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世宗大王像の南に位置する、忠武公・李舜臣像や東亜日報社屋の紹介です。清渓川と普信閣を見学の後、地下鉄で国立中央博物館に向かいました。

2014秋、韓国旅行記28(20/30):10月30日(9):ソウル、李舜臣像、東亜日報社屋、清渓川、普信閣

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2014/10/28 - 2014/10/31

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旅人のくまさん

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世宗大王像の南に位置する、忠武公・李舜臣像や東亜日報社屋の紹介です。清渓川と普信閣を見学の後、地下鉄で国立中央博物館に向かいました。

  • 黒と赤色のお揃いの服を着た吹奏楽団の人達です。後ろ向きの女性の方が、ディレクターのようでした。

    黒と赤色のお揃いの服を着た吹奏楽団の人達です。後ろ向きの女性の方が、ディレクターのようでした。

  • 紅白の制服を着た指揮者の方が前に立って、リハーサルの開始です。この後、本番の演奏が待ち構えているようでした。

    紅白の制服を着た指揮者の方が前に立って、リハーサルの開始です。この後、本番の演奏が待ち構えているようでした。

  • 吹奏楽団のリハーサルが行われていた、世宗大通り周りの光景です。白いテントは、2014年4月16日に起きたセウォル号転覆事故の大規模な抗議集会をやっていた場所のようです。捜索員を含めて、300名以上の死者が出ました。

    吹奏楽団のリハーサルが行われていた、世宗大通り周りの光景です。白いテントは、2014年4月16日に起きたセウォル号転覆事故の大規模な抗議集会をやっていた場所のようです。捜索員を含めて、300名以上の死者が出ました。

  • 高い台の上に建つ、韓国の英雄、忠武公・李舜臣像です。李舜臣(イ・スンシン:1545〜1498年)は、文禄・慶長の役において、朝鮮水軍を率いて日本軍と戦った、李氏朝鮮の将軍です。台座の足元に、『亀甲船(コブッソン)』の模型が置かれています。亀甲船は複数の史書にその存在が記されている軍艦ですが、現存する船体はありません。実態をめぐって、今も論争があります。

    高い台の上に建つ、韓国の英雄、忠武公・李舜臣像です。李舜臣(イ・スンシン:1545〜1498年)は、文禄・慶長の役において、朝鮮水軍を率いて日本軍と戦った、李氏朝鮮の将軍です。台座の足元に、『亀甲船(コブッソン)』の模型が置かれています。亀甲船は複数の史書にその存在が記されている軍艦ですが、現存する船体はありません。実態をめぐって、今も論争があります。

  • 李舜臣(イ・スンシン)像のアップ光景です。露梁海戦において、日本の島津水軍と戦い、戦死しました。死後に贈られた謚が忠武公(チュンム・コン)です。この像は、朴正煕(パク・チョンヒ)軍事政権下において、力の象徴として設置されたとされます。

    李舜臣(イ・スンシン)像のアップ光景です。露梁海戦において、日本の島津水軍と戦い、戦死しました。死後に贈られた謚が忠武公(チュンム・コン)です。この像は、朴正煕(パク・チョンヒ)軍事政権下において、力の象徴として設置されたとされます。

  • 李舜臣(イ・スンシン)像と、その周りの世宗大通りの光景です。光化門広場と呼ばれ、2009年8月に誕生しました。世宗大通りの16車線のうち、中央部6車線分のスペースを利用した、幅34メートル、長さ557メートルのエリアです。

    イチオシ

    李舜臣(イ・スンシン)像と、その周りの世宗大通りの光景です。光化門広場と呼ばれ、2009年8月に誕生しました。世宗大通りの16車線のうち、中央部6車線分のスペースを利用した、幅34メートル、長さ557メートルのエリアです。

  • 同じく、世宗大通りにある光化門広場の光景です。右手のテントには、『セウォル(世越)』らしいハングル文字が見えました。通り過ぎてしまいましたが、左奥のテントの写真は、フェリー転覆事故で亡くなった高校生達の写真だったかもしれません。

    同じく、世宗大通りにある光化門広場の光景です。右手のテントには、『セウォル(世越)』らしいハングル文字が見えました。通り過ぎてしまいましたが、左奥のテントの写真は、フェリー転覆事故で亡くなった高校生達の写真だったかもしれません。

  • 『紀念碑殿』の正面光景です。この碑は、李朝第26代の高宗(コジョン:1852〜1919年)王の時代の光武6年(1902年)に建立されました。史跡第171号に指定されています。

    『紀念碑殿』の正面光景です。この碑は、李朝第26代の高宗(コジョン:1852〜1919年)王の時代の光武6年(1902年)に建立されました。史跡第171号に指定されています。

  • 『紀念碑殿』の扁額のアップ光景です。李朝が国名を大韓帝国と改め、皇帝の称号を使用したことを記念した碑です。石碑には、『大韓帝国大皇帝宝齢望六旬・御極四十年称慶記念頌』の文字が刻まれているようです。

    『紀念碑殿』の扁額のアップ光景です。李朝が国名を大韓帝国と改め、皇帝の称号を使用したことを記念した碑です。石碑には、『大韓帝国大皇帝宝齢望六旬・御極四十年称慶記念頌』の文字が刻まれているようです。

  • ソウル特別市有形文化財の第131号に指定されている東亜日報社屋です。日本統治時代の1920年4月1日、金性洙(キムスンス:1891〜1955年)、朴泳孝(1861〜1939年)など政財界の朝鮮人有力者が中心となり『東亜日報』を創刊しました。今日でも朝鮮日報、中央日報と並ぶ韓国の三大紙です。日本の朝日新聞とは、現在も特約紙の関係にあります。

    ソウル特別市有形文化財の第131号に指定されている東亜日報社屋です。日本統治時代の1920年4月1日、金性洙(キムスンス:1891〜1955年)、朴泳孝(1861〜1939年)など政財界の朝鮮人有力者が中心となり『東亜日報』を創刊しました。今日でも朝鮮日報、中央日報と並ぶ韓国の三大紙です。日本の朝日新聞とは、現在も特約紙の関係にあります。

  • 同じく、ソウル特別市有形文化財の第131号に指定されている東亜日報社屋の光景です。創刊の時の『民主主義・民族主義・文化主義』が、現在も社是とされます。三大紙は、『朝・中・東』と並列されて、保守派新聞の代表格とされますが、その中でも東亜日報は、伝統的に記者や労働組合の発言力が強いこともあり、自由な論調があるようです。

    同じく、ソウル特別市有形文化財の第131号に指定されている東亜日報社屋の光景です。創刊の時の『民主主義・民族主義・文化主義』が、現在も社是とされます。三大紙は、『朝・中・東』と並列されて、保守派新聞の代表格とされますが、その中でも東亜日報は、伝統的に記者や労働組合の発言力が強いこともあり、自由な論調があるようです。

  • この日は世宗大通りの公園だけでなく、その周りでもイベントが開催されていました。振り返って眺めた世宗大通り方面と、その背後の北岳山(プガッサン)の光景です。

    この日は世宗大通りの公園だけでなく、その周りでもイベントが開催されていました。振り返って眺めた世宗大通り方面と、その背後の北岳山(プガッサン)の光景です。

  • 清渓広場と呼ばれる場所近くの光景です。この広場を代表するのは、中央やや左寄りに見える巨大モニュメントの『スプリング(Spring)』です。このモニュメントは、クレス・オルデンバーグの作品です。クレス・オルデンバーグ(1929〜)は、スウェーデン生まれのアメリカの彫刻家です。

    清渓広場と呼ばれる場所近くの光景です。この広場を代表するのは、中央やや左寄りに見える巨大モニュメントの『スプリング(Spring)』です。このモニュメントは、クレス・オルデンバーグの作品です。クレス・オルデンバーグ(1929〜)は、スウェーデン生まれのアメリカの彫刻家です。

  • イベントとして行われていた、縦笛のライブコンサートです。尺八に似たような大きさの縦笛ですが、音色も曲も違っていました。ソウル郊外の城南市では、10月17日の午後、野外ライブで通気口の蓋が落ち、16人が死亡、11人が負傷する大事故が起きたばかりでした。

    イベントとして行われていた、縦笛のライブコンサートです。尺八に似たような大きさの縦笛ですが、音色も曲も違っていました。ソウル郊外の城南市では、10月17日の午後、野外ライブで通気口の蓋が落ち、16人が死亡、11人が負傷する大事故が起きたばかりでした。

  • 勢いよく水を噴き上げる『清渓川(チョンゲチョン)』の光景です。暗渠からオープンになった清渓川の一番川上に当たる部分です。

    勢いよく水を噴き上げる『清渓川(チョンゲチョン)』の光景です。暗渠からオープンになった清渓川の一番川上に当たる部分です。

  • 夜はライトアップされるらしい、清渓川の見所の一つです。『キャンドル噴水』と1日約6万5千トンの水が4メートルの落差を流れ落ちる、『二段の滝』等があります。

    イチオシ

    夜はライトアップされるらしい、清渓川の見所の一つです。『キャンドル噴水』と1日約6万5千トンの水が4メートルの落差を流れ落ちる、『二段の滝』等があります。

  • 先に紹介した、クレス・オルデンバーグ作の巨大モニュメント、『スプリング(Spring)』が左手に見えています。その右手の近代ビルは、東和免税店です。

    先に紹介した、クレス・オルデンバーグ作の巨大モニュメント、『スプリング(Spring)』が左手に見えています。その右手の近代ビルは、東和免税店です。

  • 清渓川の噴水の側面からの光景です。2010年8月16日にソウル市が発表した水質調査の結果によれば、年平均の大腸菌数において、韓国で水遊びが可能となる基準を上回るとされています。ただし、下水道の構造上、一時的に未処理の下水が川へ流れ込む場合があり、大腸菌数が増える時期があるとされます。

    清渓川の噴水の側面からの光景です。2010年8月16日にソウル市が発表した水質調査の結果によれば、年平均の大腸菌数において、韓国で水遊びが可能となる基準を上回るとされています。ただし、下水道の構造上、一時的に未処理の下水が川へ流れ込む場合があり、大腸菌数が増える時期があるとされます。

  • 振り返って眺めた、『清渓川(チョンゲチョン)』の上流にあたる西側方面の光景です。下流で漢江(ハンガン)に合流します。夜にライトアップされる、『キャンドル噴水』と『二段の滝』の光景です。

    振り返って眺めた、『清渓川(チョンゲチョン)』の上流にあたる西側方面の光景です。下流で漢江(ハンガン)に合流します。夜にライトアップされる、『キャンドル噴水』と『二段の滝』の光景です。

  • 『清渓川(チョンゲチョン)』の南側の側道から眺めた、ソウルの市街光景です。文化街と韓国伝統料理を宣伝していた商店街の飾りのようです。

    『清渓川(チョンゲチョン)』の南側の側道から眺めた、ソウルの市街光景です。文化街と韓国伝統料理を宣伝していた商店街の飾りのようです。

  • 『清渓川(チョンゲチョン)』の平面図です。『清渓川周辺指南』のタイトルがありました。左手寄りに現在位置が記されています。

    『清渓川(チョンゲチョン)』の平面図です。『清渓川周辺指南』のタイトルがありました。左手寄りに現在位置が記されています。

  • 川に張り出したステージの基礎のようなものがあった清渓川の光景です。実際に使用される時には、一面に床が張られるようです。

    川に張り出したステージの基礎のようなものがあった清渓川の光景です。実際に使用される時には、一面に床が張られるようです。

  • 薄っすらと黄葉が始まった木も見えた、『清渓川(チョンゲチョン)』の光景です。李氏朝鮮初期以来、周辺住民の生活排水が流入する下水道代わりの川として利用された川です。1950年代から1960年代の韓国の経済成長・都市開発に伴い、更に水質汚濁が悪化した川でしたが、2000年代に蘇りました。

    薄っすらと黄葉が始まった木も見えた、『清渓川(チョンゲチョン)』の光景です。李氏朝鮮初期以来、周辺住民の生活排水が流入する下水道代わりの川として利用された川です。1950年代から1960年代の韓国の経済成長・都市開発に伴い、更に水質汚濁が悪化した川でしたが、2000年代に蘇りました。

  • その外観から、よく目立つ建物光景です。鍾路タワーと呼ばれています。まるで雲の上に浮かんでいるように見える33階には、レストラン『Top Cloud(トップクラウド)』があります。

    その外観から、よく目立つ建物光景です。鍾路タワーと呼ばれています。まるで雲の上に浮かんでいるように見える33階には、レストラン『Top Cloud(トップクラウド)』があります。

  • 『清渓川(チョンゲチョン)』に沿って向かったのは、『普信閣(ポシンガ?)』です。韓国の歴史と共に歩んできた鐘楼です。その説明看板です。

    『清渓川(チョンゲチョン)』に沿って向かったのは、『普信閣(ポシンガ?)』です。韓国の歴史と共に歩んできた鐘楼です。その説明看板です。

  • 『普信閣(ポシンガク)』の建物光景です。朝鮮王朝時代には、城郭の東西南北四箇所に城門(四大門)が設けられ、毎日朝と晩の2回、鐘の音を合図にその門が開閉されていました。

    『普信閣(ポシンガク)』の建物光景です。朝鮮王朝時代には、城郭の東西南北四箇所に城門(四大門)が設けられ、毎日朝と晩の2回、鐘の音を合図にその門が開閉されていました。

  • 『普信閣(ポシンガク)』の扁額のアップ光景です。4度の火災に遭い、現在の建物は1979年8月に再建されたものです。正面5間、側面4間、2階建ての楼閣です。

    『普信閣(ポシンガク)』の扁額のアップ光景です。4度の火災に遭い、現在の建物は1979年8月に再建されたものです。正面5間、側面4間、2階建ての楼閣です。

  • 斜め前から眺めた、『普信閣(ポシンガク)』の建物光景です。『鐘閣(ジョンガ?)』とも呼ばれ、地下鉄の駅名にも使われています。

    イチオシ

    斜め前から眺めた、『普信閣(ポシンガク)』の建物光景です。『鐘閣(ジョンガ?)』とも呼ばれ、地下鉄の駅名にも使われています。

  • 地下鉄の『鐘閣駅(ジョンガクヨク)』から乗車し、韓国国立中央亥博物館の最寄り駅、4号線の『二村駅(イチョンヨク)』に到着しました。博物館に向かう地下道と水平移動のエスカレーターの光景です。

    地下鉄の『鐘閣駅(ジョンガクヨク)』から乗車し、韓国国立中央亥博物館の最寄り駅、4号線の『二村駅(イチョンヨク)』に到着しました。博物館に向かう地下道と水平移動のエスカレーターの光景です。

  • ソウル特別市の龍山区にある地下鉄、『二村駅(イチョンヨク)』の出口光景です。地下道はかなりの距離がありますが、出口は博物館の入口近くです。

    ソウル特別市の龍山区にある地下鉄、『二村駅(イチョンヨク)』の出口光景です。地下道はかなりの距離がありますが、出口は博物館の入口近くです。

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