1988/07/29 - 1988/07/30
10944位(同エリア24256件中)
TAKEおじさん
- TAKEおじさんTOP
- 旅行記937冊
- クチコミ132件
- Q&A回答0件
- 1,625,927アクセス
- フォロワー81人
1988年、会社の夏休みを利用して、家族4人で初めての海外旅行をした。タイのリゾート地ホアヒンで、テニスや海、プールでゆっくり楽しんだ。夏でも有り、タイは暑い熱い国だった。
また、バンコクでの水上生活者にも驚かされた。
写真は家族写真が多くあまり掲載できなかった。それと、この頃は8ミリビデオが主で、写真もあまり撮っていない。ビデオ画像から写りは悪かったが、大分使ってみた。
本編は、前編の2日目までのバンコク編で、後編のホアヒン編もお楽しみ下さい。
【日程】
1日目(7/29) タイへ
2日目(7/30) バンコク、水上マーケット、暁の寺院、エメラルド寺院、王宮、ホヒアン移動
3日目(7/31) ホヒアンで遊ぶ、テニス、市場
4日目(8/ 1) ホヒアンで遊ぶ、プール、海岸
5日目(8/ 2) バンコクへ移動
6日目(8/ 3) 帰国
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
旅行1日目 7月29日(金)出発は大遅刻
成田から出発するのに、横浜からリムジンバスで成田まで行く。昨今は自家用車で成田まで行くが、当時成田の駐車場はまだ完備されていなかったのか?知らなかったのか?
荷物が多いので、六ッ川の自宅から横浜のYCATまでタクシーで行くことにした。これが大間違いで、15分も乗れば着くだろうと思ったら、雨で道路が込んでいて1時間近くかかってしまった。成田の集合時間まで1時間を切っている。YCATで聞いたら、もうバスでは間に合いませんとつれない返事だった。仕方なく、タクシー運転手に聞いたら、なんとか間に合わせるとで、泣く泣く成田までタクシーで行くことに成った。大枚2万円近くもかかって成田へタクシーで、道々は超スピードで走ってくれたが。成田には、1時間程遅刻したが何とか出発までには間に合った。勿論、最終者で旅行会社も焦っていたようだった。今と違って、携帯電話も無い。それにしても、もっと余裕で行動しなければと反省する。 -
6時間のフライトで
成田でゆっくりする暇も無く、日本航空JL717便で予定通り?成田を出発する。初めての海外家族旅行で子供たちは機内で大はしゃぎ。機内食も楽しんで、バンコクへ6時間くらいのフライトで行く。−2時間の時差が有った。
到着が近くなってジェット機は高度を下げていったが、子供たちは「イタ〜イ、イタ〜イ」の連発で、耳が痛いと大騒ぎで大変だった。6時間はあっという間だった。 -
バンコクは暑かった
バンコク着は、タイ時間で16:50で、2時間の時差のお陰でまだ日差しも強く明るかった。すぐに、バンコク市内のホテルに向かう。
バンコクのホテル名は??忘れてしまった。初日はバンコク泊まり。 -
旅行2日目 7月30日(土)バンコク市内見学 水上マーケット、寺院、王宮、ホヒアンへ
先ずは観光バスで出発 水上マーケットへ
午前中は市内見学で、怪しげな日本語を話すガイドに連れられて出発する。バスの中でタイについてのレクチャが有り、タイ事情や紙幣、コインの説明。バスから見えるタイの街並みを見る。オートバイが大きな音を立てて走っている。こちらは、車検制度が無いのでメンテナンスが悪く、排気音がやたら五月蝿い。
先ずは、川をボートで上って(下って?)水上生活者の見学やら、水上マーケットに行く。 -
出発
大きな川の桟橋から乗船する。川幅は、初めは400メートルくらいあったが、次第に狭く成って行った。 -
ボートのエンジン
ボートは20人乗りくらいで、2輪車のエンジンを積んで、スクリューがむき出しになって、角度を操って操縦するもの。なんとも、シンプルで安上がりのモーターボートだ。 -
凄いスピードで行く
むき出しのエンジンだが、思ったよりスピードが出て波しぶきを上げていく。ここでも、怪しげな日本語ガイドで聞き取るのが大変だった。 -
水上生活者はエコ
川の両岸には、家がせり出して川の上に家が建っている。そこで、生活用水を川から直に取っているわけだ。炊事、洗濯、入浴、トイレも総てこの川の水で行われる。まさに水洗トイレである。また、川に飛び込む子供遊び場にも成っている。東京にも、戦後直ぐはこうした水上生活者(船上生活も)が居たものだ。 -
小船に乗って物売りも(水上マーケット)
狭い川幅に差し掛かると、あちらこちらから小船に乗った物売りが現れていろいろと果物などを売りつけてくる。我がボートもバナナを買って、皆で分けて食べた。そう云えば、東京湾の屋形船にも小船に乗った業者が売りつけに来ていたのを思い出した。観光ボートはかなりの数なので商売が成り立つのだろう。 -
暁の寺院(ワット・アルン)
チャオプラヤ川から暁の寺院が見えてきて、ここで上陸する。沿道には怪しげな物売りが大勢いて、象のキーホルダーなど30個入って100バーツくらい。思わず買って数えたら22個しか入ってなかった。それでもお土産には重宝した。 -
民族衣装で
ワット・アルンのアルンは暁の意味で、三島由紀夫の小説『暁の寺』の舞台と成っている。またワット・アルンは現在の10バーツ硬貨にも描かれている。
怪しげな蛇使いも居て、観光客に寄ってくる。人出も多く、バンコク一の観光地である。
おかしな民族衣装で記念撮影も撮る。 -
高い仏塔が
中央には高い仏塔がある。ラマ3世の時代に建てられ、高さ82m、広さ234mで、ラマ4世の時代に完成した。 -
急な階段を登る
この急な階段を一番上まで登ってみた。思った以上に急な階段だった。一歩一歩ゆっくりと登る。
最近では危険なので登れない様だが。 -
上から見る
最上部は、360度回れるように成っていて、360の度視界が開け、今走ってきた川も良く見える。対岸の王宮も見える。この後、船に戻って対岸に行き、王宮に向かう。 -
3輪タクシー TukTuk
街中を通ってエメラルド寺院や王宮に向かう。タイ名物のTukTukも沢山走っていた。 -
守護神 ヤック(鬼)
入り口にはヤックがお出迎え。
エメラルド寺院「ワット・プラケオ」は、1782年、バンコクに遷都された際、王家の菩提寺として建立された。 -
本堂
寺院の本堂には碧玉でできた本尊が安置され ており、エメラルド寺院と呼ばれるゆえんとなっている。とにかくキンキラキンの金色の建物が多い。 -
本堂の中にはエメラルド
本堂の中にはエメラルドの仏様が輝いていた。中に入るとは大勢の人が厳粛に祈っており、やや場違いな感じがしてすぐに出る。仏舎利殿はキラキラ、回廊に描かれたラーマキエン物語の壁画が延々と続き圧巻だった。 -
王宮
続いて、同じ敷地の王宮見学へ。この立派な王宮は、式典に使われているだけで、現国王は住んでいない。ラーマ8世(1946年謎の死を遂げた)まで住んでいたとか。 -
ボロバビマン宮殿は閑散
鉄格子の中には、ボロバビマン宮殿で、こちらも住んでいないが、見学も出来ない。
王宮でも記念撮影をする。真ん中に真也。業者にスナップ写真も多く撮られだいぶ買ってしまった。 -
ホヒアンへ移動
タイの寺院をたっぷり見た後で、保養地のホヒアンへバスで移動する。バンコクから南へ200キロで、長閑なタイの田園を見ながらバスで4時間の移動だった。
タイの田園風景を楽しんでいたら突然のスコールで道路は冠水した。水の中をざぶざぶと走る。タイはスコールが来ると排水設備が無いのですぐ水が出る。橋の工事もしていて、流されてしまったのか。かなりの田舎だったが、多くの家にはTVのアンテナが建っていたのが印象に残った。ホアヒンのホテルに着いた時はもう暗くなっていた。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
思い出の旅行 1900年代の旅行
-
思い出の 青春片道切符 1965年 (1) 1日目 東京→奈良→大阪 (2012年加筆)
1965/03/22~
奈良市
-
思い出の 九州一周(前半) 1969年
1969/03/26~
福岡
-
思い出の 東北一周 1969年
1969/08/26~
岩手
-
思い出の 北海道一周 1970年
1970/06/08~
離島(奥尻・利尻・礼文)
-
思い出の 八丈島1972年
1972/02/14~
八丈島
-
思い出の グアム・サイパン船旅1973(1/2) 出航からサイパン
1973/04/28~
サイパン
-
思い出の グアム・サイパン船旅1973年(2/2) グアムから帰航
1973/05/03~
グアム
-
思い出の カナダ1974年(1/4) バンクーバー編
1974/08/04~
バンクーバー
-
思い出の ハワイ1977年(1/2) ホノルル編
1977/04/01~
ホノルル
-
思い出の タイ1988年(1/2) バンコク編
1988/07/29~
バンコク
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 思い出の旅行 1900年代の旅行
0
21