【入場日1週間前の0時から購入可】サンシャイン60展望台 日時指定チケット
700円(税込)
大手三の門跡の隣に古風な建屋があります。それが同心番所です。江戸城時代は三の門も枡形門で同心番所は門の内にありました。大手門の次の検問所で警備した同心は下級武士だったとか。中に入れば入るほど検問する人も高級武士になって行ったのですね。江戸城内の施設はほとんどが焼失していますが、この番所は、修復されてはいますが数少ない江戸城現存遺構の一つです。
地下1階から60階まで分速600mの速度の「シャイニングエレベーター」でわずか35秒。海抜251mに360度の大パノラマが広がります。“365日、公園びより。” をテーマに、“新たな眺望体験を提供する空の公園”をコンセプトにした「サンシャイン60展望台 てんぼうパーク」。何度でも訪れたくなる、居心地の良い開放感あふれる公園のような施設を目指しています。晴れた日には、遥か向こうに筑波山や日光連山、丹沢山麓の上にそびえ立つ富士山などを望むことができます。また、夜にネオンが灯り始めると、昼間とは違った表情に変化し、超高層ビル群が林立する新宿方面はひときわ鮮やかなイルミネーションが輝きます。「サンシャイン60展望台てんぼうパーク」は新たな眺望体験を提供する空の公園です。春は桜、秋は紅葉など、季節に合わせた装飾や期間限定スイーツ・ドリンクなども楽しむことができ、屋内施設ながら四季を感じることが出来ます。
常設展示室やプラネタリウムを持つ博物館本館、復元建築物、梅園や水遊びの池などがあり、府中の歴史・文化・自然が学習できるフィールドミュージアムです。【料金】 大人: 200円 博物館入場料 200円 団体(30人以上)160円/プラネタリウム観覧料(博物館入場料を含む) 600円 団体(30人以上)480円 子供: 100円 博物館入場料 100円 団体(30人以上)80円/プラネタリウム観覧料(博物館入場料を含む) 300円 団体(30人以上)240円
紅葉の名所と紹介されていたので訪問、最寄り駅から等々力渓谷を通って行きたかったですが、等々力渓谷への道が通行止めで、仕方なく普通の道で行きました。到着すると、イチョウの葉は落ちていて紅葉もそれほどではない感じ、展望台?からの眺望もいま一つな感じで失敗したかと思いましたが、等々力渓谷へ下りる道沿い、下りた辺りの紅葉がきれいで、最寄り駅から少し歩いたけど、行ってよかったです。
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隅田川に架かる橋です。スカイツリーが間近に望めます 今回は屋形船に乗船する機会があり船にて赴きました。隅田川を遡る大抵の屋形船は言問橋付近が折り返し地点となっており、付近で停泊する時間があり停泊中はデッキから景色を愛でる事が可能です。 船上から望む「スカイツリー」の夜景は地上から望む姿と違いまた格別でした
「寛永寺輪王殿」で、並ぶようにして「輪王寺両大師堂」があります。実は、これが「輪王寺両大師堂」かと思い、間違えて、「寛永寺輪王殿」に入ってしまいました。「寛永寺輪王殿」の山門もすごく立派で奥に大きな建物があったので、これが「輪王寺両大師堂」かと思い入ってみると「寛永寺輪王殿」でした。「寛永寺輪王殿」と「輪王寺両大師堂」の間に小さな門がありそこからどちらへも通行可能でした。実は、この門はだだの門でなく、「幸田露伴旧宅の門」で、谷中にあったものをここに移築したものです。さて、もう一度外へ出て「輪王寺両大師堂」の山門から入りました。「山門」の柱の右側には「両大師」、左側には「東叡山寛永寺 開山堂」の文字が刻まれていました。何故かと言うと、「輪王寺両大師堂」は、東叡山の開山である「慈眼大師天海大僧正」と「慈惠大師良源大僧正」の二人をお祀りしているからです。そのことから、一般に「両大師」と呼ばれています。入るとすぐ右手に「阿弥陀堂」があり、その中には三体の像が安置されていました。左から「地蔵菩薩立像」、真ん中が「阿弥陀如来坐像」そして左が「虚空蔵菩薩坐像」です。その隣には「鐘楼」、「手水舎」そして「本殿」があります。また、「本堂」に向かって左手には二千年以上の歴史ある古代「大賀蓮」の植え込みもありました。「輪王寺両大師堂」は、「上野公園」からほんの少し離れているので、静かで落ち着ける場所になっています。「輪王寺両大師堂」の見どころはまだまだ沢山あります。「輪王寺両大師堂」の見どころでまとめてありますのでご覧ください。 01_【「輪王寺両大師堂」の一口メモ】 所在地:〒110-0007 東京都台東区上野公園14-5 電話:03-3821-4050 02_【「輪王寺両大師堂」へのアクセス】 ①JR「上野駅」公園口から徒歩3分280m ②JR「鶯谷駅」南口から徒歩7分550m ③京成電鉄「京成上野駅」正面口から徒歩10分750m 03_【「輪王寺両大師堂」の見どころ】 ⑴ 「山門」 「山門」のがいつ建てられたのかの建立年は不明です。「山門」の建築様式は瓦葺の薬医門です。また、屋根の瓦には、「天海僧正」が使用していた「二引き両の紋」が施されています。そして、「山門」の右側には「両大師」、左側には「東叡山寛永寺 開山堂」の文字が刻まれていました。 ⑵ 「銅燈籠」 参道を歩いていると立派な「銅燈籠」がありました。この「銅燈籠」は、江戸時代初期に建立されたもので、もともと「大猷院殿廟」にあったものです。「銅燈籠」には、「三つ葉葵」(徳川家紋)とニ引き両の紋(天海の紋)が刻まれていました。 ⑶ 「手水舎」 「手水舎」は、江戸時代に建立され、建築様式は銅板葺の切妻造です。龍が勢いよく水を吐き出していました。「水盤」は青銅製で四隅を獅子が支えていました。 ⑷ 「鐘楼」 「鐘楼」は、建立年は不明で、建築様式は瓦葺の八脚の切妻造になっています。もともとこの「鐘楼」には慶安4年(1651年)鋳造の「梵鐘」が吊るされていたそうですが、現在は「阿弥陀堂」内に置かれています。 ⑸ 「本堂」 「本堂」は、戊辰戦争、関東大震災、東京大空襲等の苦難を乗り切ったにも関わらず、昭和64年(1989年)の火災で焼失してしまいました。現在の「本堂」は、平成5年(1993年)に再建されたものです。建築様式は、瓦葺の 入母屋造で、本尊の「阿弥陀如来像」、「慈眼大師坐像」と「元三大師画像」が安置されています。 ⑹ 「阿弥陀堂」 「阿弥陀堂」は、入口の門の近く右側に建っています。建立年は不明で、建築様式は、瓦葺、漆喰壁の宝形造です。「阿弥陀堂」の中には三体の像が安置されていました。左から「地蔵菩薩立像」、真ん中が「阿弥陀如来坐像」そして左が「虚空蔵菩薩坐像」です。 ⑺ 「幸田露伴旧宅の門」 「輪王寺両大師堂」の境内にあり「輪王寺両大師堂」と「輪王殿」を結ぶ門が「幸田露伴旧宅の門」です。谷中にあったものをここに移築しました。瓦葺の簡素な腕木門です。 その他に、山門を入ってすぐ左手の方に「法華塔」、「地蔵堂」もあります。
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緑につつまれた砧公園の一角にある美術館。コレクションは、アンリ・ルソーに代表される素朴派の作品や、日本画の高山辰雄、洋画の向井潤吉など世田谷区ゆかりの作家の作品、北大路魯山人の作品が充実。
初めて行ったので入り口がちょっとわかりにくかったけれど、内装はとても素敵!光が差し込む大きな窓からは公園の緑が見えて癒されます。またあちらこちらに木を基調としたベンチが配置されていてゆったり過ごせます。 今回2階の展示室ではミュージアムコレクションⅡ「かわりゆくもの、かわらないもの」と題された展示で難波田龍起・村井正誠・堂本尚郎の3人の画家の絵が中心でした。 また1階展示室では、世田谷区民展が開催されていて、午後にはたくさんの人たちでにぎわっていました。まさしく日常生活と芸術を結ぶ場という言葉通り・・ 他にもミュージアムショップやアートライブラリーなどもあって大きくはないけれど、見どころはたくさんある美術館でした。 私が一番好きなのはレストランとの連絡通路の雰囲気ですが、 レストラン前にも大きなクヌギの木を取り囲むようにたくさんの作品が展示されていました。
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みまさかのくに(現在の岡山)勝山藩出身の鳩山和夫がこの地に居を構えたのは明治24年である。和夫は、弁護士の地位向上、私学の発展、立憲政治の発達と進歩を理想とした。洋館は大正13年に鳩山一郎によって建てられた。首相、初代自由民主党総裁の一郎のほか、妻の薫(共立女子学園理事長)長男で外相を務めた威一郎を記念する部屋やバラに飾られる庭園などが公開されている
文京区の音羽1丁目にある洋館です。 大正13年に元総理大臣の鳩山一郎氏によって建てられました。 立派な応接室や大広間などが復元されていて、当時の政治の舞台で活躍された鳩山家の足跡が見学できます。 広い庭園も見事で、バラの花など、四季折々に楽しめそうです。 邸内の装飾品や階段のステンドグラスど、豪華な邸宅は日常の喧騒が忘れられるような雰囲気でした。 心が癒される洋風邸宅です。
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広さ約60万平方mの区内最大の公園です。ゆるやかな丘に作られた芝生広場や野鳥観察ができるバードサンクチュアリ(土・日、祝日のみ開園)などの自然と共存する施設や、野球場やテニスコートなどの本格的なスポーツ施設があります。
大昔の陸軍成増飛行場跡地を、戦後進駐軍が接収してグラントハイツになり、都立の都市計画公園に変わったのは40年余り前と記憶する。 植林された森も育ち、緑の公園らしくはなったが、武蔵野に点在する大昔からの公園の雑木林のような風情には乏しく感じる。 ほぼまっ平なので、その分、舗装道路を自転車で廻るには向いている。 特徴を挙げるならば、スポーツ施設の充実と、バードサンクチュアリが挙げられよう。 スポーツ施設は、野球場、テニスコート、弓道場、体育館などのほか、出入り自由の陸上トラックなどがある。 バードサンクチュアリは、森に囲まれた小さな池の周辺だけだが、観察舎や望遠鏡などが備えられている。惜しむらくは公開日が限られている点(写真参照)。 ということで、遠方からの来園客は少ないようで、専ら隣接した光が丘パークタウンなどの居住者が多いようで、図書館など一部を除けば空いている日が多い。 桜の名所になったので、お花見時の休日は混雑する。
東京湾13号埋立地にある巨大な客船のかたちをした建物。船の原理・歴史を説明した屋内展示、シミュレーターによって船の操作を体験できる一日船長コーナーのほか、屋外には元南極観測船宗谷や二式大型飛行艇など実物も展示されている。地上70mの展望台からは東京湾を眼下に、晴れた日には遠く富士山や房総半島も一望できる。2011年9月より本館がリニューアルのため閉館中。
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今年は関東大震災から100年という節目の年、移り行く新宿西口高層ビル群一帯をお散策しました。週末のオフィス街は長閑でカメラを手にした人たちがおられ私もその一人です。「住友生命ビル」へは都営大江戸線の「都庁前」に直結しA6出口が一番便利ですよ。地下4階の地上52階のビルは建設から半世紀近くなりますが三角広場に特徴的な空間を取り入れられ高層階のレストラン街が人気のようです。2021年度グッドデザイン賞を受賞し、更に人気があるようです。
旧江戸城外堀に沿った土手。桜並木がつづく静かな散策路。
嘉永7年(1854)黒船艦隊が再来航した際に密航を企てるが失敗、小伝馬町の牢屋敷に送られた。その後山口県・萩市に送還され、叔父から松下村塾を受け継ぐ。ここで木戸孝允・高杉晋作・久坂玄瑞・伊藤博文など多くの志士を育てた。しかし安政の大獄に連座して江戸に送られ、ふたたび小伝馬町の牢に入獄。安政6年(1859)小伝馬町牢屋敷内で処刑された。公園内の記念碑には、辞世の句が刻まれている。
東京メトロ「小伝馬町駅」からほど近い場所にある【十思公園】の一隅に、一隅にある三基の黒っぽい石碑があり、それが【吉田松陰終焉之地】を示す石碑でした。三基ある右側に「松陰先生終焉の地」と刻まれていると分かりましたが、他は漢字が読み取りにくかったです。 歴史の教科書を通じて「安政の大獄」「吉田松陰」という単語は知っていましたが、まさにこの場所に伝馬町牢屋敷があり、安政の大獄でとらえられた吉田松陰が斬首された場所であることは、この場所にて来てはじめて知ることが出来ました。
JR東京駅丸の内地下道から直結です。東京駅丸の内駅舎と皇居をつなぐ「御幸通り」下の広い地下通路にあるギャラリースペースで、全長200mに及ぶ通路の両脇にガラスショーケースが設置されています。訪問時は全紙サイズの丸の内界隈の街の風景や自然の写真が展示されていました。全部見るにはかなりの時間がかかります。目の保養になります。
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