東京タワー WEBチケット(メインデッキ)
1,500円(税込)
東京タワーは、高さ333メートルの電波塔であり、都内有数の観光名所。高さ150メートルに位置する大展望台と、250メートルの高さにある特別展望台とがあり、関東一円を望むことができます。夜は毎日のようにタワー自体がライトアップされ時間帯や季節やイベントによって色合いが変わるので、内部からの景色だけではなく外観を楽しめるのも大きな魅力です。タワーのふもとにあるフットタウンには、水族館や大人気漫画のワンピースをモチーフにした施設もあります。
初東京の孫と羽田空港到着後真っ先に訪れたのが東京タワーです。 モノレールで浜松町駅まで行き徒歩で大門、桜満開の増上寺を経由して約15分で 入場券販売所に着きました。 エレベーターで展望デッキに上がり360度の景色を見て廻り一つ下に降りてからガラス張りの床から下を見下ろしました。 積み上げた本を片手にしたスタッフ(東京タワー博士)が東京タワーについて何でも教えてくれました。 記念写真も一緒に撮らせて頂きました。 日本一の高さを誇る麻布台ヒルズの建物が直ぐ近くに見えました。 ビルに反射する東京タワーも蓮背の紹介で観れました。
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1392年に現在の皇居内紅葉山あたりにつくられ、1598年現在の場所に移転。浄土宗の大本山で徳川家の菩提寺。山門と経蔵・秀忠と家継の霊廟が残る。周囲はビルやホテルが建つ。
港区立芝公園は、増上寺と芝東照宮の間に位置し、背後には東京タワーが望める、芝生広場を中心とした開放的な公園です。
東京タワー近くのかなり大きな公園で、目的地によって最寄り駅は異なります。 今回は北側の4号地・多目的運動場で開催された「山梨ヌーボーまつり」に参加しました。山梨県内のワイナリー36社のワインが一堂に会して、¥3,000で試飲用カップと20枚の試飲チケットが買えます。ワインによって必要なチケット枚数が異なるのですが、2~3枚が多いです。キッチンカーも出店しています。 公園なので、敷物を拡げてのんびりできるのがいいところです。
ピックアップ特集
愛宕山山上の火防の守護神。森厳な気配が漂う。6月に「ほおずき市」が開かれる。
日光の東照宮を模した。境内のイチョウは家光の手植えといわれる。
【芝公園】の中にある「東照宮」です。 都営三田線【芝公園駅】のA4出口から地上に出るとすぐに東照宮の参道があります。 小さな神社ですが、歴史があり見所もたくさんあります。 鳥居の扁額の「東照宮」は徳川宗家16代の徳川家達の揮毫です。 境内には、3代将軍家光お手植え(といわれる)の公孫樹が御神木然として立っています。 また、秋に咲く「十月桜」もあり、春の桜と比べると幾分可愛らしい桜の花を見ることができます。
芝大神宮は、伊勢神宮の御祭神、天照大御神(内宮)、豊受大神(外宮)の二柱を主祭神としてお祀りしています。御鎮座は遠く平安時代、寛弘二年(1005年)一条天皇の御代に創建された由緒あるお社です。
港区芝大門にある「芝大神宮」についての情報を発信していきます。今回、「芝大神宮」を訪れたのは2024年月日です。「芝大神宮」へのアクセスは、都営地下鉄浅草線・大江戸線「大門駅」のA6出口を出ると、「芝大門更科布屋」が右手にありその角を右折します。60mほど進むと十字路があるので、左折すると50m前方に「芝大神宮」の石鳥居が見えます。 最初に、「芝大神宮」の歴史と概要を紐解いてみると、「芝大神宮」は、「伊勢神宮」の御祭神である「天照大御神」(内宮)と「豊受大神」(外宮)の二柱を主祭神として祀っています。創建は、寛弘2年(1005年)に「一条天皇」のときに創建された約1000年の歴史をもつ由緒ある神社です。鎌倉時代には、「源頼朝」の篤い信仰のもと「飯倉神明宮」、「芝神明宮」といわれ、江戸時代においては、徳川幕府の篤い保護の下に境内や門前には、茶屋、芝居小屋等が並び、相撲や富くじの興業も行われ、賑わいをみせました。関東一円の庶民信仰を集め、「関東のお伊勢さま」ともいわれ、「歌川広重」の錦絵にも描かれました。 「芝大神宮」の祭礼は期間が長いため「芝神明だらだら祭り」として知られています。祭礼には、生姜市が立ち、土生姜が売られたこと、生姜を神前にお供えしていたこと、生姜は古くから邪気を払う縁起の良い食べ物とされてきたことにより別名「生姜祭」とも呼ばれました。授与品には「千木筥」があり、東京の郷土玩具としても知られています。また、江戸時代に境内でおきた「め組鳶」と「角力」とのいさかいは「め組の喧嘩」として再三歌舞伎で上演せられ、その半鐘は今でも宝物として「芝大神宮」に保存されています。現在は縁結びの御利益がとくに有名で、女性には大人気なパワースポットです。女優の北川景子が歌手のDAIGOとの入籍前に参拝したということが話題になりました。芝大神宮には「千木筥(ちぎばこ)」といわれるお守りがあります。千木は千着と考えられ、「着るものに困らない」ということから「衣裳が増える」「良縁に恵まれる」と考えられるようになり、それが縁結びに繋がったそうです。 次のような巡路で「芝大神宮」を参拝しました。 《「芝大神宮」のお薦め参拝巡路》 ①《鳥居》⇒②《銅燈篭》⇒③《貯金塚》⇒④《生姜塚》⇒⑤《狛犬》⇒⑥《百度石》⇒⑦《神明恵和合取組碑》⇒⑧《力石》⇒⑨《星野立子・椿・高士 三代俳句碑》 それでは、参拝のスタートです。 《「芝大神宮」のお薦め参拝巡路》 ①《鳥居》⇒②《銅燈篭》⇒③《貯金塚》⇒④《生姜塚》⇒⑤《狛犬》⇒⑥《百度石》⇒⑦《神明恵和合取組碑》⇒⑧《力石》⇒⑨《星野立子・椿・高士 三代俳句碑》 それぞれのポイントについては、見どころとして下記に掲載してあります。 01_【「芝大神宮」の一口メモ】 ⑴ 所在地…〒105-0012 東京都港区芝大門1丁目12-7 電話:03-3431-4802 ⑵ 主祭神…①天照大御神 ②豊受大神 ⑶ 例祭日…9月16日 ⑷ 社務所受付…9時〜17時 ⑸ 御祈祷受付…9時〜16時30分 02_【「芝大神宮」へのアクセス】 ⑴ 電車を利用して ① JR線・東京モノレール「浜松町駅」JR北口から徒歩7分450mほど ② 都営地下鉄三田線「御成門駅」A2出口から徒歩5分400mほど ③ 都営地下鉄三田線「芝公園駅」エレベータ出口から徒歩7分550mほど ④ 都営地下鉄浅草線・大江戸線「大門駅」A6出口から徒歩2分130mほど ⑤ 都営地下鉄大江戸線「赤羽橋駅」赤羽橋口から徒歩16分1100mほど ⑥ 東京メトロ日比谷線「神谷町駅」3番出口から徒歩16分1100mほど 03_【「芝大神宮」の見どころ】 ⑴ 「鳥居」 「芝大神宮」の「鳥居」は、高さ12.5mある「神明鳥居」です。「神明鳥居」の特徴は、上部の横柱が一直線になっていて歴史的にもっとも古いタイプの鳥居です。「鳥居」の真下には賽銭箱が設置され、階段を上らなくても参拝できるようになっています。 ⑵ 「銅燈篭」 参道から「鳥居」に向かうと階段下の「鳥居」の両側に「銅燈籠」があります。また、左側には立派な社号碑があります。「銅燈籠」は、港区の有形文化財に平成9年(1997年)3月11日に指定されています。 ⑶ 「貯金塚」 「鳥居」の右手にある植栽の植え込みの中に「貯金塚」とその説明の石碑があります。説明の石碑には、大正12年(1923年)の関東大震災で壊滅的な被害を受けた東京で、「不動貯金銀行」(現在の「りそな銀行」)だけが貯金の全額払い戻しを行ったことが刻まれています。貯金塚の碑文は、「武者小路実篤」の筆です。「貯金塚 根気 根気 何事も根気 篤」と刻まれていました。そして、碑文の最後にある「倉は焼けても貯金は焼けぬ」という言葉が印象的です。 ⑷ 「生姜塚」 「鳥居」の左手の植栽の植え込みに「生姜塚」が建っています。碑の上部には、金色に輝く生姜が描かれています。江戸時代には、この付近には生姜畑が広がっていたそうです。ここの生姜は「神明生姜」という名で、食べれば風邪知らずとのことです。生姜には体を温める効果があることは有名ですが、実は邪気を払う効果もあるといわれているそうです。祭礼には、生姜市が立ち、土生姜が売られていたそうです。 ⑸ 「狛犬」 「鳥居」をくぐると階段上の左右に「狛犬」があります。「狛犬」の台座には「め組」とあります。 左側の「狛犬」は吽形像で、興味深いのは山のような太い円錐形の角があることです。また、右側の「狛犬」は阿形像で、宝珠の形をあしらったたんこぶのような頭の形をしています。この「狛犬」の台座の上段には正面に「奉献」と「昭和六年九月 芝石民刻」、台座の中断には正面に「め組」、「芝大神宮 高麗犬修覆 台石奉納 昭和四十年九月吉日」と刻まれていました。文字通りに受け取ると、昭和6年(1931年)に寄進されたものを昭和40年(1965年)に修復したということになりますね。 ⑹ 「手水舎」 「手水舎」は、「拝殿」に向かって左手の木々に隠れるようにしてあります。ちょっと分かりにくい場所かもしれません。 ⑺ 「百度石」 「百度石」は、手水舎の手前にあります。「百度石」は、神社仏閣の境内で一定の距離を100回往復して参拝し、願いの成就を祈願するために使用される石柱のことですよね。「百度石」は、お百度参りの起点となるもので、ここから「芝大神宮」の「拝殿」まで15mほどあります。つまり走行距離は、3kmほどということになりますね。 ⑻ 「神明恵和合取組碑」 「手水舎」の奥には、「神明恵和合取組碑」があります。文化2年(1805年)の相撲興業の際に鳶頭と力士の間で起こった乱闘騒ぎは「め組の喧嘩」として知られ、歌舞伎や講談の演目ともなりました。「神明恵和合取組碑」は、平成22年(2010)に建立されました。この「め組の喧嘩」には、喧嘩両成敗でなく、おもしろいというか粋な裁定が下されました。この当時、「芝大神宮」の境内には相撲や芝居小屋や見世物小屋などがあり賑わっていました。境内で開催中だった相撲のことで、町火消の「め組」と相撲力士とで乱闘事件になりました。後日、寺社奉行や町奉行と勘定奉行が裁きを出しました。その喧嘩の時にならされた「め組」の半鐘が、島流しの刑という珍しいものでした。それが講談や芝居の題材にされて、「芝大神宮」の名が世間に広く知れ渡ることになったそうです。 ⑼ 「力石」 「力石」は、境内左手の「手水舎」の奥にあります。「力石」には、「五拾貫余」とともに「川口町 金杉藤吉」の名前が刻まれています。「五拾貫余」はキログラムに換算すると1貫が3.75kgですからなんと187.5kgもあることになります。力持ちとしか言いようがありませんよね、「力石」は、重い石を持ち上げて「力競べ」や「曲持ち」を行った際に使用した石です。石に対する信仰は古くからあり、神の依代である重い石を持ち上げて力を競い、その年の吉凶や稲作の豊凶を占う行事もその一つでした。「力石」は、平成7年(1995年)9月26日に港区の有形民俗文化財に指定されています。 ⑽ 「星野立子・椿・高士 三代俳句碑」 「力石」のさらに奥の方でこれ以上先に進めないところに、「星野立子・椿・高士 三代俳句碑」があります。この句碑は、「高浜虚子」の娘、孫、曾孫の三代の句碑になります。「星野立子・椿・高士 三代俳句碑」は、平成15年(2003年) 9月に建立されました。句碑には次のように刻まれていました。 ①「そよりとも 風はなけれど 夜涼かな」… 立子 ②「千年の 神燈絶えず 去年今年」…椿 ③「界隈の たらだら祭 なる人出」…高士 ⑽ 「め組の半鐘」 「拝殿」の右手には、「め組の半鐘」が説明板とともに置かれています。説明板には、「め組の半鐘 此の半鐘は文化2年(1805年)2月 当芝大神宮境内において 花角力があった時 力士とめ組の鳶の者との間に些細な事から 血の雨を降らせる大喧嘩となった 其の時打ち鳴らされた め組の半鐘です 当時この喧嘩の裁きに当たった南町奉行は此の鐘が自ら鳴り出した為に大喧嘩となったという情けある裁きにより この半鐘に遠島(三宅島)を申付けた という話はあまりにも有名である。明治初年島より帰って以来芝大神宮で保管している」と書かれていました。粋な計らいですよね。
讃岐の金刀比羅大権現を勧請したもの。ご神徳は海上守護、大漁満足は勿論のこと、五穀豊穣・殖産興業・招福除災の神として広く庶民に尊信され、東国名社の一つとして知られています。
増上寺の奥に、徳川将軍家墓所があります。有料エリアになり、拝観料は500円でした。こちらには、6人の将軍が埋葬されています。元は、現在の東京プリンスホテルを含め周辺一帯が、徳川家霊廟だったそうですが、戦後、こちらにまとめて改葬されたとのことです。 日曜に訪問したところ、土日祝日限定で観光ボランティアガイドの方による説明があり、聞くことができてラッキーでした。ガイドの方の説明は30分ほどです。
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都営三田線【芝公園駅】「A4出口」から北に約150メートル。 途中に【芝東照宮】があり、その入口(鳥居は少し奥まったところにあります)からだと約100メートルのところに建っています。 徳川2代将軍・秀忠公の霊廟の惣門です。 霊廟は戦災によって焼失しており、この門だけが残っています。 飾り気はありませんが、八脚入母屋造の立派な門です。 門の左右を朱塗りの仁王様がお守りしています。 門を入って先に進むと、霊廟の跡地は現在【プリンス芝公園】になっています。
わが国の放送の歴史がわかる博物館。テレビ・ラジオの歴史のうかがえる収蔵品のほか、作家や出演者に関するコーナーや特別番組の放映、放送に関する図書、フィルムの展示もある。
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港区芝公園3丁目にある「有章院霊廟二天門」についての情報を発信していきます。今回、「有章院霊廟二天門」を訪れたのは2024年4月日5です。「有章院霊廟二天門」へのアクセスは、都営地下鉄三田線「御成門駅」のA1出口を出て右方向に86mほど進むと、歩道の右側に「有章院霊廟二天門」があります。 「有章院霊廟二天門」は、江戸幕府7代将軍「徳川家継」の霊廟の惣門だった建物で、昭和5年(1930年)5月23日に、国の重要文化財に指定されています。現在の「東京プリンスホテル」の周辺は、戦前は「増上寺」の「北廟」でした。「北廟」には、6代将軍「徳川家宣」と7代将軍「徳川家継」の廟がありました。7代将軍「徳川家継」の廟は、享保2年(1717年)に8代将軍「徳川吉宗」が建立したものです。ちなみに、「有章院」とは7代将軍「徳川家継」の法号で、7代将軍「徳川家継」はわずか5歳で歴代最年少の将軍となり、その4年後には病気のため短い生涯を終えました。「有章院」を祀る霊廟には色とりどりで華やかな装飾があしらわれ、その豪華さは「日光東照宮に劣らない」と称されたほどでした。しかし、昭和20年(1945年)の東京大空襲で焼失してしまいましたが、そのような戦禍の中で、「有章院霊廟二天門」だけが残っています。「有章院霊廟二天門」には、仏教の護法神であり、向かって右が北方を守る「多聞天」と左が西方を守る「広目天」が祀られています。現存していませんが、6代将軍「徳川家宣」の「文昭院霊廟」の門には「持国天」と「増長天」が安置され、2門あわせて仏法を守護する「四天王」が祀られていました。昭和20年(1945年)の東京大空襲で霊廟が焼失した後、土葬されていた「徳川家継」の遺体は荼毘に付され、徳川将軍家霊廟に改葬されているそうです。「有章院霊廟二天門」をそばで見るのもいいのですが、「日比谷通り」に架かる歩道橋の上から別のアングルで見ると、建築物の素晴らしさがさらに分かります。是非、歩道橋の上から眺めてください。 01_【「有章院霊廟二天門」の一口メモ】 所在地…〒105-0011 東京都港区芝公園3丁目3 02_【「有章院霊廟二天門」へのアクセス】 ⑴ 東京メトロ日比谷線「神谷町駅」3番出口から徒歩12分850mほど ⑵ 都営地下鉄三田線「御成門駅」A1出口から徒歩1分86mほど
曹洞宗江戸三カ寺の一つに数えられた古寺。青松寺は、1476年に開創されて以来、多くの方々のお力により今日まで仏法が受け継がれてきました。
港区立【芝公園】の南寄りにある芝丸山古墳を上って行くと大きな遺功表(記念碑)が建っています。 1889(明治22)年に建てられた先の遺功表は大戦中の1944(昭和19)年に焼失したそうです。 こちらは1965(昭和40)年に東京地学協会(当時の会長:細川護立)によって建てられたものです。 残念ながら訪れる人はあまり多くないようです(^^;;
※施設情報については、時間の経過による変化などにより、必ずしも正確でない情報が当サイトに掲載されている可能性もあります。
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