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 最初の見学先は、忠烈祠の衛兵交代儀式です。この日は白い制服の海軍兵士の当番でした。何度も目にした衛兵交代儀式ですが、いつもながら見事な所作です。

2014秋、台湾旅行記10(4/20):11月19日(2):台北、忠烈祠での衛兵交代儀式、故宮博物院へ

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2014/11/18 - 2014/11/21

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

 最初の見学先は、忠烈祠の衛兵交代儀式です。この日は白い制服の海軍兵士の当番でした。何度も目にした衛兵交代儀式ですが、いつもながら見事な所作です。

  • 忠烈祠の大殿光景です。日本で例えれば、靖国神社に当たる施設です。ただし、日本のような戦犯合祀の問題はありません。

    忠烈祠の大殿光景です。日本で例えれば、靖国神社に当たる施設です。ただし、日本のような戦犯合祀の問題はありません。

  • 衛兵交代儀式の始まりです。今日最初の交代儀式ですから、任務の始まりの儀式です。白色の制服ですから、海軍です。青色が空軍、陸軍の場合は緑色です。

    衛兵交代儀式の始まりです。今日最初の交代儀式ですから、任務の始まりの儀式です。白色の制服ですから、海軍です。青色が空軍、陸軍の場合は緑色です。

  • 軍靴の音を立てて大殿に向かって進む、海軍所属の衛兵の後ろ姿です。列の前に出ることは許されません。

    軍靴の音を立てて大殿に向かって進む、海軍所属の衛兵の後ろ姿です。列の前に出ることは許されません。

  • 振り返って眺めた正門の光景です。正門は、大門と呼ばれています。伝統的な中華式の建物のようです。

    イチオシ

    振り返って眺めた正門の光景です。正門は、大門と呼ばれています。伝統的な中華式の建物のようです。

  • 通路脇にあった緑色の瓦の建物のアップ光景です。忠烈祠の建物は、日本統治時代の台湾護国神社跡地に建立されました。この建物も新しい造りの忠烈祠の事務所です。

    通路脇にあった緑色の瓦の建物のアップ光景です。忠烈祠の建物は、日本統治時代の台湾護国神社跡地に建立されました。この建物も新しい造りの忠烈祠の事務所です。

  • 鐘楼と鼓楼の建物紹介です。大殿に向かって右手にあるのが鐘楼です。

    鐘楼と鼓楼の建物紹介です。大殿に向かって右手にあるのが鐘楼です。

  • 大殿に向かって右手にある鐘楼のアップ光景です。現在の日本の場合は、大雑把にいえば鐘がお寺、太鼓が神社と相場が決まっています。

    大殿に向かって右手にある鐘楼のアップ光景です。現在の日本の場合は、大雑把にいえば鐘がお寺、太鼓が神社と相場が決まっています。

  • 大殿に向かって左手にある鼓楼のアップ光景です。中国や韓国では、鐘と太鼓はセットとして今も施設されています。木魚などの2点を加えた4点セットもあります。

    大殿に向かって左手にある鼓楼のアップ光景です。中国や韓国では、鐘と太鼓はセットとして今も施設されています。木魚などの2点を加えた4点セットもあります。

  • 鼓楼のベランダから眺めた、大殿方面の光景です。交代儀式は何度も目にしましたから、今日は違った角度からの撮影です。

    鼓楼のベランダから眺めた、大殿方面の光景です。交代儀式は何度も目にしましたから、今日は違った角度からの撮影です。

  • 『史堅如(1879〜1900年)』は、孫文が主導した辛亥革命(1911〜1912年)に先駆ける共和革命の先駆者の一人です。

    『史堅如(1879〜1900年)』は、孫文が主導した辛亥革命(1911〜1912年)に先駆ける共和革命の先駆者の一人です。

  • 右から英文、漢文と日本語の説明文があった『史堅如』の説明文です。『史堅如(1879〜1900年)』は、来日して当時日本に亡命していた孫文に出逢ったことが記されていました。孫文が褒め称えた共和革命の勇将です。

    右から英文、漢文と日本語の説明文があった『史堅如』の説明文です。『史堅如(1879〜1900年)』は、来日して当時日本に亡命していた孫文に出逢ったことが記されていました。孫文が褒め称えた共和革命の勇将です。

  • 大殿に向かって右手にある鐘楼の周りの花壇光景です。手前の方白都薄紫の花がサフィニアか、同じ系統のペチュニア、後ろの方の濃いピンクの花が千日紅です。千日草とも呼ばれます。

    大殿に向かって右手にある鐘楼の周りの花壇光景です。手前の方白都薄紫の花がサフィニアか、同じ系統のペチュニア、後ろの方の濃いピンクの花が千日紅です。千日草とも呼ばれます。

  • 同じく、大殿に向かって右手にある鐘楼の周りの花壇光景です。白と濃い紫の花などはサフィニアか、その原種のペチュニア、千日紅の他に薄紫のストック状の花がありますが、こちらの正式名は分かりません。

    同じく、大殿に向かって右手にある鐘楼の周りの花壇光景です。白と濃い紫の花などはサフィニアか、その原種のペチュニア、千日紅の他に薄紫のストック状の花がありますが、こちらの正式名は分かりません。

  • 右斜め前から眺めた大殿方面の建物光景です。朱色の柱の上に、オレンジ色の甍が並びます。

    右斜め前から眺めた大殿方面の建物光景です。朱色の柱の上に、オレンジ色の甍が並びます。

  • 木立の間から振り返って眺めた大門の光景です。衛兵交代儀式の最後の場面は、この大門前で見ることができます。

    木立の間から振り返って眺めた大門の光景です。衛兵交代儀式の最後の場面は、この大門前で見ることができます。

  • 忠烈祠の周りの石塀の光景です。大殿に向かって左手方面になります。推測ですが、日本統治時代の護国神社の名残のようです。

    忠烈祠の周りの石塀の光景です。大殿に向かって左手方面になります。推測ですが、日本統治時代の護国神社の名残のようです。

  • 忠烈祠の前庭の木々を透かして眺めた大門の光景です。大殿とその周りの甍がオレンジ色に対し、大門、鐘楼、鼓楼等の建物は緑色の甍です。

    忠烈祠の前庭の木々を透かして眺めた大門の光景です。大殿とその周りの甍がオレンジ色に対し、大門、鐘楼、鼓楼等の建物は緑色の甍です。

  • 大殿と呼ばれる、本殿の衛兵勤務に就いた兵士を残し、それ以外の海軍兵士は、大門方面に歩き始めました。その姿が手前に見えます。

    大殿と呼ばれる、本殿の衛兵勤務に就いた兵士を残し、それ以外の海軍兵士は、大門方面に歩き始めました。その姿が手前に見えます。

  • 衛兵交代儀式が終わった後も、しばらくは人だかりがしていた大殿前の光景です。大殿の中には亡くなった兵士達をはじめとする約33万名の位牌が祀られています。

    衛兵交代儀式が終わった後も、しばらくは人だかりがしていた大殿前の光景です。大殿の中には亡くなった兵士達をはじめとする約33万名の位牌が祀られています。

  • 忠烈祠の大殿の中央にある祭壇です。辛亥革命を始めとした戦いで亡くなった人達の位牌が祀られています。その中央祭壇です。

    イチオシ

    忠烈祠の大殿の中央にある祭壇です。辛亥革命を始めとした戦いで亡くなった人達の位牌が祀られています。その中央祭壇です。

  • 大殿の階段の上から眺めた、山門と呼ばれる建物の光景です。山門の名前は、大殿や大門とともに、入口近くにあった忠烈祠平面図に記されていました。

    大殿の階段の上から眺めた、山門と呼ばれる建物の光景です。山門の名前は、大殿や大門とともに、入口近くにあった忠烈祠平面図に記されていました。

  • 山門の中から眺めた大殿の光景です。山門と大殿の間の広場の左右には、右手に『文烈士祠』、左手に『武烈士祠』の建物があります。

    山門の中から眺めた大殿の光景です。山門と大殿の間の広場の左右には、右手に『文烈士祠』、左手に『武烈士祠』の建物があります。

  • 6人の衛兵による交代儀式です。任務を終えた兵士がいる場合の交代儀式とは、内容が異なっていました。

    6人の衛兵による交代儀式です。任務を終えた兵士がいる場合の交代儀式とは、内容が異なっていました。

  • 衛兵交代儀式の書さを披露するのは、銃剣を持った7名と、指揮官が1名です。敬礼に相当する、捧げ銃(ササゲツツ)の態勢です。

    衛兵交代儀式の書さを披露するのは、銃剣を持った7名と、指揮官が1名です。敬礼に相当する、捧げ銃(ササゲツツ)の態勢です。

  • 隊形が、中央を後ろに引いたV字型に変わりました。指揮官の姿が、更にその後に見えます。

    隊形が、中央を後ろに引いたV字型に変わりました。指揮官の姿が、更にその後に見えます。

  • V字型の隊形のままで、捧げ銃の姿勢になりました。敬礼に相当する捧げ銃の姿勢は、『銃を両手でからだの中央前に垂直に捧げ持ち、相手の目に注目する』と解説されています。

    V字型の隊形のままで、捧げ銃の姿勢になりました。敬礼に相当する捧げ銃の姿勢は、『銃を両手でからだの中央前に垂直に捧げ持ち、相手の目に注目する』と解説されています。

  • 銃の上下が逆になり、脇に抱えた態勢です。銃ではなく、剣を使う場合の基本形のようです。これで衛兵交代儀式の紹介はおしまいです。これまでに何度か写真紹介しましたので、今回は簡単な紹介に留めました。

    イチオシ

    銃の上下が逆になり、脇に抱えた態勢です。銃ではなく、剣を使う場合の基本形のようです。これで衛兵交代儀式の紹介はおしまいです。これまでに何度か写真紹介しましたので、今回は簡単な紹介に留めました。

  • 忠烈祠の衛兵交代儀式の次に訪れたのは故宮博物院です。中国大陸から運ばれた故宮博物院の文物は、皇帝などが使用していた超1級品が多いとされ、その数も60万点を超えることから、世界の四大博物館(美術館)に数えられています。

    忠烈祠の衛兵交代儀式の次に訪れたのは故宮博物院です。中国大陸から運ばれた故宮博物院の文物は、皇帝などが使用していた超1級品が多いとされ、その数も60万点を超えることから、世界の四大博物館(美術館)に数えられています。

  • 故宮博物院の正面に向かって右手方面の建物光景です。展示室などは温度や湿度管理、それと盗難防止の目的もあるのでしょうか、窓が少ない造りです。

    故宮博物院の正面に向かって右手方面の建物光景です。展示室などは温度や湿度管理、それと盗難防止の目的もあるのでしょうか、窓が少ない造りです。

  • 宮博物院の正面入口付近の光景です。ところで、元々は北京の紫禁城にあった文物は、混乱期に3箇所に分散しました。その中の最重要品が台北の故宮博物院、その他の文物が北京の故宮博物院と、南京博物院です。南京には、台湾に運ばれなかった文物が大量に残され、その大部分が北京故宮に戻されましたが、一部は南京博物院に留まりました。

    宮博物院の正面入口付近の光景です。ところで、元々は北京の紫禁城にあった文物は、混乱期に3箇所に分散しました。その中の最重要品が台北の故宮博物院、その他の文物が北京の故宮博物院と、南京博物院です。南京には、台湾に運ばれなかった文物が大量に残され、その大部分が北京故宮に戻されましたが、一部は南京博物院に留まりました。

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