2025/04/26 - 2025/04/26
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2025/04/26
この旅行記スケジュールを元に
ツアー3日目はホテル出発が午前7時30分という早さでした。6時30分開店の朝食レストランに15分くらい前から並んでいました。いくらか列が出来ていたのですが、開店と同時に周囲にバラバラいた人たちが我先に割り込んできます。びっくりしましたが、あぁまだ中国はそういう国なんだなと情けなくなります。初めて中国に来た1999年の年末の上海で黄浦江の渡船の乗り口でトークンを買うのに小さな窓口に大勢の人が手を突っ込んでいた光景を思い出しました。まるで餌をめがけて口を開ける池の鯉のようでした。
朝食を食べ終わり、全員が揃ったところでこの日は北京市郊外の「八達嶺長城」へ向かいます。朝早かった理由は途中にあるラテックス店に立ち寄るためで、ここで40分くらいいかにラテックスが良くて、新しく改良されて素晴らしいと説明されます。そしてその後はマンツーマンでのショッピングになります。危うくダブルの10センチのマットに2つ枕を付けて日本までの送料込みで9万円で買いそうになってしまいました。さらにバスに乗り高速道路を1時間30分ほど走りますが、途中には以前行った「居庸関」の看板なども見えました。周囲に長城の一部が見え始めると「八達嶺長城」で高速を降ります。前回はロープウェイに乗って山頂にある長城を見学しましたが、今回は駐車場から歩いての入場でした。長さ数千キロ以上ある長城ですからいろいろな所に入り口があっても不思議ではありません。入場したところでフリータイムになり、1時間30分ほど自分たちで観光しました。どこまで行ってもきりがないので男坂の中腹の櫓まで行った後は一度戻って、反対側の女坂を登りました。早目に集合場所に戻って、お土産物屋を覗いていると古いシルク地に描かれた花鳥画が1枚1000円くらいで売っていました。これが良く出来ているので店の人に尋ねると大学の先生だった人が書いたものだということです。4枚1組で額装したらきれいなので絵を選んでから値段交渉です。残念あガラ値引きは出来ないけど、1枚プレゼントすると言われて商談成立。さらに木工の良く出来たミニチュア家具も安かったので買い求めます。こちらはしっかり安くしてもらいました。同じツアーの人に「奥さんの姿が見えないですが。」と心配されたので「どっかその辺にいますよ。」なんて適当に答えて買い物をしていたのですが本当に迷子になっていました。男坂から戻ったところで別れたのですが、ガイドさんから出口から一度出てしまうと戻れませんから気を付けてと言われていたのに外に出てしまったようです。自分でガイドさんに電話して迎えに来てもらっていました。無事に再会できて良かったと思っていましたが、残った時間で買い物していました。絶対反省していないです。昼食は近くの「八達嶺大飯店」で美味しい中華料理を食べ、バスに乗って北京市内に戻ります。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- 中国国際航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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ツアー3日目はホテル出発が午前7時30分という早さでした。6時30分開店の朝食レストランに15分くらい前から並んでいました。いくらか列が出来ていたのですが、開店と同時に周囲にバラバラいた人たちが我先に割り込んできます。びっくりしましたが、あぁまだ中国はそういう国なんだなと情けなくなります。
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この日は店内の席を確保できました。後から来られて席を困っていたご夫婦にお声掛けしました。
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炒飯に会いそうな料理を盛ってきましたが、最後は追加でお粥もいただきました。
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午前7時30分にホテルを出発して「八達嶺長城」に向かいます。バスはすぐに「中央電視台総部大楼」の横を通過しました。中国中央電視台(CCTV、中国中央テレビ)の本部として使用されているビルで、高さは234メートル、51階建てですが…。
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国際的な建築設計競技の結果、建築家レム・コールハースが率いるオランダのロッテルダムに本拠を置く設計事務所OMA(Office for Metropolitan Architecture)が契約しています。ロッテルダムの港でキンデルダイク行きの船を待っているときに見えた「デ・ロッテルダム」という上半分ズレたビルもこの設計事務所の作品でした。
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ロッテルダムの町は第2次世界大戦で破壊されたこともあって、新しい建物が混在していますが、その建物が不思議な形状だったことが思い出されます。
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バスは混雑した市内を抜けて高速道路に入ります。
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1時間ほど走った後にトイレ休憩かと思ったら「Kaiser Latex」というラテックスの店でショッピングでした。ここで40分軟禁されます。
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家でテレビを見ていたら仰向けになったパンダが竹を食べていて、「カワイイね。」と振り返ったら妻がおんなじ格好をしていて…。それ以来黒いイージーパンツと白いTシャツの組み合わせは家の中では禁止です。
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ラテックスの店は東南アジアをツアーで旅していると必ず連れていかれるお土産屋の1つです。何回行っても買い物することは無かったのですが、マレーシアのペナン島では旅行用のミニ枕が気に入って買いました。ここでは厚さ10センチのダブルのマットレスが枕2つとカバーと送料込みで179,000円から90,000万円まで下がりましたが、結局妻が小さい枕を1つ。
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4日間お世話になったバスはバックミラーが1メートルほど前に伸びています。新しいバスで乗り心地も良かったです。
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ラテックス店の横には中国のツアーの人たちが朝ご飯を食べるレストランなどがありました。彼らはラテックス店に来ることはありません。
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買い物が終わって高速道路に戻ってしばらく走ると周囲は急峻な山並みが広がってきます。
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北京市の北部の軍都山から潮白河の峡谷を超えて東の果ての海に面した山海関までを東西に走る山脈が燕山山脈で、大房山、鳳凰山、霧霊山などの名山が点在しています。名前の由来は南に燕国があったことにちなんでいます。
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以前の旅で西安から北京へ飛行機で移動しているときに眼下に山の上を走る高速道路のようなものが見えました。ずいぶん山の尾根を走っているなと思い、目を凝らすとそれは万里の長城だと分かり感動したことを覚えています。
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バスの車窓から長城の一部と「敵台」の上に建つ「望楼」が見えてきます。戦闘時の拠点となる「敵台」は200メートルから300メートル置きに造られました。
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21年前には「居庸関」に立ち寄ったことを思い出しました。「居庸関(きょようかん)」は関所兼要塞。「天下第一雄関」とも呼ばれ、難攻不落の九塞に数えられました。
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同じ山脈に属する山々ですが、よく見るとその岩の種類はいろいろ違いがあるようです。
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長城は匈奴(きょうど)のような北方の遊民族が侵攻してくるのを迎撃するために、紀元前214年に秦代の始皇帝によって建設が始まりました。その後いくつかの王朝によって修築と移転が繰り返され、現存の「万里の長城」の大部分は明代に造られたものです。
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「八達嶺長城」は入場口から北と南の二手に分かれていて、北は十二楼、南は七楼まで整備されているようです。北八楼と南四楼にはロープウェイが設置されており、以前来たときはロープウェイで山の上まで登りました。
八達嶺/万里の長城 城・宮殿
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今回は北側の長城の「女坂」と南側を「男坂」を見学するようです。かなり離れた場所にバスを停め、全員でぞろぞろと入り口まで歩きました。
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明代の「龍清和会議」以降はモンゴルと漢民族の貿易は盛んに行われてきました。清代中期から後期になると張家口は主要な市場の1つとして大陸とモンゴルとロシア貿易の陸揚げ埠頭と物資集積地になっていました。モンゴル草原の産物である草原キノコの中でも白キノコは最も品質が高くシュトに運ばれました。産地を示すために一般的には「口」と呼ばれるようになりキノコに名前も口蘑となりました。
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明朝嘉靖年間になるとモンゴル族と漢民族の関係は緊張し、毛皮貿易はほぼ禁止されていました。「龍慶和平協定」後になると毛皮は相互貿易の主要商品の1つとなり、中原の王族や貴族に愛されました。「万里野外篇」には「都の冬にはクロテンの毛皮で耳を温める。河が冷たい日には皇帝は朝廷内外の官吏にクロテンの毛皮を授ける。…クロテンの毛皮を贈った日、蔡忠は数万束の銭を費やした。」と記されています。
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相互貿易の出現は辺境地域の少数民族の畜産の発展と経済的繁栄をもたらし、辺境地域の社会発展の促進に大きな影響を与えました。
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長城エリアに入る前に全員でトイレに寄ります。この先に公衆トイレは無いようです。入り口には海棠が美しい花を咲かせていました。家にあるルーブル美術館の海棠の花のエッチングを飾ろうと思います。
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男性用の小用の便器の前には「向前一小歩、文明一大歩(小さな一歩は長い文明的な一歩)」とあるのは用を足すときにもう一歩前にという意味です。最近の中国の公衆トイレはきれいになってきたと思います。次はれるに並ぶことを覚えましょう。
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ピンク色の花海棠も満開の花をつけていました。楊貴妃の故事から「睡れる花」ともよばれ、中国名は垂絲海棠(すいしかいどう)といいます。
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玄宗皇帝が酔って眠りから覚めた楊貴妃の美しいたたずまいを「海棠の眠り未だ足らず」と形容したとされ、この故事から花海棠は「睡れる花」とも呼ばれ、美人の形容としても用いられるようになりました。
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長大さから「宇宙から肉眼で見える唯一の建造物」とも言われ、中華人民共和国の教科書にも掲載されていたのでこのような地球儀のような球体のモニターが置かれていました。2003年に中国初の有人宇宙船「神舟5号」に搭乗した宇宙飛行士である楊利偉が「万里の長城は見えなかった」と証言したため、中華人民共和国の教科書からこの節は正式に削除されました。
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ようやく長城に近づいてきました。
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「北門鎖鑰」の鎖鑰(さやく)は鍵という意味で、門戸のしまりという意味です。「北門の鎖鑰」という語句が使用されたのは、宋史の冠準伝「北門鎖鑰、非準不可」と記したのが初めてとされます。
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この先でガイドさんからチケットを受け取って長城エリアに入ります。その後はフリータイムになりますが、入り口のゲートから表に出てしまうと再入場は出来ませんからと何度も注意がありました。
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入口ゲートから階段を登ったところにお土産物屋が何軒かあり、その中の1軒で再集合することになります。お土産物屋の広場から右手に「女坂」があり、こちらの方が坂が緩やかだとガイドさんが教えてくれます。「女坂」「男坂」という呼び方は中国では通じません。
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21年前に来たときも10月の国慶節の大型連休だったので長城の上には中国人の観光客で埋め尽くされ、龍が地面を這っているように動いて見えました。
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ガイドさんに記念写真を撮ってもらって、終わった人から緩やかな法の長城を歩きます。
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とりあえず妻を騙し右手の一番上一番上の下辺りまで登ることにします。この旅はゴールデンウイークの始まる4月の終わりの旅でしたが、翌週からはイギリスに3週間行くので無理はさせられません。
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中国の旗が立っている広場が再集合場所です。その奥に伸びているのが「男坂」ということのようです。時間があったら反対側にも登ろうと思いますが、妻が登らないであろうことは予想できます。
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始皇帝は中華を統一後に国内にある長城を取り壊すと、遊牧民族に備えるために北に造られた3か国の長城を修復と延長をし、繋げて大長城としました。この時の長城は「版築(はんちく)」により粘土質の土を固めて築いた建造物であり、馬や人が乗り越えられなければ良いということだったようです。
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地図を見ると緑濃いのもこの山脈の南側までのようで、その先には内モンゴル自治区があり、ゴビ砂漠へと続いていきます。柱頭の空港でトランジットした後は必ず通過する砂と岩だらけの大地を思い出します。
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始皇帝の没後に秦は崩壊し、その混乱の隙をついて北方では匈奴が強盛となり、中原王朝を圧迫するようになっていきます。このため長城は前漢にも引き継がれたものの、修復と維持にとどまって延長工事は行われず北の長城は放棄されていました。この状況が大きく変化するのは武帝の時代で、武帝は匈奴に対し積極攻勢に打って領土を大きく拡張し、その新領土を守る形で長城を延長していきます。
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「八達嶺長城」などこの地区の長城は首都防衛を目的とし、また王朝の威厳を示す目的もあるために特に堅牢な建築物となっています。一般に認識されている煉瓦で建築され所々に「望楼」がある万里の長城は北京近郊の長城に特有の様式であるようです。
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そろそろ妻の限界のようなので少し休憩してもらってもう1つ上の「望楼」まで1人で歩いてきました。ここから一緒に下に降ります。同じツアーの方々はもう1つ上の「望楼」まで登ったようです。
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再集合場所の上まで降りたところで妻と別れて1人で反対側の「男坂」を登ることにします。確かにこちら側は坂が急で両足に重力を感じます。
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建造当初の長城は「版築」によって突き固めた土壁であり、乾燥地においては日干しレンガも用いられましたが、明の時代に「磚」という煉瓦が大量生産され安価となると重要拠点は次々と煉瓦壁へと改造されました。
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特に防衛上重要だった北京周辺においてこの改造は重点的に行われ、「八達嶺長城」など現代において観光名所となっている長城のほとんどは煉瓦壁となっています。ただし煉瓦壁といっても煉瓦で出来ているのは表面部分のみで、壁面内部は土が詰め込まれていました。明時代には石積みの長城も建設されました。
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長城の幅や高さも時代が下るにつれて大きくなっていき、明時代の長城の場合は高さは平均で7.8 メートル、底面の幅は平均6.5 メートル、頂面の幅は平均で5.8 メートルとなっていました。周囲の地形によってこれには変動があり、峻険な地形においては壁面の高さは低く、平原においては高くなります。
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頂上面は平らになっており、多くの場合人が通行できるようになっていました。またその両脇には低い壁が作られ、転落防止用の柵の役割を果たしてます。頂上外側の壁は頂面に詰める兵士たちの防護壁としての役割を持っており、そのため一定の間隔で壁に切り込みが入っていて銃眼の役割を果たしていました。
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よく見ると斜面の左側の壁には切込みがあり、右側はフラットな腰壁になっています。つまり壁の左側が防衛しなければならない北側だということです。
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妻は再集合場所に降りたつもりで表に出てしまい再入場が出来なくなっていたのは後で知りました。再集合したお土産物屋さんには出来の良いミニチュアの家具が売っていてその買い物に全集中していました。さらに北京の大学教授が描いたという絹絵が安い上に素晴らしいので何枚か選んでいました。同じツアーの方に「奥さんの姿が見えませんけど。」と言われましたが、「そのうち現れますよ。」なんて適当に答えていました。
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妻はガイドさんに電話をかけて迎えに来てもらい再入場することが出来ました。戻ってきてからはエコバックなどいろいろ買い物していました。懲りない人です。
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ギリギリで買い物も出来て満足したようです。
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この日のお昼は長城を出た参道にある「八達嶺大飯店」でした。団体ツアーのお客向けの大きな店でした。
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ここで今回初めて「燕京啤酒」を飲めました。これは21年前に初めて北京へ向かうANAの機内で飲んだビールです。当時は水色の缶でしたがデザインが変わったのでしょうか?1缶15元なので3缶いただきました。
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最初に冷菜の皿が5皿ほど並び順繰りに取り分けていきます。だんだん面倒になってきます。
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ここでは北京料理が提供されましたが、どれも美味しかったです。トウモロコシと卵スープ、ブロッコリーとカリフラワー炒め、細切り鶏むね肉の唐揚げの甘酢餡かけ、豚肉と玉ねぎの辛味噌炒め、鶏肉とジャガイモと野菜唐辛子炒め、豚肉の煮凝りなどなど。
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早々に食事を終えてレストランの先にある郵便局まで切手を買いに走りました。三峡下りではガイドさんの手を煩わせたので、今回は自分で郵便局に走ります。
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中国だと日本までの航空便が5元、約110円で済むので何枚での遅れますが、ヨーロッパだと2.2ユーロ前後、400円くらいするのでもう出せなくなりました。送り先は全部自宅で亡くなった両親宛なので帰国後に空港からまとめて投函しています。午後は北京市内に戻って「頤和園」に向かいます。
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