ネイピア旅行記(ブログ) 一覧に戻る
午前中の街歩きから港に戻ると既に集合時間を過ぎていました。町が運行しているシャトルバスを降りて、今度は船会社の手配したエクスカーション用の観光バスに乗り換えます。この日の午後に予約していたのは「アールデコ・シティドライブ&ウォーキングツアー(Art Deco City Drive & Walking Tour)」というもので午後0時30分から3時間で184.95オーストラリアドルというものでした。19,000円弱と安くはありませんが、効率よくネイピア市内と郊外を周ることが出来そうです。バスは我々を乗せるとすぐに出発し、午前中に歩いてきた町を通り抜けて郊外に向かいます。まずは「ナショナル・タバコ・カンパニー・ビルディング(National Tobacco Company Building)」という工場に向かいます。近くには港からの引き込み線の線路があったり、町外れの工場地帯といった風情です。まずはエントランスで会社の概要からアール・デコの建築についての説明があります。その後に内部の見学になりますが、純正なアール・デコというよりもアール・ヌーヴォーからの過渡期といった印象を受けます。現在はタバコ工場ではなくジンの蒸留所になっていて、ロビーにはバーが設えてあり、試飲しながらお酒を購入できるようです。見学を終えてバスに乗り込んだ後はネイピアの町外れの住宅街の中を走ります。この住宅街の美しさには驚きます。美しいアール・デコの平屋建ての建物が延々と続いています。敷地にはフェンスなどは無く低い植え込みなので、建物の美しさをバスの高い目線から眺めることが出来ます。ニュージーランドの治安の良さも感じることが出来ます。住宅街の外れにある公園も広大な芝生が広がり、こんなところに住めたらなと思えます。バスは再びネイピアの町に戻り、午前中に立ち寄った「アール・デコ・センター(Art Deco Center)」で下車します。中にはミニシアターがあり、ネイピアの歴史や1931年の地椎による街の破壊についてを学びます。映画が終わった後は専門のガイドさんの説明で町中を歩き、アール・デコ建築について学ぶことが出来ます。午前中はただ歩いて美しいと思っただけでしたが、ガイドさんの説明はとても勉強になりました。ニュージーランドの方かと思いましたが20数年前にネイピアに来て、その後オランダから移住したとおっしゃっていました。そんな気持ちが分かるような不思議な町です。ガイドツアーの後はバスで港に戻るのですが、街を歩きたい人は自由行動になります。妻は船に戻るというのでここでお別れして、1人で散策を続けます。もう十分と思えるまで散策と買い物をして、シャトルバスで船に戻りました。お揃いのパーカーも買えたのはいいお土産になりました。夕食は大阪のご夫婦と一緒に「パシフィックムーン」でいただき、シアターもご一緒しました。この日はピアノの弾き語りで70年代から80年代のエルトン・ジョンやビリー・ジョエルの曲を聴いていたら懐かしくて涙が出そうになりました。

ダイヤモンド・プリンセス ニュージーランドクルーズ17日の旅(8)エクスカーションでアールデコの町ネイピアを探索する。

14いいね!

2024/10/12 - 2024/10/12

9位(同エリア43件中)

旅行記グループ 2024ニュージーランドクルーズ

0

163

kojikoji

kojikojiさん

この旅行記スケジュールを元に

午前中の街歩きから港に戻ると既に集合時間を過ぎていました。町が運行しているシャトルバスを降りて、今度は船会社の手配したエクスカーション用の観光バスに乗り換えます。この日の午後に予約していたのは「アールデコ・シティドライブ&ウォーキングツアー(Art Deco City Drive & Walking Tour)」というもので午後0時30分から3時間で184.95オーストラリアドルというものでした。19,000円弱と安くはありませんが、効率よくネイピア市内と郊外を周ることが出来そうです。バスは我々を乗せるとすぐに出発し、午前中に歩いてきた町を通り抜けて郊外に向かいます。まずは「ナショナル・タバコ・カンパニー・ビルディング(National Tobacco Company Building)」という工場に向かいます。近くには港からの引き込み線の線路があったり、町外れの工場地帯といった風情です。まずはエントランスで会社の概要からアール・デコの建築についての説明があります。その後に内部の見学になりますが、純正なアール・デコというよりもアール・ヌーヴォーからの過渡期といった印象を受けます。現在はタバコ工場ではなくジンの蒸留所になっていて、ロビーにはバーが設えてあり、試飲しながらお酒を購入できるようです。見学を終えてバスに乗り込んだ後はネイピアの町外れの住宅街の中を走ります。この住宅街の美しさには驚きます。美しいアール・デコの平屋建ての建物が延々と続いています。敷地にはフェンスなどは無く低い植え込みなので、建物の美しさをバスの高い目線から眺めることが出来ます。ニュージーランドの治安の良さも感じることが出来ます。住宅街の外れにある公園も広大な芝生が広がり、こんなところに住めたらなと思えます。バスは再びネイピアの町に戻り、午前中に立ち寄った「アール・デコ・センター(Art Deco Center)」で下車します。中にはミニシアターがあり、ネイピアの歴史や1931年の地椎による街の破壊についてを学びます。映画が終わった後は専門のガイドさんの説明で町中を歩き、アール・デコ建築について学ぶことが出来ます。午前中はただ歩いて美しいと思っただけでしたが、ガイドさんの説明はとても勉強になりました。ニュージーランドの方かと思いましたが20数年前にネイピアに来て、その後オランダから移住したとおっしゃっていました。そんな気持ちが分かるような不思議な町です。ガイドツアーの後はバスで港に戻るのですが、街を歩きたい人は自由行動になります。妻は船に戻るというのでここでお別れして、1人で散策を続けます。もう十分と思えるまで散策と買い物をして、シャトルバスで船に戻りました。お揃いのパーカーも買えたのはいいお土産になりました。夕食は大阪のご夫婦と一緒に「パシフィックムーン」でいただき、シアターもご一緒しました。この日はピアノの弾き語りで70年代から80年代のエルトン・ジョンやビリー・ジョエルの曲を聴いていたら懐かしくて涙が出そうになりました。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
4.5
ショッピング
4.5
交通
4.5
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
50万円 - 100万円
交通手段
観光バス 徒歩
航空会社
キャセイパシフィック航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行なし)
  • 港に戻ってすぐにバスを乗り換え、再び市内に戻ってきました。この「マリンパレード(Marine Parede)」のニューネイピアアーチは1931年の「ホークスベイ地震」を記念して1937年に建てられたものです。

    港に戻ってすぐにバスを乗り換え、再び市内に戻ってきました。この「マリンパレード(Marine Parede)」のニューネイピアアーチは1931年の「ホークスベイ地震」を記念して1937年に建てられたものです。

    観光案内所 散歩・街歩き

  • バスはそのまま水族館を過ぎて、先ほど歩いた「マリンパレード(Marine Parede)」を走り抜けました。往復歩いたのがもったい気になります。なります。

    バスはそのまま水族館を過ぎて、先ほど歩いた「マリンパレード(Marine Parede)」を走り抜けました。往復歩いたのがもったい気になります。なります。

  • 町中を通ると先ほどとは視線の高さが違うので建物がより美しく感じます。

    町中を通ると先ほどとは視線の高さが違うので建物がより美しく感じます。

  • 歩道からだとどうしても見上げて撮影しなければならないのでアール・デコデザインの建物では美しさを捉えきれません。この高さと距離感は非常に良いのですが、シャッターを押すタイミングは非常に難しいです。

    歩道からだとどうしても見上げて撮影しなければならないのでアール・デコデザインの建物では美しさを捉えきれません。この高さと距離感は非常に良いのですが、シャッターを押すタイミングは非常に難しいです。

  • 「カウンティー・ホテル(The County Hotel)」の前を通過しました。1909年に建設されたこの建物は元々ホークスベイ郡議会のために建てられました。現在は忠実に外装を残したまま改装され、ネイピア唯一の5つ星ホテルのようです。

    「カウンティー・ホテル(The County Hotel)」の前を通過しました。1909年に建設されたこの建物は元々ホークスベイ郡議会のために建てられました。現在は忠実に外装を残したまま改装され、ネイピア唯一の5つ星ホテルのようです。

  • ブラウニング・ストリートとシェイクスピア・ロードの角にある「オーストラリア・ミューチュアル・プロビデント・ソサエティ(A.M.P. Building)」は1934年に建設されました。

    ブラウニング・ストリートとシェイクスピア・ロードの角にある「オーストラリア・ミューチュアル・プロビデント・ソサエティ(A.M.P. Building)」は1934年に建設されました。

  • 「ワイアプ大聖堂(Waiapu Cathedral)」はブラウニングストリートにある英国国教会の大聖堂です。1931年の地震後に再建された現在の建物はアールデコ建築の好例とされています。デザインは建築家R.S.D.ハーマンの早すぎる死に続いて、ネイピアの建築家キングウェルマルコムによって建てられました。

    「ワイアプ大聖堂(Waiapu Cathedral)」はブラウニングストリートにある英国国教会の大聖堂です。1931年の地震後に再建された現在の建物はアールデコ建築の好例とされています。デザインは建築家R.S.D.ハーマンの早すぎる死に続いて、ネイピアの建築家キングウェルマルコムによって建てられました。

    ワイアプ大聖堂 寺院・教会

  • 50人乗りほどの大きなバスに対してツアーに参加したのは20名ほどでした。

    50人乗りほどの大きなバスに対してツアーに参加したのは20名ほどでした。

  • バスは町の中心部から北側の海岸線に向かいます。途中の「ブルフヒル(Bluff Hill)」の斜面にはきれいな住宅がいくつも建っています。こんなところに住めたらいいだろうなと感じます。

    バスは町の中心部から北側の海岸線に向かいます。途中の「ブルフヒル(Bluff Hill)」の斜面にはきれいな住宅がいくつも建っています。こんなところに住めたらいいだろうなと感じます。

  • 北側の海岸線に出ると絶景が広がっています。この辺りは工場地帯と貨物線の引き込み線が見えました。以前は貨車で材木を運んだのかもしれませんが、現在はトラックに変わっているのだろうと思います。

    北側の海岸線に出ると絶景が広がっています。この辺りは工場地帯と貨物線の引き込み線が見えました。以前は貨車で材木を運んだのかもしれませんが、現在はトラックに変わっているのだろうと思います。

  • 絵に描いたような工場の建物がありました。のこぎり屋根は産業革命の頃のイギリス発祥といわれています。昔は今のような高効率な照明器具がなく、室内の明るさを確保するためになるべく太陽の光を取り入れる必要があり、「ハイサイドライト」が計画されました。

    絵に描いたような工場の建物がありました。のこぎり屋根は産業革命の頃のイギリス発祥といわれています。昔は今のような高効率な照明器具がなく、室内の明るさを確保するためになるべく太陽の光を取り入れる必要があり、「ハイサイドライト」が計画されました。

  • バスはそんな一角にある「ナショナル・タバコ・カンパニー(National Tobacco Company )」の駐車場に停まりました。

    バスはそんな一角にある「ナショナル・タバコ・カンパニー(National Tobacco Company )」の駐車場に停まりました。

  • ロスマンズ・ビルディング(Rothman's Building)は1930年代に建てられたネイピアで最もエレガントな商業ビルの1つと認められています。ニュージーランドのタバコ産業の創設メンバーの1人であり、建築家ルイス・ヘイの重要な作品でもあります。

    ロスマンズ・ビルディング(Rothman's Building)は1930年代に建てられたネイピアで最もエレガントな商業ビルの1つと認められています。ニュージーランドのタバコ産業の創設メンバーの1人であり、建築家ルイス・ヘイの重要な作品でもあります。

  • ジェームズ・オーガスタス・ルイス・ヘイ(James Augustus Louis Hay)はニュージーランドの著名な建築家で、1931年の地震で町の大部分を破壊したネイピアでアール・デコ様式の建物を設計したことで知られています。

    ジェームズ・オーガスタス・ルイス・ヘイ(James Augustus Louis Hay)はニュージーランドの著名な建築家で、1931年の地震で町の大部分を破壊したネイピアでアール・デコ様式の建物を設計したことで知られています。

  • 創業者のヨハン・ゲルハルト・フーシルはドイツ生まれで、1911年に家族とともに南アフリカからニュージーランドに移住し、国内でタバコ産業を興しました。1913年にヘイスティングスのタバコ作物の栽培実験が成功した後にニュージーランドタバコ会社を設立し、1915年にネイピアに加工工場を開設しました。

    創業者のヨハン・ゲルハルト・フーシルはドイツ生まれで、1911年に家族とともに南アフリカからニュージーランドに移住し、国内でタバコ産業を興しました。1913年にヘイスティングスのタバコ作物の栽培実験が成功した後にニュージーランドタバコ会社を設立し、1915年にネイピアに加工工場を開設しました。

  • 1931年のホークスベイ地震で工場の外壁が崩壊することになりましたが、内部の構造はほぼ無傷のままで、災害後も生産は比較的妨げられることなく続けられました。大恐慌の時代もナショナル・タバコ・カンパニーにもほとんど影響を与えず、同社の製品に対する需要は依然として高かったようです。

    1931年のホークスベイ地震で工場の外壁が崩壊することになりましたが、内部の構造はほぼ無傷のままで、災害後も生産は比較的妨げられることなく続けられました。大恐慌の時代もナショナル・タバコ・カンパニーにもほとんど影響を与えず、同社の製品に対する需要は依然として高かったようです。

  • 1932年までにナショナル・タバコ・カンパニーはネイピアで最も裕福な産業の1つとなり、地元労働者の最大の雇用者となっていました。その年にフーシルはルイス・ヘイに地震で崩壊した工場の建物の設計を依頼しました。

    1932年までにナショナル・タバコ・カンパニーはネイピアで最も裕福な産業の1つとなり、地元労働者の最大の雇用者となっていました。その年にフーシルはルイス・ヘイに地震で崩壊した工場の建物の設計を依頼しました。

  • 最初のスケッチは十分に贅沢ではないとしてフーシルによって拒否されてしまったようです。

    最初のスケッチは十分に贅沢ではないとしてフーシルによって拒否されてしまったようです。

  • 最終的に建設された2番目の計画は「正方形の中のアーチ」のアイデアに基づいた一見シンプルな建物で、バラやラウポ、ブドウの葉などの植物の詳細な表現で飾られています。バラをモチーフにしたのはエントランス脇のランプや鉛窓にも用いられています。

    最終的に建設された2番目の計画は「正方形の中のアーチ」のアイデアに基づいた一見シンプルな建物で、バラやラウポ、ブドウの葉などの植物の詳細な表現で飾られています。バラをモチーフにしたのはエントランス脇のランプや鉛窓にも用いられています。

  • ラウポ(Raupo)はガマのような植物で、乾燥した葉はマオリの「ポイ(Poi)」を覆うために使用される伝統的な材料になります。

    ラウポ(Raupo)はガマのような植物で、乾燥した葉はマオリの「ポイ(Poi)」を覆うために使用される伝統的な材料になります。

  • ちょうど100年前の建物の装飾が現在も美しく残されていることに驚きます。よほど大切にされてきたのだろう感じます。

    ちょうど100年前の建物の装飾が現在も美しく残されていることに驚きます。よほど大切にされてきたのだろう感じます。

  • 精巧に彫られたドアから入るとホワイエには大理石の腰パネルとオーク材の壁面が続き、ドーム型の鉛の天窓と組み合わされて、全体的に優雅で豪華さを感じさせます。

    精巧に彫られたドアから入るとホワイエには大理石の腰パネルとオーク材の壁面が続き、ドーム型の鉛の天窓と組み合わされて、全体的に優雅で豪華さを感じさせます。

  • 全体のデザインの特に装飾が施されたシンプルな幾何学的な形は20世紀の変わり目にヨーロッパで開花したアール・ヌーヴォーや分離派のスタイルに対するヘイの関心の高さを反映しています。

    全体のデザインの特に装飾が施されたシンプルな幾何学的な形は20世紀の変わり目にヨーロッパで開花したアール・ヌーヴォーや分離派のスタイルに対するヘイの関心の高さを反映しています。

  • 大判のガラスを嵌め込むのではなく小さなガラスをステンドグラスのように鉛でつないでいるのが優雅です。

    大判のガラスを嵌め込むのではなく小さなガラスをステンドグラスのように鉛でつないでいるのが優雅です。

  • まるでルイス・ティファニーのランプシェードの内側に立っているような気分になります。

    まるでルイス・ティファニーのランプシェードの内側に立っているような気分になります。

  • 以前1週間ほどウィーンの分離派の建築や絵画を巡る旅をしたことがありますが、その時に美術館で見たようなデザインに手を触れることが出来ます。

    以前1週間ほどウィーンの分離派の建築や絵画を巡る旅をしたことがありますが、その時に美術館で見たようなデザインに手を触れることが出来ます。

  • オットー・ワーグナーの建築の中にいるような気分になってきます。初めてウィーンに行ったのは30年以上前ですが、その時にオットー・ワーグナーの建築に憧れ、その後ヨーロッパ各地の1900年から1930年ごろの建築を見て周りましたが、ニュージーランドに来るまでこのような町があることは知りませんでした。

    オットー・ワーグナーの建築の中にいるような気分になってきます。初めてウィーンに行ったのは30年以上前ですが、その時にオットー・ワーグナーの建築に憧れ、その後ヨーロッパ各地の1900年から1930年ごろの建築を見て周りましたが、ニュージーランドに来るまでこのような町があることは知りませんでした。

  • 1954年にフーシルが亡くなった後に会社はポールモールのロシュマンに買収され、建物はほとんど使用されなくなりました。1980年代半ばになると古い建物への関心が高まり、かつての輝きに戻す作業が開始されました。取り除かれていたガラス張りのスクリーンは元の写真に基づいて再構築されました。

    1954年にフーシルが亡くなった後に会社はポールモールのロシュマンに買収され、建物はほとんど使用されなくなりました。1980年代半ばになると古い建物への関心が高まり、かつての輝きに戻す作業が開始されました。取り除かれていたガラス張りのスクリーンは元の写真に基づいて再構築されました。

  • 1990年代には外部の塗装は元の色に復元され、取り除かれていた多くの鉛ガラスの窓が造り直されました。1999年にロシュマンズはブリティッシュ・アメリカン・タバコ社と合併し、同社はアフリリ工場でタバコの加工を続けており、ヘイが設計したこの建物は営業時間中は一般公開されています。

    1990年代には外部の塗装は元の色に復元され、取り除かれていた多くの鉛ガラスの窓が造り直されました。1999年にロシュマンズはブリティッシュ・アメリカン・タバコ社と合併し、同社はアフリリ工場でタバコの加工を続けており、ヘイが設計したこの建物は営業時間中は一般公開されています。

  • この建物はルイス・ヘイの最も保存状態の良い公共建築物の1つであり、地震後のネイピアにおける地元の芸術家の職人技の優れた例とされます。今日ではアフリリの工業ビル群の中の有名なランドマークとなっています。

    この建物はルイス・ヘイの最も保存状態の良い公共建築物の1つであり、地震後のネイピアにおける地元の芸術家の職人技の優れた例とされます。今日ではアフリリの工業ビル群の中の有名なランドマークとなっています。

  • 「ナショナル・ディスティラリー・カンパニー(The National Distillery Co. Ltd)」として単式蒸溜器(ポットスチル)で造られたニュージーランドのジン、ウォッカ、ラム酒、ウイスキーも販売されています。

    「ナショナル・ディスティラリー・カンパニー(The National Distillery Co. Ltd)」として単式蒸溜器(ポットスチル)で造られたニュージーランドのジン、ウォッカ、ラム酒、ウイスキーも販売されています。

  • こんな蒸留所もガラス越しにですが見ることが出来ます。

    こんな蒸留所もガラス越しにですが見ることが出来ます。

  • 2016年の「アール・デコ・フェスティバル」のポスターにはこの建物のイラストも描かれています。

    2016年の「アール・デコ・フェスティバル」のポスターにはこの建物のイラストも描かれています。

  • 時間があればここでカクテルの1杯でも飲みたいところでした。調度品もアール・デコのデザインでまとめられています。

    時間があればここでカクテルの1杯でも飲みたいところでした。調度品もアール・デコのデザインでまとめられています。

  • 建物の奥には会議室があり、その壁面には1930年代の工場の竣工時の写真が飾られていました。

    建物の奥には会議室があり、その壁面には1930年代の工場の竣工時の写真が飾られていました。

  • こちらも数十年前の社員の写真のようです。

    こちらも数十年前の社員の写真のようです。

  • ブリティッシュ・アメリカンタバコのパッケージも展示してあります。ベンソン&ヘッジなんて名前だけ聞いたことがあるたばこの箱もあります。

    ブリティッシュ・アメリカンタバコのパッケージも展示してあります。ベンソン&ヘッジなんて名前だけ聞いたことがあるたばこの箱もあります。

  • 美しい建物を見ることが出来て大満足でした。

    美しい建物を見ることが出来て大満足でした。

  • 再びバスに乗り込み、ツアーは続いていきます。

    再びバスに乗り込み、ツアーは続いていきます。

  • しばらくは美しい海岸線を走りますが、この風景もアール・デコの100年前の時代と変わっていないのだろうなと思います。

    しばらくは美しい海岸線を走りますが、この風景もアール・デコの100年前の時代と変わっていないのだろうなと思います。

  • ダイヤモンド・プリンセスに乗り込んで、そんな時代に迷い込んだようです。

    ダイヤモンド・プリンセスに乗り込んで、そんな時代に迷い込んだようです。

  • この日は土曜日だったので、休日を利用してヨットを楽しんでいる人も多いようです。

    この日は土曜日だったので、休日を利用してヨットを楽しんでいる人も多いようです。

  • ヘーリット・トーマス・リートフェルトのデザインした「レッド&ブルー」という椅子を連想させるポスト・モダン建築の住宅の前を通り過ぎました。

    ヘーリット・トーマス・リートフェルトのデザインした「レッド&ブルー」という椅子を連想させるポスト・モダン建築の住宅の前を通り過ぎました。

  • 港に停泊している船までもが1930年代のデザインに見えてきます。春に行ったノルウェーのスタヴァンゲルで乗った「サンドネス(Sandnes)」というクラシックな船を思い出します。

    港に停泊している船までもが1930年代のデザインに見えてきます。春に行ったノルウェーのスタヴァンゲルで乗った「サンドネス(Sandnes)」というクラシックな船を思い出します。

  • 「ネイピア・セイリング・クラブ」の看板の文字のロゴタイプも50年代を感じさせるデザインです。

    「ネイピア・セイリング・クラブ」の看板の文字のロゴタイプも50年代を感じさせるデザインです。

  • 踏切のデザイン1つでもカッコいいなと思ってしまいます。

    踏切のデザイン1つでもカッコいいなと思ってしまいます。

  • バスは工場や港のあるエリアから住宅街に移動しました。住宅街に隣接するように小川や芝生の広がる公園が延々と続いています。

    バスは工場や港のあるエリアから住宅街に移動しました。住宅街に隣接するように小川や芝生の広がる公園が延々と続いています。

  • 住宅街に入るとかなり広い敷地に平屋の建物が並んでいますが、その建物がアール・デコの外観のデザインなのが驚きです。

    住宅街に入るとかなり広い敷地に平屋の建物が並んでいますが、その建物がアール・デコの外観のデザインなのが驚きです。

  • 1931年以降に立てられた住宅がそのままの外観で残されているのが素晴らしいです。

    1931年以降に立てられた住宅がそのままの外観で残されているのが素晴らしいです。

  • さらにその建物が延々と通りの左右に流れて途切れることがありません。

    さらにその建物が延々と通りの左右に流れて途切れることがありません。

  • 建物の全てが平屋だということは景観条例や使用する色なども規制があるのだと思います。

    建物の全てが平屋だということは景観条例や使用する色なども規制があるのだと思います。

  • 建物のほとんどが柵で囲まれているのではなく、このような低い塀や植え込みだけで仕切られています。これはこの地域の治安の良さも感じさせます。

    建物のほとんどが柵で囲まれているのではなく、このような低い塀や植え込みだけで仕切られています。これはこの地域の治安の良さも感じさせます。

  • 「ボウリング クラブ(Bowls Napier)」と書かれた施設がありました。ボウリング場にしては建物が小さいと思いましたが。これはローンボウルズという競技でイギリス発祥のスポーツのようです。オーストラリアやカナダ、ニュージーランドなどイギリス連邦全土で多くの人に広く楽しまれていると知りました。

    「ボウリング クラブ(Bowls Napier)」と書かれた施設がありました。ボウリング場にしては建物が小さいと思いましたが。これはローンボウルズという競技でイギリス発祥のスポーツのようです。オーストラリアやカナダ、ニュージーランドなどイギリス連邦全土で多くの人に広く楽しまれていると知りました。

  • 目標とする球は「ジャック」という白い小さな球で、ボウルを転がして、相手よりも数多くのボウルをジャックに近づけることを競うというスポーツです。知らないことはたくさんあります。

    目標とする球は「ジャック」という白い小さな球で、ボウルを転がして、相手よりも数多くのボウルをジャックに近づけることを競うというスポーツです。知らないことはたくさんあります。

  • アール・デコ様式の住宅は通りが変わっても続いていきます。

    アール・デコ様式の住宅は通りが変わっても続いていきます。

  • 特にすごいデザインという訳でもないのですが、車窓から目を離せません。

    特にすごいデザインという訳でもないのですが、車窓から目を離せません。

  • ニュージーランドの10月は暖かくなり始め、桜の花が満開でした。

    ニュージーランドの10月は暖かくなり始め、桜の花が満開でした。

  • 再びネイピアの町に戻ってきました。バスで通過するだけですが、まだまだ通っていないエリアがあることが分かりました。

    再びネイピアの町に戻ってきました。バスで通過するだけですが、まだまだ通っていないエリアがあることが分かりました。

  • バスは「アール・デコ・センター(Art Deco Centre)」の前で停車しました。バスでの移動はここまでになり、ガイドさんと街歩きした後は船に送ってくれますが、自分でシャトルバスで戻っても良いとのことでした。

    バスは「アール・デコ・センター(Art Deco Centre)」の前で停車しました。バスでの移動はここまでになり、ガイドさんと街歩きした後は船に送ってくれますが、自分でシャトルバスで戻っても良いとのことでした。

  • 午前中に立ち寄ってパンフレットを貰った時はショップだけなのかと思っていましたが、よく見るとウォーキングツアーなどの案内所でもあるようです。

    午前中に立ち寄ってパンフレットを貰った時はショップだけなのかと思っていましたが、よく見るとウォーキングツアーなどの案内所でもあるようです。

    アールデコ ショップ お土産店

  • まずはミニシアターでネイピアの1931年2月3日のホークス・ベイ地震によるネイピアは壊滅的被害についてを残された写真などで学びます。その後は2グループに分かれてガイドさんと一緒に町中を歩きます。

    まずはミニシアターでネイピアの1931年2月3日のホークス・ベイ地震によるネイピアは壊滅的被害についてを残された写真などで学びます。その後は2グループに分かれてガイドさんと一緒に町中を歩きます。

  • 「ボクスホール・ベロックス PBサルーン(Velox PB)」が目の前を通過していきました。ほとんど自分と同い年の60年以上前の車が元気に走っています。

    「ボクスホール・ベロックス PBサルーン(Velox PB)」が目の前を通過していきました。ほとんど自分と同い年の60年以上前の車が元気に走っています。

  • ガイドさんは元々オランダの人で、旅行で来たネイピアが気に入って20数年前に移住したとのことでした。午前中に妻と2人で歩いた通りですが、ガイドさんの説明があるとまた違った街に見えてきます。

    ガイドさんは元々オランダの人で、旅行で来たネイピアが気に入って20数年前に移住したとのことでした。午前中に妻と2人で歩いた通りですが、ガイドさんの説明があるとまた違った街に見えてきます。

    アールデコ ウォーク 散歩・街歩き

  • 建物の前に伸びたオーバーハングの庇はプレスした金属パネルが張られていますが、これは1930年代のものが残されているということでした。

    建物の前に伸びたオーバーハングの庇はプレスした金属パネルが張られていますが、これは1930年代のものが残されているということでした。

  • 自分たちで歩いていると建物のファサードばかりに目が行ってしまいがちですが、他にも見どころがあるのだと知りました。

    自分たちで歩いていると建物のファサードばかりに目が行ってしまいがちですが、他にも見どころがあるのだと知りました。

  • カラフルなタイルもその当時のオリジナルです。建具の上部の欄間もそれぞれの店舗で違ったデザインのものが嵌め込まれています。庇が長い分部屋の中が暗くなるので全面をガラス張りにしたのだと思います。

    カラフルなタイルもその当時のオリジナルです。建具の上部の欄間もそれぞれの店舗で違ったデザインのものが嵌め込まれています。庇が長い分部屋の中が暗くなるので全面をガラス張りにしたのだと思います。

  • 虹色に輝く釉薬がとても美しいタイルです。

    虹色に輝く釉薬がとても美しいタイルです。

  • 「ブラウン&ベイツ(Brown&Bates)」<br /><br />

    「ブラウン&ベイツ(Brown&Bates)」

  • 「デイリー・テレグラム(The Daily Telegraph)」<br />デイリー・テレグラフ紙は1871年2月に創刊されました。1886年の火事で最初のデイリー・テレグラフの建物と他の25の建物が完全に破壊されましたが、火災から1週間も経たないうちに、元の建物から道路を挟んだ向かいに新しい敷地を建設する作業が始まりました。再建された建物もホークスベイ地域を襲った大地震により完全に破壊されました。<br /><br />

    「デイリー・テレグラム(The Daily Telegraph)」
    デイリー・テレグラフ紙は1871年2月に創刊されました。1886年の火事で最初のデイリー・テレグラフの建物と他の25の建物が完全に破壊されましたが、火災から1週間も経たないうちに、元の建物から道路を挟んだ向かいに新しい敷地を建設する作業が始まりました。再建された建物もホークスベイ地域を襲った大地震により完全に破壊されました。

  • 土曜日なので商店以外の建物は内部を見ることが出来ないのが残念です。

    土曜日なので商店以外の建物は内部を見ることが出来ないのが残念です。

  • イヤフォンガイドでガイドさんの説明を聞きながらもカメラのシャッターを押す手が止まりません。

    イヤフォンガイドでガイドさんの説明を聞きながらもカメラのシャッターを押す手が止まりません。

  • 1964製造の「Chevrolet Impala SS」はメタリックブルーのピカピカの状態で停車しています。60年間大事に乗り継がれてきたのでしょう。

    1964製造の「Chevrolet Impala SS」はメタリックブルーのピカピカの状態で停車しています。60年間大事に乗り継がれてきたのでしょう。

  • 「セントポール・ホール(St Paul&#39;s Hall/Asher Hall)」の建物もシンプルなアール・デコを思わせる左右対称のデザインです。

    「セントポール・ホール(St Paul's Hall/Asher Hall)」の建物もシンプルなアール・デコを思わせる左右対称のデザインです。

  • 「パブリックトラストビル(Public Trust Building)」<br />1922年にオープンしたギリシャの神殿建築を説得力のある呼び起こしである古典的なドーリア式のデザインは、当時この種の大きくて印象的な建造物が比較的少なかった通りで、建物にランドマーク的な存在感を与えました。

    「パブリックトラストビル(Public Trust Building)」
    1922年にオープンしたギリシャの神殿建築を説得力のある呼び起こしである古典的なドーリア式のデザインは、当時この種の大きくて印象的な建造物が比較的少なかった通りで、建物にランドマーク的な存在感を与えました。

  • 「ヒルデブラント(Hildebrandt’s)」は「Sangam Indian Restaurant」というインド料理の店になっています。改めてインドもイギリス領だったのだと思います。

    「ヒルデブラント(Hildebrandt’s)」は「Sangam Indian Restaurant」というインド料理の店になっています。改めてインドもイギリス領だったのだと思います。

  • この建物も1932年にJ・A・ルイス・ヘイによって設計され、翌年にはドイツ生まれのマッサージ師でカイロポディストのヴィルヘルム・フーゴ・ヒルデブラントのために建設されました。

    この建物も1932年にJ・A・ルイス・ヘイによって設計され、翌年にはドイツ生まれのマッサージ師でカイロポディストのヴィルヘルム・フーゴ・ヒルデブラントのために建設されました。

  • 町中には1931年の地震とその後の再興を示す案内板が置かれています。ここでは火災で燃え尽きた自身の車の残骸の上でハンドルを持つ人の姿がありました。

    町中には1931年の地震とその後の再興を示す案内板が置かれています。ここでは火災で燃え尽きた自身の車の残骸の上でハンドルを持つ人の姿がありました。

  • オリジナルの庇と美しいファサードの遺された洋服店がありました。ガラス面に何も張られていないと100年の時代を感じさせません。

    オリジナルの庇と美しいファサードの遺された洋服店がありました。ガラス面に何も張られていないと100年の時代を感じさせません。

  • 現代のディスプレイやセールの告知が張ってあったりすると建物の魅力が半減してしまうと思いますが、そのバランスは難しいと感じます。

    現代のディスプレイやセールの告知が張ってあったりすると建物の魅力が半減してしまうと思いますが、そのバランスは難しいと感じます。

  • 「A Wave in Time」<br />この像は地震後の再建時代の著名な建築家の1人であるアーネスト・ウィリアムズの娘であるシーラ・ウィリアムズをモデルにしています。像ではグレイハウンドを連れていますが、シーラは犬ではなく馬を飼っていました。優雅な犬を連れた元気いっぱいの女性のイメージはアール・デコの時代に人気のあるテーマでした。

    「A Wave in Time」
    この像は地震後の再建時代の著名な建築家の1人であるアーネスト・ウィリアムズの娘であるシーラ・ウィリアムズをモデルにしています。像ではグレイハウンドを連れていますが、シーラは犬ではなく馬を飼っていました。優雅な犬を連れた元気いっぱいの女性のイメージはアール・デコの時代に人気のあるテーマでした。

  • シーラは1933年の地震からの町の復興を祝う「ニューネイピアカーニバル」のカーニバルクイーンでもありました。

    シーラは1933年の地震からの町の復興を祝う「ニューネイピアカーニバル」のカーニバルクイーンでもありました。

  • カンカン帽を被って説明しているガイドさんの後ろ姿とシーらの姿が重なって見えました。

    カンカン帽を被って説明しているガイドさんの後ろ姿とシーらの姿が重なって見えました。

  • このブロンズ像はベランダの支柱に登り、シーラに手を振っている少年を表しています。この2番目の彫刻は2014年10月に設置されました。

    このブロンズ像はベランダの支柱に登り、シーラに手を振っている少年を表しています。この2番目の彫刻は2014年10月に設置されました。

  • この町の風景を見ていたら1980年代のアメリカのテレビドラマの「マイアミ・バイス(Miami Vice)」を思い出しました。ドン・ジョンソンとフィリップ・マイケル・トーマスがヴェルサーチやアルマーニのスーツを着てフェラーリ・テスタロッサに乗っているというその時代の最先端を行くカッコよさでした。

    この町の風景を見ていたら1980年代のアメリカのテレビドラマの「マイアミ・バイス(Miami Vice)」を思い出しました。ドン・ジョンソンとフィリップ・マイケル・トーマスがヴェルサーチやアルマーニのスーツを着てフェラーリ・テスタロッサに乗っているというその時代の最先端を行くカッコよさでした。

  • 1936製の「AC 16/70 DROPHEAD COUPE SPECIAL - &quot;BERTIE&quot;」がエンジン音を響かせて走り去っていきました。

    1936製の「AC 16/70 DROPHEAD COUPE SPECIAL - "BERTIE"」がエンジン音を響かせて走り去っていきました。

  • 「膨満ビル(Bowman Building)」の1階は黒いタイルと同じデザインのウインドウが状態良く残されています。

    「膨満ビル(Bowman Building)」の1階は黒いタイルと同じデザインのウインドウが状態良く残されています。

  • 庇から奥まったところに出入り口を設け、両側に大きなウインドウを作ったデザインが何故か懐かしく感じました。学生時代に店舗設計の課題で同じようなことを考えたことを思い出しました。

    庇から奥まったところに出入り口を設け、両側に大きなウインドウを作ったデザインが何故か懐かしく感じました。学生時代に店舗設計の課題で同じようなことを考えたことを思い出しました。

  • ニュージーランドのネーピアにあるASB銀行ビルは1933年に設計され、クラシックなアールデコ様式の建物にマオリのモチーフが取り入れられています。

    ニュージーランドのネーピアにあるASB銀行ビルは1933年に設計され、クラシックなアールデコ様式の建物にマオリのモチーフが取り入れられています。

  • ASBビルは以前は「ニュージーランド銀行」が所有していた平屋建ての建物で、鉄筋コンクリート、レンガとコロマンデル産の天然石花崗岩で建てられました。

    ASBビルは以前は「ニュージーランド銀行」が所有していた平屋建ての建物で、鉄筋コンクリート、レンガとコロマンデル産の天然石花崗岩で建てられました。

  • 建物は外観に沿ってマオリのフリーズで独特の装飾が施されています。

    建物は外観に沿ってマオリのフリーズで独特の装飾が施されています。

  • ネオクラシックの様式美にマオリのカラーリングとデザインが上手く差し込まれています。

    ネオクラシックの様式美にマオリのカラーリングとデザインが上手く差し込まれています。

  • もちろんアール・デコのデザインも取り入れられています。

    もちろんアール・デコのデザインも取り入れられています。

  • 土曜日なので内部に入ることが出来ないのが残念です。トップライトから明かりが差し込んでいるので、休みの日でも行内は明るさに満ちています。

    土曜日なので内部に入ることが出来ないのが残念です。トップライトから明かりが差し込んでいるので、休みの日でも行内は明るさに満ちています。

  • ガイドさんが教えてくれたのがこの横断歩道に設けられたピクトです。ネイピアでもここに1カ所にあるだけです。犬を連れた女性は先ほど像を見てきたシーラ・ウィリアムズがモデルだと分かります。

    ガイドさんが教えてくれたのがこの横断歩道に設けられたピクトです。ネイピアでもここに1カ所にあるだけです。犬を連れた女性は先ほど像を見てきたシーラ・ウィリアムズがモデルだと分かります。

  • 南砺も可愛らしいピクトでした。

    南砺も可愛らしいピクトでした。

  • アール・デコのデザインのウインドウですが、並べられている家具は英国調のクラシックなものでした。

    アール・デコのデザインのウインドウですが、並べられている家具は英国調のクラシックなものでした。

  • アール・デコ・センターに戻るとピカピカの「パッカード ワン・トゥエンティ(Packard 120)」が停車していました。ここでツアーは終わり解散になります。ほとんどの方はバスで港まで戻りましたが、我々はもう少し街歩きを続けることにします。

    アール・デコ・センターに戻るとピカピカの「パッカード ワン・トゥエンティ(Packard 120)」が停車していました。ここでツアーは終わり解散になります。ほとんどの方はバスで港まで戻りましたが、我々はもう少し街歩きを続けることにします。

  • 「アール・デコ・センター」の前にある「アールデコ メイソニックホテル(Art Deco Masonic Hotel)」に行ってみることにします。

    「アール・デコ・センター」の前にある「アールデコ メイソニックホテル(Art Deco Masonic Hotel)」に行ってみることにします。

  • ファサードはアール・デコというよりはアメリカのアート・デコといった雰囲気を感じます。

    ファサードはアール・デコというよりはアメリカのアート・デコといった雰囲気を感じます。

  • キャノピーから階段を昇ったファサードの辺りはアール・ヌーヴォーの影響が残っているように思います。

    キャノピーから階段を昇ったファサードの辺りはアール・ヌーヴォーの影響が残っているように思います。

  • 扉の内側のロビーは床のデザインが目に留まりますが、壁面などの装飾はほとんどありません。

    扉の内側のロビーは床のデザインが目に留まりますが、壁面などの装飾はほとんどありません。

    アール デコ マソニック ホテル ホテル

  • 調度品や乱費スタンド、扉などには1920年代から30年代を感じさせます。実際の1930年代にはアール・デコのピークを過ぎているので、調度品などはその後に設えたものなのかもしれません。

    調度品や乱費スタンド、扉などには1920年代から30年代を感じさせます。実際の1930年代にはアール・デコのピークを過ぎているので、調度品などはその後に設えたものなのかもしれません。

  • 30年くらい前のミッソーニのジグザクシリーズを思い出すようなデザインの階段の絨毯です。

    30年くらい前のミッソーニのジグザクシリーズを思い出すようなデザインの階段の絨毯です。

  • 奥にあるサロンはまだお客が集まる時間ではないようで人の気配はありません。

    奥にあるサロンはまだお客が集まる時間ではないようで人の気配はありません。

  • フロント周りにも人の姿はなく、スタンリー・キューブリックの映画「シャイニング」の舞台になる「オーバールック・ホテル」を思い出します。

    フロント周りにも人の姿はなく、スタンリー・キューブリックの映画「シャイニング」の舞台になる「オーバールック・ホテル」を思い出します。

  • ロビーの脇の奥に人の気配を感じたので進んでみるとアイリッシュパブの「ザ・ローズ(The Rose)」がありました。

    ロビーの脇の奥に人の気配を感じたので進んでみるとアイリッシュパブの「ザ・ローズ(The Rose)」がありました。

  • カウンターにいた男性に「素晴らしいデザインですね。」というと誇らしげに微笑みかけてくれました。

    カウンターにいた男性に「素晴らしいデザインですね。」というと誇らしげに微笑みかけてくれました。

  • 「Dieu et mon droit」はイギリスの紋章の盾の下のイギリス君主のモットー(標語)です。日本語では「神と我が権利」と訳されます。王は神の恩寵を給わるイングランド君主であるということを意味し、君主が神の与えた支配権を持っていることを暗示するために使用されています。

    「Dieu et mon droit」はイギリスの紋章の盾の下のイギリス君主のモットー(標語)です。日本語では「神と我が権利」と訳されます。王は神の恩寵を給わるイングランド君主であるということを意味し、君主が神の与えた支配権を持っていることを暗示するために使用されています。

  • バーのエントランスから表に出て街の散策を続けます。

    バーのエントランスから表に出て街の散策を続けます。

  • 通りを行ったり来たりしながら建物の写真を撮り続けますが、どこも車が停められているのが残念でした。

    通りを行ったり来たりしながら建物の写真を撮り続けますが、どこも車が停められているのが残念でした。

  • 折角ならクラシックな車が停まっていて欲しかったです。

    折角ならクラシックな車が停まっていて欲しかったです。

  • 基本的にはどの建物も入り口が中央にあり、左右にそれぞれ1つか2つの窓を持ったレイアウトになっていることに気が付きます。

    基本的にはどの建物も入り口が中央にあり、左右にそれぞれ1つか2つの窓を持ったレイアウトになっていることに気が付きます。

  • そして2色あるいは3色で塗り分けられています。基本的には艶消しのくすんだ色が好まれるようです。

    そして2色あるいは3色で塗り分けられています。基本的には艶消しのくすんだ色が好まれるようです。

  • 「旧HBビルおよび投資協会ビル(H.B.Permanent Building & Investment Sooy.)」の建物はせっかくのデザインが旅行会社とタトゥーショップの看板で台無しです。

    「旧HBビルおよび投資協会ビル(H.B.Permanent Building & Investment Sooy.)」の建物はせっかくのデザインが旅行会社とタトゥーショップの看板で台無しです。

  • 「ヒルデブラント(Hildebrandt’s)」まで戻ってきました。この後はアンティークショップにも立ち寄りましたが、ノルウェーのアール・ヌーヴォーの町「オーレスン」で出会えたようなアンティークジュエリーはありませんでした。<br />オーレスン:https://4travel.jp/travelogue/11926388

    「ヒルデブラント(Hildebrandt’s)」まで戻ってきました。この後はアンティークショップにも立ち寄りましたが、ノルウェーのアール・ヌーヴォーの町「オーレスン」で出会えたようなアンティークジュエリーはありませんでした。
    オーレスン:https://4travel.jp/travelogue/11926388

  • アンティークショップで妻と別れて1人で散策を続けることにします。妻は1人でシャトルバスに乗って港に戻りました。

    アンティークショップで妻と別れて1人で散策を続けることにします。妻は1人でシャトルバスに乗って港に戻りました。

  • 「ティッフェン・パーク(Tiffen Park)」の入り口は淡いピンク色に塗られたアール・デコスタイルの柱が立っています。

    「ティッフェン・パーク(Tiffen Park)」の入り口は淡いピンク色に塗られたアール・デコスタイルの柱が立っています。

  • 公園のエントランスの横には「ネーピア市立劇場(Napier Municipal Theatre)」の建物が見えます。

    公園のエントランスの横には「ネーピア市立劇場(Napier Municipal Theatre)」の建物が見えます。

  • ネイピア市立劇場の歴史は1912年初頭にさかのぼり、オーストラリアの建築家ウィリアム・ピットによってイタリア・ルネッサンス様式の建物が設計されました。

    ネイピア市立劇場の歴史は1912年初頭にさかのぼり、オーストラリアの建築家ウィリアム・ピットによってイタリア・ルネッサンス様式の建物が設計されました。

  • 残念ながら多くの人に愛された劇場は1931年の地震で廃墟となってしまいます。町は数年の間、より緊急性の高い建設の再建が優先されました。

    残念ながら多くの人に愛された劇場は1931年の地震で廃墟となってしまいます。町は数年の間、より緊急性の高い建設の再建が優先されました。

  • 1935年になって適切な公演会場がないことへの不満が頂点に達し、新しい劇場の計画が進み、1154席の劇場が再建されて1938年6月に竣工されました。その後の50年間でいくつかの改善が行われましたが1987年に開発委員会が設立されるまで大きなことは何も行われませんでした。

    1935年になって適切な公演会場がないことへの不満が頂点に達し、新しい劇場の計画が進み、1154席の劇場が再建されて1938年6月に竣工されました。その後の50年間でいくつかの改善が行われましたが1987年に開発委員会が設立されるまで大きなことは何も行われませんでした。

  • 劇場の再開発は1992年に始まり、その後5年間で完了しました。元のアール・デコ建築の完全性を維持することに主眼を置いて、地元の建築家ガイ・K・ナトゥッシュはデザイナーのチームを率いて、近代的な劇場施設を再建しました。

    劇場の再開発は1992年に始まり、その後5年間で完了しました。元のアール・デコ建築の完全性を維持することに主眼を置いて、地元の建築家ガイ・K・ナトゥッシュはデザイナーのチームを率いて、近代的な劇場施設を再建しました。

  • この後「A Wave in Time」のブロンズ像の近くのショップに戻りこのフード付きのパーカーを買い求めました。お店の女性はこのカタカナが気になっていたらしく「これって英文と同じ意味なの?」と興味津々でした。

    この後「A Wave in Time」のブロンズ像の近くのショップに戻りこのフード付きのパーカーを買い求めました。お店の女性はこのカタカナが気になっていたらしく「これって英文と同じ意味なの?」と興味津々でした。

  • シャトルバスで港まで戻ると乗船口の辺りは賑やかなことになっていました。町中を我が物顔で走っていたクラシックカーが一同勢ぞろいです。こちらは「モリス・カウリー・フラットノーズ」の2シーターツアラーです。

    シャトルバスで港まで戻ると乗船口の辺りは賑やかなことになっていました。町中を我が物顔で走っていたクラシックカーが一同勢ぞろいです。こちらは「モリス・カウリー・フラットノーズ」の2シーターツアラーです。

  • 「ビュイック・スペシャル・シリーズ(Buick Special Series 40 Model 44)」

    「ビュイック・スペシャル・シリーズ(Buick Special Series 40 Model 44)」

  • 1937年製の「ダッジD5(Dadge D5)」は6気筒3749㏄など詳しいキャプションも添えられています。

    1937年製の「ダッジD5(Dadge D5)」は6気筒3749㏄など詳しいキャプションも添えられています。

  • この黄色い車両はシェル石油の黄色いタンクを積んだタンクローリーです。ガソリンを積んでいたらこんな港には入ってこれないですね。

    この黄色い車両はシェル石油の黄色いタンクを積んだタンクローリーです。ガソリンを積んでいたらこんな港には入ってこれないですね。

  • 1922年製の「エセックス 4(Essex Four)」です。1918年から1922年まではエセックス・モーター・カンパニーが生産し、1922年から1932年まではハドソン・モーター・カー・カンパニーが生産していました。エセックス車は平均的な家庭が容易に購入できる価格となるよう企画・開発されましたが、耐久性があったことからUSPS(アメリカ合衆国郵便公社)でも使われました。

    1922年製の「エセックス 4(Essex Four)」です。1918年から1922年まではエセックス・モーター・カンパニーが生産し、1922年から1932年まではハドソン・モーター・カー・カンパニーが生産していました。エセックス車は平均的な家庭が容易に購入できる価格となるよう企画・開発されましたが、耐久性があったことからUSPS(アメリカ合衆国郵便公社)でも使われました。

  • フォードのピックアップトラックの前ではオーナーのご夫婦が1920年代の衣装で立っています。

    フォードのピックアップトラックの前ではオーナーのご夫婦が1920年代の衣装で立っています。

  • 1933年製の「オースチン10ブルーボール(Austin 10 Blueball)」は1930年代にオースティンで最も売れた車で、1947年までアップグレードされて生産が続けられました。オープンカーなのでAvirexのB-3風のフライトジャケットを着ているのがオーナーでしょうね。昔サドルシートのVespaにB-6のフライトジャケットを着て乗っていたことが懐かしく思い出されます。

    1933年製の「オースチン10ブルーボール(Austin 10 Blueball)」は1930年代にオースティンで最も売れた車で、1947年までアップグレードされて生産が続けられました。オープンカーなのでAvirexのB-3風のフライトジャケットを着ているのがオーナーでしょうね。昔サドルシートのVespaにB-6のフライトジャケットを着て乗っていたことが懐かしく思い出されます。

  • 「ダッジ WC-52」は第2次世界大戦時にアメリカ合衆国で開発と運用された、小型・中型の軍用車両シリーズの総称で、WCはこの車両シリーズを開発したダッジ社内の開発コードで、Wは1941年を表し、Cは0.5トン単位の規格である事を表しています。

    「ダッジ WC-52」は第2次世界大戦時にアメリカ合衆国で開発と運用された、小型・中型の軍用車両シリーズの総称で、WCはこの車両シリーズを開発したダッジ社内の開発コードで、Wは1941年を表し、Cは0.5トン単位の規格である事を表しています。

  • 背後では「Twin City Stompers」のジャズの演奏が場を賑やかしています。バンドの名前はホークスベイ、ネイピア、ヘイスティングスのツインシティから取って、このディキシースタイルの音楽を演奏しています。60年代初頭から70年代までさまざまなグループで演奏してきた経験豊富なミュージシャンばかりのようです。

    背後では「Twin City Stompers」のジャズの演奏が場を賑やかしています。バンドの名前はホークスベイ、ネイピア、ヘイスティングスのツインシティから取って、このディキシースタイルの音楽を演奏しています。60年代初頭から70年代までさまざまなグループで演奏してきた経験豊富なミュージシャンばかりのようです。

  • ネイピアには1913年から1931年に地震で破壊されるまでトロッコ電車が走っていたようです。トロッコ電車とは路面電車のことで、町からシェイクスピエアロードを通ってアフリリ港までを運行していました。現在はこんなミニトレインが道路を走っています。

    ネイピアには1913年から1931年に地震で破壊されるまでトロッコ電車が走っていたようです。トロッコ電車とは路面電車のことで、町からシェイクスピエアロードを通ってアフリリ港までを運行していました。現在はこんなミニトレインが道路を走っています。

  • フード付きのパーカーは妻とお揃いで買ってきました。さらにいつも旅先からお土産を買ってきてくださる添乗員の友人にも妻とお揃いのものを買いました。

    フード付きのパーカーは妻とお揃いで買ってきました。さらにいつも旅先からお土産を買ってきてくださる添乗員の友人にも妻とお揃いのものを買いました。

  • ちょっと着てみました。Hallensteinsというブランドのレジャー・クラブというシリーズのようです。ヘビーウェイトのコットンブレンドで作られたなかなかの品質です。ちょうどセールで3000円ちょっとの値段でした。

    ちょっと着てみました。Hallensteinsというブランドのレジャー・クラブというシリーズのようです。ヘビーウェイトのコットンブレンドで作られたなかなかの品質です。ちょうどセールで3000円ちょっとの値段でした。

  • 出港まで時間があるのでビュッフェレストランから軽食を持って来て、差し入れしていただいたビールと一緒にいただきます。

    出港まで時間があるのでビュッフェレストランから軽食を持って来て、差し入れしていただいたビールと一緒にいただきます。

  • 後ろからだと若く見えるかもしれません。

    後ろからだと若く見えるかもしれません。

  • ギネスを初めて飲んだのは35年くらい前のロンドンの旅でした。視察ツアーでもあったのですが、夜中にホテルを抜け出して、ソーホーにあった「WAG CLUB」というクラブに行ったことを思い出します。1981年にオープンして20年ほど営業した伝説のクラブでした。「Whisky a Go GO」懐かしい。

    ギネスを初めて飲んだのは35年くらい前のロンドンの旅でした。視察ツアーでもあったのですが、夜中にホテルを抜け出して、ソーホーにあった「WAG CLUB」というクラブに行ったことを思い出します。1981年にオープンして20年ほど営業した伝説のクラブでした。「Whisky a Go GO」懐かしい。

  • 午後6時にネイピアの港を出港しました。あまり待ちのことを知らずに来てしまいましたが素晴らしい町でした。

    午後6時にネイピアの港を出港しました。あまり待ちのことを知らずに来てしまいましたが素晴らしい町でした。

  • ダイヤモンド・プリンセスは離岸した後に方向転換を始めます。

    ダイヤモンド・プリンセスは離岸した後に方向転換を始めます。

  • 旋回するにつれて港に面した「ブラフ・ヒル・ルックアウト(Bluff Hill Lookout)」の丘が見えてきました。

    旋回するにつれて港に面した「ブラフ・ヒル・ルックアウト(Bluff Hill Lookout)」の丘が見えてきました。

    ブラフ ヒル 自然・景勝地

  • 丘の上にはダイヤモンド・プリンセスの出港シーンを見に来た人の姿がありました。

    丘の上にはダイヤモンド・プリンセスの出港シーンを見に来た人の姿がありました。

  • ネイピアのタグボートは真っ赤な美しい船体です。

    ネイピアのタグボートは真っ赤な美しい船体です。

  • 港を出た船は進路を南に取り、ウエリントンを目指します。

    港を出た船は進路を南に取り、ウエリントンを目指します。

  • 港を出たところでタグボートが旋回を始めました。タグボートは強力なエンジンと特殊な推進器を持ち、この推進器を使って360°旋回することが出来ます。

    港を出たところでタグボートが旋回を始めました。タグボートは強力なエンジンと特殊な推進器を持ち、この推進器を使って360°旋回することが出来ます。

  • 進行方向にはまた美しい風景が広がっています。

    進行方向にはまた美しい風景が広がっています。

  • タグボートが水先案内人を迎えにやってきました。

    タグボートが水先案内人を迎えにやってきました。

  • 夏祭りを見るために乗ったダイヤモンド・プリンセスでは青森港に入港する前に下北半島の仏が浦を通過しましたが、ネイピアの海岸線はもっと迫力がありました。

    夏祭りを見るために乗ったダイヤモンド・プリンセスでは青森港に入港する前に下北半島の仏が浦を通過しましたが、ネイピアの海岸線はもっと迫力がありました。

  • 1時間ほど風景を眺めて夕食に行く準備を始めます。この日は「パシフィックムーン」を予約しています。

    1時間ほど風景を眺めて夕食に行く準備を始めます。この日は「パシフィックムーン」を予約しています。

  • この日は「ガスパチョ」からスタートします。

    この日は「ガスパチョ」からスタートします。

  • 妻は「ロースト・ガーリック・クリーム・スープ」です。

    妻は「ロースト・ガーリック・クリーム・スープ」です。

  • 「ワイルドマッシュルームパフ」はパイ生地の上にソテーしたキノコが乗り、ババ・ガヌーシュが添えられています。

    「ワイルドマッシュルームパフ」はパイ生地の上にソテーしたキノコが乗り、ババ・ガヌーシュが添えられています。

  • 「仔牛肉のタタキ」は美味しかったです。黒ニンニクとわさびが効いています。

    「仔牛肉のタタキ」は美味しかったです。黒ニンニクとわさびが効いています。

  • 「豚バラ肉とガーリックマッシュポテト」は皮目がパリパリで、赤ワインのグレービーソースが濃厚で美味しいです。

    「豚バラ肉とガーリックマッシュポテト」は皮目がパリパリで、赤ワインのグレービーソースが濃厚で美味しいです。

  • 妻のメインは「ギネストラムのシチュー」です。ポテトパン団子が2個乗っています。

    妻のメインは「ギネストラムのシチュー」です。ポテトパン団子が2個乗っています。

  • デザートは「クリーム・ブリュレ」一択です。

    デザートは「クリーム・ブリュレ」一択です。

  • この日のシアターショーはリアム・クーパーによる「KINGS of the KEYS」でした。この人は船上だけではなく、15人のアーティストの40曲を演奏するステージを行っているようで、その一部が上演されます。<br />https://www.youtube.com/watch?v=KmkAY9LEYLM&amp;t=8s

    この日のシアターショーはリアム・クーパーによる「KINGS of the KEYS」でした。この人は船上だけではなく、15人のアーティストの40曲を演奏するステージを行っているようで、その一部が上演されます。
    https://www.youtube.com/watch?v=KmkAY9LEYLM&t=8s

  • ニューヨークの朝焼けを背景にビリー・ジョエルの「New York State of Mind」を聴いていたら涙が出そうになります。1975年に発売されたこの曲を聴いたのは5年後ぐらいですが感動した記憶があります。

    ニューヨークの朝焼けを背景にビリー・ジョエルの「New York State of Mind」を聴いていたら涙が出そうになります。1975年に発売されたこの曲を聴いたのは5年後ぐらいですが感動した記憶があります。

  • メルボルンに向かうキャセイ・パシフィックの機内でちょうどビリー・ジョエルのマジソン・スクエア・ガーデンの100回目のライブを観てきたばかりなので余計に感慨深かったです。

    メルボルンに向かうキャセイ・パシフィックの機内でちょうどビリー・ジョエルのマジソン・スクエア・ガーデンの100回目のライブを観てきたばかりなので余計に感慨深かったです。

  • 「Scenes from an Italian Restaurant」も最高に良かったです。そこからメドレーが始まります。

    「Scenes from an Italian Restaurant」も最高に良かったです。そこからメドレーが始まります。

  • 続いてエルトン・ジョンの曲に移ります。エルトン・ジョンを初めて聴いたのは中学生の時で、ケン・ラッセルが監督を務めた映画「トミー(Tommy)」の中で流れた「ピンボールの魔術師(Pinball Wizard)」でした。

    続いてエルトン・ジョンの曲に移ります。エルトン・ジョンを初めて聴いたのは中学生の時で、ケン・ラッセルが監督を務めた映画「トミー(Tommy)」の中で流れた「ピンボールの魔術師(Pinball Wizard)」でした。

  • そしてケビン・コスナーの初主演映画「ファンダンゴ(Fandango)」のオープニング・タイトル 「Saturday Night&#39;s Alright (For Fighting)」も衝撃的でした。1930年代のネイピアを感じた後は自分の人生の中の1970年から80年代を思い出す1日になりました。

    そしてケビン・コスナーの初主演映画「ファンダンゴ(Fandango)」のオープニング・タイトル 「Saturday Night's Alright (For Fighting)」も衝撃的でした。1930年代のネイピアを感じた後は自分の人生の中の1970年から80年代を思い出す1日になりました。

14いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったホテル

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

ニュージーランドで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ニュージーランド最安 418円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

ニュージーランドの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP