジナルの頭部の可能性が高いようです。

    イチオシ

    こちらも賑やかな屋根飾りです。多少保存状態はいいようです。騎馬戦の場面です。この像から類推しますと、先ほどの像は頭を取り換えたのではなく、兜や被り物が取れた、オリジナルの頭部の可能性が高いようです。

  • 精緻な細工を施した軒下の装飾のアップ光景です。前殿の軒下です。前殿の中には、薬師如来を始め、『三宝仏』が祀られています。

    精緻な細工を施した軒下の装飾のアップ光景です。前殿の軒下です。前殿の中には、薬師如来を始め、『三宝仏』が祀られています。

  • どうしたことか、人工の滝は何度も写真に撮りましたが、こちらの池は余り写真を撮っていませんでした。

    どうしたことか、人工の滝は何度も写真に撮りましたが、こちらの池は余り写真を撮っていませんでした。

  • 勢いよく水を噴き上げる鯉らしい魚の噴水です。黄釉の焼物のようです。写真を整理する時に気が付きましたが、頭の付近に人工の虹が架かっていました。

    勢いよく水を噴き上げる鯉らしい魚の噴水です。黄釉の焼物のようです。写真を整理する時に気が付きましたが、頭の付近に人工の虹が架かっていました。

  • 鯉に負けてはならぬと、こちらも勢いよく水を噴き上げる龍の噴水です。同じような、黄釉の焼物のようです。

    イチオシ

    鯉に負けてはならぬと、こちらも勢いよく水を噴き上げる龍の噴水です。同じような、黄釉の焼物のようです。

  • ツアーに同行の方に教えられて撮影した1枚です。噴水の下の方に、微かに虹が架かっていました。

    ツアーに同行の方に教えられて撮影した1枚です。噴水の下の方に、微かに虹が架かっていました。

  • 池の紹介はこれでおしまいです。池の周りの通路はありませんでしたから、前方からだけの撮影でした。

    池の紹介はこれでおしまいです。池の周りの通路はありませんでしたから、前方からだけの撮影でした。

  • この時計塔は、これまでに写真を撮ったことがないかもしれません。時計の針は10時少し前を示していました。

    この時計塔は、これまでに写真を撮ったことがないかもしれません。時計の針は10時少し前を示していました。

  • 右前方に前殿が見える場所です。自由時間の後の再集合場所でした。左端に見えているのが出口にあたる虎門です。

    右前方に前殿が見える場所です。自由時間の後の再集合場所でした。左端に見えているのが出口にあたる虎門です。

  • 龍山寺の外塀の内側から眺めた建物光景です。左手に見えている屋根飾りがある建物は、鼓楼のようです。

    龍山寺の外塀の内側から眺めた建物光景です。左手に見えている屋根飾りがある建物は、鼓楼のようです。

  • これで龍山寺の見学はおしまいです。龍山寺を取り囲む石塀の光景です。次に向かったのは同じ台北市内にある中正記念堂です。

    これで龍山寺の見学はおしまいです。龍山寺を取り囲む石塀の光景です。次に向かったのは同じ台北市内にある中正記念堂です。

  • 中正記念堂に到着しました。その入口の一つ、『大孝門』です。正門ではなく、記念堂の敷地の東南角に近い場所にある門です。

    中正記念堂に到着しました。その入口の一つ、『大孝門』です。正門ではなく、記念堂の敷地の東南角に近い場所にある門です。

  • 『大孝門』から眺めた中正記念堂の建物の南面の光景です。この門からも記念堂までは200メートルほどありますが、正門から入場した場合には、その倍の500メートル近くはありそうです。

    『大孝門』から眺めた中正記念堂の建物の南面の光景です。この門からも記念堂までは200メートルほどありますが、正門から入場した場合には、その倍の500メートル近くはありそうです。

  • 同じく、『大孝門』から眺めた中正記念堂の建物のアップ光景です。蒋介石が死去したのは1975年、その翌年に起工式が行われ、完成したのは約5年後の1980年です。

    同じく、『大孝門』から眺めた中正記念堂の建物のアップ光景です。蒋介石が死去したのは1975年、その翌年に起工式が行われ、完成したのは約5年後の1980年です。

  • 大孝門を潜って眺めた中正記念堂の建物光景です。白い建物と青い屋根が青空に映えていました。北京の世界文化遺産、天壇を模して造られた本堂の屋根は八角形で、『忠、孝、仁、愛、信、義、和、平』の八徳を象徴しています。

    大孝門を潜って眺めた中正記念堂の建物光景です。白い建物と青い屋根が青空に映えていました。北京の世界文化遺産、天壇を模して造られた本堂の屋根は八角形で、『忠、孝、仁、愛、信、義、和、平』の八徳を象徴しています。

  • 近寄って見上げた、中正記念堂の建物光景です。『中正記念堂』は、2000年に野党だった民主進歩党(民進党)の陳水扁総統が誕生し、台湾正名運動の影響を受けて、2007年に『台湾民主記念館』に改名されました。しかし、民進党が2008年に国民党に選挙敗北すると、2009年には元の『中正記念堂』に戻りました。

    近寄って見上げた、中正記念堂の建物光景です。『中正記念堂』は、2000年に野党だった民主進歩党(民進党)の陳水扁総統が誕生し、台湾正名運動の影響を受けて、2007年に『台湾民主記念館』に改名されました。しかし、民進党が2008年に国民党に選挙敗北すると、2009年には元の『中正記念堂』に戻りました。

  • 中正記念堂の1階フロアーでの光景です。中正記念堂の紹介石造の前で衛兵交代儀式を担当しているらしい衛兵がリハーサルを行っていました。このフロアーには展示室があります。

    中正記念堂の1階フロアーでの光景です。中正記念堂の紹介石造の前で衛兵交代儀式を担当しているらしい衛兵がリハーサルを行っていました。このフロアーには展示室があります。

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