エルサレム旅行記(ブログ) 一覧に戻る
エルサレム2日目になります。<br />前日は主に旧市街の城壁内を観光し、2日目は城壁外です。<br />それでも、エルサレムはまだまだ見足りません。<br />面積そのものは、郊外を含めても、東京23区内とさほど変わりません。<br />ただ、この小さな街に様々なものが凝縮されています。<br /><br />そして、この日は今回の旅行の最終日でもあります。<br />旅の経路は、結構重要かと思います。<br />もし、エルサレムから旅を始めて、最後にペトラとなると、体力的に精神的にきつかったかもしれません。<br />エルサレムの旅行記はこれで最後ですが、実質的には最後にテルアビブから発つため、この旅行記が最後ではありませんが。<br /><br />【旅程】<br /><br />8月2日(水)<br />NRT 成田発 22時30分→DXB ドバイ着 <br />8月3日 4時10分着(EK0319便 エミレーツ航空)<br />↓<br />8月3日(木)<br />ドバイ空港 5時20分<br />ジュメイラ・パブリックビーチ 5時50分<br />ブルジュ・アル・アラブ・ジュメイラ 6時15分<br />ドバイ・フレーム 6時45分<br />ドバイ・モール 7時10分<br />ブルジュ・カリファ(ハリファ) 8時00分<br />ドバイ・モール 9時00分<br />ドバイ水族館 10時15分<br />↓<br />ドバイ国際空港 11時00分<br />↓<br />DXB ドバイ 14時05分発→AMM アンマン 16時00分<br />(EK903便 エミレーツ航空) <br />↓<br />アンマン国際空港 17時15分  <br />ペトラ(エドム・ペトラ) 20時10分 <br />エル・ハズネ(ペトラ・バイ・ナイト) 21時00分 <br />ホテル 22時30分 <br /><br />8月4日(金)<br />ホテル発 9時00分 <br />ペトラ遺跡 <br />シーク 9時30分 <br />エル・ハズネ 10時20分 <br />ローマ遺跡 11時10分 <br />ランチ(Basin Restrant)12時00分 <br />エド・ディル 13時40分 <br />カフェ 13時45分 <br />ビューポイント 14時10分 <br />ペトラ博物館 16時10分 <br />ホテル 17時15分 <br /><br />8月5日(土)<br />ホテル発 7時30分<br />モーゼの泉 7時45分<br />ネポ山 11時25分<br />マタバ 聖ジョージ教会 12時40分<br />ランチ Haret Jdoudna Restaurant &amp; craft shops 13時00分<br />アンマン アブドラ一世モスク 15時15分 <br />ヨルダン博物館 16時05分 <br />シタデル 17時15分 <br />リージェンシー・パレス・ホテル 17時45分 <br /><br />8月6日(日)<br />ホテル発 7時00分<br />サルト旧市街 7時35分<br />ジェラシュ遺跡 9時10分<br />↓<br />ヨルダン出国 11時45分<br />イスラエル入国 13時00分 <br />↓<br />ティベリア ランチ 14時05分 <br />山上の垂訓教会 15時05分 <br />パンと魚の奇跡の教会 15時35分 <br />ペテロ首位権の教会 15時45分 <br />カペナウム 16時10分<br />(シナゴーグ、聖ペテロの家教会) <br />プリマ・ガリル・ホテル 17時10分 <br /><br />8月7日(月)<br />ホテル発 7時30分<br />ナザレ<br />カナの婚礼教会 8時00分<br />マリアの井戸 8時55分<br />受胎告知教会 9時20分<br />聖ヨセフ教会 9時45分<br />ヨルダン渓谷 12時00分<br />ランチ エリコ Temptation Restaurant 12時45分<br />死海 14時35分<br />エルサレム プリマ・パーク・ホテル 17時20分<br /><br />8月8(火)<br />ホテル発 7時00分<br />神殿の丘 7時30分<br />岩のドーム 7時50分<br />嘆きの壁 8時30分<br />シナゴーグ 8時55分<br />ヴィア・ドロローサ 9時10分<br />聖墳墓教会 10時15分<br />アルメニア教会 10時45分<br />シリア教会 11時15分<br />ランチ Armenian Restaurant Bar「Bulghourji」11時45分<br />シオン門 13時00分<br />ダビデの墓 13時10分<br />鶏鳴教会 13時25分<br /><br />ベツレヘム<br />生誕教会 15時10分<br />ホテル 17時00分<br /><br />8月9日(水)<br />ホテル発 9時00分 ●<br />オリーブ山 9時40分 ●<br />主の泣かれた教会 10時00分 ●<br />ゲッセマネの園 10時20分 ●<br />万国民教会 10時25分 ●<br />ベドウィンのテント 11時05分 ●<br /><br />テルアビブ<br />ランチ 13時10分<br />港 14時00分<br />バウハウス時代の建築 14時35分 <br />↓<br />TLV テルアビブ空港 19時50分発→<br />DXBドバイ空港 23時59分着(EK932便 エミレーツ航空)<br />↓<br />8月10日(木)<br />DXBドバイ空港 2時40分発→NRT成田空港 17時35分着<br />(EK0318便)

Jerusalem 2023 No.2 ⑬ 平和を願って・聖地エルサレムへ 2日目(Dubai~Jordan~Iseael) 

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2023/08/02 - 2023/08/10

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noel

noelさん

この旅行記のスケジュール

2023/08/09

  • ホテル:9時00分発→レハヴァム展望台:9時30分

この旅行記スケジュールを元に

エルサレム2日目になります。
前日は主に旧市街の城壁内を観光し、2日目は城壁外です。
それでも、エルサレムはまだまだ見足りません。
面積そのものは、郊外を含めても、東京23区内とさほど変わりません。
ただ、この小さな街に様々なものが凝縮されています。

そして、この日は今回の旅行の最終日でもあります。
旅の経路は、結構重要かと思います。
もし、エルサレムから旅を始めて、最後にペトラとなると、体力的に精神的にきつかったかもしれません。
エルサレムの旅行記はこれで最後ですが、実質的には最後にテルアビブから発つため、この旅行記が最後ではありませんが。

【旅程】

8月2日(水)
NRT 成田発 22時30分→DXB ドバイ着 
8月3日 4時10分着(EK0319便 エミレーツ航空)

8月3日(木)
ドバイ空港 5時20分
ジュメイラ・パブリックビーチ 5時50分
ブルジュ・アル・アラブ・ジュメイラ 6時15分
ドバイ・フレーム 6時45分
ドバイ・モール 7時10分
ブルジュ・カリファ(ハリファ) 8時00分
ドバイ・モール 9時00分
ドバイ水族館 10時15分

ドバイ国際空港 11時00分

DXB ドバイ 14時05分発→AMM アンマン 16時00分
(EK903便 エミレーツ航空) 

アンマン国際空港 17時15分  
ペトラ(エドム・ペトラ) 20時10分 
エル・ハズネ(ペトラ・バイ・ナイト) 21時00分 
ホテル 22時30分 

8月4日(金)
ホテル発 9時00分 
ペトラ遺跡 
シーク 9時30分 
エル・ハズネ 10時20分 
ローマ遺跡 11時10分 
ランチ(Basin Restrant)12時00分 
エド・ディル 13時40分 
カフェ 13時45分 
ビューポイント 14時10分 
ペトラ博物館 16時10分 
ホテル 17時15分 

8月5日(土)
ホテル発 7時30分
モーゼの泉 7時45分
ネポ山 11時25分
マタバ 聖ジョージ教会 12時40分
ランチ Haret Jdoudna Restaurant & craft shops 13時00分
アンマン アブドラ一世モスク 15時15分 
ヨルダン博物館 16時05分 
シタデル 17時15分 
リージェンシー・パレス・ホテル 17時45分 

8月6日(日)
ホテル発 7時00分
サルト旧市街 7時35分
ジェラシュ遺跡 9時10分

ヨルダン出国 11時45分
イスラエル入国 13時00分 

ティベリア ランチ 14時05分 
山上の垂訓教会 15時05分 
パンと魚の奇跡の教会 15時35分 
ペテロ首位権の教会 15時45分 
カペナウム 16時10分
(シナゴーグ、聖ペテロの家教会) 
プリマ・ガリル・ホテル 17時10分 

8月7日(月)
ホテル発 7時30分
ナザレ
カナの婚礼教会 8時00分
マリアの井戸 8時55分
受胎告知教会 9時20分
聖ヨセフ教会 9時45分
ヨルダン渓谷 12時00分
ランチ エリコ Temptation Restaurant 12時45分
死海 14時35分
エルサレム プリマ・パーク・ホテル 17時20分

8月8(火)
ホテル発 7時00分
神殿の丘 7時30分
岩のドーム 7時50分
嘆きの壁 8時30分
シナゴーグ 8時55分
ヴィア・ドロローサ 9時10分
聖墳墓教会 10時15分
アルメニア教会 10時45分
シリア教会 11時15分
ランチ Armenian Restaurant Bar「Bulghourji」11時45分
シオン門 13時00分
ダビデの墓 13時10分
鶏鳴教会 13時25分

ベツレヘム
生誕教会 15時10分
ホテル 17時00分

8月9日(水)
ホテル発 9時00分 ●
オリーブ山 9時40分 ●
主の泣かれた教会 10時00分 ●
ゲッセマネの園 10時20分 ●
万国民教会 10時25分 ●
ベドウィンのテント 11時05分 ●

テルアビブ
ランチ 13時10分
港 14時00分
バウハウス時代の建築 14時35分 

TLV テルアビブ空港 19時50分発→
DXBドバイ空港 23時59分着(EK932便 エミレーツ航空)

8月10日(木)
DXBドバイ空港 2時40分発→NRT成田空港 17時35分着
(EK0318便)

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
4.0
同行者
カップル・夫婦
交通手段
観光バス 徒歩
航空会社
エミレーツ航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
クラブツーリズム
  • おはようございます。<br /><br />これがイスラエル最後の朝食です。<br />この旅行中、暑さもあってか、あまり食欲はありませんでした。<br />特に体調が悪いわけではありませんでしたが。<br />とりあえず、ばてないように食べます。

    おはようございます。

    これがイスラエル最後の朝食です。
    この旅行中、暑さもあってか、あまり食欲はありませんでした。
    特に体調が悪いわけではありませんでしたが。
    とりあえず、ばてないように食べます。

    プリマ パーク ホテル ホテル

  • そうは言いつつデザートは、しっかり頂きます。

    そうは言いつつデザートは、しっかり頂きます。

  • これはホテルの部屋からの眺めです。<br />あまり素敵な眺めとは言い難いのですが、思い出に撮っておきます。

    これはホテルの部屋からの眺めです。
    あまり素敵な眺めとは言い難いのですが、思い出に撮っておきます。

  • ホテルのルーム・ノッカー

    ホテルのルーム・ノッカー

  • さて、昨日はエルサレムの旧市街を観光しました。<br />そして午後はベツレヘムに行きました。<br />この日は帰国の日です。<br />午前中は、エルサレムの城壁外を観光します。

    さて、昨日はエルサレムの旧市街を観光しました。
    そして午後はベツレヘムに行きました。
    この日は帰国の日です。
    午前中は、エルサレムの城壁外を観光します。

  • この付近は高級住宅街です。

    この付近は高級住宅街です。

  • こちらは、ホテルですが。<br />King David Hotelだったような・・・・・・。<br />たぶんWaldorf Astoria Jerusalemだったと思います。<br />

    こちらは、ホテルですが。
    King David Hotelだったような・・・・・・。
    たぶんWaldorf Astoria Jerusalemだったと思います。

  • 昨日に引き続き、またダマスカス門の前を通ります。

    昨日に引き続き、またダマスカス門の前を通ります。

    ダマスカス門 建造物

  • まずは、エルサレムを見渡せる場所にやって来ました。

    まずは、エルサレムを見渡せる場所にやって来ました。

  • Rehavam Observation Poin(レハヴァム展望台)です。<br /><br />Rehavam &quot;Ghandi&quot; Ze&#39;evi(レハヴァム・ガンジー・ゼーヴィ)<br />(1926年-2001年)の碑文です。<br /><br />軍事指導者であり、イスラエル政府大臣で、イスラエルの首都エルサレムに生まれました。<br />彼は国民を守り、パルマッハからイスラエル国防軍に至るまで、何世代にもわたって戦士たちに寄り添い続けてきました。<br />偉大なイスラエル人であり、愛国家であり、イスラエルの存在と自由のために熱心に犠牲を払って戦いました。 <br />イスラエル(ヘブライ語)の歴史に精通した学者でもありました。 <br />中央軍司令官(1968年)、テロ対策に関する首相補佐官(1974年)、テロ対策および諜報分野の首相補佐官(1975年~1977年)、「エレツ・イスラエル博物館」理事長(1981年) 、第12国会(1988年)から国会議員を務め、イスラエル政府で2度務めました。<br />そして、ティシュレイ暦(ユダヤ暦の月)5762年30日、2001年10月17日水曜日の朝、彼の生まれたエルサレムで暗殺されてしまいました。

    Rehavam Observation Poin(レハヴァム展望台)です。

    Rehavam "Ghandi" Ze'evi(レハヴァム・ガンジー・ゼーヴィ)
    (1926年-2001年)の碑文です。

    軍事指導者であり、イスラエル政府大臣で、イスラエルの首都エルサレムに生まれました。
    彼は国民を守り、パルマッハからイスラエル国防軍に至るまで、何世代にもわたって戦士たちに寄り添い続けてきました。
    偉大なイスラエル人であり、愛国家であり、イスラエルの存在と自由のために熱心に犠牲を払って戦いました。
    イスラエル(ヘブライ語)の歴史に精通した学者でもありました。
    中央軍司令官(1968年)、テロ対策に関する首相補佐官(1974年)、テロ対策および諜報分野の首相補佐官(1975年~1977年)、「エレツ・イスラエル博物館」理事長(1981年) 、第12国会(1988年)から国会議員を務め、イスラエル政府で2度務めました。
    そして、ティシュレイ暦(ユダヤ暦の月)5762年30日、2001年10月17日水曜日の朝、彼の生まれたエルサレムで暗殺されてしまいました。

  • エルサレムが一望できる展望台です。

    エルサレムが一望できる展望台です。

  • 城壁の前にはユダヤ教徒のお墓があります。<br /><br />

    城壁の前にはユダヤ教徒のお墓があります。

  • ズームします。<br />城壁の内側も見えます。<br />特に岩のドームがよく見えます。<br />そして、その手前に城壁がありますが、右側に黄金の門が見えます。<br />この門は石で埋められ封印されています。

    イチオシ

    ズームします。
    城壁の内側も見えます。
    特に岩のドームがよく見えます。
    そして、その手前に城壁がありますが、右側に黄金の門が見えます。
    この門は石で埋められ封印されています。

  • この写真の中央付近に、ほんのちょっとだけ玉ねぎ型のドームのマグダラのマリア教会が見えます。<br />そしてその右横には主の泣かれた教会が見えます。

    この写真の中央付近に、ほんのちょっとだけ玉ねぎ型のドームのマグダラのマリア教会が見えます。
    そしてその右横には主の泣かれた教会が見えます。

  • マグダラのマリア教会をズームしました。<br />玉ねぎ型のドームからわかるように、この教会はロシア正教会です。

    マグダラのマリア教会をズームしました。
    玉ねぎ型のドームからわかるように、この教会はロシア正教会です。

  • この写真のほぼ中央に黄金の門が見えます。<br />この門はイエスが驢馬に乗って入場した門と言われています。<br />城壁の外側にはオリーブの木が規則正しく並んでいます。

    この写真のほぼ中央に黄金の門が見えます。
    この門はイエスが驢馬に乗って入場した門と言われています。
    城壁の外側にはオリーブの木が規則正しく並んでいます。

  • 旧市街の先には高層ビルも見えます。<br />古い歴史を感じる旧市街と、その先の新市街がこの街に同居しています。<br /><br />この後は、坂道を下って行きます。

    旧市街の先には高層ビルも見えます。
    古い歴史を感じる旧市街と、その先の新市街がこの街に同居しています。

    この後は、坂道を下って行きます。

    オリーブ山 山・渓谷

    最後の審判の日に救世主が降臨し死者を蘇らせるオリーブ山 by noelさん
  •  Mount of Olives Jewish Cemetery<br />(オリーブ山ユダヤ人墓地)<br /><br />世界最古のユダヤ人の墓地です。

    Mount of Olives Jewish Cemetery
    (オリーブ山ユダヤ人墓地)

    世界最古のユダヤ人の墓地です。

  • 神殿の丘からケデロンの谷を隔てたところにある丘陵地帯です。<br /><br />旧約聖書で、この山は、最後の審判の日に救世主が降臨することになっています。<br /><br />「諸国の民は立ち上がり、ヨシャファテの谷(ケデロンの谷)に上って来るよう、私がそこで周辺の国々を裁くため、座につくからである。」<br />(ヨエル書3章12節)<br />そして、死者を蘇らせる場所(復活する)だとされています。<br /><br />また、終末予言がされています。<br />「見よ、主の日が来る・・その日、主の足はエルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真ん中で2つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。山半分は北へ、その残りは南へ移る。」<br />(ゼカリヤ書14章)<br /><br />そのため、ユダヤ教徒の方々は、ここに墓を構えることを求めるようになりました。<br />城壁の前にはユダヤ教徒のお墓があります。<br />城壁に足を向けて葬られているそうです。

    神殿の丘からケデロンの谷を隔てたところにある丘陵地帯です。

    旧約聖書で、この山は、最後の審判の日に救世主が降臨することになっています。

    「諸国の民は立ち上がり、ヨシャファテの谷(ケデロンの谷)に上って来るよう、私がそこで周辺の国々を裁くため、座につくからである。」
    (ヨエル書3章12節)
    そして、死者を蘇らせる場所(復活する)だとされています。

    また、終末予言がされています。
    「見よ、主の日が来る・・その日、主の足はエルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真ん中で2つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。山半分は北へ、その残りは南へ移る。」
    (ゼカリヤ書14章)

    そのため、ユダヤ教徒の方々は、ここに墓を構えることを求めるようになりました。
    城壁の前にはユダヤ教徒のお墓があります。
    城壁に足を向けて葬られているそうです。

  • お墓の上に小さな石が積み上げられています。<br />ユダヤ人にとって石は不変不滅の象徴です。<br />旧約聖書の信仰と結びついて、石を積んでお参りします。<br /><br />日本でも似たような賽の河原の石積みなどがあります。<br />また、他でも似たような信仰はあります。<br />

    お墓の上に小さな石が積み上げられています。
    ユダヤ人にとって石は不変不滅の象徴です。
    旧約聖書の信仰と結びついて、石を積んでお参りします。

    日本でも似たような賽の河原の石積みなどがあります。
    また、他でも似たような信仰はあります。

  • YAD AVSHALOM(Tomb of Absalom)<br />アブサロムの墓<br />このアブサロムについては、後ほど。<br /><br />

    YAD AVSHALOM(Tomb of Absalom)
    アブサロムの墓
    このアブサロムについては、後ほど。

  • SANCTUARIY OF  DOMINUS FLEVIT(主の泣かれた教会)<br />(ルカの福音書 14章41-44節)<br /><br /><br />

    SANCTUARIY OF DOMINUS FLEVIT(主の泣かれた教会)
    (ルカの福音書 14章41-44節)


  • まっすぐに伸びた糸杉が印象的です。

    まっすぐに伸びた糸杉が印象的です。

  • 教会の手前にある小屋のような建物です。<br />この中には遺跡がたくさんありました。<br />古代の共同墓地の跡のようです。<br />後で確認します。

    教会の手前にある小屋のような建物です。
    この中には遺跡がたくさんありました。
    古代の共同墓地の跡のようです。
    後で確認します。

  • 主の泣かれた教会ですが、イエスはオリーブ山の山頂から、エルサレムを見渡し、その行く末を案じて泣いたという教会です。<br /><br />

    主の泣かれた教会ですが、イエスはオリーブ山の山頂から、エルサレムを見渡し、その行く末を案じて泣いたという教会です。

  • 面白い形のドームになっています。<br />このドームは涙の粒をかたどっているのだそうです。<br /><br />オリーブ山にあるローマカトリックの教会です。<br />建設中に、考古学者はカナン時代に遡る遺物や、第二神殿やビザンチン時代の墓を発見しました。

    面白い形のドームになっています。
    このドームは涙の粒をかたどっているのだそうです。

    オリーブ山にあるローマカトリックの教会です。
    建設中に、考古学者はカナン時代に遡る遺物や、第二神殿やビザンチン時代の墓を発見しました。

  • ルカの福音書の19章によれば、イエスはエルサレムの街に向かって驢馬に乗っている途中、エルサレムの人々の不信仰と、神がいつ「彼らを訪問」するかを彼らが認識していないことに驚き嘆きました。<br />(ルカ 1章16節とルカ19章44節)

    ルカの福音書の19章によれば、イエスはエルサレムの街に向かって驢馬に乗っている途中、エルサレムの人々の不信仰と、神がいつ「彼らを訪問」するかを彼らが認識していないことに驚き嘆きました。
    (ルカ 1章16節とルカ19章44節)

    主の泣かれた教会 寺院・教会

    イエスが、エルサレム滅亡を預言し涙した教会 by noelさん
  • 大きな丸いサボテンがありました。<br />

    大きな丸いサボテンがありました。

  • 祭壇の後ろの窓からの眺め<br /><br />教会からは神殿の丘が見えます。<br />十字架の先に岩のドームが見えます。その右横に聖墳墓教会も見えています。<br />素晴らしい眺めです。<br />スマホの待ち受け画面にしました。<br /><br />ところで、イエスは、「私の家は、祈りの家でなければならない。ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。」と言いました。これは神殿の前で商売してる人たちを見て怒って発した言葉です。本来は祈り場である神殿なのに。<br /><br />エルサレムの歴史から、私たちはわかってますが、ローマ帝国に対する反乱を起こし、その結果、エルサレム籠城戦の末、陥落してしまいました。徹底的に破壊され、多くの人々が殺されました。<br />イエスは当時、これを予見してました。<br />そして、この事を思って泣きました。<br />祈りよりも商売を優先させ、本来の平和を守る事もできず、エルサレムを失ってしまう民を哀れに思って泣いたのでしょう。

    イチオシ

    祭壇の後ろの窓からの眺め

    教会からは神殿の丘が見えます。
    十字架の先に岩のドームが見えます。その右横に聖墳墓教会も見えています。
    素晴らしい眺めです。
    スマホの待ち受け画面にしました。

    ところで、イエスは、「私の家は、祈りの家でなければならない。ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にした。」と言いました。これは神殿の前で商売してる人たちを見て怒って発した言葉です。本来は祈り場である神殿なのに。

    エルサレムの歴史から、私たちはわかってますが、ローマ帝国に対する反乱を起こし、その結果、エルサレム籠城戦の末、陥落してしまいました。徹底的に破壊され、多くの人々が殺されました。
    イエスは当時、これを予見してました。
    そして、この事を思って泣きました。
    祈りよりも商売を優先させ、本来の平和を守る事もできず、エルサレムを失ってしまう民を哀れに思って泣いたのでしょう。

  • ドームを内側から見た様子です。<br />このドームは涙の粒を表しているそうです。<br />それにしても、内側から見ても綺麗に金色に輝いています。<br />そしてレリーフも描かれています。

    ドームを内側から見た様子です。
    このドームは涙の粒を表しているそうです。
    それにしても、内側から見ても綺麗に金色に輝いています。
    そしてレリーフも描かれています。

  • この十字架のマークには数字が書いてあります。<br />これはヴィア・ドロローサの各留(ステーション)の数字です。<br />通常は教会内に聖像画が描かれていますが、こちらは数字です。<br />Ⅳ・Ⅴ・Ⅵ・とあります。<br />Ⅳは苦悩の母マリア教会です。<br />Ⅴはシモンがイエスの代わりに十字架を背負う場面です。<br />Ⅵはヴェロニカ教会です。<br />他にもありましたが、全部は撮影してません。

    この十字架のマークには数字が書いてあります。
    これはヴィア・ドロローサの各留(ステーション)の数字です。
    通常は教会内に聖像画が描かれていますが、こちらは数字です。
    Ⅳ・Ⅴ・Ⅵ・とあります。
    Ⅳは苦悩の母マリア教会です。
    Ⅴはシモンがイエスの代わりに十字架を背負う場面です。
    Ⅵはヴェロニカ教会です。
    他にもありましたが、全部は撮影してません。

  • 床にモザイクと十字架が描かれています。

    床にモザイクと十字架が描かれています。

  • 聖餐台<br />こちらには中央に鶏が描かれているモザイク画の祭壇があります。<br />この教会の南西方向に鶏鳴教会があります。これとの関連を考えていましが・・・<br />鶏は雌鶏とのこと。よく見るとひよこも描かれています。<br />これはイエス自身は、エルサレムの崩壊を予測しましたが、人々が滅びないよう保護する事を暗示しているのだそうです。<br />よく見ると雌鶏がひよこたちを、優しく抱いて守っているように見えます。<br /><br />「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者よ。私は何度、めんどりがひなを翼の下に集めるようにおまえの子らを集めようとしたことか。それなのに、おまえたちはそれを臨まなかった。見よ。おまえたちの家は荒れ果てたまま見捨てられる。」<br />マタイ23章<br /><br />これはイエスがエルサレム神殿の滅亡を嘆かれているものです。

    聖餐台
    こちらには中央に鶏が描かれているモザイク画の祭壇があります。
    この教会の南西方向に鶏鳴教会があります。これとの関連を考えていましが・・・
    鶏は雌鶏とのこと。よく見るとひよこも描かれています。
    これはイエス自身は、エルサレムの崩壊を予測しましたが、人々が滅びないよう保護する事を暗示しているのだそうです。
    よく見ると雌鶏がひよこたちを、優しく抱いて守っているように見えます。

    「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者よ。私は何度、めんどりがひなを翼の下に集めるようにおまえの子らを集めようとしたことか。それなのに、おまえたちはそれを臨まなかった。見よ。おまえたちの家は荒れ果てたまま見捨てられる。」
    マタイ23章

    これはイエスがエルサレム神殿の滅亡を嘆かれているものです。

  • 遺跡があります。<br />穴にようになっていますが、井戸でしょうか。

    遺跡があります。
    穴にようになっていますが、井戸でしょうか。

  • この遺跡を見るために、行列ができていました。<br />奥にはアーチのようなものが見えます。<br />おそらく、ロクリ(墓)かと思います。<br />この墓穴は、カナンの時代からビザンチン時代まで使われていたようです。<br />他にも多くの石の棺も発見されたようです。<br />共同墓地のようになっています。

    この遺跡を見るために、行列ができていました。
    奥にはアーチのようなものが見えます。
    おそらく、ロクリ(墓)かと思います。
    この墓穴は、カナンの時代からビザンチン時代まで使われていたようです。
    他にも多くの石の棺も発見されたようです。
    共同墓地のようになっています。

  • ユダヤ人のお墓です。

    ユダヤ人のお墓です。

  • この細い道を下ってきました。<br />Al Mansuriya Street(アル・マンスリヤ通り)

    この細い道を下ってきました。
    Al Mansuriya Street(アル・マンスリヤ通り)

  • Russian Orthodox Convent of St. Mary Magdalene<br />(ロシア正教会の聖マグダラのマリア教会)<br /><br />火曜日と木曜日の10時から12時までです。

    Russian Orthodox Convent of St. Mary Magdalene
    (ロシア正教会の聖マグダラのマリア教会)

    火曜日と木曜日の10時から12時までです。

    マグダラのマリア教会 寺院・教会

    金色のドームが美しく輝いています by noelさん
  • プッシュ式の門です。

    プッシュ式の門です。

  • こちらはオリーブ山のゲッセマネの園です。

    こちらはオリーブ山のゲッセマネの園です。

  • 入場無料です。<br />通り沿いにブーゲンビリアが咲いています。

    入場無料です。
    通り沿いにブーゲンビリアが咲いています。

  • Sanctuary of the Agony of Jesus Christ<br />(イエス・キリストの苦しみの聖域)<br />Basilica of Gethsemane<br />(ゲツセマネ大聖堂)<br />入場無料<br />夏期( 4-9月) :8時-18時<br />冬期(10-3月):8時-17時<br />入場は10分前までです。

    Sanctuary of the Agony of Jesus Christ
    (イエス・キリストの苦しみの聖域)
    Basilica of Gethsemane
    (ゲツセマネ大聖堂)
    入場無料
    夏期( 4-9月) :8時-18時
    冬期(10-3月):8時-17時
    入場は10分前までです。

    ゲッセマネの園 文化・芸術・歴史

    イエスが苦悶しながら祈った場所 by noelさん
  • オリーブの木が茂っています。

    オリーブの木が茂っています。

  • ゲッセマネとは、アラム語で「オリーブの油搾り」を意味しています。<br />このように、オリーブの木がたくさんです。

    ゲッセマネとは、アラム語で「オリーブの油搾り」を意味しています。
    このように、オリーブの木がたくさんです。

  • オリーブ山には他にもお花が咲いています。

    オリーブ山には他にもお花が咲いています。

  • 城壁方向を眺めると、ちょうどここから黄金の門が中央に見えます。<br />そして門が埋め込まれいるのが、よくわかります。<br />この門は3つの宗教それぞれ、救世主がこの黄金門から入り、世界は平和になると言われた神聖な門です。<br />ただ、16世紀にオスマン・トルコによって封印されてしまいました。

    城壁方向を眺めると、ちょうどここから黄金の門が中央に見えます。
    そして門が埋め込まれいるのが、よくわかります。
    この門は3つの宗教それぞれ、救世主がこの黄金門から入り、世界は平和になると言われた神聖な門です。
    ただ、16世紀にオスマン・トルコによって封印されてしまいました。

  • Church of All Nations(万国民の教会)の入口付近です。<br />教会のファサードは多くの人でいっぱいでした。<br />時間的には10時過ぎで、混みそうな時間帯です。

    Church of All Nations(万国民の教会)の入口付近です。
    教会のファサードは多くの人でいっぱいでした。
    時間的には10時過ぎで、混みそうな時間帯です。

  • 教会の左側からファサード付近を撮った様子です。<br />天井部分は格子になっています。

    教会の左側からファサード付近を撮った様子です。
    天井部分は格子になっています。

  • 案内です。

    案内です。

  • Mt.Tabor Gethsemane (ゲッセマネのタボル山)<br />1924-2024  <br /><br />この教会は、2024年で100周年のようです。<br />

    Mt.Tabor Gethsemane (ゲッセマネのタボル山)
    1924-2024

    この教会は、2024年で100周年のようです。

  • 「苦悶のキリスト」<br />多くの人々が魅入っています。<br />

    「苦悶のキリスト」
    多くの人々が魅入っています。

  • 苦悩しているイエスの様子がよく描かれています。<br /><br />ゲッセマネの祈りの場面が描かれている祭壇です。<br />この祭壇の下には、イエスが祈ったと言われる岩があります。

    苦悩しているイエスの様子がよく描かれています。

    ゲッセマネの祈りの場面が描かれている祭壇です。
    この祭壇の下には、イエスが祈ったと言われる岩があります。

  • ミサの最中でした。<br />祭壇前にある白い大きな岩は石灰岩の岩です。<br />これはイエスが祈った「ご苦悶の岩」と称される岩です。<br />

    ミサの最中でした。
    祭壇前にある白い大きな岩は石灰岩の岩です。
    これはイエスが祈った「ご苦悶の岩」と称される岩です。

  • 薄紫色の大きなステンドグラスです。

    薄紫色の大きなステンドグラスです。

  • 同じようなステンドグラスですが、配色などが反対になっているようです。<br />白と紫を基調とした美しいステンドグラスです。

    同じようなステンドグラスですが、配色などが反対になっているようです。
    白と紫を基調とした美しいステンドグラスです。

  • 石棺がありました。

    石棺がありました。

  • こちらの石棺は冠を被った女性です。<br />正教会では、生神女マリア(聖母マリア)が埋葬された場所とされています。<br />そのことから、マリアかもしれません。<br />このすぐ側に、聖母マリアのお墓があるのですが・・・。

    こちらの石棺は冠を被った女性です。
    正教会では、生神女マリア(聖母マリア)が埋葬された場所とされています。
    そのことから、マリアかもしれません。
    このすぐ側に、聖母マリアのお墓があるのですが・・・。

  • 「ユダの接吻」<br />ユダの接吻の場合が描かれています。<br />これを合図にローマ兵がイエスを捕えます。<br />側には松明を持ったローマ兵らしき人もいます。<br />

    「ユダの接吻」
    ユダの接吻の場合が描かれています。
    これを合図にローマ兵がイエスを捕えます。
    側には松明を持ったローマ兵らしき人もいます。

  • 「イエスの逮捕」<br />イエス捕縛時の場面を描いた大きなモザイク画です。

    「イエスの逮捕」
    イエス捕縛時の場面を描いた大きなモザイク画です。

  • 天井を仰ぎ見たところです。<br />まるでオリーブ山の夜のようです。<br />満天の星空のように見えます。

    天井を仰ぎ見たところです。
    まるでオリーブ山の夜のようです。
    満天の星空のように見えます。

  • 黄金のドームです。まばゆいばかりです。

    黄金のドームです。まばゆいばかりです。

  • Mt.Tabor, the Mount of the Transfiguration<br />(タボル山、変容の山)<br /><br />タボル山は、エスドラエロン渓谷の北にある巨大な円錐形の山です。 <br />タボル山は、キリストの変容が起こった「高い山」と関連付けられています。 <br />6世紀には、ペテロが言及した3つの幕屋に対して、山の頂上に3つの教会がありました。 その間、タボルは大司教区として、多くのキリスト教の修道士と巡礼者を惹きつけました。 <br />また、十字軍の時代、タボルにはベネディクト会修道士とギリシャ修道士が住んでいました。 1211年に十字軍が聖地から追放された後、ダマスカスのスルタン、ミカエル・エル・アディルは、全てのキリスト教の建物を破壊し、その廃墟の上に頑丈な要塞を建てました。 <br />その遺跡は、今でも山のさまざまな場所で見ることができます。 現在、タボル山の頂上はギリシャ正教とラテン語の修道士が所有するキリスト教の所有地となっています。 南側にはギリシャ正教の修道院、1862年に建てられた変容教会、メチセデク礼拝堂があり、北側にはフランシスコ会の修道院と迎賓館、そして古代遺跡の上に建てられた壮大な大聖堂があります。 ビザンチン様式の教会です。

    Mt.Tabor, the Mount of the Transfiguration
    (タボル山、変容の山)

    タボル山は、エスドラエロン渓谷の北にある巨大な円錐形の山です。
    タボル山は、キリストの変容が起こった「高い山」と関連付けられています。
    6世紀には、ペテロが言及した3つの幕屋に対して、山の頂上に3つの教会がありました。 その間、タボルは大司教区として、多くのキリスト教の修道士と巡礼者を惹きつけました。
    また、十字軍の時代、タボルにはベネディクト会修道士とギリシャ修道士が住んでいました。 1211年に十字軍が聖地から追放された後、ダマスカスのスルタン、ミカエル・エル・アディルは、全てのキリスト教の建物を破壊し、その廃墟の上に頑丈な要塞を建てました。
    その遺跡は、今でも山のさまざまな場所で見ることができます。 現在、タボル山の頂上はギリシャ正教とラテン語の修道士が所有するキリスト教の所有地となっています。 南側にはギリシャ正教の修道院、1862年に建てられた変容教会、メチセデク礼拝堂があり、北側にはフランシスコ会の修道院と迎賓館、そして古代遺跡の上に建てられた壮大な大聖堂があります。 ビザンチン様式の教会です。

  • 教会から外に出てきました。<br />教会が暗かったので、眩しいです。

    教会から外に出てきました。
    教会が暗かったので、眩しいです。

  • 教会の扉ですが、同じ十字でも右と左では少しだけ形が違います。

    教会の扉ですが、同じ十字でも右と左では少しだけ形が違います。

  • この扉に描かれている十字架は、エルサレム十字です。<br /><br />中心にある大きなギリシア十字を、4つの小さな十字架が取り囲みます。 ギリシア十字を取り囲む4つの小さな十字架は、四福音書を表すとも、エルサレムから四方に福音が述べ伝えられたことを表すともいわれます。 <br />また5つの十字架はキリストの5つの御傷を表すともいわれています。

    この扉に描かれている十字架は、エルサレム十字です。

    中心にある大きなギリシア十字を、4つの小さな十字架が取り囲みます。 ギリシア十字を取り囲む4つの小さな十字架は、四福音書を表すとも、エルサレムから四方に福音が述べ伝えられたことを表すともいわれます。
    また5つの十字架はキリストの5つの御傷を表すともいわれています。

  • ゲッセマネの園から外の道路に出ました。

    ゲッセマネの園から外の道路に出ました。

  • Church of All Nations(万国民の教会)<br />または、Basilica of Agony(苦悩の大聖堂)<br /><br />1924年に設立されました。<br />前述しましたが、今年で100年です。<br />イエスが十字架に張り付けられる前の晩に祈った岩の上に建てられています。<br /><br />ここには古くから教会がありました。<br />ただ、ササン朝ペルシャによって破壊されてしました。<br />その後、十字軍によって建てられたのですが、これも破壊されてしまいました。<br /><br />この写真は、道路の反対側から撮りました。

    Church of All Nations(万国民の教会)
    または、Basilica of Agony(苦悩の大聖堂)

    1924年に設立されました。
    前述しましたが、今年で100年です。
    イエスが十字架に張り付けられる前の晩に祈った岩の上に建てられています。

    ここには古くから教会がありました。
    ただ、ササン朝ペルシャによって破壊されてしました。
    その後、十字軍によって建てられたのですが、これも破壊されてしまいました。

    この写真は、道路の反対側から撮りました。

    万国民の教会 寺院・教会

    ゲッセマネにある教会 by noelさん
  • 万国民と呼ばれるのは、教会設立にあたって多くの国が寄付してくれたことにあります。とは言っても現実には12か国です。<br />アメリカ合衆国、アルゼンチン、イタリア、イングランド、カナダ、スペイン、チリ、ドイツ、ブラジル、フランス、ベルギー、メキシコ(アイウエオ順)です。<br /><br />教会の屋根には12人の寄付者のシンボルが描かれています。<br />入口支柱にはマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの像があります。

    万国民と呼ばれるのは、教会設立にあたって多くの国が寄付してくれたことにあります。とは言っても現実には12か国です。
    アメリカ合衆国、アルゼンチン、イタリア、イングランド、カナダ、スペイン、チリ、ドイツ、ブラジル、フランス、ベルギー、メキシコ(アイウエオ順)です。

    教会の屋根には12人の寄付者のシンボルが描かれています。
    入口支柱にはマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの像があります。

  • 教会のファサード上部に焦点を当てて撮りました。<br />イエスが弟子たちと最後の食事をした後に、このオリーブ山にあるゲツセマネの園で夜を過ごしました。<br />マタイ、マルコ、ルカの3福音書によると、悲しみもだえたイエスはその場で十字架刑を受けることの苦悩を祈りました。<br />ただ、見張りを頼まれた弟子たちは眠ってしまいました。<br />まさに、その場面が描かれています。<br /><br />

    教会のファサード上部に焦点を当てて撮りました。
    イエスが弟子たちと最後の食事をした後に、このオリーブ山にあるゲツセマネの園で夜を過ごしました。
    マタイ、マルコ、ルカの3福音書によると、悲しみもだえたイエスはその場で十字架刑を受けることの苦悩を祈りました。
    ただ、見張りを頼まれた弟子たちは眠ってしまいました。
    まさに、その場面が描かれています。

  • To the Grotta(洞窟へ)

    To the Grotta(洞窟へ)

  • Al Mansuriya Street(アル・マンスリヤ通り)とYericho Street(エリコ通り)が交差するT字路です。<br />エリコ通りはエリコに通じる道で、イエスは、エリコを出発して、この道を通って来ました。<br />約25kmの道のりですが、標高差は約1100mの山道でした。<br />

    Al Mansuriya Street(アル・マンスリヤ通り)とYericho Street(エリコ通り)が交差するT字路です。
    エリコ通りはエリコに通じる道で、イエスは、エリコを出発して、この道を通って来ました。
    約25kmの道のりですが、標高差は約1100mの山道でした。

  • The Church of the Sepulchre of Mary<br />Virgin’s Tomb Church of Assumption<br />(マリアの墓の教会)<br /><br />

    The Church of the Sepulchre of Mary
    Virgin’s Tomb Church of Assumption
    (マリアの墓の教会)

    マリアの墓の教会 寺院・教会

    暗闇にイコンが煌めいてます by noelさん
  • 地下洞窟へは階段を降りて行きます。<br />この階段の両側に、小さな墓室が設けられています。<br />1つは1161年に埋葬されたエルサレム王国のメリザンド女王のものです。<br />その前には母であるモルフィアも埋葬されていました。<br />その後は2人の遺骸は別の場所に移されました。

    地下洞窟へは階段を降りて行きます。
    この階段の両側に、小さな墓室が設けられています。
    1つは1161年に埋葬されたエルサレム王国のメリザンド女王のものです。
    その前には母であるモルフィアも埋葬されていました。
    その後は2人の遺骸は別の場所に移されました。

  • 墓室には2つの棺が並んでいて、マリアの両親のアンナとヨアキムのお墓になっています。<br />また、もう1つの小さな墓室があり、最初は十字軍の王族が葬られたようですが、その後はマリアの夫のヨセフのお墓になっています。<br />とても見えにくいのですが、それがこの右側です。<br /><br />中央の絵にはイエスの顔を拭ったベロニカも描かれているようです。<br />ただ肝心なところが、香炉で見えないのですが・・・。

    墓室には2つの棺が並んでいて、マリアの両親のアンナとヨアキムのお墓になっています。
    また、もう1つの小さな墓室があり、最初は十字軍の王族が葬られたようですが、その後はマリアの夫のヨセフのお墓になっています。
    とても見えにくいのですが、それがこの右側です。

    中央の絵にはイエスの顔を拭ったベロニカも描かれているようです。
    ただ肝心なところが、香炉で見えないのですが・・・。

  • 洞窟をくり抜いて作られています。<br />聖母子像のフレスコ画がアーチの上にあります。

    洞窟をくり抜いて作られています。
    聖母子像のフレスコ画がアーチの上にあります。

  • 聖ヨアキムと聖アンナのイコン

    聖ヨアキムと聖アンナのイコン

  • イコンが圧巻です。<br /><br />新約聖書にはマリアの死についての明確な記述はありませんが、2000年近くにわたって巡礼者はマリアの墓を崇拝してきました。<br />1950年、教皇ピウス12世は被昇天の教義を定義しました。<br />イエス・キリスト、ペテロ、パウロの権威により定義しました。<br />聖母マリアは無原罪の神の母であり、永遠の処女であるということです。<br /><br />この宣言以来、キリスト教徒の祈りの場として、たくさんの信者が訪れています。<br />長い間破壊されていた教会が、5世紀に地下洞窟の周りに建てられました。<br />現在、この地下洞窟は十字軍時代の聖母被昇天教会の中に立っています。<br />

    イコンが圧巻です。

    新約聖書にはマリアの死についての明確な記述はありませんが、2000年近くにわたって巡礼者はマリアの墓を崇拝してきました。
    1950年、教皇ピウス12世は被昇天の教義を定義しました。
    イエス・キリスト、ペテロ、パウロの権威により定義しました。
    聖母マリアは無原罪の神の母であり、永遠の処女であるということです。

    この宣言以来、キリスト教徒の祈りの場として、たくさんの信者が訪れています。
    長い間破壊されていた教会が、5世紀に地下洞窟の周りに建てられました。
    現在、この地下洞窟は十字軍時代の聖母被昇天教会の中に立っています。

  • 地下聖堂の東部の後陣の聖母マリアのお墓です。<br />イコンに覆われています。<br /><br />この教会はペルシアやアラブの侵攻で破壊されたのですが、お墓は壊されずにすみました。<br />それはイスラム教でもマリアに敬意を払うからです。

    地下聖堂の東部の後陣の聖母マリアのお墓です。
    イコンに覆われています。

    この教会はペルシアやアラブの侵攻で破壊されたのですが、お墓は壊されずにすみました。
    それはイスラム教でもマリアに敬意を払うからです。

  • 最後の晩餐が描かれています。

    最後の晩餐が描かれています。

  • 美しいマリア様です。

    美しいマリア様です。

  • 見えにくいのですが、左のフレスコ画は、聖母子とヨハネでしょうか。<br />また、右側には金色に光り輝いているイコンのようです。<br />マリアの就寝を描いたもののようです。<br />イエスは見守っているかのようです。<br />たくさんの香炉が吊り下げられています。

    見えにくいのですが、左のフレスコ画は、聖母子とヨハネでしょうか。
    また、右側には金色に光り輝いているイコンのようです。
    マリアの就寝を描いたもののようです。
    イエスは見守っているかのようです。
    たくさんの香炉が吊り下げられています。

  • 扉があります。<br />茶室のにじりのように狭いです。<br />イコノスタシスのようです。そして奥は至聖所のように見えますが・・・。<br />

    扉があります。
    茶室のにじりのように狭いです。
    イコノスタシスのようです。そして奥は至聖所のように見えますが・・・。

  • たしか裏側だったと思います。

    たしか裏側だったと思います。

  • 祭壇があります。

    祭壇があります。

  • どっしりと思い空気を感じます。

    どっしりと思い空気を感じます。

  • 暗闇に輝く美しすぎる聖母子のイコンです。

    暗闇に輝く美しすぎる聖母子のイコンです。

  • キリスト生誕のイコンです。東方三博士も描かれています。

    キリスト生誕のイコンです。東方三博士も描かれています。

  • ガラス越しに見てます。<br />聖母マリアの遺体があったとされる場所です。

    ガラス越しに見てます。
    聖母マリアの遺体があったとされる場所です。

  • 厳かな蝋燭の明かりです。<br />壁いっぱいにフレスコ画が描かれています。

    厳かな蝋燭の明かりです。
    壁いっぱいにフレスコ画が描かれています。

  • よく見ると、イエスの生誕から子どもの頃のフレスコ画が描かれています。

    よく見ると、イエスの生誕から子どもの頃のフレスコ画が描かれています。

  • 聖母子です。<br />水色の背景のため周囲を明るく照らし出しています。

    聖母子です。
    水色の背景のため周囲を明るく照らし出しています。

  • 階段下の付近で十字架やイコンやお香を売ってました。

    階段下の付近で十字架やイコンやお香を売ってました。

  • 階段を登って地上に戻ります。

    階段を登って地上に戻ります。

  • 右の壁には聖母子の十字架のレリーフがあります。<br />細部にわたって装飾が丁寧に彫られています。

    右の壁には聖母子の十字架のレリーフがあります。
    細部にわたって装飾が丁寧に彫られています。

  • こちらにもお墓があります。

    こちらにもお墓があります。

  • 万国民の教会付近をまた通っています。<br />そして黄金門を臨んでいます。<br /><br />

    万国民の教会付近をまた通っています。
    そして黄金門を臨んでいます。

  • エリコ通りから分岐した細い路地を下って行きます。<br />ちょうど公衆トイレが途中にあります。<br /><br />ところで、イエスはエリコから歩いてエルサレムにやってきましたが、ほぼ丸1日かかったようです。<br />「こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。そして、すべてを見て回った後、既に夕方になっていたので、12人と一緒にベタニアに出ていかれた。」<br />マルコ11章11節

    エリコ通りから分岐した細い路地を下って行きます。
    ちょうど公衆トイレが途中にあります。

    ところで、イエスはエリコから歩いてエルサレムにやってきましたが、ほぼ丸1日かかったようです。
    「こうしてイエスはエルサレムに着き、宮に入られた。そして、すべてを見て回った後、既に夕方になっていたので、12人と一緒にベタニアに出ていかれた。」
    マルコ11章11節

  • KIDRON VISITORS TENT<br />キドロンの谷のビジターのテント<br /><br />全然気付かずに向かいました。

    KIDRON VISITORS TENT
    キドロンの谷のビジターのテント

    全然気付かずに向かいました。

  • そして、セドムの王は彼に会いに出かけました・・・シェイブンの谷で・・王の谷も同じです。そして、サレム(エルサレム)のメルキゼデク王はパンとワインをもたらしました。<br />そして言いました。「いと高き神のアブラハムに祝福あれ。」<br />ヨハネ14章17-19節

    そして、セドムの王は彼に会いに出かけました・・・シェイブンの谷で・・王の谷も同じです。そして、サレム(エルサレム)のメルキゼデク王はパンとワインをもたらしました。
    そして言いました。「いと高き神のアブラハムに祝福あれ。」
    ヨハネ14章17-19節

  • なぜなら、私がユダとエルサレム捕囚を戻す時、私は諸国民を集めて、彼らをヨシャファトの谷に連れて行きます。<br />そして私はそこで審判を下します。<br />ヨエル4章1-2節

    なぜなら、私がユダとエルサレム捕囚を戻す時、私は諸国民を集めて、彼らをヨシャファトの谷に連れて行きます。
    そして私はそこで審判を下します。
    ヨエル4章1-2節

  • The Yad Avshalom Gate(アブサロムの門)

    The Yad Avshalom Gate(アブサロムの門)

  • これがアブサロムの柱(墓)です。<br />蓮の花の遺物(頭頂部)<br />彫刻された円錐(三角屋根部分)<br />飾りのようなロープ(三角錐の下の部分)<br />エジプトのコーニス<br />ドーリア様式のフリーズ<br />イオニア式のキャピタル<br />柱<br />土台<br /><br />

    これがアブサロムの柱(墓)です。
    蓮の花の遺物(頭頂部)
    彫刻された円錐(三角屋根部分)
    飾りのようなロープ(三角錐の下の部分)
    エジプトのコーニス
    ドーリア様式のフリーズ
    イオニア式のキャピタル

    土台

  • アブサロムの墓<br /><br />アブサロムの墓は、オリーブ山の麓、神殿の丘に面したキドロン渓谷にある壮大な記念碑です。<br />この石碑は第二神殿時代の後期に建設されました。<br />聖書によると、アブサロムには息子がいなかったため、この墓はアブサロム自身が生前に建てたものとされています。アブサロムの柱と称されていました。 これは、彼には3人の息子がいたと述べられている第14章と矛盾しますが・・・・・。<br />アブサロムは父親に対して反乱を起こして殺された後、最初は戦場の近くに埋葬されましたが、その後、この記念碑に眠ることになりました。<br />サミュエル記11章18-18節<br /><br />ただ、実際には紀元1世紀の建造物であるようです。

    アブサロムの墓

    アブサロムの墓は、オリーブ山の麓、神殿の丘に面したキドロン渓谷にある壮大な記念碑です。
    この石碑は第二神殿時代の後期に建設されました。
    聖書によると、アブサロムには息子がいなかったため、この墓はアブサロム自身が生前に建てたものとされています。アブサロムの柱と称されていました。 これは、彼には3人の息子がいたと述べられている第14章と矛盾しますが・・・・・。
    アブサロムは父親に対して反乱を起こして殺された後、最初は戦場の近くに埋葬されましたが、その後、この記念碑に眠ることになりました。
    サミュエル記11章18-18節

    ただ、実際には紀元1世紀の建造物であるようです。

    アブサロムの墓 建造物

    三角帽のような塔が目立ってます。 by noelさん
  • アブサロムは、ダビデ王の息子です。<br />ダビデの子というと、ソロモンが思い浮かびますが、アブサロムはダビデの3男です。ダビデには複数の妻がいて、ソロモンとは母親が違います。<br />アブサロムは周到な準備をした上で父ダビデに対して叛旗を翻し、ヘブロンで挙兵しました。(実は、単純な話ではなく色々絡んできますので、詳細は割愛してます。)<br />その後、ダビデの反撃で、最終的にはダビデの胎心のヨアブによって心臓に棒を突き刺され亡くなりました。父であるダビデ王は、ダビデは自分に対して叛旗を翻したにもかかわらずアブサロムの死を聞いて慟哭したそうです。<br />そして、ここに自分の墓を建ててあったため、その名前が歴史に残されました。<br />何とも悲しい運命でした。<br /><br />ダビデ王は、美男子ですが、その息子のアブサロムも、並ぶ者なき美男子だったそうです。(山本七平氏の「聖書の旅」より)<br /><br />

    アブサロムは、ダビデ王の息子です。
    ダビデの子というと、ソロモンが思い浮かびますが、アブサロムはダビデの3男です。ダビデには複数の妻がいて、ソロモンとは母親が違います。
    アブサロムは周到な準備をした上で父ダビデに対して叛旗を翻し、ヘブロンで挙兵しました。(実は、単純な話ではなく色々絡んできますので、詳細は割愛してます。)
    その後、ダビデの反撃で、最終的にはダビデの胎心のヨアブによって心臓に棒を突き刺され亡くなりました。父であるダビデ王は、ダビデは自分に対して叛旗を翻したにもかかわらずアブサロムの死を聞いて慟哭したそうです。
    そして、ここに自分の墓を建ててあったため、その名前が歴史に残されました。
    何とも悲しい運命でした。

    ダビデ王は、美男子ですが、その息子のアブサロムも、並ぶ者なき美男子だったそうです。(山本七平氏の「聖書の旅」より)

  • 後期の埋葬室への入口のようです。

    後期の埋葬室への入口のようです。

  • Tombs of the Son&#39;s of Hezir &amp; Zechariah&#39;s Monument<br />ゼカリヤのとヘジルの息子(ベネイ・ヘジル)の墓のモニュメント<br /><br />アブサロムの墓のすぐ側にあるようです。<br />残念ながら見ませんでした。<br /><br />イエスはエルサレムの滅亡を預言します。<br />「アベルの血から、祭壇と神の家の間で殺されたザカリヤの血に至るまで、全ての預言者の血の責任を、この時代が問われる。」と。<br />(ルカ福音書11章50-51節)

    Tombs of the Son's of Hezir & Zechariah's Monument
    ゼカリヤのとヘジルの息子(ベネイ・ヘジル)の墓のモニュメント

    アブサロムの墓のすぐ側にあるようです。
    残念ながら見ませんでした。

    イエスはエルサレムの滅亡を預言します。
    「アベルの血から、祭壇と神の家の間で殺されたザカリヤの血に至るまで、全ての預言者の血の責任を、この時代が問われる。」と。
    (ルカ福音書11章50-51節)

  • キドロン渓谷のビジターズ・テント

    キドロン渓谷のビジターズ・テント

  • アブサロムの墓(記念碑)の側にあるテントです。

    アブサロムの墓(記念碑)の側にあるテントです。

  • アラブ式のおもてなしを、していただきました。

    イチオシ

    アラブ式のおもてなしを、していただきました。

  • コーヒーやチャイが振る舞われました。<br />無料です。

    コーヒーやチャイが振る舞われました。
    無料です。

  • こちらで、ちょっと休憩をしました。<br />絨毯が敷き詰められてます。<br />

    こちらで、ちょっと休憩をしました。
    絨毯が敷き詰められてます。

  • ご覧のように、大きなテントです。

    ご覧のように、大きなテントです。

  • どうもご馳走でした。<br /><br />ところで、死海文書の中の銅板巻物(現在アンマン博物館にある)に記されている、神殿の宝物が隠された場所がこの谷の辺りにあるのではないかとの想定のもとに、1950年に考古学者たちによってこの墓の下の発掘が試みられました。ただ、それらしいものは何も発見されませんでした。

    どうもご馳走でした。

    ところで、死海文書の中の銅板巻物(現在アンマン博物館にある)に記されている、神殿の宝物が隠された場所がこの谷の辺りにあるのではないかとの想定のもとに、1950年に考古学者たちによってこの墓の下の発掘が試みられました。ただ、それらしいものは何も発見されませんでした。

  • ゲートには六芒星のダビデの星があります。<br /><br />イスラエルでは、国旗にもなってますので、全然違和感がありませんでしたが、この六芒星は、第二次世界大戦期におけるユダヤ人差別を想起させるという理由でタブー視されてました。<br /><br />ところで、このダビデの星ですが、これはヘブライ語ではなくギリシャ語で表記したダビデΔABIΔの最初と最後のΔ(デルタ)の文字を、1つは逆にして重ねてみるとイスラエル国旗と同じになります。<br /><br />また、ダビデのことを知らない人でも、フィレンツェにあるミケランジェロの大理石の彫刻のことは、よく知っていると思います。このダビデは左手を肩の方に上げてます。これは石投げ機の端を左手で持って、巨人ゴリアテを睨んでいるかのようです。<br />そんなことを思いながら、エルサレムを後にします。

    ゲートには六芒星のダビデの星があります。

    イスラエルでは、国旗にもなってますので、全然違和感がありませんでしたが、この六芒星は、第二次世界大戦期におけるユダヤ人差別を想起させるという理由でタブー視されてました。

    ところで、このダビデの星ですが、これはヘブライ語ではなくギリシャ語で表記したダビデΔABIΔの最初と最後のΔ(デルタ)の文字を、1つは逆にして重ねてみるとイスラエル国旗と同じになります。

    また、ダビデのことを知らない人でも、フィレンツェにあるミケランジェロの大理石の彫刻のことは、よく知っていると思います。このダビデは左手を肩の方に上げてます。これは石投げ機の端を左手で持って、巨人ゴリアテを睨んでいるかのようです。
    そんなことを思いながら、エルサレムを後にします。

  • オリーブ山<br />歴史、宗教を語るうえで、この地が世界の中心だったことをヒシヒシと感じました。<br />ここでは、イエスを身近に感じました。<br />

    オリーブ山
    歴史、宗教を語るうえで、この地が世界の中心だったことをヒシヒシと感じました。
    ここでは、イエスを身近に感じました。

  • 神殿の丘の城壁<br /><br />前述しましたが、オリーブ山の西側斜面は、昔から今日に至るまでのユダヤ人の墓になっています。<br />そして、向いのモリヤの山(神殿の山)に審判の座が設けられ、この谷をはさんだ2つの山の間で最後の神の審判が行なわれるとされました。<br />2つの山の間に2本の橋が架けられ、復活した者はすべて審きを受けるために橋を渡っていきます。<br />1つは鉄でできた頑丈な橋ですが、もう1つは紙でできた軽くて弱い橋です。<br />異教徒は皆、鉄の橋を渡ろうとするために、重さのため橋は折れて、谷底に落ちてしまいます。<br />しかしユダヤ教徒は皆、紙の橋を渡って無事に永遠の生命に生きることができる、と言われてます。<br />

    神殿の丘の城壁

    前述しましたが、オリーブ山の西側斜面は、昔から今日に至るまでのユダヤ人の墓になっています。
    そして、向いのモリヤの山(神殿の山)に審判の座が設けられ、この谷をはさんだ2つの山の間で最後の神の審判が行なわれるとされました。
    2つの山の間に2本の橋が架けられ、復活した者はすべて審きを受けるために橋を渡っていきます。
    1つは鉄でできた頑丈な橋ですが、もう1つは紙でできた軽くて弱い橋です。
    異教徒は皆、鉄の橋を渡ろうとするために、重さのため橋は折れて、谷底に落ちてしまいます。
    しかしユダヤ教徒は皆、紙の橋を渡って無事に永遠の生命に生きることができる、と言われてます。

    金門 建造物

    今では封印された幻の門 by noelさん
  • Absarom Pillarの入口が示しています。<br />この景色も見納めです。

    Absarom Pillarの入口が示しています。
    この景色も見納めです。

  • 私自身、実は以前は、エルサレムが首都だと思っていました。<br />ユダヤ教徒の方々がそう主張する気持ちは、よくわかります。<br />また、この国家樹立のために、この地を奪われたパレスチナの方々の気持ちもよくわかります。<br />実は私は以前から、この双方の立場からそれぞれの書物を読んでいました。<br />しかもイスラエルは、第二次世界大戦中にホロコーストを体験しています。<br />現在も悲しい争いが起きてますが、複雑な宗教と政治の狭間で、お互いを尊重しあえる日が来ることを切に願っています。<br /><br />ただ、三大宗教のこのエルサレムで、それぞれの相手の立場に立つ、と言うことは、初めから不可能という記述を以前見かけた事があります。<br />つまり、そのような事をしたら、自分の立つ場所がなくなってしまうという見解なのです。<br />いずれも三大宗教全てが、唯一神なので、妥協できないのでしょう。

    私自身、実は以前は、エルサレムが首都だと思っていました。
    ユダヤ教徒の方々がそう主張する気持ちは、よくわかります。
    また、この国家樹立のために、この地を奪われたパレスチナの方々の気持ちもよくわかります。
    実は私は以前から、この双方の立場からそれぞれの書物を読んでいました。
    しかもイスラエルは、第二次世界大戦中にホロコーストを体験しています。
    現在も悲しい争いが起きてますが、複雑な宗教と政治の狭間で、お互いを尊重しあえる日が来ることを切に願っています。

    ただ、三大宗教のこのエルサレムで、それぞれの相手の立場に立つ、と言うことは、初めから不可能という記述を以前見かけた事があります。
    つまり、そのような事をしたら、自分の立つ場所がなくなってしまうという見解なのです。
    いずれも三大宗教全てが、唯一神なので、妥協できないのでしょう。

  • 左方向はテルアビブです。<br />これから、テルアビブに向かいます。<br /><br />色々複雑な思いを胸にエルサレムを後にします。<br />ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、いずれの信者でもないのに、この地を訪れることができて、実は信者の方々に申し訳ないような思いもあります。<br />ただ、訪れることができて、本当に感謝しています。m(__)m

    左方向はテルアビブです。
    これから、テルアビブに向かいます。

    色々複雑な思いを胸にエルサレムを後にします。
    ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、いずれの信者でもないのに、この地を訪れることができて、実は信者の方々に申し訳ないような思いもあります。
    ただ、訪れることができて、本当に感謝しています。m(__)m

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この旅行記へのコメント (2)

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  • sanaboさん 2024/07/21 22:18:19
    聖地エルサレム
    noelさん、こんばんは~

    今回も内容の濃い力作でしたね☆彡 作成お疲れさまでした^^
    最初にnoelさんが仰ってらしたように、旅行社としては
    まだ疲れが溜まっていなくて体力があるうちにペトラ遺跡訪問という
    旅程を組んでいるのでしょうね。
    後半は暑くて食欲が落ちた人がnoelさん以外にもたくさん
    いらしたと思いますし…

    エルサレムは旅番組でスポット的には見たことありましたけど
    街を見渡せる場所からの展望を拝見すると旧市街の向こう側に
    新市街が広がり、思っていた以上に大きな町だとわかりました。
    この地に世界最古のユダヤ人墓地があるのですね。
    城壁に足を向けて葬られているそうですけど、最後の審判の日が来て
    目覚めて起き上がった時に、救世主の降臨を拝めるのですね。
    今まで私は(キリスト教では)「最後の審判」の日がやって来ることは
    知識として知っていても、どこで行われるのか考えたことがありませんでした。
    まさにこのオリーブ山がその場所なのですね!

    「主の泣かれた教会」はそのネーミングも形もユニークですね。
    旅行記の表紙のお写真を拝見した瞬間に「わぁ素敵~」と思いましたが
    こちらの教会の祭壇後ろの窓だったのですね。
    ステンドグラスとアイアンワークが繊細で窓自体が素敵ですけど
    その窓の向こうに計算されたように(されてますよね)
    エルサレムの街並みを望むことができ、神(キリスト)が街を
    庇護しているかのように思えました。
    noelさん、このお写真をスマホの待ち受け画面にされたのね^^
    祭壇のモザイク画に雌鶏とひよこたちが描かれているのは珍しいですね。
    羊飼いと羊に例えられることはよくありますけど、やはりこれは
    鶏鳴教会があるからかしら?

    次にいらしたChurch of All Nations(万国民の教会)は
    正教会ではマリア様が埋葬された場所とされているそうですね。
    あの石棺もきっとマリア様なのでしょう。
    ところで正教会ではマリア様のことを生神女と呼ぶようですね。
    実はヘルシンキで訪れたウスペンスキー大聖堂も生神女就寝大聖堂とも
    呼ばれるのですが、この「生神女」という文字を初めて目にした時
    「ナマガミオンナとはなんじゃこりゃ?」と思ったのでした(笑)
    ショウシンジョと読むらしいですけど、文字だけ見ると
    なんだかナマメカシイですよね。
    祭壇の「苦悶のキリスト」はフレスコ画ではなくモザイク画ですよね?
    こういう図柄を見ると、思わず見入ってしまいますね。
    「ユダの接吻」や「イエスの逮捕」のモザイク画も鮮やかな色合いで
    よく描けていますね。
    天井もまさしく満天の星空のようだし、黄金のドームも美しいですね~☆彡
    それから、エルサレム十字というのを初めて目にしましたが
    深い意味があるのですね。でも見た目は赤くて可愛らしい感じです。

    「マリアの墓の教会」にはマリアの両親とそしてヨセフも一緒に
    眠っていることを知り、私も心安らかな気持ちになれました。
    ペルシアやアラブの侵攻で教会が破壊されても、お墓は破壊されず
    よかったです。洞窟内は独特の神聖な空間でしたね。

    ダビデ王の息子アブサロムが父親に反旗を翻したお話は
    複雑な事情なのだと思いますが、息子の死に慟哭した姿は
    やはり父親ですね。
    二人ともかなりの美男子だったとのこと、お会いしてみたかったわ^^

    1950年に考古学者が発見できなかった神殿の宝物は
    未来のインディジョーンズが発見してくれるのでしょうか?
    ダビデの星の由来も初めて知り興味深かったです。

    ユダヤ教徒とパレスチナ人の問題は本当に難しいですね。
    双方の立場からのご本を読まれたそうですけど、どちらの立場も
    理解できるということは、パラレルワールドでも見つからない限り
    双方で分かち合うことは不可能ですよね。
    ただお互いに傷つけあうことだけは無くなるように願うばかりです。

    sanabo

    noel

    noelさん からの返信 2024/07/22 19:54:49
    Re: 聖地エルサレム
    sanaboさん、こんばんは

    ありがとうございます。
    エルサレムと言う名はよく耳にしますが、実際には日本人にとって、縁遠い国かもしれません。
    宗教画の中では美しく描かれていますが、実際に行くと絵画の世界とは別物だと感じます。
    最後の審判のイメージと違い、意外にオリーブ山はさっぱりとしてました。ただ綺麗に整然と植えられていました。

    ただ、あれほど様々な教会がひしめきあっている場所は初めてです。
    それにシナゴーグ、モスクも混在してますから、カオスです。

    主の泣かれた教会のすぐそばに、マグダラのマリア教会のロシア正教会もあって、面白いドームの教会がお隣同士でした。
    主の泣かれた教会の祭壇ですが、普通だと羊ですが、鶏の話はエルサレム滅亡の預言で、重要なキーワードになっています。
    なぜ、ひよこなのかは不明です。
    私の推測だと、鶏が鳴く前にペテロがイエスを3回知らないと言う話とも関係してるかもしれません。
    あくまで推測です。

    ナマガミオンナ・・たぶん多くの日本人はそう読むでしょうね。私も最初はそう思ってました。笑笑
    祭壇の絵はモザイク画です。
    教会自体が今年で100年で、全体的に綺麗な教会でした。

    ダビデ王の息子の話は、あまり有名ではないので、たまたまアブサロムの柱(墓)があったので、知りました。
    ダビデ王やソロモン王、ヘロデ王の話はよく題材にあるのですが・・・。

    sanaboさんのおしゃるように、発見できなかった宝は未来のインディ・ジョーンズの手に委ねたいです。
    古い街なので、他にも出てくるかもしれません。
    ロマンがあります。
    そして、発見によって歴史が大きく変わる場合もあります。

    本当に傷つけ合うのだけは、ストップさせたいですね。
    細かくご覧いただき、ありがとうございます。

    noel

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