2011/05/15 - 2011/05/19
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台湾南部の古都、台南見学の続きです。日本にも縁がある赤嵌楼の紹介です。日本との縁とは、日本の平戸で、父・鄭芝龍と日本人の母・田川松の間に生まれた鄭成功がこの地で活躍したためです。幼名を福松と言いました。
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赤嵌楼重修碑記のタイトルが記された石碑です。末尾には、中華民国83年・台南市市長の名前が刻まれていました。中華民国83年は西暦1994年になります。
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赤嵌楼重修碑記のタイトルが記された石碑です。末尾には、中華民国83年・台南市市長の名前が刻まれていました。中華民国83年は西暦1994年になります。
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イチオシ
赤嵌楼重修碑記のタイトルが記された石碑です。末尾には、中華民国83年・台南市市長の名前が刻まれていました。中華民国83年は西暦1994年になります。
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右斜め前から眺めた赤嵌楼の建物光景です。
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正面からアップした、赤嵌楼の建物光景です。
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修復された痕があった石造の馬の光景です。前は通りませんでしたから、説明板は撮影できませんでした。後ろに見える石碑には、『台郡清溝碑記』の文字が見えます。
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椰子の幹の影が写った石碑の光景です。末尾に、乾隆35年の年号がありました。西暦では1770年になります。
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文昌閣の入口付近から見上げた建物光景です。元々は赤レンガで積まれたような石垣は、コンクリートで上塗りされているようでした。右奥の建物は、赤嵌楼です。
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一見、枯れてしまったような色をした竹は、『金絲竹』です。前方奥には、オランダ時代の要塞の遺構、『普城稜堡残跡』があります。
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人目を引く姿をした、ナンヨウスギ科ナンヨウスギ属の樹木、『小葉南洋杉』です。葉と外観からは、松と見間違えられそうです。
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足元にあった、『小葉南洋杉』の説明パネルです。英名は『Norfolk Island Pine』と、杉の名前が入っています。原産地のオーストラリア(中国語表記:澳洲)の名前が表記されています。
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イチオシ
強固な赤レンガ造りの遺構が保存された一角です。オランダが支配していた時代、要塞としての機能を持った造りの『普城稜堡残跡」です。約300年前の遺構です。
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遺構のレンガの接着の素材は石灰、砂糖、餅米で出来ていて、非常にしっかりしています。この工法は、この地方の伝統的な方法とされます。 遺構越しに眺めた周りの景色です。
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文昌閣の掲額です。文昌閣は1886年に建築されました。赤嵌楼の隣に建つ建物です。 清代に台湾知事を務めた沈受謙の肉筆とされます。
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ガラスケースの中に展示してあった古文書です。手前には、閉じた『目耕斉初集』と『目耕斉三集』が置かれていました。
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右側の肖像画は文昌帝君です。今でも学問や受験の神として多くの人々から信仰されている神様です。日本で例えれば、菅原道真公当たりでしょうか。 その左の図のタイトルは、『五文昌興魁星信仰』の文字です。独特の宗教とされます。
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通風を目的とした窓のようです。青竹を模した風情のある造形です。 その隙間から、隣の建物が見えていました。
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アーチ型の出入口で切り取った外の眺めです。瓶の形の出入口もありましたが、切り取った風景は、別の趣があります。
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室内から眺めた廊下の光景です。その先には台南市の市街光景が広がっていました。
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修復作業中の記録写真です。『保存興(与?)維護』のタイトルがありました。更に七つのパートに分けて写真説明がありました。
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修復作業中の記録写真のピックアップです。『彩絵油漆』のタイトルがあった部分です。各部の彩色による仕上げ工程が記されていました。
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補修工事の際に取り換えられた部材類の展示です。表示によれば、民国33年(1944年)に取り換えられた屋根飾りです。現在の建物でも、軒先に飾られています。
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同じく補修工事の際に取り換えられた柱部材です。緑に彩色した痕が残っています。現在の建物では、廊下の横木に吊り下げられた飾りです。
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日本建築で例えれば、欄間に相当する部分に使われた部材でしょうか。赤、白、青色の彩色痕が残ったレリーフです。
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イチオシ
年代を感じさせる赤嵌楼の額です。近松門左衛門の人形浄瑠璃作品の『国性爺合戦』は、赤嵌楼の主だった鄭成功がモデルとされます。国性爺は鄭成功の俗称です。
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赤嵌楼から眺めた、隣の文昌閣の建物光景です。
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赤嵌楼の上から眺めた、建物の出入口方面の光景です。庭内には、椰子の木立が並んでいました。
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内部の見学を終えて、石碑方面から眺めた赤嵌楼の建物光景です。オランダ時代に築かれた城塞は、周囲約141メートル、城壁高さ10.5メートルでした。この城塞を漢人は、赤庶a楼または紅毛楼と呼びました。
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真っ直ぐ伸びた椰子の木立です。南方を感じさせる光景です。台北では雨でしたが、青空になりました。
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『赤嵌楼・導蘭平面図』のタイトルがあった案内看板です。各部の写真入りで紹介されていました。一通り見学してきました。
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