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風光明媚なイスキア島からナポリに戻ると、いきなり夢の中から現実に戻されたような気分です。さらに時間が無いので信号で止まらない車に轢かれそうになりながらホテルに戻りました。部屋を借りて着替えさせてもらい、ホテルの主人にお別れとお礼を言って港にとんぼ返りです。ギリギリのところでちっとを買ってあったサレルノ行きの船に乗れました。メトロ・デル・マーレと呼ばれるソレント半島の村々い停まりながらサレルノまでのクルーズです。この船はポンペイ遺跡近くの港とソレントに港に停まり、懐かしいアマルフィ海岸のポジターノとアマルフィを経てサレルノまで航行します。風光明媚なアマルフィ海岸の有名なリゾートに立ち寄りながら進みますが、残念ながら表のデッキに出られないタイプの船でした。海岸線の景色は船の左舷の窓から満喫出来ました。初めてのポジターノは一人旅で、いくつものホテルに宿泊を断られたこと、ポジターノからアマルフィへ船で移動して、途中のエメラルドの洞窟へ行ったこと、妻とアマルフィの一番奥の秘密基地のようなホテルに泊まったことなどを懐かしく思い出します。妻と甥っ子はナポリを出港した途端に爆睡で、サレルノまでの記憶は無さそうです。

定期航路フェリーでマルタ島(4)ナポリ港からメトロ・デル・マーレの船に乗って、ソレント半島の村々を経由してサレルノに至る。

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2006/06/14 - 2006/07/02

1159位(同エリア1446件中)

kojikoji

kojikojiさん

風光明媚なイスキア島からナポリに戻ると、いきなり夢の中から現実に戻されたような気分です。さらに時間が無いので信号で止まらない車に轢かれそうになりながらホテルに戻りました。部屋を借りて着替えさせてもらい、ホテルの主人にお別れとお礼を言って港にとんぼ返りです。ギリギリのところでちっとを買ってあったサレルノ行きの船に乗れました。メトロ・デル・マーレと呼ばれるソレント半島の村々い停まりながらサレルノまでのクルーズです。この船はポンペイ遺跡近くの港とソレントに港に停まり、懐かしいアマルフィ海岸のポジターノとアマルフィを経てサレルノまで航行します。風光明媚なアマルフィ海岸の有名なリゾートに立ち寄りながら進みますが、残念ながら表のデッキに出られないタイプの船でした。海岸線の景色は船の左舷の窓から満喫出来ました。初めてのポジターノは一人旅で、いくつものホテルに宿泊を断られたこと、ポジターノからアマルフィへ船で移動して、途中のエメラルドの洞窟へ行ったこと、妻とアマルフィの一番奥の秘密基地のようなホテルに泊まったことなどを懐かしく思い出します。妻と甥っ子はナポリを出港した途端に爆睡で、サレルノまでの記憶は無さそうです。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
4.5
ショッピング
4.5
交通
4.5
同行者
家族旅行
一人あたり費用
20万円 - 25万円
交通手段
高速・路線バス 徒歩
航空会社
キャセイパシフィック航空
旅行の手配内容
個別手配
  • メトロ・デル・マーレは季節によって運航が休みになったり、通年休業だったり勝手の分からない会社です。この時はちゃんと運航していたので良しとします。事前に日本で調べられることは調べましたが、イスキア島から戻ってから出港まで1時間も無かったのは綱渡りでした。今から考えれば3人ホテルで着替えて、良く戻れたと思います。料金は1人10.5ユーロでした。

    メトロ・デル・マーレは季節によって運航が休みになったり、通年休業だったり勝手の分からない会社です。この時はちゃんと運航していたので良しとします。事前に日本で調べられることは調べましたが、イスキア島から戻ってから出港まで1時間も無かったのは綱渡りでした。今から考えれば3人ホテルで着替えて、良く戻れたと思います。料金は1人10.5ユーロでした。

  • 船は2種類ありましたが、この日の最終便は表にデッキの無いタイプの船でした。仕方ないので左舷の席から窓ガラス越しに景色を楽しみました。

    船は2種類ありましたが、この日の最終便は表にデッキの無いタイプの船でした。仕方ないので左舷の席から窓ガラス越しに景色を楽しみました。

  • ナポリのベヴェレーロ港を出た後はポンペイ遺跡の近くの港に停まりました。

    ナポリのベヴェレーロ港を出た後はポンペイ遺跡の近くの港に停まりました。

  • この辺りの景色はナポリのガリバルディ駅からのヴェスビオ周山鉄道から見ることができました。海からエルコラーノ遺跡が見えないかなと思いましたが、かなり沖合を航行するので分かりませんでした。

    この辺りの景色はナポリのガリバルディ駅からのヴェスビオ周山鉄道から見ることができました。海からエルコラーノ遺跡が見えないかなと思いましたが、かなり沖合を航行するので分かりませんでした。

  • 断崖の上に館のようなホテルが見えてくるとソレントに港も近いです。

    断崖の上に館のようなホテルが見えてくるとソレントに港も近いです。

  • 「ヨーロッパ パレス グランド ホテル」は1924年に建てられたアール・ヌーヴォー様式の美しいホテルです。

    「ヨーロッパ パレス グランド ホテル」は1924年に建てられたアール・ヌーヴォー様式の美しいホテルです。

  • 「グランド・ホテル・エクセルシオール・ヴィットリア」は、フィオレンティーノ家が1834年に創業以来、現在もその子孫が経営している歴史あるホテルです。その場所にはローマ皇帝アウグストゥスの別荘が建っていたと伝えられています。

    「グランド・ホテル・エクセルシオール・ヴィットリア」は、フィオレンティーノ家が1834年に創業以来、現在もその子孫が経営している歴史あるホテルです。その場所にはローマ皇帝アウグストゥスの別荘が建っていたと伝えられています。

  • ソレント半島を周るときにカプリ島が見えました。逆光になって不思議な写真になりました。カプリ島には5回行っているので、さすがに懐かしい感じがします。ソレントからも渡りましたし、ナポリ港やメルジェリーナ港といろいろなアクセスが出来ます。季節によってはアマルフィやポジターノからもアクセスできます。

    ソレント半島を周るときにカプリ島が見えました。逆光になって不思議な写真になりました。カプリ島には5回行っているので、さすがに懐かしい感じがします。ソレントからも渡りましたし、ナポリ港やメルジェリーナ港といろいろなアクセスが出来ます。季節によってはアマルフィやポジターノからもアクセスできます。

  • ポジターノに到着するとかなりのお客が降りてしまいました。一人旅で来た時に何軒のホテルで、部屋は開いていても怪しい東洋人に思われたのか「お一人では。」と断られたのを思い出します。唯一泊めてくれた唯一ホテルはコンカ・ドーロで部屋のテラスから見た朝夕の海は奇麗でした。最初の晩は港まで降りて食事しましたが、家族連れの中で一人食事するのは忍びなく、ハーフペンショーネにしてしてもらい、ホテルで晩ご飯を食べたことも思い出しました。

    ポジターノに到着するとかなりのお客が降りてしまいました。一人旅で来た時に何軒のホテルで、部屋は開いていても怪しい東洋人に思われたのか「お一人では。」と断られたのを思い出します。唯一泊めてくれた唯一ホテルはコンカ・ドーロで部屋のテラスから見た朝夕の海は奇麗でした。最初の晩は港まで降りて食事しましたが、家族連れの中で一人食事するのは忍びなく、ハーフペンショーネにしてしてもらい、ホテルで晩ご飯を食べたことも思い出しました。

  • この辺りに数日滞在しても良かったかなという考えが頭を過りましたが、さすがにこの時期に3週間を超える休みは取りにくかったです。数年前に妻に1か月の旅行を提案したら「あなたと1か月旅行する自信がない。」と言われ、その時もポジターノを諦めて、アマルフィとカプリの滞在を短くしたことがありました。最後に滞在したカプリ島で「もう1週間くらいいられないの。」と呟かれたときは後ろから首を絞めようかと思いました。

    この辺りに数日滞在しても良かったかなという考えが頭を過りましたが、さすがにこの時期に3週間を超える休みは取りにくかったです。数年前に妻に1か月の旅行を提案したら「あなたと1か月旅行する自信がない。」と言われ、その時もポジターノを諦めて、アマルフィとカプリの滞在を短くしたことがありました。最後に滞在したカプリ島で「もう1週間くらいいられないの。」と呟かれたときは後ろから首を絞めようかと思いました。

  • アマルフィの港に着きました。脇をヨットがすり抜けて港に向かっていきます。ポジターノとの途中にあるグロッタ・エズメラルダ(エメラルドの洞窟)はこの船からは見つけられませんでした。ここも何度も来て思い出の詰まったところです。

    アマルフィの港に着きました。脇をヨットがすり抜けて港に向かっていきます。ポジターノとの途中にあるグロッタ・エズメラルダ(エメラルドの洞窟)はこの船からは見つけられませんでした。ここも何度も来て思い出の詰まったところです。

  • 左手の急峻な崖の上に「カプッチーニ コンヴェント」が見えます。13世紀の頃はカプチン会修道院だった所を19世紀にホテルに改装して、いつか泊まってみたいと思っている場所の一つです。

    左手の急峻な崖の上に「カプッチーニ コンヴェント」が見えます。13世紀の頃はカプチン会修道院だった所を19世紀にホテルに改装して、いつか泊まってみたいと思っている場所の一つです。

  • ここでもお客を降ろしてしまうとあっという間にアマルフィともお別れです。ソレントからのバスも急峻な道路を通るので面白いですが、やっぱりこのルートは海からアクセスするのがおすすめです。

    ここでもお客を降ろしてしまうとあっという間にアマルフィともお別れです。ソレントからのバスも急峻な道路を通るので面白いですが、やっぱりこのルートは海からアクセスするのがおすすめです。

  • 日も暮れて沖に出ていたヨットたちも帰港する時間のようです。<br />我々はまだ先の終点のサレルノで降りて、チュニジア経由のマルタへのフェリーに乗らなければなりません。

    日も暮れて沖に出ていたヨットたちも帰港する時間のようです。
    我々はまだ先の終点のサレルノで降りて、チュニジア経由のマルタへのフェリーに乗らなければなりません。

  • メトロ・デル・マーレはサレルノの東側の港に到着しました。この後に乗るフェリーのターミナルは入り口が西側にしかなく、事前にグーグルで見ていた2キロくらいではなく、3キロほど歩く羽目になりました。挙句にターミナルのゲートでフェリーが入港するまで足止めを食いました。

    メトロ・デル・マーレはサレルノの東側の港に到着しました。この後に乗るフェリーのターミナルは入り口が西側にしかなく、事前にグーグルで見ていた2キロくらいではなく、3キロほど歩く羽目になりました。挙句にターミナルのゲートでフェリーが入港するまで足止めを食いました。

  • コンテナの並ぶ迷路のような港の中を東側にかなり歩いて、ようやくチェックインできるブースに到着しました。この時のチケットはロンドンの会社にネットで予約して、窓口でバウチャーとパスポートを提示すると乗船券をもらえました。<br />

    コンテナの並ぶ迷路のような港の中を東側にかなり歩いて、ようやくチェックインできるブースに到着しました。この時のチケットはロンドンの会社にネットで予約して、窓口でバウチャーとパスポートを提示すると乗船券をもらえました。

  • 午後9時くらいに手続きが出来ました。フットパッセンジャー(車を持たない乗客)は後回しのようで、しばらく待たされました。

    午後9時くらいに手続きが出来ました。フットパッセンジャー(車を持たない乗客)は後回しのようで、しばらく待たされました。

  • 周りを見る限りチュニジアへ向かう人が多かったようです。目的地はマルタ島ですが、チュニジアのチュニスを経由しながら2泊3日の定期航路のフェリーの旅が始まります。

    周りを見る限りチュニジアへ向かう人が多かったようです。目的地はマルタ島ですが、チュニジアのチュニスを経由しながら2泊3日の定期航路のフェリーの旅が始まります。

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