2024/03/08 - 2024/03/08
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kojikojiさん
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この旅行記のスケジュール
2024/03/08
この旅行記スケジュールを元に
昨日見学したアジャンター石窟寺院の仏教寺院は「仏教」というカテゴリーでくくれましたが、エローラ石窟寺院は「ジャイナ教」と「ヒンドゥー教」と「仏教」という3つの宗教の複合体です。ある意味コンプレックスといってもいいのかもしれません。ようやく始まった仏教石窟の「第4窟」から「第12窟」までの見学を続けます。ここではアジャンターでは見ることのなかったコンクリートのビルのようなヴィハーラを見ることも出来ました。いったい何人の僧侶がここで生活していたのだろうと千数百年前に思いを馳せます。また、いくつか残された建設途中の僧院は確かにこれらの石窟が人間に手によって、計画性を持って掘り出す途中であったことが感じられました。建築的にもその作業工程が感じられてとても興味深いです。また大枠を掘り出す職人集団と彫刻を施す職人は閉口して童子作業が行われていたであろうことも想像でき、現場監督のような人物もいたのだろうと想像は膨らんでいきます。仏像の基本形状はほぼほぼ同じなので、興味は別の方向に進んでしまいます。「第12窟」を見学した後はそのままヒンドゥー石窟寺院の見学に移り、「第13窟」からカイラーサナータ寺院の「第16窟」の手前までの遺跡を紹介します。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- ANA
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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「第4窟」に移動しました。シンプルなホールには全く装飾されていない四角柱の柱が並び、その奥には腰の部分にだけ装飾が施された柱が並びます。
エローラ石窟群 寺院・教会
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その奥にはドヴァラパーラに似た門衛神が本尊を護っています。「執金剛神(しゅこんごうじん)」は仏教の護法善神で、「金剛力士」と同じような役割をします。その起源はギリシア神話の英雄ヘラクレスであるとされ、ヘラクレスは「獅子の毛皮を身に纏い、手に棍棒を持つ髭面の男性」という姿で表されるのが一般的ですが、インドにおける「執金剛神」の造形もそれと同様です。
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門衛神の護る堂の中には仏陀が納められています。ガルバグリハ(Garbhag?ha)は、ヒンドゥー教とジャイナ教の寺院の最も内側の聖域であり、「至聖所」と呼ばれます。英文の資料を読み込むと、この仏教遺跡でも同じ単語が使われていました。
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僧侶の修行の場であるホール部分はコンクリートを流しいれたようにフラットですが、堂内の床はまだ仕上がっていないようです。それに対して壁面の仏像や菩薩や飛天は生きているように仕上がっています。
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薄衣の美しい仏陀は左手を膝に置き、右手は人差し指と中指と薬指を軽く頬にあてて考える思惟手(しゆいしゅ)の姿のようです。右上に浮かぶ姿は「半跏趺坐(はんかふざ)」のようです。右手の印相は「施無畏印(せむいいん)」で、畏れることは無いという意味を表わします。 左手は「与願印(よがんいん)」で人々の色んな願いを叶えますという意味を表します。
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「マハルワダ(Maharwada)」と呼ばれる「第5窟」は「第4窟」と違ってホールの床は全く仕上がっていません。建立の途中で放棄されているのが分かります。
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荒々しく掘り出された跡が生々しいです。残された2本の掘り残された筋には何か意味があるのでしょうか。
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そんな堂内でも本尊は暗闇の中で仕上がっています。外光がこんな奥まで差し込んでいることが不思議です。エジプトのアブシンベル神殿の至聖所に置かれた4体の神像を思い出します。
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左から地下世界の神プタハ、大気の守護神で豊饒神であるアメン神、そして神格化されたラムセス2世、一番右がハルマキス神でした。
アブシンベル神殿:https://4travel.jp/travelogue/11437368 -
一番奥から入り口側を見返すと床の荒々しさが良く分かります。それに対して天井はフラットに仕上がり、周囲の柱も仕上がっています。
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ここでも堂内の右側から反時計回りにレリーフを見ていきます。ヴァジュラパーニ(Vajrapani)は金剛手と呼ばれる夜叉です。
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パドマパニ(Padmapani)は堂々と立ち、下ろした左手は肩の上に咲く白い蓮(padma)の茎を持ち、右手の印相は「施無畏印(せむいいん)」のようです。仏教思想の純粋さを感じさせる立像です。
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ホールに面した柱の柱頭は威圧的なほど巨大ですが、側面に掘られた祠の柱は間隔が狭いせいか非常に細いデザインです。
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側面の祠の中までは太陽光線が差し込まないので彫刻を細かく観察することは出来ません。一応懐中電灯を持ってきてはいますが、入り口の注意事項には個別の照明を当ててはいけないと書かれてありました。
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外部に面した柱の彫刻は建立当時のままのように完璧に残されています。これが600年から650年の間にできたとは思えません。
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2層になった「第5窟」の見学を終えて先へ進みます。ジャイナ教の石窟寺院ほどではありませんが、仏教石窟を見学する人の数も少ないです。
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「第5窟」から「第6窟」へは岩を掘り進めた細い通路を横移動して進みます。元々は岩の中にあったことがこの断面からも分かります。
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「第6窟」はかなり狭い空間の中に至聖堂が納められています。奥行きがない分周囲の彫刻も見やすいです。
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ここも基本的には今までと同じような仏陀と脇侍の彫刻が納められています。
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右側面に納められた彫刻はボーディ・サットヴァ(Bodhisatta)、菩薩はヒンドゥー教の川の女神であるサラスヴァティ(Sarasvatī)の姿もあります。サラスヴァティは仏教では弁財天として表されます。アトリビュートである孔雀が羽を広げた姿で見られます。
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ヒンドゥー教の門衛神である「ドヴァラパーラ(Dvarapala)」は全く同じ姿ですが、仏教が日本に伝わると「金剛力士」 や 「仁王」変化していきます。腰をくの字に曲げた姿が仁王像を連想させます。
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「パドマパニ(Padmapani)」は堂々と立ち、下ろした左手は肩の上に咲く白い蓮(padma)の茎を持ち、右手の印相は「施無畏印(せむいいん)」を結んでいます。
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「第7窟」は「第6窟」の下にあり、12の未完成の部屋を持っています。
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入り口の周りは完成されているように見えます。
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特にエントランス周りの柱の装飾が見事です。
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「第6窟」と「第7窟」は象の美しさにも増して、建築的な完成度が印象に残ります。
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「第8窟」も僧院のスタイルの石窟寺院になります。ファサードの細かい彫刻が施された美しい寺院です。
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蓮座(れんざ)に足を置き、印を結ぶ姿で表された仏陀の姿です。
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残念ながら印の部分が破壊されているのでどのような印相だったかは分かりません。
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脇侍は菩薩ではなくて門衛神のようです。この石窟の本尊は至聖所に納められてはいません。
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「パドマパニ(Padmapani)」が蓮の茎を持つ姿で彫られています。以前に行ったミャンマーのインレー湖では蓮の茎から繊維を採って、紡いだ藕絲(ぐうし)で織物にしているのを見たことがあります。そんなことを思い出しました。
インレー湖:https://4travel.jp/travelogue/10943515 -
「第9窟」は「第6窟」と小さなホールを通り抜けるようなレイアウトになっています。この辺りの石窟は複雑な造りになっているので、正直どこからどこまでが1つの石窟になっているのか判断が難しいです。
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一番奥が「第1、そこから「第9窟」まで延々と石窟に入ったり出たり、階段を登ったり降りたりの連続で体力を消耗します。
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この辺りでガイドさんや妻たちの一団と完全に離れてしまいました。イヤフォンガイドからは雑音しか聞こえてこないので少々不安でもあります。
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それぞれの小さな石窟を覗いて、手を合わせてから写真を撮って先を急ぎます。
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「第10窟」は一連の仏教石窟の中で唯一のチャイティアと呼ばれる修道院のスタイルをとっています。正面には大きな中庭があり、脇の階段から2階へもアクセスすることが出来ます。
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ヴィシュヴァカルマ寺院と呼ばれる「第10窟」は木製の梁の意匠を持つ仕上げが施されているために「大工の洞窟」としても知られています。その複数階建ての入り口の奥には、祈りの家という意味の「チャイティヤ・グリハ(Chaitya-griha)」と呼ばれる仏舎利塔のホールがあります。
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仏舎利塔の前にはヴャキャナ・ムドラ(教える姿勢)という姿の説教のポーズの仏陀が脇侍を携えて座っています。
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中央の身廊と側廊に分かれており、28本の八角形の柱とシンプルな柱頭が並んでいます。仏陀の背後のアーチは菩提樹であることが分かります。
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スリランカのアヌラーダプラの「スリー・マハ菩提樹」で夜の参拝に参加して、菩提樹の葉を拾ってきたことを思い出します。この菩提樹は紀元前3世紀にインドのアショーカ王の王女サンガミッタがブッダガヤの菩提樹の分木を運び、デーワーナンピヤ・ティッサ王が植樹したとされる聖なる木でした。ブッダガヤの菩提樹はすでに失われています。
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八角柱が支える梁には数多くのレリーフで埋め尽くされています。
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一度表に出て左手にある階段を昇ってみることにします。だんだんとここが石窟寺院で1つの岩から掘り出した建物であるという感覚が失われてきます。それくらい当たり前に構造物として成立しています。
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2階のテラスから中庭を見下ろしてみます。中庭には座して祈りを捧げる僧侶や信者の姿も見えます。アジャンターでも見掛けた仏教徒の一団の方をここでも見掛けました。
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2階のファサードは完璧な姿で残っており、開口部は黙枠と扉が設けられているので、本当に建てられた建築物のように思えてきます。
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ここでも「パドマパニ(Padmapani)」が蓮の茎を持つ姿で彫られています。納められたニッチ(壁龕)の彫刻の完成度の高さに驚きます。
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門衛神である「ドヴァラパーラ(Dvarapala)」は祠の中に納められて守衛所のようです。
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「第11窟」と「第12窟」はヴァジラヤーナ仏教に属する偶像や壁に刻まれた曼荼羅、多数の女神や菩薩関連の図像がある3階建ての大乗僧院の石窟です。
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これらはヴァジラヤーナとタントラの仏教の考えが西暦8世紀までに南アジアで確立されていたことを示唆する証拠とされます。
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ヴァジラヤーナは密教とも呼ばれ、中世インドで発展してチベットやネパールへと広まりました。日本では「密教」または「真言宗」と呼ばれています。何度か高野山には通っていますが、そのルーツであるインドへ来たのだなと実感します。
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昨年の9月にネパール旅行を申し込んでいましたが、出発の前日に台風のために香港の空港が閉鎖になってしまいやむなく断念しています。やはり今年はリベンジしないとならないなと感じます。
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3階建ての僧院は数多くの部屋があり、その中にはいろいろな姿の仏陀の像が安置されています。これまで見てきた仏像とはまた違った姿を見せてくれます。
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じっくり見ていきたいところですが、ここへ入るのと入れ違いでガイドさんや妻が次の僧院に向かっているので駆け足での見学になってしまいます。
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「結跏趺坐(けっかふざ)」は「趺(あし)」とは足の甲のこと、「結」とは趺を交差させ、「跏」とは反対の足の太ももの上に乗せることです。したがって趺を結跏趺して坐(すわ)ることをいいます。結跏趺坐は足を結んだ形をしているのが特徴です。
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3階のテラスまで上がってきました。この石窟も見学している人の姿はほとんどありません。
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この空間にどれだけの岩石があり、それをどれだけの労力で掘り出したのだろうかと思うと感動を覚えます。宗教の力の凄さを感じずにはいられません。
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ヴァジラヤーナ仏教に属する偶像や壁に刻まれた曼荼羅、多数の女神や菩薩関連の図像が並んでいます。
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曼荼羅は密教の経典に基づいて主尊を中心に諸仏諸尊の集会する楼閣を模式的に示した図像のことです。密教の経典は曼荼羅を説き、その思想を曼荼羅の構造によって表します。古代インドに起源をもち、中央アジアから日本、中国、朝鮮半島、東南アジア諸国などへ伝わりました。
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「第12窟」までやってきました。仏教石窟はここが最後になります。入り口のところで他のツアーメンバーとすれ違いました。
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「第11窟」と同じような3階建ての僧院のスタイルです。どうやらガイドさんはこの石窟を飛ばして「第13窟」へ向かったようです。
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ここまで来て素通りは出来ないので走って見学することにします。入り口の階段を昇ると天井にフレスコ画が残っているのが確認できました。
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風化してしまった仏像ですが、壁面にはかすかに往時の色彩が残っているようです。いったいどのような色彩で覆われていたのかが気になりますが、スリランカの石窟寺院で見てきたものが思い出されます。
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想像でしかありませんが、こんなような極彩色の世界だったのかもしれないと過去に思いを馳せます。
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シンプルな方形の柱が連続した僧院です。ここも見学している人の姿はありませんでした。
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大曼荼羅(身曼荼羅)は経典の主尊をはじめとする諸仏の像を、色・姿・形をとった絵画として表現したものですが、このレリーフもそんな色で表現されていたのかもしれません。インドにいながらネパールの旅のことを考えてしまいます。
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この堂内自体が曼荼羅のように思えてきました。色彩が残されていたら余計にそう思えたかもしれません。
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仏教石窟の見学を終えてヒンドゥー教石窟へ移動します。先に向かったガイドさんたちを探さなければなりません。途中は遅れても集合時間には戻っていなければ皆さんに迷惑をかけてしまいます。
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「第13窟」は特に興味深い物は無く、おそらくは休憩所として使われたようです。
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「第14窟」は「ラヴァーナカカ洞窟(Ravana-ki-khai)」と呼ばれ、前廊を持たない長方形の窟は前方に柱列のあるホールと後方に祠堂を構えています。
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これまでの仏教石窟とは違って数多くの彫刻が壁面に施されています。堂内の右壁面にはシヴァの物語の場面が読み取れます。先に「第29窟」を見学したことでレリーフを読み取ることが出来ます。
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至聖所(Garbhagrha)の脇を護る門衛神のドヴァーラパーラ(Dvarapala)など彫刻も読み取れます。この「14窟」はシヴァに捧げられた石窟なので本尊はリンガです。
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マヒサスラマルディニ(Mahisasuramarudini)
デヴィ・マハトミヤによるとマヒシャスラ・ヴァダと呼ばれる伝説では、マヒシャスラの配下のアスラがデーヴァを追放し、住居であるスヴァルガを蹂躙したことに激怒し、ブラフマーとヴィシュヌとシヴァの神々のトリムルティ(最高三位一体)が彼らのエネルギーを結合し、それがドゥルガーと呼ばれる女神の形をとります。神々の武器と属性で武装したドゥルガーはライオン、象、水牛、そして最後に人間の姿を変えるマヒシャシュラを殺しました。 -
「第29窟」でも同じようなレリーフを見ました。サイコロで遊ぶシヴァと妻のパールバティだと分かります。下段にはシヴァの乗り物の牡牛のナンディンの姿があります。
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「ナタラージャ」はシヴァ神を神聖な宇宙の踊り子として描いたもので、彼のダンスはタンダヴァと呼ばれています。ナタラージャという言葉はサンスクリット語で、「演技、ドラマ、ダンス」を意味するナタ(Nata)と「王、主」を意味するラジャ(Raja)から来ています。エローラで最高傑作と言われるレリーフです。
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「シヴァによるラーヴァナへの恩寵」
この題材はカンボジアのアンコール遺跡群のバンテアイ・スレイでも見た記憶があります。ラーヴァナはシヴァとパールヴァティの住むカイラーサ山まで行き、その山を揺らしにかかります。 -
傘の下に立つ女神はガンガ(Ganga)です。ガンジス川の擬人化であり、ヒンズー教徒には浄化と許しの女神として崇拝されています。多くの名前で知られているガンガーはマカラと呼ばれる神聖なワニのような生き物に乗り、色白で美しい女性として描かれます。
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シヴァの膝の上に座るパールヴァティのレリーフはほぼ完全な形で残されています。
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ヴァラーハ(Varaha)はヒンドゥー教における猪の姿をしたヴィシュヌ神の第3のアヴァターラ(化身)です。大地(プリティヴィー)を海の底へ沈めた恐ろしきダイティヤ族の王ヒラニヤークシャを打ち破るために遣わされ、1000年にも及ぶ戦いの末に勝利を収めます。ヴァラーハは純粋に猪、もしくは擬人化されて猪の頭を持つ男の姿で描かれます。それは4本の腕を持ち、2本で車輪と法螺貝、残りの手で矛、剣あるいは蓮を持つ姿で描写されます。ここではとぐろを巻く龍神を踏みつけて、牙で大地の女神ブーミを引き上げています。
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ドゥルガー( Durga)はヒンドゥー教の女神で、その名は「近づき難い者」を意味します。デーヴァ神族の要請によってアスラ神族と戦かい、シヴァ神の神妃とされ、パールヴァティーと同一視されます。外見は優美で美しいのですが、実際は恐るべき戦いの女神です。額の中央に3つ目の目を持ち、虎もしくはライオンに乗る姿で描かれます。
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ガジャラクシュミ(Gajalakumi)は象のラクシュミとも呼ばれ、ヒンドゥー教の繁栄の女神ラクシュミの最も重要なアシュタラクシュミの側面の1つです。ここでは2頭の象が彼女に命を与える水を浴びせています。
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やはり仏教寺院よりヒンドゥー寺院の方がビジュアル的には変化があって面白いと感じます。
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「第15窟」はダス・アヴァターラ窟と呼ばれ、風呂い中庭を持つ2階建ての石窟です。堂内にはアンダカを殺すシヴァ、サイコロで遊ぶシヴァとパールバティ、シヴァとパールヴァティの結婚、カイラス山を揺らすラーヴァナなどこれまで見てきた題材のレリーフがあるようですが、次の「第16窟」へガイドさんが進んだので泣く泣く写真を1枚だけ撮りました。
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