2006/06/14 - 2006/07/02
1006位(同エリア1446件中)
kojikojiさん
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マルタ島に到着して1週間ぶりにグリマルディのフェリーが迎えに来ました。午後3時にこのフェリーに乗って、ヴァレッタのグランド・ハーバーを出航してシラクーサからタオルミーナ沖を通過し、メッシーナ海峡を深夜に抜けてアマルフィ海岸の付け根にあるサレルノには翌朝に着きます。サレルノ港から鉄道駅までが思っていたよりも遠くて、最後にもまた疲れる羽目になりました。時間もかかったので予定していたカゼルタは今回も諦めて、ナポリ国立考古学博物館に行きました。ここもナポリ4度目にしてようやく見学する事が出来ました。念願のアレクサンダー大王のモザイクも見られたのが最高でしたが、他の収蔵されているモザイクの素晴らしさは、今まで見て来たイベリア半島から取る事シリア国境のアンタクヤのモザイクよりも素晴らしかったです。駅に戻る途中にスカッパナポリというナポリの下町をブラブラして、リモンチェッロ
の工場を見て試飲と買物も出来ました。2006年はちょうどドイツのワールドカップの真っ最中で、ナポリの下町は洗濯物とイタリア国旗が道路の上を満艦飾のような状態でした。そしてこの辺りで有名なプレセヴィオの人形を造っている工房に行って、素晴らしいエンゼルを見つけたまでは良かったのですが…。買おうと思ったらクレジットカードが使えないと言われ、近所のATMにキャッシングに行って戻ってみると、その工房の主人から連絡が入って、買おうと思った天使の人形は予約で造られたものだと分かり売ってもらえなくなり、失意のうちにローマへ向かいました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 徒歩
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
出国手続きをして午後3時に出港するフェリーに乗ります。ブリティッシュホテルからも毎日眺めていた対岸のセングリアのガーディオーラ公園の監視塔ヴェデッテが真近に見えました。
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マルタ島を初めて旅しようと思ったのは90年代のアエロフロートの機内誌でこの監視塔の写真と目の付いたカラフルな漁船ルッツを見たのがきっかけでした。それから2度目の旅が終わろうとしています。
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この防波堤を越えれば地中海へ船出です。ヴァレッタの展望台からは我々も風景の一部になっていることでしょう。
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黄金色に染まった海の上をフェリーは北に向かう航路を進みます。
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ずっと眺めていても飽きることのない美しさです。
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今回の旅は妻も満足だったと思います。
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このフェリーに乗ってしまえばイタリアまでは戻れるので添乗員としては一安心です。
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暮れ行くデッキの上でマルサシュロックの市場で買って来たばかりの蜂蜜ワイン(MEAD)で乾杯です。
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水と蜂蜜を混ぜて放置しておくと自然に酒の成分であるアルコールになることから、人類がホップやブドウに出会う前の旧石器時代末にまで遡ると言われているお酒です。後にリトアニアを旅した時にMEADに出会いましたが、かなりアルコール度数の高いものまでいろいろな種類があって驚きました。
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夕食のレストランでは先日のコミノ島クルーズで見掛けた日本人のご夫婦と偶然に出会ったのでご一緒しました。
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今晩の食事は生ハムやサラミなどのおつまみも取ってちょっと豪華なものになりました。
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イタリアのフェリーはどの航路に乗っても食事が美味しいので楽しみにしています。
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シーフードのマリネも白ワインが進みます。
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タラの白身がほろほろで美味しかったです。
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フライドポテトを摘まみながら遅くまで話が弾みました。
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早朝のデッキへエスプレッソのカップを持って出ると海岸線が見えました。左にはソレント半島の美しい海岸線が続きます。この半島を船で巡ってきたのがもう遠い昔のようです。
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まもなくサレルノに到着するようです。
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サレルノに戻ってきました。港から鉄道駅までは結果歩いてしまいましたが、3キロくらいあったと思います。何分フェリーでの移動について詳しく書いたガイドブックなんて無いので大変です。フットパッセンジャーの憂鬱はそこにあります。まだグーグルマップなんて無かった時代ですから。
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サレルノ駅からナポリ中央駅までは各駅停車の列車で移動しました。予定していた時間を1時間ほど押しているので、カゼルタの王宮へは足を延ばせないなと思いました。
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ナポリ中央駅に荷物を預けて、地下のガリバルディ駅から地下鉄で博物館に向かいます。
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重たい荷物から解放されて体に羽が生えたような気分です。
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ナポリに来るのは4度目ですが、何故か月曜日だったり改修工事中だったり、時間が合わなくて国立考古学博物館の見学が出来たのはこの時だけでした。
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地下鉄の駅から博物館へのアプローチがさすがイタリアと思わせるデザインでした。
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初めて来たナポリでは朝早くにチェックインしたホテルが、夜になったら連れ込み宿みたいな雰囲気で驚き、長旅の疲れで2日ほど寝込んでしまったためにここへこれなかったことを思い出しました。
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この博物館の建物は16世紀に騎兵隊宿舎として建てられたもので、18世紀にナポリ公国の王となったブルボン家のカルロ王が母のエリザベートから相続したファルネーゼ家の財宝を展示するようになったのが始まりです。
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ヴェスビオ火山の噴火で埋もれたポンペイやエルコラーノなどの町の発掘された出土品も展示されるようになります。遺跡の近くには博物館はなく、出土品を見たければこの博物館に来る必要があります。
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美術品も素晴らしいですが建物もそれに増して素晴らしいです。3階の「日時計の大広間」は必見です。
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その大広間に置かれたアトラス像はフィガロの雑誌か何かで見て以来本物を見たい思っていました。タイタン神族がゼウス達との戦い(ティーターノマキア)に敗れると、アトラスはゼウスによって、世界の西の果てで天空を背負うという役目を負わされる事となります。このファルネーゼのアトラス像はローマのトラヤヌスフォーラムの図書館にあり、その後ファルネーゼ家に買収された後に1800年に博物館に収蔵されました。
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ここでもローマ皇帝の大理石像がありました。トルコのアンタルヤで見たハドリアヌスの像を思い出しました。
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程よく外光が差し込んで冷たい大理石が人肌のように思えてきます。この博物館の大理石像はファルネーゼ家の財宝(ファルネーゼ・コレクション)を中心に展示されています。古代ギリシャ彫刻の傑作を模刻した大理石像などが見どころです。
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セベリア時代の大理石群(西暦3世紀)はカラカラ浴場で発見され、1787年にナポリの市庁舎に移され、1826年にはより良い保存のために国立考古学博物館に移されました。題材はアキレスとトロイロ、またはネオプトレムスとアスティアナックスを描写するものか定かでは無いそうです。
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ヘルメットの形から女神アテナの姿だと分かります。戦の女神としてのアテナは父神ゼウスと同様に、アイギス(山羊革楯)を持ち、その楯にはゴルゴーンの頭部が付けられています。後ろに並んだ100人の歩兵を隠すほど大きい前立ての付いた兜を被り、槍とアイギスを持った若い乙女の姿で表されます。
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ファルネーゼの牡牛(ディルケーの拷問)はカラカラ浴場から出土した大きな像で、ゼウスの双子が母を苦しめたディルケーに復讐する場面が題材です。テーベの娘アンティオペはゼウスに見初められて双子を産みますが、双子は捨てられてアンティオペはテーベ王の妻ディルケーに美貌を嫉妬され奴隷のように酷使されます。この像は成長した双子が母と再会しその復讐を果たすシーンです。
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双子が牛にディルケーの髪を結んでいることが分かります。これから暴れ牛によってディルケーを引きずり回して殺そうとしている恐ろしいシーンです。
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古代の商業都市エペソス(トルコのエフェソス遺跡)は、アルテミス女神崇拝の一大中心地で、この地にあったアルテミス神殿はその壮麗さで古代においては著名ででした。近くの博物館で数体のアルテミス像を見たことがありました。この像の両手と頭部と冠は後年の修復です。
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この像は胸部に多数の卵形の装飾を付けた外衣をまとっており、多数の乳房を持つように見えます。この像は一般に「多数の乳房を持つ豊穣の女神」として知られ紹介されますが、異説として女神への生け贄とされた牡牛の睾丸をつけられているともいわれます。ローマのティヴォリにある噴水は乳房として考えられているので、乳首から水が噴き出していました。
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この博物館で一番見たかったのはローマ時代のモザイクでした。
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ポンペイ遺跡でも見ることが出来る「猛犬注意」のモザイクです。こんなモザイクが入り口の床に描かれていたらすぐに意味が分かりますね。この当時でも首輪とリードは完成されていたのだと驚きます。
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ポンペイのどこかの邸宅の壁を飾っていたであろうモザイクです。金属製のラッパとシンバルが描かれています。ローマ時代の音楽については併合したギリシャの音楽の影響を受けたとされますが実態は不明のようです。
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妙に人間臭い豹の表情です。
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戦う雄鶏の動きが見事です。テーブルの上に置かれたものにも何か寓意的な意味があるのではないかと思われましたが、詳しいことは分かりません。
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雄鶏の表情も人間のようです。
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ポンペイの遺跡でもいくつかの邸宅に残されていた壁龕(ニッチ)です。ここにはブロンズ像でも置いていたのでしょうか。左右の疑似柱といい見事なデザインです。
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アムピトリーテは海神ネレウスの50人の1人で、大波を引き起こしたり巨大な怪魚や海獣を数多く飼ってもいました。ポセイドンは彼女に求婚しましたが拒否されます。ポセイドンはイルカたちにアムピトリーテを探させ、一頭のイルカが彼女を発見し、ポセイドンの元へと連れて帰りました。こうしてポセイドンはアムピトリーテと結婚し、2人の子がトリトンです。
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メナンドロスの喜劇は旅芸人のモザイクです。
ポンペイのキケロ邸で発見されたモザイクは、紀元前2世紀から紀元前1世紀の初めのものです。4人のグループの3人は喜劇の仮面を着ています。 -
楽器の奏者はタンバリンを耳に当て、後ろにはシンバルとダブルフルートの奏者、短いチュニックを着てマスクを着けていない子供か小人が描かれています。おそらく「Theophorumene」(所有者)という題名の喜劇の1つに基づいています。
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2000年以上経っても楽器の音色が聞こえてきそうな気がします。
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ギリシャ喜劇の仮面のモザイクは各地の博物館で見掛けますが、実際に仮面を身に着けた姿や仮面劇の情景はこの博物館で初めて見る事が出来ました。
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水盤に群れる鳩のモザイクはラヴェンナで見たサン・ヴィターレ聖堂に隣接するガッラ・プラチーディア廟のモザイクを思い出させました。それに比べると非常に細かい石で出来ています。
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メメント・モリ(死を思え)ポンペイの邸宅の床に埋め込まれたポンペイ様式のモザイクは、寓意的で象徴的な方法で人生の一過性と差し迫った死へのの哲学的テーマを描いています。 鉛直線の軸は死(頭蓋骨)であり、その下には輪(フォーチュン)の上でバランスをとる蝶(魂)が表現されています。 バランスが取れた秤には右側に貧困の象徴(パックサドル、物乞いの棒とマント)と左側の富(笏、紫と王冠)があります。
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海の近いポンペイやエルコラーノから出土しているので魚を描いたモザイクがたくさんありました。
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「魚類のモザイク」地が黒なので水中にいる感じがします。タコがロブスターを捕まえています。周囲にはイカやウツボやサメの姿も確認できます。魚はローマの時代から2000年くらいでは変化はないですね。
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小さい小石ではありますが、リアルな肌合いを表現しています。
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白黒の幾何学模様のデザインがとても美しいです。ヴェルサーチのスカーフのデザインのようにも見えます。
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中央の顔はメデューサのようです。
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フォーンの家で発見されたモザイクは3つの場面で構成されています。
上段には脚を赤い紐で結ばれた鳥を捕まえる斑点のある縞模様の猫が描かれ、中央の方には家禽である鴨が並んでいます。描かれた正確さは紀元前2世紀のイタリア半島で非常にまれなエジプトの品種に属する猫が描かれています。 このことからアレクサンドリアのモザイク工房の職人がこの家のモザイクを製作したとされます。 -
ギリシャ喜劇の仮面に惹かれます。
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これらのモチーフは20世紀初頭のユーゲントシュテイール建築やウィーンの分離派会館のファサードのデザインでも見る事が出来ます。
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1番インパクトに強かったモザイクは、かなり細い マイクロ・テッセレと言われる、色石と大理石とタイルガラスの破片をデザインに合わせて埋め込んでいくという大変難しくて時間のかかるものです。
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体毛の柄を見ると虎のようですが、ライオンの姿をしてます。ちょっと目つきが面白いですが、轡のような金具を噛まされています。
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手綱を持つ天使はブドウの冠をかぶり、甕に入ったワインを飲む姿はバッカスのようにも見えます。製作された当時と全く変わらない色彩で残されていることに脅威を感じます。
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ポンペイのフォーンの家で発見されたポンペイ様式のモザイクは、縁飾りに蔓草のような植物や空飛ぶ天使や鳥や動物が描かれています。その中には地中海の食用魚が詳しく描かれています。右下隅と左側の中央には沿岸の風景があり、そこにはカワセミが魚を狙っているようです。ここでも タコとロブスターの戦いを描いた周りに、ボラやスズキや帆立て貝、ウツボやタイやスズキなどの魚がたくさん描かれています。このモザイクはおそらくナポリ湾に沿ってローマの海辺の別荘で流行っていたようで、ポンペイにも浸透していたようです。
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この当時ナポリ周辺では生簀などによる魚の養殖もおこなわれていたようです。
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ポンペイのフォーンの家にあったこの「ナイルの風景」のモザイクは、アレクサンドリアのモザイクが置かれたエクセドラの部屋の鴨井の中央部分に掲げられてありました。蓮の花の咲く水路で6羽のアヒルを泳ぎ、その間をエジプト・マングースとコブラ、カバとワニ、そして2羽のアイビスが戦っています。
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現在の人間が見ても一目でカバだということが分かります。エジプトの考古学博物館でも同じようなモチーフの世界最古の絵と言われるフレスコ画を見たことがあります。
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時代は下がりますが、ローマの時代でも同じようなモチーフが描かれていたのだと思います。
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この博物館で一番有名なのはポンペイのファウヌスの家から出土したアレキサンドロス大王とペルシャのダレイオス3世の戦いのモザイク画です。
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アレキサンドロス大王が最初にダレイオス3世と対峙したイッソスの戦いの場面とも、その後大王が進軍を続けたチグリス川上流・ガウガメラの戦いを描いたものとも言われています。
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イッソスの戦いという説が有力のようで、その根拠はモザイクに唯一書き込まれた風景が枯れ木であり、イッソスは枯れ木という意味だからだそうです。
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アレキサンドロス大王やその愛馬、ペルシャ軍の姿が非常に細かいモザイクで描かれています。敗走寸前のダレイオス3世の姿の対比も見事です。
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配送するダレイオス3世は振り向きながら何を思ったのでしょうか。
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この後のガウガメラの戦いと相次ぐ敗北によって、ダレイオス3世がアレクサンドロス大王に対抗することは困難となります。そして逃走中にバクトリア総督のベッソスに殺害されてアケメネス朝は滅亡します。
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パーンがエローメノスの羊飼いダフニスに笛を吹かそうとしている場面です。パーンは羊飼いと羊の群れを監視する神で、サテュロスと同じく四足獣のような臀部と脚部に山羊のような角をもちます。エローメノスとは少年愛という意味です。
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キリスト教文学や絵画に描かれるインキュバス(男性型夢魔)の悪魔風イメージのサタンの角と割れた蹄のイメージは、大変に性的であるパーンのイメージから取ったものであると考えられています。
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この博物館に最初に来ようと思ったのは1991年に2回、2003年も時間が合わず、4度目にしてようやく来る事が出来ました。
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先に見学を終えていた妻と甥は中庭で一服していました。
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ナポリ考古学博物館は見学できましたが、今回もカゼルタへは行けませんでした。
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博物館を出た後は海に向かってずっと下り坂を歩きました。
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スパッカ・ナポリと呼ばれるナポリの下町をぶらぶら散歩しました。この当時のフィガロかクレアでナポリの特集で紹介されていました。
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その雑誌で紹介されていたリモンチェッロ屋さんにも立ち寄りました。乾燥させたレモンの皮を仕込んでいるところを見せてもらいました。
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工場中に甘いレモンの香りが充満しています。試飲をさせてもらっているうちにだいぶ酔っぱらってしまいました。
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下町の個人商店を冷かしながら目的の店を探して歩くのは楽しいです。
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探していたのはクリスマスの時期に飾るプレゼビオの人形を造る工房です。この辺りにはたくさんの工房が並びますが、値段も出来栄えもピンキリで違いがあります。
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ここではイタリアの国旗と洗濯物は同じレベルなのだと感じます。
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雑誌で紹介されていたプレゼビオの人形作家の工房を探したのですが、残念ながら休みでした。通りの前にあった工房を覗いてみることにしました。Blu Chiara Luceという工房です。
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伝統的な造りですが衣装が素晴らしいです。後で教えてもらいましたが、これらの人形造りは分業になっていて、この工房では女性のオーナーが衣装を専門に造っているとのことでした。
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あまり宗教がかっているのは興味が湧きませんでしたが、見ているうちに欲しくなってくるのが不思議です。
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そしてこのエンゼルを見つけました。金額の交渉もしてクレジットカードは使えずに現金払いということなので近くの銀行へキャッシングに行きました。
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ところが戻ってみると彼のお母さんと連絡が取れて、このエンゼルは注文品だから売れないとのことが分かりました。ショック!という事で記念写真を撮らせてもらいました。
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プレゼビオ工房の並ぶサン・グレゴリオ・アルメノ通りも、この時開催されていた2006年のワールドカップサッカーのドイツ大会で、みな試合に釘付けなので人通りもほとんどありません。
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どうしても表に出なければならない人も街頭のテレビに釘付けです。何しろこの時はイタリアが試合していましたから。
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洗濯物と国旗がこの通りにはよく似合います。天使像が買えなかった失意のうちにナポリ中央駅に戻り、荷物をピックアップしてローマへ向かいました。
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