2024/06/14 - 2024/07/08
629位(同エリア6974件中)
マリアンヌさん
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旅の最終日のローマ、まずは、かねてから行きたかったサンタ・プデンツィアーナ聖堂やヴィラ・ジュリア(エトルリア博物館)、サン・ジョヴァンニ・イン・フォンテ・ラテラノ洗礼堂を訪ねた。
そして昼下がりは教会巡りを楽しみました。
6/14 成田発
6/15 ローマ着 ペルージャへ
6/16 パレストリーナ フラスカーティ
6/17 ネミ カステル・ガンドルフォ アックアスパルタ
6/18 モンテ・デル・ラーゴ サン・サヴィーノ
6/19 アッシジ
6/20 ルニャーノ・イン・テヴェリーナ
6/21 サルディーニャへ ポルト・トレス カステルサルド
6/22 ボーザ
6/23 カリアリ
6/24 ドリアノーヴァ サムゲーオ
6/25 ポザーダ
6/26 オルビア
6/27 カステル・リゴーネ プレッジョ
コルチャーノ
6/28,29 フィレンツェ
6/30,7/1 ルッカ
7/2 グロッセト
7/3 オルベテッロ ポルト・サント・ステファノ
ジリオ・ポルト ポルト・エルコレ
7/4 タルクイーニア
7/5,6 ローマ
7/7 ローマ発
7/8 成田着
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Buon giorno. 部屋で朝食を済ませAndiamo!
まずは、徒歩でサンタ・プデンツィアーナ聖堂(Basilica di Santa Pudenziana)へ。
昨日訪れたサンタ・プラッセ―デは姉、こちらのサンタ・プデンツィアーナは妹、2人は姉妹だったそう。
現在はフィリピン人の国立教会となっている。 -
4世紀頃、聖ペテロを自宅に泊めたとされる元老院議員の聖プデンテ(父)のドムス(一家の住宅)だった場所に建設された、ローマで最古の初期キリスト教会の一つとのこと。
現在の外観は、1588年に大きく改修され、1870年に修復復元されたものだそう。 -
単廊式、バロック様式の聖堂内部。
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主祭壇画は、左から、「聖ティモテウス」、「聖プデンツィアーナの栄光」、「聖ノヴァトゥス」ベルナルディーノ・ノッキ作。1807年
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後陣モザイクとしては、現存最古。5世紀初め。
古代風リアリズム。右柄は修復が行われている。
モザイクというと昨日みたサンタ・プデンツィアーナ(9世紀)のラヴェンナを彷彿させるビザンチンモザイクが、古そうだし金色で人気があるように思うが、実はこのサンタ・プデンツィアーナはじめパレストリーナのナイルモザイク(前80)やローマのサンタコスタンツァ(4世紀初)のほうが古いもの。写実性に驚くばかり。
<パレストリーナ>
https://4travel.jp/travelogue/11915330
<サンタコスタンツァ>
https://4travel.jp/travelogue/11253608 -
イチオシ
キリストは宝石をちりばめた玉座に坐っている。着物は紫色の縁取りのある金色の緩やかな外衣(トーガ)を着ている。(皇帝の権威の印であり、キリストと彼の教会の権威を強調する)。
彼は右腕を伸ばしていて、古典的なローマの教師の姿勢をとっている。キリストには光輪がつけられ、左手にテキストをもっている。「主はプデンツィアーナ教会の保護者である」という内容であるとのこと。
この写実的な3D的な表現から中世にはのっぺりした立体感のない表現に変る。それが返って古い、貴重的な感じを与えるのかな。初期キリスト教時代のモザイクは、ほんとにスゴイと思う。 -
女性が二人(「教会」と「シナゴーグ」を表わしている)聖ペトロと聖パウロの頭の上に花冠をかざしている。彼らの上方には天国のようなエルサレムの屋根と丸屋根が描かれているそう。(あるいは、エルサレムにコンスタンチヌス大帝が建立した教会群であるとする解釈もある)
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Cappella Caetani
朝から素晴らしいモザイクを見て、次の目的地へ行きましょう。 -
朝市では果物などを売る店も。
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独身最後のお祝いしてるね。
Repubblicaから地下鉄に乗りFlaminioまで行き、そこから歩きます。 -
ヴィラ・ジュリア国立博物館(Museo Nazionale Etrusco di Villa Giulia)に到着。
エトルリア美術の収蔵品が収められていて、以前から来たかった。入場料12ユーロ。
今年はタルクィニアを訪れたので、関連するこの博物館を訪ねました。 -
建物は、もとルネサンス末期の教皇ユリウス3世の別荘として建てられたものとのこと。
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建物に1歩入ると、こんなサンタコスタンツァのようなポルティコになっているとは思わなかった。
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ぶどうやツタの葉の天井、側面はポンペイの壁画みたい。
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入口にはモニュメント的な美術品が飾られていた。
イルカに乗る少年(石の彫刻)
赤絵壺(奏楽してる人かな) -
エトルリアEtruriaはBC8世紀頃-BC1世紀頃に、イタリア半島中部(ほぼ現在のトスカーナ地方)にあった都市国家群。12都市連盟とよばれるゆるやかな連合を形成していたようで12都市は以下のとおり。
Caere カエレ(現在の チェルヴェーテリ)
Tarquinia タルクィニア
Vulci ヴルチ(現在のオルベテッロとタルクィニアの中間あたり)
Populonia ポプロニア
Vetulonia ヴェトゥロニア(現在のカスティリオーネ・デッラ・ペスカイア)
Veio ウェイイ (現在のイゾラ・ファルネーゼ)
Volsinii ヴォルシニイ(現在のオルビエート)
Chiusi キウージ
Perugia ペルージャ
Cortona コルトーナ
Arezzo アレッツォ
Volterra ヴォルテッラ -
副葬品の生活雑貨かな。エトルリア人はお墓に生前の暮らしを再現していた。
ところで、トスカーナのラテン語名は、エトルリア。
また、ラテン語ではエトルリア人をエトルスキーともトゥスキーとも言う。
エトルリアとトスカーナは語源的に繋がるということのよう。 -
ヴィッラノーヴァ期の骨壺や副葬品。
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コリントス陶器でしょうか。鹿のような図柄が可愛い。
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赤い壺には、ペガサスのような動物。模様としても美しい。
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こちらの動物柄も可愛い。
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交易で栄えていたこともあり、墳墓からギリシャ起源の美しい陶器が、数多く出土している。またそうした輸入品は、エトルリアでたちまち大量に模造されたそう。
しかし、ギリシャのものなのかエトルリアのものなのか、学術的にははっきり区別されることはなかったそう。 -
エトルリアとカルタゴが同盟を結んでいたことは、考古学によって完全に実証されているそう。カエレの港町のひとつビルジで黄金製簿板が出土していて、エトルリア語とフェニキア語で碑文が刻まれていたそう。
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当時の地中海世界で最も取引されていたのは、ワインと油だった。
エトルリアのアンフォラ(両取っ手つきの壺)の鑑定結果、エトルリア人は自国の産物をコルシカ島、サルデーニャ島、シチリア島、カルタゴ、フランスのラングドック地方やプロヴァンス地方にも大量に輸出していたことがわかったそう。
ガリア人にワインの味を覚えさせたのは、エトルリア人ということみたいです。 -
またエトルリア人は海を往来する海洋民族で、古代地中海世界での至るところからその存在が記述されている。
一説には、昨年の12 月訪れたエジプトのメディネト・ハブ神殿に刻まれていた古代エジプト第20王朝ラムセス3世時代、エジプトに侵入した「海の民」とは、エトルリア人を指してのことではなかったかともいわれているそう。 -
こんな顔立ちの人たちだったのかな。
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紀元前530年~紀元前520年の作と推定されるテラコッタの夫婦像。
これをずぅっと前から見たかった。 -
「エトルリアの女性の社会的地位はギリシャに比べ、高かった。(同性愛にも寛容だった。)ほとんど女性用の部屋に閉じ込められていたギリシャの女性と対象的によく外出し、スポーツ観戦(戦車競技や闘技者試合)をしたそう。
夫と宴会の舞台に身を横たえて贅沢な食事もともにした。
ローマにおいても女性の地位は低かった。」
<エトルリア文明 ジャン=ポール・テュリエより> -
仲が良さそうな夫婦の雰囲気を醸し出しているね。
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後ろ姿。
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ギリシャ神話なのか素敵な図柄。
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楽師や狩りの様子かな。
興味深いことにヨーロッパの美術館で所蔵されている殆どのギリシャ陶器の優品は、エトルリア地帯からの出土のものだそう。 -
メディチ家のロレンツォ・イル・マニフィーコとコジモ1世は、文化への心酔か自らをエトルリア人の子孫だと信じようとしたそう。しかしメディチというのは、エトルリアよりむしろカンパニア地方の名前だそう。
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今回残念ながら金細工の多くが修復中のようだった。
こちらは、2015年「黄金伝説 古代地中海世界の秘宝」展でみた<横たわるサテュロスが表された飾り板>紀元前480年頃。
このヴィラ・ジュリアに収蔵されているはずなのです。
これ人の親指の爪と同じくらいの大きさなのです。
紀元前に作ったエトルリア人って!と驚きでした。 -
そして同じ展示会で最も衝撃的だったのは、<腕輪>ヴァチカン美術館収蔵。
紀元前675-紀元前650年。
極小の金の粒を用いた粒金細工と呼ばれるエトルリア人の至芸で、実際に見ると精緻な細工にびっくりしました。ローマ以前のエトルリアって?と心惹かれました。 -
ローマ近郊のPyrgiという町で見つかった神殿の正面破風の飾り。
顔立ちがアジアっぽいのでは?(インド・ヨーロッパ語族ではない)という方も。
どこから来たか不明のエトルリア人、ミステリアスです。 -
円筒祭具容器(Cista ficoroni)
パレストリーナでも見たね。 -
青銅製の小像。奉納品として、あるいは調度の部分飾りとして制作されたそう。
ヴォルテッラで見た青銅の像は、ジャコメッティの作品を彷彿させた。 -
青銅の鏡。多数、展示していました。
ギリシャ神話の模様が多く、エトルリア人がギリシャ神話に心酔していたことが伺われるそう。青銅製の鏡などは、エトルリアの職人が得意とする工芸品のひとつだったそう。
パレストリーナでも見たなぁ。 -
中庭を突っ切って反対側の建物へ。
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ミネルヴァ神殿のアンティフィクサ(軒先装飾煉瓦)。
左から2番目はメドゥーサだそう。鬼瓦みたいな形相。 -
こちらもアンティフィクサのよう。
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アポロン像と思われる。エトルリアの宗教はギリシア化していったそうで、土地固有雨のの名前を持つ神や女神は、それぞれ対応するギリシャの神々と同一視されるようになったそう。たとえば、ティニアはゼウス、トゥランはアフロディテ、トゥルムスはヘルメス、フフルンスはディオニソスといった感じ。
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青銅器の武器。
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神殿の破風装飾。
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海洋国家エトルリアの終焉は…
紀元前530年代にエトルリアとカルタゴがティレニア海の制海権を握っていたが、数十年後、ギリシャ海軍の攻撃によって2回の敗北を喫し、シチリアのギリシャ都市シラクサが勝利した。
そしてカンパニア地方の属領と海路を確保できなくなり、シラクサはコルシカ島やエルバ島の鉱物資源を手に入れた。
また都市国家は、紀元前1世紀にはローマ化されていった。 -
ぐるっと戻って来ました。実は事前チェック不足で、中庭の先にトリトンのモザイクのニンフェウム(噴水を中心とした庭)があったのに見損ねました。
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バラと天使、素敵な図。
覚書としてエトルリアに因んで行った街。
<ヴォルテッラ>
https://4travel.jp/travelogue/11359397
<ポプローニア>
https://4travel.jp/travelogue/11031259
<ペルージャ>
https://4travel.jp/travelogue/11245845
<タルクィニア>
https://4travel.jp/travelogue/11923675 -
そしてポポロ広場まで戻った。
ところが、サンタ・マリア・デル・ポポロのカラヴァッジョを見ようと思ったら、修復中で入れなかった、残念。 -
広場の水飲み場にローマのサルコファガスが普通に使われてるなんて、さすがローマ。
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それでは次に行きましょう。
地下鉄でFlaminioからSan Giovanniへ。 -
サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂(Basilica di San Giovanni in Laterano)
久しぶりの再訪。 -
ローマの4大バシリカのひとつで、アヴィニョン捕囚まで、ローマ教皇庁だった。
キリスト教を公認した皇帝コンスタンティヌスが最初に建設したローマ最古の教会。
後年、何度も、時のローマ教皇の命による改修工事が行われて古いフレスコ画やモザイクが失われたのは、残念。
とはいえ5身廊、とにかく立派、大きい。 -
美しい側廊だけど、バロック時代に改修工事してしまったなんて残念。
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サン・フランチェスコとも縁の深い大聖堂。
1210年、アッシジの聖フランチェスコが兄弟たちと修道会と会則を認可してもらうために教皇に会いにローマのラテラノ宮を訪れた。
インノケンティウス3世は、当初汚い身なりのフランチェスコと兄弟たちを見下していた。しかし、教皇の夢の中で、壊れかけた聖ヨハネ大聖堂を支えるフランチェスコの夢を見て小さき兄弟会の発足と会側を認めたといわれているそう。 -
中央祭壇の後ろにまわって。
右に映るチボリオの上には、聖ペテロと聖パオロの聖遺骸の一部が収められているのだそう。 -
新司教シスト5世は、1585年サン・ピエトロ大聖堂での即位式に続き、このラテラノ大聖堂での司教座獲得式に臨み、その双方の盛大な式典に主賓として少年使節を招いたそう。彼らはサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂も訪れたとのこと。
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改装工事は、ボッロミーニが担当したそう。
同次代に活躍したバロック時代を代表するベルリーニとボッローミニ。
ベルニーニはボルゲーゼ家の後見を中心に、ローマで幅広いパトロンを獲得して活躍の場を広げ、教皇ウルバヌス8世はベルニーニに多くの作品を依頼しており、サン・ピエトロ大聖堂の再建も依頼したそう。
一方、ボッロミーニはそれほど多くのパトロンがいたわけではないが、教皇インノケンティウス10世に評価され、サン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂の再建を依頼したそう。 -
2人の性格は異なっていて、ベルニーニは活動的で外交的な性格、ボッロミーニは反対に内省的で思慮深い性格だったといわれているそう。
また、2人の作品は誰の目から見ても明らかなほどに異なる性質を持っており、荘厳でずっしりとしたベルニーニの建築作品は、権威を象徴する重厚感が特徴で、一方ボッロミーニの作品は流動的な印象があるそう。 -
1878年に修復されたアプシスのモザイク。
十字架を中心に、右手に洗礼者聖ヨハネ、小さく聖アントニオ、福音書記家聖ヨハネ、聖アンドレア、左手に聖母マリア、その膝元に教皇ニコラス4世、教皇の後ろに聖フランチェスコ、聖ペトロ、聖パウロが描かれている。 -
キオストロ(中庭)へ。
2度起こった古い大聖堂の火事から免れた奇跡の中庭。
久しぶりのキオストロに入りたくてラテラノ大聖堂にやって来た。
有料のせいかほとんど人がいない。 -
1220年頃に、ヴァッサッレット家が建設したコズマーティ様式の中庭。
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美しい柱。
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ライオンがいる。
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かつてベネディクト会の修道士らが生活していたそう。
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柱頭も面白いものが。
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心穏やかになって、ゆっくり回廊散歩を楽しんだ。
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バラが咲いている。アーチの上の丸、三角のモザイク模様が面白い。
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そして聖堂の後ろ側にまわり…
サン・ジョヴァンニ・イン・フォンテ・ラテラノ洗礼堂(Battistero Lateranense di San Giovanni in Fonte)
洗礼堂は、その起源から「サン・ジョヴァンニ・イン・フォンテ」と呼ばれており、コンスタンティヌス帝 (306 ~ 337 年) の時代に、紀元1 世紀の別荘の上に建てられた。この別荘自体は、皇帝の治世中に温泉施設に改装された。
部屋の中央にある斑岩の洗面器は全体が銀色で覆われていて、中央には斑岩の柱があり、その上にアニュス デイの黄金の像が置かれていたとのこと。この段階では浸礼によるバプテスマが行われたよう。
そして 5 世紀、シクストゥス 3 世(432-440) の教皇在位中に洗礼堂が改修され、建物の平面図が八角形になったのはおそらくこの時期とのこと。
バプテスマという言葉は、ギリシャ語で「浸礼」を意味する「baptismòs」に由来しているそう。
初期キリスト教の教会で浸礼用の大きな八角形の洗礼槽(せんれいそう)を見かけるね。 -
その後、永きにわたってローマでただ一つの洗礼堂として尊重され、後のイタリアの洗礼堂のモデルとなったとのこと。
八角形の8には意味があり、8日目に新しい日が始まるとされ8という数字は、キリスト教においては、永遠という意味があるのだそう。 -
その後、何回か改修され、現在残るのは16世紀に修復されたものだそう。
う~ん。外側の古さに反して内側がバロックで残念。 -
ぐるっと回っていたら古そうな…
聖ヴェナンツィオ礼拝堂(Cappella di San Venanzio)7世紀。
この礼拝堂は、ダルマチアの殉教者、ドゥムノ司教ヴェナンティウスとサロナ司教ドムニオーネの遺物を収容するために、教皇ヨハネ 4 世ダルマタ (640~642 年) によって発注され、おそらく教皇テオドロス 1 世 (642~649 年) によって完成されたそう。 -
カルロ・ライナルディの作品である 1674 年に建てられたバロック様式の祭壇は、後陣のモザイクを部分的に隠している。
ですからモザイク全体を写真に撮るのが難しい。 -
祭壇の中には、マドンナデル フォンテ(13 世紀)とも呼ばれる聖母子。
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見えにくいアプシスのモザイク上半分。
最上部に福音記者の 4 つのシンボル。
その下、中央には、祝福するキリストの胸像が金色の背景に描かれ、その両側に二人の天使が描かれている。 -
上には、旧約聖書と新約聖書を表すエルサレムとベツレヘムの都市。
その下には、ドミティアヌス帝の迫害で殉教した8人のダルマチア人の殉教者(マウロ司教、セプティミウス執事、アンティロキアーノ、ガイアーノ、アナスタシオ、修道士アステリオ、テリオ、パオリニアーノ)が描かれているそう。
該当がわからないけどそのうちの4人。 -
こちらも上には、旧約聖書と新約聖書を表すエルサレムとベツレヘムの都市。
どの方が該当するのかわからないけど、8人のダルマチア人の殉教者(マウロ司教、セプティミウス執事、アンティロキアーノ、ガイアーノ、アナスタシオ、修道士アステリオ、テリオ、パオリニアーノ)のうちの4人。 -
聖母を中心に左手に聖パウロ、右手に聖ペテロ。
全体的にラヴェンナのモザイクを彷彿させる。 -
左からヨハネ4世(手に教会の模型を持っている)、聖ヴェナンティウス、福音記者聖ヨハネ、聖パウロ。
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左から聖母、聖ペテロ、洗礼者聖ヨハネ、ドムニオーネ司教、教皇テオドール1世(撮れなかった)。
比較的古いモザイクが見れて嬉しかった。 -
さてと洗礼堂を出て広場へ。
そそり立つオベリスク。 -
紀元前15世紀、トトメス3世と4世ががカルナックのアモン神殿に建てさせたものを、ローマ皇帝コスタンティウス2世が357年にチルコマッシモの中心に据えたのが、また1587年になって3つに折れてるのが再発見されて、シスト5世がここサン・ジョヴァンニ広場に持って来させたのだそう。
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ローマの遺跡のようなものを通りながら歩いて行きます。
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サント・ステファノ・ロトンド教会。
以前来たことがあるけど寄ろうかなと覗いたら閉まっていた、残念。 -
Basilica di Santa Maria in Domnica alla Navicella
この古い教会のモザイクを見たかったのだけど、これで二度目のスカ、残念。 -
それでは、チェリオの丘のほうへ行きましょう。
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サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂(Basilica Santi Giovanni e Paolo - Chiesa dei Lampadari)
ここも前回、入れなかったのだけど結婚式みたい、入れるかしら。 -
入れました。4 世紀に建てられた丘の上の歴史ある聖堂。
古代ローマ時代の華麗な住宅群の上に建てられている。
現在の教会は12世紀のものとのこと。 -
結婚式のお花が飾られている。
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シャンデリアがきれい。
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アイアンの扉がいい感じ。
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シャンデリアが豪華に並んでる。
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表の雰囲気に比べて中は新しくて少しがっかりだけど。
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小さな女の子の衣装が可愛い。
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華やかな衣装に包まれた招待客。
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アーチが素敵な13~14世紀の中世の通り。
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サン・グレゴリオ・アル・チェリオ聖堂。
入らなかったけど、ここも結婚式のようだった。 -
入れなかった場所も多くて、時間が余り何処に行こうかなと。
歩き回るのは暑いので、近くのチルコ・マッシモから地下鉄でサン・ジョヴァンニへ。 -
4大バジリカのひとつサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂(Basilica di San Paolo fuori le mura)のキオストロを見に再訪することに。
始めは聖パウロの墓を祀る聖堂としてつくられた小さな教会だったが、キリスト教徒が増えたため、386年、テオドシウス1世によって大規模に建設された。しかし、1823年に全焼した。ということで再建されたもの。 -
聖パオロは、ローマ大火のすぐ後、ネロ帝のキリスト教迫害により殉教。
当時のローマ城壁から2kmも離れたこの場所は、オスティア街道沿いで、紀元前2世紀ころから紀元5世紀頃まで使われていた埋葬所だった。
聖パオロは現在の聖堂下に眠っている。
中央の像は聖パオロ。 -
アトリウム(前庭)。150本の柱に囲まれた壮大なもの。
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ホノリウス3世がヴェネチアから職人を呼び完成させたヴィザンチン様式のアプス。
教会は火事でほぼ全焼したが、このモザイクは奇跡的に少しの損害を受けただけだったという。 -
13世紀にヴェネツィアのサンマルコ寺院のモザイク画を作った職人たちによって描かれた祭壇の後方のモザイク画。
左から、ルカ、パウロ、栄光の座につかれたキリスト、ペトロ、アンデレ。
が描かれ、その下には、福音史家と使徒たちが描かれている。 -
中央にキリスト、右手にパウロ、左手にペテロ。
キリストの右足元には、このモザイク画を描かせた教皇ホノリウス3世。 -
聖パオロの墓の上の祭壇。祭壇を覆う天蓋は、1284年にアルノルフォ・ディ・カンビオによるもの、ゴシック式の美しい作品。
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聖パオロの墓。
信者の方には恐縮ですが、1枚撮らせていただきました。 -
5廊式で、20本の大理石の円柱が4列に並んでいる。
床の大理石は古い大聖堂で使われていたものを再利用しているそう。 -
アルコ・トリオンファーレ(凱旋門の意味)。
身廊部分と翼廊部分(ラテン十字架の形をしている横の部分)との境目にあり、テオドシウス帝の娘でラヴェンナに霊廟のあるガッラ・プラツィーディアが5世紀に捧げたものだそう。1823年の大火災で傷んだが、修復されたそう。 -
確か袖廊部分、とにかく広い。
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1170年にローマの有名大理石職人のヴァサレットが製作したロマネスク様式の復活祭用の大燭台。
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6メートルの高さがあり、イエスの生涯のレリーフで飾られているそう。
ひとつひとつ見入ってしまう。 -
可愛い彫像がいっぱい。
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アラバスター、光が透けて美しい。
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そして、コズマーティ様式の回廊(Chiostro)へ。13世紀。
久しぶりの再訪。やはり有料のせいか人気がない。 -
サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラノの大聖堂の回廊と似ているのは、同じ時期に同じ職人らにより作られたからだそう。
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美しいモザイクの柱の装飾。
火事の被害は比較的軽かったそう。 -
ほとんど人がいないので、ゆっくり佇むことが出来ました。
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長めの旅行も最後だなと思い出しながら、そぞろ歩き。
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美しいアーチ。
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ローマ時代の石棺や遺跡で回廊を飾られている。
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こちらも細かい彫像の石棺。
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8世紀に創設されたベネディクト派の修道院が付属施設としてあり、ここでは、1300年に渡って自然の薬草を使って、昔ながらの手法で石鹸だとか化粧品各種、キャンディ、ハーブティなど様々なものが作られていて、売られている。
石鹸好きな私、買っちゃいました。 -
B&Bの冷蔵庫には、プロシュート、フォルマッジョ、フルーツ、ヨーグルトなどがたくさん入っていて、パン一斤、甘いものなども用意されていて、朝食では食べきれない量だったので、夕食もそれで済ませてしまいました。
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翌朝は、駅チカの宿から徒歩でテルミニ駅へ。
予約したレオナルド・エキスプレスで
ローマ・テルミニ 8:20
フィウミチーノ空港 8:52 -
エディハド航空、アブダビ経由で成田へ。
途中、4時間遅れがあったものの無事帰国。 -
おまけは、ささやかなお土産。
ピンクのビアレッティが可愛くてつい購入、サルデーニャのサムゲーオの手織り工房ではピンクのポシェット、空港でフラワーフェアリーの可愛さにチョコレート缶(オルゴール付き)購入など(笑)
長めの旅行にお付き合いいただきました皆様、どうもありがとうございました。
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ローマ(イタリア) の旅行記
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旅行記グループ Viaggio di 3 settimane in Italia
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