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本編は第5日目です。<br />東京を出発してようやく高知まで来た。<br />高知は「はりまや橋」の近くに泊まり、龍河洞を訪れた。初めての、鍾乳洞には感激した。また、YAMAのルーツである池田の町も訪れた。<br /><br /><br />1965年春。<br />高校1年の春休みに、親友に誘われて東京から関西、四国、山陰を回って12日間の旅行に出た。<br />切符は、同じ駅を通らない国鉄の片道切符で出発地の東京まで戻ってきた。<br />当時の写真、ネガフィルムから、もう一度旅行をなぞってみた。<br />青春片道切符として何時までも記憶に留めておきたい。<br /><br />【日程】<br />0日目(3/22) 出発 東京→ 車中泊<br />1日目(3/23) →名古屋→奈良、興福寺、大仏殿、薬師寺、法隆寺、大阪→車中泊<br />2日目(3/24) →香川、栗林公園、屋島、日和佐(泊)<br />3日目(3/25) 日和佐(泊)<br />4日目(3/26) 室戸岬、高知(泊)<br />5日目(3/27) 龍河洞、池田、高知(泊)<br />6日目(3/28) 高知、高知城→宇和島(泊)<br />7日目(3/29) 移動、宇和島→下関(泊)<br />8日目(3/30) 下関(泊)<br />9日目(3/31) 下関→出雲大社、松江→(京都) 車中泊<br />10日目(4/1) 京都→(昇仙峡) 車中泊<br />11日目(4/2) 昇仙峡、帰宅<br />

思い出の 青春片道切符 1965年 (4) 5日目 高知、龍河洞、池田

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1965/03/27 - 1965/03/27

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TAKEおじ

TAKEおじさん

本編は第5日目です。
東京を出発してようやく高知まで来た。
高知は「はりまや橋」の近くに泊まり、龍河洞を訪れた。初めての、鍾乳洞には感激した。また、YAMAのルーツである池田の町も訪れた。


1965年春。
高校1年の春休みに、親友に誘われて東京から関西、四国、山陰を回って12日間の旅行に出た。
切符は、同じ駅を通らない国鉄の片道切符で出発地の東京まで戻ってきた。
当時の写真、ネガフィルムから、もう一度旅行をなぞってみた。
青春片道切符として何時までも記憶に留めておきたい。

【日程】
0日目(3/22) 出発 東京→ 車中泊
1日目(3/23) →名古屋→奈良、興福寺、大仏殿、薬師寺、法隆寺、大阪→車中泊
2日目(3/24) →香川、栗林公園、屋島、日和佐(泊)
3日目(3/25) 日和佐(泊)
4日目(3/26) 室戸岬、高知(泊)
5日目(3/27) 龍河洞、池田、高知(泊)
6日目(3/28) 高知、高知城→宇和島(泊)
7日目(3/29) 移動、宇和島→下関(泊)
8日目(3/30) 下関(泊)
9日目(3/31) 下関→出雲大社、松江→(京都) 車中泊
10日目(4/1) 京都→(昇仙峡) 車中泊
11日目(4/2) 昇仙峡、帰宅

同行者
友人
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
JRローカル
旅行の手配内容
個別手配
  • 5日目 高知 当時の「はりまやばし」 <br /><br />高知の宿泊地は「はりまやばし」のすぐ近くだった。ここでも、YAMAの親類のおばさんが歓迎してくれた。<br />1965年の「はりまやばし」は大きな道路に面していた。「はりまやばし」は、江戸時代に、高知の豪商である播磨屋と櫃屋(ひつや)が堀で隔てられていたのを両者の往来の為に架けられた橋である。

    5日目 高知 当時の「はりまやばし」 

    高知の宿泊地は「はりまやばし」のすぐ近くだった。ここでも、YAMAの親類のおばさんが歓迎してくれた。
    1965年の「はりまやばし」は大きな道路に面していた。「はりまやばし」は、江戸時代に、高知の豪商である播磨屋と櫃屋(ひつや)が堀で隔てられていたのを両者の往来の為に架けられた橋である。

  • 現在の「はりまやばし」<br /><br />現在は朱塗りの太鼓橋に成って観光名所になっている。<br />「はりまやばし」を有名にしたのは、なんと言っても大ヒットしたペギー葉山の歌った「南国土佐を後にして」である(1959年)。その歌の中に「よさこい節」が出てきて、「はりまやばし」が登場する。<br /><br />【南国土佐を後にして】<br /><br />南国土佐を後にして ♪<br />都へ来てから幾歳ぞ ♪<br />思い出します故郷の友が ♪<br />門出に歌ったよさこい節を ♪<br />土佐の高知の ハリマヤ橋で ♪<br />坊さんかんざし 買うをみた ♪<br />ヨサコイ ヨサコイ ♪<br />

    現在の「はりまやばし」

    現在は朱塗りの太鼓橋に成って観光名所になっている。
    「はりまやばし」を有名にしたのは、なんと言っても大ヒットしたペギー葉山の歌った「南国土佐を後にして」である(1959年)。その歌の中に「よさこい節」が出てきて、「はりまやばし」が登場する。

    【南国土佐を後にして】

    南国土佐を後にして ♪
    都へ来てから幾歳ぞ ♪
    思い出します故郷の友が ♪
    門出に歌ったよさこい節を ♪
    土佐の高知の ハリマヤ橋で ♪
    坊さんかんざし 買うをみた ♪
    ヨサコイ ヨサコイ ♪

    はりまや橋 名所・史跡

  • 龍河洞に行く        <br /><br />日本三大鍾乳洞の一つの「龍河洞」を訪れた。龍河洞は1934年(昭和9年)、国の天然記念物および国の史跡に指定された。洞の前に「土佐犬」が檻の中に居たのは驚かされた。闘犬なのだろうがその大きさには迫力があった。

    龍河洞に行く        

    日本三大鍾乳洞の一つの「龍河洞」を訪れた。龍河洞は1934年(昭和9年)、国の天然記念物および国の史跡に指定された。洞の前に「土佐犬」が檻の中に居たのは驚かされた。闘犬なのだろうがその大きさには迫力があった。

    龍河洞 自然・景勝地

  • 当時の入場券<br /><br />龍河洞は、全長約4km(探勝コースは当時は無かった)1憶7,500万年の歳月を有した石灰岩の鍾乳洞で、国指定の天然記念物及び史蹟になっている。初めて入る鍾乳洞には期待が一杯だった。

    当時の入場券

    龍河洞は、全長約4km(探勝コースは当時は無かった)1憶7,500万年の歳月を有した石灰岩の鍾乳洞で、国指定の天然記念物及び史蹟になっている。初めて入る鍾乳洞には期待が一杯だった。

    龍河洞 自然・景勝地

  • 天降石         <br /> <br />コースの順番に写真を紹介する。<br />暗くて写真写りは悪かった。<br />「天降石」自然と時間の創る芸術品、高さ11m洞内最大の鍾乳石。<br /><br />よく見ると、入場券の写真に成っている。<br />

    天降石         
     
    コースの順番に写真を紹介する。
    暗くて写真写りは悪かった。
    「天降石」自然と時間の創る芸術品、高さ11m洞内最大の鍾乳石。

    よく見ると、入場券の写真に成っている。

  • 「前の千本」 <br /><br />小さい突起がにょきにょきと生えている石筍。

    「前の千本」 

    小さい突起がにょきにょきと生えている石筍。

  • 「サボテンの丘」<br /><br />サボテンに似ているらしい。

    「サボテンの丘」

    サボテンに似ているらしい。

  • 「竜宮殿」<br /><br />どこの鍾乳洞にも有りそうな名前。

    「竜宮殿」

    どこの鍾乳洞にも有りそうな名前。

  • 「音無の滝」<br /><br />高さ1.5mの大小さまざまな襞(ひだ)状鍾乳石が、幅2mにわたって櫛の歯状に垂れ下がっており、まるで音の消えた壮大なナイアガラの滝のように見える。

    「音無の滝」

    高さ1.5mの大小さまざまな襞(ひだ)状鍾乳石が、幅2mにわたって櫛の歯状に垂れ下がっており、まるで音の消えた壮大なナイアガラの滝のように見える。

  • 玉簾の滝<br /><br />小さな玉を綴り合せた簾のような鍾乳石で高さ6m・幅4mある。<br />

    玉簾の滝

    小さな玉を綴り合せた簾のような鍾乳石で高さ6m・幅4mある。

  • 裏見の滝<br /><br />高さ6m幅2mの鍾乳石で、裏側から も見られるということで、この名が付いた。<br />

    裏見の滝

    高さ6m幅2mの鍾乳石で、裏側から も見られるということで、この名が付いた。

  • サボテンを見て<br /><br />珍しいサボテン。今でも有るのだろうか・・・<br /><br />ここで、龍河洞を後にして池田に向かう。

    サボテンを見て

    珍しいサボテン。今でも有るのだろうか・・・

    ここで、龍河洞を後にして池田に向かう。

  • 阿波池田<br /><br />YAMAの故郷である池田まで往復する。帰りの片道は元々の片道切符で押さえている。途中の大歩危・小歩危の断崖絶壁に感嘆する。<br />池田は静かな佇まいの町だった。

    阿波池田

    YAMAの故郷である池田まで往復する。帰りの片道は元々の片道切符で押さえている。途中の大歩危・小歩危の断崖絶壁に感嘆する。
    池田は静かな佇まいの町だった。

    阿波池田駅

  • 池田は<br /><br />池田を有名にしたのは蔦監督が率いた高校野球。1974年春に、「さわやかイレブン」と呼ばれたわずか11人の部員で準優勝した。この後の活躍は目覚しい。当時(1965年)は誰も知らなかった町? <br />池田高校も見たが、春休みで閑散としていた。野球部は?? 高校の前の通りで、お昼ご飯に鍋ソバを食べた、関西風の薄味でこれが美味しかった。

    池田は

    池田を有名にしたのは蔦監督が率いた高校野球。1974年春に、「さわやかイレブン」と呼ばれたわずか11人の部員で準優勝した。この後の活躍は目覚しい。当時(1965年)は誰も知らなかった町? 
    池田高校も見たが、春休みで閑散としていた。野球部は?? 高校の前の通りで、お昼ご飯に鍋ソバを食べた、関西風の薄味でこれが美味しかった。

  • 吉野川<br /><br />吉野川の川原にはすぐに出られた。<br />「坂東太郎」(利根川)・「筑紫次郎」(筑後川)と並び「四国三郎」と渾名される吉野川。日本三大暴れ川と言うが、ここでは静かな流れを見せていた。

    吉野川

    吉野川の川原にはすぐに出られた。
    「坂東太郎」(利根川)・「筑紫次郎」(筑後川)と並び「四国三郎」と渾名される吉野川。日本三大暴れ川と言うが、ここでは静かな流れを見せていた。

  • 川原でゆっくりと<br /><br />近くの吉野川の河原でしばらく遊んでいた。

    川原でゆっくりと

    近くの吉野川の河原でしばらく遊んでいた。

  • まったりと<br /><br />陽射しも暖かく、旅の疲れを癒した。<br /><br />この日も、YAMAの親類宅で泊まる。

    まったりと

    陽射しも暖かく、旅の疲れを癒した。

    この日も、YAMAの親類宅で泊まる。

  • 五右衛門風呂に入る<br /><br />驚いたのはお風呂。これが、五右衛門風呂だった。鉄の釜は触ると熱く恐々と湯船に浸かった。木製の底板が敷いてあった。この後も五右衛門風呂には入ったことが無い貴重な体験だった。<br /><br />写真の様なむき出しの五右衛門風呂だった。(これは当時の写真ではない)。<br /><br /><br />続きは<br />http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10544563<br /><br />この旅行記は以下の続きです。<br />http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10542990/

    五右衛門風呂に入る

    驚いたのはお風呂。これが、五右衛門風呂だった。鉄の釜は触ると熱く恐々と湯船に浸かった。木製の底板が敷いてあった。この後も五右衛門風呂には入ったことが無い貴重な体験だった。

    写真の様なむき出しの五右衛門風呂だった。(これは当時の写真ではない)。


    続きは
    http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10544563

    この旅行記は以下の続きです。
    http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10542990/

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