1965/03/27 - 1965/03/27
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TAKEおじさん
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本編は第5日目です。
東京を出発してようやく高知まで来た。
高知は「はりまや橋」の近くに泊まり、龍河洞を訪れた。初めての、鍾乳洞には感激した。また、YAMAのルーツである池田の町も訪れた。
1965年春。
高校1年の春休みに、親友に誘われて東京から関西、四国、山陰を回って12日間の旅行に出た。
切符は、同じ駅を通らない国鉄の片道切符で出発地の東京まで戻ってきた。
当時の写真、ネガフィルムから、もう一度旅行をなぞってみた。
青春片道切符として何時までも記憶に留めておきたい。
【日程】
0日目(3/22) 出発 東京→ 車中泊
1日目(3/23) →名古屋→奈良、興福寺、大仏殿、薬師寺、法隆寺、大阪→車中泊
2日目(3/24) →香川、栗林公園、屋島、日和佐(泊)
3日目(3/25) 日和佐(泊)
4日目(3/26) 室戸岬、高知(泊)
5日目(3/27) 龍河洞、池田、高知(泊)
6日目(3/28) 高知、高知城→宇和島(泊)
7日目(3/29) 移動、宇和島→下関(泊)
8日目(3/30) 下関(泊)
9日目(3/31) 下関→出雲大社、松江→(京都) 車中泊
10日目(4/1) 京都→(昇仙峡) 車中泊
11日目(4/2) 昇仙峡、帰宅
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
5日目 高知 当時の「はりまやばし」
高知の宿泊地は「はりまやばし」のすぐ近くだった。ここでも、YAMAの親類のおばさんが歓迎してくれた。
1965年の「はりまやばし」は大きな道路に面していた。「はりまやばし」は、江戸時代に、高知の豪商である播磨屋と櫃屋(ひつや)が堀で隔てられていたのを両者の往来の為に架けられた橋である。 -
現在の「はりまやばし」
現在は朱塗りの太鼓橋に成って観光名所になっている。
「はりまやばし」を有名にしたのは、なんと言っても大ヒットしたペギー葉山の歌った「南国土佐を後にして」である(1959年)。その歌の中に「よさこい節」が出てきて、「はりまやばし」が登場する。
【南国土佐を後にして】
南国土佐を後にして ♪
都へ来てから幾歳ぞ ♪
思い出します故郷の友が ♪
門出に歌ったよさこい節を ♪
土佐の高知の ハリマヤ橋で ♪
坊さんかんざし 買うをみた ♪
ヨサコイ ヨサコイ ♪はりまや橋 名所・史跡
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龍河洞に行く
日本三大鍾乳洞の一つの「龍河洞」を訪れた。龍河洞は1934年(昭和9年)、国の天然記念物および国の史跡に指定された。洞の前に「土佐犬」が檻の中に居たのは驚かされた。闘犬なのだろうがその大きさには迫力があった。龍河洞 自然・景勝地
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当時の入場券
龍河洞は、全長約4km(探勝コースは当時は無かった)1憶7,500万年の歳月を有した石灰岩の鍾乳洞で、国指定の天然記念物及び史蹟になっている。初めて入る鍾乳洞には期待が一杯だった。龍河洞 自然・景勝地
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天降石
コースの順番に写真を紹介する。
暗くて写真写りは悪かった。
「天降石」自然と時間の創る芸術品、高さ11m洞内最大の鍾乳石。
よく見ると、入場券の写真に成っている。 -
「前の千本」
小さい突起がにょきにょきと生えている石筍。 -
「サボテンの丘」
サボテンに似ているらしい。 -
「竜宮殿」
どこの鍾乳洞にも有りそうな名前。 -
「音無の滝」
高さ1.5mの大小さまざまな襞(ひだ)状鍾乳石が、幅2mにわたって櫛の歯状に垂れ下がっており、まるで音の消えた壮大なナイアガラの滝のように見える。 -
玉簾の滝
小さな玉を綴り合せた簾のような鍾乳石で高さ6m・幅4mある。 -
裏見の滝
高さ6m幅2mの鍾乳石で、裏側から も見られるということで、この名が付いた。 -
サボテンを見て
珍しいサボテン。今でも有るのだろうか・・・
ここで、龍河洞を後にして池田に向かう。 -
阿波池田
YAMAの故郷である池田まで往復する。帰りの片道は元々の片道切符で押さえている。途中の大歩危・小歩危の断崖絶壁に感嘆する。
池田は静かな佇まいの町だった。阿波池田駅 駅
-
池田は
池田を有名にしたのは蔦監督が率いた高校野球。1974年春に、「さわやかイレブン」と呼ばれたわずか11人の部員で準優勝した。この後の活躍は目覚しい。当時(1965年)は誰も知らなかった町?
池田高校も見たが、春休みで閑散としていた。野球部は?? 高校の前の通りで、お昼ご飯に鍋ソバを食べた、関西風の薄味でこれが美味しかった。 -
吉野川
吉野川の川原にはすぐに出られた。
「坂東太郎」(利根川)・「筑紫次郎」(筑後川)と並び「四国三郎」と渾名される吉野川。日本三大暴れ川と言うが、ここでは静かな流れを見せていた。 -
川原でゆっくりと
近くの吉野川の河原でしばらく遊んでいた。 -
まったりと
陽射しも暖かく、旅の疲れを癒した。
この日も、YAMAの親類宅で泊まる。 -
五右衛門風呂に入る
驚いたのはお風呂。これが、五右衛門風呂だった。鉄の釜は触ると熱く恐々と湯船に浸かった。木製の底板が敷いてあった。この後も五右衛門風呂には入ったことが無い貴重な体験だった。
写真の様なむき出しの五右衛門風呂だった。(これは当時の写真ではない)。
続きは
http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10544563
この旅行記は以下の続きです。
http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10542990/
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