日月潭周辺旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 日月潭と、その畔に建つ文武廟の紹介です。文武廟には、学問の神様の孔子と、武道の神様の関羽と岳飛が祀られています。

2014春、台湾旅行記9(7/33):5月7日(2):日月潭、文武廟、孔子像、孔子の弟子の四哲像、関羽像

30いいね!

2014/05/06 - 2014/05/10

73位(同エリア357件中)

旅行記グループ 2014春、台湾旅行記9(上巻)

0

30

旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

 日月潭と、その畔に建つ文武廟の紹介です。文武廟には、学問の神様の孔子と、武道の神様の関羽と岳飛が祀られています。

  • 文武廟の前段の建物光景です。この水雲宮には、開基元祖および文昌帝君を祀ります。文昌帝君は、中国の晋時代の実在の人、張亜子の名でした。今は、学問の神様とされます。

    イチオシ

    文武廟の前段の建物光景です。この水雲宮には、開基元祖および文昌帝君を祀ります。文昌帝君は、中国の晋時代の実在の人、張亜子の名でした。今は、学問の神様とされます。

  • 雲竜のレリーフ像のアップ光景です。『彰化大明機械股份有限公司』の文字がありましたから、機械彫りかもしれません。

    雲竜のレリーフ像のアップ光景です。『彰化大明機械股份有限公司』の文字がありましたから、機械彫りかもしれません。

  • 武聖殿である中殿にあった黄金に飾られた祭壇の光景です。祀ってあったのは、岳飛と関羽のようです。岳飛は、12世紀初頭、中国南宋の武将、関羽は3世紀初頭、中国後漢末期に劉備に仕えた武将です。どちらも孔子の『文』に対する、『武』の神様です。

    武聖殿である中殿にあった黄金に飾られた祭壇の光景です。祀ってあったのは、岳飛と関羽のようです。岳飛は、12世紀初頭、中国南宋の武将、関羽は3世紀初頭、中国後漢末期に劉備に仕えた武将です。どちらも孔子の『文』に対する、『武』の神様です。

  • 雲竜のレリーフのアップ光景です。彫刻も見事ですが、彩色も石彫とは思えない鮮やかさです。群龍図と言った構図です。残念ながら、大地震の後遺症とみられる亀裂がありました。

    雲竜のレリーフのアップ光景です。彫刻も見事ですが、彩色も石彫とは思えない鮮やかさです。群龍図と言った構図です。残念ながら、大地震の後遺症とみられる亀裂がありました。

  • 最初に見学した2008年の時と比べ、これから先の光景が一番変わっていました。地肌が見えていた裏山部分が、復興工事に合わせて整備されていました。

    最初に見学した2008年の時と比べ、これから先の光景が一番変わっていました。地肌が見えていた裏山部分が、復興工事に合わせて整備されていました。

  • こちらの光景も初めて目にしました。まだ完成していないらしく、一部で作業が継続されていました。

    こちらの光景も初めて目にしました。まだ完成していないらしく、一部で作業が継続されていました。

  • 屋上の展望台からは、日月潭を眺めるのに適していましたが、裏山方面を眺めても飽きない光景になっていました。

    屋上の展望台からは、日月潭を眺めるのに適していましたが、裏山方面を眺めても飽きない光景になっていました。

  • 展望用のテラスに登り、オレンジ色の屋根越しに眺めた日月潭の光景です。2008年の見学の時には、左手見える建物は足場を組んで修復作業中でした。今はその足場も無くなりました。

    イチオシ

    展望用のテラスに登り、オレンジ色の屋根越しに眺めた日月潭の光景です。2008年の見学の時には、左手見える建物は足場を組んで修復作業中でした。今はその足場も無くなりました。

  • 少し場所を変えて眺めた、屋根越しの日月潭の光景です。日月潭は、『国立風景区』に指定された景勝地です。日月潭で見る秋の月は、『双潭秋月』と呼ばれ、台湾八景の一つに数えられます。

    少し場所を変えて眺めた、屋根越しの日月潭の光景です。日月潭は、『国立風景区』に指定された景勝地です。日月潭で見る秋の月は、『双潭秋月』と呼ばれ、台湾八景の一つに数えられます。

  • 同じく、更に場所を変えて眺めた、屋根越しの日月潭の光景です。日月潭は、台湾で一番大きい天然湖とされます。天然湖がダム工事で更に広がりました。現在は7.73平方キロとされます。

    同じく、更に場所を変えて眺めた、屋根越しの日月潭の光景です。日月潭は、台湾で一番大きい天然湖とされます。天然湖がダム工事で更に広がりました。現在は7.73平方キロとされます。

  • 今度は松と杉の林越しに眺めた日月潭の光景です。日月潭周辺は台湾原住民のサオ族(邵族)の居住地です。日月潭に浮かぶラル(拉魯)島は、サオ族の聖地とされます。

    今度は松と杉の林越しに眺めた日月潭の光景です。日月潭周辺は台湾原住民のサオ族(邵族)の居住地です。日月潭に浮かぶラル(拉魯)島は、サオ族の聖地とされます。

  • 『至聖先師・孔子(孔丘)』の表示があった像です。孔子(紀元前551年-紀元前479年)は、春秋時代の中国の思想家で、儒教の始祖です。

    『至聖先師・孔子(孔丘)』の表示があった像です。孔子(紀元前551年-紀元前479年)は、春秋時代の中国の思想家で、儒教の始祖です。

  • 左の像は四哲の内の顔子(紀元前521〜紀元前490年)です。復聖の尊称と顔回の名前も記されていました。右は孔子の孫の子思(紀元前483年頃〜紀元前402年頃)です。

    左の像は四哲の内の顔子(紀元前521〜紀元前490年)です。復聖の尊称と顔回の名前も記されていました。右は孔子の孫の子思(紀元前483年頃〜紀元前402年頃)です。

  • 孔子廟には、孔子の教えを受け継いだ四哲が祀られることが多いようです。顔子、子思、曽子と孟子の四人です。その内の二人のようです。左は孟子(紀元前372年頃〜紀元前289年)です。亜聖の尊称を持ちます。右が四聖の内から消去法で、曽子(紀元前505年〜没年不詳)です。孔子の孫の子思は、曾子に師事し、儒教の正統を伝えたとされます。

    孔子廟には、孔子の教えを受け継いだ四哲が祀られることが多いようです。顔子、子思、曽子と孟子の四人です。その内の二人のようです。左は孟子(紀元前372年頃〜紀元前289年)です。亜聖の尊称を持ちます。右が四聖の内から消去法で、曽子(紀元前505年〜没年不詳)です。孔子の孫の子思は、曾子に師事し、儒教の正統を伝えたとされます。

  • 文武廟は、山の南斜面に築かれていますので、奥に向かって、ずっと登り道でした。帰りは楽な下り坂です。

    文武廟は、山の南斜面に築かれていますので、奥に向かって、ずっと登り道でした。帰りは楽な下り坂です。

  • ここからは、中央の通り道を外れ、これまで撮影していなかった脇道の光景の紹介です。左は1999年の大地震でも大きな被害を受けなかったように見える石垣光景です。

    ここからは、中央の通り道を外れ、これまで撮影していなかった脇道の光景の紹介です。左は1999年の大地震でも大きな被害を受けなかったように見える石垣光景です。

  • 文武廟の敷地境らしい石垣と、境内を囲む塀の間に通路が設けられていました。左手に境内を囲む石塀を眺めながら出口に向かいました。

    文武廟の敷地境らしい石垣と、境内を囲む塀の間に通路が設けられていました。左手に境内を囲む石塀を眺めながら出口に向かいました。

  • 再集合の時間までは少し余裕がありましたから、前殿が見える場所まで下りたところで、もう一度中央の通りに戻ることにしました。

    再集合の時間までは少し余裕がありましたから、前殿が見える場所まで下りたところで、もう一度中央の通りに戻ることにしました。

  • 長方形の造りの天井光景です。天井の一番高くなった部分に、向き合った二頭の龍の絵がありました。

    長方形の造りの天井光景です。天井の一番高くなった部分に、向き合った二頭の龍の絵がありました。

  • こちらはさらに規模の大きな丸い造りのドーム天井の光景です。夥しい数の仏像が組み込まれているようです。中央は大きな頭が描かれた一頭の龍の絵です。

    こちらはさらに規模の大きな丸い造りのドーム天井の光景です。夥しい数の仏像が組み込まれているようです。中央は大きな頭が描かれた一頭の龍の絵です。

  • 左右に落款があり、右から読むのか左からなのか迷います。左から古今通霊と読むのでしょうか、ドーム天井の下にあった扁額です。

    左右に落款があり、右から読むのか左からなのか迷います。左から古今通霊と読むのでしょうか、ドーム天井の下にあった扁額です。

  • 道教の神様が祀られた祭壇のようです。中央の神様は赤い顔に立派な髭ですから、関羽のようです。顔が赤いのには諸説あるようですが、その一つが、宋時代の道教の四大元帥として、南方を守るのが関元帥とされたため、陰陽五行説の赤色(=南)とされたとする説です。

    道教の神様が祀られた祭壇のようです。中央の神様は赤い顔に立派な髭ですから、関羽のようです。顔が赤いのには諸説あるようですが、その一つが、宋時代の道教の四大元帥として、南方を守るのが関元帥とされたため、陰陽五行説の赤色(=南)とされたとする説です。

  • 最初に紹介した天井とは、別の場所で撮影した長方形の造りの天井光景です。龍の絵を含めて、全くの相似形のようでした。

    最初に紹介した天井とは、別の場所で撮影した長方形の造りの天井光景です。龍の絵を含めて、全くの相似形のようでした。

  • 横から眺めた、『武』の神様の関羽などを祀った前殿の光景です。

    横から眺めた、『武』の神様の関羽などを祀った前殿の光景です。

  • 龍虎像が出入口の脇にありました。こちらは二頭のトラのレリーフです。虎は、通常出口に当たる部分に置かれます。

    龍虎像が出入口の脇にありました。こちらは二頭のトラのレリーフです。虎は、通常出口に当たる部分に置かれます。

  • こちらは虎に対応する二頭の龍のレリーフ像です。通常は、入口に当たる部分に置かれます。

    こちらは虎に対応する二頭の龍のレリーフ像です。通常は、入口に当たる部分に置かれます。

  • 文武廟の前殿の建物光景です。拝殿とも呼ばれる建物です。『文武廟』の扁額が懸っていました。『武』の文字は、『戈』を『止』める意味の文字で表されています。戈(カ)は、矛(ホコ)と同義です。

    文武廟の前殿の建物光景です。拝殿とも呼ばれる建物です。『文武廟』の扁額が懸っていました。『武』の文字は、『戈』を『止』める意味の文字で表されています。戈(カ)は、矛(ホコ)と同義です。

  • 文武廟の山門越しに眺めた日月潭の光景です。初めて文武廟を見学したのは2008年でしたから、1999年の大地震からは10年近く経っていました。この山門も被害を受けていたかもしれません。

    イチオシ

    文武廟の山門越しに眺めた日月潭の光景です。初めて文武廟を見学したのは2008年でしたから、1999年の大地震からは10年近く経っていました。この山門も被害を受けていたかもしれません。

  • 文武廟の前庭の片隅に並んでいた3体の石像です。右手が武器を持った人物、中央が低く構えた人物、左手が馬です。それぞれが台の上にありますが、3体が関連しているようです。

    文武廟の前庭の片隅に並んでいた3体の石像です。右手が武器を持った人物、中央が低く構えた人物、左手が馬です。それぞれが台の上にありますが、3体が関連しているようです。

  • 山と林と、その間に懸った雲の光景です。緩やかに霧が晴れ上がる様は、一幅の山水画の光景でした。

    山と林と、その間に懸った雲の光景です。緩やかに霧が晴れ上がる様は、一幅の山水画の光景でした。

この旅行記のタグ

関連タグ

30いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

旅行記グループ

2014春、台湾旅行記9(上巻)

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

台湾で使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
台湾最安 254円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

台湾の料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP