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瀋陽で見学した2つ目の世界文化遺産、ホンタイジとその妃が葬られた陵、昭陵の紹介です。2004年に明・清王朝の皇帝墓群の一部として追加登録されました。

2009春、中国旅行記15(10/24):4月23日(2):瀋陽、昭陵、下馬碑、入口門、石碑坊

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2009/04/22 - 2009/04/25

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旅人のくまさん

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瀋陽で見学した2つ目の世界文化遺産、ホンタイジとその妃が葬られた陵、昭陵の紹介です。2004年に明・清王朝の皇帝墓群の一部として追加登録されました。

交通手段
観光バス
  • 8時頃にホテルを出発し、昭陵のある北陵公園の駐車場入口に到着しました。そのチケット売場付近の光景です。9時少し前の現地時刻です。

    8時頃にホテルを出発し、昭陵のある北陵公園の駐車場入口に到着しました。そのチケット売場付近の光景です。9時少し前の現地時刻です。

  • 瀋陽の市街地北部に位置する昭陵は、北陵の呼び名もあります。その北路湯公園で咲いていた花木の白い花です。房状に咲いていました。

    瀋陽の市街地北部に位置する昭陵は、北陵の呼び名もあります。その北路湯公園で咲いていた花木の白い花です。房状に咲いていました。

  • 文字が読み取り難かった大きな石碑の光景です。側面の文字を、次の拡大写真で確認しましたが、内容は日本の神社等にもある、『下馬碑』の標識でした。

    文字が読み取り難かった大きな石碑の光景です。側面の文字を、次の拡大写真で確認しましたが、内容は日本の神社等にもある、『下馬碑』の標識でした。

  • 『諸王以下官員人等至此下(馬?)』の文字が3ヶ国語で刻まれていました。右が漢字、その左が満州文字と蒙古文字のようです・満州文字は蒙古文字をベースとしているため、よく似た文字です。『下馬碑』でした。

    『諸王以下官員人等至此下(馬?)』の文字が3ヶ国語で刻まれていました。右が漢字、その左が満州文字と蒙古文字のようです・満州文字は蒙古文字をベースとしているため、よく似た文字です。『下馬碑』でした。

  • 北陵公園の中にある昭陵の入口光景です。昭陵は、ここに埋葬された清朝第二代皇帝のホンタイジが死去した年の1643年(崇徳8年)に建設が始まり、1651年(順治8年)に完成しました。

    北陵公園の中にある昭陵の入口光景です。昭陵は、ここに埋葬された清朝第二代皇帝のホンタイジが死去した年の1643年(崇徳8年)に建設が始まり、1651年(順治8年)に完成しました。

  • 『清昭陵』の文字が記された世界文化遺産登録の石碑光景です。2004年に『明・清王朝の皇帝墓群』として追加登録されました。

    『清昭陵』の文字が記された世界文化遺産登録の石碑光景です。2004年に『明・清王朝の皇帝墓群』として追加登録されました。

  • 『清昭陵』の文字が記された世界文化遺産登録の石碑があった周りの光景です。『明・清王朝の皇帝墓群』は、中国の王朝だった明と清及び清の前身の後金朝の25人の皇帝の陵墓です。

    『清昭陵』の文字が記された世界文化遺産登録の石碑があった周りの光景です。『明・清王朝の皇帝墓群』は、中国の王朝だった明と清及び清の前身の後金朝の25人の皇帝の陵墓です。

  • 昭陵の入口を守る狛犬の光景です。右足の下に玉を押さえ込んだ雄の獅子です。

    昭陵の入口を守る狛犬の光景です。右足の下に玉を押さえ込んだ雄の獅子です。

  • 同じく、一対として昭陵の入口を守る狛犬の光景です。左足の下に子獅子を押さえ込んだ雌の獅子です。

    同じく、一対として昭陵の入口を守る狛犬の光景です。左足の下に子獅子を押さえ込んだ雌の獅子です。

  • 入口の建物に懸かっていた『昭陵』の扁額です。漢字の左側に満州文字でも記されていました。満州文字は、母音字6個と子音字19個で表記される縦書き専用の表音文字です。満州文字の起源は、初代王のヌルハチが1599年に部下に命じて造らせたモンゴル文字がベースとした文字です。その後、第二代皇帝のホンタイジが改良させたのが、現在残る満州文字とされます。

    入口の建物に懸かっていた『昭陵』の扁額です。漢字の左側に満州文字でも記されていました。満州文字は、母音字6個と子音字19個で表記される縦書き専用の表音文字です。満州文字の起源は、初代王のヌルハチが1599年に部下に命じて造らせたモンゴル文字がベースとした文字です。その後、第二代皇帝のホンタイジが改良させたのが、現在残る満州文字とされます。

  • 扉の装飾の紹介です。規則正しく撃たれた金属鋲と、その中間にあった獣面の光景です。獣面はブロンズ製のようです。

    扉の装飾の紹介です。規則正しく撃たれた金属鋲と、その中間にあった獣面の光景です。獣面はブロンズ製のようです。

  • こちらは壁の装飾です。皇帝のシンボルの2頭の龍がレリーフになっていました。こちらは焼物です。目が大きく、愛嬌のある顔の龍でした。

    こちらは壁の装飾です。皇帝のシンボルの2頭の龍がレリーフになっていました。こちらは焼物です。目が大きく、愛嬌のある顔の龍でした。

  • 真下から見上げた屋根のコーナー部分の光景です。赤や青、それに緑等の極彩色に彩られた軒下光景です。金色の縁取りもありました。

    真下から見上げた屋根のコーナー部分の光景です。赤や青、それに緑等の極彩色に彩られた軒下光景です。金色の縁取りもありました。

  • 斜め下から見上げた軒先光景です。例外なく置かれている魔除けの神獣などの光景です。ライトアップ施設も見えました。

    斜め下から見上げた軒先光景です。例外なく置かれている魔除けの神獣などの光景です。ライトアップ施設も見えました。

  • 真下から見上げた軒下の光景です。リズミカルな形の木組みと、彩色です。赤く彩色された部分には、三つの目玉模様の周りに炎の様な文様が描かれていました。

    真下から見上げた軒下の光景です。リズミカルな形の木組みと、彩色です。赤く彩色された部分には、三つの目玉模様の周りに炎の様な文様が描かれていました。

  • 軒下のコーナー部分と、建物側面の光景です。建物正面部分とは違った木組み光景です。

    軒下のコーナー部分と、建物側面の光景です。建物正面部分とは違った木組み光景です。

  • 正面真下から見上げた、カラフルな軒下の光景です。昭陵のオリジナルの建物ではなく、観光施設の整備のための建物かも知れませんが、伝統的な建築技法を使った造りのようです。

    正面真下から見上げた、カラフルな軒下の光景です。昭陵のオリジナルの建物ではなく、観光施設の整備のための建物かも知れませんが、伝統的な建築技法を使った造りのようです。

  • 空の明るさとの対比で、シルエットになった建物側面方向の光景です。魔除けの神獣もシルエットになりました。

    空の明るさとの対比で、シルエットになった建物側面方向の光景です。魔除けの神獣もシルエットになりました。

  • 軒先と、その上に乗る魔除けの飾りの光景です。鳳凰に乗った千人を筆頭に神獣が並びます。

    軒先と、その上に乗る魔除けの飾りの光景です。鳳凰に乗った千人を筆頭に神獣が並びます。

  • 直立不動で門を警備していた係の人です。『禁止自行入園』の注意書きがありました。自転車類も乗り入れ禁止でした。

    直立不動で門を警備していた係の人です。『禁止自行入園』の注意書きがありました。自転車類も乗り入れ禁止でした。

  • 通路の上部部分のアップ光景です。通路の先に松の木が見えました。白い縁取りには、デフォルメされた草木文様がありました。

    通路の上部部分のアップ光景です。通路の先に松の木が見えました。白い縁取りには、デフォルメされた草木文様がありました。

  • 先に紹介した獅子像ですが、もう一度堂々とした造りの顔のアップ光景です。

    先に紹介した獅子像ですが、もう一度堂々とした造りの顔のアップ光景です。

  • 昭陵に入湯する前に、現地ガイドさんから一通りの説明を受けました。そろそろ入場しての見学です。

    昭陵に入湯する前に、現地ガイドさんから一通りの説明を受けました。そろそろ入場しての見学です。

  • ベンガラ色に統一された塀の光景です。その瓦屋根の上には、ライトアップ用のライトの列がありました。

    ベンガラ色に統一された塀の光景です。その瓦屋根の上には、ライトアップ用のライトの列がありました。

  • 昭陵の参道に当たる通りの光景です。距離がありましたから、オープンタイプの車で移動した区間もありました。ゆっくり走っても少し肌寒く感じる天候でした。

    昭陵の参道に当たる通りの光景です。距離がありましたから、オープンタイプの車で移動した区間もありました。ゆっくり走っても少し肌寒く感じる天候でした。

  • 同じく、昭陵の参道に当たる通りの光景です。参道の両脇には松などの並木が手入れされていました。

    同じく、昭陵の参道に当たる通りの光景です。参道の両脇には松などの並木が手入れされていました。

  • 前方にクラシックな中華門が見えてきました。昭陵の入口が近づいてきたようです。

    前方にクラシックな中華門が見えてきました。昭陵の入口が近づいてきたようです。

  • 参道の中央部分が立入禁止にされていました。周りは修復された石畳でしたが、この場所にはオリジナルの石道が残されていました。神と皇帝だけが通ることが許された道かも知れません。これは、韓国の世界遺産の朝鮮時代の王陵からの類推です。

    参道の中央部分が立入禁止にされていました。周りは修復された石畳でしたが、この場所にはオリジナルの石道が残されていました。神と皇帝だけが通ることが許された道かも知れません。これは、韓国の世界遺産の朝鮮時代の王陵からの類推です。

  • 一段高くなった場所に立派な中華風の門が見えてきました。『石碑坊』と呼ばれる建物です。

    一段高くなった場所に立派な中華風の門が見えてきました。『石碑坊』と呼ばれる建物です。

  • 『石碑坊』と呼ばれる中華風の門の中央上部のアップ光景です。年代を経て、より一層の重厚さが漂う造りです。木造ではなく、石像の建築物のようです。

    『石碑坊』と呼ばれる中華風の門の中央上部のアップ光景です。年代を経て、より一層の重厚さが漂う造りです。木造ではなく、石像の建築物のようです。

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