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9月のコロン湾レックに引き続き父島レックへ。<br />2022年11月に引き続きの2回目の父島ですが、今回も沈船オンリーダイビングです。珊瑚たくさんの青い海、イルカ、クジラは一切ありません!<br />前回利用したレックダイビング可能なお店が撤退したのですが、昔そのお店で働いていた方のダイビングショップなら11月~12月上旬の閑散期に対応可能という話で、プロの方の主催で4名で父島へ。<br /><br />日本人は物忘れが酷いのか、この島が戦争に巻き込まれたことも知らない方も多いと思いますので少し紹介。<br />太平洋戦争終盤の1944年8月にアメリカ軍はマリアナ諸島攻略を終え、日本軍は小笠原諸島の防衛強化を急いだ。<br />アメリカ海軍は戦略見直しの中、小笠原諸島に対する航空攻撃スカベンジャー作戦を8月4日~5日に実施。<br />父島も空襲を受け地上施設のほか、艦船(駆逐艦1隻撃沈、揚陸艦2隻全損、徴用船舶12隻撃沈破)、航空機も若干破壊された。<br />この作戦以降、硫黄島の戦いまで、攻撃を行うが上陸作戦は実施せず、周囲に機雷を敷設するなどして孤立させ終戦。<br />なお、1944年9月2日に後の第41代大統領パパ・ブッシュがパイロットとして参加し、対空砲火に被弾し海上に不時着、後に友軍潜水艦に救助されています。<br />戦後はアメリカが統治し23年後の1968年6月8日に日本に返還。<br /><br />今回の旅行記は6日の2本目ダイブ終了後の濱江丸へのシュノーケリングです。<br /><br />旅の日程<br />12月3日<br />東京竹芝桟橋:1100発(おがさわら丸)<br />12月4日<br />父島二見港:1100着 <br />2ボートダイビング<br />12月5日<br />3ボートダイビング<br />12月6日<br />3ボートダイビング<br />12月7日<br />2ボートダイビング<br />父島二見港:1500発(おがさわら丸)<br />12月8日<br />東京竹芝桟橋:1500着<br /><br />費用<br />おがさわら丸:53,680円<br />宿泊費:24,000円(3泊)<br />ダイビング代187,000円<br />食費:17,890円<br />お土産:8,905円<br />計291,475円

時が止まった戦場へ父島でSNORKEL!~徴用船 濱江丸(HINKOU MARU)~

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2024/12/06 - 2024/12/06

38位(同エリア450件中)

旅行記グループ OGASAWARA WRECKS-I

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GAT

GATさん

9月のコロン湾レックに引き続き父島レックへ。
2022年11月に引き続きの2回目の父島ですが、今回も沈船オンリーダイビングです。珊瑚たくさんの青い海、イルカ、クジラは一切ありません!
前回利用したレックダイビング可能なお店が撤退したのですが、昔そのお店で働いていた方のダイビングショップなら11月~12月上旬の閑散期に対応可能という話で、プロの方の主催で4名で父島へ。

日本人は物忘れが酷いのか、この島が戦争に巻き込まれたことも知らない方も多いと思いますので少し紹介。
太平洋戦争終盤の1944年8月にアメリカ軍はマリアナ諸島攻略を終え、日本軍は小笠原諸島の防衛強化を急いだ。
アメリカ海軍は戦略見直しの中、小笠原諸島に対する航空攻撃スカベンジャー作戦を8月4日~5日に実施。
父島も空襲を受け地上施設のほか、艦船(駆逐艦1隻撃沈、揚陸艦2隻全損、徴用船舶12隻撃沈破)、航空機も若干破壊された。
この作戦以降、硫黄島の戦いまで、攻撃を行うが上陸作戦は実施せず、周囲に機雷を敷設するなどして孤立させ終戦。
なお、1944年9月2日に後の第41代大統領パパ・ブッシュがパイロットとして参加し、対空砲火に被弾し海上に不時着、後に友軍潜水艦に救助されています。
戦後はアメリカが統治し23年後の1968年6月8日に日本に返還。

今回の旅行記は6日の2本目ダイブ終了後の濱江丸へのシュノーケリングです。

旅の日程
12月3日
東京竹芝桟橋:1100発(おがさわら丸)
12月4日
父島二見港:1100着 
2ボートダイビング
12月5日
3ボートダイビング
12月6日
3ボートダイビング
12月7日
2ボートダイビング
父島二見港:1500発(おがさわら丸)
12月8日
東京竹芝桟橋:1500着

費用
おがさわら丸:53,680円
宿泊費:24,000円(3泊)
ダイビング代187,000円
食費:17,890円
お土産:8,905円
計291,475円

旅行の満足度
3.0
観光
3.0
同行者
その他
一人あたり費用
25万円 - 30万円
交通手段
旅行の手配内容
個別手配
  • 2年前はうねりと波の影響で透明度最悪でシュノーケルが出来なかった濱江丸。<br />今回も若干波がありましたがシュノーケル開始。<br />船上から見るとエンジン部分以外は見当たりません。

    2年前はうねりと波の影響で透明度最悪でシュノーケルが出来なかった濱江丸。
    今回も若干波がありましたがシュノーケル開始。
    船上から見るとエンジン部分以外は見当たりません。

  • 濱江丸の要目は、排水量1,0924トン・ 全長126m・最大速力13.5kt<br />1936年(昭和11年)竣工した大連汽船の貨物船。<br />戦争後期までは満州と日本の民間航路で運航されていたが、1944年(昭和19年)4月に日本海軍に徴用されサイパンへ。帰路、空母艦載機の空襲を受けて輸送船団はほぼ壊滅したが濱江丸は損傷状態で硫黄島経由で父島二見湾に投錨。<br />7月4日に空襲を受けて境浦に座礁。そして8月4日~5日の航空攻撃スカベンジャー作戦において魚雷が命中し大破放棄。<br />戦後も、水面上に原形を留める船体が残っていたが、令和の現在ではエンジン部分が水面上に確認できるのみです。<br />黙祷の後、シュノーケル開始。

    濱江丸の要目は、排水量1,0924トン・ 全長126m・最大速力13.5kt
    1936年(昭和11年)竣工した大連汽船の貨物船。
    戦争後期までは満州と日本の民間航路で運航されていたが、1944年(昭和19年)4月に日本海軍に徴用されサイパンへ。帰路、空母艦載機の空襲を受けて輸送船団はほぼ壊滅したが濱江丸は損傷状態で硫黄島経由で父島二見湾に投錨。
    7月4日に空襲を受けて境浦に座礁。そして8月4日~5日の航空攻撃スカベンジャー作戦において魚雷が命中し大破放棄。
    戦後も、水面上に原形を留める船体が残っていたが、令和の現在ではエンジン部分が水面上に確認できるのみです。
    黙祷の後、シュノーケル開始。

  • 海底に横たわるマスト。

    海底に横たわるマスト。

  • 剥き出しの復水器が確認できるので機関室付近です。<br />舷側の外板は完全に崩れています。

    剥き出しの復水器が確認できるので機関室付近です。
    舷側の外板は完全に崩れています。

  • 船首方向に向かって移動中。

    船首方向に向かって移動中。

  • 水面上は崩れていますが、水中では舷側の外板が一部が残っています。

    水面上は崩れていますが、水中では舷側の外板が一部が残っています。

  • バラバラになった船体や甲板が散乱しています。

    バラバラになった船体や甲板が散乱しています。

  • 前部側のマストかデリッククレーンが確認できます。

    前部側のマストかデリッククレーンが確認できます。

  • 船首の船体は頑丈に造られていたのか中央部と比べてバラバラに散乱していません。

    船首の船体は頑丈に造られていたのか中央部と比べてバラバラに散乱していません。

  • 前部に到着し海底を見ると、錨鎖、錨口及び揚錨機が確認できます。

    前部に到着し海底を見ると、錨鎖、錨口及び揚錨機が確認できます。

  • 濱江丸の船首右舷には錨口が確認できます。

    濱江丸の船首右舷には錨口が確認できます。

  • 左舷側(海岸寄り)を見ながら船尾に向かいます。<br />左舷側は小振りですが珊瑚を見ることが出来ます。

    左舷側(海岸寄り)を見ながら船尾に向かいます。
    左舷側は小振りですが珊瑚を見ることが出来ます。

  • モーター類にもサンゴが群生しています。

    モーター類にもサンゴが群生しています。

  • 外洋からうねりと波が入り込んでいるため、シュノーケル終了後にデータを確認すると微妙にブレてる写真が多かったです。

    外洋からうねりと波が入り込んでいるため、シュノーケル終了後にデータを確認すると微妙にブレてる写真が多かったです。

  • 人を入れて撮影。水深は2m弱。

    イチオシ

    人を入れて撮影。水深は2m弱。

  • 船体の丸い部分は舷窓と思われます。

    船体の丸い部分は舷窓と思われます。

  • 船体のフレームが一部残る船体後部を見ながら船尾へ。

    船体のフレームが一部残る船体後部を見ながら船尾へ。

  • 主機械の一部と思われます。

    主機械の一部と思われます。

  • 船尾に到着。<br />丸い形状の物は舵の軸受けと思われますが舵は見当たらず。<br />スクリューも確認できず、お金になるのでサルベージ済と思われます。

    船尾に到着。
    丸い形状の物は舵の軸受けと思われますが舵は見当たらず。
    スクリューも確認できず、お金になるのでサルベージ済と思われます。

  • 機械室にある復水器を見るため近寄るが、うねりの影響が強く寄りすぎて負傷の危険もあるので若干距離をとって撮影。

    機械室にある復水器を見るため近寄るが、うねりの影響が強く寄りすぎて負傷の危険もあるので若干距離をとって撮影。

  • 海底には巨大なバルブが確認できます。

    海底には巨大なバルブが確認できます。

  • 20分程でシュノーケル終了。<br />去らば、濱エ丸。<br />3本目に備えてボートに帰艦。

    20分程でシュノーケル終了。
    去らば、濱エ丸。
    3本目に備えてボートに帰艦。

  • 夕刻に陸上から見た濱江丸。<br />陸上から見たら、船首から船尾まで水面下の船影が辛うじて確認できます。

    夕刻に陸上から見た濱江丸。
    陸上から見たら、船首から船尾まで水面下の船影が辛うじて確認できます。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • aoitomoさん 2026/02/01 20:55:29
    朽ちるのも速い気がする濱江丸
    GATさん こんばんは~

    昭和19年に空襲後境浦に座礁してまるまる水面上に船体が残ったいたにも
    かかわらず、今ではエンジン部分が水面上に確認できるのみというのは、
    年々崩壊しているのが十分に想像できますね。
    Googleマップで見て船体の大きさがよくわかりました。

    海中に沈む残骸はGATさんの説明無しにはわかりませんが、
    シュノーケルなら観察にも集中できそうです。
    一方でうねりは厄介で、撮影はぶれやすく大変だったこととおもいます。

    GATさんのレックは常にその背景にある物語をきちんと
    解説してれるので歴史を追体験している気分になれます。
    続きも期待してます。

    aoitomo

    GAT

    GATさん からの返信 2026/02/01 23:31:29
    濱江丸
    aoitomoさま、こんばんはわです。

    濱江丸、座礁状態なので風に潮風そして波浪の影響で水中より崩壊速度はやはり早いですね。
    しかしエンジン部分は高温に耐えるため頑丈に造られているので、他の船同様まだまだ原形を保っていました。
    水深が深い場所で沈んでいたら、まだまだ原形を保っていたかもしれません。

    冬場はうねりが外洋から入り込んでくるようで撮影は苦労しましたが、数打てば当たる方式で半分はブレてましたが、何とかコンプリートです。
    残るは3隻、またの訪問お待ちしております。

    by GAT

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