2025/09/28 - 2025/10/06
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nichiさん
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敦賀のホテルを朝チェックアウトして、熊川宿にやってきました。
若狭街道沿いにある、江戸時代の古い町並みが残る宿場町です。
若狭街道は、若狭から京都まで海産物を運ぶ街道で、主に鯖を運んだことから「鯖街道」とも呼ばれていました。
熊川宿は若狭街道最大の中継地で、小浜はじめ日本海沿岸各地とつながる「海の道」と、京都とつながる「陸の道」の結節点として、様々な物資や人、文化が集まる一大港湾都市でした。日本海から運ばれた魚介など多くの物資がここで取次、京都に運ばれました。
1日約1000頭の馬牛が通った賑やかな宿だったようですね。
そして戦国時代、織田信長は朝倉攻めの際、この若狭街道を通って一乗谷を攻めたのですね。
電線電柱が地下化され、伝統的な街並みが残る熊川宿を歩いてみました。
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敦賀のホテルから車で約40分。
若狭熊川宿の伝統的建造物群保存地区にやってきました。 -
街の真ん中にある駐車場に車を停めて、散策開始です。
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熊川宿は、東の端から西の端まで約1㎞。
上ノ町、中ノ町、下ノ町の3つに分かれています。
「かみのまち」ではありません。「かみんちょ」
「なかのまち」ではありません。「なかんちょ」
「しものまち」ではありません。「しもんちょ」
これは面白い・・・
今いる駐車場は上ノ町の中ノ町よりの所。
ちょうど熊川宿の真ん中あたりですね。
ゆっくり端から端まで歩いてみましょう。 -
まずは、西にある下ノ町の方に歩いてみます。
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電柱・電線の地下化が行われていますね。
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中条橋を渡ります。
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山奥から流れて来る河内川。
上流にはダムがあります。 -
ココから先が中ノ町です。
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途中左に、曲がって、、、
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奥にあるのは若狭鯖街道熊川宿資料館(宿場館)です。
元々は、昭和15年に建てられた熊川村役場の建物です。 -
NHK大河ドラマ「麒麟がくる」ゆかりの地として、紹介されています。
ココ熊川は、明智光秀の娘(細川ガラシャ)の姑の故郷なんだそうです。
つまり細川藤孝の妻の実家(沼田家)がココ熊川だったのですね。 -
お邪魔します。
200円×2名
中は撮影禁止
1階は鯖街道についての細かい説明。
また、伊藤忠商事の二代目社長がココ熊川の出身のようで、地元の誇りになっていました。
私が一番面白かったのは、明智光秀が細川藤孝に宛てた手紙。
織田信長の先道隊として光秀が熊川に入ったことを裏付ける書状になっています。
2階は大正から昭和にかけての熊川の写真と、昔の生活に使われた道具が保存されていました。 -
鯖街道を挟んで北に向かう反対側の路地は、
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「長屋道」というのですね。
この道は交通量の多い国道につながっているのですが、国道がある所にかつては町奉行配下の足軽長屋があったそうで、この道が長屋道と呼ばれているのですね。
配下には16名の足軽がいたそうです。 -
長屋道の入口にある建物はお蔵ですね。
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鯖街道をの幅は昔のまま。
さらに西に向かいます。
ココを左に曲がると、熊川陣屋跡があります。 -
そのさらに奥には熊川城跡があるようですね。
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lこの道を先に進んで行きます。
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広場に出ました。
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ここには熊川小学校がありました。
令和7年(2025年)3月の廃校?
今年の3月までココに学校があったのですね。
創立150年だったそうです。 -
で、ここにはかつて熊川の陣屋があり、その後奉行所になりました。
そして明治維新で奉行所が廃止となり熊川小学校が建てられたのですね。 -
校舎があった奥の山に山道と幟が見えます。
熊川城ですね。 -
一度若狭街道に戻ってさらに西に向かいます。
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来た道を振り返ってみます。
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右のお店は葛と鯖寿司のお店です。
まだ10時30分、お店もオープン前だし、そもそもお昼はまだだな~ -
街道の横を流れる水路は前川という水路で、熊川宿の端から端まで流れています。
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隣の建物は、旧問屋 菱屋。
熊川宿から若狭、または京都など、次の目的地への輸送のために貨物を降ろして集荷する場所の1つでした。 -
ココで運搬人や馬も借りることができ、多くの人で賑わっていたようです。
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さらに西へ。
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一度東を振り返ります。
ここはテーマパークではありません。
人々の生活があります。 -
菱屋の横の路地を北に向かって歩くと、
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その奥には覚成寺。
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創建は不明で、古くから熊川宿にあるお寺です。
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若狭街道に戻ってさらに西へ。
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なんかタイムスリップしたみたいですね。
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そして若狭街道沿いに大きな石鳥居。
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ココはもう参道なのですね。
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この神社の境内が、熊川城の遺構になっています。
細川ガラシャの義母、そして細川藤孝の妻の実家(沼田家)がこのお城なんです。
沼田氏は足利時代からココを居城としていたようです。
室町末期の天正12年(1584年)に廃城になっています。 -
さらに奥へ。
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この階段を上がって行きます。
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大きく立派な燈篭ですね~
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さらにこの階段を上がって行きます。
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階段を上がりきると、
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白石神社にの鳥居が現れました。
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ココが白石神社の境内です。
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さらに階段を上がり、
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正面に拝殿。
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左に能舞台があって、その横から奥に進むと、
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熊川城の遺構があるようです。
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ここから上を覗くだけにしておきます。
白石神社の境内は熊川城の中腹に位置する事から城の鎮守社だった可能性があるそうです。 -
拝殿にお詣りして、
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若狭街道まで戻ってきました。
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この蔵の横の小道は、御蔵道。
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この角にお蔵があるからこの名前が付いているのではありません。
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江戸初期、熊川から小浜に向かって流れる北川を使った水運が開発され、川を遡って運ばれてきた藩米をかつて松木神社の境内にあった小浜藩の蔵屋敷に運ばれるために使われた道だそうです。
だから御蔵道なのですね。 -
ここが若狭街道を挟んで反対側にある徳方寺です。
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お邪魔します。
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この得法寺、織田信長が朝倉攻めの際、信長の部下だった徳川家康が宿泊したお寺です。
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こちらが本堂です。
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山門の横に何気なく置いてあるのが、徳川家康が腰かけた松の根です。
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この像は、蓮如上人。
もともとこの得法寺は、天台宗の寺院でしたが、室町時代に蓮如上人が越前から小浜を経て京都へ上る途中、若狭に約100日間滞在されました。
その際、ここ得法寺にも逗留されました。この時に得法寺は、蓮如上人に帰依し、浄土真宗に改宗したと伝えられています。 -
ココに、徳川家康が腰かけた松があったのですね。
織田信長が越前の朝倉を攻めた際、家康も家来として信長に帯同し、家康はこの得法寺に1泊しました。
翌朝出発の際、松の木に腰かけた家康は、
「土地は熊川、寺は得法寺、余は徳川、因縁あるかな?」
と言ったそうです。
その松は、平成になって松くい虫に侵され、平成12年に伐採され、山門にその根が置かれていました。
今のこの松はその後、平成に新たに植樹された松です。 -
新たに植樹されたこの松、立派に手入れされていますね。
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鐘撞堂ですね。
熊川の街中に響くのでしょうね。 -
熊川城の沼田氏の供養塔がありました。
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再び若狭街道に戻ってきました。
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この建物も古そうですね~
今はカフェです。
まだオープンしてません。 -
松木神社にやってきました。
江戸時代の若狭の義民であった松木庄左衛門の御霊を祭神としたことが始まりとされます。江戸時代初期、新たに小浜藩主となった京極氏はこれまで若狭守護所が置かれた後瀬山城(福井県小浜市)が山城で政務が滞る事から新たに平地に小浜城を築く事になり、財政難を理由にして農民に重税を課した為、農民の生活が困窮しました(1俵あたり4斗だった大豆年貢が4斗5升又は5斗に増税された)。
藩主が酒井忠勝に替わり小浜城が完成した後も重税が続いた為、寛永17年(1640)頃から小浜藩領内252カ村の代表者が集まり話し合いの結果、小浜藩の郡代官所に陳情しましたが全く相手にされず、それでも松木庄左衛門(上中町・新道村の庄屋)を中心に20名の総代が税の軽減を十数年に渡り訴え続け、ついに酒井忠勝により税の軽減が許されました。 -
この神社は新しい神社で、昭和初期に創建されています。
江戸時代の若狭の義民松木庄左衛門の御霊を祭神としたことが始まりとされます。江戸時代初期、小浜藩主京極氏は新たに平城を築く事になったため費用確保のために農民に重税を課した為、農民の生活が困窮しました。
藩主が酒井忠勝に替わり小浜城が完成した後も重税が続いた為、藩内の代表者が集まって陳情しますが陳情しましたが全く相手にされず。
それでもこの熊川宿の松木庄左衛門が税の軽減を十数年に渡り訴え続け、磔の刑に処されてしまいます。
その後、悲願が聞き入れられ、藩主酒井忠勝により税の軽減が許されました。
そんな松木庄左衛門が祭神として祀られています。 -
この松木神社には、御蔵屋敷がありました。
このあたりの18ケ所の村の年貢米が藩米として保管されました。
土蔵12棟があって、蔵奉行が2人常駐した大きな蔵だったのですね。 -
境内へ。
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この鳥居が一の鳥居。
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この像が松木庄左衛門。
小浜藩に税の引き下げを訴え続け28歳の若さで処刑されてしまいました。
しかしこの松木庄左衛門の努力のおかげで減税が実現されました。 -
境内の階段を登って行きます。
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階段を上がると広い境内。
この広い所に12棟の蔵があったのかな? -
さらにこの鳥居をくぐると、
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その奥には拝殿。
お参り・・・ -
緑に覆われた素敵な空間です。
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松木神社から若狭街道に戻りました。
この建物は、荻野家住宅です。
右の母屋は熊川宿で最古の町家です。 -
この荻野家は、代々人馬継立のの運送業を行う問屋を営んでいました。
熊川宿の中核であった問屋はこんな感じだったのですね。
多くの人で賑わい、多くの馬牛がいたのでしょうね。
左右両方の建物は国の重要文化財に指定されています。 -
この辺りからゆっくり来た道を戻りましょう。
若狭街道の横には生活用水として使われた前川が流れています。 -
ドラマや映画のロケに使われえることもある熊川宿。
セットのようですね。 -
先ほどの「まる志ん」さんに戻ってきました。
ちょっとお邪魔しましょう。 -
お邪魔しま~す!
-
メニュー
まだ11時なのでランチは早いので、カフェメニューで・・・ -
シニア夫婦は、
冷やし葛ぜんざい 700円
を戴きました。 -
いただきま~す!
-
葛って久々に戴きました。
素朴で美味しかったな~ -
中条橋の袂まで戻ってきました。
この建物は、逸見勘兵衛家住宅といって、江戸末期に建てられた伝統的な町家です。
以前は造り酒屋だったようです。 -
そしてこのお宅、なななんと、後に伊藤忠商事の二代目社長になった伊藤竹之助の生家でした。
-
逸見勘兵衛家住宅の前から来た道を振り返ります。
ココには普通の人々の生活があります。
床屋さんがあって宅配便のトラックもやってきます。 -
河内川を渡り上ノ町に入り、中ノ町方面を振り返ります。
-
若狭街道を東に歩いて熊川宿の上ノ町に入りました。
-
若狭街道の横を流れる前川が、生活用水であることが判りますね。
ここで野菜を洗ったり洗濯したそうです。
これ、「かわと」というのだそうです。 -
フォトジェニックな所ばかりで、ついついシャッターを押しちゃいます。
-
昔の街道で街道幅がこれだけ広いのは、それだけ人馬の往来が多かったからだそうです。
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上ノ町(かみんちょ)にも古い街並みが続いています。
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中ノ町から上ノ町を歩いてきて振り返ります。
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ココから少し上るようですね。
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たまに振り返りながら東に進みます。
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各御家庭のまえに、「かわと」という洗い場があります。
-
こちらのお宅にも。。
昔の名残がこうやって残っているのが嬉しいですね。 -
この右側に現れた建物は?
-
熊川番所ですね。
上ノ町(かみんちょ)の東の端っこです。
ココから先は近江経由で京都につながります。 -
この番所、復元された建物です。
-
「入鉄砲、出女」の時代です。
特に女性が通行するには奉行所が発行する手形が必要で、通行人は、厳しくチェックされました。 -
ここで、伝統的建造物群保存地区は終了です。
-
すぐ隣には、
-
道の駅若狭熊川宿がありました。
-
今歩いてきた熊川宿の散策マップです。
シニア夫婦はじっくり拝見して振り返ってみました。 -
道の駅には鯖街道ミュージアムがありました。
日本海に面した若狭湾は、古代から塩がつくられていました。
そして豊富な海産物は、朝廷に贈られていました。
朝廷の食事を支えた「御食国」の役割を担っていました。 -
中世になると、若狭湾は海を越えて訪れる大陸文化の玄関口になりました。
毛皮や絹織物、陶磁器、そしてゾウやキジなど、南蛮渡来の多種多様な文化がやってきました。
そして若狭から様々な街道を通って各地に運ばれました。 -
海の無かった京都は、鮮魚を得るために欠かすことができなかった若狭湾。
若狭街道(鯖街道)を通って京都に運ばれました。
「京は遠ても十八里」と言われるようになり、京都と若狭は密接な関係で結ばれるようになり、食材だけでなく様々な物資や人、そして文化が往来するようになりました。 -
若狭の小浜から京都までの若狭街道を表す図です。
上の方に熊川宿があります。 -
ここからは、熊川宿が賑わった時代がアニメになっていました。
18世紀の初頭には、多くの宿泊客の為に、宿の間で客の取り合いが起こり、町奉行が定めを出した記録が残っているそうです。 -
朝、若狭の小浜で水揚げされた生魚の鮮度を保ち、京都の錦市場の朝市に出すには、昼には熊川に到着し、その後鯖街道を夜通し歩いて京都の出町に運ぶ必要がありました。
そこで、大量輸送が可能となる「馬借」という馬輸送が活躍しました。
また、「背負い」という人力にも頼っていました。
熊川には、「負い縄1本あれば生活できる」という言葉があったそうです。
「背負い」の力は重要だったのですね。
そして、「馬借」や「背負い」が活躍できたのは、熊川の問屋の力が欠かせませんでした。
荷を運ぶ馬や人を取り換える、賃金の賃貸、人足や馬の出入りなどの仕事を行い、経済的基盤が築かれ、熊川宿の繁栄につながりました。
先ほど熊川宿を歩いて問屋だった町家を拝見しましたが、立派な建物でしたたね~ -
熊川宿をあとにしました。
つづく
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