1965/03/22 - 1965/03/23
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TAKEおじさん
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1965年春。
高校1年の春休みに、親友に誘われて東京から関西、四国、山陰を回って12日間の旅行に出た。
切符は、同じ駅を通らない国鉄の片道切符で出発地の東京まで戻ってきた。
当時の写真、ネガフィルムから、もう一度旅行をなぞってみた。
青春片道切符として何時までも記憶に留めておきたい。
【日程】
0日目(3/22) 出発 東京→ 車中泊
1日目(3/23) →名古屋→奈良、興福寺、大仏殿、薬師寺、法隆寺、大阪→車中泊
http://4travel.jp/travelogue/10542278
2日目(3/24) →香川、栗林公園、屋島、日和佐(泊)
http://4travel.jp/travelogue/10542817
3日目(3/25) 日和佐(泊)
http://4travel.jp/travelogue/10542990
4日目(3/26) 室戸岬、高知(泊)
5日目(3/27) 龍河洞、池田、高知(泊)
http://4travel.jp/travelogue/10543456
6日目(3/28) 高知、高知城→宇和島(泊)
http://4travel.jp/travelogue/10544563
7日目(3/29) 移動、宇和島→下関(泊)
8日目(3/30) 下関(泊)
http://4travel.jp/travelogue/10545096
9日目(3/31) 下関→出雲大社、松江→(京都) 車中泊
http://4travel.jp/travelogue/10545881
10日目(4/1) 京都→(昇仙峡) 車中泊
http://4travel.jp/travelogue/10546603
11日目(4/2) 昇仙峡、帰宅
http://4travel.jp/travelogue/10547194
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
夜行で出発 これが片道切符
昭和40年春。私は青春真っ只中。16歳の春だ。
近所に住む同級生のYAMAから、「ねえTAKE、今度の春休みに旅行しない。親の親戚と知り合いが四国や下関に居るんだ。そこを、回ってきたいのだけど」。TAKE「そんな遠くまで行ったことが無いよ。心配だな」。YAMA「大丈夫だよ、僕は小さい頃から1人で何度も行ってるから。それに国鉄の片道切符を使えば安くなるよ」。TAKE「なにそれ」。YAMA「東京から出発して同じところを通らないで東京に戻ってくれば片道に成って、学割が全線に5割効いて安くなるんだ」。TAKE「面白そうだね、行程は任したから僕は会計をするよ」。と、かくして16歳の2人は、高校1年の春休みに大旅行に出る事に成った。
都区内 → 都区内
経由
東海、山陽、宇高(連絡線)、栗林、佐古、阿波池田、土讃
窪川、国バス、江川崎、北宇和島、仁堀(連絡線)、山陽、幡生
山陰、丹波口、東海、岐阜、美濃太田、中央、立川 -
これが経路図
YAMAの親類・知人が四国の日和佐、高知それと下関に居る。この3点を通って、同じ路線を通らずに一筆書きで、東京発東京着で帰ってこなければ成らない。
そこで、練りに練って考えたのがこの路線図である。ポイントは四国。今は無いが、この時代に国鉄で本土と四国の連絡は、連絡船で宇高連絡線以外に予備として仁堀連絡線が有った。これで四国の海路は2ルート確保した。次に、土讃線の窪川駅で国鉄が途切れていたが、なんとか国鉄バスでつないだ。こうして、前後に車中泊を4日間入れて、何とか日程が組めた。亀戸の交通公社に発券を依頼したら、職員も感心しきりでこの様な切符と成った。これで分かるのかなぁ・・・。2等、1人で2,619円とは安い!
出発は、東京駅から勿論鈍行列車で車中泊だ。 -
これが
TAKEとYAMAです。16歳、高校1年生です。 -
アルバムより 夜行で奈良へ
東京駅を夜遅くに出発した鈍行列車は明け方と言うより未明に名古屋に着く。興奮していてほとんど眠れなかったが旅慣れたYAMAは良く眠っていた。乗り換え時間が有ったので未だ明けない名古屋駅を降りたってみる。静まり返った名古屋駅前のビルは冷たく不気味だった。名古屋から関西本線の始発に乗り換えて、最初の訪問地である奈良へ向かう。TAKEとYAMAの弥次さん北さん旅行の始まり。 -
国鉄奈良駅でいよいよスタート
朝早く奈良駅に降り立つ。これから、2人で11日間に亘る大旅行のスタートだ。
厚手の半コートを着ている。3月とは言え当時は未だ寒く、またハーフコートが流行していた。学生服で旅行するのも初々しい。
奈良には2年前に中学校の修学旅行で来たばかりだったので、私が案内役に成って奈良公園周辺を案内することになった。地図を見ながら進むが、かなり道を間違えてYAMAに顰蹙を買ってしまった。
(人物の写った記念写真が多い。顔も変わっているので未修正にしました)奈良駅 駅
-
観光案内所に成っている(旧駅舎)
45年前の奈良駅は2003年まで使われて方形の屋根に相輪が乗る和洋折衷様式。現在の高架化の工事で取り壊す予定が歴史的価値を考慮して、移築されて観光案内所と残っている。当時は、関西本線、桜井線と地上を走っていたので、奈良市が東西に分断されていた。 -
猿沢池に興福寺が
道を間違えながら興福寺に向かい、どうにか猿沢池に到着する。猿沢池から見る興福寺の五重塔はこの頃から素晴らしい眺で、猿沢池から興福寺五重塔が湖面に反射していて実に美しい。2年前の中学校の修学旅行の時にも猿沢池を訪れて、猿沢池の伝説をよく聞かされた。
「澄まず 濁らず 出ず入らず 蛙はわかず 藻は生えず 魚が七分に 水三分」。興福寺 寺・神社・教会
-
現在の猿沢池
2010年に訪れた猿沢池と比べると池の周りの樹木の背が低く興福寺五重塔がよく見える。現在は、樹木が育ちすぎて、池に反射する五重塔があまり写らない。樹木を切るのは問題だが景観も少し考えたほうが良い。 -
興福寺へ
猿沢池から興福寺に向かう。
五重塔がすぐ近くに見えてくる。 -
古い土塀の家
さて、どこだろうか?
なんとも言えない古い趣のある家屋を見る。 -
興福寺 五重塔
興福寺は、和銅3年(710年)の平城遷都に際し、鎌足の子息である藤原不比等が厩坂寺を平城京左京の現在地に移転して「興福寺」と名付けた。2年前の修学旅行でもこの興福寺で長い時間をとって見学したものだ。興福寺五重塔 寺・神社・教会
-
アップで
堂々たる五重塔。
五重塔は天平2年(730年)、光明皇后の発願で創建され、現存の塔は応永33年(1426年)頃の再建である。高さ50.8メートルで、木造塔としては東寺五重塔に次ぎ、日本で2番目に高い。 -
現在の興福寺(2010年)
2010年は平城遷都1300年で奈良が盛り上がっている。昨年(2009年)には興福寺創建1300年記念で、東京でも国立博物館で「国宝 阿修羅展」が開かれ、大人気を博した。
45年前と変わらぬ興福寺を見た。 -
阿修羅は常設展示
これは2010年に興福寺国宝館に展示されている案内。
東京での「阿修羅展」は、大変な人込みで見たが、2010年には人も少なくゆっくり見ることが出来た。
2010年の旅行記はこちらです。
http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10465740/ -
五重塔から東金堂を見る
興福寺の境内を暫くぶらついた。東金堂も写真に撮ったが中には入らなかった。高校生の貧乏旅行だったので一日に使える観光代は限られていた。個人の小遣いも含めて、旅行中の現金は私が管理した。 -
奈良公園の鹿
大仏殿に向かう途中で人馴れしたシカと戯れる。公園では鹿に餌をあげていたら噛みつかれそうになった。奈良公園 公園・植物園
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鹿がいっぱい
当時も今も変わらず、公園内には鹿が歩き回っていた。 -
大仏殿
興福寺からまた歩いて修学旅行コースの大仏殿へ。やっぱり大仏様を見なくては始まらない。大仏さんが入る大仏殿。幅57.5メートル、奥行50.5メートル、高さ49.1メートルのでかさで、これでも幅は創建当時の2/3になったそうだ。世界最大の木造建築とも言われたほどの巨大な建物で圧倒された。東大寺 寺・神社・教会
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大仏殿前の広場
この大きな広場で、最近ではよくコンサートなども開かれている。 -
木造金剛力士立像
運慶・快慶作の木造金剛力士立像は、高さ8.4メートルの巨大な木像。門に向かって右なので吽形(うんぎょう、口を閉じた像)らしい。大きい!! -
金銅八角燈籠
大仏殿の前に有る燈籠は金銅八角燈籠。たびたび修理されているが、基本的には奈良時代創建時のものであり古いものである。よく見ると楽器を奏する菩薩などの浮き彫りが見える。
東京国立博物館の特別展「光明皇后1250年御遠忌記念 東大寺大仏―天平の至宝―(平成22年10月8日〜12月12日)」に出展のため、初めて持ち出された。 -
修学旅行生で一杯
大仏殿は修学旅行生で一杯だ。今も昔も変わらず、大仏殿には団体が押し寄せる。 -
東大寺大仏
2年振りに見てもその巨大さには改めて驚く。高さ14.98m、幅12m、重さ112t。掌が1.5メートルも有る。鼻の穴は30センチ。中学校修学旅行時、数学のKOJIMA先生に天井の升目の1升が6畳間より大きいと聞いてどうしても信じられなかった。升目を地上に平行移動すれば分かると。東大寺 寺・神社・教会
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右からも美しい
最近に成ってこの大仏の鋳造物語をTVで見たが、2tもの金メッキが施され、大変な国家事業だった。国家予算の3倍もかかったので、行基というお坊が全国を回って寄付を集めたそうだ。火事や地震で何度か壊れているが、都度再建してきた。元禄4年(1691年)が最後の修復。 -
左からも美しい
1,300年前の大仏。私たちも1,300年後にも引き継いでいかなければ成らない。 -
垂仁天皇稜 菅原伏見東陵(蓬莱山古墳)
東大寺からぶらぶら歩いて、前方後円墳に遭遇する。教科書でしか見た事が無い前方後円墳に驚く。これは、第11代垂仁天皇の御陵だった。全長227mの前方後円墳で周りの濠も大きく立派な古墳で、古の奈良を思い興奮した。垂仁天皇陵 名所・史跡
-
御陵の前で記念撮影
カメラの位置が低いので、カメラを地面に置いて撮ったと思われる。 -
薬師寺 東塔
さらにぶらぶら歩いて薬師寺に向かった。薬師寺は天武天皇の680年に飛鳥に造営されたが、8世紀初めに現在の所に移された。薬師寺はなんと言っても東塔である。薬師寺 寺・神社・教会
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3重の塔
6重の塔の様に見られるが実は3重の塔で、本来の屋根の下に飾りの屋根を付けている。その美しさに感嘆した。最後に、修学旅行コースだがこれも有名な法隆寺へ。 -
法隆寺
これも電車で行ったが、だいぶ時間が遅くなり観覧時間が終わっていて中には入れずに残念。世界最古の五重塔を見たかったが外から写真を撮るのみ。修学旅行で見たから良いか!
しかしながら、2年前の修学旅行で行った所ばかり見学したのは?? -
奈良から関西本線で大阪へ
大阪では、大阪上陸記念に入場券を1枚買って入った。
大人料金 10円 が懐かしい。
大阪では回数券を買って1円の儲けで10円の切符を売っていたおばちゃんが居た。
今夜も連夜の夜行で高松に向かう。
続きは
http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10542817
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この旅行記へのコメント (9)
-
- 旅猫さん 2025/08/16 07:57:40
- 安い!
- TAKEおじさんさん、こんにちは。
昔の旅行記を読ませてもらいます。
1965年ですかぁ、まだ生まれていませんでした(^^;
それにしても、高校一年で12日間の旅とは驚きです。
私が友人と旅に出たのは、高校二年の時でしたが、僅か二泊三日でした。
しかも、長野県。
今でも、若い頃にもっと旅に出ていればよかったと後悔しています。
奈良は、やはり今とあまり変わっていませんね。
東大寺も薬師寺も、法隆寺も、あまりに古過ぎて、変わりようがないですね。
木造なのに、よく今まで残っていたものだと思います。
これからも、大切に残していきたいものです。
旅猫
-
- かっちんさん 2011/02/28 21:55:14
- 10円の入場券
- 昔の入場券は赤い線が真ん中に入っていて10円でした。
今まで大事に保管しているとは素晴らしい。
この入場券を眺めると、あの時こんなことがあったなと思い出させる不思議な記念物です。
なつかしい写真がいっぱいあるので、ようやく旅行記(1)の最後までたどり着きました。
- TAKEおじさん からの返信 2011/03/01 01:05:28
- RE: 10円の入場券
- 本券は大事に取っておきましたが、入場券はたまたまです。アルバムに張ってありました。懐かしい人は懐かしいでしょうね。
あまり物を捨てられない性質です。
本券に小さなスタンプがいくつか押して有りますが、あれは途中出場したときに、出改札の駅員が、小さなスタンプを持っていて、途中出場の証拠に押していました。こちらは記念に成るので、押して欲しかったですが、押してくれない駅は多かったです。
今でも、あの小さなスタンプは有るのでしょうか?
- かっちんさん からの返信 2011/03/06 10:32:41
- RE: 10円の入場券
- 途中下車用の小さなスタンプは私も周遊券によく押してもらいました。
今もこのスタンプが残っているようですが、駅員さんに頼まないと押してくれません。
きっぷは降りた駅で渡してしまいますが、記念に持ち帰りたいと言うと無効の印を押してもらえます。以前はダメですで、もめたことがありますが、最近は快くもらえます。旅の思い出の一つになります。
- TAKEおじさん からの返信 2011/03/06 13:09:09
- RE: RE: 10円の入場券
- スタンプ、今でも有るんですね。
昔の周遊券は1枚も残っていません。残念です。
無効の印が有るんですね。今は、自動改札なので、なかなか頼みにくいですね。
-
- かっちんさん 2011/02/27 18:11:26
- なつかしい切符
- 昭和40年の東京発−東京着の連続きっぷですね。
四国と本州を結ぶ航路が2箇所あったので、一筆書きのきっぷができています。
それにしても高校1年の春休みに凄い旅を計画しています。
感心しました。
旅行記の続きを読んでみたくなりました!
- TAKEおじさん からの返信 2011/02/27 19:19:59
- RE: なつかしい切符
- かっちんさん
今はもう出来ないでしょうね。相棒が鉄道に詳しく、あのルートに成りました。
続きも見てください。
写真だけで、あまり資料も無く苦労しました。
> 昭和40年の東京発−東京着の連続きっぷですね。
> 四国と本州を結ぶ航路が2箇所あったので、一筆書きのきっぷができています。
> それにしても高校1年の春休みに凄い旅を計画しています。
> 感心しました。
> 旅行記の続きを読んでみたくなりました!
-
- この辺トラベラーさん 2011/02/19 00:43:22
- 若い!!
- とにかく若い!!モノクロ映画を見ているようです。ビバ青春!
- TAKEおじさん からの返信 2011/02/19 10:12:48
- RE: 若い!!
- この辺トラベラーさん
訪問有難うございました。
誰でも若い頃が有るのが不思議です。
こうして、旅行記にするともう一度当時にタイムスリップするようです。
バック・トゥ・ザ・フューチャーの様に、過去を変えられたら良いのですが・・・
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