2024/10/10 - 2024/10/10
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2024/10/10
この旅行記スケジュールを元に
朝目が覚めて部屋の窓のカーテンを開けた瞬間の驚きは大きかったです。既にダイヤモンド・プリンセスはオークランド港に着岸しており、目の前に巨大な高層ビル群がそびえていました。この4日間は海と島影しか見ていなかったのでこの景色の変わりようにはビックリです。急いで着替えて15階のデッキに出てみると、ようやく港全体の景観を見渡すことが出来ました。まだ東の空には赤さが残っていました。14階の「ホライゾンコート」でガッツリ朝食を食べた後は7階のシアターに集合して、申し込んだ船のエクスカーションの出発時間を待ちます。この日は「オークランド博物館とマオリ族パフォーマンス(City Drive & Maori Performance at Museum)」という3時間30分のツアーを申し込んでいました。1人159.95ドルなので、この時のレートで16,000円ほどです。安くはありませんが郊外を午前中に見学して午後は町中を歩きたいということもありました。時間になってツアーの参加者と一緒に下船しますが、オークランドのクルーズターミナルのメルボルンと同じく古い倉庫を改造したものでした。床の無垢材の板や鉄骨を組んだ躯体と天井の梁などがいい味を出しています。バスに乗ってまずは「オークランド博物館」を目指します。町外れの丘の上に1920年代から1950年代に建てられ新古典主義様式の石造の建物が見えてきます。南側のアトリウム入り口から中に入りますが、再集合の時間などの説明はありません。まずはチケットを貰ってエレベーターでシアターの入り口に再集合します。ここでマオリ(Maori)の伝統的なハカ(Haka)をや民族舞踊を見学します。残念ながらカラキア(開会の祈り)とハカは神聖な儀式ということで写真撮影は出来ません。ハカが終わった後は写真を撮っても良いみたいですが、連続しているのでどこからがいいのか良く分かりませんでした。ハカを見た後は流れ解散で博物館の見学に移ります。ここはニュージーランドで最も重要な博物館で、戦争記念施設でもあります。まずはそこから見学を始めますが、日本人でありながら第2次世界大戦中の零戦を見るのは初めてのことでした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 観光バス 船 徒歩
- 航空会社
- キャセイパシフィック航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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ニュージーランドの北島の明かりを眺めながらダイヤモンド・プリンセスはオークランドを目指します。この日も夜空には満天の星が輝いています。iPhoneだときれいに写真が撮れるのだと思いますが、中国製のOppoではこの程度です。
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ようやく始まるニュージーランドの旅に期待が膨らみます。これまで全く興味が無かったオーストラリアとニュージーランドですが、今後の旅行先の選択肢に入りそうです。
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午前6時頃に目が覚めて、部屋のカーテンを開けた途端に目に入ってきたのがこの光景でした。これにはビックリしました。既にオークランドの港に停泊していました。
ダウンタウンフェリーターミナル 船系
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「フェリー・ビルディング(Ferry Building)」1909年から1912年にかけてオークランド港湾局によって建てられた建物ですが、周囲の近代的なビルに囲まれた姿が不思議です。
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目の前には「プリンセス・ワーフ(Princess Warf)」という巨大な桟橋がありますが、船着き場というよりは商業施設に役目を変えているようです。
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その先端には「ヒルトン オークランド」の建物がありました。港の周辺をもっと見てみたいと思い、急いで着替えをして15階のデッキに上がってみることにします。
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午前7時前のオークランドはちょうど日の出のタイミングでした。
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貨物船の着岸するバースには巨大なガントリークレーンの姿が見えます。
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2016年にオークランド港(POAL)はオセアニア最高の海港として認められ、生産性は向上し、利益は増大し、所有者であるオークランド市には地域への還元として堅実な配当金が入っていたようです。
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しかし、POALの自動化プロジェクトがスタートしてから6年以内に状況は一変してしまったようで、世界銀行のコンテナ港業績調査の結果、2022年には「オセアニア最低のコンテナ港」となってしまったようです。
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ダイヤモンド・プリンセスの船首はオークランドの近代的な街並みに首を突っ込んだように見えました。
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なかなかこんな大都会の間近まで着岸する港は少ないと思います。
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「ノーザン・スチームシップ・カンパニー・ビルディング(Northern Steamship Company Building)」はオークランド中心部に現存する数少ない19世紀の波止場の建造物の1つであり、植民地時代末期の主要港としてオークランドが果たした役割を反映しています。
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ユニオンフィッシュカンパニービルは20世紀のオークランドの自動車と海運の発展に関連するかつてのオフィスとワークショップです。華やかなデザインの2階建てのレンガ造りの建物は1900年代初頭に主要な船積み埠頭のそばにあった多くの軽工業構造の1つでした。縞模様のレンガ造りと石のベースコースがが目立つアーチ型の窓にはキーストーンとレンガが交互に使用されています。この建築様式は商業施設と施設の建物を労働の高貴さを強調したアーツアンドクラフツ運動の哲学と融合させる試みとして英国で使用されていました。
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そしてビルの合間から顔を覗かせている「スカイタワー(Sky Tower)」も見えました。この外部のリングから地面までダイビングできるようです。
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ようやく妻もバルコニーまで出てきました。「あら、すごいわね。」で終わりでしたが。
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埠頭の駐車場にはエクスカーション用のバスが集まり出しました。この日は「オークランド博物館とマオリ族パフォーマンス(City Drive & Maori Performance at Museum)」という3時間30分のツアーを申し込んでいます。
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ということでこの日は朝早くから14階の「ホライゾンコート」で朝ご飯を頂きます。エクスカーションは午前中でお昼過ぎには港まで戻ってくることが出来ます。
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出港して1週間くらいは納豆が並んでいましたが、その後は姿を消しました。納豆も世界に認知されたようで、欧米人の女性が普通に食べている姿を見掛けました。
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ダイヤモンド・プリンセスのこの15日間と夏まつりの12日間のクルーズで1年分のヨーグルトを食べたような気がします。フルーツのシッロップ漬けやプルーンも普段食べることは無いですね。
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エクスカーションの集合場所は7階のシアターでした。見回しても我々以外のクルーズプラネットの人の姿はありませんでした。
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時間になったところで船のスタッフの後について下船してバスに向かいます。大抵のスタッフは寄港中は営業できないショップの販売員さんのようでした。
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埠頭には昔の貨物船の時代を彷彿させる鉄道の線路が残されたままでした。メルボルンもオークランドも古い時代の埠頭や建物がそのまま残されていることに好感が持てます。
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マオリ語の下に英語が書かれているところがニュージーランドらしいです。
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クルーズターミナルの建物の中はこんな風な古い時代の鉄骨や床下の大引きや床板がむき出しのままです。それがかえっていい味を出していると思います。
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前日に部屋に届いていたチケットと引き換えにバスに乗り込みます。代わりに胸にステッカーを付けますが、糊が弱いので失くしそうです。
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この日の午前中のツアーに申し込んだのは20人くらいでした。特に点呼も人数確認も無くツアーはスタートします。休日で乗り込んだ船のスタッフの人が一応人数確認をしてドライバーさんに伝えていました。後になって日本人のスタッフだということが分かりました。
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今回のクルーズで初めての下船でしたので、部屋の位置を確認してみました。操舵室の出っ張った部分の真下で、手摺りが白い鉄板になっている辺りです。隣からはガラスになっているので明るく感じると思います。
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港の周辺は赤いアイアンのフェンスで囲まれていました。何となくリバプールのストロベリー・フィールズの孤児院の門扉を思い出しました。このクルーズ中にフューチャークルーズカウンターでイングランドとウェールズとアイルランドを周遊するクルーズも申し込みました。
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バスは町中を抜けて「オークランド・ドメイン(Auckland Domain)」のエリアに向かいます。
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小高い丘の上に1920年代から1950年代に建てられ新古典主義様式の石造の建物が見えてきます。
オークランド戦争記念博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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バスは南側のガラス張りのアトリウム側の入り口前に停車しました。特に再集合の時間などは決められずにバスは移動してしまいます。
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「テ・タタウ・カイティアキ」と題された入場門のドームの下の新しいセクションは直径約30メートルのカウリ(アガチス)という木材で作られた球体が吊られています。
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マオリ語の名称「テ・アオ・マーラマ(Te Ao Marama)」は「存在と光の領域」を意味するそうです。
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マオリ族の習慣(ティカンガ)では博物館を出発するときはこの聖なる水で清めることが出来るようです。玄武岩の彫刻が入り口脇に据え付けられています。
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この「テ・タタウ・カイティアキ」はマウイのアーティストのグラハム・ティペネの作品で、ティペネ自身の母親と曾祖母の物語で、ホンギ(呼吸の出会い)で一緒になる様子を描いています。
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彫刻「マヌルア」はトンガ人芸術家ソポレマラマ・フィリペ・トヒの作品で、これはララバというトンガの伝統的な縄縛りの習慣を表現しており、「過去、現在、そして未来の全てのものの融合」を象徴しているそうです。
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博物館のキャプションもマオリ語と英語の併記で書かれています。
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まずは入り口でこのチケットを受け取ってエレベーターに乗ります。
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裏面にはこのような注意事項が書かれてあります。このチケットは最後に1回で返却するので貰うことは出来ません。
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カラキア(開会の祈り)とハカ(Haka)という儀式の間は写真撮影をすることは出来ません。
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小さな劇場の前でハカ(Haka)についても説明がありました。本来はマオリ族の戦士が戦いの前に手を叩き足を踏み鳴らして自らの力を誇示し、相手を煽る時にする舞踊とされます。現在では国賓や海外からの渡航者を歓迎する舞として披露されるほか、ラグビーのニュージーランド代表のオールブラックスが国際試合前に舞う民族舞踊として有名です。 ニュージーランドでは一般的な民族舞踊であり、相手に対する敬意や感謝の意を表する舞として披露されるそうです。
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劇場でのマオリの民族舞踊が終わった後は一度1階に戻り、2階にある「オークランド戦争記念博物館(Auckland War Memorial Museum)」の部分の見学に移ります。第1次世界大戦においても当時の首相ウィリアム・マッシーは「我々は我が国を護るために、そして帝国を支援するために取り得るあらゆる行動を起こさねばならない」と演説しました。
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戦争終結までに約10万名の兵士を供出し、ニュージーランド軍はオーストラリア軍と連合してANZACを組織し、「ガリポリの戦い」などに参加しました。2023年のイスタンブール発着のクルーズではダーダネルス海峡を通過して、半島に建つ「チャナッカレ殉教者記念碑」を見たことを思い出します。
イスタンブールクルーズ:https://4travel.jp/travelogue/11859690 -
ニュージーランドの第1次世界大戦についての知識はほとんどありませんでしたが、第2次世界大戦における日本とニュージーランドの関係についてもあまり知ることはありませんでした。
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中国の東北部を旅していた瀋陽の博物館やシンガポールでもこのような国威高揚のポスターを見たことがありましたがここにも展示されていました。「日本軍は南にやって来る!戦うか、働くか、それとも滅びるかだ。」とあります。
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日本との戦いが全くなかったわけではないようで、小さなブースですが資料が展示されていました。
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日本の無条件降伏の後の9月2日のアメリカ戦艦ミズーリ号の艦上での調印の場面の写真も展示されていました。ニュージーランドのレオナルド・イシッド空軍中将がサインするところをマッカーサーが見守っています。また、戦後に日本に駐留するイギリス軍の支援をするJayforceという部隊が山口県の田舎に駐留したそうです。
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山口県の隣は広島県があり、原爆投下後の破壊は悲惨なものがあったという一文も書かれてありました。
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スーパーマリン スピットファイア(Supermarine Spitfire)はイギリスのスーパーマリン社で開発された単発のレシプロ単座戦闘機です。
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この博物館に納められた機体は1944年に発注され、1945年の8月に完成し、翌年3月に第501飛行隊に配備されました。1951年には現役を退いているようです。
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この「Mk. XVI」のマーリン60系エンジンの供給に不安を感じたため、米国パッカード社でライセンス生産されていたパッカード・マーリン 266エンジンを搭載した機体です。英国と米国との製図法の違いなどから、本エンジンを搭載した機体には新たにMk. XVIの番号が振られています。
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性能的にはMk.IXと同等ですが細部が異なるため、エンジン・カウルの張り出しやフィルターキャップの位置が異なるなどの変更がなされています。エンジンの供給が遅れたために生産は1944年までずれ込んだようです。
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第2次世界大戦においてイギリス空軍を始めとする連合軍で使用され、1940年のバトル・オブ・ブリテンの際に活躍したため、イギリスをドイツ空軍から救った「救国戦闘機」とも呼ばれます。
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格闘戦を重視して旋回性能を向上させるため楕円形で薄い主翼を採用しているのが特徴で、パイロットたちからの支持は厚く、第2次世界大戦のさまざまな状況で活躍しました。
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V-1(ファオ アインス)は第2次世界大戦時にドイツ空軍が開発したミサイル兵器です。パルスジェットエンジンを搭載した現在の巡航ミサイルの始祖とも言える兵器です。1944年6月12日に初めてイギリス攻撃で使用され、9,251発のほぼ半数は対空砲火で撃墜されたようで鵜s。まさかこれをここで見るとは思いませんでした。
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2階の半分を見学して正面入り口の吹き抜けまでやってきました。何時にバスが出発するのかが分からないのでだんだん心配になってきます。
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これ以降の展示はニュージーランド人でないとあまり興味を持てないと思いました。
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先を急ぐと驚くものが展示してありました。
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ここに展示されているゼロ戦はA6M3の22型で、最も早い飛行速度を誇ったようです。ソロモン諸島のブーゲンビル島にあるカラ軍用飛行場に配備され、基地発進用の戦闘機として使われることになっていました。
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1943年11月の爆撃で損傷を受け、当時は修理に必要な物資が不足していたことから1945年になるまでそのまま放置されていました。ラバウルのシバヤマ・セキゼンによって試験飛行も行われましたが、戦場を一度も飛ぶことも無く終戦を迎えました。
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このゼロ戦の存在を聞きつけたニュージーランド軍は1945年9月にブーゲンビリア島のピーバに赴き、交渉の末にニュージーランドのオークランド市に近いホブソンビル基地にこの機体を配備しました。
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コード番号も新しくNZ6000と付けられ、1回だけ極秘で試験飛行が行われた以外は部品が欠損していることから1946年以降飛行することはありませんでした。
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1947年にこの機体は「オークランド博物館」に寄贈されました。アードモアで保管されるまでホブソンビル基地で保管されました。アードモアでは急ピッチに修復が行われ、1959年12月に博物館に届けられました。
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このゼロ戦を最後に操縦したのはシバヤマ・セキゼン准尉で、彼は1940年の18歳の時に霞ヶ浦海軍部隊に下級飛行訓練性として入隊しました。1942年から1943年にかけては海軍航空隊で96型機などの飛行を行いました。
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1943年7月に厚木海軍航空隊に入り、第201飛行隊(零戦部隊)の一員としてニューブリテン島のラバウルに渡ります。1944年初めに第201飛行隊はトラック諸島に転属しますが、シバヤマ准尉はラバウルに残って第253飛行隊に加入します。
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シバヤマ准尉は両飛行隊に所属中に7階の空襲と約150回の空中戦を経験しました。これは1日に3回先頭に参加したことになります。1944年4月には仏師の減少により第253飛行隊の飛行可能な期待は僅かになります。6月にはそのうちの13機がグアムに向かいますが、F6Fヘルキャットの攻撃によって5機が撃墜されます。
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第253飛行隊は解散になりにコリの兵士は東カロリン諸島航空団に加わります。改造されたゼロ戦の試験飛行を五個なったシバヤマ准尉は再びラバウルに戻ります。
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この機体を改造した地上整備員は神風攻撃をするために250キロ爆弾を搭載できるように命じられていたようです。しかし彼らは若い操縦士の命を救うために修理を遅らせたそうです。最終的に修理が完了したのは1945年8月のことで終戦となりました。完全な形の零戦をここで見るとは思いませんでした。この後は1階に降りてポリネシアとマオリの文化の展示の見学に移ります。
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