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<はじめに><br />3回目の台湾周遊旅行です。「『油桐花鑑賞&おひとり様参加歓迎日』がセールスポイントの『台湾周遊5日間』のタイトルがあったツアーに参加しました。台北から入国し、反時計回りにバスと電車を使っての周遊です。ほとんどの行程がバス利用で、電車は花蓮から台北までの移動に利用しただけでした。このツアーに参加したのは、『油桐花鑑賞』の謳い文句と、まだ見学したことがない『嘉儀』の見学にありました。<br /><br /><旅のあらまし><br />5月6日(火) :出発、金山駅経由セントレアへ,30分遅れで台北到着、油桐鑑賞、台中へ<br /><br />現地集合・現地解散の4泊5日のツアーの始まりです。いつも通り、金山駅で地下鉄から名鉄電車への乗り換えです。時間の余裕がありましたので、金山総合駅で少し時間調整をしました。その後乗車したのが、6時34分発、到着予定時刻が7時03分の電車です。指定券のミュー・チケットも購入できました。この電車は29分かかりますが、25分ほどで到着する電車もあります。<br />今回の搭乗機は、9時50分発の台北行きのCI151便、チャイナ・エアライン機です。予定では3時間のフライトで11時50分の到着でしたが、30分ほど遅れて到着しました。強い偏西風の影響があったようです。時差は日本に対してマイナス1時間です。<br />台湾桃園国際空港到着後、油桐の花の名勝地、勝興に立ち寄り、台中市に向かいました。油桐の花は、生憎の雨で落花が始まっていました。『五月の雪』とも称えられる、油桐の花が綺麗なのは、高台から見下ろした満開の光景です。残念ながら、今回はその光景は見ることができませんでした。<br />勝興では、勝興駅に立ち寄りました。駅の近くのトンネル出入口には、後藤新平揮毫の『開天』の文字が刻まれた石板が残されていました。後藤新平が児玉源太郎総督に抜擢されて、民政長官に就任したのは明治31年(1898年)、その当時の揮毫のようです。<br />勝興での観光を終え、台中に向かいました。台中で見学したのは、巨大な金ぴかの布袋像で有名な宝覚寺です。境内では泰山木の花が咲き始めていました。この日は、以前にも泊まったことがある台中市内のホテルにチェックインしました。<br /><br />5月7日(水) :台中、日月潭、文武廟、嘉義の呉鳳廟、台南の赤嵌楼と延平郡王祠、高雄へ<br /><br />台中で泊まったホテルは、台中プラザ・インターナショナルホテルの呼び名もある24階建ての通豪大飯店です。まずまずのホテルです。建築賞の金龍賞を受賞しているホテルの建物です。開業は、1989年とされます。台湾鉄道の台中駅から、車で約15分の距離に位置します。<br />昨晩、夜の一人歩きは控えるよう、現地ガイドさんから要請がありました。それで今朝の散策です。台湾の警政署の犯罪統計によると、犯罪発生件数(2005年)は、台北県、台北市、桃園県、台中市、高雄市の順番ですが、人口比では台中市が最も高く、嘉義市、桃園権の順になっています。このことでの注意だったようです。<br />今日の最初の見学地は、日月潭です。今回が3回目の見学となりました。湖の北側が太陽(日)の形、南側が月の形をしていることからの命名です。同じように、明の一字で明潭とも呼ばれます。次は文武廟の紹介です。ダム湖の完成により、水没が免れないことになった、湖畔にあった龍鳳廟と益化堂が、文武廟として現在の位置に移設・再建されました。 工事は4年の歳月をかけ、1938年に完成しました。文武廟には、学問の神様の孔子と、武道の神様の関羽と岳飛が祀られています。<br />孔子は日本でもあまりにも有名ですから、説明は省略します。岳飛は、12世紀初頭、中国南宋の武将、関羽は3世紀初頭、中国後漢末期に劉備に仕えた武将です。どちらも孔子の『文』に対する、『武』の神様です。<br />文武廟は、最初に見学した2008年の時と比べ、敷地の奥の方の光景がかなり変わっていました。地肌が見えていた裏山部分が、復興工事に合わせて整備されていました。この復興工事は、1999年9月 21日1時47分に起きた、マグニチュード7.6の大地震による被害復旧のための工事です。台湾全土で震度3以上の揺れが生じ、震源に近い集集鎮では震度7相当だったとされます。この地震での死者数は、2415名とされます。台湾では20世紀に起きた最大の地震です。前回見学した2011年春には、まだ工事の一部が継続中でした。<br />日月潭と文武廟の見学を終え、次は嘉義の呉鳳廟に向かいました。初めての見学地でした。呉鳳は、清朝時代に阿里山の台湾原住民の首狩行為を止めさせる活動をしたと伝わる商人ですが、その評価は定まっていません。日本統治時代や第二次戦後においても、呉鳳伝説は時の為政者に都合がいいように改竄され、あるいは創られた伝説とする分析もあるようです。日本統治時代には、台湾だけではなく、日本の教科書、台湾と同じように日本の統治下にあった韓国でも教科書に掲載されていました。また、首狩りの風習があったとされる先住民から、この伝説に対する反発もあるようです。<br />嘉義の呉鳳廟見学の後は、南に下って台南の観光名所、鄭成功に纏わる赤嵌楼の見学です。赤嵌楼は紅毛楼とも呼ばれ、17世紀にオランダによって構築されました。鄭成功がオランダを駆逐した後、東都承天府と改められました。大士殿、海神廟、蓬壷書院、文昌閣、五子祠などの建物は、19世紀後半に赤嵌楼の跡地に建てられた建物です。海神廟には、赤嵌楼の扁額が懸っています。<br />オランダ時代の建物基礎などは、発掘調査で見付かりました。オランダが築いた砦の城壁部分は、分厚く重ねられた赤レンガ造りです。もち米のとぎ汁に砂糖水、牡蠣の殻を灰にした物を混ぜた接合剤を使っていました。<br />台南における鄭成功にまつわるもう一つの遺跡、延平郡王祠も見学しました。台湾を占領していたオランダ人を駆逐した鄭成功(1624~1662年)の功績を賛えて、彼を慕う人々によって1662年に建てられた、開山王廟が起源とされます。<br />日本統治時代、開山王廟は鄭成功を祭神とする開山神社に改称されました。第二次大戦後、中華民国政府によって社殿が全て取り壊され、中国北方式建築を模した鉄筋コンクリート製の廟に建て替えられました。このため、延平郡王祠は古蹟には認定されず、史跡として残されています。壊されなかった遺跡としては、鳥居は少し模様替えして流用されました。<br />清朝時代に鄭成功は、『明王朝の遺臣であって、清王朝の逆族にあらず』との評価を受け、1875年に台南に祠を建てることが認められました。延平郡王祠の境内の中央に鄭成功の座像が祀られ、後殿には彼の母『翁太妃(田川松)』の位牌が安置されています。鄭成功は今日では台湾人の宥和的精神の支柱・象徴として、開発始祖(ピルグリム・ファーザーズ)と呼ばれています。<br />台南の延平郡王祠見学の後、高雄に向かいました。高雄で最初に見学したのは蓮池潭と竜虎塔です。蓮池潭は高雄市左営区にある人造湖で、いくつかのウォーター・スポーツ競技の会場ともなりました。蓮池潭では、龍虎塔と、その畔にある保生大帝廟の呼び名のある慈済宮を見学しました。<br />次に見学したのが三鳳宮です。三鳳宮は、清の康熙年間に創建された台湾の古刹で、中壇元帥を主神に、釈迦如来や観音菩薩等の様々な神を祭る複合寺廟です。高雄は三度目でしたが、三鳳宮葉初めて見学しました。<br />更に見学したのが、寿山公園です。その見学の後、海鮮中華料理の夕食でした。ホテルへのチェックインの前に、高雄での最後の見学地となる六合二路夜市に向かいました。忙しい見学スケジュールの一日でした。<br /><br />5月8日(木) :高雄、ホテル界隈の早朝散策、台東へ、三仙台、八仙洞、花蓮へ<br /><br />台湾周遊旅行の3日目です。高雄での観光を終え、次は台東に向かいました。台東市は太平洋に面した台湾東部の主要都市です。フルーツの釈迦頭の名産地としても知られます。<br />ところで、愉快な話ではありませんが、どうしても触れておかなくてはいけないことがあります。今日の予定は、延々、バスでの移動です。峠越えなのに、通常なら空席(旅行保険がきかないなどの理由)にしておくべき最前列も利用、私の席などは完全にシートベルトが壊れていました。現地ガイドというより、現地会社に強くクレームを出しました。折角の旅行が、安全第一より、金儲け第一主義のように思えたのは、この件だけではありませんでした。<br />今回は、指導的立場と自称する、ベテランガイドだけに、明らかに旅行者をなめ切った態度でした。初めての台湾旅行の方は、授業料を払った思えば止むを得ないことかもしれませんが、このような現地ガイドでは、次第に台湾旅行のリピーターが減少するのが目に見えています。日本の主催旅行社の丸投げツアーにも半分の責任はあります。少々の不便は我慢するとしても、安全無視はいけません。シートベルトが設置されていないバスの場合、携帯式のシートベルトを着用したことは何度もありました。今回は、壊れたままで、そのまま長期間放置されたままであるのが明らかでした。<br />旅行者をなめ切った態度というより、完全な契約違反のケースも、この後にありました。先に紹介しておきますと、オプショナル・ツアーに強引に全員参加させたことです。バスの中で何度も大声を出して、不参加の意思表示をしても、完全に無視されました。オプショナルに参加したくない人は、後からお聞きしたことですが、複数の方がいました。<br />極めつけは、最後の免税店でのことでした。さすがに、この後の自分の仕事に影響が出ると思ったのか、私個人宛に贈り物(賄賂)の品を渡そうとしましたが、当然ながら、受取拒否しました。<br />本題に戻ります。高雄市付近の海は東シナ海でしたが、東への峠越えで、フィリピン海の光景に入れ替わりました。狭い意味ではフィリピン海ですが、広い意味では太平洋になります。日本海を含めて、フィリピン海、東シナ海、南シナ海なども太平洋の付属海との位置付けです。太平洋は、アジア(ユーラシア)、オーストラリア、南極、南北アメリカの各大陸に囲まれる、世界最大の海洋です。地球の表面の約3分の1を占めます。<br />高雄から台南までは長距離移動ですから、東海岸を出て暫く走ったところで小休止しました。中国語表記は『全家』、ファミリーマートがある場所でした。この後は台東まで北上のドライブです。台東の名物の果物は釈迦頭ですが、すでに収穫が済んでいました。<br />台東での昼食となりましたが、以前にも立ち寄ったことがあるレストランでした。台東市の簡単な紹介です。人口は10.7万人、台東県の県庁所在地です。古くは卑南族、阿美族が農耕生活をしていた地域でした。食事は、かなり甘い味付けですから、正直言ってあまり口には合いません。<br />三仙台の見学は2回目になりますが、時間に余裕があればぜひ立ち寄りたい、東海岸の景勝地です。今回もその期待に背きませんでした。台湾では『林投』と呼ばれる植物で、和名は『アダン(阿檀)』、蛸のような姿をした根の形から、タコノキとも呼ばれるエキゾチックな植物の自然林もお勧めです。タコノキ科タコノキ属の常緑小高木で、亜熱帯から熱帯の海岸近くに密生します。<br />持ち帰ってはいけませんが、砂浜ではなく、小石浜では麦飯石探しも楽しみました。麦飯石は、無数の微細な孔がある岩石で、この孔が水道水のカルキや臭いを吸着することから、ご飯を炊くときに一緒に入れると、美味しく仕上がるようです。ただし、有害な重金属を含むものもあり、使用するときは成分確認が必要なようです。日本でも健康グッズに使用されたほか、マルチ商法に利用されたこともあります。<br />三仙台の一番の見どころは、仙人が休憩したとの伝説が残る岩山です。元は火山岩からなる一つの岬でしたが、海水の浸食を受けて陸から分かれ、離島となりました。その離島に架かる龍のような橋も観光スポットとなっています。<br />三仙台に続いて見学したのが八仙洞です。こちらも2回目になりました。八仙洞は約130年前に発見された台湾で最も古い遺跡とされます。自然の洞窟内には仏像が祀られ、八仙洞霊厳寺と呼ばれています。ずらりと並んだ観音像も圧巻です。<br />八仙洞の見学を終え、さらに北上し花蓮に向かいました。花蓮ではホテルにチェックインする前にアミ族の民族舞踊を見学しました。このことは先に触れましたので、割愛します。<br /><br />5月9日(金) :花蓮、タロコ峡谷、燕子口、福磯大断崖、九曲洞、緑水展示館、九分へ<br /><br />花蓮で泊まったホテルは、見覚えがありました。2011年春に訪れていました。花蓮駅から車で10分、花蓮空港からも車で10分ほどの距離にある、翰品酒店花蓮です。ネット情報で見ても、中々評判の良いホテルのようです。雨が上がっていましたので、出発前にホテル界隈を散策しました。<br />午前中は、台湾で屈指の観光地、タロコ峡谷を見学しました。総面積9万2000ヘクタールの太魯閣国家公園の中にある景勝地です。ツルハシの手掘りの跡が残るトンネルを歩いて、燕子口、福磯大断崖、九曲洞などを見学し、緑水地質景観展示館で小休止しました。<br />緑水地質景観展示館には、地殻変動、台湾島、峡谷、地形の形成過程から、太魯閣の地質構造、岩石、鉱物に至るまでの地質と地形をテーマにした展示写真がありました。こちらはまとめて補遺で紹介しておきました。<br />タロコ峡谷見学の締め括りは、タロコ峡谷の入口に近い長春祠でした。長春祠には、東西横貫公路の工事中に殉職した212名の霊が祀られています。断崖と中腹と頂上の建物のほか、幾筋にも分かれた長春滝を目にすることができます。<br />タロコ峡谷の見学の後、次に向かったのは、大理石加工工場です。タロコ峡谷見学のパターンに組み込まれていますので、これで工場見学は3回目となりました。花蓮の大理石加工工場見学の後、花蓮から台北までは自強号での電車移動、昼食は弁当でした。花蓮駅からは台北駅まで2時間ほどの電車の旅です。トンネルが多い区間ですから、景色は余り楽しめません。<br />台北では、早速忠烈祠の衛兵交代儀式を見学しました。忠烈祠は、辛亥革命を始めとする中華民国建国や抗日戦争などにおいて戦没した英霊を祀る祠です。台北駅前を迎えの観光バスで出発し、忠烈祠に到着したのは15時少し前でした。15時に行われる衛兵交代儀式見学にぴったりの時間でした。いつもながら、統制のとれた見事な衛兵交代儀式でした。<br />台北での忠烈祠の衛兵交代儀式見学の後、車で1時間ほどの距離にある九分に向かいました。九分は、最近では台湾で最も人気の高い観光地の一つとなっています。九分での夕食と、トワイライト九分見学が目的です。九分見学の後、台北に戻り、最後の宿泊になるホテルにチェックインしました。<br /><br />5月10日(土) : 帰国<br /><br />帰国の日ですが、夕方の分便でしたから、午前中は台北での故宮博物院での入場観光です。定刻に荷物を纏めてバスに乗り込みました。10回近く見学した故宮博物院ですが、写真撮影ができないのが残念です。10数年前には撮影が許可されていました。<br />限られた時間で、混み合う場所を引率されながらの見学は嫌ですから、予め了解を取ったうえで、時間を決めての自由見学にさせてもらいました。ほかにも同じように自由行動を選択された方達がいました。焼物、書画、仏像などを重点に1時間半ほど見学しました。携帯などで写真を撮りまくる大陸からの観光客には、係員の方々もかなり困っているようでした。<br />今日の昼食のお店は、小龍包で有名な鼎泰豊(ディンタイフォン)でした。1993年、アメリカの『ニューヨーク・タイムズ』紙で『世界の10大レストラン』に選ばれたことで、超有名店になりました。昼食の後、免税店に立寄りましたが、買い物の予定はありませんでしたから、近くの公園まで台湾リスと野鳥の写真を撮影に出掛けました。今回の旅行では、期待以上に野鳥などの撮影ができました。<br />台湾桃園国際空港発のCI150便は、17時05分出発、セントレア国際空港へは20時55分着の予定でした。出発が少し遅れましたが、それでも、セントレア国際空港への到着は10分遅れくらいで済みました。現地旅行会社、現地ガイドに対しての不満が残る旅行でしたが、無事にセントレアに帰着し、今年5回目の海外旅行は無事終了しました。残るは、あと3回です。<br /><br /><過去の台湾旅行記一覧><br />これまでに作成した台湾旅行記一覧です。<br />*台湾旅行記9(2014年5月):3回目の台湾周遊:この旅行記です<br />3回目となる台湾周遊旅行です。現地集合・現地解散の4泊5日のツアーに参加しました。油桐の花が見頃であることがツアーのお勧めポイントでした。<br />2014春、台湾旅行記9(1):フォートラベル<br />*台湾旅行記8(2013年3月):三峡等、台湾北部巡り<br />8回目の旅行は、①焼物の町鶯歌、②芸術性が高いとされる清水祖師廟に的を絞っての台湾北部の観光です。格安ツアーに参加しての3泊4日の小旅行です。<br />2013春、台湾旅行記8(1):フォートラベル<br />*台湾旅行記7(2012年2月):野柳等、台湾北部巡り<br />台北に3連泊して、近郊の九分、十分、野柳、淡水や北投温泉のほか、台北市内の名所巡りをしました。私の今回旅行の一番の目的は、野柳風景特定区の見学でした。<br />2012早春、台湾旅行記7(1):フォートラベル<br />*台湾旅行記6(2011年5月):2回目の台湾周遊の旅<br />ツアーに参加しての、2回目の台湾一周旅行です。賑やかなグループでの参加でした。最初に西海岸をバスで南下し、高雄からは東海岸を電車で北上しました。<br />2011春、台湾旅行記6(1):フォートラベル<br />*台湾旅行記5(2008年12月):初めての台湾周遊の旅<br />ツアーに参加しての、初めての台湾一周旅行です。<br />ほとんどの行程が、観光バスに乗っての一周旅行でした。<br />2008冬、台湾旅行記5(1):フォートラベル<br />*台湾旅行記4(2004年11月):烏来等、台湾北部巡り<br />旅行仲間でのオールフリータイムの小旅行です。台北に泊まり、台北市内見学のほか、烏来、淡水、新北投温泉を見学しました。<br />2004秋、台湾旅行記4(1):フォートラベル<br />*台湾旅行記3(2004年3月):台北、基隆ひとり旅<br />台北に泊まり、大もめの総統選挙の最中の旅行です。往きは電車で、帰りはバスでの雨の基隆見学に出掛けました。<br />2004春、台湾旅行記3(1):フォートラベル<br />*台湾旅行記2(2002年12月):台北、台中ひとり旅<br />台北に泊まり、時間をかけて故宮博物院を見学しました。近郊では電車に乗って台中に足を伸ばしました。<br />2002暮、台湾旅行記2(1):フォートラベル<br />*台湾旅行記1(2001年12月):台北ひとり旅<br />台北に泊まり、ツアーで台北市内見物をしました。龍山寺、華西街夜市、忠烈祠、故宮博物院、228和平公園、総統府、中正祈念堂、南門市場等を見学しました。<br />2001冬、台湾旅行記1(1):フォートラベル<br />*台湾旅行記0(1980年2月):初めての海外、初めての台湾旅行<br />台北に泊まり、国内線で花蓮に足を伸ばし、タロコ渓谷を見学しました。私にとって初めての台湾旅行、そして初めての海外旅行でした。友達4人での自由旅行でした。旅行記は作成してありません。<br />1980冬、台湾旅行記0:フォートラベル<br />

2014春、台湾旅行記9(1/33):5月6日(1):出発、セントレアから台湾桃園国際空港へ

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2014/05/06 - 2014/05/10

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旅行記グループ 2014春、台湾旅行記9(上巻)

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

<はじめに>
3回目の台湾周遊旅行です。「『油桐花鑑賞&おひとり様参加歓迎日』がセールスポイントの『台湾周遊5日間』のタイトルがあったツアーに参加しました。台北から入国し、反時計回りにバスと電車を使っての周遊です。ほとんどの行程がバス利用で、電車は花蓮から台北までの移動に利用しただけでした。このツアーに参加したのは、『油桐花鑑賞』の謳い文句と、まだ見学したことがない『嘉儀』の見学にありました。

<旅のあらまし>
5月6日(火) :出発、金山駅経由セントレアへ,30分遅れで台北到着、油桐鑑賞、台中へ

現地集合・現地解散の4泊5日のツアーの始まりです。いつも通り、金山駅で地下鉄から名鉄電車への乗り換えです。時間の余裕がありましたので、金山総合駅で少し時間調整をしました。その後乗車したのが、6時34分発、到着予定時刻が7時03分の電車です。指定券のミュー・チケットも購入できました。この電車は29分かかりますが、25分ほどで到着する電車もあります。
今回の搭乗機は、9時50分発の台北行きのCI151便、チャイナ・エアライン機です。予定では3時間のフライトで11時50分の到着でしたが、30分ほど遅れて到着しました。強い偏西風の影響があったようです。時差は日本に対してマイナス1時間です。
台湾桃園国際空港到着後、油桐の花の名勝地、勝興に立ち寄り、台中市に向かいました。油桐の花は、生憎の雨で落花が始まっていました。『五月の雪』とも称えられる、油桐の花が綺麗なのは、高台から見下ろした満開の光景です。残念ながら、今回はその光景は見ることができませんでした。
勝興では、勝興駅に立ち寄りました。駅の近くのトンネル出入口には、後藤新平揮毫の『開天』の文字が刻まれた石板が残されていました。後藤新平が児玉源太郎総督に抜擢されて、民政長官に就任したのは明治31年(1898年)、その当時の揮毫のようです。
勝興での観光を終え、台中に向かいました。台中で見学したのは、巨大な金ぴかの布袋像で有名な宝覚寺です。境内では泰山木の花が咲き始めていました。この日は、以前にも泊まったことがある台中市内のホテルにチェックインしました。

5月7日(水) :台中、日月潭、文武廟、嘉義の呉鳳廟、台南の赤嵌楼と延平郡王祠、高雄へ

台中で泊まったホテルは、台中プラザ・インターナショナルホテルの呼び名もある24階建ての通豪大飯店です。まずまずのホテルです。建築賞の金龍賞を受賞しているホテルの建物です。開業は、1989年とされます。台湾鉄道の台中駅から、車で約15分の距離に位置します。
昨晩、夜の一人歩きは控えるよう、現地ガイドさんから要請がありました。それで今朝の散策です。台湾の警政署の犯罪統計によると、犯罪発生件数(2005年)は、台北県、台北市、桃園県、台中市、高雄市の順番ですが、人口比では台中市が最も高く、嘉義市、桃園権の順になっています。このことでの注意だったようです。
今日の最初の見学地は、日月潭です。今回が3回目の見学となりました。湖の北側が太陽(日)の形、南側が月の形をしていることからの命名です。同じように、明の一字で明潭とも呼ばれます。次は文武廟の紹介です。ダム湖の完成により、水没が免れないことになった、湖畔にあった龍鳳廟と益化堂が、文武廟として現在の位置に移設・再建されました。 工事は4年の歳月をかけ、1938年に完成しました。文武廟には、学問の神様の孔子と、武道の神様の関羽と岳飛が祀られています。
孔子は日本でもあまりにも有名ですから、説明は省略します。岳飛は、12世紀初頭、中国南宋の武将、関羽は3世紀初頭、中国後漢末期に劉備に仕えた武将です。どちらも孔子の『文』に対する、『武』の神様です。
文武廟は、最初に見学した2008年の時と比べ、敷地の奥の方の光景がかなり変わっていました。地肌が見えていた裏山部分が、復興工事に合わせて整備されていました。この復興工事は、1999年9月 21日1時47分に起きた、マグニチュード7.6の大地震による被害復旧のための工事です。台湾全土で震度3以上の揺れが生じ、震源に近い集集鎮では震度7相当だったとされます。この地震での死者数は、2415名とされます。台湾では20世紀に起きた最大の地震です。前回見学した2011年春には、まだ工事の一部が継続中でした。
日月潭と文武廟の見学を終え、次は嘉義の呉鳳廟に向かいました。初めての見学地でした。呉鳳は、清朝時代に阿里山の台湾原住民の首狩行為を止めさせる活動をしたと伝わる商人ですが、その評価は定まっていません。日本統治時代や第二次戦後においても、呉鳳伝説は時の為政者に都合がいいように改竄され、あるいは創られた伝説とする分析もあるようです。日本統治時代には、台湾だけではなく、日本の教科書、台湾と同じように日本の統治下にあった韓国でも教科書に掲載されていました。また、首狩りの風習があったとされる先住民から、この伝説に対する反発もあるようです。
嘉義の呉鳳廟見学の後は、南に下って台南の観光名所、鄭成功に纏わる赤嵌楼の見学です。赤嵌楼は紅毛楼とも呼ばれ、17世紀にオランダによって構築されました。鄭成功がオランダを駆逐した後、東都承天府と改められました。大士殿、海神廟、蓬壷書院、文昌閣、五子祠などの建物は、19世紀後半に赤嵌楼の跡地に建てられた建物です。海神廟には、赤嵌楼の扁額が懸っています。
オランダ時代の建物基礎などは、発掘調査で見付かりました。オランダが築いた砦の城壁部分は、分厚く重ねられた赤レンガ造りです。もち米のとぎ汁に砂糖水、牡蠣の殻を灰にした物を混ぜた接合剤を使っていました。
台南における鄭成功にまつわるもう一つの遺跡、延平郡王祠も見学しました。台湾を占領していたオランダ人を駆逐した鄭成功(1624~1662年)の功績を賛えて、彼を慕う人々によって1662年に建てられた、開山王廟が起源とされます。
日本統治時代、開山王廟は鄭成功を祭神とする開山神社に改称されました。第二次大戦後、中華民国政府によって社殿が全て取り壊され、中国北方式建築を模した鉄筋コンクリート製の廟に建て替えられました。このため、延平郡王祠は古蹟には認定されず、史跡として残されています。壊されなかった遺跡としては、鳥居は少し模様替えして流用されました。
清朝時代に鄭成功は、『明王朝の遺臣であって、清王朝の逆族にあらず』との評価を受け、1875年に台南に祠を建てることが認められました。延平郡王祠の境内の中央に鄭成功の座像が祀られ、後殿には彼の母『翁太妃(田川松)』の位牌が安置されています。鄭成功は今日では台湾人の宥和的精神の支柱・象徴として、開発始祖(ピルグリム・ファーザーズ)と呼ばれています。
台南の延平郡王祠見学の後、高雄に向かいました。高雄で最初に見学したのは蓮池潭と竜虎塔です。蓮池潭は高雄市左営区にある人造湖で、いくつかのウォーター・スポーツ競技の会場ともなりました。蓮池潭では、龍虎塔と、その畔にある保生大帝廟の呼び名のある慈済宮を見学しました。
次に見学したのが三鳳宮です。三鳳宮は、清の康熙年間に創建された台湾の古刹で、中壇元帥を主神に、釈迦如来や観音菩薩等の様々な神を祭る複合寺廟です。高雄は三度目でしたが、三鳳宮葉初めて見学しました。
更に見学したのが、寿山公園です。その見学の後、海鮮中華料理の夕食でした。ホテルへのチェックインの前に、高雄での最後の見学地となる六合二路夜市に向かいました。忙しい見学スケジュールの一日でした。

5月8日(木) :高雄、ホテル界隈の早朝散策、台東へ、三仙台、八仙洞、花蓮へ

台湾周遊旅行の3日目です。高雄での観光を終え、次は台東に向かいました。台東市は太平洋に面した台湾東部の主要都市です。フルーツの釈迦頭の名産地としても知られます。
ところで、愉快な話ではありませんが、どうしても触れておかなくてはいけないことがあります。今日の予定は、延々、バスでの移動です。峠越えなのに、通常なら空席(旅行保険がきかないなどの理由)にしておくべき最前列も利用、私の席などは完全にシートベルトが壊れていました。現地ガイドというより、現地会社に強くクレームを出しました。折角の旅行が、安全第一より、金儲け第一主義のように思えたのは、この件だけではありませんでした。
今回は、指導的立場と自称する、ベテランガイドだけに、明らかに旅行者をなめ切った態度でした。初めての台湾旅行の方は、授業料を払った思えば止むを得ないことかもしれませんが、このような現地ガイドでは、次第に台湾旅行のリピーターが減少するのが目に見えています。日本の主催旅行社の丸投げツアーにも半分の責任はあります。少々の不便は我慢するとしても、安全無視はいけません。シートベルトが設置されていないバスの場合、携帯式のシートベルトを着用したことは何度もありました。今回は、壊れたままで、そのまま長期間放置されたままであるのが明らかでした。
旅行者をなめ切った態度というより、完全な契約違反のケースも、この後にありました。先に紹介しておきますと、オプショナル・ツアーに強引に全員参加させたことです。バスの中で何度も大声を出して、不参加の意思表示をしても、完全に無視されました。オプショナルに参加したくない人は、後からお聞きしたことですが、複数の方がいました。
極めつけは、最後の免税店でのことでした。さすがに、この後の自分の仕事に影響が出ると思ったのか、私個人宛に贈り物(賄賂)の品を渡そうとしましたが、当然ながら、受取拒否しました。
本題に戻ります。高雄市付近の海は東シナ海でしたが、東への峠越えで、フィリピン海の光景に入れ替わりました。狭い意味ではフィリピン海ですが、広い意味では太平洋になります。日本海を含めて、フィリピン海、東シナ海、南シナ海なども太平洋の付属海との位置付けです。太平洋は、アジア(ユーラシア)、オーストラリア、南極、南北アメリカの各大陸に囲まれる、世界最大の海洋です。地球の表面の約3分の1を占めます。
高雄から台南までは長距離移動ですから、東海岸を出て暫く走ったところで小休止しました。中国語表記は『全家』、ファミリーマートがある場所でした。この後は台東まで北上のドライブです。台東の名物の果物は釈迦頭ですが、すでに収穫が済んでいました。
台東での昼食となりましたが、以前にも立ち寄ったことがあるレストランでした。台東市の簡単な紹介です。人口は10.7万人、台東県の県庁所在地です。古くは卑南族、阿美族が農耕生活をしていた地域でした。食事は、かなり甘い味付けですから、正直言ってあまり口には合いません。
三仙台の見学は2回目になりますが、時間に余裕があればぜひ立ち寄りたい、東海岸の景勝地です。今回もその期待に背きませんでした。台湾では『林投』と呼ばれる植物で、和名は『アダン(阿檀)』、蛸のような姿をした根の形から、タコノキとも呼ばれるエキゾチックな植物の自然林もお勧めです。タコノキ科タコノキ属の常緑小高木で、亜熱帯から熱帯の海岸近くに密生します。
持ち帰ってはいけませんが、砂浜ではなく、小石浜では麦飯石探しも楽しみました。麦飯石は、無数の微細な孔がある岩石で、この孔が水道水のカルキや臭いを吸着することから、ご飯を炊くときに一緒に入れると、美味しく仕上がるようです。ただし、有害な重金属を含むものもあり、使用するときは成分確認が必要なようです。日本でも健康グッズに使用されたほか、マルチ商法に利用されたこともあります。
三仙台の一番の見どころは、仙人が休憩したとの伝説が残る岩山です。元は火山岩からなる一つの岬でしたが、海水の浸食を受けて陸から分かれ、離島となりました。その離島に架かる龍のような橋も観光スポットとなっています。
三仙台に続いて見学したのが八仙洞です。こちらも2回目になりました。八仙洞は約130年前に発見された台湾で最も古い遺跡とされます。自然の洞窟内には仏像が祀られ、八仙洞霊厳寺と呼ばれています。ずらりと並んだ観音像も圧巻です。
八仙洞の見学を終え、さらに北上し花蓮に向かいました。花蓮ではホテルにチェックインする前にアミ族の民族舞踊を見学しました。このことは先に触れましたので、割愛します。

5月9日(金) :花蓮、タロコ峡谷、燕子口、福磯大断崖、九曲洞、緑水展示館、九分へ

花蓮で泊まったホテルは、見覚えがありました。2011年春に訪れていました。花蓮駅から車で10分、花蓮空港からも車で10分ほどの距離にある、翰品酒店花蓮です。ネット情報で見ても、中々評判の良いホテルのようです。雨が上がっていましたので、出発前にホテル界隈を散策しました。
午前中は、台湾で屈指の観光地、タロコ峡谷を見学しました。総面積9万2000ヘクタールの太魯閣国家公園の中にある景勝地です。ツルハシの手掘りの跡が残るトンネルを歩いて、燕子口、福磯大断崖、九曲洞などを見学し、緑水地質景観展示館で小休止しました。
緑水地質景観展示館には、地殻変動、台湾島、峡谷、地形の形成過程から、太魯閣の地質構造、岩石、鉱物に至るまでの地質と地形をテーマにした展示写真がありました。こちらはまとめて補遺で紹介しておきました。
タロコ峡谷見学の締め括りは、タロコ峡谷の入口に近い長春祠でした。長春祠には、東西横貫公路の工事中に殉職した212名の霊が祀られています。断崖と中腹と頂上の建物のほか、幾筋にも分かれた長春滝を目にすることができます。
タロコ峡谷の見学の後、次に向かったのは、大理石加工工場です。タロコ峡谷見学のパターンに組み込まれていますので、これで工場見学は3回目となりました。花蓮の大理石加工工場見学の後、花蓮から台北までは自強号での電車移動、昼食は弁当でした。花蓮駅からは台北駅まで2時間ほどの電車の旅です。トンネルが多い区間ですから、景色は余り楽しめません。
台北では、早速忠烈祠の衛兵交代儀式を見学しました。忠烈祠は、辛亥革命を始めとする中華民国建国や抗日戦争などにおいて戦没した英霊を祀る祠です。台北駅前を迎えの観光バスで出発し、忠烈祠に到着したのは15時少し前でした。15時に行われる衛兵交代儀式見学にぴったりの時間でした。いつもながら、統制のとれた見事な衛兵交代儀式でした。
台北での忠烈祠の衛兵交代儀式見学の後、車で1時間ほどの距離にある九分に向かいました。九分は、最近では台湾で最も人気の高い観光地の一つとなっています。九分での夕食と、トワイライト九分見学が目的です。九分見学の後、台北に戻り、最後の宿泊になるホテルにチェックインしました。

5月10日(土) : 帰国

帰国の日ですが、夕方の分便でしたから、午前中は台北での故宮博物院での入場観光です。定刻に荷物を纏めてバスに乗り込みました。10回近く見学した故宮博物院ですが、写真撮影ができないのが残念です。10数年前には撮影が許可されていました。
限られた時間で、混み合う場所を引率されながらの見学は嫌ですから、予め了解を取ったうえで、時間を決めての自由見学にさせてもらいました。ほかにも同じように自由行動を選択された方達がいました。焼物、書画、仏像などを重点に1時間半ほど見学しました。携帯などで写真を撮りまくる大陸からの観光客には、係員の方々もかなり困っているようでした。
今日の昼食のお店は、小龍包で有名な鼎泰豊(ディンタイフォン)でした。1993年、アメリカの『ニューヨーク・タイムズ』紙で『世界の10大レストラン』に選ばれたことで、超有名店になりました。昼食の後、免税店に立寄りましたが、買い物の予定はありませんでしたから、近くの公園まで台湾リスと野鳥の写真を撮影に出掛けました。今回の旅行では、期待以上に野鳥などの撮影ができました。
台湾桃園国際空港発のCI150便は、17時05分出発、セントレア国際空港へは20時55分着の予定でした。出発が少し遅れましたが、それでも、セントレア国際空港への到着は10分遅れくらいで済みました。現地旅行会社、現地ガイドに対しての不満が残る旅行でしたが、無事にセントレアに帰着し、今年5回目の海外旅行は無事終了しました。残るは、あと3回です。

<過去の台湾旅行記一覧>
これまでに作成した台湾旅行記一覧です。
*台湾旅行記9(2014年5月):3回目の台湾周遊:この旅行記です
3回目となる台湾周遊旅行です。現地集合・現地解散の4泊5日のツアーに参加しました。油桐の花が見頃であることがツアーのお勧めポイントでした。
2014春、台湾旅行記9(1):フォートラベル
*台湾旅行記8(2013年3月):三峡等、台湾北部巡り
8回目の旅行は、①焼物の町鶯歌、②芸術性が高いとされる清水祖師廟に的を絞っての台湾北部の観光です。格安ツアーに参加しての3泊4日の小旅行です。
2013春、台湾旅行記8(1):フォートラベル
*台湾旅行記7(2012年2月):野柳等、台湾北部巡り
台北に3連泊して、近郊の九分、十分、野柳、淡水や北投温泉のほか、台北市内の名所巡りをしました。私の今回旅行の一番の目的は、野柳風景特定区の見学でした。
2012早春、台湾旅行記7(1):フォートラベル
*台湾旅行記6(2011年5月):2回目の台湾周遊の旅
ツアーに参加しての、2回目の台湾一周旅行です。賑やかなグループでの参加でした。最初に西海岸をバスで南下し、高雄からは東海岸を電車で北上しました。
2011春、台湾旅行記6(1):フォートラベル
*台湾旅行記5(2008年12月):初めての台湾周遊の旅
ツアーに参加しての、初めての台湾一周旅行です。
ほとんどの行程が、観光バスに乗っての一周旅行でした。
2008冬、台湾旅行記5(1):フォートラベル
*台湾旅行記4(2004年11月):烏来等、台湾北部巡り
旅行仲間でのオールフリータイムの小旅行です。台北に泊まり、台北市内見学のほか、烏来、淡水、新北投温泉を見学しました。
2004秋、台湾旅行記4(1):フォートラベル
*台湾旅行記3(2004年3月):台北、基隆ひとり旅
台北に泊まり、大もめの総統選挙の最中の旅行です。往きは電車で、帰りはバスでの雨の基隆見学に出掛けました。
2004春、台湾旅行記3(1):フォートラベル
*台湾旅行記2(2002年12月):台北、台中ひとり旅
台北に泊まり、時間をかけて故宮博物院を見学しました。近郊では電車に乗って台中に足を伸ばしました。
2002暮、台湾旅行記2(1):フォートラベル
*台湾旅行記1(2001年12月):台北ひとり旅
台北に泊まり、ツアーで台北市内見物をしました。龍山寺、華西街夜市、忠烈祠、故宮博物院、228和平公園、総統府、中正祈念堂、南門市場等を見学しました。
2001冬、台湾旅行記1(1):フォートラベル
*台湾旅行記0(1980年2月):初めての海外、初めての台湾旅行
台北に泊まり、国内線で花蓮に足を伸ばし、タロコ渓谷を見学しました。私にとって初めての台湾旅行、そして初めての海外旅行でした。友達4人での自由旅行でした。旅行記は作成してありません。
1980冬、台湾旅行記0:フォートラベル

  • 現地集合・現地解散の4泊5日のツアーの始まりです。いつも通り、金山駅で地下鉄から名鉄電車への乗り換えです。時間の余裕がありましたので、金山総合駅で少し時間調整をしました。金山南ビルの建物光景です。

    イチオシ

    現地集合・現地解散の4泊5日のツアーの始まりです。いつも通り、金山駅で地下鉄から名鉄電車への乗り換えです。時間の余裕がありましたので、金山総合駅で少し時間調整をしました。金山南ビルの建物光景です。

  • 名古屋ボストン美術館が入る、金山南ビルの出入口光景です。名古屋ボストン美術館は、アメリカのボストン美術館の姉妹館です。1999年に開館しました。

    名古屋ボストン美術館が入る、金山南ビルの出入口光景です。名古屋ボストン美術館は、アメリカのボストン美術館の姉妹館です。1999年に開館しました。

  • 名古屋ボストン美術館の特別展の宣伝ポスターです。4月19日から始まるミレー展です。名古屋ボストン美術館は、金山南ビルの2フロアーを使用しています。美術館自身は資料の収集・保有はせず、展示資料はすべてボストン美術館から借り受けるシステムです。ポスターの写真は、ミレーの1850年の作品、『種まく人』です。

    名古屋ボストン美術館の特別展の宣伝ポスターです。4月19日から始まるミレー展です。名古屋ボストン美術館は、金山南ビルの2フロアーを使用しています。美術館自身は資料の収集・保有はせず、展示資料はすべてボストン美術館から借り受けるシステムです。ポスターの写真は、ミレーの1850年の作品、『種まく人』です。

  • JR東海と名鉄がリンクした金山総合駅の南側にある広場から眺めた光景です。名古屋ボストン美術館は、この広場の西側に面しています。

    JR東海と名鉄がリンクした金山総合駅の南側にある広場から眺めた光景です。名古屋ボストン美術館は、この広場の西側に面しています。

  • 金山総合駅の構内光景です。1989年(平成元年)の世界デザイン博開催を契機に、JR,名鉄と名古屋市地下鉄駅が一体化しました。

    金山総合駅の構内光景です。1989年(平成元年)の世界デザイン博開催を契機に、JR,名鉄と名古屋市地下鉄駅が一体化しました。

  • 金山総合駅の名鉄改札口の光景です。地下鉄のプリペイドカードのマナカが共通で使用できます。この名鉄金山駅からセントレア、中部国際空港駅までは、乗換なしの直通です。

    金山総合駅の名鉄改札口の光景です。地下鉄のプリペイドカードのマナカが共通で使用できます。この名鉄金山駅からセントレア、中部国際空港駅までは、乗換なしの直通です。

  • 空港駅までの電車で、いつも利用しているのが座席指定のミュー・チケットです。6時34分発、到着予定時刻の7時03分もプリントされています。この電車は29分かかりますが、25分ほどの電車もあります。

    空港駅までの電車で、いつも利用しているのが座席指定のミュー・チケットです。6時34分発、到着予定時刻の7時03分もプリントされています。この電車は29分かかりますが、25分ほどの電車もあります。

  • セントレア国際空港に到着しました。搭乗機は、9時50分発のチャイナ・エアラインのCI151便ですから、旅行社カウンターの集合時間は7時50分でした。

    セントレア国際空港に到着しました。搭乗機は、9時50分発のチャイナ・エアラインのCI151便ですから、旅行社カウンターの集合時間は7時50分でした。

  • 同じく、セントレア国際空港のターミナルビル内の3階フロアーの光景です。

    同じく、セントレア国際空港のターミナルビル内の3階フロアーの光景です。

  • 保安検査場のピーク時間帯表示です。大規模な団体客があるのでしょうか、8時から9時の間のピークを表示していました。9時50分の便ですから、9時過ぎの保安検査を受ければ良さそうです。

    イチオシ

    保安検査場のピーク時間帯表示です。大規模な団体客があるのでしょうか、8時から9時の間のピークを表示していました。9時50分の便ですから、9時過ぎの保安検査を受ければ良さそうです。

  • いつものパターンのスカイデッキからの駐機ウォッチングです。目新しい機材を見ることはありませんので、かなりのマンネリになりました。国際線の駐機場光景です。

    いつものパターンのスカイデッキからの駐機ウォッチングです。目新しい機材を見ることはありませんので、かなりのマンネリになりました。国際線の駐機場光景です。

  • 手前が大韓航空、コリアン・エアー機、右奥がタイ国際航空機です。コリアン・エアー機には派手に絵が描かれていました。どちらも定期便です。

    手前が大韓航空、コリアン・エアー機、右奥がタイ国際航空機です。コリアン・エアー機には派手に絵が描かれていました。どちらも定期便です。

  • 太陽光パネルが敷き詰められた屋上光景です。自家消費電力として使用されているようです。

    太陽光パネルが敷き詰められた屋上光景です。自家消費電力として使用されているようです。

  • 国内線の駐機場光景です。国内二強のJALとANAとその関係会社がほとんどのようです。最近は格安航空機も目にすることがあります。

    国内線の駐機場光景です。国内二強のJALとANAとその関係会社がほとんどのようです。最近は格安航空機も目にすることがあります。

  • ターミナルビル内の4階フロアー光景です。中央奥に、赤い帽子を被った謎の旅人フーさんの姿が見えました。フーさんは、いつも笑顔です。

    ターミナルビル内の4階フロアー光景です。中央奥に、赤い帽子を被った謎の旅人フーさんの姿が見えました。フーさんは、いつも笑顔です。

  • ターミナルビル内の3階フロアー光景です。4階から見下ろした光景か、下りのエスカレーターの上からの撮影だったかもしれません。

    ターミナルビル内の3階フロアー光景です。4階から見下ろした光景か、下りのエスカレーターの上からの撮影だったかもしれません。

  • 国際線の出発便の表示ボードです。チャイナ・エアラインの台北行きのCI151便が、上から二行目に表示されていました。現在時刻は8時31分ですから、まだ保安検査は早そうです。

    国際線の出発便の表示ボードです。チャイナ・エアラインの台北行きのCI151便が、上から二行目に表示されていました。現在時刻は8時31分ですから、まだ保安検査は早そうです。

  • 保安検査、出国手続きを済ませ、出発ゲート近くからの撮影です。中央やや右手にチャイナ・エアラインの尾翼が見えていました。

    保安検査、出国手続きを済ませ、出発ゲート近くからの撮影です。中央やや右手にチャイナ・エアラインの尾翼が見えていました。

  • セントレア国際空港に駐機中のチャイナ・エアラインの機材光景です。定期便ですから、いつも定位置が決まっているようです。

    セントレア国際空港に駐機中のチャイナ・エアラインの機材光景です。定期便ですから、いつも定位置が決まっているようです。

  • チャイナ・エアラインの151便でセントレアを定刻の9時50分に出発しました。3時間ほどフライトし、名古屋の現在時刻の12時52分を表示していました。本来ならば、既に到着している時刻ですが、残余の時間の27分が、この画面で表示されていました。

    チャイナ・エアラインの151便でセントレアを定刻の9時50分に出発しました。3時間ほどフライトし、名古屋の現在時刻の12時52分を表示していました。本来ならば、既に到着している時刻ですが、残余の時間の27分が、この画面で表示されていました。

  • セントレア国際空港から、台湾桃園国際空港までの航路の表示です。予定では3時間のフライトで11時50分の到着でしたが、30分ほど遅れて到着しました。強い偏西風の影響があったようです。時差が日本に対してマイナス1時間です。

    セントレア国際空港から、台湾桃園国際空港までの航路の表示です。予定では3時間のフライトで11時50分の到着でしたが、30分ほど遅れて到着しました。強い偏西風の影響があったようです。時差が日本に対してマイナス1時間です。

  • 台湾桃園国際空港の第二到着ターミナルビル内の光景です。入国審査に向かう途中の光景です。広々とした通路です。

    台湾桃園国際空港の第二到着ターミナルビル内の光景です。入国審査に向かう途中の光景です。広々とした通路です。

  • 台湾桃園国際空港の第二ターミナルに到着し、入国審査に向かう途中の光景です。『入境検査』は直進の表示です。

    台湾桃園国際空港の第二ターミナルに到着し、入国審査に向かう途中の光景です。『入境検査』は直進の表示です。

  • 台湾桃園国際空港の第二ターミナルの国際便到着ボードです。チャイナ・エアラインのCI151便が一番上に表示されていました。予定より32分遅れの12時22分の到着でした。

    台湾桃園国際空港の第二ターミナルの国際便到着ボードです。チャイナ・エアラインのCI151便が一番上に表示されていました。予定より32分遅れの12時22分の到着でした。

  • スムーズに入国審査も済み、現地ガイドさんとも合流しました。この後、1時間ほど、他のツアーメンバーの方達の到着を待つことになりました。

    スムーズに入国審査も済み、現地ガイドさんとも合流しました。この後、1時間ほど、他のツアーメンバーの方達の到着を待つことになりました。

  • 待ち合わせ場所の光景です。頭上に騎馬像のレプリカの絵が飾られていました。中国の歴史絵巻のようでした。

    待ち合わせ場所の光景です。頭上に騎馬像のレプリカの絵が飾られていました。中国の歴史絵巻のようでした。

  • 台湾桃園国際空港の到着ロビーの光景です。日本各地からの出発地だったらしく、全員揃うのには、優に1時間はかかりました。

    台湾桃園国際空港の到着ロビーの光景です。日本各地からの出発地だったらしく、全員揃うのには、優に1時間はかかりました。

  • 全員が揃うまでの待ち時間の間での見学です。ライブのジャズ演奏の光景です。何かの記念イベントのようでした。

    全員が揃うまでの待ち時間の間での見学です。ライブのジャズ演奏の光景です。何かの記念イベントのようでした。

  • 中々のテクニックを持ったサックス奏者の方を中心にした熱演でした。背後に『2014・桃園国際機場美食節』の看板がありました。フード・フェスティヴァルのイベントでした。

    イチオシ

    中々のテクニックを持ったサックス奏者の方を中心にした熱演でした。背後に『2014・桃園国際機場美食節』の看板がありました。フード・フェスティヴァルのイベントでした。

  • 全員が揃ったところで、バスの駐車場所への移動です。この後の道中が心配される、40人近い大人数でした。

    全員が揃ったところで、バスの駐車場所への移動です。この後の道中が心配される、40人近い大人数でした。

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2014春、台湾旅行記9(上巻)

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