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「故宮博物院」の見学を終えて、「景山公園」側から表に出ますが、周辺はローカルの観光バスや路線バスで埋め尽くされているのでかなりの距離を歩くことになりました。小さな胡同の公衆トイレがあるとガイドさんが教えてくれますが、多分きれいではないだろうと使いませんでした。胡同の家々にはトイレが無いことが多く、21年前に来たときは町中には数多くの公衆トイレがありました。その多くは表から見ても使いたいと思えないものでしたから。<br />ようやくやって来たバスに乗り込み「北京火車站」の前を通過して「眉州東坡酒楼」というレストランに向かいます。眉州市は現在の四川省にあり、蘇東坡の故郷でもあります。前月に行った三峡下りで立ち寄った「鬼城」では蘇軾(蘇東坡)の立ち寄った「双桂山」に行ったことが思い出されます。料理は四川省の料理ということもあってかなり本格的な辛さがありました。皆さんあまり箸が進まない料理もありましたが、我が家は大好きなので美味しくいただきました。食事の後は午後の観光で「天壇公園」に向かいます。延々と長い参道を歩くのだと思っていたのですが、バスは東門の駐車場に停まり、最短距離で「祈念殿」にダイレクトに向かいます。その後に「皇穹宇東配殿」や「圜丘壇」へ行くのかと思いましたが見学はここまででした。ちょっとがっかりな見学でしたが、周りの方を見ても特に気にしている様子もありません。後でガイドさんに教えてもらいましたが、現在は「故宮博物院」も「天壇」も事前の予約が必要で、以前のようにふらりと来てチケットを買って見学するということは出来ないようです。この日の観光はここまでで、申し込んだオプションの雑技団を観に劇場へ向かいます。申し込んだのは半分くらいの人で、申し込まなかった人はそのままホテルへと戻りました。

トラピックス This is 北京(4)眉州東坡酒楼で四川料理をいただき、天壇公園では祈年殿だけの見学にちょっとがっかり。

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2025/04/25 - 2025/04/25

1570位(同エリア5324件中)

旅行記グループ 2025北京の旅

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kojikoji

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「故宮博物院」の見学を終えて、「景山公園」側から表に出ますが、周辺はローカルの観光バスや路線バスで埋め尽くされているのでかなりの距離を歩くことになりました。小さな胡同の公衆トイレがあるとガイドさんが教えてくれますが、多分きれいではないだろうと使いませんでした。胡同の家々にはトイレが無いことが多く、21年前に来たときは町中には数多くの公衆トイレがありました。その多くは表から見ても使いたいと思えないものでしたから。
ようやくやって来たバスに乗り込み「北京火車站」の前を通過して「眉州東坡酒楼」というレストランに向かいます。眉州市は現在の四川省にあり、蘇東坡の故郷でもあります。前月に行った三峡下りで立ち寄った「鬼城」では蘇軾(蘇東坡)の立ち寄った「双桂山」に行ったことが思い出されます。料理は四川省の料理ということもあってかなり本格的な辛さがありました。皆さんあまり箸が進まない料理もありましたが、我が家は大好きなので美味しくいただきました。食事の後は午後の観光で「天壇公園」に向かいます。延々と長い参道を歩くのだと思っていたのですが、バスは東門の駐車場に停まり、最短距離で「祈念殿」にダイレクトに向かいます。その後に「皇穹宇東配殿」や「圜丘壇」へ行くのかと思いましたが見学はここまででした。ちょっとがっかりな見学でしたが、周りの方を見ても特に気にしている様子もありません。後でガイドさんに教えてもらいましたが、現在は「故宮博物院」も「天壇」も事前の予約が必要で、以前のようにふらりと来てチケットを買って見学するということは出来ないようです。この日の観光はここまでで、申し込んだオプションの雑技団を観に劇場へ向かいます。申し込んだのは半分くらいの人で、申し込まなかった人はそのままホテルへと戻りました。

旅行の満足度
4.0
観光
3.5
ホテル
4.0
グルメ
4.0
交通
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
観光バス 徒歩
航空会社
中国国際航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
利用旅行会社
阪急交通社
  • 21年前は10月という季節もあり、北京の町は練炭を配るリヤカーが走り回り、その煤塵と車の排気ガス、そして工場地帯から流れる煙でPM2.5だらけだったのだと思います。現在の北京は空気はきれいになったようですが紫外線はとても強かったです。

    21年前は10月という季節もあり、北京の町は練炭を配るリヤカーが走り回り、その煤塵と車の排気ガス、そして工場地帯から流れる煙でPM2.5だらけだったのだと思います。現在の北京は空気はきれいになったようですが紫外線はとても強かったです。

    故宮博物院 城・宮殿

  • 「景山公園」に面した「三眼井胡同」の入り口でバスを待ちながら、三眼井の意味を調べてみると昔は3つの井戸があったことからこの名前になったようです。現在の胡同にある中庭61番は、毛沢東が北京図書館で働いていた初期の頃、1918年9月19日に毛沢東は初めて北京に来て、翌年の3月12日までここに住んでいました。

    「景山公園」に面した「三眼井胡同」の入り口でバスを待ちながら、三眼井の意味を調べてみると昔は3つの井戸があったことからこの名前になったようです。現在の胡同にある中庭61番は、毛沢東が北京図書館で働いていた初期の頃、1918年9月19日に毛沢東は初めて北京に来て、翌年の3月12日までここに住んでいました。

  • 毛沢東の当時の生活の思い出は7人と一緒に小さな部屋に住んでいて、 寝返りを打つときはいつでも両側の人々に挨拶しなければならなかったようです。 羅章龍はお金を節約するために自分たちで料理を作って食べ、たくさんの冗談を言ったと回想しています。

    毛沢東の当時の生活の思い出は7人と一緒に小さな部屋に住んでいて、 寝返りを打つときはいつでも両側の人々に挨拶しなければならなかったようです。 羅章龍はお金を節約するために自分たちで料理を作って食べ、たくさんの冗談を言ったと回想しています。

  • バスを待つ我々の横を清時代の服を着た女の子たちがシェアサイクルに乗って通り過ぎるという何ともシュールな光景です。

    バスを待つ我々の横を清時代の服を着た女の子たちがシェアサイクルに乗って通り過ぎるという何ともシュールな光景です。

  • 北京では1924年に路面電車が開通しましたが、トロリーバスが走り出すと1966年にはその姿を消してしまったようです。その姿を模したバスが通過していきます。このバスは観光用のもので満員でした。

    北京では1924年に路面電車が開通しましたが、トロリーバスが走り出すと1966年にはその姿を消してしまったようです。その姿を模したバスが通過していきます。このバスは観光用のもので満員でした。

  • 地元の人が乗るのはこのようなトロリーバスです。子供の頃には都内でも見掛けることが出来たので懐かしさを感じます。トロリーバス以外のバスもそのほとんどが電気をエネルギーにするもので、新エネルギーやクリーンエネルギーの車両の復旧率は日本の比ではありません。

    地元の人が乗るのはこのようなトロリーバスです。子供の頃には都内でも見掛けることが出来たので懐かしさを感じます。トロリーバス以外のバスもそのほとんどが電気をエネルギーにするもので、新エネルギーやクリーンエネルギーの車両の復旧率は日本の比ではありません。

  • 現在残された胡同に住んでいる人はものすごいお金持ちで、外側は昔ながらの姿でも内部は現代的に改装されているそうです。売却した場合は莫大な金額になるとガイドさんが教えてくれました。

    現在残された胡同に住んでいる人はものすごいお金持ちで、外側は昔ながらの姿でも内部は現代的に改装されているそうです。売却した場合は莫大な金額になるとガイドさんが教えてくれました。

  • 「北京火車站」の前を通過しました。ここからはモスクワのヤロスラフスキー駅行きの列車やウランバートル駅行きの列車、平壌駅行きの列車といった国際列車も発着しています。2年前の冬にウランバートル駅から列車に乗ったことや、北京に向かう列車の写真を雪の平原で見送った絶景のことを思い出します。<br />ウランバートル駅:https://4travel.jp/travelogue/11868118<br />北京駅行きの列車:https://4travel.jp/travelogue/11868156

    「北京火車站」の前を通過しました。ここからはモスクワのヤロスラフスキー駅行きの列車やウランバートル駅行きの列車、平壌駅行きの列車といった国際列車も発着しています。2年前の冬にウランバートル駅から列車に乗ったことや、北京に向かう列車の写真を雪の平原で見送った絶景のことを思い出します。
    ウランバートル駅:https://4travel.jp/travelogue/11868118
    北京駅行きの列車:https://4travel.jp/travelogue/11868156

    北京駅

  • バスは昼食のレストランへ向かいますが、午後の観光の「天壇」が近いということが分かりました。ここへ行くのも21年振りなので楽しみにしています。

    バスは昼食のレストランへ向かいますが、午後の観光の「天壇」が近いということが分かりました。ここへ行くのも21年振りなので楽しみにしています。

  • お昼を食べるレストランは「眉州東坡酒楼」という高級店でした。眉州市は現在の四川省にあり、蘇東坡の故郷でもあります。前月に行った三峡下りで立ち寄った「鬼城」では蘇軾(蘇東坡)の立ち寄った「双桂山」に行ったことが思い出されます。そんな話をするとガイドさんは喜んでくれました。

    お昼を食べるレストランは「眉州東坡酒楼」という高級店でした。眉州市は現在の四川省にあり、蘇東坡の故郷でもあります。前月に行った三峡下りで立ち寄った「鬼城」では蘇軾(蘇東坡)の立ち寄った「双桂山」に行ったことが思い出されます。そんな話をするとガイドさんは喜んでくれました。

    眉州東坡酒楼 (崇文門店) 中華

  • 鶏肉とピーナッツの焦がし唐辛子と四川花椒炒めの「宮保鶏丁」という料理です。観光客向けなのかマイルドな辛さで日本人の口にもよく合います。

    鶏肉とピーナッツの焦がし唐辛子と四川花椒炒めの「宮保鶏丁」という料理です。観光客向けなのかマイルドな辛さで日本人の口にもよく合います。

  • 「青椒肉絲」のような豚肉とピーマンを炒めた料理です。ビールは1本30元と日本と変わらない値段です。武漢や宣昌の10元とはえらい違いですが、ビールが進む料理が続きます。

    「青椒肉絲」のような豚肉とピーマンを炒めた料理です。ビールは1本30元と日本と変わらない値段です。武漢や宣昌の10元とはえらい違いですが、ビールが進む料理が続きます。

  • 鴨のもも肉のロースト「手撕鴨」は見た目と違って麻辣ではありませんでした。

    鴨のもも肉のロースト「手撕鴨」は見た目と違って麻辣ではありませんでした。

  • 妻の大好きな「酸辣湯」は本格的な辛さで美味しかったです。

    妻の大好きな「酸辣湯」は本格的な辛さで美味しかったです。

  • トマトと卵炒めの「番茄炒蛋」を初めて食べたのも21年前の北京の旅でした。「北京散歩」の社長の劉さんの運転で「清東陵」へ行った時のお昼だったことまでよく覚えています。あまりのおいしさにそれ以降我が家の「家常菜」となりました。

    トマトと卵炒めの「番茄炒蛋」を初めて食べたのも21年前の北京の旅でした。「北京散歩」の社長の劉さんの運転で「清東陵」へ行った時のお昼だったことまでよく覚えています。あまりのおいしさにそれ以降我が家の「家常菜」となりました。

  • ジャガイモの細切りを炒めた「土豆絲」は昨年末のポルトガル旅行では何度も食べました。ツアーの方々は何の料理か分からなかったようで橋が進みませんでした。料理の説明をした途端にお皿は空になりました。

    ジャガイモの細切りを炒めた「土豆絲」は昨年末のポルトガル旅行では何度も食べました。ツアーの方々は何の料理か分からなかったようで橋が進みませんでした。料理の説明をした途端にお皿は空になりました。

  • かなり本格的な「麻婆豆腐」でした。成都で本家(正宗)である「陳麻婆豆腐店」に行った時のことを思い出します。本場の物は麻辣でした。<br />陳麻婆豆腐店:https://4travel.jp/travelogue/11130163<br />

    かなり本格的な「麻婆豆腐」でした。成都で本家(正宗)である「陳麻婆豆腐店」に行った時のことを思い出します。本場の物は麻辣でした。
    陳麻婆豆腐店:https://4travel.jp/travelogue/11130163

  • 干した豚肉「腊肉(らーろう)」と青菜炒めも何とも言えない塩味で美味しい料理です。

    干した豚肉「腊肉(らーろう)」と青菜炒めも何とも言えない塩味で美味しい料理です。

  • 今回のツアーは3泊4日で6万円という値段でしたが、立ち寄ったレストランの質が高くて料理を食べるだけでもとてもお得だと思えました。

    今回のツアーは3泊4日で6万円という値段でしたが、立ち寄ったレストランの質が高くて料理を食べるだけでもとてもお得だと思えました。

  • 食後はバスに乗って「天壇」まで移動しますが、通りの先に見えていたのですぐ着きました。ところが以前来たのと入り口が違うようです。

    食後はバスに乗って「天壇」まで移動しますが、通りの先に見えていたのですぐ着きました。ところが以前来たのと入り口が違うようです。

  • 以前来たときは南門から入って「壇丘」、「皇穹宇東配殿」と北に向かう参道を歩き「祈年門」を潜り、「祈年殿」に着くまで1時間以上かかりました。ところが今回は東門から入ったようで、ほんの10分歩いただけで「祈念殿」に着きました。

    以前来たときは南門から入って「壇丘」、「皇穹宇東配殿」と北に向かう参道を歩き「祈年門」を潜り、「祈年殿」に着くまで1時間以上かかりました。ところが今回は東門から入ったようで、ほんの10分歩いただけで「祈念殿」に着きました。

  • 「天壇」は明朝から清朝にかけて皇帝が天に対して祭祀(祭天)を行った宗教的な祭壇です。明時代の1420年の永楽18年に永楽帝が建立したとされます。建設当時は「天地壇」と呼ばれていましたが、1534年の嘉靖13年に「天壇」と「地壇」に分離しました。

    「天壇」は明朝から清朝にかけて皇帝が天に対して祭祀(祭天)を行った宗教的な祭壇です。明時代の1420年の永楽18年に永楽帝が建立したとされます。建設当時は「天地壇」と呼ばれていましたが、1534年の嘉靖13年に「天壇」と「地壇」に分離しました。

    天壇公園 広場・公園

  • 「祈念殿」は「天壇」でもっとも有名とされる建造物の1つで、皇帝が正月の上辛五穀豊穣の祈りを捧げました。祈年殿は直径32メートル、高さ38メートルで25本の柱に支えられる祭壇は現存する中国最大のものです。

    「祈念殿」は「天壇」でもっとも有名とされる建造物の1つで、皇帝が正月の上辛五穀豊穣の祈りを捧げました。祈年殿は直径32メートル、高さ38メートルで25本の柱に支えられる祭壇は現存する中国最大のものです。

  • 木造で宝頂は金メッキがなされています。屋根は瑠璃瓦葺きの三層になっていて、明時代には上から青・黄・緑と3色になっていましたが1751年に全て青色に変えられました。1889年に落雷により焼失していますが1896年に再建されました。

    木造で宝頂は金メッキがなされています。屋根は瑠璃瓦葺きの三層になっていて、明時代には上から青・黄・緑と3色になっていましたが1751年に全て青色に変えられました。1889年に落雷により焼失していますが1896年に再建されました。

  • 21年前はガラガラで、フランスから来たという女性にカメラのシャッターを押してもらいました。その当時の中国の人はほとんどカメラを持っておらず、カメラを渡して写真を撮ってもらおうとお願いするとこの世の終わりのような悲しそうな顔をして断られることが多かったです。カメラを扱ったことが無かったのですが、その後の数年で大きく様変わりしました。

    21年前はガラガラで、フランスから来たという女性にカメラのシャッターを押してもらいました。その当時の中国の人はほとんどカメラを持っておらず、カメラを渡して写真を撮ってもらおうとお願いするとこの世の終わりのような悲しそうな顔をして断られることが多かったです。カメラを扱ったことが無かったのですが、その後の数年で大きく様変わりしました。

  • ここでも清時代のコスプレをして記念写真を撮るのが流行っていました。小さい女の子の衣装がとても可愛らしいです。サングラスのミスマッチも面白いです。

    ここでも清時代のコスプレをして記念写真を撮るのが流行っていました。小さい女の子の衣装がとても可愛らしいです。サングラスのミスマッチも面白いです。

  • 21年振りの2人の記念写真です。「祈念殿」の前ということでその年の年末に年賀状用の写真にしたことをよく覚えています。<br />2004年の天壇:https://4travel.jp/travelogue/10359192

    21年振りの2人の記念写真です。「祈念殿」の前ということでその年の年末に年賀状用の写真にしたことをよく覚えています。
    2004年の天壇:https://4travel.jp/travelogue/10359192

  • 15分ほどのフリータイムになり基壇の階段を上がってみます。ここはさらに凄い数の人が押し寄せていました。21年前に比べて色が鮮やかになっています。

    15分ほどのフリータイムになり基壇の階段を上がってみます。ここはさらに凄い数の人が押し寄せていました。21年前に比べて色が鮮やかになっています。

  • 藻井 (そうせい)と呼ばれる中国古建築に用いられる装飾的な天井を支える内側の柱は12時間を表しています。同じように外側の12本は12カ月を表します。

    藻井 (そうせい)と呼ばれる中国古建築に用いられる装飾的な天井を支える内側の柱は12時間を表しています。同じように外側の12本は12カ月を表します。

  • 中心部の4本の柱は四季を意味します。これらの柱は龍井柱(ろんせいちゅう)と呼ばれ金色の龍が描かれています。

    中心部の4本の柱は四季を意味します。これらの柱は龍井柱(ろんせいちゅう)と呼ばれ金色の龍が描かれています。

  • 「昊天上帝」の位牌を安置する宝座が正面に見えます。背後の屏風には雲流の彫刻が施されています。

    「昊天上帝」の位牌を安置する宝座が正面に見えます。背後の屏風には雲流の彫刻が施されています。

  • この後南側にある「祈年門」を潜って少し小さい円形の建物「皇穹宇東配殿」や回音壁のある「壇丘」へ向かうのかと思ったらこれで観光は終わりでした。

    この後南側にある「祈年門」を潜って少し小さい円形の建物「皇穹宇東配殿」や回音壁のある「壇丘」へ向かうのかと思ったらこれで観光は終わりでした。

  • これにはちょっとがっかりでしたが、ガイドさんが見えんているのではないので仕方ありません。重ね重ね以前にちゃんと観ておいて良かったと思います。

    これにはちょっとがっかりでしたが、ガイドさんが見えんているのではないので仕方ありません。重ね重ね以前にちゃんと観ておいて良かったと思います。

  • ここを全部見学したら2時間以上かかると思うので仕方ないかもしれませんね。

    ここを全部見学したら2時間以上かかると思うので仕方ないかもしれませんね。

  • 「七星石」<br />明時代にある道士が広く空いたこの敷地を見て嘉靖皇帝に不安定さを説き、皇帝が「七星石」を置かせたと伝わっています。

    「七星石」
    明時代にある道士が広く空いたこの敷地を見て嘉靖皇帝に不安定さを説き、皇帝が「七星石」を置かせたと伝わっています。

  • 当初は名前通り7つの石が置かれていましたが、清時代に代わって乾隆帝が支配民族である満州族が中国に加わり、1つの国となったという意味を込めて、満州族発展の地である東北の位置に小さめの石を1つ配したとされます。

    当初は名前通り7つの石が置かれていましたが、清時代に代わって乾隆帝が支配民族である満州族が中国に加わり、1つの国となったという意味を込めて、満州族発展の地である東北の位置に小さめの石を1つ配したとされます。

  • 現在の石は全部で8つですが、東北の方向にある1つだけ他よりも小ぶりな石が満州を表しています。ここは以前に立ち寄っていないので良かったです。

    現在の石は全部で8つですが、東北の方向にある1つだけ他よりも小ぶりな石が満州を表しています。ここは以前に立ち寄っていないので良かったです。

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