2024/06/14 - 2024/07/08
20位(同エリア232件中)
マリアンヌさん
- マリアンヌさんTOP
- 旅行記372冊
- クチコミ25件
- Q&A回答1件
- 348,520アクセス
- フォロワー141人
フラスカーティへの1泊旅から友人宅に戻り2日目は、33年ぶりにアッシジに出かけました。
6/14 成田発
6/15 ローマ着 ペルージャへ
6/16 パレストリーナ フラスカーティ
6/17 ネミ カステル・ガンドルフォ アックアスパルタ
6/18 モンテ・デル・ラーゴ サン・サヴィーノ
6/19 アッシジ
6/20 ルニャーノ・イン・テヴェリーナ
6/21 サルディーニャへ ポルト・トレス カステルサルド
6/22 ボーザ
6/23 カリアリ
6/24 ドリアノーヴァ サムゲーオ
6/25 ポザーダ
6/26 オルビア
6/27 カステル・リゴーネ プレッジョ
コルチャーノ
6/28,29 フィレンツェ
6/30,7/1 ルッカ
7/2 グロッセト
7/3 オルベテッロ ポルト・サント・ステファノ
ジリオ・ポルト ポルト・エルコレ
7/4 タルクイーニア
7/5,6 ローマ
7/7 ローマ発
7/8 成田着
-
ペルージャ近郊のrurihaさんのお宅にお世話になって、朝食後は車でスーパーにお買い物に。日本では見かけない野菜や豊富なチーズなど見てるだけでも楽しい。
-
お魚ゾーンのデコレーションがイタリアっぽい。
パスタのパッケージがGiro d'Italia(サイクルロードレース)版でピンク色にロゴ入り、レースが終了したから値引きされていた。
プロシュートも切ってくれるんですよね。 -
帰省してる息子君とランチをご一緒してから、rurihaさんと2人でアッシジへ出かけた。
まずは、サンタ・マリア・デリ・アンジェリ聖堂へ。 -
撮影禁止だったので、ポスターから。
教会の中に一歩入ると、クーポラの真下、教会の中央にぽつんと、6畳一間程度の小さなお堂が鎮座している。
ポルツィウンコラというこの小さな礼拝堂は、フランチェスコが布教を始めて間もない頃に譲り受けたとされていて、この古いお堂を保護するために、巨大なサンタ・マリア・デリ・アンジェリをまるで大切な宝石を守るように建設したのだそう。 -
伝説によれば、ポルツィウンコラの建物は4世紀のもので、パレスティーナから来た隠遁者によって建てられたそう。
撮影禁止とのことでネット画像から。 -
6世紀には聖ベネディクトが修道士達のために所有。
そして聖フランチェスコがサンダミアーノ教会で「行って、私の教会を直しなさい」と神の声を聞き、自らの手で修復したそう。 -
たまたま、訪問者が少なかったが、さぞいつも信者さんや観光客でいっぱいなのでしょう。
そして、ここはフランチェスコの説教に心動かされたキアラが出家を決意した場所、フランチェスコが息を引き取った場所でもあるそう。 -
見学は修道院の一部へ導かれる。
奥の庭にとげのないバラの咲くバラ園があるそう。
フランチェスコが、修道生活を放棄する誘惑にかられて、自らを戒めようといばらの茂みに飛び込んだときに、いばらからとげが消え、今でもこのバラ園のバラには、とげがないということです。 -
バラの礼拝堂。(Cappella delle rose)
もともとサンフランチェスコが暮らした庵のあった場所。
1260 年頃に聖ボナヴェントゥラの命令で礼拝堂に改築され、シエナの聖ベルナルディーノによって最終的に拡張され、現在のバラの礼拝堂が形成されたそう。 -
網目の隙間から撮影。
-
手前にあったフレスコ画。
-
右上:格子の向こうには、十字架と祈りにふける聖フランチェスコの像が見えた。左横には、ここに聖フランチェスコが住んでいましたと書かれていた。
右下:ロマネスクな彫り物発見。 -
修道院内から。
-
ミュージアムショップ。
小鳥を肩にのせたサン・フランチェスコ、ロザリオ、ラベンダー、本etc.
色々あったけど、購入はしませんでした。 -
それでは、アッシジのチェントロへ。
11世紀、アッシジはギベリン(皇帝派)の独立都市国家としてゲルフ(教皇派)のペルージャとは激しく対立。
やがてペルージャの支配を受け、次いで何人かの専制君主の支配下に置かれた。
その後、ピウス2世(在位: 1458年 ~1464年)の時代、アッシジは再び教皇領となった。 -
まずは、ポルタ・ヌォーバから入って行く。
-
マッジョーレ要塞が見える。
-
地産の石材の家に赤い花が似合う。
-
来慣れているrurihaさんに案内いただいた。
-
サン・ルフィーノ司教座教会。ドゥーモ。
この地にローマ時代に築かれた神殿あったそうで、8世紀頃に建設されたサン・ルフィーノ教会が前身、1228年に完成したロマネスク様式の建物が現在の姿とのこと。
聖ルフィーノはアッシジの最初の司教と言われ、238年に殉教したとされている。そのため町で最も重要とされるドゥオーモは聖ルフィーノに捧げられている。 -
ファサードのバラ窓。
バラ窓の下にはTelamonsと呼ばれる彫刻。ギリシャ神話のテラモンから来ているのかな。
四隅に4人の福音記者のシンボル。 -
両端の小さめのバラ窓。
-
ロマネスクなファサードにウキウキ☆
右端の動物はお乳があって左端とは違うね。
アーチの下にもたくさんの動物が並んでいたり、頭飾りがあったりと楽しい。 -
中央扉口。獅子はだいぶ溶けちゃってるね。
-
ルネッタには、キリスト、聖母子、聖ルフィーノ。
-
ヴシュールにも細かい彫りで物語が刻まれている。
-
右半分は、こんな感じ。
-
右の扉口。
-
左の扉口。
-
中は16世紀後半の改修の際、バロック様式に変更されたそう。
-
主祭壇。
聖フランチェスコも、聖キアーラもここで洗礼を受けたそう。 -
8月の最終週の木曜、金曜、土曜には、サン・ルフィーノのパリオ(優勝旗)をかけて、弓で競いあうお祭りがあるそう。
-
Fontana di San Rufino
サン・フランチェスコ広場にあった6頭のライオンの噴水で、17 世紀から 18 世紀にここに移されたそう。
噴水の右側には、知られている中で最古のライオンの市の紋章が描かれたレリーフがある。 -
よく見かけるお店の前の自転車飾り。
-
いい雰囲気の石造りの家並み。
-
さすがザ・観光地、お土産屋さんが軒を連ねている。
ちょっと欲しかったクロスのペンダントヘッド。 -
緑が多いのも良いね。
-
赤い花は、よりいい感じ。
-
とあるリストランテの入口。
-
Piazza del Comune
-
メインストリートなのか両脇にお店が並ぶ。
-
サンタ・キアラ広場からの美しい眺め。
メリーゴーランドも設置されていた。 -
サンタ・キアーラ聖堂。
聖フランチェスコの熱心な信者で、クラリッセ女子修道会を設立した聖キアーラだが、彼女が1253年に死去したのを機に、彼女に奉献する教会の建設が始められ、1265年に完成したそう。
モンテ・スバシオ産のピンクと白の石で造られているそう。 -
単廊式、ラテン十字形の内部。ロマネスク様式だが、20世紀末の地震によって被害を受け、その後修復されたそう。
-
主祭壇の磔刑はマエストロ・ディ・サンタ・キアーラの作品とのこと。(13世紀末)
-
天井はプッチョ・カパンナのフレスコ画とのこと。
-
おそらく聖キアーラの生涯の壁画ではないかと思う。
ちなみに、聖キアーラの英語読みがクララ。ハイジに出てくる女の子は、このキアーラに由来する名前のよう。 -
無名画家の「聖キアーラとその物語」。
1212年、キアラ・オッフェドゥッチョは、アッシジの聖フランチェスコの説教をアッシジの大聖堂で聞いていた。裕福な男性との結婚を決まっていたキアラは、聖フランチェスコの説教に感化され、家を捨て信仰生活を選んだそう。
1253年に亡くなったキアラは、1255年、教皇アレクサンデル4世によって列聖され、アッシジの聖キアラとして知られることになったそう。 -
古いフレスコ画の前に、聖キアラのお祈りの言葉とともにカードが置かれていた。
聖キアラには、カテリーナという妹がおり、彼女もアグネスと名乗り修道生活に入ったそう。キアラの死後、後を追うように亡くなり列聖され、アッシジの聖アグネスとして知られるようになったそう。 -
イチオシ
地下聖堂へ。聖キアラのお墓ですね。
-
改装されているでしょうが、鮮やかなブルーの天井。
-
聖キアラは、その後フランチェスコ会の女子修道会であるキアラ会を創設。
かつて裕福な男性との結婚話を進めた母オルトラーナも、後に娘キアーラの修道院へ入ったそう。 -
祈りを捧げていた三連祭壇画でしょうか。
-
800年前に聖キアラが作った服などが展示されていた。
-
美しいステンドグラス。
-
Portella di San Giorgio
-
1世紀に建てられたミネルヴァ神殿だが、中世の前期にはサン・ドナート教会、それからベネデット会の修道院、そして刑務所の本部として使用されたそう。
現在はサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会となっている。 -
17世紀にバロック様式に改修されたよう。
-
Porta San Giacomo
-
サン・フランチェスコ聖堂が見えてきた。何と33年ぶりの再訪。
初めてイタリアにツアーで来た時にローマ、フィレンツェ、ヴェネツィア、ミラノ、シエナ、ラヴェンナ、アッシジを10 日間で駆け抜けた。 -
すごくジャスミンが建物につたってる。三毛猫ちゃんCiao☆
-
フランチェスコの亡くなった2年後の1228年に教皇グレゴリウス9世によって建築が始まり、1253年に一応の完成。上堂部分はゴシック様式、下堂の部分はロマネスク様式になっている。
-
1997年の大地震で大打撃を受けた聖堂も、今では見事に復元され、世界中からの訪問客を受け入れているようで安心した。
-
ロマネスクな扉口が残っている。
-
ルネッタ。サン・フランチェスコの両脇に天使。
-
側柱の総則も美しい。
-
聖フランチェスコは、裕福な商人の家に生まれながら、神の声を聞いて信仰にめざめ、富も家族もすべてを捨てて野に出、愛と平和を説いて清貧のうちに生きた。
腐敗していた聖職者たちにうんざりしていた人々は、ぼろをまとい、野外で眠り、托鉢で命をつなぎ、イエス・キリストにならって病人や貧者に仕えるフランチェスコに次第に共感して信者となった。あるものは弟子として生活をともにした。 -
当時は十字軍の只中。聖地エルサレム奪還を呼び声に最初こそ成功したものの、その後は失敗続きだった。そんな情勢の中、教会は徴税で栄え、妻帯を禁じられていた司教たちは愛人を囲い、美食を謳歌し、豪華な聖堂を建てた。
教皇に反旗をひるがえす者たちは弾圧された。
フランチェスコは教皇や聖職者には従えと説き、彼と12人の仲間は新しい修道会をつくる許可を教皇から得た。彼らは「小さき兄弟団」(のちフランチェスコ会)と名乗って活動に励んだ。 -
やがてメンバーは5000人に膨れ上がり、フランチェスコはグループの運営を弟子に任せ、隠遁生活に入った。引退して森や洞窟に暮らすようになってから、動植物や自然そのものとより深く心を通わせるようになる。小鳥への説教は有名。
そしてフランチェスコは、イエス・キリストが、磔になったときに打たれた手足にできたのと同じ「聖痕」を受ける。その2年後に天に召された。
下堂にはチマーブエの『玉座の聖母と4人の天使と聖フランチェスコ』がある。
画像はネットから。 -
その他シモーネ・マルティーニのフレスコ画などに埋め尽くされているのだけど、準備が悪くて高名な絵の場所がよくわからなかった(汗)
-
-
上堂内部には、ジョットによるフランチェスコの生涯の28の場面を描いた壁画『聖人フランチェスコの生涯』が描かれている。
小鳥に説教をする聖フランチェスコの場面は、有名ですよね。
ネット画像から。 -
33年前と変わらぬウンブリアの緑の平原が美しい。
-
騎士として出征したものの戦わずして帰還したフランチェスコの像。
フランチェスコの青年時代は、富貴を問わず誰に対しても礼儀正しかったが、気前の良い散財家で、享楽的な生活を送っていたとされている。イタリアの諸都市においては、神聖ローマ皇帝の勢力(皇帝派)とローマ教皇の勢力(教皇派)との対立、領主や貴族・騎士と平民との対立、都市間の争いと複雑に絡み合っていた。 -
1202年隣町のペルージャと平民勢力によって追放され、そこに逃亡していた貴族たちがアッシジに戦争を仕掛けた。フランチェスコも戦闘に参加したがアッシジは敗北した。彼はペルージャの牢獄に捕虜として一年以上を過ごした後に釈放されて、和議が成立していたアッシジの町に帰った。
-
夾竹桃が花盛り。
-
ベゴニア系の赤い花もきれい。
-
お店にフラワーリースが飾られていた。
-
rurihaさんのお陰で短時間で効率よく観光出来ました。
-
そして夜は、トラジメーノ湖西岸のピアナのサグラ(食フェス的なもの)に出かけた。息子君の運転でrurihaさんその友達と私、4人で参加。
-
駐車場に車を入れたら、こんなトラクターがお迎えに来た。
なんかこれに乗ったら豚の丸焼きにされちゃいそう(笑)
息子君がこれには乗りたくないと。私達は会場まで歩いて行った。 -
ピアナという小さな村で、明るいけど既に19時過ぎだった。
-
メニューチケットを買って会場へ。
既に満席で席につくまで大変だった。
村の一大イベントとあって黄色いTシャツを着た子供たちもお手伝いをしていた。 -
可愛い子がワンちゃんとご挨拶。
釜の煙突から火が吹いててスゴイ! -
豚の丸焼き、子羊の骨付き、ピチという地産パスタ。
美味しかった! -
食後、テント裏を覗いて撮ってもいい?と聞いたら、みんな満面の笑顔でした。
-
素朴な電飾が可愛い。ブタさんもいました。
美味しくて楽しい夕餉でした。
翌日からサルデーニャ島へ旅行します。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
旅行記グループ
Viaggio di 3 settimane in Italia
-
前の旅行記
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.4(ルニャーノ・イン・テヴェリーナ...
2024/06/14~
ウンブリア州
-
次の旅行記
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.5(サッサリ、カステル・サルド)
2024/06/14~
サルデーニャ島
-
気がつけばイタリア20州制覇!ちょっぴりプレ告知
2024/06/14~
サルデーニャ島
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.1 (パレストリーナ・フラスカーテ...
2024/06/14~
ラツィオ州
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.2(ネミ、カステル・ガンドルフォ、...
2024/06/14~
ラツィオ州
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.4(ルニャーノ・イン・テヴェリーナ...
2024/06/14~
ウンブリア州
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.3(アッシジ、ピアナのサグラ)
2024/06/14~
アッシジ
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.5(サッサリ、カステル・サルド)
2024/06/14~
サルデーニャ島
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.6(サッサリのロマネスク教会)
2024/06/14~
サルデーニャ島
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.7(ボーザ)
2024/06/14~
サルデーニャ島
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.8(カリアリ、ドリアノーヴァ)
2024/06/14~
サルデーニャ島
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.9(サムゲーオ、ポザーダ、オルビア...
2024/06/14~
サルデーニャ島
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.10(カステル・リゴーネ、プレシッ...
2024/06/14~
ウンブリア州
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.11(フィレンツェ)
2024/06/14~
フィレンツェ
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.12(フィレンツェでツール・ド・フ...
2024/06/14~
フィレンツェ
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.13(ルッカprimo)
2024/06/14~
ルッカ
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.14(ルッカsecondo)
2024/06/14~
ルッカ
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.15(グロッセト)
2024/06/14~
トスカーナ州
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.16(ポルトエルコレ、ジリオ島)
2024/06/14~
トスカーナ州
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.17(タルクィニア)
2024/06/14~
ラツィオ州
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.18(ローマprimo)
2024/06/14~
ローマ
-
Viaggio di 3 settimane in Italia vol.19(ローマsecondo)
2024/06/14~
ローマ
旅行記グループをもっと見る
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
アッシジ(イタリア) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ Viaggio di 3 settimane in Italia
0
87