ファイブさんのクチコミ(23ページ)全668件
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社殿は、吉川興経を祀る治功大明神として1728年 (享保13年) に造営された
投稿日 2018年11月11日
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投稿日 2018年11月11日
総合評価:3.0
岩国城につながるロープウェイにある、山頂側の駅。
ここから歩いて、岩国城に向かって歩いていくことになる。
駅前には広場があり仕掛け時計などが置かれているところである。
近年、外国人観光客云々ということがいわれているが、ここもご多分に漏れずだった(筆者訪問時)。- 旅行時期
- 2018年04月
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投稿日 2018年11月11日
総合評価:3.0
岩国のロープウェイから城に至るまでの道、あるいは城を取り囲む道でもある。井戸などがある(写真のもの)。
舗装された道路と山道のような土の道の2つがあり、後者は城を取り囲む道につながっているところである。- 旅行時期
- 2018年04月
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投稿日 2018年11月11日
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投稿日 2018年11月11日
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投稿日 2018年11月11日
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投稿日 2018年11月11日
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投稿日 2018年11月11日
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投稿日 2018年11月10日
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投稿日 2018年11月10日
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投稿日 2018年11月10日
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投稿日 2018年11月10日
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投稿日 2018年11月10日
総合評価:3.0
こここそが、家康を祀ったその当地である。要するにお墓である。
別の原稿で、ここから日光に移したと書いたが、肉体を移せるわけはないので、魂を移したというほうが正しいのではないだろうか。
なお、このようなお墓は、聞くところによると、東京の増上寺というお寺に多くがあるらしいのだが、第二次世界大戦中の空襲でほぼ焼失したとのこと。残念である。- 旅行時期
- 2018年04月
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投稿日 2018年11月10日
総合評価:3.0
ここが、久能山東照宮における「本殿」にあたる建物になる。
純日本的な建築となっており、綺麗なのは改修されているからである。このあたりが一番人の出がある(人を避けようとしても左手に映り込んでいる)場所になる。- 旅行時期
- 2018年04月
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投稿日 2018年11月10日
総合評価:3.0
別の原稿で、「東照宮」とは家康であると書いた。そして、その元祖がここ、久能山である。家康はこちらに最初に葬られ(地元なので)、後に日光山に移された。
というわけで、非常に家康ゆかりの場所であるということができるし、非常に見晴らしも良い場所である。
なお、昔、ここには山城がたっていたらしい。- 旅行時期
- 2018年04月
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投稿日 2018年11月10日
総合評価:3.0
写真右手に屋根だけが見えている。
見たときは、「あ、鐘楼かな」と思ったのだが、いま、書こうと思って調べてみると、名前は「鼓楼」(ころう)というらしい。
その理由は、「神仏分離の際、鐘を太鼓 に替えて今の名称に改められました」(公式HP)とのことである。
ただ、そもそも、門というのは仏閣由来なんだよなと思うところ。- 旅行時期
- 2018年04月
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投稿日 2018年11月10日
総合評価:3.0
写真左の階段のところ。
我が国伝統の神仏習合が垣間見えるところであるが、「しかしながら明治時代の神仏分離の際に取り払われ」た(公式HP)。
さすがの東照宮も明治の圧には耐えられなかったというところだろうか。写真からは分からないところだが、木が生えている。- 旅行時期
- 2018年04月
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投稿日 2018年11月10日
総合評価:3.0
楼門を入ってから小さな階段を上がり、右に曲がろうとするところに建ったたてものとなっている。おそらく、神事?などにおいても使われているのだろうけれども、出たところにグッズ、という表現がよいかはわからないが、そのようなものがある。
- 旅行時期
- 2018年04月
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投稿日 2018年11月10日
総合評価:3.0
久能山東照宮(くのうざんとうしょうぐう)は徳川家康が祀られたばしょである。
「東照宮」というのは家康を祀った神社において使われる言葉であり、
実は日本各地にもある。
昔から、人を祀ることも多いのが日本の宗教である。- 旅行時期
- 2018年04月
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投稿日 2018年11月10日























