2024/06/14 - 2024/07/08
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マリアンヌさん
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サルデーニャもご一緒したペルージャの友達に別れを告げて、いつもの一人旅、まずはフィレンツェに向かいました。
6/14 成田発
6/15 ローマ着 ペルージャへ
6/16 パレストリーナ フラスカーティ
6/17 ネミ カステル・ガンドルフォ アックアスパルタ
6/18 モンテ・デル・ラーゴ サン・サヴィーノ
6/19 アッシジ
6/20 ルニャーノ・イン・テヴェリーナ
6/21 サルディーニャへ ポルト・トレス カステルサルド
6/22 ボーザ
6/23 カリアリ
6/24 ドリアノーヴァ サムゲーオ
6/25 ポザーダ
6/26 オルビア
6/27 カステル・リゴーネ プレッジョ
コルチャーノ
6/28,29 フィレンツェ
6/30,7/1 ルッカ
7/2 グロッセト
7/3 オルベテッロ ポルト・サント・ステファノ
ジリオ・ポルト ポルト・エルコレ
7/4 タルクイーニア
7/5,6 ローマ
7/7 ローマ発
7/8 成田着
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rurihaさんにペルージャ近郊の駅まで送っていただき、出発。
すっかりお世話になりました。夏の帰郷時は家に来てね。
トレニタリアのチケットは、日本でネット購入。
昨年はバーコードあるいは、紙に印刷したものでも大丈夫だったと思うのですが、息子君からネットチケットは事前チェックインが必要と教えていただき、実行した。
トラジメーノ湖を眺めながら12時頃フィレンツェ到着。 -
駅から徒歩8分ほど屋上テラスからドゥーモが見える宿に2泊お世話になります。
<Locanda Del Guelfi> -
まずは、Cenacolo del Fulignoへ。
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ここには、ピエトロ・ペルジーノの「フォリーニョの最後の晩餐」(Cenacolo di Foligno)があります。
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旧聖オノフリオ修道院の食堂に描かれていたものとのこと。
ウンブリア州からペルジーノがフィレンツェに出てきたのがいつかは定かではないが、ヴァザーリの「列伝」によるとアンドレア・デル・ヴェロッキオ工房で学んだことがあるそう。そこにはレオナルド・ダ・ヴィンチがいたはず。 -
解説によると、この最後の晩餐の特徴の第一点は、使徒たちの座る椅子の背板に豪華な緑色の織布を張り巡らしていること。
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第二点は、背景に明るい自然の風景を展開させ、そこに異時同画の手法で「園での苦悶」が描かれていること。
第三点は、場面の空間設定を列柱とアーチによるロッジア(開廊)にしたこと。 -
ペルジーノの優しい筆致や色使いは、癒やされます。
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背景に描かれている「園での苦悶」は使徒たちとともに「過ぎ越しの祭りの晩餐」をとったあと、ゲツセマネという所にあった菜園で人間イエスとしては受け入れがたい(捕縛から磔刑への)運命の訪れに苦しみ、父なる神に祈って運命の杯を退けようとする場面とのこと。ペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人は主イエスの激しい苦悶を知ることなく、眠りこけてしまっている。
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Attribuito al Maestro della Madonna del Ponterosso (Giovanni di Papino Calderoni)
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Attribuito al Maestro di Apollo e Dafne (Giovanni di Benedetto Cianfanini Firenze 1462 - 1542)
Capanna con angeli in yolo 1521 -
Pietro di Cristoforo Vannucci detto il Perugino
(Città della Pieve, 1445-50- Fontignano, 1523)
Crocifisso tra la Vergine e San Gerolamo Primo decennio del XVI secolo
Dalla chiesa del Convento di San Gerolamo delle Poverine Ingesuate -
Francesco Di Cristofano detto Il Franciabigio (Firenze 1484-1525)
Madonna col Bambino e San Giovannino 1506 -
ペルジーノ地方出身のフィレンツェの画家
Vergine col Bambino tra i Santi Micbele e Sebastiano Datato 1502 -
Antonio Rimpatta (Bologna, documentato 1501 - ante 1532)
Polittico Mormile Datato(モルミール多翼祭壇 ) -
Ambito di Silvestro di Giacomo detto Silvestro dell'Aquila (LAquila, documentato I471 - 1504)
San Sebastiano -
Attribuito a Francesco Di Cristofano detto Il Franciabigio (Firenze 1484-1525)
Madonna col Bambino e San Giovannino -
チェントロに向かいましょう。
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ミケランジェロ作の墓があるサン・ロレンツォ聖堂ですね。
今回はスルーで。 -
やはりフィレンツェは観光客で溢れてる。
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ドゥーモ(Cattedrale di Santa Maria del Fiore)に到着。
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いつ見ても美しい。
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中に入るのにすごい行列、今日はいいかな。
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ドームに登るには時間がかかるならと、ジョットの鐘楼はと見たらこちらも無理そう。
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サン・ジョヴァンニ洗礼堂。
こちらも並んでるね。 -
ロレンツォ・ギベルティの「天国の門」(1425‐52)でも少し見ましょうか。
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旧約聖書が描かれていてレプリカとのことだが、精巧に出来ている。
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美しい窓辺。
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ビガッロ開廊(Loggia del Bigallo)
14 世紀半ばにミゼリコルディア会のために隣接する礼拝堂とともに建てられ、1425 年にビガッロ会の本拠地となったそう。
見たいものがあったのだけど、入れなかった。 -
外壁だけ鑑賞しましょう。
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美しい意匠。
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それでは、クーポラを眺めながら移動しましょう。
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裏道も混雑。
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Badia Fiorentina - Monastero
お気に入りの場所へ行きます。 -
通りの喧騒をよそにとても静か。暑さも凌がせていただきます。
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修道院で誰でも参加できるミサが行われています。
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好きな絵画「聖ベルナルドゥスの幻視」フィリピーノ・リッピ(1484~86)
ウフィツィ美術館蔵で見れる有名な美しき「聖母子と二人の天使」の作者フィリッポ・リッピの息子、フィリピーノ・リッピ。
楽園追放で有名なブランカッチ礼拝堂フレスコ画をマザッチョとマゾリーノの後をうけて完成もさせている。 -
聖ベルナドゥス(1090~1153)はクレルヴォーに修道院を設立したシトー会の修道士。神学者としても知られ、異端を厳しく攻撃し、聖母マリアを深く崇拝した聖人とのこと。
野外に設えた机を前に執筆する聖人の前に4人の天使に囲まれた聖母が天から舞い降りて、静かに啓示を授けている場面。
聖母の出現に手をあわせているのは、注文主のピエロ・ディ・フランチェスコ・デル・プリエーゼ。
そしてお気に入りはその上の可愛い2人の天使。 -
右奥のスペースには天井画が。
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窓から覗いたらキオストロが見えた。入れなかったのが残念だったけど。
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そしてサンタ・クローチェ広場へ。
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わぁツール・ド・フランスのイベントやってる!
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実はフィレンツェ来訪の主目的は、ツール・ド・フランスだったのです。
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サンタ・クローチェ聖堂(Basilica di Santa Croce di Firenze)
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3身廊の美しい堂内。主祭壇側。
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バラ窓側。
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イチオシ
主祭壇の大礼拝堂のステンドグラスが鮮やか。
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礼拝堂の中央に掲げられた十字架は無名の「フィリーネの画家」の作品とのこと。
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ステンドグラスが美しい。
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多翼祭壇画は数人の画家による合作で、聖母を表す中央パネルはニッコロ・ジェリーニ、左右のパネルに描かれた教会博士たちは無名の画家によるとされているそう。
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この主祭壇奥の大礼拝堂を飾る大壁画連作、アーニョロ・ガッディ「聖十字架物語」を見に来ました。
聖十字架物語は、旧約聖書のアダムの死から新約聖書のキリストの磔刑を経て、4世紀の聖女ヘレナ(皇帝コンスタンティヌスの母)による再発見、その十字架のペルシア軍による略奪、そして東ローマ皇帝ヘラクリウスによる聖十字架の奪還まで一本の木の数奇な運命をたどった壮大な歴史長編ドラマ。 -
最初の人間であるアダムの犯した罪(原罪)によって生じた罰としての「死」が、初めて人間に訪れようとしている。アダムの息子セツはエデンの園に赴き、大天使ミカエルから一本の木の枝を与えられ、「この小枝が実をつければ、あなたの父は、健康なからだにもどるでしょう」と言われた。セツは急いで持ち帰って父を救おうとするが、時すでに遅く、すでにアダムは息を引き取った後だった。父の墓の上に植えられた木の枝は立派に成長し、ソロモン王の時代になって神殿建設用の木材として使われることになりますが、どうしても寸法が合わず、橋として利用されました。
上の絵は、「アダムの死」アダムの息子セツが天使から一本の枝をもらう場面が上方に描かれている。アダムの足元に跪く女性はイヴ(エヴァ)。 -
「橋に跪拝するシバの女王」
賢者としての誉れ高かったソロモン王を訪ねてきたシバの女王が、その橋の前に立ったとき、霊感によって、女王は橋に使われている木が「救世主を殺す木」となることを予見し、跪いて礼拝する。謁見の際にシバの女王から忠告を受けたソロモン王は、その木を地中深く埋めるよう命じた。 -
上方:「池から浮上する木」と「十字架づくり」
下方:「聖十字架の発見と検証 -
「池から浮上する木」と「十字架づくり」
長い時代が流れ、十字架のことは人々の記憶から忘れ去られてしまった。ちょうど木を埋めた場所に、神殿に捧げた犠牲獣を洗う池が掘られることになった。池を掘っていると、水が吹き上げてきて、それが万病に効く霊水だということがわかった。
そして、キリストの受難が近づいたころ、その木がひとりでに浮かび上がってきたのだ。その木でキリスト磔刑の十字架が作られたことは言うまでもない。こうして、キリストの死と、死からの復活によって、人間の救済が約束されることになった。 -
奥の左半分は見えないけど…
「聖十字架の発見と検証」
聖女ヘレナは発見された三本の十字架のうち、主の十字架がいずれであるのかを検証すべく、通りかかった葬列を止め、三本の十字架を順にかざすと三本目の十字架の時に死人が蘇り、聖十字架の大いなる力が示されたという場面。
後半のお話が、残念ながらよく見えない左半分。 -
とても見にくいけど上方:「十字架をエルサレムに持ち帰る聖女ヘレナ」
下方:「略奪される十字架」
再び3世紀ほどの歳月が流れた614年のこと、ササン朝のペルシア王ホスロー2世がエルサレムを攻め、聖十字架は異教徒の手に奪われてしまう。ホスロー2世はこけおどしの神殿に鎮座し、キリストの十字架を自分の横に置き、臣下の者たちに自分を神と呼ぶように命じた。628年、東ローマ皇帝ヘラクリウスは大軍を率いて進撃し、最後にホスロー2世の息子と一騎打ちをして勝利を収める。皇帝ヘラクリウスはホスローに「洗礼を受けてキリスト教に改宗するなら、命だけは助ける。」という条件を出すが、ホスローが応じなかったので、剣で彼の首をはねた。 -
発見した十字架をエルサレムに持ち帰る聖女ヘレナ。(皇帝コンスタンティヌスの母)
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シバの女王より聖女ヘレナが、一番美しいかな。
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「ペルシア王コスドラスと東ローマ皇帝ヘラクリウス」
東ローマ皇帝ヘラクリウスがペルシア王コスドラスの息子との一騎打ちを前にした眠れぬ夜を描いてるそう。 -
「ホスロー2世の斬首」と「皇帝ヘラクリウスのエルサレム凱旋」半分見れないけど。
聖十字架を奪還した皇帝ヘラクリウスが聖十字架をエルサレムに返そうと、凱旋将軍として華々しく城門に近づいたとき、突然に城門の石が崩れ、行く手を阻むではありませんか。戸惑う皇帝ヘラクリウスの上に天使が現れて、「主イエスがかつてこの門を通ってご受難の場所におもむかれたときは、つつましくロバに乗っておられ、きらびやかな盛衣などお召しになっていませんでした。」と告げる。この天使の言葉を聞いた皇帝は、豪華に飾り立てた愛馬から下りて靴を脱ぎ、肌衣となって謙虚に聖十字架を掲げると、城門は元に戻って開かれ、エルサレム市民の歓呼の声に迎えられた。 -
バルディ礼拝堂のフレスコ画は、残念ながら修復中。
こちらの祭壇を飾る「聖フランチェスコとその生涯」(1245‐50)コッポ・ディ・マルコヴァルドのみ見ることが出来た。 -
ペルッツィ礼拝堂。
祭壇を飾るのは、「聖母子と福音書記者聖ジョヴァンニと司教聖人」ベルナルド・ダッディ(1330)
両脇にはジョットのフレスコ画。 -
ジョットによって1310年頃から1320年頃に描かれたそう。
左側は「洗礼者聖ジョヴァンニの物語」 -
右側は「福音書記者聖ジョヴァンニの物語」
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スピネッリ礼拝堂。
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カッポーニ礼拝堂。
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ここも礼拝堂だったのか?
ステンドグラスが美しい。 -
カステッラーニ礼拝堂。
「磔刑像」はニッコロ・ジェリーニ。 -
バロンチェッリ礼拝堂。
中央には、ジョットと彼の工房による「聖母戴冠と聖人たち」(1334) -
フレスコ画は「聖母の物語」と「キリストの物語」タッデオ・ガッディ(1328年頃から1338年頃)
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サン・フランチェスコでしょうか。
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ミケランジェロのお墓。
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作曲家ジョアキーノ・ロッシーニのお墓。
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美術館のよう。
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有料とはいえ、見どころ十分。
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チマブーエ(フィレンツェ、1240c‐ピサ、1302)の「磔刑」(1288以前)
傷みが激しいのは1966年の水害の際、水につかってしまったからだそう。 -
ヴェッルーティ礼拝堂。
祭壇を飾るのは、「聖母子と4聖人」ジョヴァンニ・デル・ビオンド -
リヌッチ礼拝堂。
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中を覗いて。
「聖母子と聖人たちの多翼祭壇画」ジョヴァンニ・デル・ビオンド。 -
聖具質へ。
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「磔刑」タッデオ・ガッデイ
「カルヴァリオへの坂」スピネッロ・アレティーノの作
「キリストの昇天」と「キリストの復活」ニッコロ・ジェリーニの作品。 -
メディチ家礼拝堂。
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「リンボのキリスト降下」ブロンズィーノ(1552)
ひときわ目立つ女性が美しいマニエリスム期のメディチ家のフィレンツェ公コジモ1世の宮廷画家。
リンボとは、地獄の外緑に位置する特別の場所で、キリスト以前の善良な人々の魂が住むところなのだそう。
つまりキリストが復活の前にまず地獄をめぐり、リンボで旧約時代や古代異教世界の善良な人々の魂を開放し、天国に導くところを描いた場面が、リンボへの降下なのだそう。
キリストは復活を象徴する白地に赤い十字旗を左手に持ち、中央に眩しいばかりに描かれ、右手は仰ぎ見るアブラハムに伸びている。左側には、ひときわ白い肌の美しいエヴァと左手に鋤を持つ若きアダムが描かれている。 -
礼拝堂祭壇を飾るアンドレア・デッラ・ロッビアの彩釉テラコッタ「聖母子と聖人たち」
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聖具室の廊下の雰囲気がいい。
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「玉座の聖母子と聖人たち」ロレンツォ・ディ・ニッコロ(15世紀初頭)
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メディチの家紋だね。
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プリーツが美しいカーテン?と天使のフレスコ画。
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キオストロに出ます。
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パッツィ家礼拝堂。
フィリッポ・ブルネレスキ設計の洗練された理性的デザイン。 -
ロレンツォとジュリアーノのメディチ家兄弟をフィレンツェ大聖堂内で襲ったパッツィ家の反乱のため、礼拝堂は建物だけ残されたそう。
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回廊には、癒やされる。
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とはいえ、暑いので日陰を歩きます。
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「磔刑像」リッポ・ディ・ベニヴィエーニ(14世紀初頭)
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ジョヴァンニ・デッラ・ロッビアのテラコッタ。
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美しきキオストロ。
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旧食堂が展示室になっている。
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タッデオ・ガッディの「命の木」と「最後の晩餐」
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拡大して。
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命の木を拡大して。
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アンドレア・オルカーニャのフレスコ画。
教会右壁から移転された6つの残片からなる14世紀の壮大なフレスコ画。「死への勝利」「最後の審判」「地獄」。 -
キオストロ(回廊)にあるパッツィ家礼拝堂。
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もう少しそぞろ歩きしましょう。
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Badia Fiorentina - Monasteroのところまで戻って来た。
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前回も覗いたけどヴェッキオ宮殿中庭へ。
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美しい装飾。
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柱の装飾もすごい。
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ヴェロッキオ「イルカを抱くキューピッド」(コピー)
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中世の近隣の街。
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シニョーリア広場にもCiao Tour!の垂れ幕。
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ダビデ像(レプリカ)。
コジモ1世の騎馬像。
いつでもシニョーリア広場は、観光客でいっぱい。 -
ヴェッキオ橋もすごい賑わい。
いつも田舎街や村を訪れることが多い私、観光客で溢れているとスリにあわないか緊張してしまう。 -
もうすぐ夕方。
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ヴァザーリの回廊。
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変わらぬポンテ・ヴェッキオ、晴天なので映えるね。けど暑い!
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色とりどりのグミみたいなドルチェ、迷ったけど買わなかった。
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Loggia del Mercato Nuovoなどを通り過ぎながらドゥーモ方面へ。
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アヒルちゃんショップがあった。
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素敵なリストランテ。
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予約しないとダメそう。
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ということで入りやすいリストランテで夕食。
トリュフのパスタをいただいた。
<Ristorante SimBIOsi> -
お宿に戻り、マジックアワーを屋上テラスで楽しんだ。
Buonanotte☆
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