のださんのクチコミ(99ページ)全2,489件
- サムネイル表示
- リスト表示
- ホテル
- ショッピング
- グルメ・レストラン
- 交通機関
- 観光スポット
- 基本情報
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月13日
総合評価:3.0
藩校養老館(津和野町立民俗資料館)と道路を挟んで向かい側にあります。
多胡家は、津和野藩亀井家11代にわたる筆頭家老の家柄で、藩の財政や産業の礎を築くのに大きく貢献したそうです。
それにふさわしい立派な門です。- 旅行時期
- 2011年05月
-
投稿日 2013年02月13日
総合評価:3.5
かつて森鴎外や西周ら、全国に名を轟かせた俊英も学んだという津和野藩校・養老館。
嘉永とか安政とかその頃に、こちらに移設されたそうです。
現在は津和野町の民俗資料館として公開されています。
いろいろ教場がありましたが、そのうちの武術教場が民俗資料館なんだそうですね。- 旅行時期
- 2011年05月
-
投稿日 2013年02月13日
総合評価:3.0
2005年9月25日、隣接していた日原町と合併し、新たに津和野町となったとのことですが、ここの庁舎っていつ頃から使われているのでしょうか?
その辺、説明板も私が見る限りなさそうだから、よくわからないかな。
まあ何にせよ、観光スポットみたいです。- 旅行時期
- 2011年05月
-
投稿日 2013年02月13日
総合評価:3.0
津和野藩の家老職を勤めた大岡家の表門です。
薬医門形式、切妻、桟瓦葺、右側には脇門があり格式の高さが窺えます。
津和野藩筆頭家老であった多胡家の表門と、規模は同程度のようです。
中に入ると、津和野町役場津和野庁舎があります。- 旅行時期
- 2011年05月
-
投稿日 2013年02月13日
総合評価:3.5
乙女峠の殉教者36人を偲ぶため、1931年(昭和6年)に建てられたとのことです。
ここが殉教の地だったなんてね~。
そばに小さな資料室みたいなものが設けられており、殉教の歴史について知ることができます。
時間があればのぞいてみるとよいです。- 旅行時期
- 2011年05月
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月13日
-
投稿日 2013年02月12日
-
投稿日 2013年02月12日
-
投稿日 2013年02月12日
総合評価:3.5
東尋坊からは、ちょこっと車を走らせればすぐに着きます。
1852(嘉永5)年2月、高島秋帆の門人と伝えられる栗原源左衛門の設計で築造されたそうです。
今はすっかり寂れてしまっていますが、当時なりに国を護ろうという気概が伝わってきます。- 旅行時期
- 2011年05月























