2025/03/31 - 2025/04/06
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chemireさん
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妙建寺−須賀神社− 持宝寺− 常光寺−小山宿脇本陣跡
市役所から小山駅へと歩いてみたら、いろんな歴史の詰まった寺社がありました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
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4月2日(水)
12:42 妙建寺
1334年(建武元年)に開山。小山評定跡から国道4号線 日光街道を歩くと最初にあったお寺で、しだれ桜が有名だそうですが、まだ咲いていませんでした。
1876年(明治9)明治天皇の東北行幸の際に、勝海舟が逗留したそうです。妙建寺 寺・神社・教会
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12:46 再び日光街道を進み、現れたのは須賀神社の第二鳥居。
須賀神社 寺・神社・教会
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道をはさみ250mあるという参道の先に第一鳥居が見えます。参拝後に歩いてみよう。
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須賀神社略記
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藤原秀郷が平将門の乱を平定した折、素戔嗚尊に祈願し、これが成就したことにより神社を創祀。
徳川家康との縁も深く、家康は慶長5年(1600) 7月に境内で小山評定(軍議)を行い、関が原の戦勝を祈願し成就されたと伝わります。 -
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小山評定の碑
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藤原秀郷公の碑
藤原秀郷(ふじわらのひでさと)
藤原鎌足の七世、890年頃に誕生・958年頃逝去。
940年、平将門を倒し乱を平定。その功績から下野・武蔵の両国司に昇り、その後には鎮守府将軍を任された武士の始まりとされています。← 調べて書いているものの、こんなこと習ったかなと頭の中は「?」だらけ。でも何故か、別称である俵(田原)藤太(たわらのとうた)の名前だけは、うっすらと記憶しています。
当時は『秀郷流』を名乗る事は武士の誉れであり武門の氏族も全国に拡がり、栃木県内の氏族は、藤姓足利氏・佐野氏・小山氏・長沼氏・皆川氏・那須氏と、それぞれが所領地名で名乗っていますが、本姓は秀郷流『藤原』だそうです。← これも書いているけど、なんのことだか...という感じ。ただ、藤原秀郷が武芸の開祖だということは分かりました。
(追記)
藤原秀郷/俵(田原)藤太のことがずっと気になって投稿したブログを読み返してみたら、浜田城址・鵜森神社を訪ねた四日市市の旅で学んでました。また旅が繋がって嬉しいです。
2023/11
https://4travel.jp/travelogue/11871580 -
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境内北側の石鳥居は1653年に造立されたもの。県内では日光東照宮の鳥居に次いで古く、小山市では最も古いそう。当初は参道に建立されましたが、道路拡張のため現在地の参道脇に移されたようです。
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神門
拝殿に向かって右側に櫛磐牖命(くしいわまどのみこと)、左側に豊磐牖命(とよいわまどのみこと)が祀られています。 -
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二体は老と若、口元は阿吽となり、平和を祈念し祭祀の最高服である束帯姿で両手で笏を持っています。
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拝殿の右側にある御神木 樅の木
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創建は天慶3年(940)。藤原秀郷が京都の八坂神社より御分霊を迎えて祀ったことから。
御祭神
素盞鳴命
大己貴命(大国主神)
誉田別命(八幡神)
ご神徳(ご利益)
病魔退散
縁結び
復縁『復縁を望む相手が良縁であれば復縁でき、悪縁であればその縁を断ってくれる』というご利益があるそうです。 -
境内から南門に抜けたかったのですが閉まっていたので、参拝後、神門をくぐり右回りに神社後方へ曲がってみました。
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あらら。せっかく来たけど、鳥居の手前の扉が施錠されていて入れなかった。
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扉越しに見た筆塚や燈籠。石碑や七つ石のことが書かれていると思われる案内板が、右奥に小さく見えました。
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神門前に折り返し、参道を歩いて第一鳥居へ。
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参道入口には、徳川家康の名が記された神社の看板がありました。
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13:32 持宝寺
772年(宝亀3)年創建。 -
小山御殿がすでに取り壊されていたため、 1728年(享保13)に八代将軍徳川吉宗が、日光社参時の休息所とした記録が残っているそうです。
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1792年(寛政4)に鋳造された梵鐘は、戦前に作成されたものとしては、小山市内ではこの一口のみだそう。
戦時中の金属供出を免れたのは、吉宗が休息所として利用したことも関係してるのかな? -
常光寺
鎌倉時代に創建。現在は、お堂に納められているようで拝観することができませんでしたが、阿弥陀仏如来像には、1868年(慶応4)の戊辰戦争に伴う激戦により受けた弾痕が残っているそうです。 -
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小山宿脇本陣跡
脇本陣跡の碑はなく、明治天皇行在所跡の碑が目立っていたのですが、一度通り過ぎてしまいかなり探しました。 -
脇本陣には、1868年(慶応4)の小山の戦いの際に、大鳥圭介率いる旧幕府軍が陣を置いています。
この付近は、栃木県で最初の戊辰戦争の激しい攻防戦が行われた場所で、2日間にわたって4回の激しい銃撃戦と白兵戦が起こった小山の戦いでは、戊辰戦争において旧幕府軍が数少ない勝利をおさめています。
小山の戦いの後の大鳥は、宇都宮・日光・今市・会津・箱館五稜郭などを転戦。新政府軍の総攻撃で五稜郭で降伏し、1869年(明治2)戊辰戦争は終結。東京で投獄された大鳥は、1872年(明治5)に釈放され、明治政府に出仕。
戊辰戦争か... 訪ねてみたい場所が、また増えちゃった。 -
奥に見える和風の建物は玄関の遺構のようです。
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14:10 小山駅に戻って来ました。コインロッカーに入れていた荷物を回収して、次は足利駅に向かいます。
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(おまけ)
最近のマイブームは、旅先ならではのナンバープレートチェック。小山にいる間に、撮影したものをまとめてみました。
ついに「F」まで使われるんだと思って見ていたら、地名がひらがな表記の「つくば」を発見。その後に見つけたのは「とちぎ」。初めて見たひらがな表記の理由が気になる。これは調べなきゃ。
現在、ひらがな表記は「とちぎ・つくば・なにわ・いわき」の4つのみで、それらの由来は、漢字よりも読みやすいからという単純な理由ではないそう。
陸運事務所が開設されナンバーを新規に定めようとした時に、◯◯に住んでるのに△△なんてイヤだという格付けを意識したような反対もあったり、古くからの歴史的な事情や関連する市町村の利害関係なども絡み、ひらがなで落ち着いたようです。ご当地ナンバープレートがあるように、地元に愛着を持っている方が多いんですね。
(私も地元に愛着はあるけど、いちごのナンバープレートが良いなぁ。)
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