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今庄宿は北陸道の宿場町だった所です。<br />北陸から京都に入る玄関口です。<br /><br />江戸時代の天保年間には、約290軒の家屋に1,300人以上が暮らしていたようです。<br />旅籠5軒、茶屋15軒、酒屋15軒、娼家2軒、縮緬屋2軒、鳥屋14軒、問屋3軒がありました。<br />福井藩の南の玄関口としての機能もあったようです。<br />町割りは当時とあまり変わっておらず、タイプスリップしたような南越前町今庄宿伝統的建造物群保存地区があります。<br /><br />明治に入ると鉄道が敷設され、今庄は北陸本線の重要な駅になります。

7日間で福井県を車でグルっと巡ってみました。21 北國街道の今庄宿へ!

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2025/09/28 - 2025/10/06

35位(同エリア105件中)

nichi

nichiさん

今庄宿は北陸道の宿場町だった所です。
北陸から京都に入る玄関口です。

江戸時代の天保年間には、約290軒の家屋に1,300人以上が暮らしていたようです。
旅籠5軒、茶屋15軒、酒屋15軒、娼家2軒、縮緬屋2軒、鳥屋14軒、問屋3軒がありました。
福井藩の南の玄関口としての機能もあったようです。
町割りは当時とあまり変わっておらず、タイプスリップしたような南越前町今庄宿伝統的建造物群保存地区があります。

明治に入ると鉄道が敷設され、今庄は北陸本線の重要な駅になります。

  • 今庄駅にやってきました。

    今庄駅にやってきました。

  • 駅前に車を停めました。<br />ここは、今庄宿があった所です。

    駅前に車を停めました。
    ここは、今庄宿があった所です。

  • 今庄駅は元々は国鉄北陸本線の駅です。<br />今は、第三セクターであるハピラインふくいハピラインふくい線の駅です。

    今庄駅は元々は国鉄北陸本線の駅です。
    今は、第三セクターであるハピラインふくいハピラインふくい線の駅です。

  • 海を越えた鉄道が通っていた今庄駅なんですね。<br />キップ一枚で東京からヨーロッパまで行けた明治時代。<br />東京からココを通って敦賀から船で大陸を渡ってヨーロッパまで行けた時代だったのですね。<br />旧敦賀駅を訪れた際に知った事実でした。

    海を越えた鉄道が通っていた今庄駅なんですね。
    キップ一枚で東京からヨーロッパまで行けた明治時代。
    東京からココを通って敦賀から船で大陸を渡ってヨーロッパまで行けた時代だったのですね。
    旧敦賀駅を訪れた際に知った事実でした。

  • これは、蒸気機関車時代の給水塔です。<br />旧北陸線の今庄から敦賀の間は、約26㎞に及ぶ過酷な急勾配路線でした。<br />よって敦賀に向かう前に、ここ今庄で、後ろから押すもう一台の機関車を連結させる必要がありました。そして石炭と水をココで補給していました。<br />逆に敦賀からやって来た列車は、ココで後ろの一台の機関車を外す必要がありました。

    これは、蒸気機関車時代の給水塔です。
    旧北陸線の今庄から敦賀の間は、約26㎞に及ぶ過酷な急勾配路線でした。
    よって敦賀に向かう前に、ここ今庄で、後ろから押すもう一台の機関車を連結させる必要がありました。そして石炭と水をココで補給していました。
    逆に敦賀からやって来た列車は、ココで後ろの一台の機関車を外す必要がありました。

  • これが今実際に残っている、給水塔です。<br />右は給炭台と言って、石炭を機関車に積むためのコンクリート製の台です。

    これが今実際に残っている、給水塔です。
    右は給炭台と言って、石炭を機関車に積むためのコンクリート製の台です。

  • 列車の峠越えの準備の時間を使って、弁当や飲み物の立ち売り、そして駅のホームでは立ち食いの「今庄そば」が繁盛していたようです。<br />停車時間の5分~6分の間に買物に走ったりそばを食べたり、皆さん走り回っていたそうです。

    列車の峠越えの準備の時間を使って、弁当や飲み物の立ち売り、そして駅のホームでは立ち食いの「今庄そば」が繁盛していたようです。
    停車時間の5分~6分の間に買物に走ったりそばを食べたり、皆さん走り回っていたそうです。

  • 今の今庄駅です。<br />最盛期は250名以上のスタッフがいた駅です。<br />明治時代、今庄の街には一家に一人国鉄職員がいたと言われていたそうです。<br />ホームは北陸本線の駅だったころの名残で長いです。<br />北陸新幹線が開通する前は、12両編成だったのですね。<br />今のハピラインふくい線は、2両編成です。

    今の今庄駅です。
    最盛期は250名以上のスタッフがいた駅です。
    明治時代、今庄の街には一家に一人国鉄職員がいたと言われていたそうです。
    ホームは北陸本線の駅だったころの名残で長いです。
    北陸新幹線が開通する前は、12両編成だったのですね。
    今のハピラインふくい線は、2両編成です。

  • 今庄駅の構内に入ってみました。<br />ここの正面が改札です。<br />明るく開放的で駅っぽくないですね。<br />左側は駅窓口の名残ですね。<br />

    今庄駅の構内に入ってみました。
    ここの正面が改札です。
    明るく開放的で駅っぽくないですね。
    左側は駅窓口の名残ですね。

  • 駅の建物の中には、隣接して「今庄まちなみ情報館」があります。<br />入場は無料。<br /><br />シニア夫婦はお邪魔してみました。

    駅の建物の中には、隣接して「今庄まちなみ情報館」があります。
    入場は無料。

    シニア夫婦はお邪魔してみました。

  • ここは今庄宿の案内です。

    ここは今庄宿の案内です。

  • これが今庄宿。<br />北陸道沿いに上町・観音町・仲町・古町・新町の5つの町が形成されていました。<br />そして街道沿いに東側(上)と西側(下)にそれぞれ約100軒の町家が並んでます。<br /><br />間口が狭くて奥が深く、中心には本陣や脇本陣、問屋場がありました。<br />あとでゆっくり歩いてみましょう。<br />山側(北)には寺が集中していますね。

    これが今庄宿。
    北陸道沿いに上町・観音町・仲町・古町・新町の5つの町が形成されていました。
    そして街道沿いに東側(上)と西側(下)にそれぞれ約100軒の町家が並んでます。

    間口が狭くて奥が深く、中心には本陣や脇本陣、問屋場がありました。
    あとでゆっくり歩いてみましょう。
    山側(北)には寺が集中していますね。

  • 関ケ原の戦いのあと、福井藩の初代う藩主であった結城秀康が北陸道を整備して、ココ今庄は重要な宿場町として街並みがつくられたのですね。

    関ケ原の戦いのあと、福井藩の初代う藩主であった結城秀康が北陸道を整備して、ココ今庄は重要な宿場町として街並みがつくられたのですね。

  • 旧路線跡を巡る。<br />北陸本線は、ココ今庄から南の敦賀までの間に12のトンネルがあり、昭和37年(1962年)に北陸トンネルが開通するまで使われていました。<br />

    旧路線跡を巡る。
    北陸本線は、ココ今庄から南の敦賀までの間に12のトンネルがあり、昭和37年(1962年)に北陸トンネルが開通するまで使われていました。

  • 山麓を縫いながら4か所のスイッチバックを擁して25‰の急勾配を上り下りする厳しい条件の単線区間であったようです。<br />前と後ろに機関車をつなげ、2台の機関車で列車を引っ張って(押して)いたようです。

    山麓を縫いながら4か所のスイッチバックを擁して25‰の急勾配を上り下りする厳しい条件の単線区間であったようです。
    前と後ろに機関車をつなげ、2台の機関車で列車を引っ張って(押して)いたようです。

  • これがトンネルスイッチバック。<br />明治27年(1894年)に開通した旧北陸本線の敦賀~今庄間の12本のトンネルのうち、最も北にあって最も標高が高く、そして最も長かったのがこの山中トンネルです。

    これがトンネルスイッチバック。
    明治27年(1894年)に開通した旧北陸本線の敦賀~今庄間の12本のトンネルのうち、最も北にあって最も標高が高く、そして最も長かったのがこの山中トンネルです。

  • 「今庄まちなみ情報館」の窓から線路と駅ホームが見えます。<br />かつてココにあった施設が窓に線画で描かれています。

    「今庄まちなみ情報館」の窓から線路と駅ホームが見えます。
    かつてココにあった施設が窓に線画で描かれています。

  • これは今庄駅の模型です。<br />多くの機関車が行き交っています。

    これは今庄駅の模型です。
    多くの機関車が行き交っています。

  • 今庄駅は、機関車の転車台もあった大きな駅であったことが判ります。

    今庄駅は、機関車の転車台もあった大きな駅であったことが判ります。

  • 今庄の方言の紹介です。<br /><br />だんね=大丈夫<br />おとろっしゃ=おそろしい<br />こっぺな=生意気<br />ようけ=たくさん<br />おちょきん=正座<br />おぼこい=子供っぽい<br />ほやほや=そうそう<br />うらら=私たち<br /><br />面白いですね~

    今庄の方言の紹介です。

    だんね=大丈夫
    おとろっしゃ=おそろしい
    こっぺな=生意気
    ようけ=たくさん
    おちょきん=正座
    おぼこい=子供っぽい
    ほやほや=そうそう
    うらら=私たち

    面白いですね~

  • 今の今庄宿の案内図です。<br />南今庄宿伝統的建造物群保存地区に指定されています。<br />これから少し歩いてみましょう。

    今の今庄宿の案内図です。
    南今庄宿伝統的建造物群保存地区に指定されています。
    これから少し歩いてみましょう。

  • 今庄駅をあとにします。

    今庄駅をあとにします。

  • 駅からすぐの所にあった道標です。<br /><br />右側に「右ハ今庄道」の文字。<br />左側に「左ハつるが」の文字が見えます。<br /><br />江戸時代の享和元年(1802年)に建てられた道標です。

    駅からすぐの所にあった道標です。

    右側に「右ハ今庄道」の文字。
    左側に「左ハつるが」の文字が見えます。

    江戸時代の享和元年(1802年)に建てられた道標です。

  • 南今庄宿伝統的建造物群保存地区にやってきました。<br />素敵ですね~

    南今庄宿伝統的建造物群保存地区にやってきました。
    素敵ですね~

  • この建物は、「昭和会館」といって、脇本陣跡地に昭和初期に建てられた、当時はまだ珍しかった鉄筋コンクリートの建物です。<br />

    この建物は、「昭和会館」といって、脇本陣跡地に昭和初期に建てられた、当時はまだ珍しかった鉄筋コンクリートの建物です。

  • レトロ感がありますね~<br /><br />地元の有力者が私財を投じて建てたのですが、地域の文化活動の拠点施設として利用されていたようです。<br />3階にはホールがあって、講演会やコンサートが行われていたようです。<br />国登録文化財に指定されています。

    レトロ感がありますね~

    地元の有力者が私財を投じて建てたのですが、地域の文化活動の拠点施設として利用されていたようです。
    3階にはホールがあって、講演会やコンサートが行われていたようです。
    国登録文化財に指定されています。

  • 昭和会館緒敷地内に、「脇本陣跡」の表記。

    昭和会館緒敷地内に、「脇本陣跡」の表記。

  • 脇本陣跡の真向かいは本陣跡です。<br />江戸時代の参勤交代で、福井藩は朝に福井を出て、まずこの今庄宿で一泊したそうです。

    脇本陣跡の真向かいは本陣跡です。
    江戸時代の参勤交代で、福井藩は朝に福井を出て、まずこの今庄宿で一泊したそうです。

  • 手打十割 六助 旧旅籠若狭屋です。<br />ココでお昼にしました。<br /><br />江戸時代は旅籠だった建物です。<br />建物左右に卯建がありますね。<br />平格子がカッコいい。

    手打十割 六助 旧旅籠若狭屋です。
    ココでお昼にしました。

    江戸時代は旅籠だった建物です。
    建物左右に卯建がありますね。
    平格子がカッコいい。

  • おじゃましま~す!

    おじゃましま~す!

  • 素敵な店内ですね~

    素敵な店内ですね~

  • 古いピアノがありました。<br />EASTEINという、東京ピアノのアプライトピアノです。

    古いピアノがありました。
    EASTEINという、東京ピアノのアプライトピアノです。

  • 2階まで吹き抜けになっています。

    2階まで吹き抜けになっています。

  • 若狭屋についての説明書き。<br />解体寸前だった建物を、平成22年に改築したのですね。

    若狭屋についての説明書き。
    解体寸前だった建物を、平成22年に改築したのですね。

  • 袖卯建が大屋根の重量を支えているのですね。

    袖卯建が大屋根の重量を支えているのですね。

  • 平格子、カッコいいですね。<br />内側からは外が良く見えて、外から中は見えづらい構造になっています。

    平格子、カッコいいですね。
    内側からは外が良く見えて、外から中は見えづらい構造になっています。

  • おろし蕎麦 900円×2

    おろし蕎麦 900円×2

  • お膳に載ってます。<br /><br />これは素朴で美味しい!

    お膳に載ってます。

    これは素朴で美味しい!

  • 今庄宿には、江戸時代の天保年間に、55軒の旅籠があったようです。<br />その中でもこの若狭屋は大きな旅籠だったのですね。

    今庄宿には、江戸時代の天保年間に、55軒の旅籠があったようです。
    その中でもこの若狭屋は大きな旅籠だったのですね。

  • ココは、問屋場という近世宿役人の長で、幕府の公用や大名、町人の通行の為に人馬・書状、品物を次の宿まで届けるための業務を行う所でした。

    ココは、問屋場という近世宿役人の長で、幕府の公用や大名、町人の通行の為に人馬・書状、品物を次の宿まで届けるための業務を行う所でした。

  • 元和4年(1619年)より創業している造り酒屋さんです。<br />なななんと、創業が江戸初期ですね。

    元和4年(1619年)より創業している造り酒屋さんです。
    なななんと、創業が江戸初期ですね。

  • この手書きの表記がいいですね~

    この手書きの表記がいいですね~

  • ここは、京藤甚五郎家です。<br />敷地の幅目いっぱいに建物が建っているのがふつうであったのに、母屋の前に門と前庭があります。

    ここは、京藤甚五郎家です。
    敷地の幅目いっぱいに建物が建っているのがふつうであったのに、母屋の前に門と前庭があります。

  • 江戸中期の享和年間に建てられた建物です。

    江戸中期の享和年間に建てられた建物です。

  • 中にお邪魔してみましょう。

    中にお邪魔してみましょう。

  • この建物は。水戸の天狗党ゆかりの建物なんですね。<br /><br />天狗党一行は、幕末に一橋慶喜(徳川慶喜)を頼って西に向かい、ここ今庄宿に訪れていますが、この建物も滞在した民家の一つです。<br />天狗党が到着すると村が焼き払われるという噂があって、一行が到着した時、今庄宿も無人でした。

    この建物は。水戸の天狗党ゆかりの建物なんですね。

    天狗党一行は、幕末に一橋慶喜(徳川慶喜)を頼って西に向かい、ここ今庄宿に訪れていますが、この建物も滞在した民家の一つです。
    天狗党が到着すると村が焼き払われるという噂があって、一行が到着した時、今庄宿も無人でした。

  • 建物に入ったら、土間に今庄宿のジオラマがありました。<br />鉄道駅と機関車の転車台があります。<br />明治時代のジオラマですね。

    建物に入ったら、土間に今庄宿のジオラマがありました。
    鉄道駅と機関車の転車台があります。
    明治時代のジオラマですね。

  • 今庄宿が活気がったころなのでしょうね。<br />山裾の北陸道沿いに建物が建っています。

    今庄宿が活気がったころなのでしょうね。
    山裾の北陸道沿いに建物が建っています。

  • 北陸本線の線路が何本も見えます。<br />今庄駅が大きな駅であったことが判ります。

    北陸本線の線路が何本も見えます。
    今庄駅が大きな駅であったことが判ります。

  • 北陸道と並行して旧国鉄の線路が敷かれたことが判ります。

    北陸道と並行して旧国鉄の線路が敷かれたことが判ります。

  • 靴を脱いでお邪魔します。

    靴を脱いでお邪魔します。

  • 京藤家は、酒造業などを営んでいた旧家で、脇本陣でもありました。<br />ここは番頭が座っていた所。

    京藤家は、酒造業などを営んでいた旧家で、脇本陣でもありました。
    ここは番頭が座っていた所。

  • これは布でできた柿。

    これは布でできた柿。

  • この囲炉裏、昔から同じところにあるそうです。

    この囲炉裏、昔から同じところにあるそうです。

  • 囲炉裏の上の天井は高いぞ~~<br />じっくり上を見上げちゃいます。

    囲炉裏の上の天井は高いぞ~~
    じっくり上を見上げちゃいます。

  • 囲炉裏の煙がココから抜ける様になっています。

    囲炉裏の煙がココから抜ける様になっています。

  • 水戸浪士口述名簿調書?<br />天狗党の名簿でしょうか?

    水戸浪士口述名簿調書?
    天狗党の名簿でしょうか?

  • 座敷が続いています。

    座敷が続いています。

  • 広い座敷ですね~

    広い座敷ですね~

  • ここが表から見えた庭ですね。

    ここが表から見えた庭ですね。

  • 欄間が凝ってます。

    欄間が凝ってます。

  • これも昔のまま。

    これも昔のまま。

  • 奥の間です。<br />床の間と書院造の座敷ですね。

    奥の間です。
    床の間と書院造の座敷ですね。

  • この柱の傷は?

    この柱の傷は?

  • 天狗党の一人が、自分たちの志が達成できない苛立ちのあまり、振り下ろした刀痕なんですね。

    天狗党の一人が、自分たちの志が達成できない苛立ちのあまり、振り下ろした刀痕なんですね。

  • ココに天狗党が滞在していたのですね。

    ココに天狗党が滞在していたのですね。

  • 感慨深く拝見しました。

    感慨深く拝見しました。

  • 建物の外に出ました。<br />厚い土壁や土戸に覆われています。

    建物の外に出ました。
    厚い土壁や土戸に覆われています。

  • 燃えやすい木の部分が外に出ないように建てられています。

    燃えやすい木の部分が外に出ないように建てられています。

  • 京藤甚五郎家をあとにしました。

    京藤甚五郎家をあとにしました。

  • 電柱、電線は地下化されていませんが、素敵な街並みが残っています。

    電柱、電線は地下化されていませんが、素敵な街並みが残っています。

  • 素敵な建物が続いています。

    素敵な建物が続いています。

  • いつまでも残してほしい街並みですね。

    いつまでも残してほしい街並みですね。

  • 映画やドラマのセットのようですが、ココでは今でも人々の生活があります。

    映画やドラマのセットのようですが、ココでは今でも人々の生活があります。

  • ここは、お札場の跡です。<br />ここで旅人や商人は金や銀を藩札に替えて入国。<br />もしくは藩札を金や銀に替えて出国。<br />福井藩の南端であったがゆえにこのような施設があったのですね。

    ここは、お札場の跡です。
    ここで旅人や商人は金や銀を藩札に替えて入国。
    もしくは藩札を金や銀に替えて出国。
    福井藩の南端であったがゆえにこのような施設があったのですね。

  • 右は古民家を利用して最近オープンした日本料理屋さんです。<br />このような有効活用はいいですね。

    右は古民家を利用して最近オープンした日本料理屋さんです。
    このような有効活用はいいですね。

  • 南越前町今庄事務所の前に、機関車が展示されていました。

    南越前町今庄事務所の前に、機関車が展示されていました。

  • 明治から昭和にかけて北陸本線の険しい山で活躍したD51です。

    明治から昭和にかけて北陸本線の険しい山で活躍したD51です。

  • 昭和15年から昭和49年までの34年間、頑張って働いたD51です。

    昭和15年から昭和49年までの34年間、頑張って働いたD51です。

  • カッコいいですね~<br /><br />今庄宿をあとにしました。<br /><br />つづく

    カッコいいですね~

    今庄宿をあとにしました。

    つづく

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この旅行記へのコメント (1)

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  • 横浜臨海公園さん 2026/01/01 05:35:04
    今庄
    nichiさま、おはようございます。


    今庄は明治中期まで北國街道宿場町、鉄道開通以降は鐵道の街として急行列車と言えども停車し補機の増解結を要しており、その点では新得、一戸、山北、瀬野、人吉などと同様の発展を遂げましたが、北陸トンネル開通に伴う路線変更で補機使用の必要が無くなり、急行列車は通過となり機関区は廃止され、鉄道職員家族が大量に移動した結果、町人口は低下の一途をたどり、今では見る影も無く昼間に猫の姿も見かけぬ寂れた雰囲気となってしまいました。
    御存じと思いますが、敦賀より列車に乗り北陸トンネルを出た所で進行方向左手から接近してくる小道こそが、かっての北陸本線旧線です。

    今庄そばは、地元で残っていても商いにならずとして、名古屋名鉄メルサ地下に移転営業しております。

    本年も何卒宜敷くお願い申します。



    横浜臨海公園

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