2024/06/27 - 2024/06/27
2352位(同エリア4353件中)
kojikojiさん
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京都4日目はタクシーで「二条城」に向かいました。外祖父の生家の「二条陣屋」からすぐの所にありますが、中学の修学旅行で来て以来50年振りの再訪となりました。妻も「私も中学の修学旅行以来かな。」と言っていますが、その頃は小学生だったので時代が違います。インバウンドの観光客が多いであろう所は避けていましたが、さすがにここは欧米人を含めツアーバスが何十台も来ているところなので混雑していました。御殿の中は50年振りであっても記憶に残っていたのが自分でも驚きでした。それと共に祖母と一緒にテレビで二条城を紹介している番組を見ているときに「戦争中は御殿の庭先が全部畑になっていて…。」とか「子供の頃に二条城が売りに出ていて、それを買わないかという話が合って…。」なんて話していたことも思い出します。その時は「ふ~ん。」なんて聞き流していましたが、もっと詳しく聞いておけばよかったと思います。御殿お腹をぞろぞろ歩きますが、ここは写真が撮れないのが残念です。でもこれで写真を撮ったら列が進まずに大変なことになるとも思えます。ツアーの人たちは絢爛豪華な御殿の見学だけで次の観光地に行ってしまうので、庭園がガラガラだったのは良かったです。タクシーの運転手さんに連れられて説明を聞いている中学生の姿が微笑ましいです。「この廊下は鴬張りと言って…。」なんて説明を聞きながら床下を覗いて感心しています。途中からは学生だけで庭園を見学して、出口で持ち合わせるようです。「清流園」まで歩いて来ると「和楽庵」が「茶房前田」として営業していました。この日は朝からかなり暑かったので妻が「かき氷が食べたい!」と駄々をこねだしたので入ることにします。二条城の拝観料が1,300円なのにかき氷は1,400円もします。座敷に座って待っていると先の中学生が4人入ってきました。中学生でも自分でお金出してるのに!と言いたいところですが、ここは黙っておきます。中学生たちは男の子と女の子で向かい合わせに座っているのが可愛らしいです。「二条城」からは歩いて「京都府庁 旧本館」に向かいました。ここへ来るのも今回初めてなので楽しみにしていました。ルネサンス様式の建物の外観は正面の一段高くなった屋根を中心に左右両翼に対称に張り出してとても美しいです。1904年の明治37年に竣工し、昭和46年まで京都府庁の本館として使用され、現在も執務室として使用されていました。創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のものだそうです。ここの2階にも前田珈琲の「1902」というカフェがあったので、妻にはここで待ってもらい、1人で会議場などを見学してきました。「京都府庁」からはすぐ近くの「丸太町十二段屋」でお茶漬けのランチです。ここは予約が出来ないのですが、運良く待たずに入ることが出来ました。この店も40年近く前に父に連れてきてもらった店の1つでした。朝ご飯はコンビニのサンドイッチで軽く済ませていたのでここでエネルギーチャージが出来ました。若い頃の記憶は料理と何となくの店の雰囲気だけでしたが、今回じっくり店内を拝見すると民藝調の内装の中に河井寛次郎や河井武一、上田恒次の作品が並んでいます。昨日行った「鍵善」も喫茶の席の後ろに数百万円するような河井寛次郎の作品が置かれていて驚きますが、京都の凄さを感じる店の1つだと思います。食後は妻の行きたがっていた寺町通をぶらぶら散策し、「一保堂茶舗 京都本店」と「村上開進堂」にも立ち寄ります。開進堂は先代の40年前から懇意にさせてもらっていましたが、現在はクッキーが1年半待ちと聞いて驚くばかりです。以前なら「3箱来週までに送ってください。」くらいな感じだったのですが…。時代は変わりました。「清課堂」も以前は手軽に買い物が出来ましたが、欲しい作品があったのですが手が出ませんでした。以前は見ることが出来なかったと思いますが、店の奥の茶室や展示室が素晴らしかったです。寺町をさらに下って、今回予約が出来なかった「三嶋亭 本店」にリベンジを誓います。これは3か月後に適いましたが、若い頃よく通った「寺町サンボア」が閉店して、ほとんど解体された姿に心が痛みました。ここで疲れ果ててしまい、タクシーで一度ホテルに戻ってお昼寝タイム。元気になったところで再びタクシーに乗って、今度は七条通の「わらじや」に観買います。夕食は「うぞうすい」です。驚いたのは我々以外は韓国の方と台湾の方がお客さんでした。店の方に尋ねると最近は8割くらいがインバウンドのお客さんだということでした。久し振りの「う鍋」と「う雑炊」を堪能しましたが、初めて来た妻にも好評でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- タクシー スカイマーク JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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4日目は「二条城」の観光からスタートです。「エスペリアホテル京都」からはタクシーで1,600円ほどの距離でした。ここも事前にネットでチケットは購入していました。
元離宮二条城 名所・史跡
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さすがにここは混雑していると思ったのですが、予想していたよりは空いている印象です。妻も私もここに来るのは中学校の修学旅行以来です。それから半世紀という時間が経っていると思うと恐ろしい気がしてきます。
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江戸時代の徳川将軍家の平城であり近代においては皇室の離宮の役割を担ったことから正式名称は「元離宮二条城」です。母の実家の「二条陣屋」からも近いので小さい頃はここに連れてこられて遊んでいました。
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「筋塀」に沿って進むと「唐門」が現れます。さすがにここまで来ると観光客の数も多く、ようやく京都に来たなという実感が湧きます。この3日間はほとんど観光客の来ない寺院や旧跡と料理屋さんにばかり行っていました。
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「筋塀(すじべい)」は日本建築における土塀の一種で、定規筋(じょうぎすじ)と呼ばれる白い水平線が引かれた築地塀を指します。元々は皇族が出家して住職を務めた門跡寺院の土塀の壁面に、その証として5本の定規筋を引いたのが始まりです。そこから定規筋の数が寺の格式を示すようになり、5本線が最高格式を表すものになります。
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「唐門」は二の丸御殿の正門である四脚門です。屋根は切妻造の檜皮葺で、その前後には唐破風が付きます。この門の内側は長寿を意味する「松竹梅に鶴」や、聖域を守護する空想の動物「唐獅子」など豪華絢爛な極彩色の彫刻で飾られています。
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修学旅行生の姿も多いので中学生だった50年前を思い出します。その当時の友人たちは今もLineで繋がっているので、写真を送って懐かしんでもらいます。その頃妻はすでに美大の女子大生です。
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「二の丸御殿」は6棟の建物からなり、江戸初期に完成したとされる住宅様式の書院造の代表例として日本建築史上重要な遺構です。江戸城、大坂城、名古屋城の御殿が失われた現在は国内の城郭に残る唯一の御殿群として国宝に指定されています。再建された名古屋城の「本丸御殿」にはコロナ禍の2021年に行ってみました。
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名古屋城の御殿は再建されたもので写真撮影は自由にできましたが、ここはとても混雑しているので写真撮影は出来ません。そうすると見学時間が短くなるので妻は大喜びです。以外に50年前に見学した時のことをよく覚えていました。
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「二条城」は外国人のツアーや修学旅行生の必須の立ち寄り先なので御殿の廊下は鴬が鳴く間もないほどの行列になっていました。これで写真を撮っていたら大変なことになるなと思いました。
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御殿の脇に置かれた「釣鐘」は京都所司代屋敷で火災等の緊急事態を知らせるために使われていました。京都所司代は主に調停や大名を取り締まっていた江戸幕府の出先機関です。京都所司代屋敷は二条城に隣接して3カ所あり、これらの屋敷で使われていたものが1867年の慶応3年に京都所司代が廃止された後に移されたようです。
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祖母の生家は現在の京都駅の近くの猿寺の近くにあった大きな屋敷だったそうで、子供の頃には西本願寺の娘さんのところに遊びに行く際は白い馬の馬車が迎えに来たほどだったと聞いたことがあります。その当時に「二条城」が売りに出ていたと聞いたことがあります。また太平洋戦争中は御殿の周りの庭は畑になっていたという話もよく覚えています。
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門をから「二の丸庭園」に入ります。真正面に大きな松が植えられていて、桂離宮の「衝立の松」を思い出します。
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先ほどは障子の中側の廊下を歩いた「二の丸御殿」の建物に沿って先へ進みます。
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修学旅行の中学生がタクシーの運転手さんから説明を聞いています。説明の内容は人が歩くと鳥の鳴き声のような音がなることから、「鶯(うぐいす)張り」と呼ばれる床の構造についてでした。床下から目かすがいと釘のこすれによって生じる音を聞いていたようです。
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大政奉還が表明された大広間 はこの辺りでしょうか。庭園は本来は建物の中から見るものなので障子を開けたらとも思いますが、そうするとまた廊下を歩くのが遅くなるのでしょうね。
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外国人のツアーの方々は御殿の中だけを見学して、そのまま駐車場に戻っていたので庭園の見学はしないようでした。
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「二の丸庭園」は御殿の大広間西側に面して設けられた滝を伴う池庭で、1626年の寛永3年の後水尾天皇による行幸のために改修されたものとみられます。この改修には小堀遠州ら作事奉行が携わりました。
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現代では何の変哲もない蘇鉄ですが、庭園に取り入れられたのは室町時代で、そのエキゾチックな姿が非常に珍重されました。応永の頃に山口の大内盛見が京都の屋敷に大きい池泉庭園を造り、この庭園に始めて蘇鉄が植えられたそうです。大内氏は貿易を盛んに行い、雪舟禅師なども大内氏の貿易に便乗して中国へ渡つたほどなので、蘇鉄が貿易船によつて渡来し大内氏の手に入ったと考えられます。
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この池の中島が「蓬莱島」で右に「鶴島」があります。神仙蓬莱思想を表した庭園で、蓬莱山には不老不死の妙薬があるとされ、鶴と亀は長寿のシンボルとされます。秦の始皇帝は「東方の三神山に長生不老の霊薬がある」と信じ、徐福は3,000人の童男童女と百工(多くの技術者)を従え、財宝と財産と五穀の種を持って東方に船出します。目指したのは日本だと言われる「徐福伝説」を初めて知ったのは諸星大二郎の漫画でした。
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内堀を渡って「本丸櫓門」から本丸に入ります。庭園を歩く人の姿は少なく、タクシーの運転手さんと別れた中学生が歩いているくらいです。この中では堀に落ちなければ安全ですから自由行動なのでしょう。
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「本丸庭園」は「本丸御殿」の一部を本丸に移築した直後に新設されたものです。当初は平安時代末の意匠を念頭に置いて築かれましたが、1895年の明治28年に明治天皇が御殿を訪れた際に出来たばかりの庭園の作り替えが命じられたようです。
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「内堀」越しの「本丸」も頑強な石垣で囲まれていますが、門を抜けた正面にも石垣が積み上げられて行く手を遮っています。妻は素手の右手から周り込んで先へ進んでいます。
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この時は修復工事が終わっていなかったので「本丸御殿」の見学は出来ませんでした。2024年の9月1日から公開されているので来るのが2カ月早かったようです。
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「桂宮御殿」は1790年の寛政2年以降に順次移築と整備された建物でで、本丸には「玄関」「御書院」「御常御殿」「台所」「雁の間」が移築されました。移築の際に「御常御殿」は90度向きを変えています。
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再び「二条城」を訪れるのが50年後では生きていないので、近いうちに再び見学に来ようと思いました。
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武骨な石垣で囲まれていますが、庭園は京都品の中心とは思えないほどの緑に覆われています。
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本丸御殿の南西隅には、かつて伏見城から移されたと伝わる五重の天守閣は地上5階で地下1階がありました。この天守閣は1750年の寛延3年の落雷により消失し、その後は再建されることはありませんでした。
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現在は天守台の石垣だけが残されていて、天守台からは「本丸御殿」と「本丸庭園」と京都の市街地を見渡すことができます。
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「本丸御殿」の先には比叡山が借景になっています。
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北側を眺めると「内堀」の反対側と「清流園」という庭園が見渡せます。
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足元には「内堀」の南側の石垣と堀が良く見えます。白い建物は「桃山門」です。
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6月下旬ですがモミジが紅葉してきれいでした。
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「本丸西虎口」と「内堀」に架かる「西橋」、その奥には「西北土蔵(米蔵)」が見えます。
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「本丸御殿」は二条離宮時代に京都御苑にある京都御所の北にあった旧桂宮邸の4棟を明治天皇の意向により移築したもので、徳川家の時代の「二条城」とは本来無関係の建物です。
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この「本丸御殿(旧宮邸」)は幕末には孝明天皇の仮皇居となっていたことや、皇女和宮親子内親王はこの御殿で暮し、ここから江戸へ嫁いでいる由緒ある御殿でもあります。
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「本丸西虎口」までやってきました。「虎口」とは城内への敵の侵入を防ぐために城の門に枡形(ますがた)を造って、人の流れを曲げるようにした出入口のことです。天守閣跡から小さく見えた「西橋」もこれだけの幅と長さがあります。
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現在の城内には3棟の土蔵がありますが、江戸時代には10棟存在しました。城に土蔵が残るのは「二条城」だけです。土蔵は穀物類を収納するのが目的ですが、武器をしまう蔵もあるのが城の特徴です。
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「北中仕切門」は「内堀」の南側にある「南中仕切門」と対になっています。規模もほぼ同じで1626年の寛永3年の頃の建築です。「本丸西櫓門」への通路を塞ぐ防御上も重要な門です。
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門をくぐった左手には「加茂七石」の石庭があります。「加茂七石」とは「八瀬真黒石」「鞍馬石」「畑石」「糸掛石」「紅加茂石」「紫貴船石」「畚下石(ふぐろいし)」を言い、これら七石が一堂に揃って見られる石庭です。
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「清流園」の入り口には「茶房前田」の暖簾が掛かっています。ここまでずっと歩いてきたので少し休憩することにします。烏丸にある創業1971年の前田珈琲の支店のようです。
茶房前田 グルメ・レストラン
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「清流園」は高瀬川や保津川を開削し、都の舟運の発展に尽力した豪商の角倉了以(すみのくらりょうい)の屋敷跡から建築資材や庭の石や樹木を譲り受けて造営した昭和の名庭です。
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1,400円のかき氷には一瞬躊躇しましたが2種類を注文しました。先ほど床下の鴬張りを見ていた中学生たちも後から入ってきました。彼らは何の躊躇もなくかき氷を注文しています。時代は変わったものです。
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男女2名づつ4人のグループでしたが、ちゃんと前後で分かれているのが可愛らしいです。こんなところは50年前も現在も変わらないですね。
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クールダウンした後は庭先を少し歩いてみます。州浜の丸石が「仙洞御所」庭を思い出させます。丸石1個につき米一升と交換したことから「一升石」と呼ばれていますが、角倉了以は1個にいくら払ったのでしょうか。
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「清流園」は書院の「香雲亭」と茶室の「和楽庵」が建つ西側は日本庭園で、東側は洋風の芝庭という和洋折衷の造りとなっています。
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「香雲亭」は旧角倉了以の屋敷から移築したもので、通常は内部は非公開のため南側から外観を眺めるのみとなります。角倉了以の屋敷は現在の日本銀行京都支店の河原町二条にありました。
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洋風の庭は芝生以外にも「台杉仕立て」の北山杉が植えられていました。「北山台杉」とも言い、まっすぐな丸太を作るためにのものです。
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ゆっくり見学してかき氷もいただいたので2時間かかりました。再び現実の世界の雑踏に紛れて観光を続けます。
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次に向かったのは「京都府庁旧本館」です。この辺りは全くの空白地帯で近くに来たことはありませんでした。今回は明治時代以降の近代建築を訪ねるというテーマの旅なのでここは外せません。
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「京都府庁旧本館」の周囲には新しい庁舎が建てられていますが、現在も庁舎として利用されているようです。
京都府庁旧本館 名所・史跡
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京都府の技師を務めた松室重光の設計により1904年の明治37年に竣工しています。昭和46年まで京都府庁の本館として使用され、現在も執務室として使用されており、創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のものです。
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ルネサンス様式にの建物の外観は、正面の一段高くなった屋根を中心に左右両翼に対称に張り出した形となっており、近世の西洋の大邸館を彷彿とさせます。庭園は昨日行ってきた「無鄰菴」と同じ7代目小川治兵衛の作庭で多層です。中欧の大きな木は近くの寺院にあった「柏槇(びゃくしん)」の木で樹齢は300年を超えているそうです。
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見学も写真撮影も自由にできるのが不思議な感じがします。もっとも見学している人の姿もありませんでした。正面の車寄せから建物の中に入ります。屋根は「マンサード」と呼ばれる形をした屋根が全部で3つ置かれ、中央の屋根には「ドーマー(採光用の窓)」を備え、「ペデュメント(破風)」には見事な装飾が施されています。
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入口のホールの正面には美しい階段室があります。階段を見て頭に浮かんだのはブダペストにあるレヒネル・エデンの設計した「地質学研究所」の建物でした。
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ハンガリーの「セゼツッィオ運動(分離派運動)」の代表的な建築で、1899年に竣工しています。この建物はその5年後に竣工しているので、地理的にも文化的にも離れた場所でありながら通じるものがあったのだなと感心します。
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「旧議場」は階段室から中庭を越えた北側に位置しています。庁舎の入り口も南に向いているのは御所の紫宸殿など京都の町の造りに倣ったのだと感じます。
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「天子南面す」という言葉は中国古来からの考え方を示したもので、君主は北を背に南に向かって君臨し、政務を司るというきまりがありました。長安をはじめとする古代中国の王城都市は都の北部中央に王が鎮座する宮城があり、南に向かって区画が広がる構造になっていました。
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平安京は中国の都にならって造営されたため、同様に北側中央に天皇が居住する内裏が設けられ、内裏から南に向かって都を見渡した天皇の視点を基準に、朱雀大路より左手は左京、右手は右京と呼ばれるようになりました。
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議長席は南から北側に向かって置かれているいるのは何故なのだろうかという疑問が生じました。京都府議会の議長では南面するのは恐れ多いということなのでしょうか?議長席の後ろのにはアーチ型をしたアルコーブ(壁面の一部をくぼませた部分)があります。
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ここに付けられているカーテンも近年の修復により復元したものです。
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旧議場は1905年の明治38年から1969年の昭和44年まで実際に京都府議会が開催されてきた歴史ある場所で、明治当初のものが残っていた議長席の机や理事者席の机及び演台のほか、真っ白な漆喰壁や議員席等も当時の状況を再現して整備されています。
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2階の回廊は傍聴席で1階の議員席は段差を設けた5段になっていて、前から3段までは足元にスチーム暖房が入っていたそうです。
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議場全体の見学の後は細かいディティールに目が向いてしまいます。
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2階の傍聴席のカーテンも再現されたもので、川島織物で作られたものです。
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装飾の多くはアカンサスという植物の葉をデザインしたものが多いようです。アザミに似た形の葉は古代ギリシア以来、建築物や内装などの装飾のモチーフとされています。
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特にギリシア建築の円柱の一種であるコリント式オーダーはアカンサスを意匠化した柱頭を特色としています。ギリシアの国花でもあり、ビザンチンリーフとしても知られています。
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再びメインエントランス側の階段室に戻ってきました。ここはNHKのドラマ「坂の上の雲」などの撮影でも使われたそうです。2階に上がって「旧知事室」の見学に移ります。
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幾つかの扉の上にはこのようなペディメントと呼ばれる破風が付いています。格が高い部屋の扉にも蹴られているので、扉を見れば一目で重要な部屋かどうかが分かります。
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「旧知事室」であるこの部屋を使った知事は第10代目の大森鍾一から第34~40代目の蜷川虎三までの24人で67年間にわたり使用されました。東隣に文化庁の建物が建つまでこの部屋からは比叡山や大文字山(如意ヶ嶽)を眺めることができたようです。
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知事室の机も北に向かって置かれています。20代の頃に西武百貨店のグループ会社の1つに出向したことがありましたが、その会社では国会議事堂の議長席の家具なども作っていたことを思い出しました。高島屋などの百貨店にも同じような会社はあり、現在も名前を変えながら会社は残っています。
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旧知事室と旧食堂と旧応接室の3つの部屋は、それぞれ異なるデザインの暖炉が4つありました。旧知事室の暖炉は大理石にタイルを組み合わせ、上部に大きな鏡を取り付けた華やかなデザインになっています。
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旧知事室に備えられたこの飾り棚には「村井吉兵衛」と書かれた小さなプレートが付いていました。昨日行った円山公園にある「長楽館」を建てた人物です。村井吉兵衛は府庁建設のために現在の価値で1億円も寄付したそうです。この家具も寄付の1つで、東京築地にあった杉田屋のものです。杉田屋は明治期最大の高級家具製造業者で、宮家や富豪らの邸宅の家具を調達したことでも有名です。
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正面から外観を見上げた時に2階に見えたバルコニーの奥がこの部屋になります。大正天皇と昭和天皇の即位の礼の際にここで閣議が開かれるなど、時代を超えてさまざまな公式行事や式典が行われてきた京都府庁旧本館を象徴する部屋です。
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窓からは車寄せの上に当たるバルコニーが見えますが、ここは解放されていないので表に出ることは出来ません。
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深紅の絨毯の上に立って視線を上に移すと和風建築のなかでも格式の高い折上小組格天井が目に留まります。白い色になっているので軽やかな感じがします。
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かつて人事委員会の執務室として使われていた部屋は2023年夏に京都の老舗珈琲店の前田珈琲による喫茶室「salon de 1904」になっています。先ほど「二条城」の「清流園」でかき氷をいただいたのも前田珈琲の姉妹店でした。ここでも休憩を入れて、アイス・ラ・テをいただきました。
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司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んでNHKの番組も見て、浅田次郎の「マンチュリアン・リポート」を読んで中国の東北地方を旅したことを思い出します。
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そろそろお腹が空いてきたので予定していたお店に向かうことにします。そうと決まると足取りも軽くなってきます。ただ、予約の出来ない店なので少し心配もあります。
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やってきたのは「丸太町十二段家」です。妻とは花見小路店に入ったことがありますが、ここへ連れてきたのは初めてです。もう25年は前のことなので本人は忘れていると思います。
丸太町十二段家 グルメ・レストラン
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この店に初めて来たのは40年ほど前に父と一緒に「桂離宮」と「修学院離宮」の見学の最後に「仙洞御所」へ行った後でした。思い返しても父と2人で旅したのはこれが最後だったかもしれません。
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席の用意が出来るまで玄関で待っていましたが、並んでいる陶器などを見てびっくりです。キャプションも何もないのですが、ひと目で河井寛次郎かその一門の作品だと分かります。筒描の三色の「花扁壷」
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何気なく置かれてあるのは棟方志功の「善知鳥版画巻 夜訪の柵」の本物です。刳り貫きのこね鉢に入った石仏もいい味出しています。
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「鍵善」の店内には黒田辰秋の大飾棚もすごいですが、河井寛次郎の作品がごろごろ並んでいるのにも驚きました。それは喫茶室の壁面にも何気なく置かれてあります。この店にもそんな度量の大きさを感じます。
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席の用意が出来て座敷に座わると、隣にはこんな海鼠釉の花瓶が置かれてあります。
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「十二段屋」と言えば元祖お茶漬けです。一番お手頃なのは「すずしろ」という1,300円のものですが、1品付けた「水菜」という2,200円のセットにしました。
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加茂茄子と万願寺唐辛子の煮びたしが1品追加ですが、何とも言えない美味しさです。やっぱり京野菜は美味しいです。
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大正のはじめに祇園町に丹後家という名の小さい甘い物屋があり、丹後出身の主人が菓子職の経験を持ち、その技術を歌舞伎忠臣蔵に因み甘党十二段の名で提供したところお客から「十二段目まで全部食べ終えた者はただになる」という面白い噂も立ち、屋号もいつの間にか甘党の十二段が「十二段家」と変わってしまったそうです。場所も廓に近く朝帰りの酔客がお茶漬けで口直しをと望んだので提供したところ大変よろこばれて注文も日毎に増し、赤出しに季節のお漬物にご飯という簡単な献立がお茶漬けのはじまりです。
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笹の意匠の小鉢には「鯛の南蛮漬け」で、
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「リンゴとズッキーニの白和え」は紙風船を模した小皿に入っています。
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懐かしい「だし巻き卵」です。京都の出汁がたっぷり聞いた卵焼きはフワフワでとても美味しいです。
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午前中もたくさん歩いたのでビールで乾杯です。これだけツマミになるものがあると飲まずにはいられません。
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麦藁手の茶碗いお櫃からご飯をよそって、京番茶を掛けて昆布の佃煮とゴボウを乗せます。やっぱりお茶漬けは京番茶に限ります。年末年始にはこの上に焼いてたっぷり醤油を含ませたお餅を乗せていただきます。
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この店は予約が出来ないので心配でしたが、まだインバウンドの波はここまでやってきていないようです。それでも欧米人のお客が来ていたので時間の問題かもしれません。
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京都御苑の「堺町御門」を左手に見ながら丸太町通りを東に進みます。苑内の外周部にある門はこの「堺町御門」以外にも「下立売御門」「蛤御門」「中立売御門」「乾御門」「今出川御門」「石薬師御門」「清和院御門」「寺町御門」の全部で9門があります。いずれも日本の伝統な建築様式の1つである本瓦葺四脚門(高麗門)で、葵祭や時代祭の行列が市中に出立するのがこの「堺町御門」です。
京都御所 名所・史跡
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妻の希望で寺町通を下ります。「一保堂茶舗 京都本店」が見えてきました。
一保堂茶舗 京都本店 専門店
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30年ほど前に喫茶室「嘉木」が出来た頃にはよく来たのですが、久し振りに来たら店はさらに新しく改装されていました。表のたたずまいは変わらないのがいいですね。
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友人へのお土産と自宅用にお茶を買い求めました。飲みきる前にお中元でさらに2缶届いてしまいました。
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そして「村上開新堂」にも寄りました。ここも40年前からよく通った店です。その頃はクッキーの缶入りも普通に買えて、お中元やお歳暮の頃でも1週間も待てば宅急便で家に届きました。
村上開新堂 グルメ・レストラン
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先代のご主人も顔を覚えてくれていて、融通も効きましたし年賀状もいただいていました。お店の女性に尋ねてみると缶入りのクッキーは1年半待ちだということでした。
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今回はロシアンケーキを義理の兄に送り、自家用と友人ようにも少し買い求めました。さらに南に向かいながら「三嶋」という骨董店を探しましたが見つけられませんでした。後で調べると移転していました。ここではお小遣いを貯めては永楽の器を買い求めていました。懐石の10人揃えの器が30年前で110万で出ていて欲しかったのですが、買えなかったことを思い出しました。
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錫の製品を扱う「清課堂」にも久し振りに入ってみました。すると店の奥に入れるように改装されていました。
清課堂 専門店
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店の奥は茶室になっていて、そこにも作品が展示してありました。自由に見て周れるのがありがたいです。
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少人数のお茶会なら出来る本格的な造りになっていて驚きました。
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小学生の頃には夏休みの1カ月を京都の祖父母の家に預けられ、叔母からお点前を習ったことがありましたが、そもそも左利きなので袱紗の扱いすら難しくて諦めてしまいました。
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御池通まで下りきって、この日最後の見学は「京都市役所本庁舎」です。横を通ることは何度もありながら建物をちゃんと見るのも初めてですし、中に入るのも初めてです。
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この「京都市役所本庁舎」は3代目の庁舎であり、鉄筋コンクリート造の市庁舎は関西建築界の父と言われる武田五一による監修のもとに1927年の昭和2年に竣工しました。ヨーロッパ留学で影響を受けたアール・ヌーヴォーやセセッションなどの新しいデザインを日本に紹介した建築家とも言われます。
京都市役所本館 名所・史跡
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フランク・ロイド・ライトとも親交があり、国会議事堂の建設をはじめ多くのプロジェクトに関与していますし、前日に行った「円山公園」も彼の設計です。
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中央と両翼を突き出させて強調させ、さらに中央に塔を建てる形態を持つ重厚なネオ・バロック様式の外観はインパクトがあります。ちょっと中に入りにくい雰囲気ですが石段を登って自動ドアの奥へ。
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エントランスのホールの奥は府庁舎と同じく階段室になっています。もちろん「京都市役所本庁舎」も南を向いて建てられています。
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2017年6月から4年をかけた耐震改修工事がようやく完了して、ステンドグラスもそれに伴って新調されていました。中央階段の踊り場を鮮やかに飾られた「京の四季」 は京都市内の風景を9枚のステンドグラスで描いた作品です。市内在住の佐々木真弓さんによって制作されました。
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中央の3面は五山の送り火の大文字です。昔は山に登って護摩木に願いを書きましたが、最近はそんなことも思わなくなりました。下段は三条大橋で、欄干の上には白鷺がとまっています。
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左側は嵐山の渡月橋で、季節は春のようで対岸の桜もピンク色に染まっています。下段は嵯峨野の竹林の道で、野宮神社から大河内山荘までの小道の風景です。
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左は葵祭の牛車と二条城の庭園でも見た北山杉です。北山台杉と呼ばれる杉の頭には雪が積もっています。下段は法観寺、八坂の塔と東山にかかる満月です。
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京都市役所本庁舎のエレベーター扉は漆塗装と蒔絵加工が施されています。上段には満月の下に咲き誇る桜と、下段には紅葉した紅葉が描かれています。
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「古今和歌集」の序文「仮名序」に「秋の夕べ竜田川のもみじをば、帝の御目に錦と見たまい、春のあした吉野のさくらは人麻呂が心には雲かとのみえなむとおぼえける」とあります。「雲錦」は四季の模様ではありませんが、桜花を雲として、紅葉を錦として描いた図案です。春と秋の図案ですが、四季を通じて使用が可能ものとして認識されているので、季節ごとに扉を変えなくて済みますね。
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塔屋には毛筆をかたどったタレットと呼ばれる細長い小塔がデザインされています。その姿を見てポルトガルのリスボンのベレン地区にある「ベレンの塔」を思い出しましたのは11月のポルトガル旅行が頭にあったからのようです。
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市役所の装飾的要素が配される位置や寸法は西洋の建築様式に従っていますが、半円形アーチがイスラム風の葱花形アーチなど東洋的モチーフへの置換えが魅力的です。妻は表のベンチで休んでいるので屋上から手を振って、エレベーターで戻ります。
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御池通を渡って寺町通をさらに進みます。この交差点の角には「亀屋良永」という老舗の菓子屋があります。「御池煎餅」が有名で、その缶のラベルのデザインは棟方志功の手によるものです。いつか買おうと思いながら高いので今回も買えませんでした。
寺町通 名所・史跡
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妻は「本能寺」に来るのは初めてだったようです。現在の「本能寺」は「本能寺の変」の後に豊臣秀吉により移転の上に再建されたものなのでここで織田信長が亡くなったわけではありません。
本能寺 寺・神社・教会
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今回予約しようと思った「三嶋亭 本店」はネットで検索するとずっと満席だったので食べに来ることが出来ませんでした。9月に用事があってきた際はうまく予約が出来て美味しいすき焼きがいただけました。
三嶋亭 本店 グルメ・レストラン
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ショックだったのは「寺町サンボア」がこんな状態になっていたことです。40年くらい前にドキドキしながら扉を開けたことを覚えています。ピーナッツの皮を床に落とすのが大人になった気がしました。友人がカウンターに肘をついてマスターに怒られたのもいい思い出です。
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寺町通を四条通まで下って、タクシーに乗ってホテルに戻りしばらく休憩しました。夕方になって再びタクシーに乗ってやってきたのは「わらじや」です。
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妻はここへ来るのは初めてです。白地の暖簾には羹膾(かんかく)と染め抜かれていますが、これは羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹くと言うことわざを略したものです。熱い汁物で口をやけどしたのに懲りて、冷たい膾にまで息を吹き掛け冷まそうとする見当違いな用心の例えです。
わらじや グルメ・レストラン
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「草の延段」と呼ばれる敷石が見事です。帰り際に女将さんに聞いた話では門に吊られた太鼓はお客さんが来たと知らせるものだったようです。
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帰るころには暗くなっていると思うので、明るいうちに庭先の写真を撮らせていただきました。光悦垣を見て鷹峯にある「光悦寺」に妻を連れて行っていないなと思いました。矢来風に菱に組んだ組子の天端を割竹で巻いて玉縁とした光悦寺独特の垣で、名前の通り本阿弥光悦に由来するものです。
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「わらじや」のすぐ近くにある「方広寺」には日本一の大きさだった大仏が存在していました。太閤になった秀吉がその大仏殿建立の様子を見に来るごとに、この家で草鞋を脱いだことから「わらじや」と呼ばれるようになったと伝えられています。
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「わらじや」には谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」の一節に登場する「一炉庵」と名付けられた部屋が今も現存しているそうです。行燈の明かりだけで食べる雑炊の描写が美しく書かれているそうですが、こうやって旅行記を作るまで文中の「わらじんや」とこの「わらじや」が結びついていませんでした。
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2階の大広間にはテーブルが4つ並び、そのうちに満席になりました。驚いたのが聞こえてくるのがハングルと中国語でした。我々が最後になったので仲居さんに尋ねてみると最近はお客さんの7割以上が韓国か台湾か香港のお客さんなのだそうです。「皆さん居なぎが好きなようです。」とのこと。お昼はほとんどがインバウンドのお客さんのようです。
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ホテルの部屋でビールを飲んでいたので、妻はレモンサワーからスタートするというので、こちらは冷酒から始めます。八寸はジュンサイとトウモロコシ豆腐、湯向きのトマトはお出汁の味がいい具合です。枝豆と鱧の湯引きには梅肉が乗っています。
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今回は10,000円の「太閤コース」というコースです。八寸の次はうなぎの白焼きです。竿灯とは調理の仕方が違うのでカリッとした食感と香ばしさがいいです。わさびでさっぱりいただきます。
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我が家と同じ伊賀の土楽窯の黒鍋に名物の「うなべ」がぐつぐつとに建った状態で届きます。
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仲居さんが夫婦喧嘩しないように上手に取り分けてくれます。筒切りの鰻とネギとお麩と葛切りがいい具合に食べ頃です。お出汁の味が何とも優しいです。
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日本酒を最初の「澪」から「英勲」に変えてみます。伏見の斎藤酒造のしっかりとした味わいです。仲居さんに「この店にはダムウェーターないと思いますが。」というと「仲居になると土鍋に水を張って階段を上り下りする練習から始めます。」ということでした。どうりで若い仲居さんばかりだと思いました。
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こんなぐつぐつ煮えたぎった雑炊を持って階段を登るのは考えただけでも怖いですね。これも仲居さんが取り分けてくれます。
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中にはご飯とお餅と薄切りのシイタケとうなぎの柵切りにしたものが入り卵でとじてあります。
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これは美味しい上に量もたっぷりで大満足です。いい具合に漬かった茄子とキュウリもいい酸味です。
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初物の小玉スイカも美味しくいただきました。三条通の八百屋で「スイカ!スイカ!」と叫んでいたのでちょうどよかったです。
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店を出るころにはちょうど日が暮れてsらが青く染まってきれいでした。
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篆刻の「青山緑水(せいざんりょくすい)」は中国の禅語で、森羅万象の自然こそが人間の住処であるという意味です。
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若い頃だったら先斗町に繰り出して飲みに行くところですが、大人しく西向きのタクシーに乗ってホテルに戻りました。今日も朝から長い1日が終わりました。
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