1965/04/01 - 1965/04/01
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TAKEおじさん
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本編は第10日目です。
東京を出発して、四国、下関を回って、Uターンで山陰周りで京都まで来ました。
片道切符もいよいよあと2日を残すのみ。
京都は、2年前の中学の修学旅行以来でしたが、一日あちらこちら歩き回りました。
早朝の嵐山が特に印象的でした。
1965年春。
高校1年の春休みに、親友に誘われて東京から関西、四国、山陰を回って12日間の旅行に出た。
切符は、同じ駅を通らない国鉄の片道切符で出発地の東京まで戻ってきた。
当時の写真、ネガフィルムから、もう一度旅行をなぞってみた。
青春片道切符として何時までも記憶に留めておきたい。
【日程】
0日目(3/22) 出発 東京→ 車中泊
1日目(3/23) →名古屋→奈良、興福寺、大仏殿、薬師寺、法隆寺、大阪→車中泊
2日目(3/24) →香川、栗林公園、屋島、日和佐(泊)
3日目(3/25) 日和佐(泊)
4日目(3/26) 室戸岬、高知(泊)
5日目(3/27) 龍河洞、池田、高知(泊)
6日目(3/28) 高知、高知城→宇和島(泊)
7日目(3/29) 移動、宇和島→下関(泊)
8日目(3/30) 下関(泊)
9日目(3/31) 下関→出雲大社、松江→(京都) 車中泊
10日目(4/1) 京都→(昇仙峡) 車中泊
11日目(4/2) 昇仙峡、帰宅
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
イチオシ
10日目 京都 朝靄の嵐山
松江から夜行列車に乗って朝早く京都に着く。今日は、一日京都市内を見学してまた夜行列車に乗る予定だ。
先ずは嵐山へ向かう。朝早く誰もいない朝靄の中の嵐山は、水墨画から抜け出したみたいで感動を覚えた。「ウワッ、スゴイ」思わず歓声を上げた。
写真はこの1枚しか残っていなかった。渡月橋 名所・史跡
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金閣寺は雨の中
2年前の修学旅行でも雨だった。2010年の訪問も雨だった。しかし、雨の中に光り輝く金閣寺は本当に美しい。 -
美しい
三島由紀夫の「金閣寺」で、美しい金閣に嫉妬して放火した僧の気持ちもちょっぴり分かった様な・・鹿苑寺(金閣寺) 寺・神社・教会
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イチオシ
池に反射して
雨の中、池に反射して映っている金閣がまた美しい。モノクロの写真だが、黄金に輝いて見える。 -
鹿苑寺(ろくおんじ)金閣(舎利殿)
1397年、足利義満が、「北山殿(北山第)」と呼ばれる大規模な邸宅を造営した。
金閣は3層構造の豪華な造りで、2層目、3層目には漆に金箔が押されている。金閣は各層に別々の建築様式を採用した異色の造りになっている。屋根はこけら葺きで頂上には鳳凰が輝いている。
この後、二条城へ。 -
二条城 西南隅櫓(やぐら)
二条城も2年前の中学修学旅行で来たばかりだったが、城壁の外観が美しい。
二条城には隅櫓が四隅に有ったが、天明8年の大火で2櫓が焼失して、東南隅櫓とこの西南隅櫓が残っているだけ。日本建築は木造なので火に弱い。元離宮二条城 名所・史跡
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車寄せから二の丸御殿へ
唐門を通ると豪華に装飾された車寄せが有り、ここから二の丸御殿に入る。入り口の欄間彫刻が素晴らしいのだが、アップしてようやく分かる。二の丸御殿の廊下は鴬張りに成っていてキュッキュッと鳴る。ソットと歩いても鳴る構造に成っているのはたいしたセキュリティだ。城内の素晴らしい壁画など覚えていない。 -
二条城 二の丸庭園
二の丸公園の美しさは、昔も今も変わらず美しい。二条城ではあまり時間も取れず急ぎ足の見学に成った。どうもあちらこちらと見学場所を欲張ったみたいだ。 -
銀閣寺
二条城の後は銀閣寺へ。金閣寺を見た後はどうしても銀閣寺を見たかった。初めての銀閣寺には、先ほど見たきらびやかな近代的な金閣寺と比べて、昔の佇まいを残して返って趣が有ると感じた。「侘び、寂び」を感じたとアルバムにも記述されている。モノクロ写真に銀閣寺は合うみたいだ。
先ほど見た金閣、飛雲閣(西本願寺)と併せて『京の三閣』と呼ばれている。
慈照寺銀閣は、室町幕府8代将軍足利義政が、1482年から造営を開始し1489年頃に完成した。銀閣寺 (慈照寺) 寺・神社・教会
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錦鏡池から見た銀閣
銀閣寺の庭園は錦鏡池(きんきょうち)を中心に池泉回遊式庭園を形作っている。この庭園は西芳寺(通称:苔寺)の庭園を模して造ったと言われているが、現在の庭園は江戸時代に改修された。 -
知恩院 三門
銀閣の次は知恩院を訪れる。知恩院は、全国に7000余の寺院を擁する浄土宗の総本山。 江戸時代、元和7年(1621)、二代将軍徳川家忠がこの三門を建立した。高さ24メートル、幅50メートル、木造の門としては日本最大級の三門である。でかい門にただ驚く。 -
三門?の軒下は
三門?の軒下の木組も立派で、斗栱(ときょう)と言って軒の荷重を支えるものらしい。 -
知恩院 阿弥陀堂
知恩院をいろいろ回る。本尊である阿弥陀如来坐像を祀る阿弥陀堂。明治時代の再建。知恩院の写真は多く撮ったが、何故か本堂の写真が無かった。立派な多宝塔だが1959年建立なので、この時は出来てから6年目の新築。鉄筋コンクリート。一辺5.4m、高さ14m。 -
多宝塔
多宝塔は初重平面が方形、二重平面が円形の二層塔で日本独自の様式らしい。二重塔では無く、平面円形の「宝塔」形式の塔に庇が乗っている。 -
経蔵
経蔵は江戸時代初期の元和7年(1621)に、三門と同時期に徳川秀忠に建てられた。内部に八角形の輪蔵があり一切経五千六百余巻が収められているという。 -
?
謎のお堂も。ネットで調べたが、このお堂は分からなかった。名乗るほどのものでも無いかも知れないが。
いよいよ清水寺だ。 -
清水寺 仁王門
京都の最後は清水寺を訪れた。標高242メートルの清水山中腹に有り、土産物屋がいっぱいの清水道を歩いて行くのが楽しい。やがて、堂々たる朱塗りの仁王門をくぐっていく。
モノクロ写真なので色は分からないが。清水寺 寺・神社・教会
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清水寺 西門
1631年に再建された西門(さいもん)を通る。これも朱塗りで極彩色豊か。 -
三重塔
西門の後ろに三重塔が見える。西門と同じく江戸時代に再建された日本では最大級の三重塔で、西門とマッチしている。モノクロ写真で分かりにくいが、本堂と違ってここまでは朱塗りの絢爛豪華な桃山様式が続く。 -
本堂に入る
いよいよ舞台のある本堂に入っていく。 -
本堂 舞台
清水寺の本堂の舞台。立派です。寛永10年(1633)再建、正面36メートル、側面30メートル、高さ18メートルの大堂である。何度見ても素晴らしく感激する。感動。
この舞台は舞楽など演じられた本当の舞台である。 -
崖の上に
そして舞台は、急な崖に約190平方メートル、総桧板張りの張り出し、12メートルの巨大な欅の柱で支えている。「清水の舞台から飛ぶ…」の諺があるが、こんな崖っぷちから飛び込むのは凄い度胸である。上から覗くと身体がすくむ。 -
清水の舞台から見た京都市内
また、舞台から見た京都市内は絶景である。前年(1964年)に出来たばかりの景観美で問題と成った京都タワーもはっきりと見える。 -
京都から夜行で東京を目指すが
たっぷり京都を楽しんだ後、今夜も夜行列車を乗り継いで名古屋を通らずに東京を目指す。ルートはいくつか考えられたが、これが最短コースである。
京都から東海道本線で岐阜まで、岐阜から高山本線で美濃太田まで、美濃太田から太田線で多治見へ、多治見からようやく中央本線で、東京方面へ。乗換えが大変で、ゆっくり眠れなかった。
この続きは
http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10547194
この旅行記は以下の旅行記の続きです
http://4travel.jp/traveler/stakeshima/album/10545881/
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