2023/08/02 - 2023/08/10
3位(同エリア532件中)
noelさん
この旅行記のスケジュール
2023/08/06
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イスラエル入国:13時頃
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山上の垂訓教会
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パンと魚の奇跡の教会
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シナゴーグ
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カペナーム
2023/08/07
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マリアの井戸
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受胎告知教会(ギリシャ正教会)
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受胎告知教会(カトリック教会)
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聖ヨセフ教会
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ヨルダン渓谷
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ランチ(Temptation Restaurant)
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テツ・アッスルターン
-
死海
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ホテル(プリマ パーク ホテル)
2023/08/08
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神殿の丘→岩のドーム→嘆きの壁→シナゴーグ
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ヴィア・ドロローサ
-
聖墳墓教会
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アルメニア教会→シリア教会→ランチ→シオン門
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最後の晩餐教会
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ダヴィデの墓
-
鶏鳴教会
-
バスでの移動
エルサレム→ベツレヘム
-
生誕教会
-
バスでの移動
ベツレヘム→プリマ・パーク・ホテル(エルサレム)
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この旅行記スケジュールを元に
2024年11月、今年もクリスマスが近くなりました。
2023年8月、イスラエルを旅しました。
エルサレムは三大宗教の聖地と言われていますが、イスラエルは基本法の中でユダヤ人の国民国家であると定義しています。
実はイエス・キリストはユダヤ人でした。
当時はまだキリスト教という宗教はありませんでした。
ただ、イスラエルはイエスが生まれ、そして磔刑にかけられるまでの息吹を感じられる地でもあります。
そんなイスラエルですが、おそらく、私はもう行くことができないでしょう。
2023年に行くことができたのはラッキーなことでした。
そんなわけで、これはイエス・キリストの足跡を辿ることだけに焦点をあてた旅行記です。
【旅程】
8月6日(日)
ヨルダン出国 11時45分
イスラエル入国 13時00分
↓
ティベリア ランチ 14時05分
山上の垂訓教会 15時05分
パンと魚の奇跡の教会 15時45分
シナゴーグ 16時10分
カペナーム 16時40分
プリマ・ガリル・ホテル 17時10分
8月7日(月)
ホテル発 7時30分
ナザレ
カナの婚礼教会 8時00分
マリアの井戸 8時55分
受胎告知教会 9時20分
聖ヨセフ教会 9時45分
ヨルダン渓谷 12時00分
ランチ エリコ Temptation Restaurant 12時45分
死海 14時35分
エルサレム プリマ・パーク・ホテル 17時20分
8月8(火)
ホテル発 7時00分
神殿の丘 7時30分
岩のドーム 7時50分
嘆きの壁 8時30分
シナゴーグ 8時55分
ヴィア・ドロローサ 9時10分
聖墳墓教会 10時15分
アルメニア教会 10時45分
シリア教会 11時15分
ランチ Armenian Restaurant Bar「Bulghourji」11時45分
シオン門 13時00分
ダビデの墓 13時10分
鶏鳴教会 13時25分
ベツレヘム
生誕教会 15時10分
ホテル 17時00分
8月9日(水)
ホテル発 9時00分
オリーブ山 9時40分
主の泣かれた教会 10時00分
ゲッセマネの園 10時20分
万国民教会 10時25分
ベドウィンのテント 11時05分
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- エミレーツ航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
【受胎告知】
8月7日(月)ナザレです。
Greek Orthodox Church of St. Gabriel
(聖ガブリエルのギリシャ正教会)
「受胎告知」の場面です。
聖母マリアが大天使ガブリエルから告げられている様子です。
レオナルド・ダヴィンチやフラ・アンジェリコやエル・グレコやボッティチェリ・・や様々な画家が描いているのですが、実際に現地にやって来ると、その空気感とか特別に感じました。 -
ギリシャ正教会のイコノスタシスです。
ミサが行われていました。 -
同じくナザレです。
Basilica of the Annunciation(受胎告知教会)です。
こちらはカトリックの教会です。 -
1969年にフランシスコ会によって、再建されています。
そのため新しく美しい教会です。 -
マドンナの中庭のギャラリー
大聖堂の中庭を囲む壁には、世界各国の聖母マリア信仰を表すイコンが掲示されています。
イコンは主にモザイクですが、セラミック・タイルで作られたものもあるようです。 -
マリアは、BC17年頃の9月7日ナザレにて、ダビデ王の血を引く父ヨアキムと母アンナの元に誕生します。
その後、3歳から神殿で神に仕え、敬虔なユダヤ教徒として育ち、14歳の時に神の意志により大工のヨセフと婚約をします。
当時のユダヤ教の習わしに従い、婚約後1年間を実家の両親と暮らしますが、その際にマリアの前に天使ガブリエルが現れ、「マリアのお腹に主が宿った」と受胎告知を受けます。
当時は、浮気や不倫をすると死刑になりました。
婚約者のヨセフは身に覚えのないマリアの妊娠に驚き離縁しようとします。
ただ、ヨセフの夢の中に天使が現れ、マリアのお腹の中に神の子が宿ったこと、そして、生まれた子にイエスと言う名をつける様に伝えます。
ヨセフは天使の話から、マリアの妊娠を受け入れ離縁はやめました。 -
1階の聖堂です。
こちらでは、大規模なミサが行われます。 -
ドームからは明るい日の光が差し込んできています。
-
「華の聖母子」
日本の長谷川ルカ(路可)画伯のモザイク画です。
細川ガラシャ夫人をモデルとして想定し描いたものです。
この作品は長谷川画伯の遺作となってしまいました。
残念ながら、下絵を描いた段階で亡くなってしまいました。 -
【イエスの聖誕】
8月8日(火)ベツレヘムです。
Church of the Nativity(聖誕教会)
キリスト教では、イエスは1世紀に生まれたと伝えられていますが、福音書を詳しく読むと、そうではないことがわかります。マタイ及びルカによる福音書によると、イエスはヘロデ大王の治世に生まれたとあります。
ヘロデが死んだのはBC4年なので、それ以前と言うことになります。
ルカによる福音書には、次の記述があります。(2章12節)
「その頃、アウグストゥスから全住民に、住民登録をせよとの勅令が出ました。これは、クィリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録です。」この州総督とは、ププリウス、スルビキウス・クィリニウスです。 ただクィリニウスがシリア総督を務めたのは6-12年で、ヘロデ王の死後です。スルビキウス・クィリニウスが住民登録を命じた公式記録も見つかっていません。
またマタイによる福音書には、イエスが生まれた時に明るく星が輝いたとあります。(2章2節)。
これはBC5年に中国で観測された新星(星の爆発) だという説もありますが 一般にはこの年に起きた木星と土星の「合」(重なり)だったと考えられているようです。 -
祭壇です。
当時、全世帯の住民登録をするよう皇帝アウグストゥスから勅命が出たため、ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったのでガリラヤの町のナザレからベツレヘムの町へやってきました。
本来は直線コースが最短距離ですが、そこにはサマリア人が住んでいます。ユダヤ人たちは、そこを避けて迂回してヨルダン川沿いに行きました。
この時、マリアは身重でした。 -
イエスの生誕場面です。
この絵の下が生誕場所です。
実はイエスを寝かせた飼い葉桶の木片が、ローマのサンタ・マリア・マジョーレ教会に聖遺物として安置されているのですが、実はベツレヘムに来た巡礼者が持ち帰ったらしく、2019年に木片の一部がローマからこの教会に返還されたそうです。 -
聖母子のイコンです。
黄金に輝いて煌びやかです。そして二人とも丹精なお顔です。
そしてお供えでしょうか・・・。
イコンやらネックレス等々が架けられているようです。
これによって、更に輝きを増しています。 -
穴があいている部分に、イエスを寝かせた飼い葉桶が置かれていたと伝えられています。
この穴に手を入れると、下の岩盤に触れることができます。 -
バシリカの側廊の壁画です。
漆喰の下になっていたモザイク画です。
ビザンチン時代の細工師によって装飾されています。
614年、ササン朝ペルシアによって、パレスチナのほとんどの教会が破壊されましたが、この教会だけは破壊されずに済みました。
実は、ササン朝ペルシアの兵が、ここに来た際に、この壁画に彼等と同じ国の服装をしたマギの絵を見て驚いたからです。そのため破壊を留まりました。
おそらくそのマギの壁画は地下洞窟の絵かと思います。
東方三博士や羊飼いや天使たちが描かれていたと思います。 -
聖カタリナ教会の前の庭です。
こちらは、聖ヒエロニムスの像です。
ヒエロニムスは、4世紀から5世紀初頭にかけ、聖書をラテン語に翻訳しました。
以後「ウルガタ訳」として、カトリックの公式の聖書となります。
新約聖書、そしてヘブル語の旧約聖書をラテン語に翻訳しました。
中世の時代、カトリックはこのウルガタ訳のみしか使用してはいけないことになっていましたので、ドイツ語や英語に翻訳した人たちが迫害にあってしまいました。
ところでヒエロニムスの足元には頭蓋骨があります。
この頭蓋骨はヒエロニムスを経済的に支援していたパトロン(ローマの貴婦人であり未亡人であったパウラという女性)です。
彼女が亡くなった後も、ヒエロニムスは彼女を大切にしていて、頭蓋骨を手元に持ち続けて翻訳作業をしていました。 -
こちらは、ヒエロニムスが亡くなった後に遺体が安置された場所です。
ただ、後にこの付近はイスラム化し、遺体はローマに移されました。
このヒエロニムスは元々はダルマティア(今のクロアチア)で生まれました。
その後、修辞学や哲学を学ぶためにローマに留学し、そこで洗礼を受けてクリスチャンになりました。ローマではギリシャ語やラテン語も学びました。ガリア・アナトリアなどを巡り、そしてアンティオキアで大病をし、宗教的な夢を見て以降は聖書とキリスト教の研究に打ち込むようになりました。そして禁欲的な生活を求めてシリアの砂漠の修道院で隠遁生活をしていた時期にヘブライ語を学びました。
378年叙階されて司祭となり、ローマ司教ダマスス1世から重用されるようになり、ヘブライ語から直接ラテン語に訳す新たな翻訳をする事になりました。
元々「七十人訳」と呼ばれるものが既にありましたが、旧約聖書の原語であるヘブライ語並びにアラム語原典から翻訳したのです。
その頃、ローマで共同生活を送る裕福な未亡人たちのコミュニティと出会い、心の拠り所となりました。女性たちとは健全な関係を築いていました。(この共同体にパウラもいました。)
その頃、ローマの聖職者たちの倫理の乱れを批判しました。
ただ、ダマスス1世が亡くなると、次の司教はヒエロニムスの学識には敬意を払うこともなく、むしろ未亡人たちとの生活を批判され、後ろ盾もなくなりローマを去る事になりました。そしてエルサレムに向かいました。この時、真の理解者であったパウラも同行し、最終的にはベツレヘムに落ち着きました。著述のかたわら聖書の翻訳を続け、405年頃完成させました。
この聖書こそ「ウルガタ(Vulgata)」訳聖書でした。
※ ウルガタ訳は中世から第2バチカン公会議にいたるまで、カトリックのスタンダードであり続けました。 -
美しい聖母マリアと、祭壇の下には生まれたばかりのイエスの像があります。
綺麗な教会です。
この教会では、毎年12月24日に、ミッド・ナイト・ミサをテレビで全世界に中継されることで有名です。 -
イエス生誕の際に、東方から三博士がやって来ました。
「東方三博士の礼拝」でも知られる出来事です。
まず、三人の博士とは、占星術師のような博士だったようです。
しかも単に占星術ではなく、天文学的な知識を持ち、農業に必要な年間の気候データを提供するようなマギ(古星術者)のような存在だったようです。
その東方三博士の礼拝とは、次のような話です。
今から2000年前、イエスが生まれた時のことです。東方でマギたちが、1つ大きな星を発見しました。それは聖書の預言にあるユダヤの王の誕生でした。早速ユダヤ地方へ出発です。今でも砂漠の移動はラクダが最適の乗り物ですが、マギたちは長い長いラクダの旅をしてこのユダヤ地方にやってきました。王子誕生ですので、当然ながらエルサレムにある王宮を訪問しました。しかし、王宮では、王子誕生など知らぬと言うのです。
マギたちはあきらめず、この不思議な星に導かれ、とうとう幼子を見つけることができ、持ってきた宝物の、黄金、乳香、没薬(ミルラ)を捧げました。その後彼らは、お告げを受け王宮へは知らせずに、密かに自国へ戻っていきました。
怒ったのは当時の王へロデです。
王は猜疑心が強く、自分の王位を守るため、ベツレヘムやエルサレムを含む、ユダ地方一帯の2歳以下の男児を虐殺しました。
マリアとヨセフは、この迫害を逃れるため、イエスを連れてエジプトへ逃亡しました。 -
【幼少時代】
8月7日(月)ナザレです。
The Church of St. Joseph(聖ヨセフ教会)
ヨセフが眠っている間に、天使が現れお告げを受けました。
「ヨセフよ、恐れずに妻のマリアを迎え入れなさい。
マリアのお腹の子は、聖霊によるものです。
マリアは男の子を産むでしょう。そしたら、その子をイエスと名付けなさい。
その子は、後に自分の民を罪から救うことになるでしょう。」 -
聖家族が描かれています。
左がマリア、中央がイエス、右がヨセフ(養父ということになっています。) -
地下は洞窟になっています。
ヨセフは大工でしたが、イエスも大工の仕事が得意な賢い少年でした。 -
ヨハネとイエスです。
マリアとイエスはよく見られますが、ヨハネとイエス像のはあまりみかけません。
最後に聖書にヨセフの事が記されているのは、イエスが12歳の時にエルサレムに行きましたが、その帰りに両親と離れてしまったという記述です。
結果的に、両親はエルサレムの神殿でラビ(教師)たちと話していたイエスを見つけました。イエスは子どもながらにラビたちを論破していました。 -
【洗礼者ヨハネによる洗礼】
8月7日(月)ヨルダン川です。
イエスがヨハネから洗礼を受けた場所です。
洗礼者ヨハネはユダの荒れ野で教えていました。当時は都市よりも荒れ野のほうが神に近い場所であると考えられていたようです。
福音書によればイエスはヨルダン川でヨハネと会い洗礼を受けました。
これはイエスにとって、公生活の始まりでした。 -
ヨルダン川の対岸はヨルダン領になります。
-
【荒野での誘惑】
8月7日(月)エリコです。
なつめやし(デーツ)のプロムナードを抜けると、その先には、Tel As-Sultan(テル・アッスルターン)で、約1万年前の住居の跡や石積みの塔があります。
※ エリコは旧約聖書にもあるように、モーゼの後継者であるヨシュアが、カナンの地を攻略しました。
エリコは「地球で最も古い場所です。海抜1,300フィートで、10,000年の町。祝福された最古の町です。」と記されていました。 -
イエスはヨルダン川から戻り、荒野を40日のあいだ御霊にひきまわされて、悪魔の試みを受けました。そのあいだ何も食べませんでした。
テル・アッスルターンのふもとから、ケーブルカーがあり、誘惑の山(Mount of Temptation)まで、約5分で行くことが出来ます。 -
【山の上の垂訓】
8月7日(月)
Church of Mount of Beautitudes(山上の垂訓教会)
なつめやしの木とガリラヤ湖が美しい景色を醸し出しています。 -
イエスが山上の説教を行ったと伝えられています。
ここは、ガリラヤ湖の北西で、カペナウム近郊の「祝福の丘」です。
標高125mにあります。
フランシスコ修道会によって建てられたのが、この教会です。
イエスが12人の使徒を選んだ場所とも言われています。
バルトロマイ(ナタナエル)、ヤコブ(アルファイの子)、アンデレ、ユダ、シモン・ペトロ、ヨハネ、トマス、ヤコブ(ゼベダイの子)、フィリポ、マタイ、タダイ、シモン(熱心党) -
【カナの婚礼】
8月7日(月)
カナの婚礼教会です。
水をぶどう酒に変えた教会です。カナの婚礼教会 (フランシスコ派修道院) 寺院・教会
-
カナの婚礼教会(フランシスコ会)の前にあった土産物屋さんに描かれた、カナの婚礼の絵です。
-
イエスはカナで婚礼に招待されていました。
イエスの母や、イエスの弟子たちも婚礼に招かれていました。
この婚礼は約1週間続き、ぶどう酒がなくなってしまいました。
そこで、母がイエスに、ぶどう酒がなくなったことを告げました。
そこには、ユダヤ人が清めに用いる石の水がめが6つ置いてありました。すると、イエスは「水がめに水をいっぱい入れなさい」と言い、召し使いたちは、その指示どおりにしました。そしてイエスは、それを世話役の所へ持っていくように言いました。召し使いたちが運んで行くと、水はぶどう酒に変わっていました。世話役は味見をし、このぶどう酒がどこから来たのか、花婿を呼んで言いました。 「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、 酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」
イエスは、この最初の奇跡を行いました。そして、これを目の当たりにした弟子たちはイエスを信じました。 -
カナの婚礼教会のファサードです。
-
石の水がめが発見されました。
-
【嵐を静めるイエス】
8月6日(日)
こちらはガリラヤ湖です。
綺麗で静かな湖です。
ただ、周囲は山に囲まれていて湖面の温度がかなり上がります。そして山からの冷たい風が温かな湖面に吹き下ろすと、突然に猛烈な暴風が生じることがあります。
イエスと弟子らをのせた舟は、水をいっぱいかぶり危険な状態になりました。
ただ、イエスは舟で眠ったままです。
使徒たちは必死に舟を操りましたが、この嵐はただ事ではありません。弟子たちは命の危険を感じてイエスを起こし叫びます。「主よ助けてください。死んでしまいそうです!」溺れてしまいそうでした。
ただ、イエスは目を覚まして弟子たちに「なぜそんなに怖がっているのですか。信仰の少ない人たち」と言います。それから風と海に向かって「静まれ! 静かになれ!」と命じます。すると暴風はやみ、海は穏やかになりました。
イエスが嵐を奇跡的に静めました。
そのガリラヤ湖です。 -
【イエスの奇跡】
8月6日(日)ティベリアです。
パンと魚の奇跡の教会です。
祭壇の下には、「5つのパンと2匹の魚」が置かれたといわれる岩があります。 -
洗礼者ヨハネが悲惨な死を遂げ、イエスは、人里離れたところに退きました。
ヨハネの死の知らせを聞いて、一人で祈りたかったのですが、そのことを聞いた群衆は、方々から歩いて後を追いました。イエスは集まって来た人々を見て、深く憐れみ病いをもつ人々を癒しました。
そして夕方になりました。もう時間もたったので群衆を解散させるよう弟子は言いました。ただ、イエスは「あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい」ただ、数千人もの人々のための食料などありませんでした。かろうじて弟子たちが携えて来ていたのは5つのパンと2匹の魚だけでした。
弟子たちは「ここにはパン5つと魚2匹しかありません」
イエスは「それをここに持って来なさい」と言いました。
弟子たちは5つのパンと2匹の魚を差し出しました。
そこには疲れと空腹を覚えている5000人以上もの人々がいました。
イエスは5つのパンと2匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、それを裂いて弟子たちに渡しました。弟子たちはそのパンを人々に与えました。すると、全ての人が満腹になったのです。残ったパンの屑を集めると、12の籠がいっぱいになったほどでした。
5000人の人々のお腹が満たされたイエスの奇跡の1つです。
この教会の床にはモザイク画がたくさん描かれていました。
特に鳥のモザイク多く描かれていました。 -
The House of Peter
聖ペテロの家教会
イエスが布教活動の拠点としてガリラヤ湖岸の町カペナウムを選んだのは、 使徒ペテロの家があったことが理由の一つでした。
彼の家があったとされるこの場所を発掘すると、異なる時代の建物が数層になっていることがわかりました。最も古いものはBC1世紀です。
イエスがペテロの家にやって来ると、そのしゅうとめが熱病で床に着いていました。
イエスが彼女の手にさわると、熱が下がりました。そして彼女は起きてイエスをもてなしました。
夕方になると、人々は悪霊につかれた者を大勢、連れて来ました。
そこで、イエスは御言葉をもって霊を追い出し、また病気の人々を癒しました。 -
ペテロの像です。
-
セント・ピーターズ・フィッシュです。
ガリラヤ湖では有名です。 -
【エルサレム入城】
8月8日(火)
エルサレムのオリーブ山です。
城壁の前にはユダヤ教徒のお墓があります。
旧約聖書で、この山は、最後の審判の日に救世主が降臨することになっています。
「諸国の民は立ち上がり、ヨシャファテの谷(ケデロンの谷)に上って来るよう、私がそこで周辺の国々を裁くため、座につくからである。」
(ヨエル書3章12節)
そして、死者を蘇らせる場所(復活する)だとされています。
また、終末予言がされています。
「見よ、主の日が来る・・その日、主の足はエルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ。オリーブ山は、その真ん中で2つに裂け、東西に延びる非常に大きな谷ができる。山半分は北へ、その残りは南へ移る。」
(ゼカリヤ書14章)
そのため、ユダヤ教徒の方々は、ここに墓を構えることを求めるようになりました。
城壁の前にはユダヤ教徒のお墓があります。
城壁に足を向けて葬られているそうです。 -
SANCTUARIY OF DOMINUS FLEVIT(主の泣かれた教会)
イエスはオリーブ山の山頂から、エルサレムを見渡し、行く末を案じて泣いたという教会です。
教会からは神殿の丘が見えます。
十字架の先に岩のドームが見えます。その右横に聖墳墓教会も見えています。 -
【最後の晩餐】
8月8日(火)
Room of the last supper
イエスが12人の弟子と、最後の晩餐をした部屋です。
ダヴィンチの絵とはあまりにも違い、吃驚しました。 -
ゴシック建築様式で、12~14世紀に建築されたと推測される建物ですが、その後のイスラム支配の下で、イスラム寺院として使用されたため、コーランの文字が刻まれたステンドグラスが残っています。
-
【ゲッセマネの祈り】
この祭壇の下には、イエスが祈ったと言われる岩があります。
イエスの苦悩する様子がよくわかります。
しかも、この時、弟子らは眠ってしまっていました。 -
【ペテロのイエスの否定】【イエスの連行】
8月8日(火)
St. Peter in Gallicantu Church(鶏鳴教会)
この教会は祭祀カヤパの屋敷の跡です。
カヤパは18年頃に祭祀に任命され、ローマ総督の任命で大祭司になりました。
この当時のユダヤ社会では、ハスモン朝以来の伝統で、大祭司が王と同じような政治的な実権を握っていました。
ゲッセマネ付近で逮捕されたイエスが、ケデロンの谷を通り、ここ大祭司の官邸に連行されてきました。(おそらく人目につかないよう暗闇に乗じて連行されたと思われます。)
そしてカヤパの舅であるアンナスによって予備の審問が行われましたが、イエスは答えず、結果的に予備審問は無意味に終わりました。
その後、イエスは地下の牢獄に留置され、最後の一晩を過ごしました。 -
ペテロ否認の銅像のモニュメントです。
イエスが捕えられ、ここカヤパ邸に連行され審問された時、ペテロは3人にイエスの仲間かと問い詰められ、3回とも否定した時の様子です。実は柱の上に鶏がいるのですが、木の葉に隠れて撮れてませんでした。(-_-;) -
【有罪判決】
8月8日(火)
有罪判決の教会(主の宣告聖堂) -
【ゴルゴダの丘を登るイエス】
8月8日(火)
第9留(ステーション)先
現在は聖墳墓教会は城壁内にありますが、イエスの時代は城壁外にありました。 -
Deir es-Sultan(ディル・エス・スルタン)
-
第10留(ステーション)
衣服を剥ぎ取られました。
いよいよ聖墳墓教会の中に入ります。 -
【磔刑】
8月8日(火)
聖墳墓教会の祭壇です。
イエスはこちらで磔刑になりました。
イエスが磔になったのは、西暦30年4月7日(金)でした。
(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの福音書)
ゴルゴダの丘には3つの十字架が立てられ、中央の十字架に磔にされたイエスの頭上には「ユダヤ人の王、ナザレのイエス」という罪標ラテン語、ヘブライ語、ギリシャ語で書かれていました。
後の世になってイエスの磔刑の絵画や彫刻などの頭上に「INRI」と書かれた板があります。これれはラテン語「Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum(ナザレのイエス、ユダヤ人の王)」の頭文字です。 -
第13留(ステーション)
マリアの小祭壇です。
マリアがイエスの亡骸を受け取りました。(スタバト・マーテル) -
【十字架降下】
8月8日(火)
イエスが十字架から降ろされる場面です -
【イエスの墓】
8月8日(火)
第14留(ステーション)
イエスの墓
エディクラと呼ばれる聖堂の中にイエスの墓と言われる石墓があります。 -
殉教聖堂(マルチュリオン)
ギリシャ正教の教会のイコノスタティスの前です。 -
十字架発見のチャペルです。
聖ヘレナが十字架を抱いている像です。 -
【イエスの復活後】
8月6日(日)
ティベリア
Peter's Primacy(ペテロ首位権の教会)
この教会は、イエスが復活後現れたと言われる場所です。
聖ヨハネ、ペテロ、そして他の6人の弟子たちが釣りに出かけましたが、一晩中何も釣れなかったという話です。
すると、イエスが現れて、網の場所を変えるように言われ、網は153匹の魚を捕らえました。 弟子たちが岸に戻ると、イエスが岩の上に置いた炭火で朝食を作ってくれたことに気付きました。
この岩は復活したイエスが朝食を作った場所であると考えられているため、メンサ・キリスト (キリストのテーブル) と呼ばれています。 -
ペテロに「私の羊達を飼いなさい」と天国の鍵を渡し、ペテロを後継者として指名しました。
そのため、この教会は首位權の教会と名付けられました。
この教会の外にはガリラヤ湖があり、中には洗礼を受けている人もいました。
2023年の夏、数々の教会を巡りました。
しかもイエスが辿った道でした。
今は教会になっているものの、当然ですが、当時はありませんでした。
初期のキリスト教は、普通の住居で共に暮らしていました。ギリシャ語の「エクレシア」は、「教会」の訳語ですが、神の呼びかけで人が集まるという意味でした。
しかも当時は、「キリスト教」という名前もなく、ユダヤ教の一派、「ナザレ派」と認識されていました。
そんな原点の場で実際に見て、空気を感じ、思いを馳せることができました。
そして間もなく今年もクリスマスがやってきます。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- anh nguyet chanさん 2024/12/02 20:23:58
- 各写真の解説が素晴らしいですね
- noelさま
いつも旅行記を拝見させていただいております。
実は私も昨年9月に同じようなコースで神父さん同行の巡礼旅行をしてきました。
この旅行記を読んでから行けば、もっと理解が深まった旅行になったと思いました。
(今回、旅行記を読ませていただいても、理解が深まりましたが)
今は、早く戦争が終わることを願うばかりです。
これからも旅行記を楽しみにしております。
anh nguyet chan より
- noelさん からの返信 2024/12/02 21:21:38
- Re: 各写真の解説が素晴らしいですね
- anh nguyet chanさん
私の方こそいつもありがとうございます。
anh nguyet chanさんは、神父さんがご同行と言うことで羨ましいです。
私など単なる観光でした。
この拙い旅行記など、神父さんに読まれたら、叱られてしまいそうです。
(-_-;)
旅行は同じような時期だったんですね。
でも、私以上に戦争前のイスラエルに行けるデッドラインでしたね。
元々は宗教画に興味があり、その物語に面白さを感じました。
ただ、イスラエルには教会が多く、しかも聖地エルサレムにあっては教会が多すぎて、写真の整理に頭が混乱してしまいました。
戦争が終わることを本当に願っています。
私の方こそ今後ともよろしくお願いします。
まずは、ありがとうございました。m(__)m
noel
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