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タリン旧市街にある、老舗の薬屋さん紹介の続きです。現地ガイドさんによれば、世界的にも屈指の老舗の薬局と紹介されていました。タリンの下町の中心地、ラエコヤ広場の北側に面した場所にありました。(ウィキペディア、るるぶ・バルト三国)

2012秋、バルト三国旅行記(7/40):10月10日(5):エストニア、タリン、老舗薬店、薬草、ラエコヤ広場

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2012/10/09 - 2012/10/14

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旅人のくまさん

旅人のくまさんさん

タリン旧市街にある、老舗の薬屋さん紹介の続きです。現地ガイドさんによれば、世界的にも屈指の老舗の薬局と紹介されていました。タリンの下町の中心地、ラエコヤ広場の北側に面した場所にありました。(ウィキペディア、るるぶ・バルト三国)

  • 『市議会薬局』の室内から眺めた、ラエコヤ広場の光景です。『ラエコヤ』は、エストニア語で『市庁舎』を意味し、その名の通り、広場の南側には15世紀のゴシック様式の旧市庁舎が建っています。 広場周辺には、かつてのドイツ商人たちの商館が建ち並び、現在はレストランやショップとして利用されています。 (同上)<br />

    イチオシ

    『市議会薬局』の室内から眺めた、ラエコヤ広場の光景です。『ラエコヤ』は、エストニア語で『市庁舎』を意味し、その名の通り、広場の南側には15世紀のゴシック様式の旧市庁舎が建っています。 広場周辺には、かつてのドイツ商人たちの商館が建ち並び、現在はレストランやショップとして利用されています。 (同上)

  • 『市議会薬局』の天井の光景です。はっきりとは分かりませんでしたが、唐草文様風の装飾がありました。『天井のペイントは中世時代のもの』とのネット情報もありました。二段になった天井の造りでした。(同上)

    『市議会薬局』の天井の光景です。はっきりとは分かりませんでしたが、唐草文様風の装飾がありました。『天井のペイントは中世時代のもの』とのネット情報もありました。二段になった天井の造りでした。(同上)

  • 壁面に飾られていたレリーフの装飾です。推測ですが、ギリシャ神話を起源とする、医学や薬学に関係がありそうなモチーフのようです。ネット情報によれば、1635年に遡るという経営者の『Burcharts家の紋章』とも言われます。それらしい文字も読み取れました。(同上)

    壁面に飾られていたレリーフの装飾です。推測ですが、ギリシャ神話を起源とする、医学や薬学に関係がありそうなモチーフのようです。ネット情報によれば、1635年に遡るという経営者の『Burcharts家の紋章』とも言われます。それらしい文字も読み取れました。(同上)

  • 棚に飾られた小瓶の光景です。薬用として使われているらしい各種の植物や動物が漬け込まれているようでした。小瓶のほか、大きな壺に詰められた品もありました。少し怪しげな中世からの品もあるようですが、ユーモアも感じられる『失恋の痛手に効く薬』もあるようです。(同上)

    棚に飾られた小瓶の光景です。薬用として使われているらしい各種の植物や動物が漬け込まれているようでした。小瓶のほか、大きな壺に詰められた品もありました。少し怪しげな中世からの品もあるようですが、ユーモアも感じられる『失恋の痛手に効く薬』もあるようです。(同上)

  • 天井から吊るされた、3種類の薬草の展示です。写真や絵ではなく、実物を押し葉にしたものでした。この後、写真を拡大して紹介します。隣接する展示室には、薬剤・医療に関する貴重な骨董品が並んでいました。(同上)

    天井から吊るされた、3種類の薬草の展示です。写真や絵ではなく、実物を押し葉にしたものでした。この後、写真を拡大して紹介します。隣接する展示室には、薬剤・医療に関する貴重な骨董品が並んでいました。(同上)

  • 文字は小さくて読み取れませんでしたから、推測での説明になります。<br />名前:『アオシソ(青紫蘇)』<br />分類:シソ科シソ属<br />原産:中国中南部の原産<br />薬効等:葉は軽い発汗作用がありカゼや咳に用い、また、気分を発散させる作用があり神経性の咳や喉の閉塞感、精神症状などに用いる。(同上)

    文字は小さくて読み取れませんでしたから、推測での説明になります。
    名前:『アオシソ(青紫蘇)』
    分類:シソ科シソ属
    原産:中国中南部の原産
    薬効等:葉は軽い発汗作用がありカゼや咳に用い、また、気分を発散させる作用があり神経性の咳や喉の閉塞感、精神症状などに用いる。(同上)

  • 笹のような葉と、一重咲きの黄色の花を咲かせた薬草の押し花です。名前は特定できませんでした。『黄色の花の薬草』でネット検索しましたら、『キクイモ(菊芋)』などが似ているようでした。キクイモは、食用にはなりますが、薬草ではないようです。(同上)

    笹のような葉と、一重咲きの黄色の花を咲かせた薬草の押し花です。名前は特定できませんでした。『黄色の花の薬草』でネット検索しましたら、『キクイモ(菊芋)』などが似ているようでした。キクイモは、食用にはなりますが、薬草ではないようです。(同上)

  • 名前:『スベリヒユ』:推定<br />分類:スベリヒユ科スベリヒユ属<br />分布:世界の熱帯から温帯にかけて幅広く分布。<br />薬効:野菜として、生または乾燥品を食用にできるほか、古代ローマのプリニウスの『博物誌』では、porcillaca として、さまざまな傷病に効く薬草として紹介されています。(同上)

    名前:『スベリヒユ』:推定
    分類:スベリヒユ科スベリヒユ属
    分布:世界の熱帯から温帯にかけて幅広く分布。
    薬効:野菜として、生または乾燥品を食用にできるほか、古代ローマのプリニウスの『博物誌』では、porcillaca として、さまざまな傷病に効く薬草として紹介されています。(同上)

  • こちらには、6種類の薬草の押し葉、押し花がありました。最上段の左側は、踊子草に似た花のシソ科の植物のようです。中段の右側はキク科の『セイヨウタンポポ(西洋蒲公英)』に間違いありません。有用な野草が主体のようでした。(同上)

    こちらには、6種類の薬草の押し葉、押し花がありました。最上段の左側は、踊子草に似た花のシソ科の植物のようです。中段の右側はキク科の『セイヨウタンポポ(西洋蒲公英)』に間違いありません。有用な野草が主体のようでした。(同上)

  • 薬剤の道具類等が展示されたガラス棚の光景です。最下段の金属製のすりこ木やバケツなどは、長年使用されてきたものに見えました。これらの品は、現在の薬局で使用するものではなく、骨董的な価値を持った品々のようでした。(同上)

    薬剤の道具類等が展示されたガラス棚の光景です。最下段の金属製のすりこ木やバケツなどは、長年使用されてきたものに見えました。これらの品は、現在の薬局で使用するものではなく、骨董的な価値を持った品々のようでした。(同上)

  • 薬草の解説本の展示のようです。なぜか、大きな製本の中に、小さなページが貼り付けてありました。その貼り付けられたページは、複製された手書きの薬草と、タイプで清書されたらしい解説文のようでした。(同上)

    薬草の解説本の展示のようです。なぜか、大きな製本の中に、小さなページが貼り付けてありました。その貼り付けられたページは、複製された手書きの薬草と、タイプで清書されたらしい解説文のようでした。(同上)

  • 『市議会薬局』の前から眺めた、ラエコヤ広場の南側に隣接する『旧市庁舎』の光景です。北欧にただ一つ残る歴史的建造物とされます。1322年に記録に登場し、1404年に現在の姿に改修されました。八角形の尖塔の上には、『トーマスじいさん』の呼び名を持つ、監視兵の風見があります。(同上)

    『市議会薬局』の前から眺めた、ラエコヤ広場の南側に隣接する『旧市庁舎』の光景です。北欧にただ一つ残る歴史的建造物とされます。1322年に記録に登場し、1404年に現在の姿に改修されました。八角形の尖塔の上には、『トーマスじいさん』の呼び名を持つ、監視兵の風見があります。(同上)

  • 同じく、『市議会薬局』の前から眺めた、ラエコヤ広場の南東角方面の光景です。『トーマスじいさん』が風見鶏の尖塔は、高さ64メートルで、八角形です。トーマスじいさんの像が初めて市庁舎に設置されたの1530年、その後第2次世界大戦中の1944年に塔が爆撃被害を受けるまで400年以上にも亘りタリンの町を見守り続けました。戦後、1952年に塔は修復されました。(同上)

    同じく、『市議会薬局』の前から眺めた、ラエコヤ広場の南東角方面の光景です。『トーマスじいさん』が風見鶏の尖塔は、高さ64メートルで、八角形です。トーマスじいさんの像が初めて市庁舎に設置されたの1530年、その後第2次世界大戦中の1944年に塔が爆撃被害を受けるまで400年以上にも亘りタリンの町を見守り続けました。戦後、1952年に塔は修復されました。(同上)

  • ハンザ同盟の紹介です。全盛期のハンザ同盟は約200の都市から構成されたと言われます。しかし、加入の際に具体的な条約・協定が締結されたわけではないので、ハンザ同盟都市と言えるかどうか曖昧な都市も少なくないようです。また、都市以外にもドイツ騎士団とディートマルシェの農民団がハンザ同盟に加わっていました。タリンは、バルト海東岸の加盟都市の一つでした。(同上)

    ハンザ同盟の紹介です。全盛期のハンザ同盟は約200の都市から構成されたと言われます。しかし、加入の際に具体的な条約・協定が締結されたわけではないので、ハンザ同盟都市と言えるかどうか曖昧な都市も少なくないようです。また、都市以外にもドイツ騎士団とディートマルシェの農民団がハンザ同盟に加わっていました。タリンは、バルト海東岸の加盟都市の一つでした。(同上)

  • ハンザ同盟都市の中でも、都市によってハンザに対する態度は異なります。リューベック、ハンブルクなどの都市は同盟の維持に熱心だったが、当時ドイツで最大の都市だったケルンは同盟内でも独自行動が目立ったとされます。ケルンの名前は、①世紀にローマの『コロニア(植民地)』として創建されたことに因みます。塩野七生さんの『ローマ人の物語』でも詳しく紹介されています。(同上)

    ハンザ同盟都市の中でも、都市によってハンザに対する態度は異なります。リューベック、ハンブルクなどの都市は同盟の維持に熱心だったが、当時ドイツで最大の都市だったケルンは同盟内でも独自行動が目立ったとされます。ケルンの名前は、①世紀にローマの『コロニア(植民地)』として創建されたことに因みます。塩野七生さんの『ローマ人の物語』でも詳しく紹介されています。(同上)

  • リューベック、ハンブルク、ヴィスマール、ロストクなどは、同盟最初期のメンバーとして、長い間ハンザ同名を支え続けました。そして、最後までハンザ同盟を担い続けたのは、リューベック(ハンザ同盟盟主・ドイツ北部)、ハンブルク(ドイツ北部)、ブレーメン(ドイツ北部)の3都市でした。(同上)<br />*写真は、露店のテントが並ぶ、ラエコヤ広場の周辺の光景です。

    イチオシ

    リューベック、ハンブルク、ヴィスマール、ロストクなどは、同盟最初期のメンバーとして、長い間ハンザ同名を支え続けました。そして、最後までハンザ同盟を担い続けたのは、リューベック(ハンザ同盟盟主・ドイツ北部)、ハンブルク(ドイツ北部)、ブレーメン(ドイツ北部)の3都市でした。(同上)
    *写真は、露店のテントが並ぶ、ラエコヤ広場の周辺の光景です。

  • ラエコヤ広場の南側に隣接する『旧市庁舎』の建物と尖塔の光景です。第二次大戦後の1952年に塔が修復された際に、2代目のトーマスじいさん像となりましたが、現在見られる像は、1996年の修復時に設置された3代目のトーマスじいさん像です。1530年のオリジナルのトーマスじいさん像は、現在は旧市庁舎の地下に展示されているようです。(同上)、

    ラエコヤ広場の南側に隣接する『旧市庁舎』の建物と尖塔の光景です。第二次大戦後の1952年に塔が修復された際に、2代目のトーマスじいさん像となりましたが、現在見られる像は、1996年の修復時に設置された3代目のトーマスじいさん像です。1530年のオリジナルのトーマスじいさん像は、現在は旧市庁舎の地下に展示されているようです。(同上)、

  • ラエコヤ広場に面した、赤いテントの中の光景です。まだお客さんお姿はありませんでしたが、お洒落なスカーフを被った熊さん達が客待ちをしていました。『客寄せベアー』でした。(同上)

    ラエコヤ広場に面した、赤いテントの中の光景です。まだお客さんお姿はありませんでしたが、お洒落なスカーフを被った熊さん達が客待ちをしていました。『客寄せベアー』でした。(同上)

  • 『三人姉妹』と呼ばれている建物を探しての撮影でしたが、ラエコヤ広場ではありませんでした。もっと東北の聖オレフ教会の近くにあるようでした。ラエコヤ広場には『三人兄弟』の建物がありました。右側半分がその建物かも知れません。(同上)

    『三人姉妹』と呼ばれている建物を探しての撮影でしたが、ラエコヤ広場ではありませんでした。もっと東北の聖オレフ教会の近くにあるようでした。ラエコヤ広場には『三人兄弟』の建物がありました。右側半分がその建物かも知れません。(同上)

  • 『ラエコヤ広場』を取り囲む建物の粗油会が続きます。タリンの町はハンザ同盟のメンバーとして13世紀から16世紀にかけて発展しました。旧市庁舎広場は町の中心にあり、かつては市場や祝い事に様ですが、公開処刑が行われた記録も残るようです。(同上)

    『ラエコヤ広場』を取り囲む建物の粗油会が続きます。タリンの町はハンザ同盟のメンバーとして13世紀から16世紀にかけて発展しました。旧市庁舎広場は町の中心にあり、かつては市場や祝い事に様ですが、公開処刑が行われた記録も残るようです。(同上)

  • 木枠で囲われたオープンカフェらしい光景です。一番近いお店は、右奥の『オルデ・ハンザ(Olde Hansa)』のようでした。この後にも紹介しますが、中世時代を演出しているレストランのようでした。(同上)

    木枠で囲われたオープンカフェらしい光景です。一番近いお店は、右奥の『オルデ・ハンザ(Olde Hansa)』のようでした。この後にも紹介しますが、中世時代を演出しているレストランのようでした。(同上)

  • 中世の姿をした人形が案内する街角の光景です。レストランの『オルデ・ハンザ(Olde Hansa)』の案内でした。利用した日本人の方の口コミの紹介です。『中世の雰囲気がとても面白いレストランです。音楽も中世の楽器を使っていたり、トイレも中世風です。食事も中世をイメージしていて統一性があります。』と紹介されていました。ラエコヤ広場から歩いて1分、広場の南東に位置します。(同上)

    中世の姿をした人形が案内する街角の光景です。レストランの『オルデ・ハンザ(Olde Hansa)』の案内でした。利用した日本人の方の口コミの紹介です。『中世の雰囲気がとても面白いレストランです。音楽も中世の楽器を使っていたり、トイレも中世風です。食事も中世をイメージしていて統一性があります。』と紹介されていました。ラエコヤ広場から歩いて1分、広場の南東に位置します。(同上)

  • 頑丈な石柱の側面に掲示してあった『Tallina Rackoda』のタイトルがあった説明パネルの光景です。残念ながら翻訳できませんでした。タリンに関する何事かが記されているようでした。(同上)

    頑丈な石柱の側面に掲示してあった『Tallina Rackoda』のタイトルがあった説明パネルの光景です。残念ながら翻訳できませんでした。タリンに関する何事かが記されているようでした。(同上)

  • 『ラエコヤ広場』の周りの建物の回廊光景です。第二次大戦での被害を受け、その後に建て替えられた建物でしょうか、立派な石造りの建物でした。建物2階分が吹抜けになっていました。広場に面した回廊は、夏の日除けや、不意の雨などの時には、特に役立ちそうです。(同上)

    『ラエコヤ広場』の周りの建物の回廊光景です。第二次大戦での被害を受け、その後に建て替えられた建物でしょうか、立派な石造りの建物でした。建物2階分が吹抜けになっていました。広場に面した回廊は、夏の日除けや、不意の雨などの時には、特に役立ちそうです。(同上)

  • 『ラエコヤ広場』の北側に面して建つ建物群の光景です。先に紹介した『『市議会薬局』も、この一角にありました。右後方に見えている尖塔は、地図で確認しますと『精霊教会(Holy Spirit Church)』になるようでした。前身はローマカトリック教会でしたが、現在はエストニア主要主教の、『エヴァンゲリオン・ルーテル教会』に所属しています。(同上)

    イチオシ

    『ラエコヤ広場』の北側に面して建つ建物群の光景です。先に紹介した『『市議会薬局』も、この一角にありました。右後方に見えている尖塔は、地図で確認しますと『精霊教会(Holy Spirit Church)』になるようでした。前身はローマカトリック教会でしたが、現在はエストニア主要主教の、『エヴァンゲリオン・ルーテル教会』に所属しています。(同上)

  • 『ラエコヤ広場』の周りの市街光景です。裏通りのイメージではなく、町の中心部の繁華街光景でした。今日はあいにくの雨で、人通りは少ないですが、普段は賑わっているように見受けました。レストランの出店が、歩道にも張り出していました。(同上)

    『ラエコヤ広場』の周りの市街光景です。裏通りのイメージではなく、町の中心部の繁華街光景でした。今日はあいにくの雨で、人通りは少ないですが、普段は賑わっているように見受けました。レストランの出店が、歩道にも張り出していました。(同上)

  • 中世の雰囲気をそのまま残した建物のズームアップ光景です。裕福な同一商人達が築き、第二次大戦の前に引き払った建物群のようでした。中央の白い建物は、荷物の運び込みようのクレーンの支柱があり、上階には小さな窓があるだけでしたから、運び込まれた商品の保管庫として使われたようです。(同上)

    中世の雰囲気をそのまま残した建物のズームアップ光景です。裕福な同一商人達が築き、第二次大戦の前に引き払った建物群のようでした。中央の白い建物は、荷物の運び込みようのクレーンの支柱があり、上階には小さな窓があるだけでしたから、運び込まれた商品の保管庫として使われたようです。(同上)

  • 旧市庁舎の建物の雨樋光景です。王冠を付けたドラゴンの頭部の姿です。市庁舎としての役目は1970年に終え、現在はコンサートなどのイベント会場や迎賓館、市民の結婚式場として利用されています。また、夏季(7月、8月)には。博物館として内部が一般公開されています。貴重なタペストリーや絵画、アンティークの家具、調度品などが飾られた歴史が感じられるインテリアを見ることができるようです.(同上)

    旧市庁舎の建物の雨樋光景です。王冠を付けたドラゴンの頭部の姿です。市庁舎としての役目は1970年に終え、現在はコンサートなどのイベント会場や迎賓館、市民の結婚式場として利用されています。また、夏季(7月、8月)には。博物館として内部が一般公開されています。貴重なタペストリーや絵画、アンティークの家具、調度品などが飾られた歴史が感じられるインテリアを見ることができるようです.(同上)

  • ピッタリと閉じられた、中世を思わせる頑丈な扉は、旧市庁舎の通用門当たりのようでした。表面が金属製で、鉄の鋲で補強がしてありました。その上に青色の紋章のようなものが見えました。(同上)

    ピッタリと閉じられた、中世を思わせる頑丈な扉は、旧市庁舎の通用門当たりのようでした。表面が金属製で、鉄の鋲で補強がしてありました。その上に青色の紋章のようなものが見えました。(同上)

  • 木製の植木鉢が並んだお店の光景です。ピザのレストランや喫茶店のようでした。植木鉢が共用で、お店の緑の看板もデザインが揃っていましたから、同じ経営者か、共同経営のお店のようでした。旧市庁社近くのお店だったようです。ビルの1階が店舗になっていました。(同上)

    木製の植木鉢が並んだお店の光景です。ピザのレストランや喫茶店のようでした。植木鉢が共用で、お店の緑の看板もデザインが揃っていましたから、同じ経営者か、共同経営のお店のようでした。旧市庁社近くのお店だったようです。ビルの1階が店舗になっていました。(同上)

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