ベツレヘム旅行記(ブログ) 一覧に戻る
この日は朝早くからエルサレムの城壁内などを観光し、午後はこのベツレヘムに移動しました。<br />ベツレヘムは、エルサレムから南へ約15キロに位置し、標高750mの丘陵地帯です。<br />ヘブライ語の聖書ではダビデの街と言われています。<br />3000年前に少年ダビデが羊を放牧し、後にイスラエルの王となりました。<br />また、2000年前にはイエス・キリストが誕生した街として有名です。<br /><br />4世紀にコンスタンティヌス帝の母ヘレナが聖誕教会を建て、その後王位継承した息子たちが修繕しました。<br />一時期ペルシャやイスラム勢力に制圧されますが、十字軍時代に再建され、現在に至ります。過酷な時代をくぐり抜けてきたため堅固な建物となってます。<br /><br />ベツレヘムがイエス生誕の地であるのは、「ミカ書」5章の次の言葉にあります。<br />「今、おまえは壁で取りまかれている<br />敵はわれらを攻め囲み<br />杖をもってイスラエルのつかさの頬を打つ。<br />しかしベツレヘム・エフラテよ<br />おまえはユダの支族の中の小さな者だが<br />イスラエルを治める者は、おまえのうちから<br />私のために出る。」<br /><br />この言葉からマタイは、救世主の誕生の預言をしたものとして、実際にイエスが誕生したことで、この預言が成就したと記しています。<br /><br />またルカによると、人口登録のため、ダビデの家系であり、その血統であるヨセフが、その出身地に帰った事で、「預言されたダビデの裔の救済者」であることの証明としています。<br />そんなキリストの生誕の地、ベツレヘムを見ます。<br />また、クリスマスの時に飾られるプレゼピオで見た、その飼い葉桶のベツレヘム。<br />楽しみです。<br /><br /><br />【旅程】<br /><br />8月2日(水)<br />NRT 成田発 22時30分→DXB ドバイ着 <br />8月3日 4時10分着(EK0319便 エミレーツ航空)<br />↓<br />8月3日(木)<br />ドバイ空港 5時20分<br />ジュメイラ・パブリックビーチ 5時50分<br />ブルジュ・アル・アラブ・ジュメイラ 6時15分<br />ドバイ・フレーム 6時45分<br />ドバイ・モール 7時10分<br />ブルジュ・カリファ(ハリファ) 8時00分<br />ドバイ・モール 9時00分<br />ドバイ水族館 10時15分<br />↓<br />ドバイ国際空港 11時00分<br />↓<br />DXB ドバイ 14時05分発→AMM アンマン 16時00分<br />(EK903便 エミレーツ航空)<br />↓<br />アンマン国際空港 17時15分<br />ペトラ(エドム・ペトラ) 20時10分<br />エル・ハズネ(ペトラ・バイ・ナイト) 21時00分<br />ホテル 22時30分<br /><br />8月4日(金)<br />ホテル発 9時00分<br />ペトラ遺跡 <br />シーク 9時30分<br />エル・ハズネ 10時20分<br />ローマ遺跡 11時10分<br />ランチ(Basin Restrant)12時00分<br />エド・ディル 13時40分<br />カフェ 13時45分<br />ビューポイント 14時10分<br />ペトラ博物館 16時10分<br />ホテル 17時15分<br /><br />8月5日(土)<br />ホテル発 7時30分 <br />モーゼの泉 7時45分 <br />ネポ山 11時25分 <br />マタバ 聖ジョージ教会 12時40分 <br />ランチ Haret Jdoudna Restaurant &amp; craft shops 13時00分 <br />アンマン アブドラ一世モスク 15時15分<br />ヨルダン博物館 16時05分<br />シタデル 17時15分<br />リージェンシー・パレス・ホテル 17時45分<br /><br />8月6日(日)<br />ホテル発 7時00分<br />サルト旧市街 7時35分<br />ジェラシュ遺跡 9時10分<br />↓<br />ヨルダン出国 11時45分<br />イスラエルへ入国 13時00分<br />↓<br />ティベリア ランチ 14時05分<br />山上の垂訓教会 15時05分<br />パンと魚の奇跡の教会 15時45分<br />シナゴーグ 16時10分<br />カペナーム 16時40分<br />プリマ・ガリル・ホテル 17時10分<br /><br />8月7日(月)<br />ホテル発 7時30分<br />ナザレ<br />カナの婚礼教会 8時00分<br />マリアの井戸 8時55分<br />受胎告知教会 9時20分<br />聖ヨセフ教会 9時45分<br />ヨルダン渓谷 12時00分<br />ランチ エリコ Temptation Restaurant 12時45分<br />死海 14時35分<br />エルサレム プリマ・パーク・ホテル 17時20分<br /><br />8月8(火)<br />ホテル発 7時00分<br />神殿の丘 7時30分<br />岩のドーム 7時50分<br />嘆きの壁 8時30分<br />シナゴーグ 8時55分<br />ヴィア・ドロローサ 9時10分<br />聖墳墓教会 10時15分<br />アルメニア教会 10時45分<br />シリア教会 11時15分<br />ランチ Armenian Restaurant Bar「Bulghourji」11時45分<br />シオン門 13時00分<br />ダビデの墓 13時10分<br />鶏鳴教会 13時25分<br /><br />ベツレヘム<br />生誕教会 15時10分 ●<br />ホテル 17時00分 ●<br /><br />8月9日(水)<br />ホテル発 9時00分<br />オリーブ山 9時40分<br />主の泣かれた教会 10時00分<br />ゲッセマネの園 10時20分<br />万国民教会 10時25分<br />ベドウィンのテント 11時05分<br /><br />テルアビブ<br />ランチ 13時10分<br />港 14時00分<br />バウハウス時代の建築 14時35分 <br />↓<br />TLV テルアビブ空港 19時50分発→<br />DXBドバイ空港 23時59分着(EK932便 エミレーツ航空)<br />↓<br />8月10日(木)<br />DXBドバイ空港 2時40分発→NRT成田空港 17時35分着<br />(EK0318便)

Bethlehem 2023 ⑫ キリスト生誕の地 ベツレヘム 2023年(Dubai~Jordan~Israel)

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2023/08/02 - 2023/08/10

1位(同エリア67件中)

noel

noelさん

この旅行記のスケジュール

2023/08/08

  • エルサレム:14時00分→ベツレヘム:14時20分

  • The Wallde of Hotel:14時20分→駐車場:15時00分

  • 駐車場:15時00分→聖誕教会:15時08分

  • メンジャー広場:15時50分→駐車場:16時00分

  • ベツレヘム:16時00分→ホテル;16時57分

この旅行記スケジュールを元に

この日は朝早くからエルサレムの城壁内などを観光し、午後はこのベツレヘムに移動しました。
ベツレヘムは、エルサレムから南へ約15キロに位置し、標高750mの丘陵地帯です。
ヘブライ語の聖書ではダビデの街と言われています。
3000年前に少年ダビデが羊を放牧し、後にイスラエルの王となりました。
また、2000年前にはイエス・キリストが誕生した街として有名です。

4世紀にコンスタンティヌス帝の母ヘレナが聖誕教会を建て、その後王位継承した息子たちが修繕しました。
一時期ペルシャやイスラム勢力に制圧されますが、十字軍時代に再建され、現在に至ります。過酷な時代をくぐり抜けてきたため堅固な建物となってます。

ベツレヘムがイエス生誕の地であるのは、「ミカ書」5章の次の言葉にあります。
「今、おまえは壁で取りまかれている
敵はわれらを攻め囲み
杖をもってイスラエルのつかさの頬を打つ。
しかしベツレヘム・エフラテよ
おまえはユダの支族の中の小さな者だが
イスラエルを治める者は、おまえのうちから
私のために出る。」

この言葉からマタイは、救世主の誕生の預言をしたものとして、実際にイエスが誕生したことで、この預言が成就したと記しています。

またルカによると、人口登録のため、ダビデの家系であり、その血統であるヨセフが、その出身地に帰った事で、「預言されたダビデの裔の救済者」であることの証明としています。
そんなキリストの生誕の地、ベツレヘムを見ます。
また、クリスマスの時に飾られるプレゼピオで見た、その飼い葉桶のベツレヘム。
楽しみです。


【旅程】

8月2日(水)
NRT 成田発 22時30分→DXB ドバイ着 
8月3日 4時10分着(EK0319便 エミレーツ航空)

8月3日(木)
ドバイ空港 5時20分
ジュメイラ・パブリックビーチ 5時50分
ブルジュ・アル・アラブ・ジュメイラ 6時15分
ドバイ・フレーム 6時45分
ドバイ・モール 7時10分
ブルジュ・カリファ(ハリファ) 8時00分
ドバイ・モール 9時00分
ドバイ水族館 10時15分

ドバイ国際空港 11時00分

DXB ドバイ 14時05分発→AMM アンマン 16時00分
(EK903便 エミレーツ航空)

アンマン国際空港 17時15分
ペトラ(エドム・ペトラ) 20時10分
エル・ハズネ(ペトラ・バイ・ナイト) 21時00分
ホテル 22時30分

8月4日(金)
ホテル発 9時00分
ペトラ遺跡 
シーク 9時30分
エル・ハズネ 10時20分
ローマ遺跡 11時10分
ランチ(Basin Restrant)12時00分
エド・ディル 13時40分
カフェ 13時45分
ビューポイント 14時10分
ペトラ博物館 16時10分
ホテル 17時15分

8月5日(土)
ホテル発 7時30分 
モーゼの泉 7時45分 
ネポ山 11時25分 
マタバ 聖ジョージ教会 12時40分 
ランチ Haret Jdoudna Restaurant & craft shops 13時00分 
アンマン アブドラ一世モスク 15時15分
ヨルダン博物館 16時05分
シタデル 17時15分
リージェンシー・パレス・ホテル 17時45分

8月6日(日)
ホテル発 7時00分
サルト旧市街 7時35分
ジェラシュ遺跡 9時10分

ヨルダン出国 11時45分
イスラエルへ入国 13時00分

ティベリア ランチ 14時05分
山上の垂訓教会 15時05分
パンと魚の奇跡の教会 15時45分
シナゴーグ 16時10分
カペナーム 16時40分
プリマ・ガリル・ホテル 17時10分

8月7日(月)
ホテル発 7時30分
ナザレ
カナの婚礼教会 8時00分
マリアの井戸 8時55分
受胎告知教会 9時20分
聖ヨセフ教会 9時45分
ヨルダン渓谷 12時00分
ランチ エリコ Temptation Restaurant 12時45分
死海 14時35分
エルサレム プリマ・パーク・ホテル 17時20分

8月8(火)
ホテル発 7時00分
神殿の丘 7時30分
岩のドーム 7時50分
嘆きの壁 8時30分
シナゴーグ 8時55分
ヴィア・ドロローサ 9時10分
聖墳墓教会 10時15分
アルメニア教会 10時45分
シリア教会 11時15分
ランチ Armenian Restaurant Bar「Bulghourji」11時45分
シオン門 13時00分
ダビデの墓 13時10分
鶏鳴教会 13時25分

ベツレヘム
生誕教会 15時10分 ●
ホテル 17時00分 ●

8月9日(水)
ホテル発 9時00分
オリーブ山 9時40分
主の泣かれた教会 10時00分
ゲッセマネの園 10時20分
万国民教会 10時25分
ベドウィンのテント 11時05分

テルアビブ
ランチ 13時10分
港 14時00分
バウハウス時代の建築 14時35分 

TLV テルアビブ空港 19時50分発→
DXBドバイ空港 23時59分着(EK932便 エミレーツ航空)

8月10日(木)
DXBドバイ空港 2時40分発→NRT成田空港 17時35分着
(EK0318便)

旅行の満足度
5.0
観光
4.5
同行者
カップル・夫婦
交通手段
観光バス 徒歩
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
クラブツーリズム
  • The Walled off Hotel(ザ・ウォールド・オフ・ホテル)<br /><br />世界1眺めの悪いホテルで有名なホテルです。<br />このホテルの向かいには分離壁があります。確かに眺めが悪いです。<br />そして、この壁にはBanksy(バンクシー)の絵が描かれています。<br />2003年イスラエルの武力行使に抗議して描かれました。<br />残念ながら撮りそびれてしまいました。<br />ちなみに、ホテルにはバンクシーが手掛けた特注のお部屋もあります。<br /><br />そして、この写真の左がホテル、右がその壁です。<br />テロを防ぐため入植地を囲む高いコンクリートの壁が建てられました。<br />実は作家の村上春樹氏ですが、以前「エルサレム賞」を受賞した際に、「壁と卵--Of Walls and Eggs」についてスピーチしました。<br />つまり「硬い大きな壁」にぶつかって割れる卵に市民を譬えたのです。

    The Walled off Hotel(ザ・ウォールド・オフ・ホテル)

    世界1眺めの悪いホテルで有名なホテルです。
    このホテルの向かいには分離壁があります。確かに眺めが悪いです。
    そして、この壁にはBanksy(バンクシー)の絵が描かれています。
    2003年イスラエルの武力行使に抗議して描かれました。
    残念ながら撮りそびれてしまいました。
    ちなみに、ホテルにはバンクシーが手掛けた特注のお部屋もあります。

    そして、この写真の左がホテル、右がその壁です。
    テロを防ぐため入植地を囲む高いコンクリートの壁が建てられました。
    実は作家の村上春樹氏ですが、以前「エルサレム賞」を受賞した際に、「壁と卵--Of Walls and Eggs」についてスピーチしました。
    つまり「硬い大きな壁」にぶつかって割れる卵に市民を譬えたのです。

  • このホテルからベツレヘムの聖誕教会(降誕教会)までの位置関係です。

    このホテルからベツレヘムの聖誕教会(降誕教会)までの位置関係です。

  • 分離壁の「花束を投げる男」のバンクシーの絵は撮り損なってしまいましたが、こんな所にもありました。<br />鳩の絵です。<br />実はこれもバンクシーの絵です。<br /><br />鳩はキリストの洗礼を主題にした絵画に、必ず描かれます。<br />これは、聖書に聖霊が鳩のように下ったという記述があるためです。<br />この鳩はオリーブを咥えているので、ノアの箱舟に登場する鳩かもしれません。<br />大洪水の後に、ノアが鳩を放ったところ、オリーブの枝を咥えて戻ってきました。<br />これは平和の象徴として、オリーブは国際連合の標章にもなっています。<br /><br />ただ、この平和の象徴である鳩は、防弾チョッキを着ています。<br />また、よく見ると銃のターゲットの赤い照準のマークが見えます。<br /><br />皮肉なことに、この絵の前にはイスラエル軍の監視塔があります。

    分離壁の「花束を投げる男」のバンクシーの絵は撮り損なってしまいましたが、こんな所にもありました。
    鳩の絵です。
    実はこれもバンクシーの絵です。

    鳩はキリストの洗礼を主題にした絵画に、必ず描かれます。
    これは、聖書に聖霊が鳩のように下ったという記述があるためです。
    この鳩はオリーブを咥えているので、ノアの箱舟に登場する鳩かもしれません。
    大洪水の後に、ノアが鳩を放ったところ、オリーブの枝を咥えて戻ってきました。
    これは平和の象徴として、オリーブは国際連合の標章にもなっています。

    ただ、この平和の象徴である鳩は、防弾チョッキを着ています。
    また、よく見ると銃のターゲットの赤い照準のマークが見えます。

    皮肉なことに、この絵の前にはイスラエル軍の監視塔があります。

  • こちらは、普通の街角の様子です。<br />スターバックスに似ている看板が・・・。

    こちらは、普通の街角の様子です。
    スターバックスに似ている看板が・・・。

  • のんびりと店番をしてます。<br />OKと言うので、撮影させていただきました。

    のんびりと店番をしてます。
    OKと言うので、撮影させていただきました。

  • LAVAZZA(ラヴァッツァ)は、イタリアのコーヒーです。

    LAVAZZA(ラヴァッツァ)は、イタリアのコーヒーです。

  • 坂道になっています。聖誕教会のある場所は、ベツレヘムで一番高い丘の上に建っています。

    坂道になっています。聖誕教会のある場所は、ベツレヘムで一番高い丘の上に建っています。

  • 傾斜はゆるいですが、ずっと坂道になっています。<br />

    傾斜はゆるいですが、ずっと坂道になっています。

  • かつてダビデは、この付近を占拠していたペリシテ人を追放しました。<br />その北側の丘にコンスタンティヌス帝によって創建されたのが、「聖誕教会(降誕教会)」です。<br /><br />実はエジプトの「アマルナ文書」によると、当時のエルサレムの王であるアブディ・ヒバは、パレスチナ周辺を荒らしまわっていたアピルの侵略と横暴について、エジプトのファラオに訴えていたことが書簡からわかりました。<br />当時のファラオはエジプト第18王朝のアメンホテプ4世(アクエンアテン)かと思います。<br />その書簡の中でBit Lahmi(ビト・ラフミ)の名前が記されています。このラフミとはカナン人の神の名前のようです。それで「ラフミの神の家」の意味をイスラエル人がこの地を占拠した際に、「パンの家」を意味する「ベツレヘム」に変えたようです。<br /><br />このアマルナ文書は、楔形文字の粘土板の文書です。<br />当時のエジプトとの外交が、これによってわかりました。<br />たまたま、アマルナで日乾煉瓦材料を探していた女性によって発見されました。<br />382もの書簡が発見され、カイロ博物館、大英博物館、ベルリン博物館に所蔵されています。<br />

    かつてダビデは、この付近を占拠していたペリシテ人を追放しました。
    その北側の丘にコンスタンティヌス帝によって創建されたのが、「聖誕教会(降誕教会)」です。

    実はエジプトの「アマルナ文書」によると、当時のエルサレムの王であるアブディ・ヒバは、パレスチナ周辺を荒らしまわっていたアピルの侵略と横暴について、エジプトのファラオに訴えていたことが書簡からわかりました。
    当時のファラオはエジプト第18王朝のアメンホテプ4世(アクエンアテン)かと思います。
    その書簡の中でBit Lahmi(ビト・ラフミ)の名前が記されています。このラフミとはカナン人の神の名前のようです。それで「ラフミの神の家」の意味をイスラエル人がこの地を占拠した際に、「パンの家」を意味する「ベツレヘム」に変えたようです。

    このアマルナ文書は、楔形文字の粘土板の文書です。
    当時のエジプトとの外交が、これによってわかりました。
    たまたま、アマルナで日乾煉瓦材料を探していた女性によって発見されました。
    382もの書簡が発見され、カイロ博物館、大英博物館、ベルリン博物館に所蔵されています。

  • キリスト教では、イエスは1世紀に生まれたと伝えられていますが、福音書を詳しく読むと、そうではないことがわかります。マタイ及びルカによる福音書によると、イエスはヘロデ大王の治世に生まれたとあります。<br />ヘロデが死んだのはBC4年なので、それ以前と言うことになります。<br /><br />ルカによる福音書には、次の記述があります。(2章12節)<br />「その頃、アウグストゥスから全住民に、住民登録をせよとの勅令が出ました。これは、クィリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録です。」この州総督とは、ププリウス、スルビキウス・クィリニウスです。 ただクィリニウスがシリア総督を務めたのは6-12年で、ヘロデ王の死後です。スルビキウス・クィリニウスが住民登録を命じた公式記録も見つかっていません。<br /><br />またマタイによる福音書には、イエスが生まれた時に明るく星が輝いたとあります。(2章2節)。<br />これはBC5年に中国で観測された新星(星の爆発) だという説もありますが 一般にはこの年に起きた木星と土星の「合」(重なり)だったと考えられているようです。合になれば、星は裸眼でもはっきり見えたはずです。1603年に同じ合を観測した天文学者ヨハネス・ケプラーによれば、BC7年にも合が起きていたと計算しました。<br /><br />キリストの生誕に関しては、諸説あります。<br />ただ、西暦元年が変更されてしまうと、全世界混乱に陥ってしまいます。<br />これには、触れずにそっとしておきましょう。

    キリスト教では、イエスは1世紀に生まれたと伝えられていますが、福音書を詳しく読むと、そうではないことがわかります。マタイ及びルカによる福音書によると、イエスはヘロデ大王の治世に生まれたとあります。
    ヘロデが死んだのはBC4年なので、それ以前と言うことになります。

    ルカによる福音書には、次の記述があります。(2章12節)
    「その頃、アウグストゥスから全住民に、住民登録をせよとの勅令が出ました。これは、クィリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録です。」この州総督とは、ププリウス、スルビキウス・クィリニウスです。 ただクィリニウスがシリア総督を務めたのは6-12年で、ヘロデ王の死後です。スルビキウス・クィリニウスが住民登録を命じた公式記録も見つかっていません。

    またマタイによる福音書には、イエスが生まれた時に明るく星が輝いたとあります。(2章2節)。
    これはBC5年に中国で観測された新星(星の爆発) だという説もありますが 一般にはこの年に起きた木星と土星の「合」(重なり)だったと考えられているようです。合になれば、星は裸眼でもはっきり見えたはずです。1603年に同じ合を観測した天文学者ヨハネス・ケプラーによれば、BC7年にも合が起きていたと計算しました。

    キリストの生誕に関しては、諸説あります。
    ただ、西暦元年が変更されてしまうと、全世界混乱に陥ってしまいます。
    これには、触れずにそっとしておきましょう。

  • Church of the Nativity(聖誕教会)<br /><br />パレスチナは十字軍の遠征などで、たびたび戦乱の舞台になってきました。(過去形ではないのですが・・・。)<br />それで聖誕教会は高い防壁で囲われています。<br /><br />この現在の教会は、1934年に英国委任統治政府考古局の依頼で調査され、その後、さらに1948-51年にフランシスコ会の聖地保存会によって再調査されました。<br />その結果、建物はコンスタンティヌス1世帝時代のものではなく、ユスティニアス帝時代(527-67年)のものであることが証明されました。<br /><br />また、2011年には世界遺産に登録されました。<br />聖誕教会と巡礼路、周囲の3つの修道院・教会、鐘楼、庭園が世界遺産に登録されました。<br />イエス生誕にまつわる土地としては、パレスチナで初めての世界遺産となりました。

    Church of the Nativity(聖誕教会)

    パレスチナは十字軍の遠征などで、たびたび戦乱の舞台になってきました。(過去形ではないのですが・・・。)
    それで聖誕教会は高い防壁で囲われています。

    この現在の教会は、1934年に英国委任統治政府考古局の依頼で調査され、その後、さらに1948-51年にフランシスコ会の聖地保存会によって再調査されました。
    その結果、建物はコンスタンティヌス1世帝時代のものではなく、ユスティニアス帝時代(527-67年)のものであることが証明されました。

    また、2011年には世界遺産に登録されました。
    聖誕教会と巡礼路、周囲の3つの修道院・教会、鐘楼、庭園が世界遺産に登録されました。
    イエス生誕にまつわる土地としては、パレスチナで初めての世界遺産となりました。

    降誕教会 (聖誕教会) / イエスの生誕地: ベツレヘムの聖誕教会と巡礼の道 寺院・教会

    十四芒星の銀の星型プレートの下の岩盤 by noelさん
  • 当時、全世帯の住民登録をするよう皇帝アウグストゥスから勅命が出たため、ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったのでガリラヤの町のナザレからベツレヘムの町へやってきました。<br />本来は直線コースが最短距離ですが、そこにはサマリア人が住んでいます。ユダヤ人たちは、そこを避けて迂回してヨルダン川沿いに行きました。<br />この時、マリアは身重でした。

    当時、全世帯の住民登録をするよう皇帝アウグストゥスから勅命が出たため、ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったのでガリラヤの町のナザレからベツレヘムの町へやってきました。
    本来は直線コースが最短距離ですが、そこにはサマリア人が住んでいます。ユダヤ人たちは、そこを避けて迂回してヨルダン川沿いに行きました。
    この時、マリアは身重でした。

  • ところが2人がベツレヘムにいる間に、マリアは月が満ちて、男子の初子を産みました。そして、その子を布にくるんで飼い葉桶に寝かせました。<br />宿屋(客間)には彼らのいる場所がなかったからです。<br />(ルカの福音書2章6-7節)<br /><br />このように、マリアはベツレヘムの洞窟の中に宿をとり、そこでイエスを生み、飼い葉桶に寝かせました。<br />日本ではイエスは馬小屋で生まれたという伝説がありますが、この時代の家畜は、羊、山羊または牛、驢馬であって、馬はいませんでした。<br />この生誕の場面を描いた絵画はたくさんありますが、確かに馬は描かれていません。<br />そして洞窟で生まれたため、かなり貧相に思えますが、実はナザレの住居跡も洞窟です。そして親戚の高級祭司ザカリヤの子、ヨハネが生まれたのも洞窟ですので、この当時は珍しいことではありませんでした。

    ところが2人がベツレヘムにいる間に、マリアは月が満ちて、男子の初子を産みました。そして、その子を布にくるんで飼い葉桶に寝かせました。
    宿屋(客間)には彼らのいる場所がなかったからです。
    (ルカの福音書2章6-7節)

    このように、マリアはベツレヘムの洞窟の中に宿をとり、そこでイエスを生み、飼い葉桶に寝かせました。
    日本ではイエスは馬小屋で生まれたという伝説がありますが、この時代の家畜は、羊、山羊または牛、驢馬であって、馬はいませんでした。
    この生誕の場面を描いた絵画はたくさんありますが、確かに馬は描かれていません。
    そして洞窟で生まれたため、かなり貧相に思えますが、実はナザレの住居跡も洞窟です。そして親戚の高級祭司ザカリヤの子、ヨハネが生まれたのも洞窟ですので、この当時は珍しいことではありませんでした。

  • 謙遜の門です。<br />入口はとても狭いです。<br />茶室のにじりとまでは言いませんが、かなり小さいです。<br />一人ずつしか入ることができません。<br /><br />この門は石を積み上げて閉じられています。十字軍時代に修繕されたアーチ型の門も石壁で閉じられ、今ではご覧のとおりの小さな門です。<br /><br />実は、政情が不安定になっていた時、略奪者が荷馬車で教会に侵入してきて、教会の大切な物を持って行ったことがありました。それを防ぐために(馬などで入ることができないよう)小さな門にしています。

    謙遜の門です。
    入口はとても狭いです。
    茶室のにじりとまでは言いませんが、かなり小さいです。
    一人ずつしか入ることができません。

    この門は石を積み上げて閉じられています。十字軍時代に修繕されたアーチ型の門も石壁で閉じられ、今ではご覧のとおりの小さな門です。

    実は、政情が不安定になっていた時、略奪者が荷馬車で教会に侵入してきて、教会の大切な物を持って行ったことがありました。それを防ぐために(馬などで入ることができないよう)小さな門にしています。

  • 中に入ると1500年前のままの大きな教会になってます。<br />正面はギリシア正教会でイコノスタシスになっていて、厳かな雰囲気に包まれています。<br /><br />ところで、内部はカトリックなど複数の宗派が、分割で管理しています。<br />これは聖墳墓教会と同じです。<br />ちなみに祭壇は洞窟の上に作られています。<br />4世紀に建設されています。ただし、6世紀に火災で焼失して再建されています。<br /><br />身廊と4つの側廊からなるバシリカで拝廊から1番奥の祭壇まで50m、幅約30mあります。

    中に入ると1500年前のままの大きな教会になってます。
    正面はギリシア正教会でイコノスタシスになっていて、厳かな雰囲気に包まれています。

    ところで、内部はカトリックなど複数の宗派が、分割で管理しています。
    これは聖墳墓教会と同じです。
    ちなみに祭壇は洞窟の上に作られています。
    4世紀に建設されています。ただし、6世紀に火災で焼失して再建されています。

    身廊と4つの側廊からなるバシリカで拝廊から1番奥の祭壇まで50m、幅約30mあります。

  • 大きな十字架があります。<br />また、円柱にまでキリストや聖人の絵が描かれています。<br />ビザンチン建築の教会などでは見かけることもありますが、結構綺麗に残っています。

    大きな十字架があります。
    また、円柱にまでキリストや聖人の絵が描かれています。
    ビザンチン建築の教会などでは見かけることもありますが、結構綺麗に残っています。

  • 床下には4世紀のモザイク画があります。<br />ギリシャ正教、アルメニア正教、ローマ・カトリック教によって分割管理されています。

    床下には4世紀のモザイク画があります。
    ギリシャ正教、アルメニア正教、ローマ・カトリック教によって分割管理されています。

  • こちらには、イエスの生誕の場面が描かれています。

    こちらには、イエスの生誕の場面が描かれています。

  • 聖母子のイコンです。<br />黄金に輝いて煌びやかです。そして二人とも丹精なお顔です。<br />そしてお供えでしょうか・・・。<br />イコンやらネックレス等々が架けられているようです。<br />これによって、更に輝きを増しています。

    聖母子のイコンです。
    黄金に輝いて煌びやかです。そして二人とも丹精なお顔です。
    そしてお供えでしょうか・・・。
    イコンやらネックレス等々が架けられているようです。
    これによって、更に輝きを増しています。

  • この時、私たち以外にも何人かいましたが、本当にラッキーでした。<br />通常であれば、混むときは2時間待ちなどになるようです。<br /><br />ところで、下の聖母子は、黒いお顔をしています。<br /><br />旧約聖書のソロモン雅歌に、聖ルカによる原肖像画のマリアの顔が熟した小麦のように栗色であった、と言う説があります。<br />また、エジプトのイシス神とその子どものホルス神の影響からでしょうか。<br />ちなみに肌が黒いので、煌びやかな金色の頭部と白(あるいは銀)の衣装が映えています。

    この時、私たち以外にも何人かいましたが、本当にラッキーでした。
    通常であれば、混むときは2時間待ちなどになるようです。

    ところで、下の聖母子は、黒いお顔をしています。

    旧約聖書のソロモン雅歌に、聖ルカによる原肖像画のマリアの顔が熟した小麦のように栗色であった、と言う説があります。
    また、エジプトのイシス神とその子どものホルス神の影響からでしょうか。
    ちなみに肌が黒いので、煌びやかな金色の頭部と白(あるいは銀)の衣装が映えています。

  • キリスト誕生の洞窟へ入るチャペルの右脇に、建物の外へ通じる階段があるようです。そこから出た庭に、もう1つ門があって洞窟へ下ることができるのだそうです。<br />洞窟内は、湿気を帯びた空気に包まれていて、ここでは惨殺された子どもたちと、子どもを守ろうとしたため殺された親の遺骸があるそうです。<br /><br />それにしても、たった1人の子どもを恐れて、多くの人々を惨殺したヘロデ大王は残忍極まりありませんが、この王は建築王でもあります。<br />ただ、死の間際、どんな思いでこの世を去ったことでしょう。

    キリスト誕生の洞窟へ入るチャペルの右脇に、建物の外へ通じる階段があるようです。そこから出た庭に、もう1つ門があって洞窟へ下ることができるのだそうです。
    洞窟内は、湿気を帯びた空気に包まれていて、ここでは惨殺された子どもたちと、子どもを守ろうとしたため殺された親の遺骸があるそうです。

    それにしても、たった1人の子どもを恐れて、多くの人々を惨殺したヘロデ大王は残忍極まりありませんが、この王は建築王でもあります。
    ただ、死の間際、どんな思いでこの世を去ったことでしょう。

  • 十字架のイエス・キリストは痛々しいです。<br />ちなみに、この絵の下が地下洞窟の入口です。

    十字架のイエス・キリストは痛々しいです。
    ちなみに、この絵の下が地下洞窟の入口です。

  • 祭壇の地下に降りて行きます。<br />

    祭壇の地下に降りて行きます。

  • 階段を降りて大理石で飾られた狭い入口を入ると、蝋燭とランプの明かりが灯る洞窟になっています。<br />真夏なので、かなり暑いです。<br />右の床に銀星の型がはめ込まれ、ラテン語で「ここにて主イエスキリストは処女マリアより生まれ賜えり」と記されています。<br />そのすぐ左側に小さな部屋があり、やはり大理石で覆われていますが、2000年前、ここに家畜のための石製の飼い葉おけが置かれており、それを「ベビーベッド」として利用しました。<br /><br />順番待ちをしているところです。

    階段を降りて大理石で飾られた狭い入口を入ると、蝋燭とランプの明かりが灯る洞窟になっています。
    真夏なので、かなり暑いです。
    右の床に銀星の型がはめ込まれ、ラテン語で「ここにて主イエスキリストは処女マリアより生まれ賜えり」と記されています。
    そのすぐ左側に小さな部屋があり、やはり大理石で覆われていますが、2000年前、ここに家畜のための石製の飼い葉おけが置かれており、それを「ベビーベッド」として利用しました。

    順番待ちをしているところです。

  • イエスの生誕場面です。<br />この絵の下が生誕場所です。<br /><br />実はイエスを寝かせた飼い葉桶の木片が、ローマのサンタ・マリア・マジョーレ教会に聖遺物として安置されているのですが、実はベツレヘムに来た巡礼者が持ち帰ったらしく、2019年に木片の一部がローマからこの教会に返還されたそうです。

    イエスの生誕場面です。
    この絵の下が生誕場所です。

    実はイエスを寝かせた飼い葉桶の木片が、ローマのサンタ・マリア・マジョーレ教会に聖遺物として安置されているのですが、実はベツレヘムに来た巡礼者が持ち帰ったらしく、2019年に木片の一部がローマからこの教会に返還されたそうです。

  • ベツレヘムは、イスラエルとの争いの場になることがありますが、クリスマスの儀式には世界中から信徒が集まります。<br /><br />2002年に、約50名のパレスチナ戦闘員が、この教会に逃げ込みましたが、聖職者は保護したそうです。<br />イスラエル軍によって約1か月包囲されましたが、国際的な世論を考慮して強行突入はできなかったようです。<br /><br />2012年にはユネスコの世界遺産に登録されて、パレスチナにある初めての世界遺産となりました。

    ベツレヘムは、イスラエルとの争いの場になることがありますが、クリスマスの儀式には世界中から信徒が集まります。

    2002年に、約50名のパレスチナ戦闘員が、この教会に逃げ込みましたが、聖職者は保護したそうです。
    イスラエル軍によって約1か月包囲されましたが、国際的な世論を考慮して強行突入はできなかったようです。

    2012年にはユネスコの世界遺産に登録されて、パレスチナにある初めての世界遺産となりました。

  • これが何かはわかりませんが、扉のようになってます。<br />全体的に撮れば良かったのですが、これだと何かわかりません。(・_・;<br />木のようにも見えます。<br />イエスの生誕の場所なので、もみの木でしょうか・・・。

    これが何かはわかりませんが、扉のようになってます。
    全体的に撮れば良かったのですが、これだと何かわかりません。(・_・;
    木のようにも見えます。
    イエスの生誕の場所なので、もみの木でしょうか・・・。

  • この大理石の上に上がってはいけません。<br />この手前に膝をついて参拝します。<br />行列ができるので、手短かに。

    この大理石の上に上がってはいけません。
    この手前に膝をついて参拝します。
    行列ができるので、手短かに。

  • 穴があいている部分に、イエスを寝かせた飼い葉桶が置かれていたと伝えられています。<br />この穴に手を入れると、下の岩盤に触れることができます。<br />ただ、考古学的にはなんとも言えません。(-_-;)

    穴があいている部分に、イエスを寝かせた飼い葉桶が置かれていたと伝えられています。
    この穴に手を入れると、下の岩盤に触れることができます。
    ただ、考古学的にはなんとも言えません。(-_-;)

  • 現在はベツレヘムの星に由来する銀の星型のプレートが、埋め込まれています。<br />この十四芒星は、1717年にフランスより献上された物のようです。<br />14と言うのはアブラハム・アダム・ダビデ王・バビロン捕囚・そしてイエスの誕生までの世代の数を表しているのだそうです。

    現在はベツレヘムの星に由来する銀の星型のプレートが、埋め込まれています。
    この十四芒星は、1717年にフランスより献上された物のようです。
    14と言うのはアブラハム・アダム・ダビデ王・バビロン捕囚・そしてイエスの誕生までの世代の数を表しているのだそうです。

  • ここは14の銀の星がイエスの誕生の正確な場所を示していました。<br />星には「Hic de Virgin Maria Jesus Christus Natus Est」と書かれていました。<br />「ここでイエス・キリストが聖母マリアから生まれた」という意味です。

    ここは14の銀の星がイエスの誕生の正確な場所を示していました。
    星には「Hic de Virgin Maria Jesus Christus Natus Est」と書かれていました。
    「ここでイエス・キリストが聖母マリアから生まれた」という意味です。

  • かなり年季を感じるタペストリーです。<br />イエスの誕生の場面が描かれています。

    かなり年季を感じるタペストリーです。
    イエスの誕生の場面が描かれています。

  • 聖母か割礼のチャペルかと思います。<br />ただ、聖母がたくさん描かれているので、聖母のチャペルかもしれません。

    聖母か割礼のチャペルかと思います。
    ただ、聖母がたくさん描かれているので、聖母のチャペルかもしれません。

  • この床下に見えるのが、ビザンチン時代のモザイク画のようです。<br />この時、これだけしか見られませんでした。<br />もっと広範囲にあったはずです。

    この床下に見えるのが、ビザンチン時代のモザイク画のようです。
    この時、これだけしか見られませんでした。
    もっと広範囲にあったはずです。

  • 天井を見上げると、木の梁になっています。<br />かなりの年代を感じます。

    天井を見上げると、木の梁になっています。
    かなりの年代を感じます。

  • バシリカの側廊の壁画です。<br />漆喰の下になっていたモザイク画です。<br />ビザンチン時代の細工師によって装飾されています。<br /><br />614年、ササン朝ペルシアによって、パレスチナのほとんどの教会が破壊されましたが、この教会だけは破壊されずに済みました。<br />その訳は、ササン朝ペルシアの兵が、ここに来た際に、この壁画に彼等と同じ国の服装をしたマギの絵を見て、驚いたからです。このため破壊を留まりました。<br />おそらくそのマギの壁画は地下洞窟の絵かと思います。<br />東方三博士や羊飼いや天使たちが描かれていたと思います。

    バシリカの側廊の壁画です。
    漆喰の下になっていたモザイク画です。
    ビザンチン時代の細工師によって装飾されています。

    614年、ササン朝ペルシアによって、パレスチナのほとんどの教会が破壊されましたが、この教会だけは破壊されずに済みました。
    その訳は、ササン朝ペルシアの兵が、ここに来た際に、この壁画に彼等と同じ国の服装をしたマギの絵を見て、驚いたからです。このため破壊を留まりました。
    おそらくそのマギの壁画は地下洞窟の絵かと思います。
    東方三博士や羊飼いや天使たちが描かれていたと思います。

  • この壁画も素晴らしいのですが、円柱、更には柱頭部分の細かなディティールと、流石はイエスの生誕の地です。

    この壁画も素晴らしいのですが、円柱、更には柱頭部分の細かなディティールと、流石はイエスの生誕の地です。

  • この壁画に描かれているのは、この教会にかつてあった聖遺物(宝物)でしょうか。<br />それとも東方三博士が持参した貢物の箱でしょうか。<br />金や没薬や乳香が入っていたと思われます。<br /><br />

    この壁画に描かれているのは、この教会にかつてあった聖遺物(宝物)でしょうか。
    それとも東方三博士が持参した貢物の箱でしょうか。
    金や没薬や乳香が入っていたと思われます。

  • このモザイク画は教会のアーチ部分でしょうか。<br />

    このモザイク画は教会のアーチ部分でしょうか。

  • 側廊の円柱です。<br />実は、第1回十字軍がエルサレムを占領した1099年、タンクレディは彼の旗をこのバシリカの上に掲揚したそうです。<br />そして1100年、ボードゥアン1世は、エルサレム・ラテン王国の王としての即位式をこの教会で挙行しました。<br />そして十字軍時代にも教会内部の壁面に壮麗なモザイク画を施されました。<br />身廊の円柱にも、ご覧のように諸聖人の像が描かれています。

    側廊の円柱です。
    実は、第1回十字軍がエルサレムを占領した1099年、タンクレディは彼の旗をこのバシリカの上に掲揚したそうです。
    そして1100年、ボードゥアン1世は、エルサレム・ラテン王国の王としての即位式をこの教会で挙行しました。
    そして十字軍時代にも教会内部の壁面に壮麗なモザイク画を施されました。
    身廊の円柱にも、ご覧のように諸聖人の像が描かれています。

  • 壁画は歴史を感じますが、窓は意外にシンプルでステンドグラスなどではありません。

    壁画は歴史を感じますが、窓は意外にシンプルでステンドグラスなどではありません。

  • 壁画の絵は、左側部分と右側部分は別の場面が描かれているようです。<br />右側の方は、東方三博士が貢物を献上している場面に見えます。<br />ただ、聖家族の姿は見当たりません。ひょっとすると。上の部分は欠落しているので、そこに描かれていたかもしれません。

    壁画の絵は、左側部分と右側部分は別の場面が描かれているようです。
    右側の方は、東方三博士が貢物を献上している場面に見えます。
    ただ、聖家族の姿は見当たりません。ひょっとすると。上の部分は欠落しているので、そこに描かれていたかもしれません。

  • さて、教会から外に出ました。<br />こちらは中庭になっています。

    さて、教会から外に出ました。
    こちらは中庭になっています。

  • 聖ヒエロニムスの像<br /><br />ヒエロニムスは、4世紀から5世紀初頭にかけ、聖書をラテン語に翻訳しました。<br />以後「ウルガタ訳」として、カトリックの公式の聖書となります。<br />新約聖書、そしてヘブル語の旧約聖書をラテン語に翻訳しました。<br />中世の時代、カトリックはこのウルガタ訳のみしか使用してはいけないことになっていましたので、ドイツ語や英語に翻訳した人たちが迫害にあってしまいました。<br /><br />ところでヒエロニムスの足元には頭蓋骨があります。<br />この頭蓋骨はヒエロニムスを経済的に支援していたパトロン(ローマの貴婦人であり未亡人であったパウラという女性)です。<br />彼女が亡くなった後も、ヒエロニムスは彼女を大切にしていて、頭蓋骨を手元に持ち続けて、翻訳作業をしていました。

    聖ヒエロニムスの像

    ヒエロニムスは、4世紀から5世紀初頭にかけ、聖書をラテン語に翻訳しました。
    以後「ウルガタ訳」として、カトリックの公式の聖書となります。
    新約聖書、そしてヘブル語の旧約聖書をラテン語に翻訳しました。
    中世の時代、カトリックはこのウルガタ訳のみしか使用してはいけないことになっていましたので、ドイツ語や英語に翻訳した人たちが迫害にあってしまいました。

    ところでヒエロニムスの足元には頭蓋骨があります。
    この頭蓋骨はヒエロニムスを経済的に支援していたパトロン(ローマの貴婦人であり未亡人であったパウラという女性)です。
    彼女が亡くなった後も、ヒエロニムスは彼女を大切にしていて、頭蓋骨を手元に持ち続けて、翻訳作業をしていました。

  • 教会の上には聖母マリア像が、そして下には聖ヒエロニムス像があります。<br />このヒエロニムスの像の下の円柱ですが、これは花崗岩で、コンスタンティヌス時代のバジリカにあった物のようです。

    教会の上には聖母マリア像が、そして下には聖ヒエロニムス像があります。
    このヒエロニムスの像の下の円柱ですが、これは花崗岩で、コンスタンティヌス時代のバジリカにあった物のようです。

  • 聖カタリナ教会の中に入ります。

    聖カタリナ教会の中に入ります。

    聖カテリーナ教会 寺院・教会

    イブの夜にミッド・ナイト・ミサを全世界に中継 by noelさん
  • 教会に入って振り返った様子です。<br />入口の裏側から撮ってみました。

    教会に入って振り返った様子です。
    入口の裏側から撮ってみました。

  • 白くて綺麗な教会です。<br />この教会では、毎年12月24日に、ミッド・ナイト・ミサをテレビで全世界に中継されることで有名です。<br />

    白くて綺麗な教会です。
    この教会では、毎年12月24日に、ミッド・ナイト・ミサをテレビで全世界に中継されることで有名です。

  • 礼拝堂の脇にある階段を降りて、地下洞窟に来ました。<br />洞窟内の見取図があります。<br /><br />

    礼拝堂の脇にある階段を降りて、地下洞窟に来ました。
    洞窟内の見取図があります。

  • PX(パックス)が刻印されています。<br />新約聖書では、救い主の意味であるヘブライ語の「メシア」をギリシャ語 で「ΧΡΙΣΤΟΣ」(クリストス)と表現しています。<br />教会の創立当初から、この最初の二文字を組み合わせて、キリストの名前のシンボルとして用いられてきました。<br />

    PX(パックス)が刻印されています。
    新約聖書では、救い主の意味であるヘブライ語の「メシア」をギリシャ語 で「ΧΡΙΣΤΟΣ」(クリストス)と表現しています。
    教会の創立当初から、この最初の二文字を組み合わせて、キリストの名前のシンボルとして用いられてきました。

  • こちらは、ヒエロニムスが亡くなった後に遺体が安置された場所です。<br />ただ、後にこの付近もイスラム化し、遺体はローマに移されました。

    こちらは、ヒエロニムスが亡くなった後に遺体が安置された場所です。
    ただ、後にこの付近もイスラム化し、遺体はローマに移されました。

  • ヒエロニムスとパウラ(パトロン)のことが記されているようです。

    ヒエロニムスとパウラ(パトロン)のことが記されているようです。

  • こちらがヒエロニムスが実際に翻訳していた場所だったと思います。<br />(ステンドグラスしか撮っていませんでした。(;^_^A)

    こちらがヒエロニムスが実際に翻訳していた場所だったと思います。
    (ステンドグラスしか撮っていませんでした。(;^_^A)

  • ヒエロニムスとパウラでしょうか。

    ヒエロニムスとパウラでしょうか。

  • この説明は聞きませんでした。<br />網を持っているように見えます。<br />そして魚が獲れているようにも見えます。<br />もし、そうであれば、ペテロかもしれません。<br /><br />ただ、やはりここにあるからには、ヒエロニムスでしょう。

    この説明は聞きませんでした。
    網を持っているように見えます。
    そして魚が獲れているようにも見えます。
    もし、そうであれば、ペテロかもしれません。

    ただ、やはりここにあるからには、ヒエロニムスでしょう。

  • 聖母子のチャペルのようです。<br />

    聖母子のチャペルのようです。

  • 美しい聖母マリアと、祭壇の下には生まれたばかりのイエスの像があります。

    美しい聖母マリアと、祭壇の下には生まれたばかりのイエスの像があります。

  • 聖カタリナ教会の祭壇です。<br />生誕の場面のようです。<br />この祭壇にはパイプオルガンがあるようです。

    聖カタリナ教会の祭壇です。
    生誕の場面のようです。
    この祭壇にはパイプオルガンがあるようです。

  • せっかくなので、天井部分も撮ってみました。

    せっかくなので、天井部分も撮ってみました。

  • 見えにくいのですが、こちらにも聖母子像があるようです。

    見えにくいのですが、こちらにも聖母子像があるようです。

  • St. Georgios(聖ゲオルギウス)の像です。<br />勇猛果敢に、ドラゴン退治をしています。<br />教会の入口の門の内側にありました。<br /><br />このベツレヘムの近くには聖ゲオルギウス教会があり、毎年5月5日の聖ゲオルギウスの記念日にミサを行います。<br />面白いことに、この日、ドラゴン退治のゲオルギウスの型をしたパンを奉納されるのだそうです。

    St. Georgios(聖ゲオルギウス)の像です。
    勇猛果敢に、ドラゴン退治をしています。
    教会の入口の門の内側にありました。

    このベツレヘムの近くには聖ゲオルギウス教会があり、毎年5月5日の聖ゲオルギウスの記念日にミサを行います。
    面白いことに、この日、ドラゴン退治のゲオルギウスの型をしたパンを奉納されるのだそうです。

  • この教会から東に約2kmに「羊飼いの野」の教会もあります。<br /><br />羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていると、主の使いが来て、<br />「今日、ダビデの町で、あなたがたのために、救い主が生まれました。この方こそ主キリストです。」と告げました。<br />(ルカの福音書2章8-20節)<br />そして羊飼いたちは、ベツレヘムに行き、飼い葉桶の中のキリストを見ました。<br />羊飼いたちは賛美しながら帰りました。<br /><br />幼子誕生の時には不思議なことが続きました。軍隊ほど多くの天使たちが羊飼いに現れ、幼子誕生を知らせたというのです。遊牧民のベドウィンは今でもベッレヘム近郊で羊の放牧をしています。2000年前のベツレヘム周辺は、大麦・小麦が収穫できるほど、今よりも緑が多く、丘陵のあちこちに牧草がありました。<br />ある夜、羊飼いたちが、いつものように羊の番をしながら、焚き火を囲んでいました。<br />すると突然、空にまばゆいばかりの輝く天使が現れ、あたり一帯を照らし、羊飼いたちは、心臓が止まりそうでした。すると「恐れることはない」と天使がヘブライ語を話し始め、「あなた方に与えられた、飼い葉おけに寝ている救い主」の誕生を告げました。と、同時に夜空を埋め尽くすほどの天使たちが現れ、歌を歌い始めました。このあたりは、よくクリスマスカードや、クリスマスに教会で行なわれる「聖誕劇」などに出てくる有名なシーンです。<br />この羊飼いたちが夜野宿していたという丘が、ベツレヘムの東隣、ベイト・サフル村にあります。この村には羊飼いの出来事を記念した教会がいくつも建っています。古くはビザンチン時代にこれらを記念した教会が建てられていました。現在はその土台部分の遺跡が発掘されています。羊飼いの野の教会の敷地内にあります。<br />12月24日のクリスマス・イヴは、パレスチナ最大の大きなお祭りがベツレヘムで行なわれ、何万人もの人々でごった返し、聖誕教会の前庭には大きな舞台が設置され何時間もコーラスが続き、真夜中には花火も打ち上げられます。<br />しかし、この羊飼いの野の教会には騒ぎはなく、静かで厳かなミサが行なわれています。透き通るように綺麗な夜空と瞬く星を見上げながら、背後から聞こえるクリスマスキャロルに耳を傾けていると、目の前の空が突然開き、今すぐにでもあの天使たちが現れるような、そんな錯覚を覚えるのだそうです。<br />2000年前も現在も変わらぬこの夜空には、昔と同じ瞬きでベツレヘムの星たちが輝いているなんて、そんな静かな聖なる夜を過ごしてみたいです。

    この教会から東に約2kmに「羊飼いの野」の教会もあります。

    羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていると、主の使いが来て、
    「今日、ダビデの町で、あなたがたのために、救い主が生まれました。この方こそ主キリストです。」と告げました。
    (ルカの福音書2章8-20節)
    そして羊飼いたちは、ベツレヘムに行き、飼い葉桶の中のキリストを見ました。
    羊飼いたちは賛美しながら帰りました。

    幼子誕生の時には不思議なことが続きました。軍隊ほど多くの天使たちが羊飼いに現れ、幼子誕生を知らせたというのです。遊牧民のベドウィンは今でもベッレヘム近郊で羊の放牧をしています。2000年前のベツレヘム周辺は、大麦・小麦が収穫できるほど、今よりも緑が多く、丘陵のあちこちに牧草がありました。
    ある夜、羊飼いたちが、いつものように羊の番をしながら、焚き火を囲んでいました。
    すると突然、空にまばゆいばかりの輝く天使が現れ、あたり一帯を照らし、羊飼いたちは、心臓が止まりそうでした。すると「恐れることはない」と天使がヘブライ語を話し始め、「あなた方に与えられた、飼い葉おけに寝ている救い主」の誕生を告げました。と、同時に夜空を埋め尽くすほどの天使たちが現れ、歌を歌い始めました。このあたりは、よくクリスマスカードや、クリスマスに教会で行なわれる「聖誕劇」などに出てくる有名なシーンです。
    この羊飼いたちが夜野宿していたという丘が、ベツレヘムの東隣、ベイト・サフル村にあります。この村には羊飼いの出来事を記念した教会がいくつも建っています。古くはビザンチン時代にこれらを記念した教会が建てられていました。現在はその土台部分の遺跡が発掘されています。羊飼いの野の教会の敷地内にあります。
    12月24日のクリスマス・イヴは、パレスチナ最大の大きなお祭りがベツレヘムで行なわれ、何万人もの人々でごった返し、聖誕教会の前庭には大きな舞台が設置され何時間もコーラスが続き、真夜中には花火も打ち上げられます。
    しかし、この羊飼いの野の教会には騒ぎはなく、静かで厳かなミサが行なわれています。透き通るように綺麗な夜空と瞬く星を見上げながら、背後から聞こえるクリスマスキャロルに耳を傾けていると、目の前の空が突然開き、今すぐにでもあの天使たちが現れるような、そんな錯覚を覚えるのだそうです。
    2000年前も現在も変わらぬこの夜空には、昔と同じ瞬きでベツレヘムの星たちが輝いているなんて、そんな静かな聖なる夜を過ごしてみたいです。

  • ベツレヘムの街の様子です。<br />

    ベツレヘムの街の様子です。

  • ガイドさんからファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)をご馳走になりました。<br />美味しかったです。

    ガイドさんからファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)をご馳走になりました。
    美味しかったです。

  • ふりふりチキンです。

    ふりふりチキンです。

  • ちなみに、ベツレヘムの南東の荒野に位置する場所に、プリン型の小山があります。<br />ヘロディオン(ヘロディウム)と言われてます。<br />ヘロデ王の城塞跡です。<br />発掘された折には、一時はヘロデ大王のお墓かとも思われたようです。<br />ヘロデ大王は、キリストが生まれた時、この城にいたようです。<br />こちらからは、エルサレムが見えます。<br />建築王とも言われたヘロデ王ですが、ほとんどが以前からあった建造物を改築したり、リフォームしたものです。ただ、ヘロディオンだけはオリジナルです。<br />エルサレムで政変などが起きた際に、逃げるためにここに建築したようです。<br />ただ、単なる要塞ではなく、劇場やローマ風呂までありました。<br /><br />ちなみに、ヘロデ大王は元々はユダヤ人ではありません。<br />イドマヤ人です。(エドム人の子孫でハスモン朝の支配下で強制的に割礼を施され、ユダヤ教に改宗させられた人々)<br /><br />そしてヘロデ大王は、イエスを殺そうとした大王です。

    ちなみに、ベツレヘムの南東の荒野に位置する場所に、プリン型の小山があります。
    ヘロディオン(ヘロディウム)と言われてます。
    ヘロデ王の城塞跡です。
    発掘された折には、一時はヘロデ大王のお墓かとも思われたようです。
    ヘロデ大王は、キリストが生まれた時、この城にいたようです。
    こちらからは、エルサレムが見えます。
    建築王とも言われたヘロデ王ですが、ほとんどが以前からあった建造物を改築したり、リフォームしたものです。ただ、ヘロディオンだけはオリジナルです。
    エルサレムで政変などが起きた際に、逃げるためにここに建築したようです。
    ただ、単なる要塞ではなく、劇場やローマ風呂までありました。

    ちなみに、ヘロデ大王は元々はユダヤ人ではありません。
    イドマヤ人です。(エドム人の子孫でハスモン朝の支配下で強制的に割礼を施され、ユダヤ教に改宗させられた人々)

    そしてヘロデ大王は、イエスを殺そうとした大王です。

  • ヘロディオンは高台にあります。元々の山の上に要塞宮殿として建築されています。<br /><br />イエス生誕の際に、東方から三博士がやって来ました。<br />「東方三博士の礼拝」でも知られる出来事です。<br />まず、三人の博士とは、占星術師のような博士だったようです。<br />しかも単に占星術ではなく、天文学的な知識を持ち、農業に必要な年間の気候データを提供するようなマギ(古星術者)のような存在だったようです。<br /><br />その東方三博士の礼拝とは、次のような話です。<br />今から2000年前、イエスが生まれた時のことです。東方でマギたちが、1つ大きな星を発見しました。それは聖書の預言にあるユダヤの王の誕生でした。早速ユダヤ地方へ出発です。今でも砂漠の移動はラクダが最適の乗り物ですが、マギたちは長い長いラクダの旅をしてこのユダヤ地方にやってきました。王子誕生ですので、当然ながらエルサレムにある王宮を訪問しました。しかし、王宮では、王子誕生など知らぬと言うのです。<br />マギたちはあきらめず、この不思議な星に導かれ、とうとう幼子を見つけることができ、持ってきた宝物の、黄金、乳香、没薬(ミルラ)を捧げました。その後彼らは、お告げを受け王宮へは知らせずに、密かに自国へ戻っていきました。<br />怒ったのは当時の王へロデです。<br />王は猜疑心が強く、自分の王位を守るため、ベツレヘムやエルサレムを含む、ユダ地方一帯の2歳以下の男児を虐殺しました。<br /><br />そのため、三博士が戻ると、主の使いが来てヨセフに言いました。<br />幼子と母を連れてエジプトへ逃げなさい。」と。<br />そして聖ファミリーは、エジプトに逃れ、ヘロデ大王が亡くなるまで、エジプトから戻りませんでした。<br /><br />※ 地図上には「降誕教会」と表記しましたが、「聖誕教会」と同じです。

    ヘロディオンは高台にあります。元々の山の上に要塞宮殿として建築されています。

    イエス生誕の際に、東方から三博士がやって来ました。
    「東方三博士の礼拝」でも知られる出来事です。
    まず、三人の博士とは、占星術師のような博士だったようです。
    しかも単に占星術ではなく、天文学的な知識を持ち、農業に必要な年間の気候データを提供するようなマギ(古星術者)のような存在だったようです。

    その東方三博士の礼拝とは、次のような話です。
    今から2000年前、イエスが生まれた時のことです。東方でマギたちが、1つ大きな星を発見しました。それは聖書の預言にあるユダヤの王の誕生でした。早速ユダヤ地方へ出発です。今でも砂漠の移動はラクダが最適の乗り物ですが、マギたちは長い長いラクダの旅をしてこのユダヤ地方にやってきました。王子誕生ですので、当然ながらエルサレムにある王宮を訪問しました。しかし、王宮では、王子誕生など知らぬと言うのです。
    マギたちはあきらめず、この不思議な星に導かれ、とうとう幼子を見つけることができ、持ってきた宝物の、黄金、乳香、没薬(ミルラ)を捧げました。その後彼らは、お告げを受け王宮へは知らせずに、密かに自国へ戻っていきました。
    怒ったのは当時の王へロデです。
    王は猜疑心が強く、自分の王位を守るため、ベツレヘムやエルサレムを含む、ユダ地方一帯の2歳以下の男児を虐殺しました。

    そのため、三博士が戻ると、主の使いが来てヨセフに言いました。
    幼子と母を連れてエジプトへ逃げなさい。」と。
    そして聖ファミリーは、エジプトに逃れ、ヘロデ大王が亡くなるまで、エジプトから戻りませんでした。

    ※ 地図上には「降誕教会」と表記しましたが、「聖誕教会」と同じです。

  • では、またベツレヘムの街の様子を見ながら戻ります。<br />この街はイエス・キリストの聖誕を祝うクリスマスの時などには、たくさんの人が訪れます。<br /><br />【2025年12月追記】<br /><br />当時は降誕祭は特別ではなかったようです。<br />誕生よりもキリストの死と復活を記念するイースター(復活祭)が毎年行われました。<br />誕生日を祝う習慣は異教的な風習と思われていたようです。<br />パロ(ファラオ)とヘロデだけが自分たちの誕生日を祝っていると思われていました。<br />ただ神学的思索を深めると、キリストの受肉(人間になったこと)が重要な位置を占められるに至りました。<br />そしてイエスの受洗に際しての神の声が「これは私の愛する子」と告げた時に始まり人間イエスと結びついたことになります。<br />つまりイエスの誕生の瞬間に神の言葉がこの世に来たというキリスト論です。<br /><br />では、いつからそうなったのか不思議です。まだ完全な合意には達していないようですが。<br />325年と354年の間、ローマであったことは確実らしいです。<br />初期の顕現祭は既にそれ以前に東方から西方そしてローマまで広まっていたようです。<br />ローマで326年12月25日にキリストの降誕祭が行われたことは確認されています。<br />当時はコンスタンティヌス帝治世下です。<br />ただ、新しい祝祭が徐々に定着するのと並行して、初期の顕現祭が1月6日に元来の<br />状態で続いていたのかもしれません。<br />そしてコンスタンティヌス帝は意識的に太陽崇拝とキリスト崇拝とを結び付けよう<br />としました。<br /><br />※太陽崇拝のミトラス教が、当時のローマ帝国で普及しており、その主祭日が冬至にあたる12月25日に祝われていました。<br /><br />ただ、降誕祭を東方教会にも認めさせようとしましたが、容易なことではありませんでした。<br />現在では、12月25日にクリスマスを祝っているのは、ローマ・カトリック教会とプロテスタント教会以外では、いずれもカルケドン系、正教会に属するコンスタンティノープル、アレクサンドリア、アンティオキア、ルーマニア、キプロス、ギリシャ、フィンランド、またディアスポラの諸教会で、これに対して1月6日に祝っているのはエルサレム、ロシア、セルビア、ブルガリア、グルジア、ポーランド、チェコスロバキアの諸教会、非カリケドン系に属するエチオピア、コプト、シリア(ヤコブ派)、インドの諸教会です。アルメニア教会は1月8日に祝ってます。<br /><br />改めてクリスマスについて考えました。

    では、またベツレヘムの街の様子を見ながら戻ります。
    この街はイエス・キリストの聖誕を祝うクリスマスの時などには、たくさんの人が訪れます。

    【2025年12月追記】

    当時は降誕祭は特別ではなかったようです。
    誕生よりもキリストの死と復活を記念するイースター(復活祭)が毎年行われました。
    誕生日を祝う習慣は異教的な風習と思われていたようです。
    パロ(ファラオ)とヘロデだけが自分たちの誕生日を祝っていると思われていました。
    ただ神学的思索を深めると、キリストの受肉(人間になったこと)が重要な位置を占められるに至りました。
    そしてイエスの受洗に際しての神の声が「これは私の愛する子」と告げた時に始まり人間イエスと結びついたことになります。
    つまりイエスの誕生の瞬間に神の言葉がこの世に来たというキリスト論です。

    では、いつからそうなったのか不思議です。まだ完全な合意には達していないようですが。
    325年と354年の間、ローマであったことは確実らしいです。
    初期の顕現祭は既にそれ以前に東方から西方そしてローマまで広まっていたようです。
    ローマで326年12月25日にキリストの降誕祭が行われたことは確認されています。
    当時はコンスタンティヌス帝治世下です。
    ただ、新しい祝祭が徐々に定着するのと並行して、初期の顕現祭が1月6日に元来の
    状態で続いていたのかもしれません。
    そしてコンスタンティヌス帝は意識的に太陽崇拝とキリスト崇拝とを結び付けよう
    としました。

    ※太陽崇拝のミトラス教が、当時のローマ帝国で普及しており、その主祭日が冬至にあたる12月25日に祝われていました。

    ただ、降誕祭を東方教会にも認めさせようとしましたが、容易なことではありませんでした。
    現在では、12月25日にクリスマスを祝っているのは、ローマ・カトリック教会とプロテスタント教会以外では、いずれもカルケドン系、正教会に属するコンスタンティノープル、アレクサンドリア、アンティオキア、ルーマニア、キプロス、ギリシャ、フィンランド、またディアスポラの諸教会で、これに対して1月6日に祝っているのはエルサレム、ロシア、セルビア、ブルガリア、グルジア、ポーランド、チェコスロバキアの諸教会、非カリケドン系に属するエチオピア、コプト、シリア(ヤコブ派)、インドの諸教会です。アルメニア教会は1月8日に祝ってます。

    改めてクリスマスについて考えました。

  • STARS &amp; BUCKS・・・惜しい、ちょっとだけ。<br />実はパレスチナでは、スターバックスの不買運動などありますが、スタバが気になっている人たちもいるのかもしれませんね。

    STARS & BUCKS・・・惜しい、ちょっとだけ。
    実はパレスチナでは、スターバックスの不買運動などありますが、スタバが気になっている人たちもいるのかもしれませんね。

  • エルサレムのプリマ・パーク・ホテルに到着しました。<br />帰り道は検問のチェックのため、渋滞しました。

    エルサレムのプリマ・パーク・ホテルに到着しました。
    帰り道は検問のチェックのため、渋滞しました。

    プリマ パーク ホテル ホテル

  • ホテルのロビー付近の様子です。

    ホテルのロビー付近の様子です。

  • レセプション付近です。

    レセプション付近です。

  • ショップにも立ち寄ってみました。<br />お土産がないか見てみました。<br />エルサレムの国旗のグッズがありましたが、さすがに日本で使うことを考えると、思い留まってしまいました。

    ショップにも立ち寄ってみました。
    お土産がないか見てみました。
    エルサレムの国旗のグッズがありましたが、さすがに日本で使うことを考えると、思い留まってしまいました。

  • この日もよく歩きました。<br />エルサレム旧市街、ベツレヘム、お疲れ様でした。

    この日もよく歩きました。
    エルサレム旧市街、ベツレヘム、お疲れ様でした。

  • ホテルのバーでウィスキーをいただきます。<br />今回の旅の最後の夜です。

    ホテルのバーでウィスキーをいただきます。
    今回の旅の最後の夜です。

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この旅行記へのコメント (6)

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  • 川岸 町子さん 2025/05/15 08:17:45
    はじめまして
    noelさん、おはようございます。

    はじめまして(^-^)
    私の旅行記を沢山ご覧下さり、ありがとうございます。

    エルサレムやベツレヘムの旅行記を読ませて頂き、感動しました!
    とても丁寧に分かりやすくお書きですね。
    書物を読むより、テレビ番組を見るより、ずっと近い表現です!

    遠い遠い過去から積み重なってきた歴史、複雑に絡んだ宗教、それぞれの経験な信者さん、現代の街に生きる人々。
    沢山の人が何かを心に持ちながら生きている、そのような印象を受けました。

    ユダヤ教に改宗なさったガイドさんは、今のエルサレムで強く暮らしておられるのでしょう。
    ツアーのコースを拝見すると、組み合わせが素晴らしい、貴重な内容ですね。

    2019年に私は一人で訪れましたが、たいして予習もせず、行き当たりばったりで恥ずかしいです。
    あまり良くない印象や出来事もあり、大変でしたが、今となっては行けないイスラエルへ行けただけでも、嬉しく思います。

    これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
    暑い季節に向かいますので、くれぐれもご自愛ください(^-^)
    町子

    noel

    noelさん からの返信 2025/05/15 20:29:32
    Re: はじめまして
    川岸町子さん、こんばんは

    はじめまして。
    私の方こそありがとうございます。

    川岸さんも、イスラエルに行かれたんですね。
    まずは行くことができて良かったですね。
    現状を思うと痛感します。
    しかもベツレヘムには旅先で知り合った方と同行できたんですね。
    ラッキーでした。

    私が撮れなかった写真などもたくさんあっていいなぁ~と思いました。
    特にユダヤ人の方々の写真などよく撮れてましたね。

    さすがフォトコンテストで受賞されているだけあって、何の脈絡もなく適当に撮っている私とは大違いです。
    本当に凄いですね。

    ちなみに現地のユダヤ教に改宗したガイドさん、お子さんたちは兵役についてらっしゃいました。その後どうなったか心配です。無事でいてくれるといいのですが。

    私の場合、ツアーですので、時間の無駄なく効率的に回ることができました。
    ただ、もっと長居したい場所があっても、次に移動せざるを得ないのが残念なところです。(-_-;)

    やはりイスラエルには特別な思いがあります。
    行くことができて良かったと思っています。
    ただ、早く平和な生活が戻ることを祈ってます。

    川岸さんも、どうぞお気をつけください。
    今後ともよろしくお願いします。

    noel
  • sanaboさん 2024/06/28 16:47:52
    キリスト生誕の地ベツレヘム
    noelさん、こんにちは~

    The Walled off Hotel は「世界1眺めの悪いホテル」で有名なのですね。
    それを逆手にとってうまく宣伝効果に利用していますね。
    防弾チョッキを身に着けた鳩の絵には、身につまされる思いがしました。

    ベツレヘムがイエス生誕の地であることに相違はなくとも
    生誕の年月に関しては諸説あるそうですね。
    普段当たり前のように使っている西暦ですけど、考えてみると
    キリスト教国ではない日本をはじめこれだけ世界中の国々に
    普及していることを考えると、事実はともあれ
    もう動かしがたいことになってしまっていますね(笑)

    日本でイエスは馬小屋で生まれたと言われているのは
    飼い葉桶からの連想でそうなってしまったのかしら?
    実際には洞窟で生まれたのですね。
    今まで何気なく目にしていたプレゼピオの場面が
    noelさんの旅行記を拝見し、まさしくそういう場面だったのかと
    納得することができました。

    「聖誕教会(降誕教会)」地下にある洞窟のイエスの飼い葉桶が
    置かれていたというその場所に手を触れることは
    キリスト教徒の方々にとってはキリストそのものに触れるような
    行為(思い)なのでしょうね。

    ヒエロニムスがパトロン女性の頭蓋骨を手元に持ち続けていたという
    ちょっとびっくりなお話や、救世主の誕生が羊飼いたちに
    知らされた時のエピソードなども含め、今回もとても興味深く
    拝読させていただきました。
    今回も素晴らしい力作でしたね! お疲れさまでした。
    次回は最終章でしょうか。また楽しみにお待ちしています♪

    sanabo

    noel

    noelさん からの返信 2024/06/28 21:49:14
    Re: キリスト生誕の地ベツレヘム
    sanaboさん、こんばんは!

    いつもありがとうございます。

    「世界1眺めの悪いホテル」は結構は人も多く、たくさんの人が写真撮影してました。確かに宣伝効果はばっちりでした。

    西暦問題、今更変えることなどできませんよね。
    全世界の人が混乱に陥ってしまいます。

    sanaboさん、たくさんのプレゼピオをご覧になったと思います。
    私自身、結構好きで、その場所にいると思うと感慨もひとしおでした。
    ただ、手を触れるのはありがたいことなのですが、コロナを経験した後では、菌もすごいかも~などと考えてしまいました。(-_-;)

    ヒエロニムスのパトロン女性の頭蓋骨の話は、日本人にとっては、なかなか理解しがたいことですよね。
    現代において、そんなことをしていたら、大変なことに・・・・・。
    聖書の物語は、結構面白いです。
    ありがとうございます。

    次回は実質的な最終章なのですが、イスラエルの首都のテルアビブを少しだけ観光しましたので、エルサレムの第2弾とテルアビブで最後になります。

    読むだけで疲れてしまうのに、ありがとうございます。

    noel
  • くわさん 2024/06/24 21:13:34
    すばらしい旅行記ですね
    noelさん、ベツレヘム旅行記拝見しました。

    それにしても相変わらず造詣が深いというか宗教・歴史に詳しいというか、よくご存じですね。

    私、以前フランスへ行くとき、予習として旧約聖書の創世記を読みかけたのですが、登場人物の名前が同じようだったり、そんな人が何百年も生きたとかすっ飛んだ内容だったのでノアの箱舟あたりで挫折してしまいました。

    今年の4月からNHKのEテレで放送されていた3か月で学ぶ世界史で、そのあたりのことを詳しく解説してくれるのかなと思って期待していたのですが、「サッ」と通り過ぎただけだったので期待外れでした。3か月では無理ですね。

    しかし、西洋人の思考回路を学ぶにはやはり聖書の内容を理解しておく必要があると思っています。なのでイスラエルには是非行きたいのですが、いつ平和が訪れるのでしょうね。

    くわ

    noel

    noelさん からの返信 2024/06/25 21:08:28
    Re: すばらしい旅行記ですね
    くわさん

    ベツレヘム、ご覧いただきありがとうございます。

    旧約聖書の創世記、読まれたんですね。
    日本人にとっては馴染みのない名前や、同じ名前の人が登場するのでわかりにくいですよね。
    旧約聖書の出エジプト記のモーゼなど120歳で亡くなった事になっています。
    しかも、亡くなる直前まで彷徨っているなどと、現実的に考えにくいですねし。(笑)

    私は元々は絵画が好きで、どちらかというと、西洋画によって知った事が多かったかもしれません。
    Eテレで「3か月で学ぶ世界史」放映されていたんですか。
    ちょっと気になりました。
    ただ、期待外れだったようで、残念でしたね。

    私自身、聖書の舞台となった地を、一度この目で見たいという思いで出かけました。
    元々イスラエルはテロが頻繁に発生してましたが、まさかの事態に残念に思っています。
    半年後に後回ししていたら、もう行けませんでした。(汗)

    くわさんの
    フライングホヌの旅も楽しそうでしたね。
    レインボーの機内初めて見ました。

    どうぞこれからもよろしくお願いします。

    noel

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