2012/10/09 - 2012/10/14
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タリン旧市街の散策を終え、全員が約束の時間にラエコヤ広場に面した広場の旧市庁舎前に再集合しました。エストニア風のサーモン・グリルの昼食の後、次の見学地のラトビアのリガに向かいました。(ウィキペディア、るるぶ・バルト三国)
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タリンは、デンマーク王の侵出によって建設が始められた町で、その名前は、『デンマーク人の城(ターニ・リン :Taani Linn)』に由来するようです。13世紀にはドイツ人商人が住み着き、ハンザ同盟の都市として発展しました。冬も凍らない港を持つタリンは、貿易の拠点として繁栄し、15世紀には現在の街並みが完成しました』(同上)
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タリンの旧市街は、ヨーロッパにおいて最も中世の姿を留めているとも言われます。現在でも14~15世紀に建てられた石造りの住居が数多く残されています。ユネスコはタリンの歴史的な景観を評価し、1997年に文化遺産として『Historic Centre (Old Town) of Tallinn』を登録しました。そのタリンの見どころは、旧市街の城壁内に集まっていて、その規模は東西約800メートル、南北約900メートルほどです。主な見どころは、ほとんど徒歩だけで観光が可能です。中世の街並みではとチェコのプラハなどが人気を集めていますが、タリンのように静かで小さな町も魅力があります。(同上)
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『Tallinn Town Hall(エストニア語:Tallinna raekoda)』の表示があった説明パネルの光景です。市庁舎跡の建物の石柱に取り付けられていました。タリン市庁舎は、少なくとも1332年以来存在しています。市庁舎は、1402~1404年に現在の姿に改築されました。ゴシック様式の建物です。(同上)
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タリンの旧市街は、ヨーロッパ)において最も中世の姿を留めているとも言われまますが、第二次大戦では大きな被害を受けました。その写真展の紹介です。タリン中心街の『ハルジュ通り』の被害光景です。この状態でも、第二次大戦の空襲被害が比較的小差かった方に入るようです。北欧で唯一、中世からそのままの姿を残す旧市庁舎があることでは納得できます。(同上))
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こちらの写真も、第二次大戦時の被災写真のようです。エストニアは、ナチス・ドイツ軍とロシア軍の双方から空襲を受けたようです。1918年にツァリー支配の『ロシア帝国(1721~1917年)』からの独立を果たしましたが、20年でソビエト連邦に編入され、その後、約50年を経て、ソビエト崩壊により独立国となりました。1991年9月のことでした。(同上)
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バルト三国が、悲願の独立にむけ戦った方法、それは『歌』でした。今回見学できなかった場所で、残念だったのが、タリン郊外にある『歌の原』でした。5年に一度歌の祭典が開かれています。約50年もの間、バルト三国は暴力に訴えることをせず、独立への想いを込めて『歌と踊りの祭典』を行い、自国民であるという誇りや伝統文化を受け継いできました。(同上)
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写真のタイトルは確認できませんでしたが、戦災を受けた町の光景ではありませんでした。推測になりますが、中央、やや右奥の塔は、『キーク・イン・デ・キョク』のような建物に見えました。『台所をのぞけ』という、不思議な名前を持つ石造りの砲塔です。(同上)
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『ハルジュ通り(Harju Street)』のタイトルがあった説明看板の光景です。『ハルジュ通り』の歴史的な聖ニコラス教会の隣に位置する屋外アイス・スケートリンクは、12月の初めにオープンし、3月末から4月の初め頃まで開かれているようです。ハルジュ通りはタリン旧市街の南の入口の自由広場から聖ニコラス教会東側からラエコヤ広場まで北上する通りです。(同上)
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沢山の表示があった、道案内標識の光景です。エストニア語表記の下に、英語表記もありました。左向きの矢印は上から、『エストニア・ナショナル・オペラ』、『エストニア・ドラマ・シアター』、『エストニア・シアター&ミュージック・ミュージアム』でした。右手前向きの矢印が『エストニア・ヒストリー・ミュージアム』でした。(同上)
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車の通行止めに並んだ、置石の光景です。自然石か、コンクリート製かは分かりませんでしたが、鳥の形をしていました。自然石にしては不自然な頭部の形ですから、コンクリート製かも知れませんが、不粋な姿ではなく、町の景観アップに寄与していました。日光東照宮のお猿さんに例えれば、『動かず、通さず、人の邪魔もせず』の鳥さん達でした。(同上)
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イチオシ
『自由十字章と独立戦争の記念碑』の光景です。タリン旧市街の南側の入口になる『自由広場(フリーダム・スクエア)』にある記念碑です。ガラスが多く使用された塔で、夜は明かりが灯るようです。ネット写真でも、その転用状況を見ることが出来ます。ネット情報によれば、エストニア博物館が所有するもので、2009年6月23日の戦勝記念日に除幕された高さ28メートルの塔です。(同上)
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同じく、『自由十字章と独立戦争の記念碑』と、その周りの光景です。記念碑が建つ広場は、2009年に造られた『自由広場(フリーダム・スクエア)』、記念碑も同時期に造られました。独立戦争の戦没者に捧げられています。(同上)
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排水路の光景になるようですが、取り敢えず撮影しただけの1枚です。大きな樹木や曾良など、周りの光景が映り込んでいました。推測に過ぎませんが、城壁の守りの水路だったかも知れません。(同上)
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城壁の多重の守りの構造を説明したイラスト図のようです。1番目は、上げ下ろしが出来る橋が架かり、その袂には大北等が左右に配され、守りの兵が収容できるようです。二番目は小さ目の城門のようですが、門を閉め切れば、袋小路の敵兵を前後から区げきできるようです。三番目が、城壁に設けられた大きな門です。その手前には、側面からの兵力投入が出来る施設らしいものがありました。(同上)
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まだ少しだけ緑も残っていましたが、見頃になっていた黄葉の大木の光景です。右手に見えているのは、『聖ヨハネ教会』の施設の一部かと思いましたが、違っていたようです。斜面に生えた大木が大切に育てられているように見えました。黄葉ではなく、褐葉に近い色合いになっていました。(同上)
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少し離れた場所から撮影した、先ほどの黄葉の樹木の光景です。写真の左端には、オレンジ色のトンガリ帽子の屋根が見えましたが、タリン歴史遺跡の一部になるようでした。(同上)
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『自由広場』の範囲に含まれているような位置にあった池の光景です。手元のガイドブックの『るるぶ・バルト三国』は、2011年初版でしたから、『自由広場』のことを含め、新しい情報はまだ記述されていませんでした。(同上)
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イチオシ
『聖ヨハネ教会』の建物正面光景です。『聖ヨハネ教会(エストニア語:Jaani kirik )』は、エストニアのタリンにあるルーテル教区教会です。『福音記者ヨハネ』とも呼ばれる、イエス・キリストの使徒の一人です。1862年に建設が始まり、1867年に完成した教会です。『聖ヨハネ(紀元前6年/前2年頃~36年頃)』は、聖人の概念を持つ全ての教派で、聖人として崇敬されています。ヨハネは兄のヤコブとともにガリラヤ湖で漁師をしていましたが、ナザレのイエスと出会い、その最初の弟子の一人となりました。(同上)
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『聖ヨハネ教会』の尖塔のズームアップ光景です。ネオゴシック様式で建てられていて、セットアーチが高くそびえ立っています。非常に大きな建物で、三つの主要な通路にまたがり、西端に高い塔があり、装飾的な尖塔があります。合唱団と内陣、小さな半円形の後陣、そして大きなベストリーがあります。教会はタリンの自由広場の東端に位置し、広場の中心的な建物です。マスターメイソンと建物の監督者はカールセンセンバーグであり、教会の建築家は『クリストフオーガストガブラー(1820~1884年)』、都市のネイティブ建築家でした。(同上)
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『聖ヨハネ教会』の周りの黄葉光景です。教会の建物は、1930年代と1950年代に取り壊す計画が起きたようですが、地元の反対により、どちらの取り壊し計画も実現しませんでした。取り壊しの理由は、そのスタイルがフリーダムスクエアの他の建物に不快感を与えたと感じた建築家やプランナーによって提案されたようです。(同上)
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球状のものが半分顔を出し、文字が記されたモニュメント風の石標の光景です。その文字は『Solidaarsus]』のようでしたが、翻訳できませんでした。『自由広場(フリーダム・スクエア)』のシンボルの一つかも知れません。(同上)
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古木の根元光景です。根元に大きな湖簿がありました。推測ですが、移植される時か、この場所が定位置になった時に余分な幹が切り取られたようでした。樹種は分かりませんでしたが、更に大木になりそうな樹木でした。(同上)
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タリン市街の光景です。市電が走っているようでした。タリン市電のルーツは、1888年から営業運転を開始した馬車鉄道とされます。第1次世界大戦の影響で、一時雲崗が休止されましたが、馬車鉄道は1921年にガソリンエンジンを用いた気動車によって運行を再開したようです。(同上)
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タリン市電(エストニア語:Tallinna trammiliiklus)は、エストニアの首都・タリンを走る、同国唯一の路面電車です。軌間は1,067 mmの狭軌です。タリンの路線バスやトロリーバスを含めた公共交通機関を管理する『タリン市交通会社(エストニア語:Tallinna Linnatranspordi Aktsiaselts)』が運営しています。写真のバスが、トロリーバスです。(同上)
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タリンで戴いた、この日の昼食です。器が傾いているのではありません。大型のお洒落な姿のスープの器でした。写真がありませんが、ハウスワインの白を注文したような記憶です。見た目も味も良く、美味しく、残さず頂きました。(同上)
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イチオシ
エストニアは、国連の分類によれば北欧の国です。北欧と言えば、魚はサーモン、メインの料理は、そのサーモンでした。こちらも、もちろん残さず頂きました。エストニア産のサーモンは、『バルト・サーモン』の名前で、日本にも輸入されているようでした。こちらも白ワインにピッタリです。(同上)
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昼食のレストランの名前は確認できませんでしたが、そのレストランの周りの光景になります。タリンの郊外になるようでした。駐車場の先には、常緑樹と黄葉樹が仲良く並んでいました。(同上)
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今回のバルト三国旅行でお世話になった観光バスの紹介です。車体に大きく、『Vilneda』の文字医がありました。ネット検索によれば、『ヴィルネダ』は2005年にリトアニア観光協会に加盟したバス会社のようでした。(同上)
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名前:『ゼラニウム』
分類:フウロソウ科テンジクアオイ属
分布:南アフリカ原産
その他:和名は、『テンジクオアイ(天竺葵)』です。ヨーロッパの窓辺でよく見かける花です。薬草としても知られます。(同上) -
昼食のお店の周りの光景だったようです。芝生の中に建つのは、鮮やかな色のエストニアのポストです。エストニアの見学を終えて、隣国のラトビアの首都のリガに向かいました。リガは、今晩の宿泊地です。手元のガイドブックには、タリンとリガの間には、1日10本以上の国際バスが運行し、所要時間は4~5時間と紹介されていました。(同上)
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