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2022年5月18日(水)3時半過ぎ、東武鬼怒川線の東武ワールドスクウェア駅(下の写真1)から移動開始。前述したが、東武ワールドスクウェア駅は2017年に開業した新しい駅。もちろん東武ワールドスクウェアの最寄駅でメインゲートまで徒歩1分。<br /><br />それまで東武ワールドスクウェアの最寄駅は1駅今市寄りの小佐越駅で、徒歩8分掛かっていたが、より交通利便性を向上させ、観光地としての回遊性を高めるために、メインゲートから徒歩1分の場所にこの駅が設置された。東武鉄道の駅開業は2005年開業の流山おおたかの森駅以来12年振りだった。<br /><br />「東武」を冠するレジャー施設が駅名になるのは東武動物公園駅に次いで2駅目だが、そちらは東武動物公園開園に伴って杉戸駅から改称されたもので、開業当初から施設名を冠するのはこの駅が初めて。<br /><br />単式ホーム1面1線を有する地上駅で、鬼怒川線で唯一交換設備のない棒線駅。駅舎の位置はホームの鬼怒川温泉寄り。PASMO簡易改札機はあるが券売機はなく、乗車券や特急券、座席指定券は、東武ワールドスクウェアの入園券うりばの専用ブースで発売営業時間内に限りしている。<br /><br />3時35分発の東武日光行電車で下今市に移動する(下の写真2)。下今市では7分の連絡で特急のけごん42号に乗り継ぐ(下の写真3)。特急券は予め東武ワールドスクウェアを出る前に買っておいた(下の写真4)。東武特急に乗るのは初めて。<br /><br />けごんは東武鉄道が浅草・東武日光間を伊勢崎線・日光線経由で運行する特急列車の愛称。1948年(昭和23年)に「華厳」として誕生、1951年(昭和26年)に平仮名表記になった。名前はもちろん華厳の滝から取られている。<br /><br />1990年に営業運転を開始した東武100系電車、愛称スペーシア(SPACIA)で運行されている。愛称は一般公募されたものでSPACE(空間・宇宙)にIAを加え固有名詞化したもの。東武で初めての採用となるオールアルミ合金製とされ、軽量化と低重心化が図られている。<br /><br />車体塗装はジャスミンホワイトを基調にフューチャーブルーの帯を巻き、窓回りは東京スカイツリーのライトアップデザイン「雅」をイメージした江戸紫となっている。SPACIAのロゴタイプは&quot;I&quot;の部分が東京スカイツリーの塔体を表し、真ん中の&quot;AC&quot;の上に配される3つの星は「浅草」「東京スカイツリータウン」「日光」を表している(下の写真5)。<br /><br />東武日光線は東京都心と日光を結ぶ路線で、東武鉄道伊勢崎線(東武スカイツリーライン)東武動物公園駅から分岐して東武日光駅を結ぶ。これまでにも日光からの帰りにJRと乗り換える栗橋までや、尾瀬からの帰りに鬼怒川線から浅草まで乗ったことある。<br /><br />南栗橋駅以南では伊勢崎線を経由して東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線及び東京メトロ日比谷線に直通する列車が設定されている。また、栗橋駅でJRと接続しており、相互乗り入れも行われている。<br /><br />JR在来線と同じ狭軌(1067㎜)で、起・終点駅含む26駅、94.5kmを結び、全線電化複線。1929年(昭和4年)に杉戸(現東武動物公園)・新鹿沼間が開業し、半年後に東武日光までが全線開業した。<br /><br />4時2分に下今市を出て、新鹿沼と栃木に止まりながら栃木県を南下してゆき、通過駅だが板倉東洋大前駅の前後わずかに群馬県を通り、埼玉県に入る。そしてこれも通過駅だが、東武動物公園で伊勢崎線にそのまま乗り入れる。<br /><br />伊勢崎線は東京の下町にある浅草から埼玉県の東部地域と利根地域を経て群馬県・栃木県の両毛地域を結ぶ路線で、浅草から伊勢崎間に走る。浅草・東武動物公園駅間と支線の押上・曳舟間は東武スカイツリーライン(TOBU SKYTREE Line)と云う路線愛称名が付けられている。東武動物公園から先は乗ったことがない。<br /><br />JR在来線と同じ狭軌(1067㎜)で、起・終点駅含む55駅、114.5kmを結び、全線電化だが館林・伊勢崎間39.9kmは単線。とうきょうスカイツリー・曳舟間1.3kmと北千住・北越谷間18.9kmは複々線で、それ以外は複線。全線距離はJR及びJRから継承された第三セクター鉄道を除けば一路線の営業キロとして日本最長。北千住・北越谷の複々線もJR以外では最長。<br /><br />1899年(明治32年)に北千住・久喜間が東武鉄道として最初に開業。最終的には1931年(昭和6年)に浅草雷門駅(現浅草駅)と昔の浅草駅を改称した業平橋駅(現とうきょうスカイツリー駅)の間が開通して全線開業した。<br /><br />5時10分に春日部に到着し、ここで東武野田線に乗り換える。埼玉県南東部から千葉県北西部の東葛地域にかけて、東京30km圏内の東半分を結ぶ路線。さいたま市の大宮から春日部や柏を経由して千葉の船橋を結ぶ。東武アーバンパークライン(TOBU URBAN PARK Line)と云う愛称が付けられている。大宮公園から柏の葉公園総合競技場に行くのに乗ったことはある。<br /><br />JR在来線と同じ狭軌(1067㎜)で、起・終点駅含む35駅、62.7kmを結び、春日部・運河間18.0kmのみ単線以外は複線。柏駅はスイッチバック構造となっており、日中の大宮・船橋間の急行と早朝夜間帯の一部の直通列車を除いて柏駅を境に運転系統が分離されている。<br /><br />1911年(明治44年)に千葉県営鉄道野田線として野田町(現野田市)・柏間14.7kmが開業。1923年(大正12年)に北総鉄道に譲渡し、その後総武鉄道に社名変更する。全線開業は1930年(昭和5年)。1944年(昭和19年)に東武鉄道が総武鉄道を吸収合併し、東武鉄道野田線・船橋線となった。その後、1948年(昭和23年)に船橋線は野田線に統合された。<br /><br />当初は野田から柏まで醤油を運ぶ貨物輸送のために建設された。かつては野田市のキッコーマン本社内に貨物駅が存在し、柏駅から日本鉄道(現JR東日本常磐線)経由で日本全国に醤油が輸送されていたが、1985年に廃止された。<br /><br />5時22分に春日部駅を出て(表紙の写真)、伊勢崎線をオーバーパスし東に進むと、江戸川を渡って千葉県に入る。<br /><br />千葉県は東京都の東側、関東地方南東に位置する県で首都圏を構成している。県庁所在地は千葉市。房総三国である上総国(南総)・安房国(房州)の全土と、下総国(北総)の一部から成り立っている。<br /><br />総人口は約630万人で、東京、神奈川、大阪、愛知、埼玉に次ぐ6位。人口は増加傾向で、2002年に600万人を突破した。ただし、千葉市や都内に近い県西部では急増しているが、県東部など東京通勤圏最外縁部に位置する市町村では減少傾向。<br /><br />面積は約5200平方kmで、全国では28番目とほぼ真ん中。愛知県よりわずかに狭い。地理的特性として関東平野に含まれるが、南部は東と南を太平洋、西は東京湾と三方を海に囲まれた房総半島。平野と丘陵が県土の大半を占め、海抜500m以上の山地がない日本で唯一の都道府県。<br /><br />上述のように大化の改新以降に定められた令制国では、上総国(かずさのくに)、下総国(しもうさのくに)、安房国(あわのくに)だった。上総国は千葉市東部から房総半島の富津、勝浦辺りまでで、その南が安房国。残る北部が下総国で、下総国は現在の利根川以北部分は茨城県(一部埼玉県)にもなっている。<br /><br />上総、下総の「総」はよき麻の生いたる土地というところより捄国(ふさのくに)と称したことから来ている。当時は東海道の正式なルートは三浦半島から房総半島に渡っており、畿内に近い方から上総、下総となった。安房は阿波の忌部氏が房総半島南端にやって来て開拓したことからと云う。<br /><br />歴史上、千葉が大きな節目となったのが平安時代末期に落ち延びてきた源頼朝を千葉氏を始めとする総州の諸侯が支援したこと。鎌倉幕府を築くための原動力となった。2022年のNHK大河「鎌倉殿の13人」でもたっぷりと描かれた。<br /><br />室町時代後期から江戸時代までの間には安房に上陸した里見が勢力を伸ばす。江戸後期に書かれた話だが、南総里見八犬伝は今でも読まれる作品。<br /><br />江戸時代に入ると江戸に近いことから、有力な大名家は置かれず、小大名領と旗本知行地、天領に細かく分割された。最も大きかったのは下総佐倉藩の11万石で、幕末には藩主だった堀田正睦が老中としてアメリカとの交渉役を務めた。<br /><br />1871年(明治4年)の廃藩置県により26県が設置されたが、すぐに新治県・木更津県・印旛県の3県に統合され、2年後に木更津県と印旛県が合併し千葉県が誕生した。県名は千葉郡千葉町(現在の千葉市)に県庁が置かれたことに由来する。「千葉」の由来は諸説あるが、一説によると「数多くの葉が繁茂する」の意で、実り豊かな豊穣の地を示しているとある。<br /><br />1875年(明治8年)に新治県の茨城県編入に伴い、いくつかの郡の譲渡・編入・移管が茨城県と埼玉県との間で行われ、さらに1899年(明治32年)に香取郡の利根川以北が茨城県に編入され、現在の県域がほぼ確定した。現在の市町村数は54市町村 (37市16町1村)で、千葉市が政令指定都市、船橋市と柏市が中核市、千葉市・柏市・成田市・木更津市・印西市が業務核都市となっている。<br /><br />中心業務地区の幕張新都心、アジア地域有数の国際見本市会場である幕張メッセ、国際線旅客数・就航都市数・貿易額で日本一の成田国際空港、日本三大港湾である東京港湾の一角を担う千葉港、水揚げ量日本一で日本三大漁港の銚子漁港、集客施設来場者数日本一のディズニーリゾートを抱える。<br /><br />また、日本一の数を有する海水浴場や自然豊かな南房総国定公園・水郷筑波国定公園などを筆頭とした観光・リゾート地もあり、優れた社会基盤、豊かな地域資源、バランスの取れた産業構造を核としている。訪日旅客数は全国第3位。私も仕事でもプライベートでも数えきれないくらい来ている。<br /><br />近郊農業が盛んで葱・蕪・ホウレンソウ、サヤエンドウ、枝豆、春菊、梨、落花生の収穫量が全国第1位。漁業総生産量は全国第6位で、特に銚子魚港は全国有数の漁港。野田や銚子の醤油醸造も有名。京葉工業地帯の一部でもある。<br /><br />プロ野球の千葉ロッテマリーンズ(Marines)、サッカーJリーグの柏レイソル(Reysol)とジェフユナイテッド(JEF United)市原・千葉、アメフトのオービックシーガルズ(OBIC SEAGULLS)、バスケットB.LEAGUEの千葉ジェッツ(Jets)ふなばしなどが本拠地を置く。<br /><br />千葉県に関連する著名人はすごく多いので、各市町村で触れるだけにする。<br /><br />6時6分柏駅に到着。柏駅はJR東と東武鉄道の両方の駅が並んでいる。柏商圏を形成する商業中心都市である柏市の中心駅で、特に東口を中心に首都圏有数の繁華街を形成している。<br /><br />1896年(明治29年)日本鉄道の田端・土浦間開業に伴い柏駅として開業。当時、駅一帯は千代田村と柏村があったが、千代田は皇居に繋がり「畏れ多い」と云うことで、柏が採用された。なお、日本鉄道は1906年(明治39年)に国有化された。<br /><br />東武鉄道の柏駅は1911年(明治44年)に千葉県営軽便鉄道野田線の駅として開業、1923年(大正12年)に北総鉄道船橋線の駅が反対側の東側に開業し、千葉県営軽便鉄道も北総鉄道に譲渡される。北総鉄道はその後、総武鉄道への社名変更を経て1944年(昭和19年)から東武鉄道が運営している。<br /><br />1930年(昭和5年)に船橋線の線路を付け替え、船橋線の柏駅を野田線柏駅に統合し、スイッチバック構造となる。1948年(昭和23年)には船橋線を野田線に統合し、柏駅は中間駅となる。<br /><br />東武鉄道の駅は頭端式ホームの2面4線を持つ地上駅で、柏高島屋ステーションモール(S館)の3階にある。改札口は東口と西口を結ぶ通路上に出る中央口と南口の2か所。柏髙島屋ステーションモールは元々は1979年に柏ローズタウンとして開業したもの。1992年に柏髙島屋の一部となった。<br /><br /><br />東口を出て、三協フロンテア柏スタジアムに向かうが、続く

東武ワールドスクウェアから千葉 柏へ(To Kashiwa,Chiba,Japan)

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2022/05/18 - 2022/05/18

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ちふゆ

ちふゆさん

2022年5月18日(水)3時半過ぎ、東武鬼怒川線の東武ワールドスクウェア駅(下の写真1)から移動開始。前述したが、東武ワールドスクウェア駅は2017年に開業した新しい駅。もちろん東武ワールドスクウェアの最寄駅でメインゲートまで徒歩1分。

それまで東武ワールドスクウェアの最寄駅は1駅今市寄りの小佐越駅で、徒歩8分掛かっていたが、より交通利便性を向上させ、観光地としての回遊性を高めるために、メインゲートから徒歩1分の場所にこの駅が設置された。東武鉄道の駅開業は2005年開業の流山おおたかの森駅以来12年振りだった。

「東武」を冠するレジャー施設が駅名になるのは東武動物公園駅に次いで2駅目だが、そちらは東武動物公園開園に伴って杉戸駅から改称されたもので、開業当初から施設名を冠するのはこの駅が初めて。

単式ホーム1面1線を有する地上駅で、鬼怒川線で唯一交換設備のない棒線駅。駅舎の位置はホームの鬼怒川温泉寄り。PASMO簡易改札機はあるが券売機はなく、乗車券や特急券、座席指定券は、東武ワールドスクウェアの入園券うりばの専用ブースで発売営業時間内に限りしている。

3時35分発の東武日光行電車で下今市に移動する(下の写真2)。下今市では7分の連絡で特急のけごん42号に乗り継ぐ(下の写真3)。特急券は予め東武ワールドスクウェアを出る前に買っておいた(下の写真4)。東武特急に乗るのは初めて。

けごんは東武鉄道が浅草・東武日光間を伊勢崎線・日光線経由で運行する特急列車の愛称。1948年(昭和23年)に「華厳」として誕生、1951年(昭和26年)に平仮名表記になった。名前はもちろん華厳の滝から取られている。

1990年に営業運転を開始した東武100系電車、愛称スペーシア(SPACIA)で運行されている。愛称は一般公募されたものでSPACE(空間・宇宙)にIAを加え固有名詞化したもの。東武で初めての採用となるオールアルミ合金製とされ、軽量化と低重心化が図られている。

車体塗装はジャスミンホワイトを基調にフューチャーブルーの帯を巻き、窓回りは東京スカイツリーのライトアップデザイン「雅」をイメージした江戸紫となっている。SPACIAのロゴタイプは"I"の部分が東京スカイツリーの塔体を表し、真ん中の"AC"の上に配される3つの星は「浅草」「東京スカイツリータウン」「日光」を表している(下の写真5)。

東武日光線は東京都心と日光を結ぶ路線で、東武鉄道伊勢崎線(東武スカイツリーライン)東武動物公園駅から分岐して東武日光駅を結ぶ。これまでにも日光からの帰りにJRと乗り換える栗橋までや、尾瀬からの帰りに鬼怒川線から浅草まで乗ったことある。

南栗橋駅以南では伊勢崎線を経由して東京メトロ半蔵門線・東急田園都市線及び東京メトロ日比谷線に直通する列車が設定されている。また、栗橋駅でJRと接続しており、相互乗り入れも行われている。

JR在来線と同じ狭軌(1067㎜)で、起・終点駅含む26駅、94.5kmを結び、全線電化複線。1929年(昭和4年)に杉戸(現東武動物公園)・新鹿沼間が開業し、半年後に東武日光までが全線開業した。

4時2分に下今市を出て、新鹿沼と栃木に止まりながら栃木県を南下してゆき、通過駅だが板倉東洋大前駅の前後わずかに群馬県を通り、埼玉県に入る。そしてこれも通過駅だが、東武動物公園で伊勢崎線にそのまま乗り入れる。

伊勢崎線は東京の下町にある浅草から埼玉県の東部地域と利根地域を経て群馬県・栃木県の両毛地域を結ぶ路線で、浅草から伊勢崎間に走る。浅草・東武動物公園駅間と支線の押上・曳舟間は東武スカイツリーライン(TOBU SKYTREE Line)と云う路線愛称名が付けられている。東武動物公園から先は乗ったことがない。

JR在来線と同じ狭軌(1067㎜)で、起・終点駅含む55駅、114.5kmを結び、全線電化だが館林・伊勢崎間39.9kmは単線。とうきょうスカイツリー・曳舟間1.3kmと北千住・北越谷間18.9kmは複々線で、それ以外は複線。全線距離はJR及びJRから継承された第三セクター鉄道を除けば一路線の営業キロとして日本最長。北千住・北越谷の複々線もJR以外では最長。

1899年(明治32年)に北千住・久喜間が東武鉄道として最初に開業。最終的には1931年(昭和6年)に浅草雷門駅(現浅草駅)と昔の浅草駅を改称した業平橋駅(現とうきょうスカイツリー駅)の間が開通して全線開業した。

5時10分に春日部に到着し、ここで東武野田線に乗り換える。埼玉県南東部から千葉県北西部の東葛地域にかけて、東京30km圏内の東半分を結ぶ路線。さいたま市の大宮から春日部や柏を経由して千葉の船橋を結ぶ。東武アーバンパークライン(TOBU URBAN PARK Line)と云う愛称が付けられている。大宮公園から柏の葉公園総合競技場に行くのに乗ったことはある。

JR在来線と同じ狭軌(1067㎜)で、起・終点駅含む35駅、62.7kmを結び、春日部・運河間18.0kmのみ単線以外は複線。柏駅はスイッチバック構造となっており、日中の大宮・船橋間の急行と早朝夜間帯の一部の直通列車を除いて柏駅を境に運転系統が分離されている。

1911年(明治44年)に千葉県営鉄道野田線として野田町(現野田市)・柏間14.7kmが開業。1923年(大正12年)に北総鉄道に譲渡し、その後総武鉄道に社名変更する。全線開業は1930年(昭和5年)。1944年(昭和19年)に東武鉄道が総武鉄道を吸収合併し、東武鉄道野田線・船橋線となった。その後、1948年(昭和23年)に船橋線は野田線に統合された。

当初は野田から柏まで醤油を運ぶ貨物輸送のために建設された。かつては野田市のキッコーマン本社内に貨物駅が存在し、柏駅から日本鉄道(現JR東日本常磐線)経由で日本全国に醤油が輸送されていたが、1985年に廃止された。

5時22分に春日部駅を出て(表紙の写真)、伊勢崎線をオーバーパスし東に進むと、江戸川を渡って千葉県に入る。

千葉県は東京都の東側、関東地方南東に位置する県で首都圏を構成している。県庁所在地は千葉市。房総三国である上総国(南総)・安房国(房州)の全土と、下総国(北総)の一部から成り立っている。

総人口は約630万人で、東京、神奈川、大阪、愛知、埼玉に次ぐ6位。人口は増加傾向で、2002年に600万人を突破した。ただし、千葉市や都内に近い県西部では急増しているが、県東部など東京通勤圏最外縁部に位置する市町村では減少傾向。

面積は約5200平方kmで、全国では28番目とほぼ真ん中。愛知県よりわずかに狭い。地理的特性として関東平野に含まれるが、南部は東と南を太平洋、西は東京湾と三方を海に囲まれた房総半島。平野と丘陵が県土の大半を占め、海抜500m以上の山地がない日本で唯一の都道府県。

上述のように大化の改新以降に定められた令制国では、上総国(かずさのくに)、下総国(しもうさのくに)、安房国(あわのくに)だった。上総国は千葉市東部から房総半島の富津、勝浦辺りまでで、その南が安房国。残る北部が下総国で、下総国は現在の利根川以北部分は茨城県(一部埼玉県)にもなっている。

上総、下総の「総」はよき麻の生いたる土地というところより捄国(ふさのくに)と称したことから来ている。当時は東海道の正式なルートは三浦半島から房総半島に渡っており、畿内に近い方から上総、下総となった。安房は阿波の忌部氏が房総半島南端にやって来て開拓したことからと云う。

歴史上、千葉が大きな節目となったのが平安時代末期に落ち延びてきた源頼朝を千葉氏を始めとする総州の諸侯が支援したこと。鎌倉幕府を築くための原動力となった。2022年のNHK大河「鎌倉殿の13人」でもたっぷりと描かれた。

室町時代後期から江戸時代までの間には安房に上陸した里見が勢力を伸ばす。江戸後期に書かれた話だが、南総里見八犬伝は今でも読まれる作品。

江戸時代に入ると江戸に近いことから、有力な大名家は置かれず、小大名領と旗本知行地、天領に細かく分割された。最も大きかったのは下総佐倉藩の11万石で、幕末には藩主だった堀田正睦が老中としてアメリカとの交渉役を務めた。

1871年(明治4年)の廃藩置県により26県が設置されたが、すぐに新治県・木更津県・印旛県の3県に統合され、2年後に木更津県と印旛県が合併し千葉県が誕生した。県名は千葉郡千葉町(現在の千葉市)に県庁が置かれたことに由来する。「千葉」の由来は諸説あるが、一説によると「数多くの葉が繁茂する」の意で、実り豊かな豊穣の地を示しているとある。

1875年(明治8年)に新治県の茨城県編入に伴い、いくつかの郡の譲渡・編入・移管が茨城県と埼玉県との間で行われ、さらに1899年(明治32年)に香取郡の利根川以北が茨城県に編入され、現在の県域がほぼ確定した。現在の市町村数は54市町村 (37市16町1村)で、千葉市が政令指定都市、船橋市と柏市が中核市、千葉市・柏市・成田市・木更津市・印西市が業務核都市となっている。

中心業務地区の幕張新都心、アジア地域有数の国際見本市会場である幕張メッセ、国際線旅客数・就航都市数・貿易額で日本一の成田国際空港、日本三大港湾である東京港湾の一角を担う千葉港、水揚げ量日本一で日本三大漁港の銚子漁港、集客施設来場者数日本一のディズニーリゾートを抱える。

また、日本一の数を有する海水浴場や自然豊かな南房総国定公園・水郷筑波国定公園などを筆頭とした観光・リゾート地もあり、優れた社会基盤、豊かな地域資源、バランスの取れた産業構造を核としている。訪日旅客数は全国第3位。私も仕事でもプライベートでも数えきれないくらい来ている。

近郊農業が盛んで葱・蕪・ホウレンソウ、サヤエンドウ、枝豆、春菊、梨、落花生の収穫量が全国第1位。漁業総生産量は全国第6位で、特に銚子魚港は全国有数の漁港。野田や銚子の醤油醸造も有名。京葉工業地帯の一部でもある。

プロ野球の千葉ロッテマリーンズ(Marines)、サッカーJリーグの柏レイソル(Reysol)とジェフユナイテッド(JEF United)市原・千葉、アメフトのオービックシーガルズ(OBIC SEAGULLS)、バスケットB.LEAGUEの千葉ジェッツ(Jets)ふなばしなどが本拠地を置く。

千葉県に関連する著名人はすごく多いので、各市町村で触れるだけにする。

6時6分柏駅に到着。柏駅はJR東と東武鉄道の両方の駅が並んでいる。柏商圏を形成する商業中心都市である柏市の中心駅で、特に東口を中心に首都圏有数の繁華街を形成している。

1896年(明治29年)日本鉄道の田端・土浦間開業に伴い柏駅として開業。当時、駅一帯は千代田村と柏村があったが、千代田は皇居に繋がり「畏れ多い」と云うことで、柏が採用された。なお、日本鉄道は1906年(明治39年)に国有化された。

東武鉄道の柏駅は1911年(明治44年)に千葉県営軽便鉄道野田線の駅として開業、1923年(大正12年)に北総鉄道船橋線の駅が反対側の東側に開業し、千葉県営軽便鉄道も北総鉄道に譲渡される。北総鉄道はその後、総武鉄道への社名変更を経て1944年(昭和19年)から東武鉄道が運営している。

1930年(昭和5年)に船橋線の線路を付け替え、船橋線の柏駅を野田線柏駅に統合し、スイッチバック構造となる。1948年(昭和23年)には船橋線を野田線に統合し、柏駅は中間駅となる。

東武鉄道の駅は頭端式ホームの2面4線を持つ地上駅で、柏高島屋ステーションモール(S館)の3階にある。改札口は東口と西口を結ぶ通路上に出る中央口と南口の2か所。柏髙島屋ステーションモールは元々は1979年に柏ローズタウンとして開業したもの。1992年に柏髙島屋の一部となった。


東口を出て、三協フロンテア柏スタジアムに向かうが、続く

  • 写真1 東武ワールドスクウェア駅

    写真1 東武ワールドスクウェア駅

  • 写真2 東武ワールドスクウェア駅ホームに入線する電車

    写真2 東武ワールドスクウェア駅ホームに入線する電車

  • 写真3 下今市駅に入線するけごん42号

    写真3 下今市駅に入線するけごん42号

  • 写真4 けごん42号特急券

    写真4 けごん42号特急券

  • 写真5 春日部駅に停車中のけごん42号

    写真5 春日部駅に停車中のけごん42号

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