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 高雄市にある台湾南部屈指の古刹、三鳳宮の紹介です。清朝時代の1672年の創建とされますが、現在の建物は300年後の1972年に建替えられたものです。その後、高雄港近くの寿山に登りました。

2014春、台湾旅行記9(15/33):5月7日(10):高雄、三鳳宮、釈迦三尊像、寿山公園、高雄港の眺望

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2014/05/06 - 2014/05/10

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旅行記グループ 2014春、台湾旅行記9(上巻)

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

 高雄市にある台湾南部屈指の古刹、三鳳宮の紹介です。清朝時代の1672年の創建とされますが、現在の建物は300年後の1972年に建替えられたものです。その後、高雄港近くの寿山に登りました。

  • 三鳳宮に置かれていたカラフルな木魚の光景です。木魚の名前に相応しい、大きな魚が描かれていました。漆塗りの仕上げのように見えます。

    三鳳宮に置かれていたカラフルな木魚の光景です。木魚の名前に相応しい、大きな魚が描かれていました。漆塗りの仕上げのように見えます。

  • 回廊部分の光景です。柱はすべて、朱塗りに仕上げられていました。欄干は彫刻を施した白い石材です。

    回廊部分の光景です。柱はすべて、朱塗りに仕上げられていました。欄干は彫刻を施した白い石材です。

  • 日本でも、『三人寄れば文殊の知恵』などの言葉に代表されるように、よく知られた文殊菩薩像です。襷に名前が記されていました。

    日本でも、『三人寄れば文殊の知恵』などの言葉に代表されるように、よく知られた文殊菩薩像です。襷に名前が記されていました。

  • 後ろが釈迦牟尼像です。襷に南無本師釈迦牟尼の文字がありました。その前の小振りの像は、観世音菩薩像です。釈迦牟尼あるいは釈迦如来は、仏教の開祖であるお釈迦様の尊称です。

    後ろが釈迦牟尼像です。襷に南無本師釈迦牟尼の文字がありました。その前の小振りの像は、観世音菩薩像です。釈迦牟尼あるいは釈迦如来は、仏教の開祖であるお釈迦様の尊称です。

  • 蓮の花を手にした、普賢菩薩像です。普賢菩薩(ふげんぼさつ)の梵名は、サマンタ・バドラ、『普く賢い者』の意味とされます。文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍として祀られることが多いようです。

    蓮の花を手にした、普賢菩薩像です。普賢菩薩(ふげんぼさつ)の梵名は、サマンタ・バドラ、『普く賢い者』の意味とされます。文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍として祀られることが多いようです。

  • 左右に文殊菩薩と普賢菩薩を従えた中央の釈迦如来像です。釈迦三尊の仏像配置です。文殊菩薩と普賢菩薩の脇侍のほか、梵天と帝釈天、薬王菩薩と薬上菩薩を配置することがあります。また、宗派によっては羅漢を配置することもあります。

    左右に文殊菩薩と普賢菩薩を従えた中央の釈迦如来像です。釈迦三尊の仏像配置です。文殊菩薩と普賢菩薩の脇侍のほか、梵天と帝釈天、薬王菩薩と薬上菩薩を配置することがあります。また、宗派によっては羅漢を配置することもあります。

  • 石段の脇に置かれた観葉植物のような鉢植えと、その右手に見えるレリーフ像です。下のレリーフは三鳳の文字と鳳凰、その上が雲竜図です。

    石段の脇に置かれた観葉植物のような鉢植えと、その右手に見えるレリーフ像です。下のレリーフは三鳳の文字と鳳凰、その上が雲竜図です。

  • 足が速いことで知られる、韋駄菩薩像です。韋駄天や韋陀、韋天将軍の名前でも呼ばれることもあります。道教の韋将軍信仰と習合した影響で、一般的には唐風の甲冑を纏って剣を持つ若い武将の姿で描かれることが多いとされます。この像もその例です。

    足が速いことで知られる、韋駄菩薩像です。韋駄天や韋陀、韋天将軍の名前でも呼ばれることもあります。道教の韋将軍信仰と習合した影響で、一般的には唐風の甲冑を纏って剣を持つ若い武将の姿で描かれることが多いとされます。この像もその例です。

  • 伽藍菩薩像です。中国後漢末期に劉備に仕えた関羽が神格化され、関帝、あるいは関聖帝君と呼ばれていますが、伽藍神や伽藍菩薩をはじめ、多くの呼び名を持ちます。関羽は生前に武将としての高い知名度を持ちながら、非業の死を遂げました。その非業の死に関わる呂蒙を始め、多くの人物が次々と亡くなったことで、神格化されたようです。

    伽藍菩薩像です。中国後漢末期に劉備に仕えた関羽が神格化され、関帝、あるいは関聖帝君と呼ばれていますが、伽藍神や伽藍菩薩をはじめ、多くの呼び名を持ちます。関羽は生前に武将としての高い知名度を持ちながら、非業の死を遂げました。その非業の死に関わる呂蒙を始め、多くの人物が次々と亡くなったことで、神格化されたようです。

  • にこやかな顔の老若男女の5人が刻まれたレリーフ像です。中央の人が、王様のようにも見えます。

    にこやかな顔の老若男女の5人が刻まれたレリーフ像です。中央の人が、王様のようにも見えます。

  • 赤提灯の飾りが一杯の境内光景です。お祭りなどの一時的な飾りではなく、普段から飾られているように見えました。

    赤提灯の飾りが一杯の境内光景です。お祭りなどの一時的な飾りではなく、普段から飾られているように見えました。

  • 場所を変えて眺めた、赤提灯の飾りが一杯の境内光景です。国泰民安の文字が記された提灯でした。戦線が見えていましたから、夜は明かりが灯りそうです。

    イチオシ

    場所を変えて眺めた、赤提灯の飾りが一杯の境内光景です。国泰民安の文字が記された提灯でした。戦線が見えていましたから、夜は明かりが灯りそうです。

  • 中庭のようになった1階から見上げた、2階の光景です。屋根瓦の緑、柱の朱塗りと欄干の白い石が主要な色彩でした。

    中庭のようになった1階から見上げた、2階の光景です。屋根瓦の緑、柱の朱塗りと欄干の白い石が主要な色彩でした。

  • 緑色の屋根瓦と、その上に並べられた魔除けの置物です。魔除けの動物も緑色で統一されていました。

    イチオシ

    緑色の屋根瓦と、その上に並べられた魔除けの置物です。魔除けの動物も緑色で統一されていました。

  • 天井から吊下げられた大太鼓の光景です。金具を使ってしっかりと胴体が固定してありましたから、この状態で叩かれるようです。

    天井から吊下げられた大太鼓の光景です。金具を使ってしっかりと胴体が固定してありましたから、この状態で叩かれるようです。

  • 2階と1階を結んだ階段光景です。まだ新しく見える石製の階段は、いかにも機械彫りらしい平面的なレリーフがありました。中央奥に見えているのは、焼却炉の煙突のようです。

    2階と1階を結んだ階段光景です。まだ新しく見える石製の階段は、いかにも機械彫りらしい平面的なレリーフがありました。中央奥に見えているのは、焼却炉の煙突のようです。

  • 境内の傍らにあった小さな仏像の光景です。左の方に満面笑顔の恵比寿さんか布袋さん、右の方に蓮座に乗った白い菩薩像がありました。

    境内の傍らにあった小さな仏像の光景です。左の方に満面笑顔の恵比寿さんか布袋さん、右の方に蓮座に乗った白い菩薩像がありました。

  • 円形の天蓋の光景です。上部に向かって螺旋風に造られているようです。その中央からシャンデリアが吊下げられていました。

    円形の天蓋の光景です。上部に向かって螺旋風に造られているようです。その中央からシャンデリアが吊下げられていました。

  • 赤地に金文字で揮毫された『神威顕赫』の扁額です。『顕赫』は、『盛んに輝くさま』を意味するようです。神の威力を称えた四字熟語のようです。

    赤地に金文字で揮毫された『神威顕赫』の扁額です。『顕赫』は、『盛んに輝くさま』を意味するようです。神の威力を称えた四字熟語のようです。

  • 2枚の扁額が懸った室内光景です。左の扁額の『護国佑民』は、行政院任命直轄市長の第三代の許水?(1982〜1985年)の落款がありました。右の『熱心公益』の扁額には、第四代の蘇南成(1985〜1990年)の落款がありました。

    2枚の扁額が懸った室内光景です。左の扁額の『護国佑民』は、行政院任命直轄市長の第三代の許水?(1982〜1985年)の落款がありました。右の『熱心公益』の扁額には、第四代の蘇南成(1985〜1990年)の落款がありました。

  • 横から眺めた赤提灯の飾りです。目の前には、金箔で仕上げられたらしい立派なお供え物の台が二列に並んでいました。

    横から眺めた赤提灯の飾りです。目の前には、金箔で仕上げられたらしい立派なお供え物の台が二列に並んでいました。

  • 同じく、横から眺めた赤提灯の飾りです。こちら方向に向かってお祈りする人の姿もありましたから、早くこの場所を移動したが良さそうです。

    同じく、横から眺めた赤提灯の飾りです。こちら方向に向かってお祈りする人の姿もありましたから、早くこの場所を移動したが良さそうです。

  • 損傷防止のため、下部が金属柵で囲まれた石柱の光景です。ダイナミックな彫刻が施され、金属柵の一部が拡げられていました。

    イチオシ

    損傷防止のため、下部が金属柵で囲まれた石柱の光景です。ダイナミックな彫刻が施され、金属柵の一部が拡げられていました。

  • 同じく、下部が金属柵で囲まれた石柱の光景です。精緻な石柱の彫刻を最初に見たのは、台北の古刹、龍山寺でしたが、その後もいくつか目にする機会がありました。

    同じく、下部が金属柵で囲まれた石柱の光景です。精緻な石柱の彫刻を最初に見たのは、台北の古刹、龍山寺でしたが、その後もいくつか目にする機会がありました。

  • 円形の透かし彫りの雲竜図です。二頭の龍の姿がありました。左手に三名の寄進者の名前が記されていました。最近は、手彫りより、機械彫りが多いような話を聞いたことがあります。

    円形の透かし彫りの雲竜図です。二頭の龍の姿がありました。左手に三名の寄進者の名前が記されていました。最近は、手彫りより、機械彫りが多いような話を聞いたことがあります。

  • ここからは場所が代わって、寿山公園の紹介です。寿山は、高雄市南西の海に臨む位置の山の一つです。その地質は隆起したサンゴ礁の石灰岩のため、天然の洞穴が多いとされます。前方に見えるのは高雄港です。

    ここからは場所が代わって、寿山公園の紹介です。寿山は、高雄市南西の海に臨む位置の山の一つです。その地質は隆起したサンゴ礁の石灰岩のため、天然の洞穴が多いとされます。前方に見えるのは高雄港です。

  • 同じく、寿山の一角にある寿山公園からの眺望です。家並の先に、高雄港が霞んで見えています。

    同じく、寿山の一角にある寿山公園からの眺望です。家並の先に、高雄港が霞んで見えています。

  • 寿山の一角にある寿山公園からの眺望が続きます。左手に、高尾市街の一部が見える光景です。

    寿山の一角にある寿山公園からの眺望が続きます。左手に、高尾市街の一部が見える光景です。

  • 色々な色彩が混じった、シチヘンゲ(七変化)の花です。ランタナの呼び名もあります。クマツヅラ科のシチヘンゲ属の常緑小低木です。

    色々な色彩が混じった、シチヘンゲ(七変化)の花です。ランタナの呼び名もあります。クマツヅラ科のシチヘンゲ属の常緑小低木です。

  • ガジュマル(細葉榕)の樹です。気根が縦横無尽に伸び、絡みついています。クワ科イチジク属の常緑高木です。

    ガジュマル(細葉榕)の樹です。気根が縦横無尽に伸び、絡みついています。クワ科イチジク属の常緑高木です。

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