パルファンさんへのコメント一覧(37ページ)全503件
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ご返信有難う、ございます。
バルハシ湖は、カザフスタンのアルマティの北にある、とても大きな湖です。長さが、600キロあります。
アルザスの民家、現ロシア領カリーニングラード(旧ドイツ領ケーニヒスベルク)の民家と、似ています。ドイツ人は、茶系統で、尖った屋根の家を、建てるみたいです。
高名なシュバイツァー博士は、ノーベル賞を、受賞した後に、記者団から、「貴方は、ドイツ人ですか、フランス人ですか?」と、聞かれたときに、「私は、そのどちらでもない。私は、アルザス人だ」と、答えました。
ケーニヒスベルクを、首都としたプロイセン王国には、カトリックのフランスから、逃れてきたユグノー(新教徒)の、フランス人が、たくさんいました。ドイツ人の勤勉さは、このフランス人の、ユグノーによってもたらされたものです。当時のベルリンの3分の1が、フランス人でした。
先祖が、フランス人というドイツ人は、たくさんいます。戦時中、ドイツ娘をとりこにした、メッサー・シュミットのエース・パイロットのハンス・ヨアヒム・マルセイユも、その一人です。このマルセイユの半生は、「撃墜王アフリカの星」という有名な映画になっており、日本のビデオ屋にも、あります。この映画音楽は、ホテルやデパートの有線でも、流れています。お聞きになっていると、思います。
私は、第二次大戦の激戦地、カリーニングラードやヴォルゴグラード(旧名スターリングラード)を訪れて、戦争は無意味だと、悟りました。カリーニングラードの大学生が、「悪いのは国民ではなく、指導者だ。」と、言っていましたが、そのとおりだと思います。
あと、少し前、グルジアはロシアに攻め込みました。私が出会ったロシアの方は、「政府は政府、国民は国民」と、言っていたのが印象に残りました。
尖閣諸島問題ですが、このロシア人のような賢明な見方が、出来ればいのですが。
カザフ人の露語の先生が、「アメリカもカザフスタンも、人種の坩堝と言われています。でも、アメリカでは、人種ごとに住む場所が違っています。カザフスタンでは、私のアパートの右隣はロシア人です。左隣は朝鮮人(カザフスタン国籍)、さらにそのお隣はドイツ人(カザフスタン国籍)です。大学でも、職場でも色々な民族がいます。パパとママの民族が違うということも、ごく普通です。カザフスタンは、120の民族が、仲良く暮らしている、とても面白い国です」と、おっしゃっていました。実際に来てみると、それが、実感できます。大統領自身が、民族どうし仲良くするように、呼びかけています。
排他的で、偏狭な愛国心など、百害あって一利なしです。ゴルバチョフさんの時代に、国が乱れ、社会不安が広がったときに、頭をもたげたのが、民族主義でした。民族主義を利用して、扇動する人間が現れ、モルドバ、グルジア、チェチェンで、ナゴルノ・カラバフで、戦争が始まりました。
琵琶湖のそばに、お住まいのようですが、私は京都のお寺より、滋賀のお寺の方が好きです。湖畔の堅田という町は、私はとても好きです。
RE: ご返信有難う、ございます。
こんばんは、浦潮斯徳さん
多岐にわたって書き込み頂きありがとうございます。
毎回、新しいことを学ばせて頂きまして・・
映画「撃墜王アフリカの星」や「カリーニングラード」など。
アルザスはドイツ文化圏の色濃く、カリーニングラードは旧ドイツ領ですから
建物などは似ているわけですね。
また、カザフスタンが120からの民族からなっているということも・・
そんな土地に旅行し実際肌でいろいろ感じるのですね。
ロシアのみならず、ナショナリズムを時の為政者に利用されるのは一番こわいですね。
利用・扇動され戦争に至った歴史を、きちんと学ぶことを
今一度世界中の人が思い起こしてほしいですね。
何か大層な話になってしまいましたが〜〜
書き込み・投票とありがとうございました。 パルファン
2010年09月25日00時42分 返信する -
第二次大戦の激戦地
カーン、まだ行ったことはありませんが、戦史に興味のある人なら、知っている町です。
1944年6月に、ノルマンディーに連合軍が、上陸し、この地方の交通の要所である、カーンは激戦地となりました。
このカーンの町を防衛しているのは、17歳、18歳の少年からなる、武装親衛隊ヒトラー・ユーゲント師団でした。この少年兵たちは、物量において勝る連合軍相手に、戦闘を繰り広げ、連合軍を2か月も食い止めました。
なかなかフランスまで、しかもノルマンディーまでは、行けません。カーンの写真、有難うございました。
RE: 第二次大戦の激戦地
浦潮斯徳さん
旅行記をみて頂きありがとうございます。
> カーン、戦史に興味のある人なら、知っている町です。
映画「ノルマンディ上陸作戦」はとっても有名で、ノルマンディは知っていても
カーンの町を知る方は少ないのでは?
浦潮斯徳さんは、過去の戦争に対して一定の見解を持たれている方なので、
このカーンの町もご存知なのですね。
旅行記をさっとですが見せて頂き、戦争に心痛めていらっしゃるのを感じます。
> このカーンの町を防衛しているのは、17歳、18歳の少年からなる、武装親衛隊ヒトラー・ユーゲント師団でした。この少年兵たちは、物量において勝る連合軍相手に、戦闘を繰り広げ、連合軍を2か月も食い止めました。
連合軍側からでない、記述。 ちょっと意表をつかれたコメント!
物事を多角的にみることを教えられました〜
> しかもノルマンディーまでは、行けません。
ロシアには、頻繁にいらしてるようですが・・一つを極める性格なのですね。
では、続いて旅行記をゆっくり読ませていただきます。
これからもよろしく パルファン
2010年09月18日00時51分 返信するRE: 第二次大戦の激戦地
バルファン様 早速の、ご返信有難うございます。
カーンも戦史好きな人には、よく知られている町ですが、それよりもっと有名なのが、カーン市南西のヴィレル・ボカージュ村です。
1944年6月13日に、イギリス第7機甲師団が、この町にやってきました。このイギリス戦車隊を、たった1台のティーガー(虎)戦車が、全滅させました。戦車長の名前は、ミハエル・ヴィットマン親衛隊中尉でした。このヴィレル・ボカージュの戦いで、ヴィットマンは、ヒトラーから直接叙勲され、有名な人になります。交戦国のイギリス側からも、「敵ながら、天晴れ」と。後にヴィットマンは、カナダ軍との戦闘で戦死します。
ヴィレル・ボカージュ村には現在、ヴィトマンと、イギリス第7機甲師団の戦闘のあった通りは、「1944年6月13日通り」と命名され、イギリス第7機甲師団の戦没者に対する、感謝の記念碑と、イギリス、フランス両国旗がはためいています。勿論、ここには、ドイツ国旗はありません。
しかし、当時のノルマンディーの住民たちは、連合軍の艦砲射撃や、空爆で、町を破壊され、人命や家畜を奪われ、連合軍には、少なからず恨みを抱いていました。一方、ドイツ軍に対しては、敵意は、抱いておらず、むしろ友好的だったようです。
カーンへ行く機会があったら、ヴィレル・ボカージュ村にも、行きたいです。
2010年09月19日14時09分 返信する -
賑やかな卒業式!
パルファンさん、こんばんは。今回も楽しく懐かしく拝見しました。
エヴォラまで行かれたなんてすごい!
ただでさえ西の果ての国、それもたいていの旅行者はテージョ川を越さずに
帰国してしまうのに、さすがパルファンさん、旅の目的をしっかりお持ちの方は
違う!と思いました。(私のコメントまで掲載してくださって…オハズカシイです)
それにしても大学の卒業式、すごいですね!
一族郎党集まっちゃった感じですね!
それに、黒い服に黒いサングラスでとおりを闊歩している女子学生も迫力ある〜@@
パルファンさんがおっしゃるとおり、大学を卒業できたということは
とてもおめでたいことなのでしょうね。
ヒラヒラのピンクの紙はナンでしょうね?
一つ読める語「Felicidade」は「幸せ」という意味です。
あなたに幸あれ、って感じでしょうかね。いろんな人からのメッセージペーパー?
漆喰にオークルの建物、パルファンさんは気に入りました?
私はこのパターン、大好きなんです。初めのうちは何か意味があるのかと思っていましたが
調べることもできず、まあきれいなんだからいいや!と深く考えないことにしました。
オビドスなどでも漆喰に黄色や青色で縁どられた家がたくさんあります。
ジャカランダもきれい。葉っぱが出ているってことは花はそろそろ終わり?
長距離バスの形、おもしろいですね。アリか何かの虫を巨大にしたみたい。
そうそう、パルファンさんのこの旅行記の一番下に出てくる「おすすめホテル」のうち、
Albergaria Solar de Monfalim に宿泊したことを思い出しました!
確かその建物の前にジャカランダがあったような…。
アグアス・リヴレスもしっかりチェックされていますね!
エヴォラにも小さいですが、水道橋ありますが、お気づきになったでしょうか。
既に民家の一部と化していますが…。
いつも長々コメント、ゴメンナサイ。
かとくみRE: 賑やかな卒業式!
エヴォラの感想ありがとうございます〜
リスボンからのバスで行き、降りたら直ぐタクシーに乗り
ジラルド広場に行ったため、肝心の市壁や水道橋を見ることなく
帰ってきて・・
旅行記を書くにあたって、いろいろ見ると、歩いて町に入るのが
良かったみたい(トホホ)
エヴォラの町はスペインへ向う途中なのか、
結構ツアーコースになっているみたいですが・・
旅の目的(?)は、何か理屈をつけないと気がすまない性格ですね。
コインブラで全く学生(正装した)を見なかったのが残念に思っていたので
とっても感激!
卒業生という初々しさは、感じないでしょ?
ヒラヒラの紙は、子供が書いた絵らしきものもあるので
お祝いの色紙のようなものですね。
ポルトガル語を読んでしまう、かとくみさんはやっぱりすごい!
漆喰は石の上に塗っているんですよね?
日本は壁の上にぬるのでしょうが・・
剥げたところから石が見えたのでそう思ったんですが・・ご存知?
オークルとか青の縁取りはデザインなのかしらね?
どうしてあのようなデザインになったのか調べようとしたのですね。
わぁ〜パルファンも知りたい!
あぁ〜 そういえばここのジャカランダ 葉がでてますね!
なんか、花が目立たないと思った〜
Albergaria Solar de Monfalimのページ開いてみましたよ。
古い趣のある、感じのよい建物ですね。
部屋はキュートにまとめて・・
一泊したのですか? もっと滞在しました?
コメント頂くと更に深く町にかかわれたようで、とっても嬉しい限り・・
今また、エヴォラの町が走馬灯のように現われて〜〜
次ぎはシントラに行きますね。 よろしく!
パルファン
2010年09月14日14時55分 返信するRE: RE: 賑やかな卒業式!
パルファンさん、早速のお返事ありがとうございます♪
> 旅行記を書くにあたって、いろいろ見ると、歩いて町に入るのが
> 良かったみたい(トホホ)
私が行った頃とはバスの停留所が変わっているようですね。
パルファンさんと同じく、リスボンから長距離バスで行きましたが、
エヴォラに着いて、チョロチョロッと歩いてすぐ城壁内に
入れたように記憶しています。
> 漆喰は石の上に塗っているんですよね?
> 日本は壁の上にぬるのでしょうが・・
> 剥げたところから石が見えたのでそう思ったんですが・・ご存知?
いや〜、考えたことなかったです。
でも、おっしゃるとおりじゃないでしょうか。石の建物ですものね。
> オークルとか青の縁取りはデザインなのかしらね?
> どうしてあのようなデザインになったのか調べようとしたのですね。
今はネットという最強の手段がありますから、
もう一度調べてみようかしらん。
もしわかったら、お知らせしま〜す!(期待薄)
> Albergaria Solar de Monfalimのページ開いてみましたよ。
> 古い趣のある、感じのよい建物ですね。
> 部屋はキュートにまとめて・・
> 一泊したのですか? もっと滞在しました?
エヴォラは2泊しましたが、現地に到着してから宿泊先を探したので
ちょうどどこも混んでいて、この宿には2泊目に泊まりました。
で、今、宿の名前が変わっているのに気づきました。
私が泊まったときには「O Eborense Solar Monfalim」でした。
後半部分だけ同じですね。写真で見える2階の開き廊(?)で朝食をとりました。
リスボンから着いた日はエヴォラを散策し、
次の日はエヴォラから日帰りでエルヴァスに行きましたよ。
ああ、パルファンさんのおかげでいろいろ思い出してきました♪
> 次ぎはシントラに行きますね。 よろしく!
シントラ!私はいつにもましてシントラではぼ〜っとしていたので
パルファンさんの旅行記、またまた楽しみです!
かとくみ2010年09月14日21時56分 返信する -
すがすがしい紫!
パルファンさん、こんばんは。
もう3、4回リスボンの旅行記を拝見しました。
すてきですね〜。ジャカランダの咲く季節。
リベルダーデにもあんなにジャカランダの木があったなんて…。
私もその季節に一度行ったことがありますが、
なぜかリスボンのジャカランダは覚えていなくて、
セトゥーバルやエヴォラのジャカランダが印象に残っています。
アガパンサスの紫と、ダブルで美しいですね♪
それにしても、そんなにスリが増えたなんて…ショック〜。
パルファンさんの自己防衛、お見事です!!
被害にあわなくてよかったですね!
ちょっといやな思いをされたでしょうが、
リスボンの印象が悪くなってしまいませんでしたか?
テージョ川は気をつけていないと海だと思い込んでしまいがち…
リスボンではそれくらい川幅が広いですよね。
4月25日橋は渡られましたか?
私は見たことないのですが、この橋から見る夕陽は素晴らしいそうです。
そうそう、スペインのトレドを流れているタホ(Tajo)川が下ってきて
ポルトガルに入ると、「テージョ」(Tejo)になるってご存知でしたか?
トレドのあの川はリスボンの西で大西洋に注ぐのです。
発見のモニュメントの近くにはオシャレなレストランが
あるんですね。でも、お料理は豪快(というか手間かけてない?)で
いかにもラテンの国らしく、納得してしまいました!
アタシにも作れるぞ〜〜(笑)
エストレーラ大聖堂は立派ですね〜!
行ったことないです。パリで言うパンテオンみたいな聖堂でしたっけ?
グロリア線のフニクラもたぶん乗ってないし、
あの路面電車も実は乗ったことないのです〜!
いったい私はリスボンで何してきたのか???と、我ながら不思議。
あ〜〜〜、またポルトガルに行きたくなってきてしまいました!
RE: すがすがしい紫!
かとくみさん
何回も旅行記をみて頂いたそうで・・そしてコメントもありがとうございました。
リスボンは、一回の旅行記にするのには、写真も多すぎて二回にわけることに。。
リスボンをご存知の方なら、どう分けたか納得いくのでしょうが。
意外に旅行記を記すとき迷うことが多いんですよ。
かとくみさんは?ニューカレドニアをまとめる時って躊躇なく進めれる?
> すてきですね〜。ジャカランダの咲く季節。
さて、ジャカランダの花と出会えたのはとっても幸運!
大きな木になっていながら、結構地味な、というより控えめな花ですよね。
やはり、あの紫の色のせいかしら?
香りがないのにも驚きです!
> リスボンの印象が悪くなってしまいませんでしたか?
すりもそうですが、他にも気になることがあって・・
リスボンの印象は、ちょっとマイナスかな〜
結局、貧困が原因になっているのでしょうが。
> そうそう、スペインのトレドを流れているタホ(Tajo)川が下ってきて
> ポルトガルに入ると、「テージョ」(Tejo)になるってご存知でしたか?
> トレドのあの川はリスボンの西で大西洋に注ぐのです。
へ〜 知りませんでした〜
まさに、国をまたがって流れる大河なのですね。
>でも、お料理は豪快(というか手間かけてない?)で
> いかにもラテンの国らしく、納得してしまいました!
お肉が好きじゃないからって、この手の料理(?)ばかり・・
最後には、さすが飽きてきて、最終日“今日はイタリアンでいこう”と。
でも、“海鮮パスタ”でしたが・・
キッチン付なので、和食は最後まで温存はしていたんですよ!
> アタシにも作れるぞ〜〜(笑)
そう、そう・・新鮮な魚介とオリーブオイルがあればね
> あ〜〜〜、またポルトガルに行きたくなってきてしまいました!
シュー君が低学年の内までですよ、出かけられるのは。
なんて、勝手なことを言いましてすみません〜
では、もう少しポルトガルにお付き合い下さいね。
パルファン2010年09月07日19時50分 返信する -
コインブラ
こんにちは。
かとくみさんが学生時代に行かなければ全く知らなかったコインブラ。
とんぼの本『ポルトガルへ行きたい』には写真1ページを含めて3ページしか紹介されていないのでどんな町なのかあまり把握できませんでした。
パルファンさんのおかげで、かとくみさんが青春時代のひと時を過ごしたコインブラの町をおおよそですが知ることができました。
パルファンさんのご主人さまの先輩やお友達と縁のある町なのですね。
コインブラ大学、良いですね〜!
モンデーゴ川から見上げた大学の姿が良いわ。
パルファンさん、カオールでもそうでしたが、川から建物を望む風景お好きですね。
ヨーロッパの川と教会や城などの建物はお馴染みの風景ですが、私もつい写してしまいます。
コインブラにも古代ローマの水道橋があるのですね!
あの時代のローマって、現代の私たちが考える以上に技術が発達していたのだなぁ〜とあらためて感心しました。
かとくみさんの掲示板でルルドの奇跡からファティマの奇跡の話をしていたのです。
パルファンさんの写真にある新サンタ・クララ修道院にファティマの奇跡の3人の子供の一人がかとくみさんが最初の留学の頃には存命していたそうです。
で、遠見ですが新サンタ・クララ修道院をしっかり見せていただきました。
ルルドのベルナデッタや奇跡のメダル教会のカトリーヌ・ラブレーもマリアの出現を見たといいますが、19世紀末から20世紀初めにかけてヨーロッパではたびたび聖母が出現されていますよね。
何かあったのかしら?
「涙の館」の物語も楽しく拝見、かとくみさんが坂道で転んだことも!
古今の数々のエピソード(^^)とパルファンさんの知的な語り口で楽しいコインブラ歩きができました。
そうそうアーチを通して写すのが好きと書かれていましたけれど『ポルトガルへ行きたい』の表紙の写真もアーチを通した町の風景です!
「谷間の真珠」と呼ばれているオピドスという町だそうです。RE: コインブラ
コクリコさん、
ご訪問、書き込みありがとうございますm(._.)m
とんぼの本には、どう紹介されているのかは知らないんだけど・・
小さな街(旧市街は)ですから、みどころは一日あれば網羅できそう・・
勿論、旅行者の目でのはなしですが。
3人で動くとタクシーは割安に感じるのでもっぱらタクシーを使ってました〜
ローマ帝国の偉業って、ヨーロッパ全域にわたって残っているのですね。
BS朝日でBBS製作のローマ帝国というのを放映しており見ているのですが・・
切り口にちょっと違和感を感じないでもないですが、よいですよ。
(あ、まだ地デジではなかったんですね!)
新サンタ・クララ修道院について、かとくみさんとそんなエピソードを話あっていたとは!
聖母信仰がベースのヨーロッパ、奇跡を望むのはいつの時代も同じなのでしょうか?
アーチを通して撮すのは、結構好きな方多いのでは? と思いません?
リスボンからは、シントラとエボラに行くのに二日とり、オビドスはパスでした。
年齢が行くと、次から次とは無理があるようでして・・(自分を除いて言ってる〜)
パルファン
2010年08月29日12時44分 返信する -
じっくり拝見しました
ぱるふぁんさん、こんばんは。
楽しみにしていたコインブラの旅行記をじっくり拝見しました。
いや〜、よかったです。本当に懐かしい!
それに写真がどれも素敵で、新しい旅情をかきたてられます。
「たおやかな時間」の一枚なんて、たまりません!
もちろんスケッチも素敵♪あんなふうに描けたらなあ、と羨ましいです。
石畳の坂の町。文学部から下町に下りるときに
何回か滑って転んだことがあります。
その度にたまたまそばにいた男性が飛んできて助けてくれました。
そんなことも思い出しました。
「懐かしい」ばかりで恐縮ですが、
一番惹かれたのは、「アルメディーナ門」です。
なぜかあの門が好きでした。大学や下宿から下の町に下ってくるときに
必ず通った門でした。当時はもっと雑然としていましたが、
写真で拝見すると今はなんだかこざっぱりしていますね。
「アルメディーナ」の意味はパルファンさんのブログで初めて知りました。
「涙の館」は、私がいた頃には入口に切符売りのおばあさんが
いるだけで、しかもそのおばあさんが魔女みたいな風貌で、
あとは廃墟だけでした。ホテルになっているという話は聞いていたので
だいぶ変わってしまったかと思っていましたが、
あのアーチやイネスの泉がちゃんと残っていて感激!
隣の草地では羊が草を食んでいましたが、今でもいるかな?
サンタクルス修道院の「静寂の回廊」は名前のとおりですよね。
すぐそこの表通りの喧騒が全く聞こえてこなくて、不思議です。
私も回廊大好きです!
次はリスボンだとか。ジェロニモスやセにも行かれたかと思います。
またまた楽しみにしています。ありがとうございました!
RE: じっくり拝見しました
かとくみさん こんばんは〜
コインブラしっかりみて頂き、コメントもありがとうございますm(._.)m
いつもの旅行記に比べ写真が多かったので、どうかなぁと思ったのですが、
かとくみさんに、懐かしさを感じて頂くにはよかったのかな?
まず、あのモンデーゴ川から大学をのぞむ景色は、
特に夕方! 素晴らしいですね。
この、朝か夕方が良いかは、旅行のコースどりの時の欠かせないポイントですよね。
こんな、夕日を見ながら滞在されたなんて羨ましい限りです。
滞在は冬だったんですね!
あれだけ坂の街ですから滑って転ぶのも当たり前ですよ。
そこに、手を貸してくれる男性が現われて・・なんて、
これまた一幅の絵ですね! 冬の様子を又、紹介くださいね。
「アルメディナ」の意味は夫がそういうので、ふんふんって書いて・・
もっともらしいな、と思ったのですが、かとくみさんの方が専門では?
「涙の館」はおばあさんじゃなく、おじいさんが切符うりしてましたよ。
ホテルの裏庭を歩いて行くと小屋があって・・
隣の草地はなく、ゴルフ場になってましたよ、確か・・
コインブラの街、歩いて大体街を回れるとはいうものの、
表面的にしか見れなかったと思います。
それに、学生がみ〜んな夏休みに入ったのか居なかった〜
そこに暮らしてみることで、もっともっと見えるもの、
奥深いコインブラを感じたかった・・
次はリスボンです、だんだんサボりぎみですが、
9月中までにはやり終えようと、自分では決めてるんですよ。
ニューカレドニア、続々アップですね。
では、この暑さを吹き飛ばしに、きれいな海に訪問しますね。
パルファン
2010年08月20日21時53分 返信する -
ここが例の場所ですよね^^
パルファンさん、こんにちは。
ポルトはとても綺麗な街だから、
街歩きもスケッチも楽しまれたのではないでしょうか。
あちこちにあるアズレージョも本当に美しいですよね。
初めてポルトの街で見た時は感動のあまり言葉を失いました。
リレにも行かれたんですね。
あんなに素敵な書店で本を選べたらどんなに嬉しいだろうと
見学しながら思っていました。
残念ながらポルトガル語の本しか見つけられなかったので
買いませんでしたけど、今から思えばおみやげに
買っておけばよかったと後悔です。
川沿いのレストランは高いんですね〜。
でもあの川を見ながら食事が出来るなんて最高ですね。
久々に見たポルトの街を懐かしく拝見させていただきました。
何度見ても美しい街です。
ばーとんRE: ここが例の場所ですよね^^
バートンさん、こんばんは♪^^
旅行記を見ていただき、コメントもありがとうございます。
懐かしんで頂いて嬉しい限りです☆
バートンさんのポルトガル旅行記、いろいろ参考にさせて
頂きながらフォローもしませんで申し訳ありません。
洗濯場は上からみると階段があり下りられそうだったのですが、
みたテラスからは下り口がなくって・・
違う路地に入っておりるのだったのかな?
リレの本屋さんは楽しめました〜
最上階の一角にはポルトの古い街並みなどの絵なども置いてあって。
リスボンでは、ジャガランダの花が満開でした!!
また、どうぞお寄りくださいね。
パルファン
2010年08月16日19時53分 返信する -
えっ………
チャマルティンから特急で40分で到着…ですか!?
……私は鈍行で片道3時間かけて行きました。
違いすぎる…。風景をぼんやり見ながら揺られた車内でした。
「新」駅もなかったです。
ちなみに、トレドの駅舎は私が行った時と同じです。懐かしい! -
ポルトの街歩き
とんぼの本『ポルトガルへ行きたい』を開いているのですが、
パルファンさんの旅行記の方が写真が豊富で旧市街の路地裏まで一緒に歩いている気分になります。
『ポルトガルへ行きたい』はややページ数が少ないし、ポルトガル全体を紹介しているので仕方ないかな。
路地、裏町歩きの大好きなパルファンさんにはたまらないですよね!
ご主人やお義姉さんがホテルで休んでいる間も街探検ですね。
アズレージョの白とブルーの色合いがポルトガルの青い空と白い雲みたいで良いですね〜
駅構内の天井まで埋め尽くされているのですね。
教会までもが!
アズレージョというのはポルトガル独特のものですよね?
スペインにも近いものがあるのかしら。
タイルというのがアラブのモザイクに通じるものがありますよね。
ドン・ルイス1世橋はホント、エッフェル塔みたい。
とんぼの本に書いてあったのですが、エッフェルがエッフェル塔を建てる12年前に造った橋もあるのですか?
『ポルトガルの洗濯女』という歌・・・私のロクブリュヌ・カップ・マルタンの旅行記に古い洗濯場の写真を貼ったのですが、それに若いかとくみさんが『ポルトガルの洗濯女』という歌を思い出したと反応したのです(^^)。
勿論、私は知りませんでしたよ〜さすがポルトガルに特に思いいれのあるかとくみさんだなぁ〜と思ったのでした。
RE: ポルトの街歩き
コクリコさん
ロクブリュヌ・カップ・マルタンの旅行記って?
今過去の旅行記リストみたのですが、見つけれなかったもので・・
アドレス貼って頂けます?
「ポルトガルの洗濯女」は70代とそれに近い方、2人が覚えていて、
ハミングしてくれたんですけど・・
コクリコさんも知らないんだ〜
結構ふる〜い、色んなジャンルの歌をご存知ですのに♪^^
マドリッドはこわいと聞いていたので、一人で歩くのは控えたのですが
ポルトは大丈夫かと・・
でも、後で何かにカテドラル界隈の路地は危険と出ていて・・
夜のことだと思うのですが。
駅構内のアズレージョは天井のきわまで続き、かつ壮大な物語が
描かれているのですが・・
今回は、物語の説明は調べないではしょってしまいました。
多分、中身を知ったらもっと心躍ることと思います。
これも、コクリコさんがポルトに行かれる時の課題にしましょうね(^_^.)
では、またおじゃましにいきます!
パルファン
2010年08月05日20時34分 返信するRE: ポルトの街歩き
コクリコさん、パルファンさん、かとくみです、こんばんは。
今日は息子を連れて二人で地元のプールに行ってきました。
なかなか帰りたがらず、疲れました。日焼けしちゃったし…。
> とんぼの本『ポルトガルへ行きたい』を開いているのですが、
私もその本持っているのでした。この忘れっぷりったら…(汗)
> パルファンさんの旅行記の方が写真が豊富で旧市街の路地裏まで一緒に歩いている気分になります。
ほんと、そうですね。臨場感があるというか。
なにげない小さな通りの風景が好きな私は嬉しい限りです。
私も友人と、ポルトのカテドラル裏の下町っぽいところに入り込んで
いきました。汚くて臭くて、通りをニワトリが歩いていて、
ちょっとヤバいかなと思っていると、話しかけもしないのに
若い男たちが寄ってきて、さすがに怖くなってその地区からは出ました。
パルファンさんが歩かれたところかな〜、今はきれいになってるのかな〜、
なんて思いながら拝見しました。
> アズレージョというのはポルトガル独特のものですよね?
ですね。
> スペインにも近いものがあるのかしら。
ありますね♪ ポルトガルのは名前のとおり青がメインですが
スペインのはもっとカラフルだと思います。
> タイルというのがアラブのモザイクに通じるものがありますよね。
そうですね。ポルトガル語、スペイン語などの「az−」「al-」で
始まる言葉はアラビア語起源と聞きました。
「azul(青=ポ)」「alfama(リスボンの地区名=ポ)」
「alcazar(城=ス)」「azucar(砂糖=ス)」など。
ポルトガル語では砂糖は「açucal」、仏語では「sucre」ですよね?
アラビア語はフランスまで伝わっているのかしら。
> とんぼの本に書いてあったのですが、エッフェルがエッフェル塔を建てる12年前に造った橋もあるのですか?
ドナ・マリア・ピア橋ですね。
ドウロ川にかかる鉄道の橋です。そこを通過するとき列車が徐行したことも
思い出しました!理由は不明。
> 勿論、私は知りませんでしたよ〜さすがポルトガルに特に思いいれのあるかとくみさんだなぁ〜と思ったのでした。
えへへ、おそれいります。
うわっ!パルファンさん、長々とごめんなさい。デシタ。2010年08月05日21時08分 返信するRE: RE: ポルトの街歩き
パルファンさん、かとくみさん、こんばんは。
今日は何回も訪問してすみません。
パルファンさん、ロクブリュヌ・カップ・マルタンの旅行記は
http://4travel.jp/traveler/coquelicot/album/10445796/
です。
かとくみさん、
語学得意なんだもの、面白いわ〜凄く勉強になりました。
> そうですね。ポルトガル語、スペイン語などの「az−」「al-」で
> 始まる言葉はアラビア語起源と聞きました。
> 「azul(青=ポ)」「alfama(リスボンの地区名=ポ)」
> 「alcazar(城=ス)」「azucar(砂糖=ス)」など。
> ポルトガル語では砂糖は「açucal」、仏語では「sucre」ですよね?
> アラビア語はフランスまで伝わっているのかしら。
ポルトガル語で「azul」は青なんですね。
南フランスの紺碧海岸コート・ダジュール「COTE D'AZUR」のAZURは「青」ですものね。
ポルトガル語のazulとフランス語のazur同じですよね!
このazがアラビア語からきているなんて〜単なる単語に広がる世界・夢♪
> ドナ・マリア・ピア橋ですね。
> ドウロ川にかかる鉄道の橋です。そこを通過するとき列車が徐行したことも
> 思い出しました!理由は不明。
ドナ・マリア・ピア橋という名前なのですね。
パルファンさんの旅行記に登場するかしら!2010年08月05日23時29分 返信するRE: RE: ポルトの街歩き
こんばんは♪^^
子供を連れて、プールとは!
コクリコさんは妹と言ったけど・・パルファンには娘といってもよいかも・・
でも、年齢は忘れて(勝手に)よろしくね。
カテドラルの裏の路地は今でも若者がたむろしていて気味が悪いですから
ましてや、十数年前ですと・・
汚さ、臭いもアジアはともかく、ヨーロッパでは始めての経験でした!
> そうですね。ポルトガル語、スペイン語などの「az−」「al-」で
> 始まる言葉はアラビア語起源と聞きました。
> 「azul(青=ポ)」「alfama(リスボンの地区名=ポ)」
> 「alcazar(城=ス)」「azucar(砂糖=ス)」など。
> ポルトガル語では砂糖は「açucal」、仏語では「sucre」ですよね?
> アラビア語はフランスまで伝わっているのかしら。
なるほどよくわかりました。
言語を調べると文化伝播がよくわかりますね。
> ドナ・マリア・ピア橋ですね。
> ドウロ川にかかる鉄道の橋です。
この橋はパルファンも通ったわけですね。コインブラに行く時に。
写真も撮ってたかなぁ〜
お二人のコメントで旅行記が豊かになってきました〜
これからも、いろいろ補充よろしくね。
パルファン
2010年08月05日23時59分 返信する -
懐かしく拝見しています
はじめましてパルファンさん。
旅行記を全然書いていない、かとくみと申します。
コクリコさんのところから飛んできました。
ポルトガルの旅を懐かしく拝見しました。
実はカナリ昔にコインブラに1ヵ月間滞在したことがあり、
その後も数回かの地を旅しました。
ポルトへも行きましたよ。
でも、悲しいかな、ポイントしか覚えていなくて
ほとんどは忘却の彼方へ去ろうとしていて…
パルファンさんの旅行記はそんな思い出を引き戻してくださいました。
ユーラシアの西の果ての国もさすがに新しいものが増えていますが
変わらないものももちろんあって、
次のコインブラを楽しみにしています。
2010年08月04日23時09分返信するRE: 懐かしく拝見しています
こんばんは〜
ポルトガルに馴染み深いかみとくさんからの
カキコミ、大変嬉しく拝見しました。
旅行だけでなく滞在されていたのでしたら、日常の中で
いろいろ感慨深いこともあったことでしょう。
かなり前なのでほとんど憶えてないとおっしゃるのは、パルファンも
よくわかります。
それで、旅行記を書きしたためよう、と思ったのでした。
自分勝手な旅行記で、かみとくさんの思い出に繋がることが
あるとするならば、とっても嬉しくおもいます。
これからも、どうぞご意見、ご感想などお寄せくださいね。
ありがとうございました。
パルファン
2010年08月04日23時52分 返信するRE: RE: 懐かしく拝見しています
おはようございます。
横レス失礼しまーす。
かとくみさん登場だ♪
パルファンさん、かとくみさんは私の8年来のネット上の友達です。
(友達といっても私よりかなり若いですけどね・・・一番下の妹くらいの年^^;)。
私はかとくみさんの影響でポルトガル特集のとんぼの本を買ってしまったくらいです!
私もポルトガルの旅行記をとんぼの本を片手に楽しみたいと思っています。
その前にちょっと一仕事。
それでは。
2010年08月05日09時30分 返信するRE: RE: RE: 懐かしく拝見しています
コクリコさん、かとくみさん おはよう
こんなに早くからネットを開くのは稀なんですが・・
早起きし、庭の片付けをして・・
カーテンから差し込む強い日差し・・う〜ん早起きもいいものですね!
かとくみさんは、ご年配と思ってた〜
だって、かなり前にコインブラに滞在された、と書かれていたから。
コインブラですと大学関係でしょうし・・となると、と類推したのですが。
コクリコさんの妹さん位となると、学生時代に行かれたのかしらね。
多感な時期に、しかもまだ人が押しかけない時期に行かれたのであれば、
ひとしお思い入れもあることでしょうね。
トンボの本シリーズはパルファンも大好き。。
でも今回ポルトガルはみなかったなぁ〜
フランスロマネスクの時は随分みましたよ。
話は変わって
8月の末になりますが、京都でフランス映画際の一上映作品で
「シルビアのいる街で」があるのですが、コクリコさんはみられました?
ストラスブールが舞台だそうですね。
では、暑い中お仕事に励んでね。あぁもうスタートしてる?
パルファン
2010年08月05日10時11分 返信するRE: RE: RE: RE: 懐かしく拝見しています
> かとくみさんは、ご年配と思ってた〜
> だって、かなり前にコインブラに滞在された、と書かれていたから。
きゃっ、違う違う、若者ではないですが少なくとも私より若い。
> コクリコさんの妹さん位となると、学生時代に行かれたのかしらね。
> 多感な時期に、しかもまだ人が押しかけない時期に行かれたのであれば、
> ひとしお思い入れもあることでしょうね。
そうです。確か大学生の頃、短期留学だったかな。
> 8月の末になりますが、京都でフランス映画際の一上映作品で
> 「シルビアのいる街で」があるのですが、コクリコさんはみられました?
> ストラスブールが舞台だそうですね。
お知らせありがとうございます。
調べてみたら、8月7日から渋谷の映画館で上映されるそうです。
でもこのような映画って一箇所の映画館でしか上映されないのですね。
「シアター・イメージ・フォーラム」という映画館だけ。
今年観たフランス映画は今覚えているものでは「オーケストラ」「あの夏の子供たち」「パリ20区 僕たちのクラス」「シスタースマイル ドミニクの歌」。
「パリ20区・・・」は私たちが数年前まで貸していただいていたステュディオがパリ20区にあったので特に印象に残っています。2010年08月05日17時25分 返信するRE: RE: RE: RE: RE: 懐かしく拝見しています
パルファンさん、コクリコさん、たくさんの返信ありがとうございます。
コクリコさん、正確なご説明も感謝です♪
でも、私もうご年配と言われても否定できないかも…。う〜ん、ビミョ〜…。
>パルファンさん
そうです、大学3年生の時に、コインブラ大学の外国人向け
サマーコースに参加しました。水道橋のすぐそばの家に下宿して。
当時は週末にポルトやリスボンに出かけましたが、日本人どころか
アジア人に遭遇したのは1度だけでした。
余談ですが、水道橋好きです。
イベリア半島の水道橋をいくつか見ましたが、一番好きなのは
ポルトガル・エルヴァスの水道橋です。
フランスのガール水道橋は残念ながら見たことがなくて、
コクリコさんの旅行記を楽しみにしているところです。
旅日記は本当にパルファンさんにとって宝物になりますよ!
私も海外旅行の最中は毎日欠かさずつけていました。
今そのノートを繰ると、町の喧騒と匂いとともに
旅の思い出がよみがえります。
>コクリコさん
ってことで、ガール水道橋はもうすぐですよね。
昨日、何冊分かの旅行記をが〜っと拝見しました。
コクリコさんのコメントがほんと、楽しい♪写真も美しいし。
また感想を書かせていただきますね。2010年08月05日20時38分 返信する



